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ラルフ・ヴォタペックの「ラプソディ・イン・ブルー」を聴く。 [クラシック百物語]

※以前書いたものに追加情報を後半に付加。


ラルフ・ヴォタペックというアメリカのベテランピアニストがいる。

知る人ぞ知る現役最高のガーシュウィンスペシャリストのひとりでもある。


彼が17才の時ミルウォーキーで、
ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の初演を指揮した、
あのポール・ホワイトマンと共演したということを以前書いたが、
最近その彼が弾いた「ラプソディ・イン・ブルー」を聴くことができた。

といってもこれは発売されているというものではなく、
ある方がアメリカの地方オケのライブ放送をいろいろ録音したものの中に、
偶然それが入っていたものを聴かせてもらったというのがそれ。

いろいろ調べてみるとどうもこれらしい。

LFS-SEPT2013-Concert-Poster.jpg
http://lakeforestsymphony.org/past-concerts/#OpeningGala=

Rhapsody+in+Blue.jpg
http://lakeforestsymphony.org/listen-and-learn/

レイク・フォレスト交響楽団の2013年シーズンのオープニングコンサート。

そのときの前半の二曲目に演奏されたようだ。

指揮はウラディーミル・クレノヴィッチ。
かつてクルト・マズアの助手をしていたようだが、
いろいろと苦労をした人らしい。


で、聴いた感想なのですが、
シーズンオープニングということで、
オケの管がやや粗かったり、
前半エンジンがなかなかかからなかったことや、
指揮者がこの曲に不慣れなのではないかという感じがあり、
そこの部分にややピアニストが気持ちをとられたような感があるためか、
多少のライブにつきもののキズ等はあるものの、
これは今まで聴いた同曲でもなかなかユニークなものとなっていた。


なんというのか場所によって、
ここはクラシック風、ここはジャズ風、
というように曲想によってかなり弾き分けているということだ。

これはガーシュウィンのこの当時のこういう曲を書く上で、
じつはまだまだいろいろなものが混在していたということを、
弾き方で表出させているようなはなはだユニークなものだった。


ただだからといって学究的なものにこの演奏がなっていたかというと、
じつは全然そうではなく、
なかなかな愉しい雰囲気なものに全体が満ちたものとなっている。

また細かいところの表情づけがなかなか粋なセンスがあり、
ちょっとお洒落な趣や、
ノスタルジックな哀愁感も備えたものとなっていた。


ヴォタペックはこの曲をとても得意にしているようですが、
子供の頃から好きだったのか、
それとも前述したホワイトマンとの共演がきっかけかは分かりませんが、
とにかくこれはいろんな意味でユニークで、
そしてこの曲のもつ今まで気づかなかった部分をいろいろと感じさせてくれる、
なかなかの聴きものとなっています。

ただこれを聴いていると、
そろそろ同曲をできればちゃんとした状況下での公式録音でしてほしいと、
強く感じさせられた次第です。

尚、この演奏、完全全曲版による演奏のようなのですが、
これは従来ほとんどの演奏で割愛されている、
ガーシュウィン自らがカットしてしまった二か所の欠落部を、
その自筆稿から復活させたというものだそうです。


そんな彼の同曲の演奏(2017)がネットにアップされた。
ggrv.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=ywkfS0zWAA8

これは前述した演奏とは違う。

バックのオケが一般高校生によるオケということだが、
けっこう頑張っていて好感が持てる。

そして肝心のヴォタペックの方ですが、
基本的なものは前述したものと変わらないが、
明らかに今回の方が調子がいい。

最初こそオケに合わそうと気を使っていたものの、
途中からエンジンがかかり絶妙な演奏が展開されていく。

特に中間のソロが以降が秀逸で、
この曲の数ある演奏の中でも屈指のものとなっている。

今の演奏の多くがカジュアルな演奏なのに対し、
こちらは背広をちょっと着崩して着たような、
ちょっと昔気質のさりげない粋な雰囲気の演奏で、
変にに媚びない清潔で明快、
そしてちょっと小粋なニュアンスも味わえるものとなっている。


それとこの演奏、
実際聴かれた方によると音がとにかく綺麗だったとか。
(それがこの録音から分からないのが残念とのこと)

やはり一度ぜひ日本で聴いてみたいものです。
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チェコフィル来日公演はアルトリヒテル氏に。 [お知らせ]

【指揮者変更のお知らせ】チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

今年9月から10月に来日が予定されております、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者
イルジー・ビエロフラーヴェクは、5月31日にプラハで逝去いたしました。
謹んで、哀悼の意を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。

これに伴い、チェコの最も優れた指揮者のひとり、ぺトル・アルトリヒテルが【チェコ・フィルハーモニー管弦楽団2017年日本公演】の指揮を務めます。

ペトル・アルトリヒテルは、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団でヴァーツラフ・ノイマンのアシスタントを務めた後、同オーケストラとは度々共演を重ね、今年5月に行われた「プラハの春音楽祭」では、ビエロフラーヴェクの代役を務めました。

各地の演奏曲目は、当初発表のとおり行う予定です。
お客様におかれましては、何卒ご理解下さいますようお願い申し上げます。

https://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=2780


3月にプラハ交響楽団と来たばかりというだけでなく、
日本で違うオケで同じ年に二度「わが祖国」を指揮するという、
たいへん珍しいことになるようです。

とにかく指揮者も決まりホッとしています。

公演を期待しましょう。

因みにwikiなどは「アルトリフテルと呼称していますが、
主催者が「アルトリヒテル」と呼称していますので、
今回はそちらに従っています。

Petr_Altrichter03.jpg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%AB
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アメリカのオーケストラによる三種の「メサイア」 [クラシック百銘盤]

