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『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』を観て。 [劇場公開アニメ]

SOA.jpg
http://sao-movie.net/

映画の日ということもあり、
公開からだいぶたって観に行った。

TV放送時けっこう楽しくみていた作品だけど、
今回劇場版を観に行くのが遅くなったのは、
自分の中にちょっとためらいがあったからだ。


正直もう休ませてやれよという感じで、
生死を賭けた闘いと、
自分の大切なものを守るための戦いを、
あれだけ繰り広げたのだから、
もう主役二人はもちろんだけど、
その他の面々も解放してやったら?
という気持ちがあったからだ。


だけどやはり好きな作品の続編ということで、
いそいそといつもの横浜の映画館へ。


以下ネタバレ込。


冒頭けっこうゆっくりとした展開で話が進む。
途中時計をみたらまだ15分しか経っておらず、
ちょっとこの緩い展開だと辛いなあと正直思った。


そして戦闘もこれまた鈍い運び方で、
なんともみててもどかしい。

ただこのやや鈍い展開の理由が途中で分かってきた。

ようするにVRとARの体感の差異を、
観る側に伝えるための鈍さと重さなのかなと、
そんなかんじに思えてきた。


これがだいたい75分過ぎくらいまで続いていたと思う。

途中かなり緊迫したシーンなどもあったけど、
それもかなり音は大きいけど抑制されたものだった。


ただその抑制によりためにためたエネルギーが、
最後の最後で突如大爆発した。


最上層アインクラッドでの戦い。


もう唖然としてしまった。

オールスター全員集合状態のこのシーン、
もうとんでもないくらいのスピード感と迫力とキレ。

ほとんど

「トルネードアニメ」

といっていいくらいのF5スケールの凄まじさだ。


とにかく今まで思いっきりためにためこんだそれを、
短時間でしかも倍返しでフルスイングしたのだからたまらない。

ヤンキースタジアムでバックスクリーン越えの場外ホームランを、
何人もの打者が連続して初球から打ったかのような、
そんな唖然とするとにかく戦闘シーンだった。

もうこのシーンだけで全体の9割を注ぎ込んだかのような、
とにかくほんとに総力戦という言葉がふさわしい、
瞬間最大風速がマックス越えにまで達した凄まじいシーンだった。


正直このシーンの後は、
もう流れでごく自然に粛々と話が進んでいったかのようで、
なんかこっちが虚脱状態になってしまったようでした。


最後はちょっと哀しい話も織り込まれているけど、
明るくくったくのない爽やかな終わり方で、

「ああこれでみんな解放される…いい作品でした。」

と終了宣言を勝手に出してそのままみていたが、
なんと最後の最後で次の伏線が…。


「もう、みんな休ませてあげてよ…!」


と、まるで「シン・ゴジラ」のラストシーンみたいで、
さすがになんかもう可哀そうになってしまいました。


とはいえこれだけのもの見せられたら、
やっぱり見ちゃうんだろうなあという自分もまた悲しい…

…そんな感じでした。

ただこれだとリピーターが多いだろうなあという感じで、
まもなく興行収入が20億越えといのもうなずけました。

ちょっとクセになりそうな作品です。


以上です。




(苦言)


パンフレットで声優さんの名前を省略していたのはいただけない。
こういのうのは関係者の作品へのそれを疑ってしまう。

もうこれだけはとにかくやめてほしい。礼儀として最低です。


あと鹿賀丈史さん。

なんか珍しくとまどっていたというか、
キャラのそれをつかめぬまま演じていたというか。

もう少し本領を発揮してほしかったです。

ちょっと残念。

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『甲鉄城のカバネリ 総集編後編 燃える命』をみて。 [劇場公開アニメ]

カバネリ.jpg
http://kabaneri.com/

ずいぶん遅く見に行った。
TV版に比べるととてもテンションが高く感じた。


ようするに、
多少もったいない部分もあったけど、
いろいろとそぎ落とし、
所々補強することによって、
TVの時のような、
ちょっと前半のいい雰囲気が、
後半やや鈍ったというか緩んだ部分が、
ひじょうにスッキリして、
しまった感じになっていた。

ポイントを絞り込んでいたこともあるだろうけど、
前半多少動いていない所が目についたものの、
後半の旨い進行がそういうことを忘れさせてくれた。

これを見てて思ったことに、
言いたいことをあまりぶち込みすぎると、
かえって焦点がボケてしまうということがあった。


よく作曲家が最初に書いた曲は、
アイデアが豊富に詰まってはいるものの、
そのまま纏まりが悪くて冗漫になりがちなのに、
しばらく月日を置いて改訂すると、
そのあたりをうまく調整して、
ポイントがしっかりとした、
見通しのいいものになることがよくある。


今回はそのアニメ版といっていいのかも。

ラストにちょこっと後日談があり、
あれから何も変わっていないということが感じられたけど、
これはすでに二期が決まっているので、
当然の流れというところか。


ただ2018年ということなので、
そこまで持たすのも大変だけど
「進撃」が四月から二期が始まるので、
その流れで少しは話題も持っていけるのかも。


とにかくTVがあれだったので、
ほんと観るのどうしようかと躊躇ったため、
映画館に行ったのが後編のみ、
しかももう終了という時期になってしまいましたが、
予想よりはよかったので一安心。

これで二期も楽しみとなりました。


ただ…


パンフレットの価格が高いのにちょっとビックリ。

中身をみてなるほどと思ったけど、
声優専門誌の番外編みたいな感じがして、
そういうものに興味が無い人には、
これは随分高くついているのでは?
という気も強くしました。

