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「一般社団法人アニメツーリズム協会」設立、に一言。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

アニメ・漫画の舞台やモデルになった「聖地」を認定し、観光活性化を図る「一般社団法人アニメツーリズム協会」が16日、設立され、「機動戦士ガンダム」シリーズなどを手がけたアニメ監督の富野由悠季理事長らが都内で記者会見した。富野理事長は「アニメは好奇心を喚起する。好奇心を抱いた若者に土地の風土、習俗を知ってもらうのは文化交流そのもの」と説明。「アニメツーリズムは一つの組織で完結できない。総力をもって特別な魅力を海外の人にも知ってもらい、相互協力で花を咲かせてもらえれば」と語った。


 現在大ヒットしている映画「君の名は。」など人気作が出るたび、熱心なファンが作品の舞台を訪れる「聖地巡礼」は盛んになる。これまで大きな効果をもたらした事例として、「らきすた」の埼玉県鷲宮町(現久喜市)などが知られる。同協会は、「聖地」を▽舞台・モデルになった地域や場所▽作家ゆかりの街や生家、記念館▽作品に関連する博物館、建造物、施設−−と定義。海外でも日本アニメ・漫画ファンの「聖地巡礼」へのニーズも高まりを見せているとみている。

 一方で、「聖地」で何かビジネスを展開するには作品の権利関係の問題が発生するほか、熱心なファンが集まるその場所が本当に「聖地」なのか、「公式」の見解がない場合も多い。国内のファンに比べ、簡単には現地に行けない海外からの誘客にはそうした点がネックとなる。訪れる人のマナーの問題などで地域住民とあつれきが生まれてしまうこともあり、観光面では受け入れ態勢の整備も課題となる。

 同協会は、まずネットでファンから「おすすめの聖地」を募るアンケートを実施。「霊場巡り」にちなんで88カ所を選定しPRする。また「聖地巡礼」の広域観光モデルルートを官民連携で作ったり、受け入れ態勢の整備などで企業や地域との間の仲介、調整をしたりする予定。特にアジア圏を中心に海外発信に力を入れる。選定などは来年中が目標で、2020年にはアニメツーリズムで政府目標の訪日外国人数4000万人の10%に相当する400万人を誘客することを目指す。

 同協会は、KADOKAWAの角川歴彦会長が副理事長を務めるなど、コンテンツホルダーとしてはKADOKAWAを中心に発足した形となっている。JTBや日本航空の役員らが理事会のメンバーに加わった。協会事務局は「他の出版社などコンテンツホルダーにも参加を呼びかけている。そこでしか買えない土産物を作るなどツーリズムには多くの業種が不可欠。広く企業・団体の参加を募りたい」としている。【最上聡】

http://mainichi.jp/articles/20160917/k00/00m/040/053000c

http://shadan.animetourism88.com/
一般社団法人アニメツーリズム協会公式サイト



ひじょうにいいニュースである反面、
正直長続きするのかどうかという心配がある。

ようするに
途中で協会の「顔」がみえなくなってしまうのだ。

何してるの?
一般に意味はあるの?

という問題もあるけど、
それ以上にこういうことにかかわっている人たちが、
一本化できるというか、
ひとつの方向性に向かってどれだけ集結、
そして継続できるかということだ。


なんか散発的な打ち上げ花火的なものが多いので、
このあたり一考を要してほしい。

また年一で、
どこかの会場でこういうものを、
講座や展示等を一堂に集めたフェスをやるとか、
(「AnimeJapan」時の同時開催などがいいかも。)
たいへんかもしれないが、
そういうことも念頭に入れてほしい。


十年もてばひとつの軌道にはのるだろうけど、
最近三年くらいで息切れするもの、
けっこういろいろみてるからなあ。


頑張ってほしいです。

とにかく継続とにかく活動です。
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迎賓館赤坂離宮一般公開に行く。 [小さな旅(Japan small travel)]

というわけで迎賓館赤坂離宮一般公開に行く。

公式サイトはこちらにあります。
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/koukai.html

というわけでいったけど、
この日は天候不順にもかかわらず、
けっこうな人手があった。

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正門側から正面をみる。


正面とその玄関
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玄関から正門方向をみる。
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主庭側からみた迎賓館。
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噴水池。
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そしてここから入ります。
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そして内部。
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…といいたいところなのですが、
この画像はパンフをカメラで写したもの。

中は写真撮影厳禁です。

また手すり以外は、
廊下のカーテンやエアコンもさわってはいけないという厳しさ。

このため随所に警備と案内の方がいらっしゃいます。


因みに入場前もかなり厳しく、
金属探知はもちろん、
持っているペットボトルは、
係りの前で一口飲まなければいけないとか、
このあたりは坂下門の通り抜けをされた方なら、
なんとなくお分かりになられるかも。

この後自販機で入場券を買って中へということになります。

またこれと前後してますが、
長細い見開きのパンフも入場前に配布されますし、
音声ガイド用の機器の貸し出しもされてます。


内部は二階の一部のみの公開で、
四つの広間とホールや階段付近を、
順路に沿ってみることができます。

ただ四つだとはいえ、
ひとつひとつが凄すぎる。


とにかく贅を尽くしたつくりで仰天。

ベルサイユ宮殿等を参考にしたらしいのですが、
中に入ってただただ…という感じです。

ちょっと旧ソ連版の
「戦争と平和」の舞踏会のシーンを思い出してしまいました。

まあ、さすがにあそこまで巨大ではありませんが…。


ほんとにいいものみせてもらいました。


ただちょっと心配なことに、
当然といえば当然なのですが、
広間はともかく、
通路の天井にもスプリンクラーや報知器が無い。

もしものことがあったらどうするんだろうと、
このあたりかなり心配になった。


ただ外国の要人の方も滞在されるため、
おそらくそれに代わる、
しっかりとした監視体制や、
みえないところにセンサーなどがあるのでしょう。


とにかくなかなかいい体験でした。

次は和風別館や京都御所も行ってみたいです。
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ゆく河の流れは絶えずして(柴田南雄) [クラシック百銘盤]

