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『甲鉄城のカバネリ 総集編後編 燃える命』をみて。 [劇場公開アニメ]

カバネリ.jpg
http://kabaneri.com/

ずいぶん遅く見に行った。
TV版に比べるととてもテンションが高く感じた。


ようするに、
多少もったいない部分もあったけど、
いろいろとそぎ落とし、
所々補強することによって、
TVの時のような、
ちょっと前半のいい雰囲気が、
後半やや鈍ったというか緩んだ部分が、
ひじょうにスッキリして、
しまった感じになっていた。

ポイントを絞り込んでいたこともあるだろうけど、
前半多少動いていない所が目についたものの、
後半の旨い進行がそういうことを忘れさせてくれた。

これを見てて思ったことに、
言いたいことをあまりぶち込みすぎると、
かえって焦点がボケてしまうということがあった。


よく作曲家が最初に書いた曲は、
アイデアが豊富に詰まってはいるものの、
そのまま纏まりが悪くて冗漫になりがちなのに、
しばらく月日を置いて改訂すると、
そのあたりをうまく調整して、
ポイントがしっかりとした、
見通しのいいものになることがよくある。


今回はそのアニメ版といっていいのかも。

ラストにちょこっと後日談があり、
あれから何も変わっていないということが感じられたけど、
これはすでに二期が決まっているので、
当然の流れというところか。


ただ2018年ということなので、
そこまで持たすのも大変だけど
「進撃」が四月から二期が始まるので、
その流れで少しは話題も持っていけるのかも。


とにかくTVがあれだったので、
ほんと観るのどうしようかと躊躇ったため、
映画館に行ったのが後編のみ、
しかももう終了という時期になってしまいましたが、
予想よりはよかったので一安心。

これで二期も楽しみとなりました。


ただ…


パンフレットの価格が高いのにちょっとビックリ。

中身をみてなるほどと思ったけど、
声優専門誌の番外編みたいな感じがして、
そういうものに興味が無い人には、
これは随分高くついているのでは?
という気も強くしました。

通常版と特別版みたいに、
分けることはできなかったのだろうか。


ただ短期上映ではそれも無理か。


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川崎吹奏楽団の楽器運搬車が盗難(番号と車体明記) [音楽]

今朝、川崎吹奏楽団の楽器運搬車が無くなっていました。盗難に遭ったものと思われます。

車は横浜ナンバー

400 は 3801

トヨタ レジアスエース 2000cc AT車です


是非とも情報をお寄せください。
よろしくお願い致します。
https://twitter.com/prkawasui/status/820459715448537091


ニュースでも、

川崎市を拠点に活動するアマチュア吹奏楽団「川崎吹奏楽団」の楽器を積んだワゴン車が盗まれていたことが16日、神奈川県警中原署などへの取材で分かった。署によると、周辺ではワゴン車の盗難が13~15日に他に2件あり、窃盗事件として捜査している。

 楽団の鶴田孝団長は「こつこつ集めてきた大切なものなので、どうか楽器だけでも返してほしい」と訴えている。被害額は約200万円に上るとしている。

 鶴田団長によると、盗まれたワゴン車は川崎市中原区の駐車場に止めていた。車内にはティンパニなどの打楽器が置かれていた。13日深夜から15日朝までに盗まれたとみられる。(共同)

http://www.nikkansports.com/general/news/1766029.html?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=nikkansports_ogp


というか警察ですかね。まず連絡は。

ご協力お願いします。

C2NKMZuUUAEHDq6.jpg
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「南鎌倉高校女子自転車部」第二話「鎌倉探索にGo!」をみて。 [アニメ(2017放送開始)]