通常版と特別版みたいに、
分けることはできなかったのだろうか。


ただ短期上映ではそれも無理か。


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「君の名は。」と「片隅に」の対立を避けろ、を読んで。 [劇場公開アニメ]

ちょっと明らかにやばい傾向になってる感じがしてる。

個人的にはキネマ旬報で取り上げられなかったのは別に過去の作品を見ればおかしくはないと思ってるし。

良く言えば売上をきにしない、悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。

ただ、キネマ旬報を取り上げたcinematodayなどが「君の名は。は圏外」とわざわざ表題につけたりしてちょっと、対立を煽ってる。

また、それを利用してアフィブログが対立を煽ってる感じがある。※これは片隅を挙げて君の名は。を落とすブログと逆のブログ両方がある

特に国内の批評家の間で「君の名は。」が嫌われてるのも閉鎖的で互助的な見方をされてちょっと反感持ってる人が増え始めてる。

そしてこの世界の片隅にが国内、「君の名は。」が海外で評価されるというあまりにもできすぎな状況が揃ってたりしててこのまま行くとゲハ的なこじれた状況が映画界に生まれる可能性すら考えてる。

そしてそういうヘイト増幅状況に入り始めてるのを評論家も一般大衆もあまり気づいていない。

ちょっとやばいンゴ。

http://anond.hatelabo.jp/20170111032506?utm_source=dlvr.it&utm_medium=twitter



正直言うとこのコメントも一部おかしい。

>悪く言えばスノビズム的な逆張りランキングなのは結構知られてるし。


知られていないからこうなってるのであって、
知られていると思ってるのはこれを書いた人が、
このランキングに関わっている人たちと住む世界が、
きわめて近しいから起きた見落としだろう。


ただ言っていることはまったくその通り。

正論だ。


だいたいこれほどタイプの違う作品を生むことができる、
その日本のアニメ界をまず称えるべきだろう。

山根博士なら

「なぜ「君の名は。」や「この世界の」のすばらしさを叩くことばかり考えて、研究しようとしないのだ。」

とこういうだろう。


この両作品ともよかったと思う自分には、
これらを互いに叩きあう理由がわからない。

だいたい嫌いな作品を叩かないと好きな作品を論じられないといのは、
持ち上げられた側の作品もかえってその作品を小さくされてしまい、
その作品の関係者も正直大迷惑だろう。


自分はこの両作品は、
今の日本のアニメのこれまでの百年の縮図のひとつであり、
もしくはそれによって培われた巨大な大輪の華という気がするし、
この二つによって、
あらためて日本のアニメ界そのものが包括している、、
ダイナミックなスケールの大きさも再確認できたと確信している。

もっとハッキリ言えば、
これからの百年の出発を飾る二つとも大名作だとさえ思っている。


それに同じアニメでも
この両作品は比較などしようがないくらい、
日本のアニメ界という共通項以外、
かなり違う土壌からできあがった作品だ。


それを比べるというのは、
大洗の「干し芋」と、
伊豆の「西浦みかん」とどっちが美味いというくらい、
かなり無茶な物言いだ。


あえていうと、
「君の名は。」は、身体の中を通り抜ける清涼感、
「この世界の」は、身体の中に染み入る浸透感という、
そういう感覚的な違いはあったが、
正直そのどちらが正しいかということなどいえるものではないし、
優劣も当然のごとくつけられるものではない。


ただ日本はどちらかというと明るい、軽い、もしくは陽性なものを、
暗い、思い、もしくは陰性なものより低くみるきらいがある。

1960年代のフィラデルフィア管弦楽団の来日にや、
1970年代のシカゴ交響楽団に対する一部の批評などは、
まさにその最たるものだった。

またマイルスよりも不当にディジーが低く評価されていたのも、
このあたりが影響していたのかもしれない。

そういうことがカッコいい、
もしくは精神的なファッションが受けた時代の名残が、
日本ではまだこういった形でその遺伝子が受け継がれているのだろうか、
だとしたらこれらはあまり楽しい話ではない。


自分の考えはもちろんその人各自のそれなので、
それに対してどうこういうのもあれなのだが、
気に入らないものは「叩く」「潰す」というのは、
正直決して誉められたものではない。


というよりじつはこういうのがいちばん簡単なのだ。

何故かというと自分の考えがあまり必要としない、
相手の言ってることを受け入れず、
ただ思いついたもしくは気に食わなかったことを。
思いつくままに不満をぶつけていけばいいからであって、
それに徹しているだけならじつに気軽で気楽な物言いだ。


たいへんなのは相手のいう事をすべて受け入れ認めること。

そしてそこからどこが自分の意見や感覚と食い違うのか、
そこの部分を精査していく作業というのが
じつはけっこうたいへん。

このときの作品と自分との考え方の差異が、
自分の個性として投影されている部分がでてくる。

つまり自分自身の個性=姿そのものの一部なのであって、
ここでそこにあらわれた自分自身のそれも含めて精査するという、
かなりしんどいものがそこに生じてくる。


これをやるのはほんとしんどい。
というよりめんどくさいし、
自分のダメな部分や矛盾した部分も見えてきてしまい。
けっこう鬱になってしまうこともある。

なのでこのあたりはほどほどにしないと、
自分自身を追い込みかねないのであまり推奨できない。


だけどその途中経過からのみでも、
その立ち位置から作品を語ることは、
前述した「叩く」「潰す」のが目的のそれに比べれば、
はるかに筋も通るし説得力もある。

またネットにおける言葉のやりとりも
「ヘイト」のような非生産的なものに堕することもない。


なので今起きていることは、
楽してものを書くことに慣れてしまったか、
そういうことが本質的に好きか、
もしくは前述した遺伝子を色濃く受け継いだかの、
そのどれかに該当する人たちのものということなのだろう。