ヘンデルの「メサイア」というと、
今は小編成のピリオドによるものが主流で、
モダン楽器で演奏するそれはもはや時代遅れということで、
ほとんど顧みられていない。

ここではまだそういう正しい正しくないという、
そういことにとらわれなかった時代のものも含めた、
アメリカのメジャーオケによる「メサイア」をあげてみたいと思う。

歌唱はもちろんすべて英語版。


最初は当時38歳だった若きバーンスタインが、
1956年の大晦日に録音したもの。

メサイア0.jpg

アデーレ・アディソン(ソプラノ)
ラッセル・オバーリン(カウンターテノール)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
ウィリアム・ウォーフィールド(バリトン)
ウェストミンスター合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニック

というもので、
同曲初ステレオ録音というだけでなく、
バーンスタインがNYPOを指揮した初の商業用録音であり、
初のステレオ録音でもあるようです。

ただし手持ちのCDを聴くと「パストラール」のように、
一部音質がモノラルとなっているところもあります。


これはバーンスタインが1956年の12月にあった、
「メサイア」を連続して演奏した演奏会の後、
年もおしつまった大晦日に録音したもの。

当時NYPOはミトロプーロスの時代で、
バーンスタインはNYPOの音楽監督どころか、
まだ首席指揮者にもなっていなかった。

オケはミトロプーロス時代末期とはいえ、
なかなかしっかりとした演奏をしている。

合唱は上手いというより、
一生懸命心を込めて真摯に歌っているという感じで、
ひじょうにバーンスタインらしい演奏となっている。

だがこの演奏の最大の特長は、
この曲の構成だ。

使用しているのがプラウト編曲版ということで、
ただでさえカットが多いのだがそれだけではなく、
この三部構成のオラトリオをバーンスタインは、

第一部と第二部の後半をくっつけて
「クリスリス・セクション」

第ニ部の前半と第三部をくっつけて
「イースター・セクション」

と再構成し演奏している。

このため「クリスマス」では「ハレルヤ」で終わるため、
これはこれでなかなかいい雰囲気になっている。

またこれは「マタイ」でも感じた事だけど、
ストーリーテラーとしてのバーンスタインのそれも、
強く感じさせるものがある。

もともと「メサイア」は、
宗教音楽というよりは祝典劇場音楽みたいな所があり、
しかもやったもの勝ちみたいなところもあるので、
バーンスタインのこれなどは、
まさにそこの部分を衝いたものといえる。

またバーンスタインのそれはじつにロマンチックで、
情感豊かにたっぷりと歌い込んだり、
素晴らしく快適に運んだりと、
もう縦横無尽といった感さえある。

最後の「アーメンコーラス」など、
もう心躍り点に向かって駆け上がっていくような、
そんな爽快感さえ感じられる。

スキの無いすべてに行き届いた演奏とは対極の、
ある意味スキだらけの演奏だけど、
これは若き日のバーンスタインの、
ありったけの思いの丈を「メサイア」にぶつけた、
快心の演奏といえると思う。

この録音は1958年に発売になったが、
これは翌年がヘンデル没後200年にあたることから、
それにあわせての発売となっていたようです。

そういえばベイヌムの「水上の音楽」も、
1958年の録音ということなので、
同じ趣旨の録音だったのかも。

1950年のバッハ没後200年は、
まだ大戦が終わって五年ほどしか経っておらず、
ステレオ録音も登場してなかったこともあり、
1959年のこれは業界にとって、
ひとつのビッグイベントだったのかもしれません。



そんなバーンスタインの「メサイア」が発売された年に、
CBSはオーマンディとフィラデルフィアによって、
再度「メサイア」を録音します。

メサイア1.jpg

アイリーン・ファーレル (ソプラノ)
マーサ・リプトン (アルト)
デイヴィス・カニングハイム (テノール) 
ウィリアム・ワーフィールド (バリトン)
ギルバート・ジョンソン(トランペット)
リチャード・P・コンディモルモン指揮・タバナクル合唱団
フィラデルフィア管弦楽団
                      

1958年と1959年の3月とに分かれて録音されており、
これだとヘンデルの命日は間に合わないが、
これも一応200年の年にあわせて録音されたものだろう。

CBSがなぜ連続して「メサイア」を録音したかは不明だが、
ひょっとするとバーンスタインの二部構成ものなので、
オリジナルの三部構成ものも録音しようとしたのかもしれない。


ただこのオーマンディのものは確かに三部構成ではあるが、
第一部こそバーンスタインとほぼ同じ曲数を収録しているものの、
第二部と第三部はかなりカットしており、
全32曲104分というかんじになっている。

※因みにバーンスタインは全39曲で117分。

しかもそのうち18曲は第一部なのだから、
いかに残りがバッサリやられたかお分かりだろう。

第三部など四曲しかない。

ただそれでも演奏そのものは、
かなり大きな編成で賑やかな編曲ではあるものの、
それによって肥大したり、
喧騒に走るということもなく、
安定感と古典的ともいえる美しい造形と安定感、
それにバランスをもった演奏となっている。

