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アーノンクール氏が死去 [お悔み]

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ウィーンからの報道によると、古楽器演奏の第一人者である世界的指揮者のニコラウス・アーノンクールさんが5日死去した。86歳だった。

 ベルリン生まれのオーストリア国籍。ウィーンでチェロを学び、チェロ奏者として活躍するかたわら、1953年、妻らと古楽器楽団「ウィーン・コンツェントゥス・ムジクス」を創設した。バッハ、ヘンデルなどのバロック音楽を作曲当時の楽器や奏法で演奏する先駆けとなり、鮮烈な響きを引き出して、楽曲に新たな息吹を吹き込んだ。

 70年代以降は主に指揮者として活躍し、バッハの受難曲やモンテベルディのオペラは、名演として名高い。

 80年代以降は、モーツァルトやベートーベンなど古典派以降の作品にもレパートリーを広げた。斬新な解釈による演奏が話題を呼び、ウィーン・フィル、ベルリン・フィルといった名門オーケストラと共演を重ねた。

http://www.yomiuri.co.jp/culture/20160306-OYT1T50073.html


昨年(2015)12月に引退してからたった三か月での訃報。

かつてのバーンスタインのそれを思い出してしまいました。


2010年の来日公演で見事なモーツァルトを聴いたのが、
自分にとって実演で聴いたアーノンクール最後の演奏会でした。

http://www.harnoncourt.info/en/rueckzug-nikolaus-harnoncourts-von-der-buehne-2/?timeline_year=2015
※昨年の引退発表の直筆メッセージ。

http://www.harnoncourt.info/
※ご本人の公式サイト。亡くなられたことが書かれています。


心より哀悼の意を表します。
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ピエール・ブーレーズさん死去 [お悔み]

pboulez.png

世界的に知られるフランスの作曲家、指揮者のピエール・ブーレーズさんが5日、居住するドイツ西部バーデンバーデンで死去した。90歳だった。家族らが6日、声明を出して発表した。(パリ=青田秀樹)

 25年、仏モンブリゾン生まれ。パリ音楽院でメシアンらに作曲や合唱指揮などを学ぶ。55年、ダルムシュタットの夏季音楽講習会で講師を務め、以後、シュトックハウゼン、ノーノとともにダルムシュタットの三羽ガラスと呼ばれ、ポスト・ベーベルン派の指導的役割を担う。58年、南西ドイツ放送交響楽団で指揮活動を始め、その後はクリーブランド管弦楽団の首席客演指揮者、ニューヨーク・フィルなどの音楽監督を歴任する。70年代、パリに創設されたIRCAM(音響・音楽の探求と調整の研究所)の所長に就任、91年に辞めるまで先端科学技術による教育・研究活動を指導した。76年、アンサンブル・アンテルコンタンポランを創設、現代音楽の普及に貢献した。89年に高松宮殿下記念世界文化賞、2009年には京都賞を受賞した。

http://www.asahi.com/articles/ASJ166W3HJ16UHBI03Z.html?iref=com_alist_6_03


作曲家としてはかなりの長寿を全うされたと思います。

日本にも何度も来日してくれました。

またひとつ20世紀が遠くに行ってしまったかんじです。

心からお悔み申し上げます。


最後にその死を偲んで、
1995年に日本で行われた、
「ピエール・ブーレーズ・フェスティバル」
のプログラムをここに記したいと思います。


5月18日:東京文化会館(P/マウリツィオ・ポリーニ)
シェーンベルク/3つのピアノ曲
シェーンベルク/6つのピアノ小品
シェーンベルク/5つのピアノ曲
ウェーベルン/ピアノのための変奏曲
ブーレーズ/ピアノ・ソナタ第2番

5月19日:サントリーホール(ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団)
ブーレーズ/弦楽のための本
ベルク/7つの初期の歌
https://www.youtube.com/watch?v=bE85ldyYfZM
ベルク/ペーター・アルテンベルクの絵葉書の詩による五つのオーケストラ伴奏歌曲
(S/ジェシーノーマン)
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
https://www.youtube.com/watch?v=VWPFqWXSeVM
ドビュッシー/海


