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井上道義指揮大阪フィルハーモニー東京公演に行く [クラシック百物語]

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(会場)東京芸術劇場
(座席3階K列21番
(曲目)
ショスタコーヴィチ/交響曲第11番 ト短調 「1905年」作品103
ショスタコーヴィチ/交響曲第12番 ニ短調 「1917年」作品112


井上道義さんと大阪フィルのショスタコーヴィチを聴いた。

かつての日比谷公会堂での連続演奏会以来。

大阪で同プロを二回行い、
その後二日開けてのこの東京公演。

オケはそのためこの曲に対し、
ある程度慣れみたいものがあり、
それがいい意味で表情の練れとなってあらわれていたが、
オケの蓄積された疲弊は後半いろいろとあわれていた。

これだけのハードなプロを立て続けにやったのだから、
さすがにノーミスでやれというのは無理な話なので、
仕方ないといえば仕方ないのだろう。

やってるのはサンクトのフィルハーモニーでもなければ、
シカゴやベルリンのオーケストラでもないのだ。


前半の11番は抑制のきいた演奏で
第一楽章から弦を中心とした音楽の集中度が素晴らしい。

ただ井上さんのショスタコーヴィチは、
ラザレフのような劇場型でもなければ、
北原さんのように王宮広場での事件を、
聴き手にその現場に立たせ目撃者とさせることもない、

それはまるで圧倒的に巨大な壁画に、
細部までその顛末を、
そこにいる人間の阿鼻叫喚や嘆きと絶望を含め、
とことん心血注ぎ込み描き込んだかのような演奏となっていた。

これにより音楽に込められた情報もかなり濃密かつ圧倒的で、
聴き手に強い集中を結果強いることとなった。

このため演奏する方にとっても聴き手にとっても、
かなりタフな演奏会となったようだ。

その為劇的な部分では怒涛の如く大音響が当然ながらオケに要求され、
それはそれで聴き応えがあるにはあったが、
第三楽章の冒頭の低弦のピチカートの深い響きからはじまる、
その静謐な部分の音楽の方がさらに秀逸で、
強く心に刻み込まれるような強い求心力がそこには働いていた。

ショスタコーヴィチの音楽のある意味真髄のようなものが、
垣間見られたような気がするほどだった。

20分の休憩の後、後半の12番。

正直この曲は11番より力を入れっぱなしに近いものがあり、
金管を中心にオケにかなりきているものが感じられた。

しか井上さんの音楽の激しさは、
11番よりさらに強熱的なものがあり、
その押しては引くような感情の怒涛の大波が
凄まじいばかりに第一楽章から吹き荒れていた。

その後第二楽章にためにためたエネルギーが、
第三楽章を上り詰めて第四楽章で一気に爆発するあたりで、
井上さんはこの日の二つの交響曲分のまとめをするかのような、
きわめて強大なエネルギーを音楽に注ぎ込んでいた。

大阪フィルもそのため音は濁りミスもかなり散見されたが、
井上さんにしてみればノーミスのような綺麗ごとは二の次で、
むしろそういう部分を乗り越えて放出される、
感情のふり幅やエネルギーこそこの曲に必要であって、
そこに傷だらけになりながら、
それこそ足元もふらつきよろけながらも、
自分たちの信じる明るい未来を勝ち取った人たちの姿を、
そしてじつはその後に決してそれが明るい未来ではなかったことも、
すべて描き出すことができると考えていたような気がした。


それはかつて日比谷で井上さんが聴かせた、
あの13番における姿勢とどこか重なるものがあった。


圧倒的な輝かしい音楽で幕を閉じたかのように聴こえてはいたが、
その割に歓声等が意外に少なかったのは、
ただこの重量級のプロに疲れたというだけではなかったのではないか。

何かそんな感じが最後に気持ちのかたすみに残る演奏でした。



ただ自分とってこれほどの演奏であったにもかかわらず、
この演奏会の感銘はいまいちだった。


今回のホールと自分はどこで聴いても以前から相性は悪い。
なので一番安価な席で聴いていたけど、
その割にいいかんじで聴けたのはありがたかったものの、
相性の悪さは依然としてそのままだった。

できれば日比谷公会堂で聴きたかった。


ただそれ以上にまいったのは、
演奏中に前半後半関係なく間断なく続いたある「ついてない事」。


終演後井上さんのマイクがあったようだけど、
自分は拍手鳴りやまぬ早いうちに退席したのは、
疲れたというだけではない、

今回のこの「ついてない事」は、
自分がコンサートから一時遠ざかった要因のひとつだが、
これによりまたしばらく遠ざかることになりそうだ。

これは運もからんでいてもうどうしようもない、
むしろこれから増えていくことなのかもしれない。

それを思うと
自分にとってもう演奏会は来るべき所ではないのかもしれない。


もっともこれほどの演奏を聴けたのなら、
これを最後としても悔いはあまり残らないという気もするのですが…。


最後に。

クラシック音楽はここ十数年の間に、
井上さんやラザレフによって、
超弩級のショスタコーヴィチが数多く日本で演奏された。

他にもアレクセーエフや北原幸男さんによる演奏も素晴らしかった。

特に最初の二人は良好な録音が少なからずあるのが嬉しい。

今後これらの演奏は歴史的名演として、
その録音とともに長く語り継がれることになると思う。

それはかつてのヨッフム、チェリビダッケ、朝比奈、ヴァント、
さらにその他多くの指揮者によってブルックナーの名演が多く演奏された、
日本の二十世紀最後の十数年の時代のそれと同等といってもいいと思う。