もうふだんよく歩く所ばかりで、
どういえばいいんだろう。

場所的には「長谷」から「七里ガ浜」あたりがメインで、
「江の島」や「佐助稲荷神社」も出てくる。


ただ正直「佐助稲荷神社」はかなり意外。

じつはそこには行ったことがない。


なんせ他にめぼしいものがないので、
いつか行こう行こうと思いつつズルズルやってるうちに、
今回アニメで先にみてしまったという次第。


なんか便利なんだか情けないんだか。


ただ後はもうほとんどいつもの場所。

101.JPG
ここもちょっと映ってました。


五霊神社付近は、
たしかにかなり道が入り組んでるので、
ちと間違えると確かにえらいことになるかも。

なのでそこから佐助稲荷までどう行ったか、
正直そのあたりはわかりません。

ただ凄いコースを通ったであろうことなんとなくわかります。

というかひょっとして、
あれ大仏ハイキングコースの近くかなあ。

だとすると自転車だととんでもないとこなんですけどあそこ。


まあそれはともかくなかなか個人的には、
見慣れた風景のオンパレードで楽しいです。

しかし何度も言いますけど、
見慣れた風景がアニメになるとなんか不思議です。
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北関東連続幼女誘拐殺人事件について。 [凶悪事件を眠らせるな!]

清水 潔さんのツィッターに

ご存知ですか?「北関東連続幼女誘拐殺人事件」。渡良瀬川を挟んで幼女2人の遺体発見。冤罪「足利事件」の現場が左手。対岸でもう1人…。なんと半径10キロ圏で5人の幼女が事件に巻き込まれ、今も未解決。
https://twitter.com/NOSUKE0607/status/819018709477924864

というのがある。

詳細は、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%96%A2%E6%9D%B1%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%B9%BC%E5%A5%B3%E8%AA%98%E6%8B%90%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6



https://matome.naver.jp/odai/2138795094799184701

でにもあるけど、
足利事件の誤認逮捕で、
さらにこの獣が長期野放し状態になってしまっている。

再犯必至といわれているだけに、
このあたり至急なんとかしてほしい。



正直事件の起こった北関東では、
いつ自分の子供がさらわれてもおかしくないのかもしない。

最初の事件が四十年近く前だからといって、
そのときまだ十代後半だったら、
まだ犯人は五十代後半なのだ。


警察はもちろん今でも必死かもしれないが、
再発を防ぐためにも、
家族間の間でいろいろと話し合っておいた方がいいと思う。


そして何かひっかかる事があったら、
最寄りの警察に一応情報提供という形でもいいから、
一報を入れておく方がいいかもしれない。

何が犯人逮捕のきっかけになるかわからないからだ。

一刻も早い事件解決を祈ります。
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声優のベストみたいなものを自分で選んでみたら…。 [声優]

「人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP」を今頃みた。

異論も納得もあったけど、

試しに自分でやってみたら55人から削ることができなくなった。

中には引退同様の人もいるかもしれないけど、
できれば50人くらいに番組ではしてほしいと思ったが<
多すぎるのも問題なのかも。

自分の場合は演技に関しては素人なので、
この人の後々に与えた影響力や存在感なども、
どうしても考えてしまうので、
55人から削れないのだろう。

因みに自分が選んだ55人のうち、
25人はそっくり番組とかぶるので、
がふらなかっ30人をいかにあげさせていただきます。


麻上洋子(一龍斎春水)
伊藤静
太田淑子
大原さやか
緒方恵美
小原乃梨子
笠原弘子
神谷浩史
釘宮理恵
小山茉美
島津冴子
白石冬美
杉田智和
杉山加寿子
田中敦子
田中理恵
鶴ひろみ
古谷徹
松島みのり
山口勝平
山田栄子
山本圭子
ゆきのさつき
よこざわけい子
井上真樹夫
貴家堂子
玄田哲章
大塚芳忠
田中敦子
潘恵子

以上30人。敬称略。


女性がかなり多くなってしまったけど、
ざっとこんな感じ。

ただこれに故人も入れていいとなると、
アニメのみとなっても、
55人のメンバーはガラリと変わる。


さらに国内で放送された、
海外アニメの吹き替えを入れると、
さらに多少変わってしまう。

おそらく100人にして、
洋画の吹き替えにおける声優さんも込みでやると、
ほとんど一新してしまうことになるかもしれない。


じつは2013年頃に、
テレビアニメの声優さんのベスト100をつくろうと思ったら、
100人でも収まらず、
123人にしたらなんとか収まったという経験がある。

しかもそれも毎日のように変わったので、
結局ついにここに掲載することはなかった。


ただ今年は100年ということなので、
もう一度それをやってみようかなと思っている。

もっともだからどうしたという類の、
趣味のそれなのであれなのですが。


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「巨匠不在の時代」という大嘘。 [クラシック百物語]

