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ビゴーの絵の謎 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

以前自分は
「江浦を描いたある絵画の現場をもとめて。」
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-10-11
ということを書いた。

内浦を四十数年ぶりに訪ねたとき、
そのきっかけで「魚釣り遊び」で有名な画家ビゴーの、
富士と沼津や江浦を描いた絵の存在を知ったのだが、
この絵をみたとき、
無性にこの絵が描かれた現地を探したくなった。


だがこの淡島の左に富士がみえる江浦の場所というのが、
どうしてもみつからない。

内浦だと長浜城と三の浦の総合案内所の間からだと、
それらしい角度になる。

うちうら.jpg

だがどうもしっくりこないしわからない。

土地勘も無く、
沼津や口野から長浜まで数回しか歩いたことのない者では、
なんとも手詰まり感がでてきた。

このためツィッターで
そのことを書き込んだのだが、
このあと想像もしない展開になってしまった。


この絵の解説には「淡島」越しと明記されており、
こちらもそれを前提にやっており、
じっさいに見た淡島をみても違和感は何も感じなかったが、
この「淡島」がどうも淡島ではなく、
今は無き「大久保山」ではないかということが話としてでてきた。

つまり重寺付近から大久保山超しに富士山を観るような、
そういう構図ではないかということ。


このためすぐにネットで大久保山のことを調べた。

そうすると以下のようなサイトに巡り合った。
http://dekowalker.at.webry.info/200807/article_24.html

大久保山は1980年代に開発のため消滅した、
標高140mほどの高さの山で、
落石や土砂崩れの多い難しい山だったという。

たしかにそういわれてみると、
山の斜面の一部が土砂崩れが起きたような跡がみえるし、
淡島にしては陸続きのように見えないこともない。

また最初みたときに、
ずいぶん鋭角的な淡島だなあと思ったけど、
当時は「モスラ対ゴジラ」で静浦に来た時、
映画当時と今とでは、
当時はかなり山が鋭くしかも荒れてみえたので、
今と昔では淡島の木の雰囲気が違うのかもと、
思ったものでした。



余談ですが、
この「モスラ対ゴジラ」(1964)の聖地巡りの時、
静浦の淡島寄りの山の稜線がかなり変わった…
…というより山一つ消えたようにみえて、
ものすごい違和感と謎を感じたものでしたが、
これもこの大久保山の件が判明し解決しました。


そしてその後、さむうら様のツイートにおける写真。
https://twitter.com/urakutenism/status/807378145791725568

このショックはかなり大きかった。

確かにこの今は平地になっている大久保の鼻に、
140mの山があればじつにあの絵と似た構図になるようにみえた。

そこで富士山の頂上から大久保の鼻の海寄りを直線で結ぶ。
f-01.jpg

続いてこれを地図に置き換える。
f-02.jpg

この伊豆側を拡大すると、
その延長線上の右側に重寺が入っていた。
fuji.jpg

これで
富士山と大久保山の位置関係から、
江浦の重寺のやや北東側あたりから書いていたのではないかという、
そういう推測の確度がより高くなった。

このため静岡県富士山世界遺産課を通して、
静岡県立美術館にこの絵に対して、
ビゴー自身はこの絵に対して、
「淡島」と明記しているのかどうかの確認をお願いしたところ、

「伊豆国江浦港より富士山を眺望す 画師 美好」

と裏面に記載されており、
それがすべてということを、
ご丁寧に返事をいただけた。

因みに「淡島」と明記したのは、
地元の方の意見を参照にしたとのこと。

このことから、
もしこれが大久保山だとすると、
たしかに内浦ではなく江浦から富士をみていたことが確定し、
ビゴーの絵の裏に書いたこととも一致する。


自分が一時、
ビゴーが江浦と内浦を間違えていたという考えは、
この時点で消滅、
もうほぼこのラインで決まりだろうと正直思った。


だがここには大久保山云々とも明記されてないので、
今一度念押しのために、
内浦から淡島越しと、
江浦から大久保越しに富士をみる必要がある。


ただ問題なのは、
これが書かれた所が江浦である場合、
その場所が口野から重寺に抜ける旧道付近の可能性が高く、
しかもその旧道は今はもう人が通ることが難しいとか。

つまり幻の道から幻の山越えに富士を書いたという、
ほんとうに貴重な絵にこれはなるかもしれないし、
それだけにこれはかなり厄介なことになってしまうかも。


正直なんとか機会をみて年内には詰めたいと思ってたけど、
これはかなり難航しそうです。

美術館側もいつかは実地調査をするかもしれませんが、
こちらもこちらで無理せず詰めていきたいと思います。


尚、この件に関しては多くの方に協力や、
情報提供をいただいています。

この場を借りて御礼申し上げます。


深謝です。


その後の現地でのこと。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-12-17



(余談)

それにしても不思議なもので、
ガルパンによって行くことになった大洗では水浜線。

そして今回ラブライブ・サンシャインでのここでは、
静浦ではゴジラ、
江浦ではビゴーと、
予想もしなかったものと縁ができてしまった。

自分にとってどちらも、
当初とは違う「聖地」としてどっぷりとなってしまったが、
こういう巡り合わせもまた、
聖地巡礼のひとつの醍醐味なのかもしれません。

やっぱり直接来てみて歩いてみなければわからないものです。

勉強になります。
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阿伊沢萬

この件はかなりの所まで詰めてますが、たいてい最後が厄介というのがお約束なので慎重になっています。今年中になんとかなるといいのですが…。

みな様、nice! ありがとうございます。
by 阿伊沢萬 (2016-12-15 23:05) 

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