雰囲気としてはバーンスタインのような劇場型ではなく、
むしろ声楽付き交響曲のような趣の演奏となっている。

またかなりフォルムにこだわったような演奏で、
第二部以降の大幅なカットは、
レコードの収録時間の関係だけということではなく、
オーマンディのフォルムに対する感覚からきた、
必要なカットだったのかもしれない。


この演奏のもうひとつの聴きものは、
やはりフィラデルフィアの演奏だろう。

この録音当時フィラデルフィアは、
全米ナンバーワンと言われていたほどのスーパーオケで、
多くの名手が揃っていたという。

弦の響きひとつひとつとっても絶品ものだし、
ときおり聴かれる管楽器もじつに華やかではあるが、
それでいてどこか落ち着いた響きで統一されていて、
聴いていて心が洗われるよう。

そして「The trumpet shall sound」における。
名手ギルバート・ジョンソンのそれがまた素晴らしい。

決して華美になったり派手になったりせず、
それでいてオケと絶妙にブレンドされた、
温かな光にみちた見事なソロを聴かせてくれている。

因みにバーンスタインはここの部分三部構成の最初第一部しかないが、
ここでは三部すべてが演奏されている。

ここが名手の聴かせどころということで、
しっかりとコンプリートで演奏したのかも。

輝かしい演奏ではあるが表情に強く抑制をきかせてはいるため。
器楽的傾向の強い演奏と聴こえるかもしれないが、
音楽そのものはしっかりと歌い込まれているし、
音のキレもしっかりとしていて、
ダラダラと惰性で音楽が進むことがない。

1950年代全米最高の、
というより当時世界最高のオーケストラによるヘンデルということで、
これまたいろいろと聴きどころのある演奏となっています。



この約四半世紀後、
今度はヘンデルの生誕300年が近づいてきた。

そしてそれに合わせて録音されたもののひとつがこれ。

メサイア2.jpg

キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
アンヌ・イェヴァング(アルト)
キース・ルイス(テノール)
グウィン・ハウエル(バス)
アドルフ・ハーセス (トランぺット)
マーガレット・ヒリス指揮シカゴ交響楽団合唱団
シカゴ交響楽団

指揮はもちろんゲオルグ・ショルティ。

1984年の録音。

この録音時、ショルティはスコア選定等を含め、
クリストファー・ホグウッドに助言を求めている。

彼としてはこのセッションに、
より万全をもってのぞみたかったのだろう。

使用版はトービン校訂版。

先の二人の使用している版よりはるかにオーソドックスだが、
これはショルティのオリジナル版志向に沿ったものといえるかも。

※しかしヘンデルのこの許の版の問題はとても複雑。ブルックナーどころのさわぎではないくらいです。

オケの編成もそれに準じており、
十二型の弦編成に、
オーボエとバスーンが各二名。
ブラス三名とティンパニーとチェンバロで、
計49名のオケと約100名の合唱団というもの。

因みにこの100名はオケとのバランスだけではなく、
シカゴ響合唱団の中のプロメンバーの人数なのだそうで、
メンバーを精鋭に絞り込んでのそれだとか。

そんなメンバーでのぞんだこの演奏。


とにかく演奏が小気味いい。

ショルティというと、
いつも剛腕の分回しみたいにいわれているが、
こういう小回りを要求される曲でも、
ショルティは驚く程の適正を発揮する。

やってることはいつものショルティだけど、
編成を刈り込んでいるせいか、
とても軽快でさわやかな感じさえする。

またその持ち前の古典的演奏スタイルのせいか
印象が現代のピリオド系に近いものがあり、
古臭さや仰々しさも感じさせない。

もっともオケの基礎体力が半場ではないので、
そのパワーは現代の室内オケとは桁外れで、
随所にフルオケ並みの迫力を聴かせている。

とにかくなんともストレートなヘンデルだ。


ただ面白いのはオケや合唱に比べ、
ソリストの四人はむしろ歌謡的で、
まるでオペラのような感じさえする。

ショルティはこのことにより、
宗教音楽と世俗音楽の合体ともいえる「メサイア」の、
その二つの面を同時に描こうとしていたのかもしれない。

おそらくショルティはどちらかひとつに重心をかけることを、
この曲では良しとしなかったのだろう。

ただこういうやり方はショルティだけではなく、
ピリオドでもたまに耳にするやり方だが、
ショルティのそれはシカゴというデカいキャンパスでやったため、
余計その対比が目立つことになったように感じる。

とにかく指揮者の個性とオケの凄さがあらわれた、
これまた素晴らしいメサイアだが、
中でも使っている版のため登場場面は少ないが、
あのハーセスが参加した曲はどれもが聴きものだ。

特に「The trumpet shall sound」は絶品。

先のジョンソンがオケと絶妙にブレンドされた音を出していたが、
ハーセスはオケの中から輝かしい一筋の光が立ち上るかのようで、
ヘンデルがもしこれを聴いたら、
随喜の涙を流したのではないかと思われる程だ。

当時63歳のハーセスによるこれは本当に見事な演奏です。


以上アメリカのオケで演奏された、
三種類の「メサイア」を紹介したけど、
正直このどれもが日本での評価はひじょうに低い。

特に最初の二つは現在の価値観からみると、
はなはだ異端かもしれない。

ただ自分は「メサイア」では、
こういうのもいいのではないかという気がするし、
むしろこれらの演奏によって、
かえってヘンデルの強かさというえ、
「メサイア」という曲の懐の深さというものを、
強く感じさせられてしまう。


