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アニメの実写化の記事について。 [アニメ]

マンガの実写化は日本の商業映画の定番となっている。この現状に批判的な向きも多かろうが、しかし今年ばかりは注目しないわけにいくまい。原作の人気も内容も抜群で、かつ実写化の難度の高い映画が目白押しなのだ。


 ■俳優が演じる違和感、克服できるか

 今年の邦画の話題作を見ると「3月のライオン」「亜人」「ログイン前の続き東京喰種 トーキョーグール」など相変わらずマンガ原作が目立つ。特にワーナー・ブラザースは7月に「銀魂(ぎんたま)」、8月に「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」、そして12月に「鋼の錬金術師」を公開する。「ジョジョ」はTBSを幹事社に製作委員会を組み、ワーナー・東宝の共同配給。他の2本はワーナーが製作幹事社で単独配給する。

 ワーナーは人気マンガの実写化に実績がある。「デスノート」を2006年に公開。前後編で計80・5億円の興行収入を上げた。「るろうに剣心」も、1作目(12年)が30・1億円。2、3作目(14年)がそれぞれ興収52・2億円、43・5億円と大ヒットさせている。

 人気マンガ実写化の道程には大きな難所がある。原作の熱烈な支持者によるキャスティングへの怒りだ。「るろ剣」の大友啓史監督は「原作ファンのネガティブな反応は本当にすごい」と話す。「銀魂」「ジョジョ」「鋼錬(ハガレン)」も配役が発表されるやネット上でバッシングが起こった。

 しかし映画ジャーナリストの大高宏雄さんは「ネガティブな反応も今や話題作りの一環になっている」と言う。「マンガの実写化はネットとの親和性が高い。ファンはどんな配役でも『イメージと違う』と批判する。映画会社も織り込み済みです」

 マンガの「2次元」の世界を実写の「2・5次元」へと移し替えるには、繊細な同一性確保と大胆な発想転換が必要となる。その意味で「ワーナーの3本はハードルが高い挑戦だ」と言うのはマンガからアニメ、実写映画までを横断的に批評する藤津亮太さんだ。「この3本のキャラクターは記号性が大変強い。この場合、絵のイメージをそのままなぞっても実写は成立しません」

 例えば、「海街diary」のような現実に近い作品は実写にしやすい。一方、マンガ家のイマジネーションが強烈に主張している作品は、生身の俳優にキャラクターの姿を機械的に移すと、ものまねかパロディーに見える。「このほころびはコメディーなら味にもなるが、シリアスな物語では致命的です」

 記号性の強いマンガを2・5次元に移すことに成功すれば、マンガの実写化は新たなステージに上がる。「昨年、『シン・ゴジラ』が特撮映画の枠組みを進化させた。ワーナーの3本から『シン・ゴジラ』が現れるかどうか楽しみにしている」(大高さん)(編集委員・石飛徳樹)


 ■ファン足がかりに世界へ発信 ワーナーブラザース・高橋雅美日本代表

 ――原作ファンの目は厳しいですね。

 「銀魂」も「鋼錬」も、配役を発表した時には確かに「えー?」という声が多かった。でもだんだん「思ったよりいいね」と言われています。原作ファンだけでなく、新しい観客を獲得したい。10代に興味を持ってもらわないと映画に未来はありません。

 ――CGを駆使したマンガの実写映画ではハリウッドに負けるのでは?

 CGのスケールならウチの「ワンダーウーマン」(今夏公開)を見て下さい(笑)。私たちはキャラクターとストーリーで勝負しています。

 ――ハリウッド大手が日本で映画を製作するローカルプロダクションが一時流行しましたが、軌道に乗っているのはワーナーくらいです。

 成功も失敗もたくさんあり、随分学習させてもらいました(笑)。継続してきたことが大きい。

 ――今後の目標は?

