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ジェフリー・テイト氏死去。 [お悔み]

Il direttore d’orchestra Jeffrey Tate stroncato da un malore all’Accademia Carrara

Il 74enne stroncato da un malore all'Accademia Carrara nel primo pomeriggio di venerdì 2 giugno è il direttore d'orchestra Jeffrey Tate.

di Redazione - 02 giugno 2017 - 17:30

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Il 74enne stroncato da un malore all’Accademia Carrara nel primo pomeriggio di venerdì 2 giugno è il direttore d’orchestra Jeffrey Tate. Il famosissimo (e malato) direttore d’orchestra si è accasciato poco lontano dall’ingresso, probabilmente colpito da un infarto, e non si è più ripreso.

Nato il 28 aprile 1943 era stato insignito del titolo di Sir. Affetto dalla nascita di spina bifida e cifosi, aveva studiato pianoforte e composizione nel prestigioso Trinity College di Cambridge e aveva intrapreso anche gli studi universitari in medicina. Una volta laureato in medicina decise di svolgere la professione medica, continuare a coltivare la sua autentica passione, la direzione d’orchestra, che ben presto divenne la sua occupazione principale.

Nel 1970 era al Covent Garden di Londra come maestro collaboratore al clavicembalo di Georg Solti prima e di Colin Davis, Rudolf Kempe, Carlos Kleiber, John Pritchard e Herbert von Karajan poi. Nel 1976 Pierre Boulez lo volle come suo assistente a Bayreuth per il Ring del centenario. Nel 1978 l’esordio con Carmen di Bizet all’Opera di Göteborg.

http://www.bergamonews.it/2017/06/02/il-direttore-dorchestra-jeffrey-tate-stroncato-da-un-malore-allaccademia-carrara/256004/


今度はテイト氏が亡くなられた。

読売日本交響楽団によく来演されていたが、
そのときのヴォーン=ウイリアムズの交響曲第5番と、
エルガーの交響曲第1番における名演が忘れられない。

謹んで心より哀悼の意を表します。


しかし今年はあの悪夢の1973年を思われるほど、
指揮者の訃報が続いている。

もうこれ以上悲しい報せを今年は聞きたくないです。
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イルジー・ビエロフラーヴェク氏死去 [お悔み]

V noci zemřel po dlouhé těžké nemoci uznávaný český dirigent Jiří Bělohlávek. Bylo mu 71 let.

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Už na začátku ledna se objevily spekulace o Bělohlávkově zdravotním stavu. Česká filharmonie se ale k tomuto tématu nechtěla vyjadřovat. Za svoji soukromou věc to považoval také dirigent Bělohlávek. Šéfdirigent a umělecký ředitel ČF Bělohlávek na začátku ledna podepsal na dalších šest let smlouvu s Českou filharmonií. V čele nejznámějšího tuzemského orchestru stál už čtyři sezony. Ve funkci tak měl setrvat do sezony 2021/2022.


„S hlubokou lítostí oznamujeme, že dnes ráno zemřel po statečném boji s těžkou nemocí šéfdirigent a hudební ředitel České filharmonie, profesor Jiří Bělohlávek,“ napsala Česká filharmonie na Facebooku. „Po dohodě s rodinou, které Česká filharmonie vyjadřuje svou upřímnou soustrast, budou okolnosti posledního rozloučení oznámeny později. Do té doby nebudeme poskytovat žádné další informace,“ doplnila.


„Je především jeho zásluhou, že Česká filharmonie za posledních pět let zažila mnoho mimořádných úspěchů a znovu si vydobyla respektované postavení doma i v zahraničí – stala se vpravdě národním orchestrem, opět pronikla na pódia nejprestižnějších světových koncertních sálů a realizovala řadu oceňovaných nahrávek. Nejen Česká filharmonie, ale celá naše země odchodem Jiřího Bělohlávka přichází o člověka mimořádných uměleckých i osobních kvalit,“ cituje server iDnes.cz mluvčího České filharmonie Luďka Březinu.


Své kondolence poslal přes sociální síť rodině Bělohlávka a České filharmonii i Londýnský symfonický orchestr.