「メサイア」が現在でも多くの人に歌われ演奏され、
そして聴き継がれているのは、
そんなところにも大きな理由があるのかもしれません。


ヘンデルは自分たちが考えている以上に、
途方もない天才であり怪物だったのかも。



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ドラティとコンセルトヘボウの「くるみ割り人形」。 [クラシック百銘盤]

アンタル・ドラティというと、
バルトークやストラヴィスキーや、
ドヴォルザーク、スメタナ、
といったところが浮かんでくる人が多いが、
チャイコフスキーも同じように、
ドラティとして定番のレパートリーだった。


そんなドラティが69才の時に、
オランダの名門、
ロイヤル・コンセルトヘボウを指揮して録音した、
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」全曲がある。

MI0000975191.jpg

これがじつはたいへんな名演。

演奏は1975年に録音されたもので、
内容としては、

1975年6月30日-7月5日 アムステルダムのコンセルトヘボウでの録音。

共演として、
ヤン・ヴァルケステイン指揮
ハールレム聖バーフォ大聖堂少年合唱団。

と、なっている。

コンセルトヘボウはこの前年、
ハイティンクとチャイコフスキーの交響曲第5番を録音、
さらに前後して他の交響曲もいろいろと録音しており、
チャイコフスキーの録音が目立った時期でもある。

そんな中で録音されたこのチャイコフスキー。

録音はアナログながら当時としてはかなり良好で、
聴きやすくしかもそこそこレンジも大きく、
コンセルトヘボウののオケの素晴らしさも、
あますところなく録らえている。


だがそれ以上に素晴らしいのはドラティの指揮。

ドラティの指揮は音に力が十分に込められていて、
緊張感が途切れることがない。

また音楽の懐が大きく、
間の取り方がうまく安定感があるため、
音楽が小さく感じられることもない。

そういう意味ではクナッパーツフッシュ指揮の、
「くるみ割り」の組曲と相通じるものがあるが、
こちらの方がキレがあり、
尚且つパンチが効いている。

また音楽の流動観がすばらしく、
気付いたら
「もうここまで曲が来ている」
という事がしょっちゅうだ。


これにはドラティの力だけでなく、
コンセルトヘボウのオケの力もある。

その地力もそうだけど音の美しさが半端ではない。

チャイコフスキーの録音が伝統的に活発なオケだけど、
ことバレエの全曲となると経験はほとんどなく、
全曲録音もおそらくこれが初めてではないかと思われる。

※ハイライトなら名銀の誉も高いフィストラーリとの「白鳥の湖」がありましたが…。


にもかかわらず、
もう随所で聴き惚れてしまうほどの、
じつに瑞々しい音がそこには横溢している。

さすがコンセルトヘボウといったところだし、
ドラティの力量もこの点さらに評価されるべきだと思う。


演奏時間は全体で83分ほどだが、
上記のように聴きどころが多く、
美音が溢れかえる程なのに決して甘口ではなく、
むしろ辛口でありながら聴かせ上手であるためか、
正直自分にとってはいつもあっという間という感じだ。


これはドラティにとっても、
コンセルトヘボウにとっても快心の名演といえるだろう。

その後このコンビは1979年から1981年にかけて、
今度は「眠れる森の美女」全曲を録音している。

全体で2時間半を超す長丁場だけど、
こちらもじつに見事な演奏を同様に展開している。


尚、ドラティの「くるみ割り」のLPが日本で初発売された時、
当時の国内盤における「くるみ」の全曲盤というと、

アンセルメ、プレヴィン、ボニング、ロジェストヴェンスキー

といったところが発売されていたが、
オケも録音もこの盤が図抜けていたにもかかわらず、
何故か上記四点よりも評判になったという記憶がない。

確かに雑誌の評価は高かったが、
ドラティの当時の日本での評価がいまいちだったことも、
そこにはあるかもしれない。


ドラティが評価されたのは、
デッカとの録音がいろいろと話題となったことや、
1981年に読売日響客演の為の来日、
そしてコンセルトヘボウとのバルトークが出て、
その名前があらためて知らしめられた頃だろうか。

これほどドラティのそれが遅かったのは、
彼がマーキュリー時代に名前が出始めた頃、
彼の招聘の話が東響であったものの、
度重なる交渉のゴタゴタでけっきょくドタキャンとなったことで、
他の日本のオケがブラックリストに載せてしまったことと、
その後1963年のロンドン響との来日公演が、
本人の体調不良もあっていまひとつの日があったりして、
その評価が良くなかった事が尾を引き、
しかもその後ドラティの録音そのものが目立たなくなったため、
このような事が起きたのだろう。


そんな中でのこの「くるみ」の発売なので、
いささかしかたない部分はあるかもしれない。

自分も当時はやはりドラティに強い印象は無く、
この「くるみ」のLPは購入リストにはあったものの、
ついに購入することはなく、
CDとして手に入れたのはドラティ没後から、
さらに十年以上も後の事になる。

このため前出した貴重な来日公演、
結果的にも聴き逃すことになってしまった

じつに情けない話です。


そんな事もちょっと聴く度に思い起こさせる、
この名盤「くるみ割り人形」。

今はそういうこともありけっこう大事に聴いています。


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「用心棒」の歩いた道へ再び行く。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