 日本映画を世界に発信していきたい。日本マンガのファンはかつてはコアな人たちでしたが、今は世界で拡大しています。マンガの実写映画を世界発信の橋頭堡(きょうとうほ)にしたいと考えています。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12773015.html


個人的に言わせてもらえれば、
原作とアニメが別物のように、
アニメと実写化も別物だと思ってる。

実写はアニメにない質量感、
特に重みがどうしても出てしまう。

それが野暮ったくならにいように、
実写の中でうまく処理し解決できていれば、
じつはそんなに問題はない。

アニメの中では自然に見えるキャラでも、
実写におとすと極端に嘘くさく、
誇張が過ぎるもはなはだしいとなってしまうが、
これもうまく抑制するなりして、
キャラの基本的な部分を変えなければ、
じつはそれほど問題ではない。


むしろみてる方にとっては、
原作者やアニメにリスペクトを込めた愛情を持っているか否かが、
賛否の分かれ目になっていると思う。

あとは演出だけど、
作品そっちのけで自分勝手にやってるなど言語同断。

ここで樋口裕一さんが、
現代オペラ演出について次のようなことを語られている。

① 演出は、そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない。
「そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない、オペラそのものと無関係な演出家の考える物語や世界観を描くものであってはならないということだ。」

② 演出は、言葉の助けなしに成り立つものでなければならない。
「演出意図を読んだ人にしか理解できないような演出は、できそこないだと私は考える。もちろん、そこに演出家の主観的な解釈が混じるのは構わない。だが、舞台装置や登場人物の仕草や表情から、それをわからせなければ、演出とはいえないだろう。」

③ ストーリーを改変してはならない。
「ト書については、隠喩であれば、文字通りにト書きを守らなくてもよいと思う。だが、中心的なストーリーを変えてはならない。ここで「中心的」というのは、いってみれば、ストーリーを100字ほどに要約した場合にも語られるような骨子としてのストーリーだ。」

④ オペラは、演出の読み取りを目的とするものではない。
「舞台を見るということは何らかの形で意味の解読という面を持つ。映画を見るのも絵画を見るのも、何らかの形で意味を読み解く行為だ。だが、それが目的になって、演出が謎の提出、オペラを見るのが謎解きという行為になってしまったのでは、本末転倒でしかない。」

⑤ オペラ演出は一部の知的エリートだけのものであってはならない。
「オペラ演出は意味で充満させるのでなく、それを見た人のほとんどがストーリーと演出意図を理解できるような演出であるべきだ。少なくとも、それをめざさなければならない。一部のエリートだけを相手にし、読みとれなかった人間をレベルの低い人として軽視するような演出であれば、遅かれ早かれ自ら客を減らすことになってしまうだろう。」


実際にはもっと大きな文量となっているが、
だいたいのところはこのような内容となっている。


もちろんオペラとアニメや映画は異なるものであり、
これがそのまますべてにあてはまるというものではないが、
今のアニメからの実写化、
もしくは原作ものからの実写化において批判される場合のそれに、
かなりの部分があてはまっていると思う。

このあたりが理解できてないまま、
人気のある作品だからと、
安易に制作に走ると、
例え人気のある俳優が名前を連ねても、
その作品はどうしようもない駄作と罵られ、
興行的にも失敗し、
主演した俳優さんの名前や経歴にも傷がつくことになるだろう。

場合によってはそんな映画でしか、
原作を知ることができなかった人たちにからは、
原作も原作者もダメという烙印を押されかねないものがある。

また上記の記事ではアニメ側からのそれを書いているが、
実際には映画側からも同じくらい叩かれており、
どちらからもダメ出しされるという、
最悪の状況になったものもある。


原作、もしくはアニメという、
精密なスコアが存在している場合、
それを改変し実写にするとなると、
かなりの理由付けがどうしても必要となる。


それを問われた時、
最後の部分まで監督や脚本家は、
それを映像で説明しきることがはたしてできるかどうか、
そしてそこに作品や登場キャラに対して、
いかに大事にいかにリスペクトを込められているかということが、
観る側の最大のポイントになってくるはずだ。


そこのあたりが疎かでは情けないが、
その部分が最低でもクリアしていれば、
自分は実写化に対して悲観的にはあまりならない。

とにかく最後はすべて見てからの話しになるが、
あまりにもこのあたりが欠落したものが続いたら、
正直このジャンルはかなり早い時期に廃れるだろう。

そうならないことを、
今は願い良作が続くことを期待したいものです。
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