現代音楽。

この言葉を聞くと反射的に嫌悪感を覚える。

そんな時期が自分にもかなり長い年月あった。

それは自分が学生時代に聴いた、
いくつかの日本人作曲家の「現代音楽」とよばれるもの、
それに起因するところが大きい。

意味も方向性も分からない不協和音の連続は、
自分にはまったく興味も理解もできないものだった。

正直これらの音楽は作曲家のひとりよがりで、
手段が目的になってしまった典型と感じられてしかたなかった。

またその後ある音楽関係者の方から、
「あれはただオーケストラを使っていろいろと試してるだけ」
という現場の声がある事を聞いた。

「こんなもの聴くだけ人生の無駄」
とついには切って捨てたものだった。


だが年月が流れ、
その間コルトレーンのフリージャズをはじめ、
いろいろなジャンルの古今の音楽を聴いたからだろうか、
いつしか自分の中から「現代音楽」への嫌悪感が薄れていった。


また同じころ一般には評判が悪いが、
ハイティンクがコンセルトヘボウを指揮した武満徹を聴いたとき、
「ゴミのような音楽に聴こえたのは、日本のオケが下手だったからではないか。」
という気が強くした。

そしてウィーンフィルが演奏した武満を聴いた時、
その考えは決定的となった。

幸いにして日本のオケは21世紀に入り急速に進化している。

それは在京のプロオケだけでなく、
アマオケや地方オケも例外ではない。

このためかつては現代音楽と言われていた、
三善晃や矢代秋雄の交響曲も、
これらのことも手伝って、
もはや現代の古典というくらい耳当たりのよい曲として、
演奏会でも接することができるようになった。


そんな中、
今年(2016)の9月29日に生誕百年を迎える、
日本を代表する作曲家である柴田南雄の作品を、
若手の実力者、山田和樹が集中的にとりあげてるという。


最近演奏された、
「コンソート・オブ・オーケストラ」は、
たいへん評判がよかったという。


じつはかつてこれが第22回尾高賞受賞したとき、
それがN響の演奏によりTVで放送されたことがあったのですが、
自分が現代音楽を「より嫌い」になった原因がそれを聴いたためだった。

このため当然柴田南雄とも疎遠になった。

だが数年前、
偶然聴いた他の指揮者とオーケストラによる、
「コンソート・オブ・オーケストラ」は、
そのときとはずいぶん印象の違うものとなった。

そしてこんなことを言っては申し訳ないが、
些か音に対する感覚の古き時代のようなものも感じてしまった。

それだけにそこのところを、
山田さんがどう描いていくかとても興味があったが、
残念なからいろいろな理由で行くことはできなかった。


そんな山田さんが11月7日に、
柴田南雄の交響曲、
「ゆく河の流れは絶えずして」
を指揮するという。

日本PO.jpg

この日付は1975年にこの曲が初演された日に当たる。


この曲は自らの体験を軸にした自分音楽史が前半、
後半は鴨長明の「方丈記」における冒頭と、
前半の平安末期にあった自然災害や世の混乱を描いた部分を、
途中コーラスのメンバーが客席にまでせり出し朗読するという、
そういうシアター・ピースも織り交ぜた、
演奏時間が60分からそれ以上にのぼるという、
大規模な作品となっている。


なぜ方丈記がテキストに選ばれたのかは、
柴田さん自身によると、
方丈記に描かれていることがこの曲を作曲していた、
1970年代の都市状況によく似ているからとのこと。


方丈記にはじつは歴史的な大災害や事件等が描かれている。

安元の大火
治承の竜巻と福原遷都
養和の大飢饉
元暦の地震(文治地震)

といったあたりである。

この間平氏滅亡もあり、
まさに時代は混迷を深めていた時代だった。


そしてその頃の日本、
つまり方丈記の安元元年から、
元暦の終わりまでの十年間という期間を、
柴田さんがこの曲を完成させる十年ほど前にてらしあわせてみると、

1974年の伊豆半島沖地震と田中首相退陣、台風第8号や多摩川水害
1973年の第1次オイルショック
1972年の浅間山荘事件
1968年の十勝沖地震
1964年の新潟地震と関東大渇水(東京砂漠)

というかんじになっている。

1973年には映画、1974年にはテレビで、
ベストセラーとなっていた「日本沈没」が映像化され、
大きな話題を呼んでいた時代でもあり、
関東地震の69年周期というものが話題となり、
多くの人たちが首都圏直下型地震に不安を抱いていた時代でもあった。

柴田さんの気持ちもよくわかります。

あとこの頃は公害も酷かった。

なにしろ静岡県の田子の浦港でのヘドロ公害をヒントに、
「ゴジラ対へドラ」が1971年に公開されたくらいですから。


ところでこの曲、
昭和50年を記念して東京新聞から委託されたらしいが、
今あらためて聴いてみると、
メンデルスゾーンの交響曲第2番「賛歌」の、
柴田版というかんじもする。


もちろんあれに比べると、
あれほどの祝祭感覚は無いものの、
どこか祭儀のそれを強く感じられるものがあるし、
方丈記のカノンなどは、
まるで日本の民謡や童歌のようでもありながら、
なにか村祭りにも宮廷の宴にも感じられる、
独特の「和」の響きによって満たされている。

ただそれ以上に、
メンデルスゾーンがバッハやヘンデルといった、
過去の作品に対する研究と、
自らの創作活動をひとつにして、
古から現在までを、
自分を通してひとつの線として繋ぎ紡いだ「賛歌」同様、
この柴田さんの交響曲にも、
似た意識と感覚が強く感じられる。