2014年の12月にJR韮崎駅から歩いて30分程のところにある、
黒澤明監督作品「用心棒」のロケ地跡へ行った。

http://orch.blog.so-net.ne.jp/2014-12-10&pagename=nice

今回は二年半ぶりに再訪。

そしてもうひとつの場所も見に行った。

あいかわらずのどかだけど、
山々がとにかくすばらしい。

a-09.jpg
茅ケ岳

a-10.jpg
白根三山

富士山もうっすらと見えていたけど、
さすがに自分のボロ携では映らなかった。

a-01.jpg
三十郎が歩いていった道。

ここには写っていませんが、
けっこうあいかわらず車の通りが激しいです。

この道から右手奥に見える白根三山。
a-02.jpg

そしてこの道。
a-03.jpg

これが映画ではここにあたります。
a-11.jpg

映画に近い角度でこの道をみます。
a-17.jpg

三十郎は棒の向いたこの道へ行きます。
a-08.jpg

映画でも映っていた石塔。
a-04.jpg

新しく作り直したのではという意見もあり、
再度そのあたりもみましたが、
土台と頂部は古そうなのですが、
真ん中部分が妙にスッキリして、
なおかつちょっと新しい感じがするので、
ひょっとすると真ん中の部分だけつくりなおしたのかも。

a-14.jpg
映画での石塔

a-13.jpg
実際のそれを映画で見えていた方向から。


このあとこの場所を離れ別のものを探索。

そしてみつけました。

あの本間先生が走って逃げる桑畑の中の道。

a-05.jpg

これは本間先生の近くにみえる石碑?と、
右へ伸びている道が目印でした。

用心7.jpg
用心6.jpg

これがその石碑。
a-06.jpg

写真でみると小さくみえますが、
けっこうそこそこの大きさがあります。

このとき本間先生がすたこら逃げた方向へしばく歩き、
そして振り返って一枚。

a-07.jpg

この写真中央にある木の場所あたりが、
位置関係からいくと清兵衛の本陣があった所かと。

そうなるとこのあたり一帯に、
馬目宿が作られていたのだろうか。


因みにこのあたりは今はこんなかんじです。
a-15.jpg

ただこんな巨大な石が先の石碑の少し先にありました。
a-16.jpg

位置的には映画に映っているはずなのですが、
当時はかなり草茫々だったため、
なんかシーンによっては、
うっすらとみえるようなみえないようなかんじで、
ちょっと何ともいえないかんじでした。


とにかくこんなかんじでした。

しかしほんと何もないところです。

だからこれだけまだいろいろと残っていたのかも。


例えば「天国と地獄」のロケ地は地元なのですが、
いろいろと開発等でかなり分からなくなりつつあります。

半世紀前の映画の遺構が、
これだけ残っているのはとても幸福なのかもしれません。

何とか末永くこの状態を維持してほしいものです。


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「シン・ゴジラ」の好きなシーン [ゴジラ]

ちょっとマニアックもしれないけど、
じつはこの―シーン。

好きというか最も怖かったというか…。

すでにツィッターでも書いているけど、
それはこのシーン。

sg0002.jpg

じつは下に分かり易く矢印で示しているけど、
なんとここにゴジラがいる。

SG0011.jpg

もうすぐそこまで来てるのに、
マンション等の建造物で視覚、
避難放送等で聴覚が阻害され、
ほとんどの人がそれに気づかず、
ただダラダラと緊張感もなくけだるく避難しているという、
このシーン。

311での津波のエピソードを思い出してしまうが、
このときの避難放送も、
津波襲来時の避難放送を想起させられて、
かなり重くのしかかられるような怖さを感じた。


そしてもうひとつがこのシーン。

sg0005.jpg

自分がよく行く由比ヶ浜商店街でのシーンだけど、
ちょっとわかりにくいが、
じつは左下端を人が断続的に、
ゴジラのいる所から走りながら逃げている。

SG0010.jpg

これをはじめて気づいた時、

「うわー、これは怖すぎる」

と思うと同時に、
このシーンのエキストラやりたかったなあと、
ここに映っている人にかなり羨望の念を感じてしまいました。

正直あのときエキスストラやっていた人の多くが、
こういうシーンをやりたがっていたので、
これやった人は映りは小さいけど個人的には、

「大当たり」

という気がしました。

ただ鎌倉ロケの日は、
今にも雨が降りそうな曇天だったので、
これは合成かもしれません。

でもやっぱりこういうの…やりたかったなあ。
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不可解な内容のツイート (ラブライバーと沼津) [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

よくラブライバー云々という芳しくない内容のものが流れるけど、
お店での発信等を別とすれば、
正直自分の目で確かめないかぎり
事の真偽が判別できないものにはあまり反応しない事にしている。
もしガセだったらそんなものに加担した自分が許せないし、
沼津や真面目なファンの方に申し訳がたたない。

でっちあげやなりすましも日常茶飯事の今日この頃。
人に躍らされることだけはしたくない。
だからといってダメな行為はダメ。
ここのところは毅然としたい。
もちろん大前提は「沼津ファースト」なので、
このあたりも度が過ぎると拙いので難しい。
大洗もかつてはこういうことで苦労したんだろうなあ。