ただありがたいことに、
こういう不毛な言葉のぶつけあいは恒久的なものにはまずならない。


いつかは冷静かつ広く深く論旨られるものへと、
全体は変容していくことだろう。



しかし一度これ二本立てで、
大きなスクリーンでみてみたいなあ。

案外かつてあった、
「火垂るの墓」と「となりのトトロ」の二本立てみたいな、
そんな感じの雰囲気として綺麗に収まり
また互いの今までみえなかったいい部分がさらに見えてくるかも。

ビデオが二つ手元に揃ったら一度やってみることにします。

以上で〆
320.jpg
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「この世界の片隅に」雑感。 [劇場公開アニメ]

320.jpg

ようやくこの作品を見た。

公開してずいぶん経つのになんで今頃と思われるかもしれないが、
この映画をどうしても見たいところが、
12/24からの上映だったためこうなってしまった。


「シネマ・ジャック&ベティ」

a-02.jpg

京浜急行「黄金町」駅から歩いて数分の所にある、
昭和の雰囲気を色濃く残した映画館。

以前もここに来て、
そのなんともいえない雰囲気が気に入っていたので、
この作品をみるならぜひここでと決め打ちしていた。


だがこの満員にならないことが売りの映画館で、
この作品だけは満員札止めを連発、
これまたなかなかな見ることがかなわなかった。


で、今回ようやく見れたが、
開演二十分前に補助席のみの販売で、
しかも自分が購入して五分も経たないうちに満員札止めとなってしまった。

a-04.jpg

気づいてみれば興行収入十億というヒット作になったのだから、
さすがのここでもそれは当然の事だったのだろう。

因みにここの補助席は両サイドの通路に、
丸椅子がおいてあるというそれだったけど、
お尻に少しくるものの、
前の人の頭が気にならないので、
ちょっとした通路側席みたいなかんじで、
しかも壁に肩をもたれることもできたので、
意外と悪くない…というより個人的にはこちらの方が美味しい席だった。


そして本編。

余計な予告編もなくすぐに始まった。


結論から言うとこれはホームドラマだ。

ただ舞台が昭和8年から21年初めにかけての広島ということで、
今の時代とは状況も環境もあまりにも違う。

だけど当時はそれが日常だった。

そんな中を主人公が八歳から二十歳すぎまで、
あるときは翻弄されあるときは穏やかにと、
ひとつの日常を過ごしていく。


たしかに食料は少なく、
空襲も激しく、
多くの人たちが亡くなっていくものの、
それらもまた日常として描かれて行く。


その後主人公にも不幸がいくつも襲う、
だがここでもそれを声高に描いてはいない、
ひとつの事実がひとつのありさまとして淡々と描かれて行く。


もちろん主人公の感情が大きく振り切れる時もある。

だけどこの映画はそれをあくまでも一歩ひいた、
それでいてどこまでも温かな眼差しを主人公につねにむけながら、
それらをしっかりと正面からみつづける姿勢を貫いている。

その姿勢はこの映画全体にももちろん貫かれている。

このためたしかにこれはホームドラマかもしれないが、
ひとつのドキュメンタリーという要素も兼ね備えている。

つまり多くの事柄が事実に即し、
そして忠実に再現されていることで、
それらがかつてあった「事実」の連続体となり、
結果ドキュメントの要素も色濃く備えたものになっていった。


ここの部分がしっかりしているからこそ、
自分達もみていて、よりこの主人公や周り人たちに、
強く感情を移入できたのかもしれない。


それにしても本当によくこの当時が描かれている。

自分はここで描かれた時代より二十年ほど後の記憶が、
もっとも古い記憶として残っているのみで、
この時代の事はもちろん経験したことなどない。


だけどそれでも自分の家族や親戚からかつて聞いたことと、
かなりの部分が重なっていたこともあり、
あらためてそこの部分を思い起こさせられたものでした。

特に主人公を激しく責めた憲兵が、
あの時代なのになぜ太っている人がいたのかということも、
自分はその理由のいくつかを聞いたことがあり、
それもまたこの映画で再認識されられたものでした。


映画はこのようにほとんど事実の積み重ねの中を、
主人公が歩む架空のストーリーが進行するも、
ただそれもまた事実をベースにしているため、
何か実際の日記や伝記を基にしたように感じられるが、
一部に多少幻想的な描き方も含ませることで、
それらのものとはギリギリの所で違いをみせている。


特に最初と最後にでくる化け物が、
この映画を、

「これはあくまでも物語ですよ」

というための、
ひとつの狂言回しのような役ででくるが、
それもまた一役かっている。

ただここの部分は
「千と千尋」にでてきたトンネルのような役割も、
ここではかねていたのかもしれない。


最後主人公がこの映画のタイトルを口にする。


確かに世界の中からみれば、
自分達はその中心から離れた目立たない所にいるのかもしれないが、
そのとき主人公たちの空の上に広がる夜空をみたとき、
この映画のテーマのひとつが初めて見えたように、
なんとなくだが感じられた。

そして時代に流され続け多くのものを失った主人公が、
これからは自分自身の意志で歩いていこうとする、
そんなもうひとつの日常の物語がここから出発するであろうことも。