ただそこに現代と過去の不安の共鳴を織り込んだのは、
柴田さんならではのものだろう。

因みに鴨長明の没後七百年にあたる年に柴田さんは生まれている。

これも何かの縁なのかもしれない。

そして今の時代。

平安末期や昭和40年代同様、
また混迷と不安の時代と化している今。

今回の山田さん指揮の柴田さんの交響曲は、
どのように響いてくるだろうか。


因みに現在自分の手元にあるのは、
1989年1月12日。

時代が昭和から平成になったばかりの東京文化会館で、
若杉弘指揮東京都交響楽団によって演奏された演奏会のライブ盤。

方丈.jpg

今度の指揮の山田さんがもうすぐ10歳の誕生日を迎えようという頃の録音。


ここでの当時50代半ばだった若杉さんの指揮は、
こういう手数の多い巨大な作品を、
じつに見事に見通しよく、
ほんとうに聴き応えのある演奏としている。

若杉さんはもともとこういう大曲、
とくに劇場風の要素のある作品には、
圧倒的な強みをみせていたこともあり、
見事な出来となっていたのだろう。


因みにこの録音をされた演奏会以来、
この曲は演奏されていないとのこと。


はたして27年ぶりのこの曲は、
はじめてのサントリーホールにどう響くのだろうか。



あと余談ですが、
柴田南雄さんは自分にとって、
じつはまったく関係ないというわけではないため、
途中から「さん」付けとなってしまいました。


それだけに、
かなり長い期間柴田さんの作品に、
あまり関心を持たなかった…、
というより冷たい聴き手だった自分に、
ちょっと悔いをもっている今日この頃です。


それにしても第4楽章と第6楽章のカノンの美しさ。

これに巡り合うまで、
ずいぶん遠回りをしてしまいました。

これも自分の未熟からきたものなのでしょう。
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淡島神社に行く [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

「ラブライブ!サンシャイン!!」11話。

ほんとうに不器用な人たちの集まりという感じだ。

μ'sも確かにそういう部分があるけど、
ひとりひとりの完成度が最初から高いので、
Aqoursよりもそれが目立たない。

Aqoursの場合は逆にμ'sほど各自の完成度が今は高くないので、
よりこういう部分が目立ってしまう。

今回はいちばん器用にみえた人が、
じつは肝心のところがやっぱり不器用でしたという感じで、
なんともAqoursらしい話という感じでした。

y-2.jpg

ただこれがギスギスとしないのは、
やはり地元の空気が温かいからなのかなあと。

しかしμ'sよりも大洗女子に雰囲気が近いんですよねAqoursって、
気のせいかなあ。


というわけで今回はそのAqoursの聖地、
淡島の淡島神社に行った時の話。

淡島。
auma-013.jpg

じつは以前、
内浦の避難路巡りをしたとき淡島にもよった。

ただこれはほんとたいへんだったので、
今回あらためて別にこちらに書くことにしました。

淡島にはかつてロープウェイがあったが現在は休止中。

今は船での渡航となる。

ただし島に行くには、
あわしまマリンパークへの入園料というより、
淡島入島料みたいなかんじて大人1800円を払う。

もっともホテル関係はまた別のようです。

行の船から外をみます。
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江ノ島の弁天丸と似た雰囲気で、
数分で淡島に到着。

到着すれば中は自由行動。

最終の船が出るまでは、
何時間でも自由にいることができます。

自分はまず島を一周。
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こんな感じで道があるので30分ちょっとで一周できます。

風が気持ちいいです。

そしてほぼ一周したところでいよいよ淡島神社へ行きます。

この島の一番高いところにある社で、
「ラブライブ!サンシャイン!!」
にも出てきます。

神社の入口。
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あっ、これきついかも。

とすぐ思った。

距離と高さからいって、
かなりの上りになると思ったからです。

そしてじっさいきつかった。

特に最初の踊り場までの直線の上り階段がきつい。

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これは二つ目の踊り場から下を撮ったもの。
右下に向かってかなりの傾斜がみえているが、
それが最初の階段。

この後もぜんぜん楽じゃない。

ときおり以下のような立て札がある。
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片道25分というけど、
正直これはかなりの健脚者の場合だろう。

そういえば
a-0.jpg
という注意書きも最初ありました。

何度も休憩してようやくヘロヘロになりながら到着。

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淡島神社。

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そこからみた参道。

正直言います。

果南さんは化け物です。

というかAqoursも半端じゃないと思う。

ズラ丸が最初途中でやめたのは正解。


こんなの走って登ってたら、そりゃ足腰強くなります。

アニメではぜんぜんこのきつさ伝わってません。

行く人、特に慣れてない人は覚悟してください。


というわけで帰りは疲れたので、
マリンパーク等の施設はパス。

そのまま直近で出航する船に乗って帰路につきました。

その船は行きのとは違いました。
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中にはこんなものが。
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けっきょく山登りしに行ったようなかんじでした。

因みに神社からは展望はありません。

周りは木が鬱蒼としてます。

だから台風とかの風にも耐えられるのでしょう。

この後は以前書きましたように、
長浜の総合案内所まで歩いていろいろと避難路をみていきました。


次回行くとしたらちょっと神社はバス。

いろいろとある各施設を回っていきたいとと思います。


ということで〆。


しかし10話で聞いた「ジャリ」という言葉、
おそろしく久しぶりに聞いたような気がする。

ちょっと驚いた。
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「かわいいゴジラ」について。 [ゴジラ]

何故かゴジラはその様式美や怖さという魅力だけでなく、
「かわいさ」のようなものが常に語られる。

ゴジラの原作を書いた香山滋氏をはじめ、

「ゴジラが殺されるのがかわいそう」

と多くの関係者が言っていたように、
東京を焼き払い奥の人命を奪った狂暴な怪獣なのに、
何故かとにかくその第一作からそのキャラクターは愛された。

第二作の「ゴジラの逆襲」では、
最初に比べるとずっとゴジラの恐怖感は後退し、
とにかく大きく強い怪獣という感じで描かれていた。

放射能や被爆のこともここではほとんどふれられていない。


この後ゴジラは7年間の冬眠に入る。

この間ゴジラに対するそれは随分ぶん変わっていった。


あいかわらず原爆実験や東西対立の構図は変わらなかったが、
ゴジラはいつの間にか放射能や核の恐怖の代名詞ではなくなっていった。

そしてプロレスブーム真っ只中の1962年。

「キングコング対ゴジラ」が公開された。

ここでのゴジラはほんとうに愛敬もあるし、
妙に可愛いところもある。

例えばキングコングに口の中に木を突っ込まれたシーン。
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この焦ってバタバタしてるシーンが、
なんともかわいい。