Zdroj: http://www.lidovky.cz/v-noci-zemrel-po-dlouhe-tezke-nemoci-uznavany-cesky-dirigent-jiri-belohlavek-1sx-/kultura.aspx?c=A170601_095415_ln_kultura_sij

http://www.lidovky.cz/v-noci-zemrel-po-dlouhe-tezke-nemoci-uznavany-cesky-dirigent-jiri-belohlavek-1sx-/kultura.aspx?c=A170601_095415_ln_kultura_sij


ちょっと突然の訃報に言葉もありません。

秋の来日を愉しみにしていたのですが…。


自分がビエロフラーヴェクの実演を聴いたのは、
1987年のN響とのマーラーの2番が最初だったと思う。

その後間隔があいてしまうが、
2004年の日本フィルとの「死者の家から」とドヴォルザークの7番。
2006年の日本フィルとの「わが祖国」
2009年の日本フィルとのブルックナーの5番
2013年のチェコフィルとのドヴォルザークとブラームスの1番。
2015年のチェコフィルとのベートーヴェンの5番、他。

これがすべてだと思う。

特に今世紀に入ってからのそれはどれも名演揃い。

日本フィルもよかったけど、
チェコフィルの状態が究極的といっていいぐらい素晴らしい。

特に2015年浜松での演奏会は白眉で、
中でも最後アンコールで聴いた「売られた花嫁」の道化師の踊りは、
二年前にサントリーホールでアンコール時に聴いた、
「売られた花嫁」の序曲と並んで、
チェコフィル最盛期ともいえるような輝かしいかぎりの、
それこそもういう事なしのとびきりの超名演でした。

当時は自分はこのときの事を以下のように書いている。


「そして最後のスメタナ。これはもう絶品。この曲をチェコフィルの実演で聴くのはこれが初めて。すべてにおいて「このカードをきれば世界中の誰にも肩をならばせない」というかんじの名演奏でしたし、こういう曲を持つオーケストラに正直自分は羨望の念を深く持たされたものでした。

終わってみれば現在のチェコフィルの好調ぶりと、その醍醐味が満喫できるような演奏会でした。このコンビ、確かに熱狂的な支持者を生むというタイプのそれではないでしょうが、これほど自分達の語法にのっとった高い水準の音楽を常時演奏できるコンビというのは世界的にもそうは多くないと思います。

チェコフィルにとって新しい黄金時代の到来を感じさせる、チェコフィルらしい見事な演奏会でした。」

https://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/55125094.html

だから当然今年の来日公演も行く予定だった。

それなのに…。

チェコフィルにとってこれはあまりにも大きすぎる損失だ。

ビエロフラーヴェクも、
一度は手放したチェコフィルのポストに再度赴任、
その円熟期と相まって生涯最高の時を謳歌している、
その最中の出来事だ。

まだあと最低でも5年は、
指揮者もオケもその状態が維持できただけに、
この急な死は本人にとっても無念としか言いようがないだろう。

本当にかえすがえすも残念です。

それにしてもチェコの指揮者、
特にチェコフィルとの関係の深い指揮者は早く亡くなる人が多い。

アンチェル、ノイマン、コシュラーと、
みな指揮者としては早すぎる感がある、
そこに今回のビエロフラーヴェク。

ほんとうに残念です

横浜で予定されていた演奏会の告知をここにあげ
謹んで哀悼の意を表します。

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スクロバチェフスキ氏が死去 [お悔み]

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指揮者のスタニスラフ・スクロバチェフスキ氏が21日、米ミネアポリスの病院で死去した。93歳。ロンドンの所属事務所が発表した。

 1923年、ポーランド(現ウクライナ西部)のリビウ生まれ。ポーランド各地で指揮者を務めた後に渡米。60~79年に現在のミネソタ管弦楽団で音楽監督、2007~10年には読売日本交響楽団の常任指揮者も務めた。近年は「世界最高齢の現役指揮者」としても知られ、最後の公演は昨年10月だった。(ニューヨーク=共同)

http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG22H1R_S7A220C1CC0000/



来日中止の報を聞いて、
いつかはと覚悟はしていましたが…

氏なら100才まで元気に指揮台に立たれると思ってました。


謹んで哀悼の意を表します。


しかし昨年から、

ブーレーズ、アーノンクール、マリナー、プレートルと、

相次いで大御所の訃報が続いている。

世代交代が進んではいるが、
このあたりのなじみの深い指揮者が去られて行くのは、
やはりつらいものがあります。
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ジョルジュ・プレートル氏死去 [お悔み]