とにかく考えさせられることとはちょっと違う、
とてもいろいろと感じられるものがあった。

そしてあたりまえの話ですが、
今が平和であることがつくづくありがたいことだと強く感じた。

いかに世界の片隅にあっても、
戦争は我々を見逃してはくれないのですから。



できればこの映画を、
日本だけでなくいろいろな地域や国でも上映してほしいものです。



映画が終わり外を出た。

入る時も感じたが。
同じ話題作でも「君の名は」とは違ってかなり年配の方が多い
中には戦時を知っているような方が夫婦連れ添ってご覧になっていた。
終演後どのような話をされていたのだろう。



最後にこの映画のパンフレット。


正直年齢層が高い人がけっこう鑑賞され、
また作者も戦争体験のある人にみてほしいというわりには、
字が少々小さく詰め込みすぎという気がする。

このあたりもう少し配慮が欲しかった。

氷川さんが一生懸命いろいろと書かれていたが、
内容的なものを考えると余計そう強く感じられた。


また、
言いたいことが胸いっぱいあるものを、
強く抑制しつつ、
かつじっくりと描きつくしながら、
ある意味行間の美しさようなものを湛えていた作品に比べ、
年表やイラストなどはしっかりとしていたものの、
このあたり少々言いたいことを無理して詰め込みすぎた感がある。

それはこの作品のもつ穏やか流れに比して、
少々異質なものに感じられてしまった。

このあたり少しだけでもなんとかならなかったものだろうか。

このパンフレットをつくる側の、
強い思いの丈からきたことはわかるのですが…。


尚、今回、晴美を演じられた稲葉菜月さん。

「アナと雪の女王」でアナの幼少期の声をされた方だが、
この映画公開時11歳。

できればこの人にこそ、
この映画の感想をこのパンフの中に、
収録しておいてほしかった。
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「劇場版 艦これ」雑感 [劇場公開アニメ]

kkore.jpg

TV版が残念な出来になってしまったこともあり、
行くか行かぬか迷ったけど、
映画の日ということもあり観に行った。


結論から行けばTV版よりはるかにまとも。

何処で誰が何をしているかということはもちろん、
世界観や状況説明、
さらには一部登場する艦娘の名前の明記や、
作戦展開等地図をしっかりみせることでわかりやすくするとか、
かなりこのあたりTV版での問題点が修正されていた。


絵の方はTV版でも頑張っていたので、
こちらも出来としてはかなりいいものになっている。


というわけで予想よりはよかったのですが、
この先はネタバレ込みとなるので、
ちょっとシビアなことも書きます。


話としては吹雪の過去と今、
睦月と如月の話の、
この二つが大きな柱となっているが、
そのベースに艦娘が何者なのかというものがあるので、
そのためひじょうに安定感のある、
しっかりとした展開になっている。


ただ本来は吹雪がメインストーリーで、
如月の方はそれより一歩下がったテーマだったのだろうけど、
観ている方は如月の話の方が印象にのこってしまった。


これがもし吹雪が如月と、
睦月を介さず深海棲艦のことを話し合うエピソードがあれば、
この印象の差はかなり変わっていたと思うし、
ここが直接繋がると、
より如月と吹雪の苦悩とこれからというものが、
説得力が増したような気がした。

それが各々が自己解決させてしまったような形になったため、
1+1が3や4にならなかったのはちょっと残念。

また鉄底海峡で吹雪が決着つけたあたりからラストまでが、
妙にすっきりしてしまっていて、
このあたりもう少し丁寧に運んでもよかったような気がした。

ラストの如月もあれだと現実なのか想像なのか、
見方によってはいろいろと別れてしまうため、
吹雪があそこまでハッキリと決着をつけたことを思うと、
如月のそれももっとしっかり描いた方がよかったと思う。

ただそれをやるとさらに吹雪話の印象が薄くなるので、
やはり前述したように、
如月と吹雪の間でひとつラインをつくっておけばと、
そこのところがちと悔やまれた。

そうしたら話にさらに厚みが増し、
より本質的かつ感動的なラストになったような気がしたのですが…。


あとこれは今言ってもしかたないけど「艦これ」のアニメ化のこと。

最初に劇場かテレビのスペシャルで60分ものをつくり、
それからTV版をつくっていれば、
ああいうかんじのものでTV版がつくられたとしても、
TV版があそこまで叩かれることはなかったような気がしたし、
その後で今回の劇場版をつくっていれば、
それとの対照ということも手伝って、
より奥深いものになったような気がした。

このあたり、
けっこう同じことを考えている人がいるのではないだろうか。


とにかくこの劇場版、
いろいろとまだ粗い部分があることはあるけど、
あのTV版からよくここまで立て直したなあと、
そっちの方にとにかく感心。


下手なドラマを極力外して、
動くキャラと話のポイントを絞り込んだ勝利ともいえるし、
ちょっとやり口としては、
「シン・ゴジラ」における慣習の排除に、
どことなく似たような感触も受けたけど、
大人数のキャラを使う場合のそれとしては、
ベターな選択だったという気がする。


なんだやればできるじゃないかという気がした今回の劇場版。

これで二期は多少外しても許されるかも。




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「きんモザ Pretty Days」をキャパ400のスクリーンでみる。 [劇場公開アニメ]

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「きんいろモザイク Pretty Days」

すでに公開して三週たつけど、
ここにきて横浜のいつも行く映画館で、
なぜか一度だけいちばん大きなキャパで上映されることになった。


予想外のイベントなので、
これにちょっと行ってみた。

400キャパということで、
最初はガラガラかと思ったけど、
思ったよりは人が入っていた。


まあ別に「ガルパン」や「シン・ゴジラ」のように、
戦車が撃ってきたり、ゴジラが熱戦吐いたりとか、
そういう類のシーンは無いので、
別にこういう大きな箱だからということはあまりなかったけど、
やはり大きな所でみると、
なんか雰囲気が違うというか、
50分の作品なのに、
なぜか二時間大作ものをみているような、
不思議な感じがみているときにしてしまうのが面白い。