ファーストゴジラの頃とはもはや完全に変わっている。

この二年後の「ゴジラ」公開から十年経った年に公開された、
「モスラ対ゴジラ」では、
最初の二作品の各主役を演じた宝田&小泉両氏の共演、
そして久しぶりに放射能云々が取り上げられ、
ゴジラは完全ヒールとなった…はずだった。

だがこの十年間はゴジラの完全ヒール化を許さなかった。

モスラに引っ張られ卵の上でバフンとなるシーン。
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尻尾で鉄塔を引っ張ろうとしたら、
尻尾が外れてオットットになったシーン。
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名古屋城の濠で足を滑らして名古屋城に激突。
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この城が硬いんだこれが。

ゴジラがぶつかっても壊れないという堅牢さ。

まあゴジラにとってこれはかなり痛かったらしく、
けっきょく意地で名古屋城も壊しましたが、
ゴジラはその後お城が嫌いになりましたとさ。

それまでは大阪、熱海、と壊していたのですが…。


またモスラの幼虫に糸でグルグル巻きにされるときの、
イヤイヤポーズみたいなのが、
なんともかわいらしい。

かつてのゴジラには考えられないシーンが続出したせいなのか、
この作品を最後にゴジラの完全ヒール化は二十年ほど封印される。

そしてこの年の秋に公開された

「三大怪獣地球最大の決戦」

ラドンに頭を突かれたり、
尻尾をかまれたりしたときのその表情もコミカルだけど、
下のシーンにおけるゴジラの岩の上に腰を下ろしている、
その座り方。
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このあたりで
もう完全にそのへんのおっさんになってしまいました。

しかもこの作品で、
とうとうゴジラは会話ができる、
分からず屋だけど仲間想いのキャラになってしまった。


もう怪獣というより、
かぎりなく恐竜の姿をした人間みたいなかんじで、
しかもちょっと犬っぽい頭のせいなのか、
頭が妙になでたくなるようなところがあり、
それがペット感覚的な可愛さを醸し出すようになっていった。

「怪獣大戦争」でのシェーはもはや当然の流れだろう。


本来恐怖の対象として出発したゴジラは、
その高度成長時代のそれもあったかもしれないけど、
「キングコング対ゴジラ」で、
ライトでコミカルなものに順応できると証明したことで、
何をやっても大丈夫だし受けるという、
そういうキャラに認知されシフトチェンジさせられてしまった。

ボブ・サップの一時の流れと、
このあたりよく似ているけど、
このときゴジラの無類の強さまで薄めてしまったことが、
のちのちゴジラにとって不遇の時代を迎えてしまうことになる。


本来ゴジラは愛され可愛がられてもいいが、
強さとしては座頭市や花山大吉のように、
徹底的に強くなければいけない存在だった。


そこのところが作品を重ねるにつれ、
ゴジラが相手に苦戦するようになりはじめ、
どんどん脆弱化していった。

ウルトラマンや仮面ライダーは苦戦しても絵になるが、
本来ゴジラはあまり絵にならない。

そうう意味ではガメラよりも大魔神に近い存在なのだ。


そのあたりが、
当時いささか誤解されていたような気がするけど、
あの時代そこまで無敵な怪獣って、
はたして需要があったかといわれるとどうだろう。


ただ1984年の復活「ゴジラ」は、
やはり強さの復権をかなり意識したものになっていた。

このあたりは時代の変化かもしれないけど、
とにかくゴジラは再度軌道修正が施された。


そして2016年の「シン・ゴジラ」は、
ファースト以降に付加された要素を、
かぎりなくそぎ落としたゴジラ像をつくりあげた。


だがファーストの頃あった、

「ゴジラを殺すのはかわいそう」

というそれもここにはなかった。


そういう意味では、
リスペクトしたうえで新構築された、
まさしく今回のは「新・ゴジラ」というとろころか。

だがそのため見る人にとってそれは
「新」ではあるが「真」ではないし、
「神」かもしれないが「真」とは思えないという、
そういう複雑な感想も抱かせることになった。


結局のところ、
ゴジラはそれだけ長い年月、
いろいろな時代の変化にあわせてキャラを変え、
多様なストーリーに順応し、
我々の前に現れ続けたため、
これだけ多種多様の価値観を、
各自がもつキャラになってしまった。


「シン・ゴジラ」で、
ゴジラのひとつの形が描かれ、
それにより多くのファンが歓喜し、
新しいファンも生まれた。


アニメは別として、
次回作はほんとうに難しい。

はたして今回不満を感じたファン層の意図を組んで、
かつて来た道をまた歩むのか。


それとも新しいファンを開拓したことで、
今までとは違う一手をうってくるのか。


「シン・ゴジラ」の評価は、
これから問われるのかもしれません。


ただ個人的には、
異常に強くてしかも可愛気のあるゴジラというのも一度みてみたい。


「シン・ゴジラ」での
あのラストの尻尾の先から、
2メートル位の強いけど大人しいゴジラが出てきて、
町中大騒ぎなんてのもみてみたいですが…

…それやると庵野さんの努力がすべて水泡に帰すからなあ。



あと余談ですが自分が子供の時のゴジラのイメージ、
それは…

気が短くて力持ち

というものでして、
まあ性格の悪い金太郎みたいなものです。


これじゃあ正義の味方のゴジラを受け付けないわけです。


以上で〆
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ゴジラの聖地、静浦へ行く。 [ゴジラ]

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ゴジラ映画史上屈指の名作であり人気作のひとつ、

「モスラ対ゴジラ」(1964)

そのロケ地となった静岡県沼津市静浦に再訪する。


じつは映画の中ではここは「静ノ浦」といわれ、
三重愛知近辺あたりという設定だったようだ。

だがこのモスラの卵が流れ着き、
最後ゴジラまでがやってくるこの「静ノ浦」は、
実際は静岡県沼津市の静浦、獅子浜でロケがされていた。


多くははロケ地イコール作品での場所なのですが、
こういうケースもあるにはあるので、
そのためちょっとこの場所はあまりクローズアップされていない、
ゴジラ聖地の中でもマイナーなものとなってしまっているようだ。


