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「君の名は。」と「片隅に」の対立を避けろ、を読んで。 [劇場公開アニメ]

ちょっと明らかにやばい傾向になってる感じがしてる。

個人的にはキネマ旬報で取り上げられなかったのは別に過去の作品を見ればおかしくはないと思ってるし。

良く言えば売上をきにしない、悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。

ただ、キネマ旬報を取り上げたcinematodayなどが「君の名は。は圏外」とわざわざ表題につけたりしてちょっと、対立を煽ってる。

また、それを利用してアフィブログが対立を煽ってる感じがある。※これは片隅を挙げて君の名は。を落とすブログと逆のブログ両方がある

特に国内の批評家の間で「君の名は。」が嫌われてるのも閉鎖的で互助的な見方をされてちょっと反感持ってる人が増え始めてる。

そしてこの世界の片隅にが国内、「君の名は。」が海外で評価されるというあまりにもできすぎな状況が揃ってたりしててこのまま行くとゲハ的なこじれた状況が映画界に生まれる可能性すら考えてる。

そしてそういうヘイト増幅状況に入り始めてるのを評論家も一般大衆もあまり気づいていない。

ちょっとやばいンゴ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111032506?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter



正直言うとこのコメントも一部おかしい。

>悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。


知られていないからこうなってるのであって、
知られていると思ってるのはこれを書いた人が、
このランキングに関わっている人たちと住む世界が、
きわめて近しいから起きた見落としだろう。


ただ言っていることはまったくその通り。

正論だ。


だいたいこれほどタイプの違う作品を生むことができる、
その日本のアニメ界をまず称えるべきだろう。

山根博士なら

「なぜ「君の名は。」や「この世界の」を叩くことばかり考えて、研究しようとしないのだ。」

とこういうだろう。


この両作品ともよかったと思う自分には、
これらを互いに叩きあう理由がわからない。

だいたい嫌いな作品を叩かないと好きな作品を論じられないといのは、
持ち上げられた側の作品もかえってその作品を小さくされてしまい、
その作品の関係者も正直大迷惑だろう。


自分はこの両作品は、
今の日本のアニメのこれまでの百年の縮図のひとつであり、
もしくはそれによって培われた巨大な大輪の華という気がするし、
この二つによって、
あらためて日本のアニメ界そのものが包括している、、
ダイナミックなスケールの大きさも再確認できたと確信している。

もっとハッキリ言えば、
これからの百年の出発を飾る二つとも大名作だとさえ思っている。


それに同じアニメでも
この両作品は比較などしようがないくらい、
日本のアニメ界という共通項以外、
かなり違う土壌からできあがった作品だ。


それを比べるというのは、
大洗の「干し芋」と、
伊豆の「西浦みかん」とどっちが美味いというくらい、
かなり無茶な物言いだ。


あえていうと、
「君の名は。」は、身体の中を通り抜ける清涼感、
「この世界の」は、身体の中に染み入る浸透感という、
そういう感覚的な違いはあったが、
正直そのどちらが正しいかということなどいえるものではないし、
優劣も当然のごとくつけられるものではない。


ただ日本はどちらかというと明るい、軽い、もしくは陽性なものを、
暗い、思い、もしくは陰性なものより低くみるきらいがある。

1960年代のフィラデルフィア管弦楽団の来日にや、
1970年代のシカゴ交響楽団に対する一部の批評などは、
まさにその最たるものだった。

またマイルスよりも不当にディジーが低く評価されていたのも、
このあたりが影響していたのかもしれない。

そういうことがカッコいい、
もしくは精神的なファッションが受けた時代の名残が、
日本ではまだこういった形でその遺伝子が受け継がれているのだろうか、
だとしたらこれらはあまり楽しい話ではない。


自分の考えはもちろんその人各自のそれなので、
それに対してどうこういうのもあれなのだが、
気に入らないものは「叩く」「潰す」というのは、
正直決して誉められたものではない。


というよりじつはこういうのがいちばん簡単なのだ。

何故かというと自分の考えがあまり必要としない、
相手の言ってることを受け入れず、
ただ思いついたもしくは気に食わなかったことを。
思いつくままに不満をぶつけていけばいいからであって、
それに徹しているだけならじつに気軽で気楽な物言いだ。


たいへんなのは相手のいう事をすべて受け入れ認めること。

そしてそこからどこが自分の意見や感覚と食い違うのか、
そこの部分を精査していく作業というのが
じつはけっこうたいへん。

このときの作品と自分との考え方の差異が、
自分の個性として投影されている部分がでてくる。

つまり自分自身の個性=姿そのものの一部なのであって、
ここでそこにあらわれた自分自身のそれも含めて精査するという、
かなりしんどいものがそこに生じてくる。


これをやるのはほんとしんどい。
というよりめんどくさいし、
自分のダメな部分や矛盾した部分も見えてきてしまい。
けっこう鬱になってしまうこともある。

なのでこのあたりはほどほどにしないと、
自分自身を追い込みかねないのであまり推奨できない。


だけどその途中経過からのみでも、
その立ち位置から作品を語ることは、
前述した「叩く」「潰す」のが目的のそれに比べれば、
はるかに筋も通るし説得力もある。

またネットにおける言葉のやりとりも
「ヘイト」のような非生産的なものに堕することもない。


なので今起きていることは、
楽してものを書くことに慣れてしまったか、
そういうことが本質的に好きか、
もしくは前述した遺伝子を色濃く受け継いだかの、
そのどれかに該当する人たちのものということなのだろう。


ただありがたいことに、
こういう不毛な言葉のぶつけあいは恒久的なものにはまずならない。


いつかは冷静かつ広く深く論旨られるものへと、
全体は変容していくことだろう。



しかし一度これ二本立てで、
大きなスクリーンでみてみたいなあ。

案外かつてあった、
「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の二本立てみたいな、
そんな感じの雰囲気として綺麗に収まり
また互いの今までみえなかったいい部分がさらに見えてくるかも。

ビデオが二つ手元に揃ったら一度やってみることにします。

以上で〆
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