5月20日:サントリーホール(マイケル・ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団)
シェニトケ/合奏協奏曲第5番(VN/ギドン・クレーメル、P/ヴァディム・サハロフ)
マーラー/交響曲第6番

5月22日:サントリーホール(ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団)
バッハ=ストラヴィンスキー/カノン風変奏曲「高き天より我は来たれり」
バッハ=ウェーベルン/音楽の捧げもの、6声のリチェルカーレ
バッハ=シェーンベルク/前奏曲とフーガ
ストラヴィンスキー/詩篇交響曲
ラヴェル/クープランの墓
ストラヴィンスキー/プルチネルラ、組曲

5月23日:東京ベイN.K.ホール(ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
ブーレーズ/二重の影の対話
ブーレーズ/レポン
https://www.youtube.com/watch?v=oTrrPtpCIPA

5月24日:紀尾井ホール(ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
シュトックハウゼン/コントラープンクテ
ダルバヴィ/王冠
ブーレーズ/ル・マルトー・サン・メートル

5月25日:紀尾井ホール(デイヴィッド・ロバートソン指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
ラヴェル/序奏とアレグロ
リゲティ/ピアノ協奏曲(P/ピエール=ロラン・エマール)
ブーレーズ/…エクスプロザント-フィクス(爆発・固定)…

5月26日:サントリーホール(ブーレーズ指揮ロンドン交響楽団)
ラヴェル/組曲「マ・メール・ロワ」
メシアン/クロノクロミー (大オーケストラのための)
シェーンベルク/3つのピアノ曲
シェーンベルク/6つのピアノ小品
ストラヴィンスキー/春の祭典
(この曲目はポリーニの筋肉疲労によりブーレーズと相談の上変更されたものです。当初の曲目は以下のとおりです。)

メシアン/クロノクロミー
シェーンベルク/ピアノ協奏曲(P/マウリツィオ・ポリーニ)
ストラヴィンスキー/春の祭典


5月27日:オーチャードホール(ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団)
シェーンベルク/オーケストラのための5つの小品
ブーレーズ/ノタシオン
R・シュトラウス/英雄の生涯

5月29日:サントリーホール(ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団)
ルトスワフスキー/オーケストラのための協奏曲
カーター/パルティータ
ラヴェル/スペイン狂詩曲
ラヴェル/ボレロ

5月30日:サントリーホール(ブーレーズ指揮NHK交響楽団)
バルトーク/中国の不思議な役人、全曲
ラヴェル/ダフニスとクロエ、全曲

5月31日:サントリーホール(ブーレーズ指揮シカゴ交響楽団)
ウェーベルン/パッサカリア
ウェーベルン/大オーケストラの為の6つの小品
バルトーク/ピアノ協奏曲第1番(P/ダニエル・バレンボイム)
ベリオ/シンフォニア(CHO/スウィングル・シンガーズ)
https://www.youtube.com/watch?v=JwJHu2gSj1A

6月1日:サントリーホール(ブーレーズ指揮アンサンブル・アンテルコンタンポラン)
シェーンベルク/室内交響曲第1番
シェーンベルク/室内オーケストラのための3つの小品
ウェーベルン/オーケストラのための5つの小品
シェーンベルク/幻想曲
ベルク/室内協奏曲(P/ダニエル・バレンボイム,VN/ギドン・クレーメル)

以上
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クルト・マズアさん死去 [お悔み]

【ニューヨーク=広瀬英治】米ニューヨーク・タイムズ紙によると、元ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督のクルト・マズア氏が19日、米国で死去した。

 88歳だった。1991~2002年にニューヨーク・フィルの音楽監督兼指揮者を務めた。

 1927年、ドイツ東部のシュレージェン地方(現在のポーランド)に生まれた。ライプチヒなど旧東ドイツの劇場を渡り歩いて腕を磨き、名門ライプチヒ・ゲバントハウス管弦楽団の楽長を25年以上、務めた。