またTV版よりもBGMがかなり贅沢に使われているせいか、
シアター内での音楽のそれが、
ちようどいいくらいのかんじで拡がっていて、
なんとも心地いいものがあった。


作品の内容は中学時代の高校受験の話と、
文化祭の演劇の話がメインとなっていて、
それが綾の視点で描かれていくといったもの。

主要キャラ全員集合の、
なかなか豪華な内容で、
ファンにはなかなかのものになっている。


しかしこういう「大きくない」作品を、
こういう「大きな」とろこでみるというのも、
またいつもみてるそれとちょっと違ったいいかんじがする。

何かのめぐり合わせで、
この時期こういう400キャパの上映とあいなったと思いますが、
たまにはちょっと場違いかもしれないような作品を、
こういう大きなところでまたみたいなと思った次第。

なんか得したようなこの日の上映でした。
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「君の名は。」をみて。 [劇場公開アニメ]

新海誠監督の「君の名は。」を見た。

kiminona.jpg
http://www.kiminona.com/index.html


公開してずいぶん経ってからになったが、
とにかく劇場が混んでて、
土日などは満員御礼がガンガン続く状態だったので、
正直なかなか行く気になれなかった。

それともともと自分は新海監督の作品とは縁がなく、
過去一度もその作品をみていない。

興味が無いというか、
あえて見に行こうという気がまるでおきなかったので、
ここまでとにかく見ようという気がしなかった。


ただ今回は劇場で予告をみたときに、
ちょっと気になるストーリーとタイトルだったので、
遅くなったけど今更ながらみにいくことにした。


で、もう公開してかなり経ってるので、
いきなりネタバレでいきます。


この作品をみた印象、

それは、

「世界でいちばん美しく爽やかな怪談」

といったところだろうか。


最初は身体の入れ替わりという、
かなりギャグ的要素全開の展開だったが、
そのわりにはペースが意外なほどゆっくりで、
正直ちょっとこのペースで最後まではきついなあと思ったが、
途中からとてもテンポよく、
ストーリーがさらさらと流れるように動いていった。


本来はかなりまどろっこしい設定なのに、
驚くほどあっけらかんと物事が捌かれ、
しかも本来はかなり深刻になるはずの展開も、
じつにさらさらと流れていく。


それは都会の中の喧騒の中で流されるようでもあり、
穏やかな風景の中で静かに流れていくそれのようでもあり。
とにかく軽快かつ爽やかなコメディ感覚の話が展開されていく。


だが瀧が糸守に行き、
三葉の死を知ったときから、
二人の主人公は三年という年を越えて、
予期せぬ空前の大災害から人々を救おうと、
ひたすらひたむきに、
自分のできるすべてのことをかけて努力する。

そしてその途中、
彼岸を超えたところで
誰そ彼(たそかれ)時に二人は遭遇、
そのままクライマックスまで突っ走っていく。


その後5年の歳月が過ぎ、
再びゆったりとした語り口でその後が描かれる。


そこには別れと再会が交錯する、
ある意味切なくある意味心動かされる情景が描かれていく。


このときこの作品と同名の名作「君の名は」を思わせるような、
すれ違いシーンがあるが、
この話はそこで終わりはしなかった。


確かにそこでそのまま会うことなくいつかまた…、
という感じで終わらせるのも手だったかもしれないが、
ここではハッキリと完全決着をつけている。

そういう意味ではとても清々しい後味の作品で、
RADWIMPSの曲もとてもいい感じに最後を〆ていた。



感想としては、
ちょっと「オーロラの彼方で」を思わせるようなところもあるけど、
こちらの方が前半は手が込んでいて、
後半は逆にシンブルというかんじになっていた。


また一部に言われていた
「泣ける映画」
というそれは自分にはあまり感じられなかった。


別に期待外れとかいうのではなく、
「泣く」というより、
映画館を出た後、
外の日差しや吹いている風が、
いくぶん穏やかに感じられるような、
そんな映画という気がした。


また映画に描かれていた都会も田舎も
どちもとても日本的というのだろうか、
そのどちらからも育まれたような、
日本的な「怪談」というかんじも、
最初に書いたように正直した。

もちろんそこには恨みつらみのような、
情念にみちた怪談風味などないが、
なぜ三年後の瀧に、
そのときすでに亡くなっているはずの三葉が、
三年前からあらわれたかというそれを思うと、
なんとも言えないものを感じてしまうし、
いろいろと考えてしまうこともある。


もちろんそれは見た人それぞれの立ち位置で、
感じ方はあるだろうけど、
それ以上に、
自分はこの作品をみるには、
少し年を取りすぎたという気もした。


おそらく学生時代か、
二十代あたりにこの作品をみたら、
もっと深く作品に没入し涙したかもしれない。


だけど、
学生時代も二十代も昭和で過ごした自分にとっては、
この作品のもつ瑞々しさや爽やかさ、
そしてひたむきさはあまりにも眩しすぎるものがある。


とにかく自分の身の近くにそれをおいて、
その作品と笑いそして泣くという、
そこまでの感覚が自分にはついに生じなかった。


おそらくそれが、「怪談」という昔話的な印象を与え、、
そしてある意味少し離れて冷めた目でみることになってしまったのかも。


とはいえ、
なぜこの映画がこれだけヒットしているのかは分かる気がしたし、
見てよかったという気はとにかくした。


それにしても観客層が若い。

自分などおそらくこのとき映画館内にいた最高齢ではなかっただろうか。
「ゴジラ」のときはまだまだ上がいっぱいいたのですが…。


もっと若い時にみていたら、
きっと自分にとって忘れられない映画になっていたことでしょう。

そういう意味では、
この日に見に来ていた若い人たちが羨ましく思えたものでした。


それにしても心優しい作品です。


〆。

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「蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ- Cadenza」をみて。 [劇場公開アニメ]