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 ジョルジュ・プレートル氏(フランスの指揮者)フランスのメディアによると、4日、同国南部タルン県で死去、92歳。詳しい死因は明らかにされていない。

 24年フランス北部ノール県生まれ。パリ国立高等音楽院卒。マルセイユ、リールなどのオペラ座指揮者を経て70~71年パリ国立オペラ座音楽監督。国際的指揮者としてウィーン、ミラノ、ロンドンなどで活躍し、マリア・カラスとの共演で人気を博した。

 08年と10年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートを指揮。各国の楽団を率いて来日公演も行った。(共同)

http://www.sankei.com/world/news/170105/wor1701050019-n1.html


昨年(2016)のマリナーもそうだけど、
高齢だからしかたないとはいえ、
やはり昭和の頃からレコードや来日公演で慣れ親しんだ指揮者が、
こうしてまた一人消えていくはほんとうに寂しい。


プレートルは1967年に初来日しているので、
今年がちょうど50年目にあたっていた。

彼は一度来日すると数年以内にまた来日、
ただしそれが終わると暫く空いてまた来日という、
そういうサイクルで来日していた。

そのため2010年のサロネンの代わりに来日して、
ウィーンフィルを指揮したときは、
また近いうちに来るのでは?

などと思ったりしたものでしたが、
それは幻となってしまいました。


個人的には1989年のウィーン交響楽団との、
シューベルトの未完成やラヴェルのボレロ、

1998年のパリ管との同じくボレロや幻想交響曲、
そしてアンコールで演奏された「ファランドール」。

2001年のラヴェルの「ダフニス」の第二組曲と「ラ・ヴァルス」が、
印象に残っており、
特に「ダフニス」の「無言歌」における弦の響きは、
未だに強烈なも印象として脳裏に焼き付いている。

ほんとうに素晴らしい楽匠でした。

心より哀悼の意を表します。

尚、最後に彼の日本での自分が知る範囲の、
来日公演の記録を掲載したいと思います。


1967
読売日本交響楽団

5月17日:厚生年金会館
ペルリオーズ/ローマの謝肉祭
ビゼー/交響曲
ドヴォルザーク/交響曲第8番

5月24日:東京文化会館
シャブリエ/グヴェンドリーヌ、序曲
モーツァルト/交響曲第40番
マーラー/交響曲第1番


1970
パリ管弦楽団

4月14日:フェスティバルホール
ビゼー/交響曲
マーラー/交響曲第1番

4月16日:フェスティバルホール
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/アレクシス・ワイセンベルク)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

4月20日:フェスティバルホール
ラヴェル/マ・メール・ロア、組曲
ラヴェル/ピアノ協奏曲(P/アレクシス・ワイセンベルク)
ムソルグスキー/展覧会の絵

4月23日:東京文化会館
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/アレクシス・ワイセンベルク)
マーラー/交響曲第1番

4月25日:厚生年金会館
ラヴェル/マ・メール・ロア、組曲
ラヴェル/ピアノ協奏曲(P/アレクシス・ワイセンベルク)
ムソルグスキー/展覧会の絵


1988
パり・オペラ座管弦楽団

7月27日:大宮ソニックシティ
ベルリオーズ/ロミオとジュリエット、抜粋
ルーセル/バッカスとアリアーヌ、第2組曲
ストラヴィンスキー/火の鳥、組曲

7月28日:サントリホール
グルック/オルフェウス、序曲
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ベルリオーズ/幻想交響曲

7月29日:サントリホール
ベルリオーズ/ロミオとジュリエット、抜粋
ルーセル/バッカスとアリアーヌ、第2組曲
ストラヴィンスキー/火の鳥、組曲

7月31日:函館市民会館
グルック/オルフェウス、序曲
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ベルリオーズ/幻想交響曲

8月1日:札幌厚生年金会館
グルック/オルフェウス、序曲
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス
ベルリオーズ/幻想交響曲


1989
ウィーン交響楽団

10月31日:シンフォニーホール
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月2日:神戸文化ホール
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
マーラー/交響曲第1番

11月3日:岡谷文化会館
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
マーラー/交響曲第1番

11月4日:市川文化会館
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月5日:オーチャードホール
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月7日:オーチャードホール
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
マーラー/交響曲第1番

11月8日:上越文化会館
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月9日:聖徳学園川並記念講堂
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月10日:つくばノバホール
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
マーラー/交響曲第1番

