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ゆく河の流れは絶えずして(柴田南雄) [クラシック百銘盤]

現代音楽。

この言葉を聞くと反射的に嫌悪感を覚える。

そんな時期が自分にもかなり長い年月あった。

それは自分が学生時代に聴いた、
いくつかの日本人作曲家の「現代音楽」とよばれるもの、
それに起因するところが大きい。

意味も方向性も分からない不協和音の連続は、
自分にはまったく興味も理解もできないものだった。

正直これらの音楽は作曲家のひとりよがりで、
手段が目的になってしまった典型と感じられてしかたなかった。

またその後ある音楽関係者の方から、
「あれはただオーケストラを使っていろいろと試してるだけ」
という現場の声がある事を聞いた。

「こんなもの聴くだけ人生の無駄」
とついには切って捨てたものだった。


だが年月が流れ、
その間コルトレーンのフリージャズをはじめ、
いろいろなジャンルの古今の音楽を聴いたからだろうか、
いつしか自分の中から「現代音楽」への嫌悪感が薄れていった。


また同じころ一般には評判が悪いが、
ハイティンクがコンセルトヘボウを指揮した武満徹を聴いたとき、
「ゴミのような音楽に聴こえたのは、日本のオケが下手だったからではないか。」
という気が強くした。

そしてウィーンフィルが演奏した武満を聴いた時、
その考えは決定的となった。

幸いにして日本のオケは21世紀に入り急速に進化している。

それは在京のプロオケだけでなく、
アマオケや地方オケも例外ではない。

このためかつては現代音楽と言われていた、
三善晃や矢代秋雄の交響曲も、
これらのことも手伝って、
もはや現代の古典というくらい耳当たりのよい曲として、
演奏会でも接することができるようになった。


そんな中、
今年(2016)の9月29日に生誕百年を迎えた、
日本を代表する作曲家である柴田南雄の作品を、
若手の実力者、山田和樹が集中的にとりあげてるという。


最近演奏された、
「コンソート・オブ・オーケストラ」は、
たいへん評判がよかったという。


じつはかつてこれが第22回尾高賞受賞したとき、
それがN響の演奏によりTVで放送されたことがあったのですが、
自分が現代音楽を「より嫌い」になった原因がそれを聴いたためだった。

このため当然柴田南雄とも疎遠になった。

だが数年前、
偶然聴いた他の指揮者とオーケストラによる、
「コンソート・オブ・オーケストラ」は、
そのときとはずいぶん印象の違うものとなった。

そしてこんなことを言っては申し訳ないが、
些か音に対する感覚の古き時代のようなものも感じてしまった。

それだけにそこのところを、
山田さんがどう描いていくかとても興味があったが、
残念なからいろいろな理由で行くことはできなかった。


そんな山田さんが11月7日に、
柴田南雄の交響曲、
「ゆく河の流れは絶えずして」
を指揮するという。

日本PO.jpg

この日付は1975年にこの曲が初演された日に当たる。


この曲は自らの体験を軸にした自分音楽史が前半、
後半は鴨長明の「方丈記」における冒頭と、
前半の平安末期にあった自然災害や世の混乱を描いた部分を、
途中コーラスのメンバーが客席にまでせり出し朗読するという、
そういうシアター・ピースも織り交ぜた、
演奏時間が60分からそれ以上にのぼるという、
大規模な作品となっている。


なぜ方丈記がテキストに選ばれたのかは、
柴田さん自身によると、
方丈記に描かれていることがこの曲を作曲していた、
1970年代の都市状況によく似ているからとのこと。


方丈記にはじつは歴史的な大災害や事件等が描かれている。

安元の大火
治承の竜巻と福原遷都
養和の大飢饉
元暦の地震(文治地震)

といったあたりである。

この間平氏滅亡もあり、
まさに時代は混迷を深めていた時代だった。


そしてその頃の日本、
つまり方丈記の安元元年から、
元暦の終わりまでの十年間という期間を、
柴田さんがこの曲を完成させる十年ほど前にてらしあわせてみると、

1974年の伊豆半島沖地震と田中首相退陣、台風第8号や多摩川水害
1973年の第1次オイルショック
1972年の浅間山荘事件
1968年の十勝沖地震
1964年の新潟地震と関東大渇水(東京砂漠)

というかんじになっている。

1973年には映画、1974年にはテレビで、
ベストセラーとなっていた「日本沈没」が映像化され、
大きな話題を呼んでいた時代でもあり、
関東地震の69年周期というものが話題となり、
多くの人たちが首都圏直下型地震に不安を抱いていた時代でもあった。