 その後、ニューヨーク・フィル、ロンドン・フィル、フランス国立管弦楽団などの音楽監督、首席指揮者などのポストを歴任した。

 ベートーベンやブラームスなどドイツの作品を得意とし、重厚な響きで聴衆を魅了し、フランス作品の演奏にも情熱を傾けた。

 日本では、読売日本交響楽団などにたびたび客演し、79年に同楽団名誉指揮者の称号を受けた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151220-00050000-yom-ent


ひじょうにしっかりとした音楽をつくる指揮者でした。

何度か実演にもせっしましたが、
ひじょうに外れの無い職人的な上手さも兼ね備えた名指揮者でした。

心よりご冥福をお祈りします。
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「ゲゲゲの鬼太郎」水木しげるさん死去 93歳 [お悔み]

「ゲゲゲの鬼太郎」などで知られる漫画家の水木しげる(みずき・しげる、本名武良茂=むら・しげる)さんが30日午前7時18分、多臓器不全で東京都内の病院で死去した。93歳だった。鳥取県出身。

 水木さんは11日に東京都調布市の自宅で転倒。頭部を強く打ち、入院していた。葬儀は近親者で行い、後日、お別れの会を開く。喪主は妻の武良布枝(むら・ぬのえ)さん。

 高等小学校卒業後、漫画家をめざし、大阪で働きながら漫画を学び、戦争中は陸軍の兵隊としてニューギニア方面に出征。戦後は一時紙芝居を商売にしていた時代があった。

 1958年に貸本漫画家としてデビュー。「河童の三平」「悪魔くん」などを発表し、「ゲゲゲの鬼太郎」が「週刊少年マガジン」に連載され、妖怪を扱う人気漫画家となり、テレビアニメ化されてからは妖怪ブームが巻き起こった。

 幼少時に妖怪の話を教えてくれた老婦人との交流を描いた自伝的なエッセー「のんのんばあとオレ」(後に漫画化)や「水木しげる 妖怪大画報」のほか、「総員玉砕せよ!」「娘に語るお父さんの戦記」など、戦傷で左腕を失った自らの戦争体験に根差した作品も多い。

 幼少期を過ごした鳥取県境港市には愛着があり、93年には「水木しげるロード」が設けられ、03年には「水木しげる記念館」が建てられた。10年には妻の布枝さんが書いた「ゲゲゲの女房」がNHK連続テレビ小説として放映され、その生きざまが共感を呼んだ。91年に紫綬褒章、03年には旭日小綬章を受章。10年文化功労者。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151130-00000105-spnannex-ent


水木先生には、
いろいろと少年期から楽しい作品をいろいろと、
本やテレビでみてきました。

ほんとうに感謝の気持ちしかありません。

心より哀悼の意を表します。

今までほんとうにありがとうございました。
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声優の松来未祐さん死去、そしてその後。 [お悔み]

声優の松来未祐(まつき・みゆ、本名松木美愛子〈まつき・みえこ〉)さんが10月27日に死去していたことが2日、わかった。38歳だった。所属事務所が公式サイトで発表した。葬儀は親族のみで行った。

 松来さんは今年7月、自身のブログで「急性の肺炎で検査を重ねたところで、少しでも早く治療に取り組まないといけない病気であることがわかりました」と病気療養のため活動休止を報告していた。「這(は)いよれ! ニャル子さん」「ふたりはプリキュア」などのアニメ作品に声優として出演していた

http://www.asahi.com/articles/ASHC25D0KHC2UCVL012.html?iref=comtop_list_obi_n02

先ほど帰宅して知りました。
初七日の日に発表されたようです。

9月までレギュラーをされていた番組が放送されていたので、
事実として受けとめられないです。

ちょっと言葉がありません。


心より哀悼の意を表します。


しかし、早いです、早すぎます。


http://www.81produce.co.jp/
※株式会社81プロデュース

http://blog.excite.co.jp/matsukimiyu/
松来未祐日記


(11/4追加)