2002年2月にギュンター・ヴァントが逝去したとき、
それを機会に多くの音楽ゴロが、

「最後の巨匠が逝った」
とか
「巨匠の時代は終わった」
そして
「巨匠不在の時代」
とほざきはじめ、
一部では今もそれを恥知らずに公言している輩がいる。


この時点では事実上引退していた人も含めると、、
クルト・ザンデルリンク、ペーター・マーク、フルネ、サヴァリッシュ、
ジュリーニ、コリン・デービス、プレートル、プーレーズ、スイトナー、
マゼール、アバド、マリナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、シュタイン
そしてカルロス・クライバーもいた時代だ。

もちろんこれに、スクロヴァチェフスキー、ブロムシュテット、
ハイティンク、インパル、ロジェストヴェンスキー、エリシュカ、
フェドセーエフ、メータ、プレヴィン、小澤、トゥルノフスキー、シュナイト、

という現在80才を超えた指揮者も当時活躍していたし、
その下の年齢の指揮者も群雄割拠していた時期だ。


それらすべてをひっくるめてまるで総否定したようなのこの物言い。

こんな信じがたい発言など本来は許されるべきものではない、
というか常識外れもはなはだしい。

だが当時はそれを一部音楽雑誌も追従していのだから、
情けないにもほどがあるこれは話だった。


だいたい巨匠というのはかなりいい加減な物言いで、
使う人によってその意味合いはコロコロ変わる。

だからその人その人によって、
巨匠がいたりいなかったりするのは当たり前なのだ。


だが2002年のヴァント逝去時のそれと、
その後ときおりみかける音楽ゴロの発言はそうではなく、
そういう部分をも完全無視したような、
それこそ「素晴らしい指揮者はもうこの世にいない」ことが
さも世界の理であるみたいな上から目線爆発なのだから、
これはもう傲慢というか始末が悪い。


しかもこの輩の発言は、
過去の「巨匠」たちの演奏の若かりし頃のものまで、
すべて今の指揮者より格上みたいな発言をしているときがある。


正直確かにそういう演奏も取るに足らないということはないが、
後々自分たちが巨匠と思い込むような指揮者になる前、
例えばもしこの録音時からすぐこの指揮者が亡くなっていたら、
それでもこれらの演奏を今の指揮者よりすぐれていると、
そう胸を張って彼らは断言できるのかといったらそれは絶対無い。


だいたい指揮者おいて「格」などというものなど、
絶体存在などしていないし、
だいたい定義できる代物ではない。
それは「巨匠」と同じであり、
言葉遊びのひとつくらいのお飾りでしかない。


それをそういうおかしなことに使うのだから
もうこれは救いがたいものがある。


個人レベルで「巨匠不在」を唱えるのは、
それはもう自由だしその人その人の考えだから、
それをネタにいくらくだをまいたっていいだろう。


だが一部音楽ゴロの戯言を、
そのまま一部音楽マスコミがそのまま掲載し、
それを利用しておもしろおかしく今を語るのは、
百害あって一利なしということだ。


こういうイメージ先行の飾り事を、
マスコミが増長し取り返しがつかなくなった例としては、
日本の一部に蔓延る偏狭なブルックナー感の存在があるけど、
この「巨匠不在」という広くねつ造されたイメージの流布も。
同様に取り返しのつかないものになる可能性もある。


幸いネットの普及は、
そういう馬鹿な物言いも広まる例があるにはあるものの、
それ以上にそういうことに対する素直な疑問、
そしてそういうことに惑わされない、
自分自身の考えをストレートに発信させたものの方が、
はるかに多いことがここ数年はうかがえる。


もちろんそれらを精査して上でも、
自分は「巨匠」はいないというのなら、
上記したようにそれはそれでいいだろうし、
個人レベルまでこちらも頭ごなしに否定しようという気は毛頭ない。


ただそれが「その方がおもしろい」とか、
たいして精査せず適当に広めようというそれには、
自分はそれを「大嘘」として言いきってしまう所存だ。


だいたい今の時代に真摯に向き合わず耳を傾けないものに、
「巨匠時代」といっていたベームやムラヴィンスキーが来日していたその当時も、
真摯にその時代にその音に正面から向き合っていたとはとても思えない。
おそらくその心の底には、