伝説的名演もすべて今のその目の前にあるひとつの演奏会からはじまる。
そしてそれと真摯に対峙した人たちによって、
後世へと誠実に語り伝えられる事でその幕があがる。

そんなこともあらためて感じさせられたこの日の演奏会でした。

尚、今回の公演も録音されているということなので、
今後もある意味生きた記録として残されるのは本当にありがたいことです。

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スクロバチェフスキ氏が死去 [お悔み]

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指揮者のスタニスラフ・スクロバチェフスキ氏が21日、米ミネアポリスの病院で死去した。93歳。ロンドンの所属事務所が発表した。

 1923年、ポーランド(現ウクライナ西部)のリビウ生まれ。ポーランド各地で指揮者を務めた後に渡米。60~79年に現在のミネソタ管弦楽団で音楽監督、2007~10年には読売日本交響楽団の常任指揮者も務めた。近年は「世界最高齢の現役指揮者」としても知られ、最後の公演は昨年10月だった。(ニューヨーク=共同)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG22H1R_S7A220C1CC0000/



来日中止の報を聞いて、
いつかはと覚悟はしていましたが…

氏なら100才まで元気に指揮台に立たれると思ってました。


謹んで哀悼の意を表します。


しかし昨年から、

ブーレーズ、アーノンクール、マリナー、プレートルと、

相次いで大御所の訃報が続いている。

世代交代が進んではいるが、
このあたりのなじみの深い指揮者が去られて行くのは、
やはりつらいものがあります。
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「輪廻のラグランジェ」雑感 [アニメ(2012放送開始)]

このアニメは今年(2017)で放送開始から5年を迎える。

地名の連呼しすぎとかいろいろとあって、
「聖地」としてはポシャッた感があるけど、
こと内容的にはかなりの名作だし、
個人的に今世紀見たアニメでもかなり上位の作品だ。

ストーリーもキャラも声優もよかった。

ただ上記したように、
なんか聖地の失敗が作品もダメみたいな流れになってるのは、
正直納得できないものがある。

だいたいアニメであれだけ綺麗なバックドロップホールドを、
ロボットでみせただけでも傑作だろう。
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またこの作品、
喜怒哀楽がこれほどすべて綺麗に揃った作品というも、
稀という気がする。

しかもけっこうそのふり幅が大きい。

これには主役の京乃まどかの、
きわめて前向き思考の姿勢が大きい。

ただ京乃まどかは同じ頭文字の、
かの加藤茉莉香とよく似たような雰囲気だけど、
茉莉香のように勝手に人が集まるというよりは、
まどかは自分から人を集めに行くような、
そんな部分が強くある。

ジャージ部などもなんかそのあらわれみたいにみえるし、
一期のラストでランがいなくなるシーンなどでは、
その姿勢にあるまどかの心のうちのようなものが見えるようで、
明るさとうちに我慢している弱さが同居した、
ひじょうに寂しがり屋だけど、
その分賑やかで前向きな事が好きという、
ひじょうに人間的なヒロインという気がする。


だからみている方も、
いささか調子よく進むストーリーにも、
そのヒロインを応援したくなってしまうし、
誰一人悲劇に向かって走らせたくないという、
そういう気持ちにさせるのだろう。

ある意味これほど人間というか、
その運命というものを、
肯定的かつ前向きに描いていった作品というのも、
なんか稀という気がするし、
みていて何か元気をもらえるような、
そんな気が毎回見てて感じられたものでした。

これには当時の日本の雰囲気というものもある。


この放送が始まった当時、
まだあの311から一年も経っていなかった時期だ。

震度4以上の地震が、
けっこう各地でまだ起きていた時期。

特に原発のそれは暗く日本にのしかかり、
風評被害で厳しい影響を受けている所もあった。

それは東北だけでなく北関東でも例外ではなかった。

そんな時期だっただけに、
この明るく前向きな、
そして笑えるし能天気な要素もふんだんに盛り込まれたこの作品は、
みていた当時とても救われたものがあった。


そこにはじつは「鴨川」という地名も一役かっていた。

確かに聖地観光では失敗だったかもしれないけど、
(「聖地」としては成功だったと思う)
この作品の中ではそこそここれは機能していたと思う。

これが横浜とか神戸だとさほどではないけど、
宇宙や地球の運命をかけた戦いが、
何で千葉の外房にある一地方都市で、
これほど執拗に繰り広げられなければならんのかという、
そのシチュエーションかとにかくおかしかった。

「鴨川」という、
地元には失礼かもしれないけど、
それほどお洒落ではない、
かといって京都の鴨川のような粋な土地とも違うし、
名前の響きもどこか素朴なこの地名が、
SFという枠で連呼されるのは、
物凄く奇妙でなんかとにかくおかしかった。