松来さんの訃報を聞いたとき、
いろいろなことが頭を駆け巡った。

少し落ち着いたこともあり、
そのときのことを書いておこうと思う。

正直松来さんが入院しているということは知らなかった。

なにしろ9月まで放送していた番組で、
松来さんは「アンナ会長」という、
とんでもなくぶっ飛んだ役をやっていた。

正直最近ちょっと松来さんの影が薄かったので、
今回の会長をみたときは、
「これから松来さんの逆襲がはじまるのか」
とさえ思っていた。

だがそれは先日夜遅くみかけた記事で、
あまりにもあっけなく砕け散ってしまった。

最初はなんか賞でももらったのかなと、
記事で松来さんの名前をみたとき思ったが、
すぐに自分の中から気持ちが抜けて行ってしまった。

本人はもちろんそうだろうし、
親族や関係者の方々、
そしてファンの人たちのそれは、
とうてい自分などにははかりきれないものがあっただろう


特に松来さんご本人の無念さや動揺は、
とてつもないものがあったに違いない。


私事で恐縮ですが、
自分も以前何人かの知人、
そして親族の死に立ち会ってきた。

特に自分より年上の人が亡くなっていくと、
今まで自分より年上の人たちの存在によって、
意識もしなければみることもなかった「死」というものが、
その人たちがひとりまたひとりと去っていくたびに、
次第に自分の視界の中に確実にそれがみえはじめ、
「自分の番」というのを、
否応なくそのたびに強く意識させられていくことになっていった。

そのため次第に自分の中に、
そういうものに対する慣れとも覚悟ともいえるものが、
徐々に構築されていくことにもなった。

だが松来さんは自分よりはるかに年下だ。

おそらく自分よりもそういう経験は少ないだろうし、
まだまだそういう慣れというのも少なかっただろう。

そんな中での今回のことへのいきなりの直面。

当時の本人の動揺と「やりたいこと」への想いを思うと、
ほんとうに手向ける言葉すらない。

それを言えるのは、
長年松来さんの身近にいてくれた人たちくらいだろう。

松来さんの先輩たちの言葉に、
無念さが強く感じられるのはそのためなのかもしれない。


とにかく今回の松来さんの報を聞いたとき、
自分にそのようなことが頭に浮かんできた。


そしてその後自分は、
何人かの声優さんのツィッターをみた。

何人かの人はいきなり驚きの声のみを書き込んでいた。
主語も説明もなくいきなりです。

また動揺しながら書かれていた人もいたし、
たった一言を絞り出すように書いていた人もいた。

そしていつもはしっかり更新している人が、
いきなり止まってしまっている人もいた。

311の時と同様に、
多くの方々が突然の出来事に動揺されていた。

自分はもうこれが当たり前だと思っていたが、
なかには

「なぜもっと早く反応しないんだ」

とか

「これだけしか無いの」

みたいな対応に対するそれに、
厳しい意見や反応がぶつけられたという。

ちょっと待ってほしい!

確かに文量や内容が素っ気なく感じられる量だったり、
内容がありきたりにみえるものがあったとしても、
それがはたしてその発信している書き手の、
その思いの丈をあらわしきっていると、
はたして誰が言い切れるだろう。

あまりのいきなりの報せと動揺で
一行しぼりだすだけでも精一杯という人もいただろう。

言葉が見つからず書き込むことができなかった人もいるだろう。

はたしてこれがツィッターの内容としてどうなのかと、
戸惑いを禁じえなかった人もいるだろう。

夏前まで一緒に仕事していた親友が
いきなりいなくなったらあなただったらどうなのよと、
こういう厳しい言葉をぶつける人には、
今一度そのあたりのことを考えてほしい。

発信している人たちは、
私たち外野のものよりはるかに動揺し、
冷静さを欠いているしそれが当たり前なのだ。

顔がみえないネットの場合、
その発信された文字のみが知る要素なだけに、
そのあたりの気持ちを、
特にファンなら汲み取りそして察してあげるべきであり、
それが今自分たちの「できること」なんじゃないのかなあと、
今回特に強く感じてしまった。