「これがフルトヴェングラーだったら」とか「クナッパーツブッシュだったら」

といって聴いていたことだろう。違うだろうか。



こういう決めつけ。

さぞや言われた方は嫌な思いをするだろう。


それと同じことを多くの人がしているということを、
その人が少しでも感じてもらえれば、
この一文を書いた甲斐があるというものです。


因みに自分は、
今ほど最高に面白く群雄割拠した指揮者が揃った時代というのも、
かなり珍しいとおもっている。

しかも全世代に渡ってまんべんなく、
その多くが録音や放送や配信、
さらには来日公演によってリアルタイムで楽しめるのだから、
これほど贅沢な時代はない。

確かにアジアツアーで日本を素通りしてしまうことも少なくないけど、
それらの指揮者やオーケストラもちゃんと日本に、
また違う機会に来日している。

こんな時代に時代遅れの価値観や世迷言に左右されて、
イージーに聴き逃すなどほんとうにもったいない。

あとで後悔してももう遅い。


これからも音楽と長い年月付き合っていこうという人は、
ぜひ今の時代の音楽を、
大事に真正面から色眼鏡なしに聴いていってほしい。


名演など演奏される前からは存在しない。

真摯に聴いた人たちがいたからこそ名演として心の中に刻まれ、
そしてそこから各々にとっての「巨匠」もうまれた。

よく言われる「伝説的名演」も同じだ。


それが無くなってしまったらどうなるか。

自分はそこの所を特に強く念押しで唱えたい。



かつてこんな会話を演奏会場で聴いた。


「ハーディングの演奏がよかったといったら、
バーンスタインのマーラーを聴かなければダメといわれた。
ハーディングのマーラーを聴いて感動しただけではなんでダメなの?」


確かこんな内容だったと思う。

この会話を皆さまはどう感じられるだろう。


最後に余談だけど以前も書いたことをひとつ。

オーケストラ・ニッポニカにある芥川也寸志氏の発言。


「感動と言うのは精神の風車を廻すことである。たとえば、私たち音楽を愛する者が楽器の技術は拙くとも練習に練習を重ねて、僕等の拙つたない精神の風車を廻す練習をし、ある作品を舞台で演奏すると、その廻る風車の風に吹かれて客席のみなさんの精神の風車も徐々に廻り始める。さび付いた風車も、普段から手入れの行き届いた風車も勢い良く廻り始める。これが感動と言うものだと思う。だから自分の風車をまず廻そう・・・」


その風車を故意に他者が錆びつかせたり、
横から止めてしまうのだけは絶対にやめてほしい。



うーん…しかしタイトルとラストの〆が完全に変わってしまった。
あいかわらずグダグダかつまとまりが無くてすみません。

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大洗美術館に行く [大洗とその周辺 (oarai)]

久しぶりに水戸から大洗まで歩く。

天気がいいせいか歩みも進む。

水浜線の遺構の多くも健在だ。
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途中茨城百景のひとつにも選ばれている六地蔵寺に寄る。
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場所がちょっとわかりづらいけど、
とても落ち着いた雰囲気の所。


少し回り道したため大洗の磯前神社についたのは、
水戸を出てから3時間半。

あいかわらずここからの景色は絶品です。
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このあと前から気になっていた、
磯前神社の前にある
大洗美術館に行く。

「自然美『大洗の海景』300号の風景窓画」

が売りというのがとても気になっていた。

中へ入ると美術館というより、
ちょっとした品の言い旅館という趣で、
入館料を払うと中へ館の人に案内され、
海に面した部屋へ。

少し長細いそこそこの部屋には、
渋沢秀雄が描いたという、
明治の頃の、
まだ水戸が終点だった頃の常磐線の水彩画がいろいろとあった。


これはなかなか貴重なもので、
ちょっとビゴーの絵を思い出してしまった。
(絵の雰囲気は随分違いますが…)