というわけで今回はこの静浦獅子浜へ。

交通は沼津駅の南口バス乗り場7番から出ている、
多比や長岡方面に行くバスに乗り、
途中の志下公会堂前で降りる。

場所がよくわからないので、
獅子浜より手前から歩く。

途中の八幡宮ではお祭り。
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その後海沿いに南下した後、
海沿いの道へ向かう。

途中にあった津島神社にお参り。
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津島(ヨハネ)善子ファンならお参りすべき神社かも。

しかしゴジラの聖地に津島神社。

まさにこういう図か?
pops06.jpg

この津島神社から下りようとしたとき、
ふと左の山をみて、
思わず飛び上がってしまった。

すぐに下に降りて、
もう少しこの山がよく見える所を探そうと、
よりいい場所を海沿いの道中心に探す。

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この近くにいい場所がありました。

そして一枚。
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これが映画ではこのシーンに。
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まさにゴジラ山。

ここから覗いてきたか!
というくらいの場所だった。

とにかくなかなか絵になる場所だし、

「でてこないかなあ…」

とバカなことを思わずおもってしまうくらい、
いい雰囲気の場所だった。

因みに津島神社からみえたゴジラ山はこういうかんじ。
ゴジラ山.jpg
電線がちと邪魔だったんですね。

じつはゴジラが山から顔を出すシーンというのは意外と少ない。

第一作ゴジラの大戸島のシーン(ロケ地は石鏡)や、
「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」の、
箱根あたりが比較的有名なくらいで、
お城や電車、それに高圧線を含む電線よりは、
かなり頻度は少ないといっていいと思う。

※あと「メカゴジラ」の時もあった。

それだけにとても貴重なのです。


その後ゴジラはこの山の向こう側からやってきます。
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逃げる人々、
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そして現在、
a-12.jpg
a-07.jpg


かなり雰囲気が違うし、
しかも同じ場所で撮ることもほとんどかなわない。

というのも当時は獅子浜は海岸線が砂浜だったのが、
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上のような防波堤が築かれ、
その外もこのように様変わりしている。
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ただそれでも淡島もみえるし、
映画冒頭のこのシーンも、
s-01.jpg

現在でも山はこのとおり。
a-08.jpg

このあたりの山を含めて、
沼津アルプスというらしい。

するとこの山は小鷲頭山と鷲頭山なのだろうか。

このあたりは勉強不足でよくわかってません。


閑話休題

海岸沿いの道の海側も、
かつてここが砂浜だったことを想起させるものがあるし、
この道もおそらくあのゴジラから逃げるシーンの、
あの道だったのだろう。


あと家の間の細い道を、
町民が海に向かうシーンがあるが、
家はもちろんかわってしまっているけど、
道は今でもそれをとどめている。
a-11.jpg


ところで自分がなぜ静浦がゴジラの聖地と気づいたかというと、
以前沼津から内浦まで歩いた時にみえた淡島の姿が、
じつは自分にはとても印象として強く残った。

その後「モスラ対ゴジラ」をみてたら、
「あれ?」となった。

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「この右のそれ、淡島だよね。」

というこれがきっかけだった。

そして決め手がこれ。

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右端の船の浮き輪にしっかり「沼津」の文字が…。

おいおいここ名古屋近辺じゃないの?

というかんじなのだが、
かつてこの頃のTVの時代劇で、
侍の足元近くにプラスチック製の柵が映ってたという、
そういうなかなかのシーンもあったので、
これも気づかないまま完成になったのだろう。

大らかな時代です。


ほんとはこれ以外に、
淡島で撮られたというこのシーン。
s-019.jpg

これがどこかもハッキリさせたかったのですが、
ちょっとこれは難航しそうです。

というわけで以上です。


しかし静浦で「モスラの卵」とか「ゴジラ焼き」とか、
そういうものつくってくれないかなあ。




因みに場所としては、
「獅子浜北」の停留所から「獅子浜」の間くらいの、
堤防前の海沿いの道と、
そこから見える山々といったところです。
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ゴジラが来るぞ 映画見ながら「その時、どうする」を読んで。 [ゴジラ]

突然現れた巨大不明生物が街やビルをぶっ壊し、政府は右往左往する。大ヒット中の映画「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督)はそんな作品だ。虚構のゴジラに立ち向かう人間の描き方は妙にリアルで、日本の危機対応は大丈夫か?と思わせる。ならば専門家に聞いてみた。本当にゴジラが来たら、あなたならどうする?
http://mainichi.jp/articles/20160906/dde/012/040/003000c

という記事があった。

いろいろ書いてるけど最後に、

「論争を政治家や専門家だけに任せず、権力乱用をどうチェックするか、私たちも自問してみよう。ゴジラが来たら、一市民として何ができますか−−。 」


答えはじつに簡単シンブル、

「原則、即逃げ!」

しかないでしょ。


考えるも自問もくそもない。

来ちゃったらもう逃げるしかない。

単純にかなう相手じゃないし、
そこそこの飛び道具ももってるので、
距離もある程度とらなきゃいけない。

しかも近くにいると被ばくしてしまう。


ただ地震と違って姿がみえるので位置はわかる。
また台風じゃないので高気圧や低気圧の配置で進路が変わることはない。

この怪獣、原則陸上では直進が基本なので
後ろからラドンがぶつかってこないかぎり、
一度通り過ぎるとカーブして戻ってくるということはまずない。

なので後ろをとればある程度被害からは逃げられるので、
あとは通ったところに近づかないということくらいだろう。

あとは山根博士のいうように、
光を当てると怒るのでそれもやめる。


とにかく一市民レベルなら政治もくそもない、
ゴジラがそばにいるのに、
国会の前でデモするバカがいたらこちらがお目にかかりたい。

とにかく逃げる!とにかく離れる!