人の死、
特に自分にとって強い思いれのある人の場合、
最後は自分をどう納得させるかという、
そういう部分がどうしても最後のところでかかわってくる。

そのとき自分はどう向かい合い、
そしてどう自分自身を納得させていけばいいのか。

多くの人たちがそんな自分の心に向かい、
どう決着をつけるかを己自身に問いかける。

だが先にあげたツィッターにおける、
声優さんたちの書き込みに対する批難のそれはどうなのか。
自分自身のつけをまるで他人に払わせるような、
そんな行為にみえはしないだろうか。

それははたしてはいかがなものだろう。


お互い傷ついた者同士が、
こういう形でやりあうのはあまりにもあれですし
これでは松来さんもうかばれません。

些かあれな物言いかもしれませんが、
このあたりぜひ一考を要してほしいと思い、
あえて書き込ませていただきました。


松来さん、
このような時期にお騒がせして申し訳ありませんでした。



それにしても「お別れ会」とかないのかなあ。

寂しいです。

12月14日(月)が四十九日にあたりますので、
その前後に発表なりなにかあるとよいのですが。

そういえば松来さん「トルーパー」好きだったんですよね。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2008-01-17
この頁、松来さんに一度見せたかったなあ…。


(11/7追加)

追悼ラジオ番組

10月27日に亡くなった声優・松来未祐さんの追悼番組「松来未祐~メモリーズ~」を、文化放送がインターネットラジオ「超!A&G+」で11月19日26時から27時までストリーミング配信します。ファンやリスナーからメッセージやリクエスト曲を募り、松来さんを偲んでお別れする内容となります。

 番組情報は、同ラジオのメールマガジン「超!A&G+Express」の11月5日配信記事で発表されたもの。松来さんはラジオ番組「有限会社チェリーベル」でパーソナリティーを務めていましたが療養のため7月から休演中でした。このほか文化放送では数多くの番組でパーソナリティーを担当。「たくさんのリスナーがラジオの番組やアニメの作品で、彼女の声や演技、トークに癒され、元気をもらい、多くの時間を共に過ごした事と思います」という趣旨のもと、番組ではメッセージやリクエストとともに松来さんを追悼します。

 パーソナリティーは文化放送アナウンサーの長谷川のび太さん、出演者は現在調整中です。ストリーミング配信の後、リピート配信も11月20日16~17時、21日8~9時、22日6~7時に行われます。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151106-00000095-it_nlab-ent


(12/16)追加
松来さんのサイトより

松来未祐を応援してくださった皆様へ


昨日12月14日、松来未祐の四十九日が無事に終わりましたことを、ご報告させていただきます。

ご遺族の「同じ病気の一人でも多くの人が、早期発見により助かって欲しいので、
病名を公表したい」とのご意向により、この度病名を公表することといたしました。

7月14日の投稿にあるように、体調不良が続き検査を重ねていましたが、
原因がわからないまま、6月30日に急性肺炎で緊急入院をすることとなりました。
精密検査の結果、「慢性活動性EBウイルス感染症」という
非常に症例が少なく、難病指定もされていない難しい病気であることが判明し、
そこから松来未祐の闘病生活が始まりました。
9月4日には奇跡的に一時退院が認められましたが、9月18日再入院。
10月27日午後10時18分永眠いたしました。
最終的な死因は「悪性リンパ腫」でした。

私どもスタッフから見ても、辛い治療にもいつも前向きに立ち向かっていて、
必ず完治して復帰できると信じておりました。

本人も、いつか手記を出して同じ病気に苦しむ人の支えになりたいと考えていました。
今回の公表を機に、より多くの方に「慢性活動性EBウイルス感染症」という病気を知っていただき、早期発見と治療法の進展に繋がることを願っております。

改めて、松来未祐を支えてくださった全ての方々に、スタッフ一同、心より感謝申し上げます。

最後に、ご両親からのメッセージをお伝えいたします。

「娘の闘病生活については頭が下がるほど立派でした。
ただ、ただ、仕事に復帰したい一念だったと思います。
亡くなる直前まで意識はあったようで、言葉を発することはできませんでしたが、
こちらの問いかけにはコックリと頷いていました。
声優仲間の他ご縁のあった方々からの多大なご協力、ご支援、ご厚情に親として驚くとともに感謝に堪えません。
また、これまで長い間松来未祐を応援してくださった多くのファンの皆様、本当にありがとうございました。」