-----------------------------------------------------


という内容のツイ―トをこのまえしたら、
それとほぼ時を同じくして、


「1日中こんな奴らがいたし一般客が泊まりに行く気にならないのは当然…」

という発言とそれ関係の二つの写真がツイートされ、
さらにそれに呼応するかのように、

「この写真頂いても良いですか?
ブシロードにアニメ企画の即時停止と沼津市への協賛中止を要請する材料に使いたい」

という内容のそれがついた。


正直「またか」と思った。

写真を観てて、
ほんとうにしょうもないことばかりしてる、
残念なファンたちだなあと悲しく思ったが、
暫くしてなんともいえない違和感がわきあがり、
以下のような発言を立て続けにツイッターに投稿した。


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このツイートに掲載されていた二つの写真。
片方は「いいかげにしろ」だけど、
もう方方はちょっと「一日中」という表現に違和感があるのと、
自分ならここのお店にまず報告し、
それでお店さんがバンダイなりブシロードなりに
厳重抗議するというのなら筋も通るし当然だけど、
なんかこの流れがスッキリしない。

さらに言わせてもらえば、
このお店さんをすっ飛ばして抗議しちゃうと、
お店さんのあずかり知らぬとこで火の手があがって、
別の意味でご迷惑がかかるかもしれないけど、
このあたりの事もちゃんと考えているのかなあ。
当事者を蔑ろにすると悪質ライバーと同じレベルとみられかねない危険性がある。

まあ写真に写ってる人たちの行為については個人的には好意は持てないけど、
それに対する対処の仕方がとにかく?で、
お店さんをすっ飛ばして事を起こそうとしているように見えるのがとても心配。
あとこれだけ反応があるのはある意味いいことだと思う、
あとは個人がそれをどう冷静に捌き落とし込むか。

ようするにまず現地の人に任せるという事が抜けてるようなやりとりがとにかく不安。
これって受けてによっては
「現地の人ではダメなので俺たちが代わりに」と言ってるように感じられ、
傲慢と受け取られかねないじつに危険なやりとりだ。
事が現地のお店の敷地内で起きてるのだから、まずお店にだよなあ。

さらにさらに言えば。
お店さんに言わないでいきなりネットにあげているのだとしたら、
自分がそのお店さんなら「なぜ一言言ってくれない」となります。
これを写している人がお店さんに縁もゆかりもないのは分かるけど、
いきなり拡散するんじゃなくて、
まずそこの人たちに連絡して指示を仰ぐのが筋。

こういう形で情報が拡散し巻き込まれをされるのって接客業がいちばん嫌う事。
何度もいうけど順序が違うよなあ。
どう考えてもここのところだけはおかしい。
注意喚起みたいなものではなく、
単純に煽っていろんなもの巻き込んで愉しんでるとしか思えない。
なんか嫌な話になってきたのでこの話終了!


--------------------------------------------


というもの。

ツイッターでは実際にお店さんの名前を出していますが、
ここではあえて「お店」としています。


多少内容が重複したりくどくなってしまったものの、
ようするに一見これを写した人たちは、

「自分たちはこの酷いライバーたちの行為を糾弾する」

みたいな錦の御旗をたてて言ってるようにみえるが、
それにしてはお店への配慮があまり感じられないし、
そもそもこの内容を拡散することに、
お店の許可を得ているのかという疑問もある。

そのあたりがまったく触れられていないので、
お店にとばっちりがいくのではないかと、
こちらはとても不安を感じる。


一部ではこれはただラブライブが嫌いなだけで、
沼津やそのお店などなんとも思っていない人たちの、
ただの嫌がらせというふうに言っているものもあり、
自分もひょっとして、
これそのものがじつはねつ造ではないかと、
そんな疑念さえもつようになっていった。


ただ正直これの真偽よりも、
上でもさんざん述べたけど、
現地のお店にちゃんとまずお伝えし、
こういう内容で発信していいかと、
事前に御伺いを立てたのかというのがとにかく心配。

ラブライブをけなそうが叩こうが、
それはその人の自由だろうけど、
自分たちの考えや価値観のためだけに、
地元を巻き込むような形で利用していたとしたら、
これはもう絶対許せない蛮行だし、
自由と無秩序を履き違えたような、
一種のテロ行為と言ってもいいかもしれないほど酷いもの…

…と受け取られかねない危険性をともなった、
とにかくなんとも不可解な発信だった。


これに対していろいろと反応があったけど、
良識あるファンが多かったことが救いとはいえ、
無責任な物言いがあったことも否定できないので、
正直これはかなり考え物のそれだった。


自分はその後あるツイートで、

----------------------------------------

「最近思うんだが
自分より豊かな人、幸せな人を見た時、まず
「自分もああなりたい」と思うのでなく
「あのやろう、悪い点見つけて引き摺り下ろしてやる」と思う
僻みの文化が蔓延してると思う
いつから日本はこんな風潮になったのか

-----------------------------------------------


というものをみた。

まったくの正論で、
しかも今回のそれの根っこにある部分のひとつを、
適格に言い当てたもののように感じられてしかたなかった。



今回自分ははじめて「ラブライブ」という、
外からみていた台風の中に突っ込む形をとっているが、
現地は驚く程穏やかだし、
大洗のガルパン初期の頃とそれほど差は感じられない。


むしろ作品やファンを叩くことに手段を選ばない風潮が、
少しずつ強くなっているように感じられ、
地元に対して何のそれも払われていない事を思うと、
思わず「テロ」というキツイ言葉を使ってしまうくらい、
自分にはそっちの方がえげつなく酷い行為に感じられてしまった。