それはガルパンで大洗女子という形で、
「大洗」が連呼されるのとちょっと似ていた気がする。

なので「聖地」云々と切り離すと、
これはこれで作品の内容的にも、
なんかものすごくイケる感じだった。


最後もほんとこれでもかというくらい、
綺麗に明るく大きくまとまった大団円。

これみてスカッとしない人などいないだろうというくらい、
気持ちのいい終わり方でした。

そしてこの番組の二期終了の翌月から「ガルパン」。

さらにはその後、あの「ラブライブ」の放送が始まる。


こういうお化けアニメが、
「ラグランジェ」の後立て続けに登場したのはついてなかったけど、
でも自分にとっては、
この作品はそれでも印象として決して小さくないそれを残してくれた。


なので自分は当時、
劇場版がいずれできるのではないかと、
本気でそう思っていた。


…というくらい自分にとって、
この作品はかなりのものとなってます。

ただそれでも今に至るまで安房鴨川に一度も来訪してないのは、
聖地としてはあまり魅力も行く意義も感じないことと、
横浜から意外に遠いという事があるからです。


ただ繰り返しますが、
それでもとにかくこの作品は楽しかったです。

あっけらかんとしているけど、
妙に情があるといいますか、
とにかく「義理人情では動かない~♪」とは、
ずいぶん違うところはありましたが、
そこがまたよかったということです。

この三人もいいかんじで出来上がっていました。
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それとこのシーン!まどかの詠み方も秀逸。
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因みに当たったかるたは「ちはやふる…」ではありませんでした。

さすがにそこまではやらなかったといったところでしょうか。

今から五年前、
ちょうど放送されていたということもあり、
今回あらためてこの項目をつくってみました。

因みに放送当時は自分はこの作品をこう書いてました。

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輪廻のラグランジェ

前向きかつ楽天的なエヴァンゲリオンといったら語弊があるかもしれないが、これもまた笑える作品だ。だいたいヒロインがメカにのってジャーマンスープレックスホールドを放つというアニメは今までみたことがない。これが話がすすむにつれ、フルネルソンスープレックス、とか、タイガードライバー91とか出されたらかなりマニアックな状況になってくるだろう。しかしこの下のシーンは笑えた。最近の若い人がつくるアニメはほんとにキレのいい笑いを挿入するのが旨い。
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当時自分はこれをジャーマンスープレックスホールドと言ってたんですね。
ちよっと意外。

因みに最終回等のまとめを、
何故か自分は当時書いていません。
なんでだろう?

書いた記憶はあるのですが…。

それもあっての今回の投稿です。

尚、
この項目は以前あった「ラグランジェ」のお知らせに使ってたものを、
この内容に差し替え再利用しました。
ご了承ください。
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蛇松緑道(沼津港線跡)を行く。 [沼津~三の浦]

沼津にかつてあった貨物専用線

「沼津港線」

その廃線跡の多くが現在、

「蛇松緑道」

という遊歩道となっている。

今回はそこを歩いてみた。


沼津港線はかつて蛇松線といわれ、
東海道本線を敷設するためにつくられた貨物線で
静岡県内最古の鉄道としても知られているとのこと。

その後沼津港への物資運搬等の貨物線、
清水港線として運用されるが、
1974年8月末に廃線になったという。


というわけで、
清水港線に継ぐ静岡の廃線だけど、
こちらもまた清水港線同様、
たいへん跡地がきれいに整備されている。

静岡県は鉄道の廃線の使い方がうまいが、
じつは横浜でも似たようなものが、
桜木町の近くから赤煉瓦倉庫方面に向かって、
さらには横浜港にも遊歩道やその他諸々として残されています。

これもそろそろまとめてみたいと思います。

というわけですが今回はとにかく沼津港線を利用した蛇松緑道へ。


沼津駅南口を出ですぐ右折し清水方向へ歩く、
かつてはこのもう少しJRよりを清水港線も走っており、
その後沼津通運本社倉庫の中を通るようにして、
162号の白銀町交差点付近まできていたようだ。

そして現在その後は蛇松緑道として遊歩道となっている。

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ここがその交差点付近の出発点。

途中「蛇松白銀歩道橋」を渡る。
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渡るとこういうものが設置されている。
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途中何か所か車道を横断することになる。
かつてはこれらの関係で接触事故が多かったという。
なんとなく分かる。
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しばらく歩くと桜並木がみえてくる。
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桜の季節はさぞ壮観だろう。ぜひまたこの時期に来てみたい。

このあたりから後方に富士山が見える。
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電線や樹木の関係で写真撮影にはあまり適していないが、
ふつうに観る分には最高の富士が堪能できる。

行きはともかく、
沼津駅への帰路は天気が良ければ富士山を見ながら帰れる。

歩いて30分程で少し大きめ公園の公園に出る。

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この木の向こうに公園が広がっている。

ここで沼津港線は二又に分かれる。
蛇松緑道は狩野川の港大橋方面に向かう。

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この写真でいうと直進する感じ。

その緑道を暫く歩くと終点に着く。
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そこには鉄道関係の物がいろいろと展示してある。
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そこから土手にあがると港大橋がみえる。
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その大橋上から富士が真正面に見える。壮観です。
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さてここで一度先ほどの公園まで戻ります。
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今度はこのやや右に向かって伸びている道へ行きます。