AA.jpg
http://aokihagane.com/

KZ.jpg

もうその一言。

これほど見事にやってしまったらもういう事はない。

作り手も、
もうほとんどやりたいことはすべてやったというくらい、
これでもかというほどに徹底的にやり尽くし感のある、
とにかくそういう出来だった。

全編の8割りはほとんど戦闘シーンだけど、
もうこれがここまでやるかというくらい壮観で、
映画館でみるためにつくったような作品感満点のものだった。

途中からもう軍艦同士のしばきあいみたいな、
そんなかんじすらするほど手数が質量ともに尋常じゃない。

また見せ方もなかなかのもので、
「艦これ」劇場版の関係者も、
かなり青くなったのではないかというくらい猛烈なものとなっている。


ただ
確かにラストもう数秒数シーンいれてほしかったと思うところや、
ちょっと雰囲気がきもち変化したキャラもいたけど、
それだって正直もうどうでもいいくらいの出来で、
ファンは大満足の内容だろう。

もっとも完全決着とはいっても、
じゃあ続編不可かというとそうでもないような、
ちょっと微妙なものも織り込んでいて、
このあたりは製作者側が少し迷ったのかなあという気もした。

あとじつはけっこう最後感涙もので、
正直自分としては「ここさけ」よりもくるものがあった。

まあベタなものかもしれないけれど、
ここまで正面きってやればどうこういう事はない。

よく流れていた予告編とはぜんぜん違う、
とにかくもっとはるかに本格的な凄い作品となっていた。

100分以上もあっという間で、
見応え満点の快作といっていいだろう。

まだ公開したばかりということでネタバレはさすがにできないけれど、
これはけっこう書くことが多くなりそうです。

各キャラの見せ場も多く、
思わず「真打ち」といいたくなるような登場のしかたのキャラや、
TVでは終盤空気状態だったキャラも今回はしっかり機能していた。

正直最後ちょっと疑問に思うシーンもあったけど、
そこの部分が最後の最後の最後、
ちょっとした「答え」に繋がるようなシーンがあったので、
もし続編ができるとしたらこのあたりも描かれるのかしもれません。


ただ今の時点での終わり方でも
個人個人でいろいろと考えたりして、
そのあたりを適当に各自補完してしまうことも可能なので、
今このまま完結してもそれはそれでいいのかもしれません。


とにかくファンにはかなりガツンと来る作品で,
「痛快娯楽劇場アニメ」
という感じの出来でした。


あとできれば前回の劇場版のオリジナル部分と、
今回のをひとつにしたものを、
いつかまた映画館でみてみたいと
上映時間がかなりのものになるにもかかわらず、
自分などは思ってしまいました。



ネタバレはまた後日ということで今回はこれで〆。

しかし「Cadenza」とはうまいことタイトルつけたなあ…。


(10/12追加)


公開も一週間たったのでいよいよネタバレ込の感想。

前作の引き続きを回想無しでいきなりというかんじで、
これが話のテンポをよくしたのか、
とにかく話が畳み掛けていくようにどんどん進む。

前半は多少メンタルモデルの出番を抑えて、
本編やや影の薄かった二人の女性乗組員、
四月一日 いおり(わたぬき いおり)と、
八月一日 静(ほづみ しずか)の二人に、
けっこういろいろと見せ所をつくっている。

ただこのときあらためて思ったのですが、
アニメでこの401のクルーがどう揃ったのかという、
そのあたりがじつはけっこうザックリと欠落していて、
これがメンタルモデルたちに存在感を奪われた、
ひとつの原因になっているような気がします。

特に八月一日は他のクルーと出発点が違うらしく、
なぜこのあたりがおざなりになっているのかが、
じつはちょっと個人的に謎となっています。

だからこのあたりの原作の進行具合によっては、
ひょっとしたら続編もありかな、
などとじつは考えています。

ただそのとき、
イオナをどうするかという問題はありますが…。


話は群像が401とともに、
霧の艦隊の中枢に向かい話し合いに行くという、
いきなり直球勝負ではじまる。

ただその前に過去のヤマトとムサシの撃ち合い、
ヤマトの沈没とその後の伏線描写などもあり、
ちょっと複雑な状況がそれ以前にあることを、
提示している部分がある。

最初これがちょっと意味不明だったのですが、
これが後々強く生きてくることになります。

その後霧の生徒会との激しい砲撃戦となるのですが、
このとき401の援護にあらわれる、
ハルナやコンゴウの登場の仕方がなかなかで、
特にコンゴウは、
ああこの人「真打なんだ」というくらい扱いがよく、
ヒエイが最後くっついていくのがよくわかる、
という感じのものになっています。

またヒエイがかつてのコンゴウとよく似ていて、
コンゴウもまるでかつての自分を諭しているかのようで、
ほんとうに照れ含みの面倒くささ全開で、
いいところをみんな食ってしまっていました。

できれば最終決戦にもひとつからんでほしかったけど、
これだけ存在感が強いと他のキャラを食ってしまうので、
ガルパンの会長同様、
残念ながら大詰めにはからんではきませんでした。