もちろんファンの方の行為の一部にも、

「さすがにこれは」

と思ってしまうこともあるけど、
だったらそれに対してはまず地元に伝えるなりして、
(それは後日にメールでもいいと思う)
「報告」場合によっては「意見」を言うのが筋で、
地元を飛び越えてあまり踏み込みすぎたそれをすることは、
正直やりすぎだし自己満足や売名行為ととられ危険性がある。


上でも言ってるけど自分たちはあくまでも観光者であって、
「俺様」や「殿様」ではない。

「俺たちが代わりにやってやる」

などと本気で思っている人がいるとしたら、
ほんとうにこれは傲慢以外のなにものでもない。


発言は慎重にと冒頭に書いたけど、
今回の場合ちょっとどうしても踏み込んであえて発言をしたくなり、
またツィッターではすぐに流れてしまうので、
後々までいろいろと考え込むべき内容の事柄ということで、
こちらにもこういう形で書き込みました。


あと今回の件。

大元の情報量が写真込みにもかかわらず、
あまりにも少ない。

自分が断定を随所で避けているのはそのせいです。



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「よこすかカレーフェスティバル2017」へ行く。 [いろいろ]

というわけで
「よこすかカレーフェスティバル」
に昨年に続いていく。

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https://www.cocoyoko.net/event/curry-fes.html

JR横須賀駅で降りて少し歩く。

ヴェルニー公園に今年から帰ってきた、
戦艦「陸奥」の主砲をみる。

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当時最大といわれた40センチ砲。


このあとに二十分程歩いてカレー会場へ。

前回は自衛隊がらみとバイキング、
そして並ばないところを中心としたが、
今回は逆に並ぶところばかりまわった。

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100時間カレー
※公式サイトより

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黒部ダムカレー

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門司港発祥焼きカレー
※北九州市の観光公式サイトより

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弦斎カレーパン
※公式サイトより

といったところ、
正直どれも美味しくて甲乙つけがたかったです。

やっぱり列ができるところはどこも半端じゃないです。

ただ今回あるところで。
買ったものが違うからなのか、
人によって対応が違うようにみえたブースがあったのば残念。

混んでるからかもしれないが、
観ててこういうのはあまり楽しいものではないので、
申し訳ないがここは人気投票から外してしまった。

何かを売るのは商品だけじゃない。

当たり前のことだし当人も分かっていただろうけど、
忙しかったとはいえ自分などのように、
それが目についてしまう人もいるし、
ネットに店名を書き込んでしまう人もいる。

たいへんかもしれないけど、
できればそういう部分は分からないようにしてほしい。


このあと入館料が半額になっている。
記念館「三笠」に行く。

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こちらは30センチ砲。

三笠からみたカレーフェス会場の、
東郷司令官像付近の様子。
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Z旗もはためいていました。
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「ハイフリ」ブースも盛況でした。
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このあと鎌倉へ。

この日は葛原岡神社例祭 (葛原岡神社)でした。
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夕方から夜は賑わったと思います。

しかし暑くて冷たいものがほしくなってしまい、
「鎌倉するがや」さんで、
期間限定の「アイスどら焼き」を食した。
ice.jpg
※公式サイトより

これけっこうおつでした。




食べたものの写真をほとんど公式サイトから転載してるのは、
あまりにもおいしそうなので
写真をとる前にいつも気づいた時には食べてしまっていたり、
食べる場所がなくて写真がとれないことが多々あるからです。

すみません。

食の誘惑には弱い者でして…。
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ジェフリー・テイト氏死去。 [お悔み]

Il direttore d’orchestra Jeffrey Tate stroncato da un malore all’Accademia Carrara

Il 74enne stroncato da un malore all'Accademia Carrara nel primo pomeriggio di venerdì 2 giugno è il direttore d'orchestra Jeffrey Tate.

di Redazione - 02 giugno 2017 - 17:30

jeffrey-tate-577724_660x368.jpg

Il 74enne stroncato da un malore all’Accademia Carrara nel primo pomeriggio di venerdì 2 giugno è il direttore d’orchestra Jeffrey Tate. Il famosissimo (e malato) direttore d’orchestra si è accasciato poco lontano dall’ingresso, probabilmente colpito da un infarto, e non si è più ripreso.

Nato il 28 aprile 1943 era stato insignito del titolo di Sir. Affetto dalla nascita di spina bifida e cifosi, aveva studiato pianoforte e composizione nel prestigioso Trinity College di Cambridge e aveva intrapreso anche gli studi universitari in medicina. Una volta laureato in medicina decise di svolgere la professione medica, continuare a coltivare la sua autentica passione, la direzione d’orchestra, che ben presto divenne la sua occupazione principale.

Nel 1970 era al Covent Garden di Londra come maestro collaboratore al clavicembalo di Georg Solti prima e di Colin Davis, Rudolf Kempe, Carlos Kleiber, John Pritchard e Herbert von Karajan poi. Nel 1976 Pierre Boulez lo volle come suo assistente a Bayreuth per il Ring del centenario. Nel 1978 l’esordio con Carmen di Bizet all’Opera di Göteborg.

http://www.bergamonews.it/2017/06/02/il-direttore-dorchestra-jeffrey-tate-stroncato-da-un-malore-allaccademia-carrara/256004/


今度はテイト氏が亡くなられた。

読売日本交響楽団によく来演されていたが、
そのときのヴォーン=ウイリアムズの交響曲第5番と、
エルガーの交響曲第1番における名演が忘れられない。

謹んで心より哀悼の意を表します。


しかし今年はあの悪夢の1973年を思われるほど、
指揮者の訃報が続いている。

もうこれ以上悲しい報せを今年は聞きたくないです。
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イルジー・ビエロフラーヴェク氏死去 [お悔み]

V noci zemřel po dlouhé těžké nemoci uznávaný český dirigent Jiří Bělohlávek. Bylo mu 71 let.