これ常識。これ基本。


まあいなくなるか消滅するか、
それともどこかの島にいついて定住したら、
そのときいろいろと考えるかもしれません。

以上です。
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「君の名は。」をみて。 [劇場公開アニメ]

新海誠監督の「君の名は。」を見た。

kiminona.jpg
http://www.kiminona.com/index.html


公開してずいぶん経ってからになったが、
とにかく劇場が混んでて、
土日などは満員御礼がガンガン続く状態だったので、
正直なかなか行く気になれなかった。

それともともと自分は新海監督の作品とは縁がなく、
過去一度もその作品をみていない。

興味が無いというか、
あえて見に行こうという気がまるでおきなかったので、
ここまでとにかく見ようという気がしなかった。


ただ今回は劇場で予告をみたときに、
ちょっと気になるストーリーとタイトルだったので、
遅くなったけど今更ながらみにいくことにした。


で、もう公開してかなり経ってるので、
いきなりネタバレでいきます。


この作品をみた印象、

それは、

「世界でいちばん美しく爽やかな怪談」

といったところだろうか。


最初は身体の入れ替わりという、
かなりギャグ的要素全開の展開だったが、
そのわりにはペースが意外なほどゆっくりで、
正直ちょっとこのペースで最後まではきついなあと思ったが、
途中からとてもテンポよく、
ストーリーがさらさらと流れるように動いていった。


本来はかなりまどろっこしい設定なのに、
驚くほどあっけらかんと物事が捌かれ、
しかも本来はかなり深刻になるはずの展開も、
じつにさらさらと流れていく。


それは都会の中の喧騒の中で流されるようでもあり、
穏やかな風景の中で静かに流れていくそれのようでもあり。
とにかく軽快かつ爽やかなコメディ感覚の話が展開されていく。


だが瀧が糸守に行き、
三葉の死を知ったときから、
二人の主人公は三年という年を越えて、
予期せぬ空前の大災害から人々を救おうと、
ひたすらひたむきに、
自分のできるすべてのことをかけて努力する。

そしてその途中、
彼岸を超えたところで
誰そ彼(たそかれ)時に二人は遭遇、
そのままクライマックスまで突っ走っていく。


その後5年の歳月が過ぎ、
再びゆったりとした語り口でその後が描かれる。


そこには別れと再会が交錯する、
ある意味切なくある意味心動かされる情景が描かれていく。


このときこの作品と同名の名作「君の名は」を思わせるような、
すれ違いシーンがあるが、
この話はそこで終わりはしなかった。


確かにそこでそのまま会うことなくいつかまた…、
という感じで終わらせるのも手だったかもしれないが、
ここではハッキリと完全決着をつけている。

そういう意味ではとても清々しい後味の作品で、
RADWIMPSの曲もとてもいい感じに最後を〆ていた。



感想としては、
ちょっと「オーロラの彼方で」を思わせるようなところもあるけど、
こちらの方が前半は手が込んでいて、
後半は逆にシンブルというかんじになっていた。


また一部に言われていた
「泣ける映画」
というそれは自分にはあまり感じられなかった。


別に期待外れとかいうのではなく、
「泣く」というより、
映画館を出た後、
外の日差しや吹いている風が、
いくぶん穏やかに感じられるような、
そんな映画という気がした。


また映画に描かれていた都会も田舎も
どちもとても日本的というのだろうか、
そのどちらからも育まれたような、
日本的な「怪談」というかんじも、
最初に書いたように正直した。

もちろんそこには恨みつらみのような、
情念にみちた怪談風味などないが、
なぜ三年後の瀧に、
そのときすでに亡くなっているはずの三葉が、
三年前からあらわれたかというそれを思うと、
なんとも言えないものを感じてしまうし、
いろいろと考えてしまうこともある。


もちろんそれは見た人それぞれの立ち位置で、
感じ方はあるだろうけど、
それ以上に、
自分はこの作品をみるには、
少し年を取りすぎたという気もした。


おそらく学生時代か、
二十代あたりにこの作品をみたら、
もっと深く作品に没入し涙したかもしれない。


だけど、
学生時代も二十代も昭和で過ごした自分にとっては、
この作品のもつ瑞々しさや爽やかさ、
そしてひたむきさはあまりにも眩しすぎるものがある。


とにかく自分の身の近くにそれをおいて、
その作品と笑いそして泣くという、
そこまでの感覚が自分にはついに生じなかった。


おそらくそれが、「怪談」という昔話的な印象を与え、、
そしてある意味少し離れて冷めた目でみることになってしまったのかも。


とはいえ、
なぜこの映画がこれだけヒットしているのかは分かる気がしたし、
見てよかったという気はとにかくした。


それにしても観客層が若い。

自分などおそらくこのとき映画館内にいた最高齢ではなかっただろうか。
「ゴジラ」のときはまだまだ上がいっぱいいたのですが…。


もっと若い時にみていたら、
きっと自分にとって忘れられない映画になっていたことでしょう。

そういう意味では、
この日に見に来ていた若い人たちが羨ましく思えたものでした。


それにしても心優しい作品です。


〆。

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[ゴジラとラブライブの聖地] 静浦・内浦、津波が来たらどうするか? [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

じつは遅まきながら気づいたが、
「ラブライブ!サンシャイン!! 」の聖地になっている淡島や静浦は、
1964年につくられたゴジラシリーズ屈指の人気&名作の、
「モスラ対ゴジラ」のロケ地でもあった。
(舞台は愛知・名古屋方面という設定だったのですが…)


今から半世紀以上前の、
淡島や静浦がカラーで、
しかもゴジラ付きでみれるのだからこんな楽しいことはない。

ただ如何せん半世紀も前なので、
なかなかどこがどこでロケされたのかが、
自分にはわからない。

終盤、子供たちを助けに船を出すシーンが、
どうも淡島らしいのですが…。


というわけで、
今回は沼津ではなく口野口バス停から、
ゴジラの旅として内浦を歩く。

前回沼津から歩いて、
ここからがとてもよかったので再度ここから歩いた。

ちなみに「ラブライブ!サンシャイン!! 」の第9話で、
果南さんが走ってた折り返し点がこの狩野川放水路付近…
…と思ってたらこれが大間違い。

どうも三津シーと長浜の間のトンネルを、
ここの二つあるトンネルのひとつと勘違いしたみたい。

たしかに淡島の位置関係や、
途中長浜の停留所らしきものもあるので、
狩野川放水路と間違えるこちらがどうかしている。

全然方向が違うのに、
トンネルだけでそう思い込んでしまいました。
申し訳ありませんしお恥ずかしいかぎりです。


で、その狩野川放水路付近から歩こうとしたら、
これが目についた。

at01.jpg

そしてしばらく歩くとこれ。
at02.jpg

前回歩い時もけっこう気になっていたのですが、
じつは沼津市のサイトにはこういうものがある。
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kurashi/anshin/bousai/tunamihazard/index.htm
地震・津波ハザードマップだ。