こちらはのちに作られた新線の跡地です。

こちらはなんと
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このように線路がしっかりと残されています。
一部には枕木もありました。

このあと線路は一路沼津港へ。
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つきあたりにはバス停があります。
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そしてこのあと線路はみかけませんでしたが、
廃線跡は一路、沼津みなと新鮮館の前へ。

そして終点の沼津港駅は今、沼津魚市場になっています。
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と、こんな感じです。

前線踏破し往復しても二時間半もあれば大丈夫かと。

清水港線が片道二時間近くかかったことを思うと、
その半分くらいというかんじでしょうか。

もし沼津駅から沼津港方面へ行かれる方は、
特に桜の季節など好天時には、
この蛇松緑道を通られて行くのも一興かと。

途中からは線路が港前の交差点近くまでエスコートしてくれます。

とにかくここはなかなかでした。

こうしてみると沼津から内浦まではいろいろとあります。

沼津駅から蛇松緑道、
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緑道途中の公園脇にある塞神社。ちょっとわかりにくいかも。
十月半ばにお祭りが行われます。
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そして沼津港、
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狩野川と港大橋、
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富士山、
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御用邸。
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この日はひな人形が御用邸では飾られていました。

獅子浜北付近のゴジラ山と津島神社
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江浦湾や口野放水路
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金櫻神社とそこからの眺望。
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淡島マリンパーク
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そして内浦のいろいろな見処と、
けっこういろいろと面白いものが点在しています。


もうしばらくはこのあたり定期的にうろうろしそうです。

以上で〆
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飯守さん指揮の神奈川フィルの演奏会に行く。 [クラシック百物語]

飯守泰次郎指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団(2/18)
(会場)みなとみらい
(座席2階RE3列1番
(曲目)
ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調Op.93 
シューベルト/交響曲第8(9)番ハ長調D944「グレート」 


神奈川フィルの演奏会を久しぶりに聴く。

前回は2014年2/22の同じく飯守さんの指揮による、
ブルックナーの7番以来。

そのときの感想は以下にあります。
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/54054871.html

正直言うと川瀬さんの体制になって、
好評と好演を連発しているという噂を聞いてなければ、
この演奏会にはきていなかったと思う。

川瀬さんは以前まだここの常任になる前に音楽堂で演奏した、
ハイドンの90番が強烈な印象として焼き付いていて、
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/53457390.html
そのせいかその後のそれはある程度予想していたとはいえ、
やはりとても気になっていた。


ただ個人的に、
ここ数年コンサートになかなか行ける感覚ではなかったこともあり、
予想通りその後コンサートそのものから遠ざかってしまったが、
幸い昨秋あたりから少し気持ち的に持ち直してきたこともあり、
今回聴きに行った次第。

公開練習でも感じたけど、
あきらかに神奈川フィルは今が最盛期といっていいくらい状態がいい。
シュナイト時代やその前後の時期にも感じたこのオケへの不満が、
もうほとんど感じられなくなっていた。

それどころか予想もしていないくらい、
このオケの長所をそのまま活かしながら、
力強く積極性に富んだ厚みのあるオケに変貌していた。


なのでこの日のコンサートはまさに「聴くべし!」状態だった。


飯守さんの指揮をいつ聴いても思うことに、
その音楽にいくつもの平行した美しいラインがあるように感じられることがある。

それがワーグナーやブルックナーではいくつもの波紋や風紋を描きながら、
美しい音楽をそこに展開していくのですが、
これがベートーヴェンやハイドンとなると、
これが独特の様式美へと転化されていくのが面白い。


今回のプロはまさにそれで、
飯守さんのこのあたりの曲へのスタンスがとてもよくわかる、
なかなか面白い選曲となっているようです。


ベートーヴェンの8番が初演されたころ、
シューベルトは二番目の交響曲に着手しており、
それから四年の間に五曲の交響曲を書き上げた、

だがそれからのシューベルトの交響曲創作は難航を極め、
あの「未完成交響曲」を含めて、
最低でも四曲の交響曲を未完のまま放棄した形となってしまった。

このためシューベルトの最後の十年間で完成された曲は、
べーと―ウェンの第九が初演された翌年から本格的に書き進められた、
このハ長調の第8番しかない。

それを思うと、
ベートーヴェンの交響曲第8番と、
シューベルトのこのハ長調を並べて聴くことは、
聴く人それぞれにいろいろと想起させられるものがある。


また今回のこの二曲がベートーヴェンの交響曲第7番同様、
リズムというものが大きなポイントになっている事も共通しており、
これも今回の飯守さんの演奏にも強くあらわれていた。


そんないろいろと考えさせられるプロだけど、
飯守さんのそれはとにかく一貫して強い音楽がそこには描かれていた。


前半のベートーヴェン。
確かに素晴らしく勢いのある出だしだけど、
どちらかという大きなメロディの塊を奔流のように押し出したかのようで、
きっちりとした古典的な演奏という感じはしなかった。