11月11日:神奈川県民ホール
ベートーヴェン/交響曲第7番
ブラームス/ハンガリー舞曲、第1,3,4,5,21番
ラヴェル/ボレロ

11月12日:武蔵野市民文化会館
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
マーラー/交響曲第1番


1998
パリ管弦楽団

11月5日:札幌コンサートホールKitara
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月6日:函館市民会館
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月7日:大宮ソニックシティ
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月8日:鎌倉芸術館
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月10日:宮城県民会館
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月12日:富士ロゼシアター
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月14日:香川県民ホール
ビゼー/交響曲
ベルリオーズ/幻想交響曲

11月15日:サントリーホール
ムソルグスキー/展覧会の絵
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

11月16日:サントリーホール
ビゼー/交響曲
ベルリオーズ/幻想交響曲


2001
パリ管弦楽団

11月2日:サントリーホール
チャイコフスキー/交響曲第6番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月3日:郡山市民文化センター
チャイコフスキー/交響曲第6番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月4日:富山芸術文化ホール
チャイコフスキー/交響曲第6番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月6日:ハーモニーホール福井
ブラームス/交響曲第4番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月7日:神戸文化ホール
ブラームス/交響曲第4番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月8日:シンフォニア岩国
ブラームス/交響曲第4番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月10日:宮崎県立芸術劇場
チャイコフスキー/交響曲第6番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月11日:福岡シンフォニーホール
ブラームス/交響曲第4番
ラヴェル/ダフニスとクロエ、第2組曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス

11月13日:サントリーホール
ブラームス/交響曲第4番
ベルリオーズ/ベンヴェヌート・チェルリーニ、序曲
ラヴェル/ラ・ヴァルス


2010
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

11月6日:兵庫県立芸術文化センター
シューベルト/交響曲第2番
ベートーヴェン/交響曲第3番

11月7日:宮崎芸術劇場
シューベルト/交響曲第2番
ベートーヴェン/交響曲第3番

11月10日:サントリーホール
シューベルト/交響曲第2番
ベートーヴェン/交響曲第3番

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声優の肝付兼太さん死去 [お悔み]

声優の肝付兼太(本名・肝付兼正【きもつきかねまさ】)さんが20日、肺炎のため死去した。享年80。所属事務所が発表した。葬儀は家族葬にて執り行われた。

 肝付さんは1935年11月15日生まれ。鹿児島出身。1979年から2005年まで『ドラえもん』でスネ夫役を務めたほか、『怪物くん』のドラキュラ役や『それいけ!アンパンマン』ホラーマン役、子供向け番組『にこにこぷん』のじゃじゃまる役などで人気を博した。

 同時期に『ドラえもん』でジャイアン役の声優だった、たてかべ和也の葬儀(2015年6月)では、肝付さんが弔事で「大きな声で呼んでみたい…ジャイアーン!」と祭壇に向かって呼びかけていた。

http://www.excite.co.jp/News/entertainment_g/20161024/Oricon_2080417.html


肝付さんはとにかくいろいろな役を、
TVアニメ創世記から演じられていた。

このため、
いろいろな世代の人にとって、
その代表作はあるだろうけど、
自分なとっては、
元祖天才バカボンにおける本官さん。

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バカボンパパの雨森雅司さんとのやりとりは、
もはや芸術品の域にまで達っしていたといっていい。

「逮捕だ逮捕だ」

とピストルを撃ちまくるそれは、
とにかく自分にとって強烈なものがあった。

この役は田の中勇さんや、
千葉繁さんも演じ、
られているけど、
肝付さんのそれが、
自分にとってもっとも強烈に印象として刻まれている。

他にもいろいろと出演されているが、
肝付さんがでてくると、
なんか見てるこちらが安心というか、
うれしくなってしまうところがあった。

999の車掌さんや009の007、
そしてドラえもんのスネ夫と、
ほんとうにいろいろと当たり役が多く、
多くの名作を支えたまさに名優だったといえる肝付さん。


心より哀悼の意を表します。


ほんとうにお疲れになったと思います。
ぜひゆっくりとお休みになってください。

今まで素晴らしい演技を聞かせていただき、
ほんとうにありがとうございました。


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ネヴィル・マリナー氏死去 [お悔み]