このサイトにある「静浦地区2」「内浦地区」が、
「ラブライブ!サンシャイン!! 」の聖地といわれているところの、
その大多数が存在している。

しかもその多くに津波発生時、
10メートル近い高さの津波がやってくると予想されている。

さらにその津波到達時間が地震発生から5分~10分。

相模湾沖で地震が起きたとき、
鎌倉に津波が到達する時間とほぼ高さも時間も同じだ。


現地もそれに対しての意識が高く、
重須地区などは高台への集団移転をする計画があるという。


正直他人事ではないので、
今回はこのあたりを重点的にみていくことにした。

予定変更。ゴジラは次回ということで。


このあたり高いビル等は皆無だけど、
背後に山が迫ってる関係上、
山や高台に行ける道がそこそこある。

なのでその道をみつけとにかく逃げる!
というのが大前提のようだ。

そしてその目印がこちら。
at03.jpg

ただ山が迫っているいうことは、
がけ崩れの心配のあるので、
そのあたりの整備も随所で今も行われている。

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こういう郵便局の近くにも避難路があります。

また高台にある神社へのそれも緊急避難時には有効だ。
at05.jpg

そういえば上記リンク先のハザードマップをみて思ったことに、
山側にある神社のほとんどがギリギリ危険区域外にあるということがある。

これは311の時も同じようなことが指摘されていたが、
このあたりは先人の津波に対する経験と知恵の現れなのかもしれない。

また横断歩道。
at06.jpg
各横断歩道の近くに、
かなりの高い確率で、
やはり避難路への案内表示板がある。

また停留所のそばも同様だ。
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at08.jpg

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ここは少し離れているが三津シー方向へ行くと、
at11.jpg
このような避難階段がある。

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ここは停留所から一つ山側の道に面したところにある。

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町のメイン交差点は大きく避難場所が明記されている。
そばのビルにもこれ↓
at15.jpg

聖地となっているこの老舗旅館の手前にも、
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三津シーの前にも山側へ行く避難路があります。

そして長浜停留所前の三の浦総合案内所、
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ここの出口を出て左側を行き、
さらにその左手の倉庫みたいな横に避難路があります。
at18.jpg
これは逆からみた写真です。
わかりづらくてすみません。

とにかく海岸線から離れるというのが大鉄則です。


あと長浜城跡の高台や、
061.JPG
長井崎の高台にある長井崎中学方面も、
緊急爾の避難経路になっているようです。

長井崎へ行く途中には、
避難タワーもあります、
高さは10メートル以上あるらしいので
どうしようもない場合はここを使用しましょう。

上記リンク先のハザードマップの
内浦地区の図で、長井崎の近くに明記されている、
赤い三角印がそれです。
auma-024.jpg


また淡島は三つのブロックに分けて避難の仕方を決めてるようですが、
山にある神社へ向かうか、船で脱出するかの、
最終的にはこの二者択一のようです。

淡島神社入り口。
at19.jpg
at20.jpg
神社までの距離は650メートル。

ただし海抜10メートル登り切れば、
あとはなんとかなるかもしれないので、
無理して神社まで行く必要はありません。

最低最初の踊り場付近まで行ければ大丈夫ですが、
足に自信のある方は後から来る方たちのことを考えて、
できるだけ上に行くことになるかもしれません。

楽ではない道のりで、
特に最初がかなりこたえると思いますが、
命が助かると思えば頑張るしかないです。


また淡島港で地震に遭遇したら、
山側に三か所の避難路があるようです。

白山神社か医源寺等が目標になると思います。


また淡島から三津シー方向にいく途中にある、
◎マンション「センシブル淡島」

上記した街の交差点に明記されていた、
◎沼津市立「内浦小学校」
※学校は常時開放状態ではないかもしれないので注意。

三津シーの近くにある
◎旅館「松濤館」
http://www.shoutoukan.com/

ハザードマップにも明記されてますが、
これらは津波避難ビルですので、
知っておくといざいうとき役に立つかも。



続いて静浦方面。

こちらは沼津から一度歩いているのみなのですが、
地図をみると山際が遠い志下地区は避難ビルが五つ。

また山際が近い江浦地区は山への避難路が多く、
多比地区も同様な傾向だけど、
一部避難路が遠い部分には、

「避難マウント」

というこれまた10メートル級の小高い人工の高台がある。

問題は獅子浜地区。

ここは山際が近いものの、
かといって江浦地区ほど避難路が潤沢ではないし、
避難ビルも一か所しかない。

だが一番の不安は歩いて思ったのですが、
地区の中央を走る414号付近から、
人家等のため海の様子がまるでわからない。

もし地震があっても、
地区のかなりの部分から、
海の異常や津波の襲来が、
直前まで目で確認すことができないかもしれない。

これは311の一部地区で現実に起き、
かなりの被害が出て問題になったとか。

ただ311のそれは堤防で、
こちらは人家という違いはある。


なのでもうここにいて大きく揺れたら、
待ったなしで、
小中一貫校か地区センター、
それがだめならとにかく山側への避難路まで行くしかない。

一か八かで楞厳院へ行くという手もあるかもしれないが、
このあたりは現地を再度見ないと確信がもてない。

現地の方の指示に従うのがまず第一ですが、
このあたりも
一応頭の片隅には入れておいたほうがいいかもしれません。



最後に全体としての印象ですが、
避難路やその案内のそれをみていると、
地元はかなり危機意識が高いという気がします。

ですから何かあったときは迷わず、
地元の方々の指示を仰ぐのがベストという気がしますが、
地元の方たちが不幸にしてまわりにいないような、
そんなときは一応簡単に上で書いたところを抑えていくと、
ある程度オロオロしないですむかもしれません。