そして何といっても素晴らしいのは、
窓を大きくとって額縁で飾った「風景窓画」。

a14-07.jpg

よく絵のような風景というけど、
まさにそれをここで実践したようなかんじ。


鳥居の真正面ということで、
初日の出の時はほぼこの窓と鳥居を結ぶ一直線から昇ってくるとか。

かなりの絶景だ。

しかも椅子や机もあるので、
のんびりと外を見ながら過ごすことができる。

コーヒーをサービスとして出してくれたけど、
この日は外がとても寒く、
また三津から歩いてきたということもあるので、
じつにいい休憩もとれることとなった。


ただ大きな窓から外をみただけではないかと、
そう言われるかもしれないけど、
静かな室内で大きな額縁越しにみる大洗の海は、
いつもその外からみているそれとはいそそか様相が違う。

いつもはあの現場の雰囲気に少し飲まれてしまう感じがするのに、
ここではそういうことがなく、
圧倒されながらも落ち着いてこの景色を愉しめるという、
いつもと違った感覚で見ることができるのが素晴らしい。

この時北から「さんふらわあ」が来るのが見えた。
そこで一枚。

ちょうど鳥居の上にあるかんじ。
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ここでふと思い立ち、
係りの人に礼を言って館を出る。

そして砂浜を出て鳥居の近くへ行くそして一枚。

a14-01.jpg

ちょうど「さんふらわあ」が鳥居の中に納まった。

初日の出をそう納められれば、
それにこしたことはないがこれもこれで満足。

時間は午後一時過ぎ。

この後「ケイさんの誕生会」の様子をすこしみて帰途につきました。

というわけで今回はこんなところです。

一度は泊まり込みで大洗をみてみたいものの、
いつも一人部屋はどこも満室の事が多く、
なかなかうまくいきません。

いつかは一泊か二泊してみたいところです。


因みに帰りはちと疲れたので、
贅沢して普通車のグリーン車で帰ってしまいました。

以前も言いましたが、
休日の乗車前にグリーン券を購入すると、
運賃は別ですが、
水戸から横浜まで、
後ろにさえ戻らなければ複数回乗り継ぎをしても、
780円でOKというお得状態。

つまり出発駅から51キロを超えると、
グリーン料金が固定されてもうそれ以上にはならないので、
距離が長くなればなるほどお得ということになるのだ。

例えば
14時に水戸発上野行の各駅に乗り、
終点上野で16時20分発の沼津行に乗って終点まで行っても、
グリーン料金に関しては、
二つの列車を使用しても、
全区間780円そのままということ。


上野東京ライン開業後、
ほんとこういう所はありがたい。

もっとも特急に乗ればいいのにと言われればそれまでですが。


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内浦と大洗 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

このふたつ、
今話題の作品のアニメ聖地だけど、
「漁港」という部分以外は、
じつはかなり対照的といっていいのかもしれない。


それは街の形状やいろいろなものの配置にもあると思う。

大洗は漁港だけでなくフェリーターミナルや海水浴場が、
かなり長い距離で展開されており、
しかも街はその沿線上に半円形に大きく広がっている。

これに対して内浦は湾内に楕円状に展開しており、
山が背中にせまってきているせいか、
大洗のように大きなスペースがあまりない。

しかも漁港も海水浴場も狭い範囲にコンパクトに収まっているため、
大洗のような大量な交通量や、
大勢の人たちを動員してのイベントも対応しかねる部分がある。
(その大洗も時として飽和状態になっていますが…)


また大洗は茨城屈指の観光を生業としているせいか、
宿泊をはじめ街全体かせかなりそれに沿って賑わっているのに対し
内浦も確かに三津シーや淡島マリンのような水族館が、
比較的近しい距離に存在していて、
それの間を中心に賑わっているような感じになっている。


だがその賑わい方は、
大洗に比べるともっと素朴で、
自分が「サンシャイン」放送直前の6月に行った時は、
一部のファン以外は、水族館の入場者と太公望以外、
じつはあまりみかけない感じだった。


ただ内浦に秋に再訪したとき、
大洗に初めて行ったときとかなり雰囲気が酷似していたことも確か。

どちらも本放送終了後ということだったけど、
大洗は今よりも巡礼者は少なく。
肴屋さんの前も仲町の商店街も、
ごくふつうの港町の昼下がりという感じで、
のんびりとした雰囲気が横溢した、
写真を撮るのもちょっと退ける部分があった。