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Už na začátku ledna se objevily spekulace o Bělohlávkově zdravotním stavu. Česká filharmonie se ale k tomuto tématu nechtěla vyjadřovat. Za svoji soukromou věc to považoval také dirigent Bělohlávek. Šéfdirigent a umělecký ředitel ČF Bělohlávek na začátku ledna podepsal na dalších šest let smlouvu s Českou filharmonií. V čele nejznámějšího tuzemského orchestru stál už čtyři sezony. Ve funkci tak měl setrvat do sezony 2021/2022.


„S hlubokou lítostí oznamujeme, že dnes ráno zemřel po statečném boji s těžkou nemocí šéfdirigent a hudební ředitel České filharmonie, profesor Jiří Bělohlávek,“ napsala Česká filharmonie na Facebooku. „Po dohodě s rodinou, které Česká filharmonie vyjadřuje svou upřímnou soustrast, budou okolnosti posledního rozloučení oznámeny později. Do té doby nebudeme poskytovat žádné další informace,“ doplnila.


„Je především jeho zásluhou, že Česká filharmonie za posledních pět let zažila mnoho mimořádných úspěchů a znovu si vydobyla respektované postavení doma i v zahraničí – stala se vpravdě národním orchestrem, opět pronikla na pódia nejprestižnějších světových koncertních sálů a realizovala řadu oceňovaných nahrávek. Nejen Česká filharmonie, ale celá naše země odchodem Jiřího Bělohlávka přichází o člověka mimořádných uměleckých i osobních kvalit,“ cituje server iDnes.cz mluvčího České filharmonie Luďka Březinu.


Své kondolence poslal přes sociální síť rodině Bělohlávka a České filharmonii i Londýnský symfonický orchestr.

Zdroj: http://www.lidovky.cz/v-noci-zemrel-po-dlouhe-tezke-nemoci-uznavany-cesky-dirigent-jiri-belohlavek-1sx-/kultura.aspx?c=A170601_095415_ln_kultura_sij

http://www.lidovky.cz/v-noci-zemrel-po-dlouhe-tezke-nemoci-uznavany-cesky-dirigent-jiri-belohlavek-1sx-/kultura.aspx?c=A170601_095415_ln_kultura_sij


ちょっと突然の訃報に言葉もありません。

秋の来日を愉しみにしていたのですが…。


自分がビエロフラーヴェクの実演を聴いたのは、
1987年のN響とのマーラーの2番が最初だったと思う。

その後間隔があいてしまうが、
2004年の日本フィルとの「死者の家から」とドヴォルザークの7番。
2006年の日本フィルとの「わが祖国」
2009年の日本フィルとのブルックナーの5番
2013年のチェコフィルとのドヴォルザークとブラームスの1番。
2015年のチェコフィルとのベートーヴェンの5番、他。

これがすべてだと思う。

特に今世紀に入ってからのそれはどれも名演揃い。

日本フィルもよかったけど、
チェコフィルの状態が究極的といっていいぐらい素晴らしい。

特に2015年浜松での演奏会は白眉で、
中でも最後アンコールで聴いた「売られた花嫁」の道化師の踊りは、
二年前にサントリーホールでアンコール時に聴いた、
「売られた花嫁」の序曲と並んで、
チェコフィル最盛期ともいえるような輝かしいかぎりの、
それこそもういう事なしのとびきりの超名演でした。

当時は自分はこのときの事を以下のように書いている。


「そして最後のスメタナ。これはもう絶品。この曲をチェコフィルの実演で聴くのはこれが初めて。すべてにおいて「このカードをきれば世界中の誰にも肩をならばせない」というかんじの名演奏でしたし、こういう曲を持つオーケストラに正直自分は羨望の念を深く持たされたものでした。

終わってみれば現在のチェコフィルの好調ぶりと、その醍醐味が満喫できるような演奏会でした。このコンビ、確かに熱狂的な支持者を生むというタイプのそれではないでしょうが、これほど自分達の語法にのっとった高い水準の音楽を常時演奏できるコンビというのは世界的にもそうは多くないと思います。

チェコフィルにとって新しい黄金時代の到来を感じさせる、チェコフィルらしい見事な演奏会でした。」

https://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/55125094.html

だから当然今年の来日公演も行く予定だった。

それなのに…。

チェコフィルにとってこれはあまりにも大きすぎる損失だ。

ビエロフラーヴェクも、
一度は手放したチェコフィルのポストに再度赴任、
その円熟期と相まって生涯最高の時を謳歌している、
その最中の出来事だ。

まだあと最低でも5年は、
指揮者もオケもその状態が維持できただけに、
この急な死は本人にとっても無念としか言いようがないだろう。

本当にかえすがえすも残念です。

それにしてもチェコの指揮者、
特にチェコフィルとの関係の深い指揮者は早く亡くなる人が多い。

アンチェル、ノイマン、コシュラーと、
みな指揮者としては早すぎる感がある、
そこに今回のビエロフラーヴェク。

ほんとうに残念です

横浜で予定されていた演奏会の告知をここにあげ
謹んで哀悼の意を表します。

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