ところが繰り返しになって再度冒頭に戻った瞬間、
今度は音楽そのものが一段高い所まで立ち上がったかのような、
じつに力強い造形美を伴った音楽として鳴り響いた。

そのときこの交響曲には、
じつはこれだけの強さと大きさが込められていたということを、
あらためて感じさせられるものがあった。

もちろんそれだけではなく、
第三楽章のトリオにおけるチェロのソロと、
ホルンを中心とした木管の美しいコラボレーションなども素晴らしく、
この曲にはこれだけ多くのものが贅沢に詰め込まれているのかと、
とにかく飯守さんのこの演奏はこの曲の魅力をいろいろと再確認させられる、
本当に素晴らしい演奏でした。


そして後半のハ長調。

飯守さんらしい個性的な部分も散見されたけど、
とにかくこれほどタフで強靭な演奏というのも稀だろう。

反復も徹底的に行ったため、
その演奏時間は60分ほどになっていたと思う。

中低音とティバニーもしっかりと連動して強いパワーを生んでいたし、
この曲独特の執拗な繰り返しも、
どんどんエネルギーに変えて突き進んでいくような、
鈍重とは無縁な推進力を兼ねていた。


ただいちばん強く感じられたのは、
この曲がシューベルトの二十代半ばに書かれた作品であるということ。

確かにシューベルト最後の完成交響曲であり、
死の二年前の作品ではあるものの、
当時のシューベルトにまだ死は遠い存在であり、
むしろこの八長調の大交響曲を出発点として、
さらに自分の世界を押し進めていこうという、
そういう作曲者の意気込みと若さがこの演奏からは感じられた。


飯守さんはかつてブラームスの第四交響曲を、
ブラームスの年齢から考えて枯れた曲というより、
壮年期の活気と覇気の方が感じられる曲として演奏していたが、
この演奏を聴いていてそれをふと思い出した。

またこの曲を作曲中に、
おそらくベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の、
少なくとも12番と15番を、
シューベルトが耳にしたであろうことも、
何故かこの演奏を聴いていて、
この曲からなんとなく感じられるような気がした。


とにかく輝かしいくらいの若さ、
ベートーヴェンからの影響、
そしてロマン派との融合と、
とにかくこの演奏も前半のベートーヴェン同様、
これまたふんだんにいろいろと盛り込まれた贅沢な演奏だった。


またこの二つの曲の、
盛り沢山の要素を表出させた飯守さんによるタッチの強いタフな音楽を、
ここまで描きつくした神奈川フィルも素晴らしかった。


これで来季からのそれもまた実り多き名演の数々が生まれるだろう。

ほんとうにいい演奏会でした。

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Aqoursはファミリー向き? [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

「以前沼津に行ってアクアのラッピングバスに乗って信号待ちをしていた時、隣に停まっていた車の中から、母親と女の子がバスを指さしながら笑顔で何か言っていた。それ以前にも内浦で子供たちが同バスをみながら楽しそうになんか言ってたが、アクアはひょっとしてμ'sに比べてファミリー向き?」

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ということをツィッターに投稿したところ以下のようなコメントが寄せられる形となつた。

「μ'sに比べてっていうよりもやっぱり我が街のキャラクターっていう認知度が進んでるんだと思います。あとラブライブというアニメは無印も含めて基本的に健全な作劇なので深夜アニメに拘らず子供に観せてる親御さんが多いのかな?」

「自分としては嬉しいですね。」

「μ'sはアキバでAqoursは沼津っていう立地も関係してると思うな
やっぱりアキバじゃ街の中にラッピングバスとかタクシーとか走らせられないし
その点沼津ならやりやすそうだしね、水族館とかもあるし」

「NHKで再放送するくらいなんで、健全性が高いのはお墨付きですね(^-^)
その続編ということで、お子さんと一緒に見てるファミリーも多いんじゃないでしょうか?
やっぱり地元が舞台で見慣れた風景が出てくるのはのは、嬉しいものですよ[わーい(嬉しい顔)]



これらのコメントで自分はいくつも気づかされる事になった。

ひとつは自分のそれは、
どこまでも観光者目線であり感覚であるということ。

そして地元は、
こちらの想像とはかなり違う形で波及しているということだった。


考えてみれば自分は沼津内浦には、
月一で行けば多いくらいの間隔で訪問してるけど、
地元の方は当たり前だけど毎日そこに住まわれている。

ラッピングバスやタクシーをみかけるのも、
自分なんかとは頻度の桁が違う。

またいろいろな場所でみかけるキャラクターのそれも、
地元の人にはほとんど日常風景と化している部分もある。


テレビの放送もSBSとBS11で行われ、
再放送もBS11でやはりされている。

本来深夜枠でやらなくてもいい作品なので、
リアルでみれなくても、
ビデオで録画していたことは充分考えられる


またこれと並行するかのように、
「ラブライブ」もNHKで全話放送されているので、
TVでみるそれはかなりあっただろうし、
小さな子供も親子でみていたことは充分ありうること。


ただ自分が不思議なのは、
本放送時よりもそれ以降の方が、
こういう一般層からの反応が顕著になっているように感じられたこと。


本放送の時はひょっとして地元の一般の方には、
正直あまり細かくは理解も意識もされていなかったのが、
放送がはじまりビジターが増えるに従って、
ようやく事のそれを理解しはじめたというのが、
ひよっとすると本当なのかもしれない。


なので本放送時盛り上がってたのは、
アニメファンを含むビジターや観光業の方たちが中心で、
むしろ今になって一般層に浸透してきているのでは?
という気がしてきたものでした。