だがその後大洗はご存知の通り、
映画がはじまるまでも人足が落ち込むこともなく、
確実にファンを顧客化し、
さらには新規開拓もしてきた。

これはその観光地としてのノウハウを、
各自のネット発信で活かしたり、
企画を次々と打ち出すことによって、
大洗の鮮度をつねに磨いてきたことにも、
このあたりとてもよく活かされていた。

以前あるところから聞いたことに、
「店づくり」「人づくり」「(顧)客づくり」
というのを聞いたことがある。

特に三番目が大事で、
「固定」ではなく「顧みられる」ことが大事という、
その言葉は今でも強く印象に残っている。

大洗はそれを街ごと今回実践し、
その成果が今の状況だという気がする。


これに対して内浦はというと、
今のところ「ガルパン」の初期状況と、
じつはそんなに変ってはいない。


大洗もじつは最初期いろいろと問題がやはり出てきた。

それは今内浦でも問題になっている部分と重なっているようだけど、
今はどうにかこうにかその部分は外見上収まっているようだ。

自分はここもそうだけど、
秩父、鷲宮、といった聖地も同じような問題を経験してることを思うと、
このあたりからいろいろと意見を聞き、
研究と対応をすべきではないかと思っている。
(すでにされているのならそれは素晴らしい事です)


特に規模や質は違うが同じ観光地であり漁港の「大洗」や、
内浦同様あまり大きく場所が展開できない「鷲宮」のやり方も、
真似をするのではなく、
内浦にあって使えそうなものは、
いろいろと試しいくべきではないかという気がする。


特に観光とは無縁の部分が「聖地」になった場合の、
そこへのフォローとビジターへの周知徹底はかなり大事で、
このあたりでぬかると、
あとあとまで街の中で亀裂が走る場合がある。

街にとってありがたいことが、
街を割ってしまう要因にだけには絶対させては拙い。


ローカルルールというものはどこにもあるはずなので、
このあたりを広くこちらにも知らせてくれると、
こちらもそれを現地の方と同じレベルでのマナーとして、
恙なく行動できると自分は思う。


訪ねる方も訪ねられる方も、
誰だって嫌な顔や気持ちで終わりたくはない、
そこの部分の認識はどちらも一致しているので、
あとはそれをどうするかということ。


このあたりは公式サイトがいちばん発信力が高いのだろうが、
「ガルパン」ではこのあたりは地元サイトの力が大きい。


このあたりの役割分担や、
どこが「内浦の顔」として発信していくのかという部分、
特にネットでのそれをどうしていくかというそれは、
焦る必要はないかもしれないけど、
そのあたりも今後詰めていってほしいと思う。


偉そうな事を言ってしまったし、
地元に地元のやり方やご苦労があるので、
そうは簡単にいかないというのが現状だと思うけど、
とにかくひじょうに魅力的、
特に自然環境が素晴らしすぎる所でもあるので、
その魅力を発信し地元が無理なく賑わうことを願う一人としては、
今後このあたりをうまくやっていってほしいと願う次第。


近いうち大洗と内浦を、
そういうことを思いながら再訪したいと思います。

そこでもしまた気づいたことがあれば、
またここに書いていきたいと思います。


あと地震の時の津波等の対応も、
内浦の観光の要所各地では、
紙媒体で配るものがあるとほんとうはいいような気がするけど、
このあたりは以前も述べているので、
ここでは提案のひとつとして。


最後にこれはそれ以前の問題だけど、
自分たちはあくまでも、

「その場所を借りて楽しませてもらっている」

のであって、

「来てやってるんだ!」

という感謝の気持ちがごっそり欠落してるようなのは絶対ダメです。

せめて食事をする時「いただきます」というのと同じくらいの、
そういう最低限の感謝の気持ちは常に心掛けたいものです。


あいかわらず偉そうなことばかり言ってすみませんでした。


ただなあ、
これ書いて今のクラシックのコンサートでの、
ときおりみかける惨状をみると、
まだ「聖地」へのビジターの方がまともなんだよなあ。


どんだけ荒んでんだか、クラシックは。


以上で泣きながら〆。

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「南鎌倉高校女子自転車部」をみて。 [アニメ(2017放送開始)]