ただそのひとことが、
自らの出生の秘密を知り、
動揺しているイオナを勇気づけ再起動させたりと、
この人がこれからの霧の艦隊の旗艦になるのかなあと、
ちょっとそのあたりも気になったりしました。

その他アドミラリティ・コードは、
本来はヤマトとムサシの合議制で発動されていたものが、
今はムサシの独断だけで出されていたりとか、
群像の父翔像はすでに戦死していて、
今の翔像はムサシがつくりだしたものであるとか、
イオナはじつはヤマトがムサシに撃沈されるとき、
そばにいたイ401にユニオンコアを預け、
それがイオナという形で再生したものの、
もし絶体絶命の時はヤマトがそこから復活し、
同時にイオナが消滅してしまうという、
なかなかハードな設定や状況が現出していく。

そして最後はヤマトとムサシの和解と消滅、
群像とイオナの別れへと物凄い勢いでつながっていく。

群像とイオナの別れは、
なんか「あの花」と「999」を合わせたような、
じつに切ない幕切れだったけど、
できれば群像が崩壊しかけた艦内から脱出し、
船外へ必死の想いを抱いて出ていくところを、
あと数カット欲しかったところだけど、
それはもう時間が許さなかったのかも。

とはいえじゃあ作りがおざなりかというと、
そんことはなく、
各キャラの見せ場もそこそこあったし、
TV版では401乗船後、
完全に空気になってしまった薪絵も、
いいところでその才を役立てたりと、
このあたりはよく考えられていたと思います。

しかしキリシマはこのまま、
最後の最後までヨタロウのままなのだろうか。
ヒュウガあたりに頼んで、
ヨタロウと元の姿との、
二分割とかできそうな気もするのですが…。

とにかく霧の艦隊と401たちとの闘いは、
最後のアドミラリティ・コードをヤマトが出すなど、
もう再試合の余地が無いくらいの完全決着ぶりで、
こここまでやるかというくらいガッチリ〆てしまった。

…と自分は最初思ってたのですが、
よーく考えれば、
自分の意思をもった霧の艦隊の艦船の中には、
自分たちだけでの艦隊をつくり、
他のものと徹底的に戦いぬこうという、
そんな好戦的なものがでてくるかもしれないし、
中には深く沈んだヤマトやムサシのコアを再生し、
自分たちの手で、
再度アドミラリティ・コードを出すなどという、
とんでもないのもでてくるかもしれないなあなどと、
いろいろとあるかもなあと思ったりしたものでした。

また401のクルーがなぜ集まったのかという、
そういう部分を描く必要性もでてくるかもしれない。


だからといって静がじつは霧の艦隊のヨーロッパ組のメンタルモデルだったというのは無いとは思いますが…。

そしてあの最後の最後に群像から声をかけられたのは?

という具合にいろいろと逃げ道というか、
その後もやろうと思えばできないこともないという、
なんか「コードギアス」を思わせるような幕切れ、
という感じに今は思っています。

もちろんこれはこれでありかなという、
そんなかんじではありますが。

あとこのまま終わるとタカオの独り勝ちかとか、
ヒュウガははたして立ち直れるのかとか、
そういうちとどうでもいい積み残しが出てきて、
なんともスッキリしないものがありますので。

個人的にはもし続編ができた場合、
このラストで声をかけられたキャラを中心に、
今度は新しい航海がはじまるような気がします。

ただそれははたしていつのことか。

あとは原作とはかなり乖離はしたものの、
原作の進み方や展開のしかた次第なのかもしれません。

とにかくなかなか見応えのある作品でした。
スタッフのみなさんほんとお疲れさまでした。


あと最後

ほんとどうでもいいことなのですが、
アシガラとナチが組んだとき、
「けいおんとラブライブかあ」
としょうもないことが頭に浮かんでしまいました。

「けいおん」の声優さんと「ラブライブ」の声優さんって、
あんまりこういうふうにガッチリ組むことがないんですよね。

たださすがに本編みてるときに
律っちゃんと海未ちゃんがコンビ組んで戦ってるなどと、
まちがってもそう思いながらみることはありませんでした。

あたりまえですが…。

というところで再度〆です。
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「ARIA The AVVENIRE」をみて。 [劇場公開アニメ]

ARIA.jpg
http://www.ariacompany.net/

をみた。

ストーリーはいつものARIAらしい、
詩的で日常と幻想がアットホーム感覚の中で同居した、
ファンの人にとっては懐かしい感覚のものとなっている。

TVシリーズのその後の話と、
過去のそれとがうまく紡がれた、
じつに心地いい作品…

…といいたいのだろけれど、
個人的にはみていて、
次第になんとも切ない気持ちになっていった。

それはラストや、
最後のスタッフやキャストのクレジットで、
さらに切ない気持ちになってしまい、
劇中の台詞も、
別の事柄と結びついて、
切ないを通り越して泣けてしまうものがあった。