BBCが、英国の指揮者でありヴァイオリニスト、サー・ネヴィル・マリナーが、92歳で亡くなったと発表しました。

http://www.bbc.com/news/entertainment-arts-37535272


指揮者ネビル・マリナー氏が死去 映画「アマデウス」で音楽を担当

【ロンドン共同】世界的な指揮者で、英国のアカデミー室内管弦楽団の創設者ネビル・マリナー氏が2日死去した。92歳だった。BBC放送が同日伝えた。米映画「アマデウス」(1984年)の音楽を担当したことでも知られる。

 24年、英中部リンカン生まれ。王立音楽大などで学び、ロンドン交響楽団でバイオリン奏者として活躍。58年にアカデミー室内管弦楽団を創設した。

 マリナー氏は今年4月に管弦楽団と共に来日し公演を開いていた。

http://www.chunichi.co.jp/s/article/2016100201001775.html



最近もお元気で、
しかも来日公演もされたばかりなので、
ちょっとまだ信じられません。


マリナー90才.jpg

心より哀悼の意を表します。


この人の1970年代に聴いた多くの清々しい録音は、
今でも心の財産となっています。

ありがとうございました。

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音楽評論家で指揮者の宇野功芳さん死去 [お悔み]

音楽評論家で指揮者の宇野功芳(うの・こうほう=本名・功=いさお)さんが10日、老衰のため死去した。86歳。葬儀・告別式は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く予定。

 父は漫談家の牧野周一。国立音楽大声楽科で合唱指揮者を志す一方で、音楽評論を始める。歯切れ良い筆致で指揮者のハンス・クナッパーツブッシュやカール・シューリヒト、エフゲニー・ムラビンスキーをはじめ、20世紀を代表する演奏家の紹介で知られた。

 また、大阪フィルを率いた朝比奈隆に早くから注目して評価を高め、難解とされたブルックナーやワーグナーの音楽の真価を分かりやすく解説。一方で、指揮者としても独特の手法で人気を集めた。著書に「宇野功芳の『クラシックの聴き方』」など多数。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160612-00000502-san-musi


正直いろいろと思うところはあるけど、
それらのことはみんな昨年言い切ったので
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2015-06-13
個人的にはもはやノーサイドといったところだろうか。


それにしても上の紹介文、
ムラヴィンスキーに関しては、
野村光一氏や菅野浩和氏の存在を抜きにしては語れない。

宇野氏を称えるのは結構だけど、
こういう誤解を与える記述は、
こういうときだからこそ控えるべきではないだろうか。

まあそれだけ影響が強かったということの証ではあるのですが…。


とにかく功罪いろいろとありましたけど、
今はご冥福をお祈りします。

合掌
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モハメド・アリ死去 [お悔み]

プロボクシングの元ヘビー級王者、モハメド・アリさんが3日、米アリゾナ州の病院で死去した。74歳だった。米NBCなど複数の米メディアが報じた。リングの外でもベトナム戦争への反対や、人種差別、信仰の自由をめぐる言動で注目を集め、20世紀の米社会を代表する人物の1人だった。

 1942年、カシアス・クレイとして米ケンタッキー州ルイビルで生まれ、12歳からボクシングを始めた。60年のローマ五輪で、ライトヘビー級の金メダルを獲得したが、自伝によると、米国へ帰国後に黒人であることを理由にレストランで食事の提供を拒まれ、川に投げ捨てたという。

 プロ転向後の64年にヘビー級王者に挑戦。前評判では不利とされたが、「チョウのように舞い、ハチのように刺す」という言葉通りにソニー・リストンを破り、世界王者となった。同じころ、黒人指導者のマルコムXらの影響を受けてイスラム教に改宗し、名前をモハメド・アリに改めた。

 プロとして無敗のままだった67年、信仰とベトナム戦争への反対を理由に米軍への入隊を拒否。王座を剝奪(はくだつ)されたが、「私とベトコンの間に争いはない」との言葉が有名となるなど、世論に影響を与えた。

 70年にライセンスを再び取得してリングに復帰。74年に、当時無敗の世界王者だったジョージ・フォアマンに勝利し、7年ぶりに王者に返り咲いた。78年にレオン・スピンクスに敗れたが、同年の再対決で勝ち、3度目の王者となった。

 81年の引退後は人道的活動に力を入れ、国連の「平和大使」にも指名されたが、パーキンソン病を発症し、次第に活動が難しくなった。96年のアトランタ五輪では、病気の影響で手が震えながらも、聖火点灯の大役を果たした。近年は体調が優れず、入院を繰り返していた。(ダラス=中井大助)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160604-00000032-asahi-soci