あとこれは提案なのですが、
じつは総合案内所でも聞いたのですが、
文書になってるハザードマップが無いとのこと。

確かにサイトにはあるが、
緊急時にそこまで観光客すべてがそこに気が回るかは疑問。

しかもけっこう多くの観光客やアニメファンが
少人数単位でばらけて行動しているのをよくみかけるので、
ひじょうに心配なものがある。

こいうときに観光客向けに、
わかりやすい津波ハザードマップを、
紙媒体にして配布してもらうと、
ひじょうに効果があるような気がします。


しかもできればそこに、
Aqoursのキャラが使用できれば、
さらに浸透するのではないかという気がするのですがどうでしょう。

たいへんかもしれませんが、
より安心して観光を楽しんでくれることを思うと、
ぜひ一考を要してほしいと願わずにはいられません。


しかしここでも思ったけど、
夜地震が来たときはどうするんだろう。

停電時、
どれだけの非常灯が機能し、
避難路等に誘導できるのか、
土地勘の無い観光客にとっては、
このあたりちょっと心配です。

尚、予想される津波の高さは、
静浦一帯が6メートル以上、
江浦一帯が7メートル以上。

そして問題は口野付近から、
長井崎の弁天島あたりは、
8メートル以上の津波。

特に内浦の、
三津、長浜、重須地区は、
9メートル近い大津波が予想されている。

平地はほぼ完全水没と考えていい。

自分がこの件について心配しているのは、
こういうデータが市から発表されているからで、
人的被害を極力0ら近づけたいからに他ならない。


因みに自分のいる鎌倉は、
滑川や稲村ケ崎は10メートル、
坂ノ下には最大15メートルの津波が来ると予想されている。

内浦よりさらに凄まじいことになっているのだ。



鎌倉といい内浦といい、
万難は排するのはなかなかたいへんかもしれませんが、
ともに観光を生業としている部分が大きいだけに、
ぜひ考えられる手、うてる手はなんとかしてほしいです。


因みに「津波」というと、
なんかただ高い波が来ると思ってしまうかもしれませんが、
台風の高波は海上部分の大荒れであって、
海深部までが荒れてるわけではありません。

ですが津波は、
海の底から波が大荒れ状態となり、
しかも高い波というより、
「津波台地」が襲ってくるような、
そういう感覚で陸上を襲ってきます。

しかも押してくるときの波もおそろしいですが、
引く時の波はさらにおそろしく、
311のときもこれで大勢の方が命を落としたと聞きます。

それが繰り返しやってくるのですから、
とにかく高台へ一秒でも早く逃げるしかない。

すでにテレビでも言われてますが、
誰かを家や平地で待つとか、
そういうのは正直自殺行為です。

とにかく全員が、
「各自高台へ最速で逃げる」
という意思統一を事前に決め、
行動してください。

ただあわててパニックになるのもあれですので、
たいへんかもしれませんが、

「あわてず急いで」

でいきましょう。


以上です。

あくまでも観光者目線としての話です。


9月1日記



次回はゴジラ、Aqoursの街を行く!かな?

ちなみに「ゴジラ」のロケ地は、
淡島もあるようなのですが、
メインは静浦の獅子浜のようだと今わかりました。

なので静浦ゴジラ、内浦Aqours、
ということになるようです。

「モスラ対ゴジラ」の1シーン。
右のあれは淡島のようにみえるけどどうなんでしょう。
s-015.jpg


このあたりの、
後日行った静浦ゴジラ巡りのことは↓
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-09-10




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『ガルパン』最終章の制作が決定 [ガールズ&パンツァー関係]

GP826.jpg

人気アニメ『ガールズ&パンツァー』のイベント「第2次ハートフル・タンク・カーニバル」が神奈川県・パシフィコ横浜国立大ホールにて開催され、『ガールズ&パンツァー 最終章』の制作が決定したことが発表された。

『ガールズ&パンツァー』は、戦車を使った武道"戦車道"が華道や茶道と並んで大和撫子のたしなみとされている架空の世界を舞台とした作品で、「美少女×戦車」という異色の組み合わせが話題に。また、劇中に登場する戦車が実物を精密に再現していることから、アニメファンのみならずミリタリーファンを巻き込んで人気を博している。「第2次ハートフル・タンク・カーニバル」はその集大成となるイベント。

『ガールズ&パンツァー 最終章』の制作発表はプロモーションビデオの公開とともにサプライズで行われ、会場は歓声に包まれた。最終章では、大洗女子学園を揺るがす一大騒動が巻き起こる。劇中では、新たに選出された新生徒会メンバーの活躍にも注目が集まる。

http://news.mynavi.jp/news/2016/08/28/138/



だそうです。

DVDのOCで、
なんか監督が次作の雰囲気をかんじさせていたので、
やはりというかんじでした。

大洗も大喜びでしょう。


いつ公開されるかは未定ですが、
前作のパターンと、
OVAを挟んでいないことから、
2018年の夏~秋頃が有力かなという気がします。


監督はいろいろと作品の予想を立てさせない…、
というか煙に巻くのがうまいので、
このあたりはじっくりと公開を待ちたいと思います。

個人的にはみほと西住流もしくはしほとの関係、
戦車道世界大会がらみ、
そして継続高校や愛里寿も絡んでくる、
さらには西住流や島田流、
または他の流派もからんでくるような、
そんな話になるような気がするのですが…。

あと、

「2016年11月16日に開催される第20回「大洗あんこう祭」にあんこうチームのキャストが出演決定! 今回はなんと水島努監督も初出演が決定しています。」
http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1472370100
とのことです。

それにしてもこれで終わりかあ…、

というのがふつうですが、
水島監督はこういうミスリードたまにやるからなあ。

さらにこのあとTV新シリーズで、

「シン・ガールズ&パンツァー」

とかあるかも…。



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