柴田さんの気持ちもよくわかります。

あとこの頃は公害も酷かった。

なにしろ静岡県の田子の浦港でのヘドロ公害をヒントに、
「ゴジラ対へドラ」が1971年に公開されたくらいですから。


ところでこの曲、
昭和50年を記念して東京新聞から委託されたらしいが、
今あらためて聴いてみると、
メンデルスゾーンの交響曲第2番「賛歌」の、
柴田版というかんじもする。


もちろんあれに比べると、
あれほどの祝祭感覚は無いものの、
どこか祭儀のそれを強く感じられるものがあるし、
方丈記のカノンなどは、
まるで日本の民謡や童歌のようでもありながら、
なにか村祭りにも宮廷の宴にも感じられる、
独特の「和」の響きによって満たされている。

ただそれ以上に、
メンデルスゾーンがバッハやヘンデルといった、
過去の作品に対する研究と、
自らの創作活動をひとつにして、
古から現在までを、
自分を通してひとつの線として繋ぎ紡いだ「賛歌」同様、
この柴田さんの交響曲にも、
似た意識と感覚が強く感じられる。


ただそこに現代と過去の不安の共鳴を織り込んだのは、
柴田さんならではのものだろう。

因みに鴨長明の没後七百年にあたる年に柴田さんは生まれている。

これも何かの縁なのかもしれない。

そして今の時代。

平安末期や昭和40年代同様、
また混迷と不安の時代と化している今。

今回の山田さん指揮の柴田さんの交響曲は、
どのように響いてくるだろうか。


因みに現在自分の手元にあるのは、
1989年1月12日。

時代が昭和から平成になったばかりの東京文化会館で、
若杉弘指揮東京都交響楽団によって演奏された演奏会のライブ盤。

方丈.jpg

今度の指揮の山田さんがもうすぐ10歳の誕生日を迎えようという頃の録音。


ここでの当時50代半ばだった若杉さんの指揮は、
こういう手数の多い巨大な作品を、
じつに見事に見通しよく、
ほんとうに聴き応えのある演奏としている。

若杉さんはもともとこういう大曲、
とくに劇場風の要素のある作品には、
圧倒的な強みをみせていたこともあり、
見事な出来となっていたのだろう。


因みにこの録音をされた演奏会以来、
この曲は演奏されていないとのこと。


はたして27年ぶりのこの曲は、
はじめてのサントリーホールにどう響くのだろうか。



あと余談ですが、
柴田南雄さんは自分にとって、
じつはまったく関係ないというわけではないため、
途中から「さん」付けとなってしまいました。


それだけに、
かなり長い期間柴田さんの作品に、
あまり関心を持たなかった…、
というより冷たい聴き手だった自分に、
ちょっと悔いをもっている今日この頃です。


それにしても第4楽章と第6楽章のカノンの美しさ。

これに巡り合うまで、
ずいぶん遠回りをしてしまいました。

これも自分の未熟からきたものなのでしょう。


(2016 11/7 追加)

先週末にひいた風邪のためこの日の演奏会に行けませんでした。

ほんとうに柴田さんの音楽とは縁が無いです。
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コメント 3

阿伊沢萬

とはいえ、そんなに取っつきやすい曲でもないので、これを機会に一般に広まるとも思えませんが、興味のある方はぜひこの機会にどうぞという感じです。

コミックン様、mangahara様、nice! ありがとうございます。

by 阿伊沢萬 (2016-09-16 15:01) 

阿伊沢萬

日本の交響曲って案外名曲揃いなので、意外と演奏機会があるのですが、大編成もののしかも時間を要するものとなるとなかなか機会がないので、今回の柴田さんのそれはとても貴重な機会になると思います。この実現にGOサインを出した関係者の方々の英断に敬意を表したいと思います。

paxさま、ハムサブローさま、nice! ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2016-09-20 01:33) 

サンフランシスコ人

「若手の実力者、山田和樹が集中的にとりあげてるという。」

山田和樹は、来年、シアトル響楽団に客演...

http://www.seattlesymphony.org/concerttickets/calendar/2017-2018/symphony/sub22

Program

Camille Saint-Saëns: Danse macabre
Frédéric Chopin: Piano Concerto No. 2
Camille Saint-Saëns: Symphony No. 3, “Organ”



by サンフランシスコ人 (2017-07-02 06:24) 

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