20世紀後半最大のスーパースターが亡くなった。

自分にとってアリとマービン・ハグラーが、
ボクシングにおける超スーパースターだった。


正直言うとちょっとうっとおしいときもあり、
フレージャーを応援していた時期もあったけど、
やはりアリは特別な存在だ。

もうこんな人は今後出てこないだろう。

しかし、パターソン、フレージャー、ノートン、そしてアリと、
今世紀に入り偉大なヘビー級の巨人たちが次々と亡くなっていく。

そしてかのアンジェロ・ダンディも亡くなった。
(バンディーニ・ブラウンは1987年にすでに亡くなっている)

ひとり残されたようなジョージ・フォアマンの、

「自分の一部がなくなった」

というコメントが泣かせる。


心より哀悼の意を表します。

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声優・水谷優子さん死去 [お悔み]

「ちびまる子ちゃん」の「お姉ちゃん」役などで知られる声優の水谷優子さんが5月17日、乳がんのため死去した。51歳だった。所属事務所の青二プロダクションが19日に発表した。

 「ふしぎの海のナディア」のマリーなど可憐な少女の声を演じることが多かったが、ちびまる子ちゃんのお姉ちゃんなど低い声のキャラや、「デジモンアドベンチャー」の武之内空など少年役も演じた。

 ちびまる子ちゃん公式サイトにも19日、訃報が掲載された。「平成2年の初回放送から長きにわたりお姉ちゃんの声を演じていただき、『ちびまる子ちゃん』を楽しく盛り上げていただいておりました」と追悼している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160519-00000088-zdn_n-ent


水谷さんは自分なんかよりも年下。

まだまだこれからの人です。

なのになんでこんな悲しいことに…。


自分にとって昭和から平成にかけて、
ほんとにお馴染みの、
そして忘れられない声優さんでした。

川上さん、本多さん、松来さんと、
なんでこうもみんな早く逝ってしまうかなあ。


神様、いくらなんでも急ぎ過ぎです。

ちょっとこれ、辛すぎます。



10年ほど前に自分はこういう一文を書き込んでます。

http://orch.blog.so-net.ne.jp/2005-10-08-1

それだけに未だにちょっと信じられない気持ちでいっぱいです。

じつはさくらさきこ役のことをこのとき書いてなかったので、、
いつかはここに書き足そうかと考えていたのですが、
まさかこういう形で逸してしまうとは…。

水谷さん。

ほんとうに早いです。

残念で仕方ないです。

でもいちばん悔しいのは水谷さんご本人でしょう。

今は安らかに、
そして今活躍されている声優さんを見守ってあげてください。



いままで本当にありがとうございました。

慎んで心より哀悼の意を表します。
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アーノンクール氏が死去 [お悔み]

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ウィーンからの報道によると、古楽器演奏の第一人者である世界的指揮者のニコラウス・アーノンクールさんが5日死去した。86歳だった。

 ベルリン生まれのオーストリア国籍。ウィーンでチェロを学び、チェロ奏者として活躍するかたわら、1953年、妻らと古楽器楽団「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を創設した。バッハ、ヘンデルなどのバロック音楽を作曲当時の楽器や奏法で演奏する先駆けとなり、鮮烈な響きを引き出して、楽曲に新たな息吹を吹き込んだ。

 70年代以降は主に指揮者として活躍し、バッハの受難曲やモンテベルディのオペラは、名演として名高い。

 80年代以降は、モーツァルトやベートーベンなど古典派以降の作品にもレパートリーを広げた。斬新な解釈による演奏が話題を呼び、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルといった名門オーケストラと共演を重ねた。

http://www.yomiuri.co.jp/culture/20160306-OYT1T50073.html


昨年(2015)12月に引退してからたった三か月での訃報。

かつてのバーンスタインのそれを思い出してしまいました。


2010年の来日公演で見事なモーツァルトを聴いたのが、
自分にとって実演で聴いたアーノンクール最後の演奏会でした。

http://www.harnoncourt.info/en/rueckzug-nikolaus-harnoncourts-von-der-buehne-2/?timeline_year=2015
※昨年の引退発表の直筆メッセージ。

http://www.harnoncourt.info/
※ご本人の公式サイト。亡くなられたことが書かれています。


心より哀悼の意を表します。
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