平成27年12月15日

株式会社81プロデュース
スタッフ一同

http://matsukimiyu.exblog.jp/
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熊倉一雄さん死去 [お悔み]

テレビ人形劇「ひょっこりひょうたん島」のトラヒゲ役の声で親しまれた俳優・演出家の熊倉一雄(くまくら・かずお)さんが12日、直腸がんのため東京都内の病院で死去した。88歳だった。葬儀は親族で行った。喪主は妻正子さん。12月1日午後2時から東京都渋谷区東3の18の3の恵比寿・エコー劇場でお別れ会を予定している。

 今月16日開幕の舞台「諸国を遍歴する二人の騎士の物語―ドン・キホーテより―」(28日まで)に出演予定だったが、体調不良で降板していた。

 27年、東京生まれ。旧制都立高等学校在学中に演劇を始め、49年には小劇団の「感覚座」結成に参加。56年、劇団「テアトル・エコー」に入団。劇団代表をつとめる。演出家としても活躍。69年に故・井上ひさしさん出世作の戯曲「日本人のへそ」で主演と演出を務めたのを皮切りに、70年代にかけて井上さんとコンビを組み、「十一ぴきのネコ」など6本の作品の演出をした。01年にはチェーホフ原作の「くしゃみ」の演出も手掛けた。

 おどけた中にも哀愁のある声で、声優として人気が出た。「ひょっこりひょうたん島」での海賊トラヒゲのほかに、「名探偵ポワロ」のポワロ、「ネコジャラ市の11人」でのガンバルニャン役などの声優をつとめた。テレビアニメ「ゲゲゲの鬼太郎」(第1作)では主題歌を歌い、ヒットした。98年、勲四等旭日小綬章を受章。

 最後の舞台は14年11月の「遭難姉妹と毒キノコ」だった。

http://www.asahi.com/articles/ASHBJ71YHHBJUCLV015.html?iref=comtop_6_04


個人的には「ものしり博士」でのケペル博士の声ではじめてその声を聞いたと思う。

以来、多くの作品でその声を聞き演技をみたりしてきただけに、
またひとつの時代が終わったという気がします。

そういえばテアトル・エコー受験の時、
英語の歌を歌ったら
「英語が下手だねえ」
といわれたことがあった。

今となっては懐かしい思い出です。


心より哀悼の意を表します。

お疲れ様でした。


http://www.t-echo.co.jp/
テアトル・エコー
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B.B.キング氏がお亡くなりになられました。 [お悔み]

【5月15日 AFP】(一部更新)米メディアの報道によると、ブルース界の巨匠B・B・キング(B.B. King)さんが、米ネバダ(Nevada)州ラスベガス(Las Vegas)で14日夜、死去した。89歳だった。

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娘のパティ(Patty King)さんが米CNNテレビに語ったところによると、キングさんは今月、脱水症状によりラスベガス市内の病院に入院していた。

「キング・オブ・ブルース(ブルースの王様)」と称されるキングさんはミシシッピ(Mississippi)州生まれで、ロックの殿堂(Rock and Roll Hall of Fame)入りを果たしている他、史上最高のギタリストの一人とされている。

20年以上前から2型糖尿病を患っていた他、昨年10月にはツアー中に体調を崩し、脱水症と疲労の症状がみられると診断されて残りの公演をキャンセルしていた。

キングさんはこれまでに50枚以上のアルバムをリリースしており、代表作に50年代のヒット曲「Three O'Clock Blues」や70年の「The Thrill Is Gone」、89年にアイルランドのロックバンドU2と共演した「When Love Comes to Town」などがある。(c)AFP

http://www.afpbb.com/articles/-/3048669


一時快方に向かっているというようなことを聞いていたのですが…。

ほんとうに残念です。

心より哀悼の意を表します。

今までほんとうにありがとうございました。

bbof.jpg
(公式サイト)
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人間国宝・桂米朝さん、肺炎のため死去 89歳 [お悔み]