しかもその浸透のしかたがオタクマニア系ではなく、
「プリキュア」みたいな感じのノリで、
ファミリー層を中心に拡がりをみせている。


だとするとこれは制作サイドも、
予想と違う展開になっているのかもしれませんし、
観光業の方たちも蒔いた種が違う形で芽を出してきたと、
少し違う感覚を今感じられているのかもしれません。

再度SBSかNHKで週末の午後あたりに再放送をすると、
その反応の真偽が確かめられるとは思いますが…。


ただこういう場合はたしてどう観光に反映されるのかが。
自分にはよくわからないし、
地元もけっこうこのあたりは手探り状態かもしれない。


千歌マークのみかん箱販売なんかは、
そういう意味でいい方向のそれかもしれないので、
やはり食関係で探っていくのはいいことなのかも。


考えてみればμ'sはただでさえひとりひとりの完成度が高いのに、
それがまたひとつになってもちゃんと大きくまとまっているという、
奇跡ともいえるような究極のアイドル完成型で、
しかも秋葉原という巨大な発信地に育まれたグループだった。

それに対してAqoursは地方都市の地元密着型の、
些かとっ散らかった個性派集団なので、
同じようにいくのは最初から無理というもの。

またμ'sと違って、
メンバーに生徒会長と理事長がいるため、
μ'sよりも独自になんでもできるし無茶もきくため、
良くも悪くも「枠」というものがあまりない。

ちょっと野放図な集団なのだ。

そういう意味では「ガルパン」の大洗女子に似ているし、
しかも大洗も会長が学園艦を取り仕切っているため、
こちらもなんでもできるし無茶もきくので、
Aqoursとしてはμ'sよりも共通点が多いかも。


また大らかなところで育ったせいか、
例え三年生が卒業しても、
「じゃあこれからはお盆と年末年始だけで」
とかいって地元繋がりということもあり、
延々と卒業しても趣味としてやっていきそうだし、
Aqoursという名前もどんどん学校内で引き継がれていくような、
そんな感じがしてしかたがない。


とにかくどこまでも何か日常の延長のような、
地元のそれを反映したかのようなAqoursだけに、
地元のファミリー層にも、
ゆっくりと浸透してきているのかもしれません。


ただそうなると今後いろいろと想定外の事がありそうで、
愉しみでもあり心配でもありという感じで、
これから先の制作スタッフや地元観光業の方たちの、
お手並み拝見というかんじになると思います。


Aqoursってちょっといろんな可能性をもったグループなのかも。



ところで最後にひとつお願い。

3月4日土曜日は、
国木田花丸さんの誕生日。
3月3日がひな祭りということもあり、
3月4日が文字通り花まつりになりそうな感じですが、
くれぐれも来迎寺さんで、
それがらみのことをしないようお願いします。


以前も申し上げましたが、
来迎寺さんはあくまでも地元の一寺院であって、
京都や鎌倉にある一般開放されたようなお寺ではありません。

単純なお参りは問題ないでしょうし、
撮影等は眺めを多少写す程度ならOKかもしれませんが、
あくまでも境内は私有地というスタンスをとられているので、
それ以上の行為は自粛されるようお願いいたします。


昨年このあたりの件で、
来迎寺さんが問題視される行為があったらしいので、
このあたりぜひご理解とご協力をお願いいたします。

自分もこあたりの勘違いがあったので、
現在深く反省しております。

自分が言うべきことではないのかもしれませんが、
重ねてよろしくお願いいたします。

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「#7119」と「#8000」そして「119」。 [お知らせ]

緊急度の低い救急出動要請が急増中
救急車を呼ぶべきか迷った時は救急相談センター「#7119」にダイヤルを
子供の救急相談は小児救急電話相談「#8000」でも対応可能

https://www.c-notes.jp/articles/2

「#7119」と「#8000」。

大人と子供(15才未満)のための、
救急車を呼ぶかどうかの判断に迷ったときに、
躊躇なくかけられる「救急相談窓口」の番号。

「#7119」が大人用で、
「#8000」が子供用。

とにかく自分で判断するよりまずここへ電話ということです。

必要と判断された場合ここが救急車を手配してくれます。

救急車を呼ぶべきか判断に困る症状・けがなどに見舞われた時に利用したいのが、救急相談センター「#7119」です。このダイヤルをプッシュすると東京消防庁の救急相談センターに繋がり、専門の救急相談医が次のような対応をしてくれます。


・すぐに救急車を呼んだ方がいい症状かどうか、協力医療機関の救急相談医が緊急性を判断。必要であれば救急相談通信員が救急車を出動要請してくれます。

・緊急性が低い症状でも、病院への受診が必要かどうかのアドバイスをしてくれます。

・受診可能な病院を検索し案内してくれます。

2007年6月1日から東京消防庁で開始されたこの制度は、当初、東京都のみのサービスでした。しかし、現在では東京の他に、北海道、愛知、奈良、大阪をモデル地区として、「救急安心センター」という名称で「#7119」が利用できます。


【対応していない都道府県ではどうすればいい?】


この制度は現状、東京都、北海道、愛知、奈良、大阪の5都市にしか対応していません。対応外の都道府県にお住まいの場合は、これまで通り119番に通報するしかないようです。