どうしてそんな気持ちになったかは、
すでにこの作品を観た方にはお分かりになられると思う。


とにかく作り手側のこの作品に関わったすべての方々に対する、
かけがえのない愛情と思いの丈を強く感じられた作品だけに、
その切なさもまた極まったものがありました。


十年って長いようで何てはかないものなのてしょう。

三部構成、約60分。


〆です。
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「心が叫びたがってるんだ。」をみてきました。 [劇場公開アニメ]

kokosake-poster0321.jpg
http://www.kokosake.jp/
公式サイト


「あの花」スタッフによる劇場用オリジナル新作アニメということで、
「あの花」同様再び秩父を舞台にした作品が公開された。

で、いきなりネタバレはまずいと思いながら、
ストーリーの多くはネットでいろいろと書かれているので、
今回はいきなり、

ネタバレ書きます。

ということで、
だめな人はここから先はもう終了ということでご了承ください。


まずみていて「あの花」のようなこれは泣きの作品ではない。

感動よりも考えさせらるという作品といっていいのかもしれない。

確かにそこにはいろいろとした人間関係や葛藤、
過去とのしがらみやそりれに引きずられる主要人物たちと、
そのちよっと複雑な感情の絡み方という、
「あの花」と似た要素はあるが、
「あの花」が平和バスターズのその家族の一部のみの話だったのに対し、
こちらはさらにクラス全体を巻き込んで動いているということもあって、
より「学校もの」という印象が強くなっている。

また生き死にが絡んでない分、
こちらの方がより現実的な話となっている感がある。

ただそれ以上になんというかみていてなんか

「秩父の小鳥遊六花の物語」

みたいなそんな感じの、
悲喜劇的な学園ものという感じの作品にとにかく感じれられた。

中二病か卵の妖精による呪いかの違いくらいで、
とにかく「あの花」スタッフによる「六花の物語」版みたいな。

ただ六花とは違い、
成瀬順の方は自分でストーリーを引っ張れるところがあるので、
あそこまで話がとことん外れていくようなギャグ展開にはならないので、
コメディというわけでもない。

あくまでも主題は「言葉を軽んじるものは言葉に支配される」ということと、
「一度出てしまった言葉はもう元に戻らないし人を傷つけてしまう場合もある」
そして
「言葉でしか伝わらない心の底にある真実」
というシリアスなものということで、
これに「歌」を含む感情表現という部分がからんできて、
話が前向きに動いていくという趣で全体は進んでいく。


ここの部分のメッセージはネット社会に対してのものもこめられていると思う。

ただ正直言うと、
ずいぶん話が順調に進むなあという感じで、
これがもしテレビ版だったら、
もう少しいろいろとサイドを膨らませて、
より凹凸のあるものとなったような気がするけど、
これは尺の問題もあるのでしかたないというところか。

また最後の30分のミュージカルも、
なんか既存の曲のカヴァーが多くて、
原曲のイメージに強く影響されている自分のような人間には、
どことなく違和感みたいなものがなんとなくつきまとって、
感銘がいまひとつわいてこなった。

あえて名曲を使用したという意図はわかることはわかるのですが…。

ただしラストのベートーヴェンの「悲愴」の第二各章と、
「オーバー・ザ・レインボー」を重ねるというのはなかなかのアイデアで、
これはけっこう感心してしまった。

もっともいざやってみるとベートーヴェンの曲の方がかなり勝ってるかんじになってしまった。
ちょっと聴いていてこれは意外なかんじだった。

このように最後はかなり音楽と歌に強くウエイトを置いたものになっており、
しかも明るく大団円で締めくくられたつくりとなっていることもあり、
そういう意味では「あの花」とは違ったいい意味でのカタルシスのある
カラッとした爽やかな後味のあるものになっている。

ただそれ以上に、
最後の最後での田崎の一言を受けた広瀬の仰天する顔が、
この日いちばんの心の叫びが聞こえてくるような秀逸なそれだった。

そおかげでなんかそれまでのシリアスな部分が、
全部このシーンにもっていかれたようにも感じられて、
「おしまい」どころか「はじまり」という感満点となってしまった。

またミュージカル以降の展開で、
最初は広瀬の過去話からはじまり彼女中心のような雰囲気だったのが、
終わってみると主要人物四人が横一列になったようなかんじとなり、
しかもその背後をクラスメートがしっかり埋め尽くしているといった、
かなりの群像劇となっていたのもおもしろく、
この作品をここからテレビシリーズでやるのも面白いのでは?
という感じが強くしたものだった。

ところでなんかこう書いていくと、
「あれ?期待するほどそんなにおもしろくないのかなあ。」
と思うかもしれないが、
それは「あの花」と同じものを期待するとであって、
決してつまらない作品ではない。

ミュージカルのラストが、
成瀬の心象風景の移り変わりとともに変わっていくあたりや、
成瀬が最後客席の後ろから歌いながらあらわれ、
母の横を通りすぎていくときの細やかな描写、
そして「あの花」同様細かく描かれている秩父の情景等々、
見所ももちろんいろいろとある。

また坂上と卵の妖精の声が同じ人が担当してるのも、
ストーリーの展開をみていくとなかなか奥深いものがあります。

そして広瀬順の母に吉田羊さんが配役されたこと。

じつはこれがひじょうにいいキャスティングで、
アニメをはじめてやったという吉田さんのそれは、
母親として精神的に不安定なまま時間がとめられしまった姿を、
じつに的確に表出していた。

これがなければ順のあの「呪い」のもつ意味合いも、
あそこまで深刻さが出なかったと思う。

と、とにかくこんな感じの作品でした。


ひとことではなかなか表現しづらいけど、
よくTVでみかけるCMから予想されるような、
単純にただ言葉が喋れない女の子の話ではないことは確かです。


あと余談ですが、
元のように喋れるようになった広瀬、
はたしてそれはそれで大丈夫なのかなあ。

田崎なんかめちゃくちゃ振り回されそうだし、
坂上や仁藤もいろいろとちょっかいだされそうだしと、
個人的にはするのですが…。

まあ正直面白い作品でしたが、
個人的にはこの後の方が興味津々というかんじでした。

まだ一度しかみてないので今はこんなところです。

以上で〆。
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