南鎌倉.jpg
http://minakama-anime.jp/

もうなんというか自分がしょっちゅう散歩してるところだ。

「シン・ゴジラ」以来、
ホント自分の見慣れた風景が聖地になっていく。

これもそのひとつ。

第一話は、江ノ電の「極楽寺」駅付近から、
の学校のモデルとなった七里ガ浜高校までが舞台。

B-01.jpg
これは御成通り商店街から江ノ電鎌倉駅方面を見たところ。

江ノ電鎌倉駅
003.JPG

B-10.jpg
「極楽寺トンネル」と極楽洞。
1964年の黒澤明の「天国と地獄」にも映っていた。
極楽寺のすぐそば。

B-09.jpg
B-02.jpg
極楽寺駅。関東の駅百選にも選出されている。
桜の季節はほんとうに素晴らしい。

現地
031.JPG

B-06.jpg
最近あまりみかけくなってきた赤ポストも、
この沿線ではみかけるしなかなかの人気。

B-08.jpg
江ノ電もふんだんに出てくるけど、最近はこのタイプはあまりみない。

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稲村ケ崎公園よりも江の島方面に下ったあたりから、
七里ガ浜と江の島や富士山をみる。

現地(アニメの絵はもう少し江の島よりです)
097.JPG


「ろんぐらいだぁす!」の二話でもここを通っている。

B-04.jpg
南鎌倉高校。モデルは七里ガ浜高校。

くれぐれも不法侵入や先生生徒の無断撮影等しないようにご配慮を。

B-05.jpg
その近くの駐車場、
ここは夏になるともう満車状態になるので、
こんなことはこの季節くらいまでだろう。


歩いても三十分もかからないと思う。

因みにシーン最初は私有地や住宅街なので、
こちらも分かっていてもふれません、
ご察し願います。


「ろんぐらいだぁす!」では海から稲村ケ崎越え。
「南鎌倉高校」では極楽寺から七里ガ浜と、
ほとんど同じ場所が違う形で紹介されている。

しかも七里ガ浜高校を江ノ電沿いに、
しばらく腰越方面を歩くと「SLAM DUNK」の聖地。
これに「TARI TARI」や「舟を編む」など、
「鎌倉」~「江の島」を暑かったアニメを一同に会させると、
ちをっとした地図や観光PVができてしまうかも。

鎌倉市と藤沢市と神奈川県で、
一度このあたりつくってみてはいかが?


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「君の名は。」と「片隅に」の対立を避けろ、を読んで。 [劇場公開アニメ]

ちょっと明らかにやばい傾向になってる感じがしてる。

個人的にはキネマ旬報で取り上げられなかったのは別に過去の作品を見ればおかしくはないと思ってるし。

良く言えば売上をきにしない、悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。

ただ、キネマ旬報を取り上げたcinematodayなどが「君の名は。は圏外」とわざわざ表題につけたりしてちょっと、対立を煽ってる。

また、それを利用してアフィブログが対立を煽ってる感じがある。※これは片隅を挙げて君の名は。を落とすブログと逆のブログ両方がある

特に国内の批評家の間で「君の名は。」が嫌われてるのも閉鎖的で互助的な見方をされてちょっと反感持ってる人が増え始めてる。

そしてこの世界の片隅にが国内、「君の名は。」が海外で評価されるというあまりにもできすぎな状況が揃ってたりしててこのまま行くとゲハ的なこじれた状況が映画界に生まれる可能性すら考えてる。

そしてそういうヘイト増幅状況に入り始めてるのを評論家も一般大衆もあまり気づいていない。

ちょっとやばいンゴ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111032506?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter



正直言うとこのコメントも一部おかしい。

>悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。


知られていないからこうなってるのであって、
知られていると思ってるのはこれを書いた人が、
このランキングに関わっている人たちと住む世界が、
きわめて近しいから起きた見落としだろう。


ただ言っていることはまったくその通り。

正論だ。


だいたいこれほどタイプの違う作品を生むことができる、
その日本のアニメ界をなぜまず称えるべきだろう。

山根博士なら

「なぜ「君の名は。」や「この世界の」のすばらしさを叩くことばかり考えて、研究しようとしないのだ。」

とこういうだろう。


この両作品ともよかったと思う自分には、
これらを互いに叩きあう理由がわからない。

だいたい嫌いな作品を叩かないと好きな作品を論じられないといのは、
持ち上げられた側の作品もかえってその作品を小さくされてしまい、
その作品の関係者も正直大迷惑だろう。