人間国宝で上方落語の重鎮である落語家・桂米朝(かつら・べいちょう、本名・中川清)さんが19日午後7時41分、肺炎のため死去した。89歳だった。

 47年に桂米團治に入門。3代目米朝を名乗った。6代目笑福亭松鶴、3代目桂小文枝、3代目桂春団治らと共に「上方落語四天王」として人気を集めたほか、放送タレントとしても活躍。96年に落語界からは2人目となる人間国宝に指定された。

 13年8月にも肺炎を患い、兵庫県内の病院に入院。約2か月後に退院したが、自宅療養していた。昨年6月に妻の絹子さんの告別式には、車椅子姿で参列していた。毎年行われる新春恒例の一門による落語会「米朝一門会」も昨年、今年と2年続けて欠席。体調が心配されていた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150319-00000192-sph-ent

ついに巨星が逝かれました。

心よりお悔み申し上げます。
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声優としても有名な俳優の大塚周夫さん死去。 [お悔み]

弊社所属俳優 大塚周夫 儀 (85歳)が、平成27年1月15日 虚血性心不全の為 永眠いたしました。生前、皆様から頂きましたご厚情に心より感謝致します。

http://www.aoni.co.jp/

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アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」のねずみ男役などで知られる声優で俳優としても活躍した大塚周夫(おおつか・ちかお)さんが15日、虚血性心不全のため東京都新宿区の病院で死去した。85歳。東京都出身。葬儀・告別式は未定。

 声優として、日本のテレビアニメの草創期から活躍。ねずみ男の他、「チキチキマシン猛レース」のブラック魔王、「美味しんぼ」の海原雄山などを演じた。

 洋画の吹き替えでは、チャールズ・ブロンソンさんらを担当。俳優としてもNHK大河ドラマ「春日局」をはじめ多くのテレビドラマに出演した。

 長男明夫さんも声優として活躍している。


http://www.daily.co.jp/society/main/2015/01/16/0007664692.shtml

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ああ、素晴らしい演技人がまたひとり亡くなられてしまいました。

大塚周夫さんは、自分が幼少期からその声に慣れ親しんだ方で、
ちょっと今すぐコメントがでてきません。

それくらいのショックです。


心より深く哀悼の意を表します。

自分がアニメや声優に興味をもつきっかけをつくってくださった方のひとりで、
それぐらいかけがえのない存在の声優さんでした。

少し落ち着いたらその思い出を後日書きたいと思います。


ほんとうに今までありがとうございました。
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声優の納谷六朗さん死去 [お悔み]

声優の故納谷悟朗さんの弟で、同じく声優の納谷六朗(なや・ろくろう)さんが17日午前10時28分、肺炎のため東京都大田区の病院で死去した。82歳。東京都出身。

 劇団で役者業を始め、69年にアニメ「妖怪人間ベム」で声優デビュー。「聖闘士星矢」のカミュ役や、「クレヨンしんちゃん」で幼稚園の園長先生役などを務めた。「キャプテン翼」「ドカベン」など多数のアニメのほか、洋画や海外ドラマの日本語吹き替えでも活躍。今年3月の第8回声優アワードで功労賞を受賞した。

 兄の悟朗さんは、「ルパン三世」の銭形警部役や、「宇宙戦艦ヤマト」の沖田十三役で知られる。兄弟共演も多かった。

 葬儀・告別式は20日午前11時半から東京都港区南青山2の33の20の青山葬儀所で。喪主は長男僚介(りょうすけ)さん。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141118-00000009-spnannex-ent


二週間ほど前、弥永和子さんが亡くなり、
今日はあの高倉健さんが今月の10日に亡くなられていたことが報道された。

そして昨日はまるで昨年亡くなられた兄の悟朗さんの後を追うように、
納谷六郎さんが亡くなられた。

兄の悟朗さんとはまるで声質は違うものの、
その存在感と演技力は抜群で、
しかもひじょうに世代を超えた普遍的な声をお持ちになられていた方でもあった。


またかけがえのない声優さんが亡くなられてしまいました。

心より哀悼の意を表します。
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