ちなみに119番でも、救急車が必要かどうかの判断を聞くことができるので、落ち着いて症状を伝えましょう。

因みに
http://hirokatz.hateblo.jp/entry/2015/10/12/095811
でも詳細が書かれています。

最新ではないかもしれないので、
このあたりは皆さまでご確認願います゜

尚、子供用「#8000」は全国対応のようです。
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「幼女戦記」と悠木碧さんのこと。 [アニメ(2017放送開始)]

「幼女戦記」

yjo.jpg
http://youjo-senki.jp/

タイトルだけみると、
ものすごく危ないアニメみたいに感じたが、
みてみたらとんでもなくシリアスで、
ブラックなファンタジーだった。

いろいろな時代の要素が、
ひとつの時代に混在してはいるものの、
人間はどの時代でもやることは同じという、
そんな部分が見えかくれしている、
とにかくなかなかの作品。

主人公はそんな世界の、
それこそ未来からきたかのように、
これから起こるであろうことを、
ある程度予期しながら、
自らに絶対の自信をもって、
人を駒としながら効率よく楽に生きる事を目標に、
その時代を要領よく泳ごうとするが、
それを時代と神がさせないというのも、
また設定としてユニ―ク。

人を駒として扱う人間が、
じつは少しずつ時代と神の駒となっていくのは、
とにかく皮肉としかいいようがない。

主人公の表情が、
常に皮肉交じりなのは、
そんな部分もあるのだろうか。

とにかくこんなに食えない主人公、
自分こそが最も優秀と自負している主人公が、
果たして今後どうなっていくのか。

とにかくなかなか面白いこれは作品です。


そんな外形は幼女で
中身は日本の能力至上主義的かつ、
出世と楽な生活を追い求めるサラリーマンを演じるのが、
悠木碧さん。


ここ数年とんでもなく演技力があがっているが、
ここでもこの複雑な役を見事に演じている。

悠木さんについては以前、
子役の時から自分の立ち位置を本能的に把握し、
また大人になってからは、
そんな自分を外からコントロールすることが上手いと、
何かで言ったことがあったけど、
その印象は今でも変わらい。


ご本人は沢城みゆきさんに私淑しているというけど、
今回のそれをみていると、
それ以外にも過去のアニメにおける、
他の声優さんのそれも参考にして取り入れている感がある。


特に隊長モードのターニャの喋り口調だけど、
ちょっと小山茉美さんを思わせるところがある。

「ブラックラグーン」でのバラライカを、
ときおり彷彿とさせる節回しが、
少し前の回でいくつか見受けられた。


小山さんの隊長役は、
どちらかという大部隊を率いる将軍というより。
小部隊を率いる隊長にイメージとしてよく合うが、
それがここで何か活かしているような、
そんな感じがときおりした。

悠木さんは声が投げっぱなしにならないというか、
常に全体で大きなフレーズを形成しようとするかのような、
それによって役の統一性を図ろうとしているかのように感じられるが、
それが小山さんのそれを感じさせられている、
ひとつの要因なのかもしれない。


ただ悠木さんの場合、
それらが借り物になってないで、
ちゃんと自分のスタイルとして昇華されているので、
おかしなとってつけみたいなものが皆無。


考えてみれば四歳で芸能界入りしたというので。
芸歴がすでに二十年を超えているが、
これだけ長くこの世界で活躍できているのも、
そういう順応性と吸収力、
そしてそれによる引き出しの多様化と、
その使い方のシンプルなやり方が、
コントロールできているからなのかもしれない。


悠木さんはとにかくいろいろな作品で、
いろいろな俳優さんや声優さんと共演するたびに、
いろいろと自分の引き出しに多くのものを蓄えていくが、
その量が増えれば増えるほど、
ひとつの作品で使うパターンを絞り込みシンプルにしていくという、
そういう傾向が年々強くなっているような気がする。


そのため悠木さんのやる役をみてると、
やっていることは比較的いつも同じようにみえるけど、
だからといってワンパターンに感じないのは、
そういう部分があるからなのかもしれない。


もっとも自分も悠木さんの全作品を追ってるわけではないし、
昔からのファンの方には全然違うものが見えてるかもしれない。


とにかく作品といい悠木さんといい、
ひじょうに丁寧につくられ演じられていると感じる、
この「幼女戦記」。

今期かなりのお気に入りになってます。

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報国寺に行く [鎌倉~江の島(Kamakura/Enosima)]

鎌倉に自分はしょっちゅう散歩に行くが、
じつはコースはだいたい決まっていて、
北鎌倉から入り鶴岡八幡を通り、
鎌倉駅を通ったあと、
稲村ケ崎越えで江の島へ向かうか、
長谷から極楽寺方面へぬけて江の島へ向かうかの、
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このどちらかが大まかなコース。

なので鎌倉若宮の大通りから東はほとんど行ったことがない。

鎌倉宮と杉本寺、
それに最近行った光明寺と今回の報国寺は、
じつはほとんど行ったことがないか初めてだ。


というわけで今回は報国寺へ。

北鎌倉駅から鶴岡八幡を通ると歩いて40分ほどだ。

鎌倉からバスも出ているけど、
この日も歩き。

途中歩道がほとんど無いので車に注意した。

報国寺に着く。
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ここは庭、
特に竹林が素晴らしいという。