自分はこの両作品は、
今の日本のアニメのこれまでの百年の縮図のひとつであり、
もしくはそれによって培われた巨大な大輪の華という気がするし、
この二つによって、
あらためて日本のアニメ界そのものが包括している、、
ダイナミックなスケールの大きさも再確認できたと確信している。

もっとハッキリ言えば、
これからの百年の出発を飾る二つとも大名作だとさえ思っている。


それに同じアニメでも
この両作品は比較などしようがないくらい、
日本のアニメ界という共通項以外、
かなり違う土壌からできあがった作品だ。


それを比べるというのは、
大洗の「干し芋」と、
伊豆の「西浦みかん」とどっちが美味いというくらい、
かなり無茶な物言いだ。


あえていうと、
「君の名は。」は、身体の中を通り抜ける清涼感、
「この世界の」は、体の中に染み入る浸透感という、
そういう感覚的な違いはあったが、
正直そのどちらが正しいかということなどいえるものではないし、
優劣も当然のごとくつけられるものではない。


ただ日本はどちらかというと明るい、軽い、もしくは陽性なものを、
暗い、思い、もしくは陰性なものより低くみるきらいがある。

1960年代のフィラデルフィア管弦楽団の来日にや、
1970年代のシカゴ交響楽団に対する一部の批評などは、
まさにその最たるものだった。

またマイルスよりも不当にディジーが低く評価されていたのも、
このあたりが影響していたのかもしれない。

そういうことがカッコいい、
もしくは精神的なファッションが受けた時代の名残が、
日本ではまだこういった形でその遺伝子が受け継がれているのだろうか、
だとしたらこれらはあまり楽しい話ではない。


自分の考えはもちろんその人各自のそれなので、
それに対してどうこういうのもあれなのだが、
気に入らないものは「叩く」「潰す」というのは、
正直決して誉められたものではない。


というよりじつはこういうのがいちばん簡単なのだ。

何故かというと自分の考えがあまり必要としない、
相手の言ってることを受け入れず、
ただ思いついたもしくは気に食わなかったことを。
思いつくままに不満をぶつけていけばいいからであって、
それに徹しているだけならじつに気軽で気楽な物言いだ。


たいへんなのは相手のいう事をすべて受け入れ認めること。

そしてそこからどこが自分の意見や感覚と食い違うのか、
そこの部分を精査していく作業というのが
じつはけっこうたいへん。

このときの作品と自分との考え方の差異が、
自分の個性として投影されている部分がでてくる。

つまり自分自身の個性=姿そのものの一部なのであって、
ここでそこにあらわれた自分自身のそれも含めて精査するという、
かなりしんどいものがそこに生じてくる。


これをやるのはほんとしんどい。
というよりめんどくさいし、
自分のダメな部分や矛盾した部分も見えてきてしまい。
けっこう鬱になってしまうこともある。

なのでこのあたりはほどほどにしないと、
自分自身を追い込みかねないのであまり推奨できない。


だけどその途中経過からのみでも、
その立ち位置から作品を語ることは、
前述した「叩く」「潰す」のが目的のそれに比べれば、
はるかに筋も通るし説得力もある。

またネットにおける言葉のやりとりも
「ヘイト」のような非生産的なものに堕することもない。


なので今起きていることは、
楽してものを書くことに慣れてしまったか、
そういうことが本質的に好きか、
もしくは前述した遺伝子を色濃く受け継いだかの、
そのどれかに該当する人たちのものということなのだろう。


ただありがたいことに、
こういう不毛な言葉のぶつけあいは恒久的なものにはまずならない。


いつかは冷静かつ広く深く論旨られるものへと、
全体は変容していくことだろう。



しかし一度これ二本立てで、
大きなスクリーンでみてみたいなあ。

案外かつてあった、
「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の二本立てみたいな、
そんな感じの雰囲気として綺麗に収まり
また互いの今までみえなかったいい部分がさらに見えてくるかも。

ビデオが二つ手元に揃ったら一度やってみることにします。

以上で〆
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