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確かにそうだった。

ちょっと時間を忘れてしまいそうなほどで、
鎌倉市街地から離れているため、
じつに静かな佇まいだ。

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尚ここは庭園への入園料は大人200円たけど、
700円で抹茶を休憩所で飲むことができる。

落ち着きたい時、一服したいときこれはうれしい。

ただ混雑している時はやらない時もあるとのこと。

外国からの方がかなり多かった。
バスで移動してきたようだけど、
外国の観光ガイドにも掲載されているのかも。

今回は時間の関係でできなかったけど、
次回はここで抹茶を飲みながら、
ゆっくりと竹林を観望したいです。


しかしこの日の海も綺麗でした。
伊豆大島もみえてます。

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因みにバスでは、

鎌倉駅から京浜急行バスで、
 

「鎌倉霊園正面前太刀洗・金沢八景行き/ハイランド行き」

で約12分。
 
「浄明寺」停下車・徒歩3分。

※公式サイトより。

http://www.houkokuji.or.jp/access.html
報国寺公式サイト
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鎌倉市観光案内図と津波来襲時避難場所 [鎌倉~江の島(Kamakura/Enosima)]

鎌倉駅東口にある観光案内所には、

「鎌倉市観光案内図」

というものが常時置いてあり、
誰もが自由にもっていくことができる。

https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%B8%82%E8%A6%B3%E5%85%89%E6%A1%88%E5%86%85%E5%9B%B3
ここの一番上にあるそれをクリックしていただくと開きます。


最近自分もこれをたまに使うけど、
ここに「津波襲来時避難場所」というのも明記されている。

ここにそれを列記してみる。

◎(光明寺の裏の高台にある)第一中学校
◎名越クリーンセンター
◎御成中学校
◎鎌倉文学館
◎長谷寺
◎稲村ケ崎小学校
◎海浜公園稲村ケ崎地区
◎七里ガ浜ゴルフ場
◎県立七里ガ浜高校
◎小動神社
◎腰越小学校
◎片瀬山公園

となっている。

これが2017年2月現在の最新情報だ。

因みにこれは火災拡大の避難地とはまた違うようなので、
詳細は鎌倉市に確認をしてほしい。


これをみて思ったことは、
想像以上にやはり場所が少ないということ。

ただそれ以上に気になったのは、
10mの津波が来た場合における海抜高度等で安全な地域や、
津波避難ビル等がまるで明記されていないということ。

前者はそれを観光地図に明記すると、
安全でない地域の客足に響くということがあるのだろう。

これは観光を生業としている処としては仕方ないのかも。

問題は後者。

これを明記していないということは、
津波避難ビルは観光で来た人よりも、
地元に住んでいる人たちのためのスペースという、
そういう意味あいが大きいのではないかということだ。


確かにビルの数やキャパからみて、
観光の人がなだれ込んだ場合、
ビルに入り切れず溺死してしまう方が続出する可能性がある。

これは以前このブログに寄せていただいた方の、
そのコメントでこちらも気づかされたことだ。

このため観光案内図には明記していないのだろう。


たがそうなると、
前者の配慮というのが、
これまた後者にとっては、
決して良くないのではないかという気がする。

せめて海抜10メートルラインと、
同15メートルラインくらいは、
それとなく明記してもらえると、
近くに避難所やビルがなくとも、
そこへ向かって逃げられるのではないかという気がする。

このあたりは沼津の静浦から内浦にかけての、
あの随所にある高台への避難路の案内板をみると、
正直鎌倉のこの対応は、
景観とかにもいろいろと差し障りがあるのかもしれないが、
ちょっと甘いのではないかという気がして仕方がない。

南海トラフで地震が起きた時、
確かに三の浦と鎌倉では到達時間は違うが、
襲来する津波の高さはほぼ同じ10m級。

しかももし震源が相模湾直下型だったら、
鎌倉も三の浦とは数分しか違わないという。

確かにこれは観光マップなので、
あまり不安を煽るようなものは無理だろうけど、
このあたりもう少しなんとかならないものだろうか。

自分は正直津波の経験はない。

だから些か考えすぎかもしれないし、
心配のしすぎかもしれないけれど、
自分が感じた疑問をなおざりにしたばかりに、
かつて手酷いことになった痛い経験もしている。


笑顔で鎌倉に来てくれている観光客の方々に、
もし万一の事があった場合、

「なんでもっとわかるようにしてくれなかったのか」

と、後世まで責め続けられ、
結果鎌倉に対しての信用信頼がなくなってしまったら、
もはや世界遺産など夢のまた夢、
観光地としても二度と立ち直る事ができなくなるかも。


それ以上に救えたはずの命が救えなかったというのは、
さすがにそこではもう想定外というのは言い訳にしかならない。

逆にこれらをうまく提示することにより、
ひとりでも多くの命が救えたら、
後々までの信頼信用を得ることとなり、
観光地としての鎌倉のそれも不動となる。


そう考えると、
やはりこのあたりなんとか一工夫できないものかと、
やはり考えさせられてしまう。


この考え、
些か神経質すぎた考えすぎの産物なのだろうか。

よく行くところだけにちょっと心配です。
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