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戦車、電車、そして…、大洗神社道。 [大洗とその周辺 (oarai)]

大洗の地図をみていてひとつ気づいたことに、
けっこう神社のマークが狭い地域に密集しているということ。

そういえばガルパンでも

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こんなシーンがあった。

これは学園艦の中だけど、
大洗に神社が多いのと関係があるのかなと、
そのとき急に思い出されたシーンだった。

というわけで、戦車、電車ときて、今回は神社巡りです。

まずは大洗駅の裏手にある「静神社」。
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これは那珂市にある静神社の支社なのかもしれません。

そこから少し歩いたところにあるのが「水神宮稲荷神社」。
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臨海線高架橋の横にあるためわかりづらいです。

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ココストア前の交差点を渡る。

前方の小高い山にあるのが「浅間神社」。
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かなりうっそうとした森の中にあり、見晴らし感は皆無。

その後しばらく直進した後左折して若見屋の交差点からきている通りへ。
さすがにこのあたりにはもうアニメファンはいない。

街も落ち着いた市街地となっている。そこにあるのが「諏訪神社社務所」。
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とにかく大きい。高台にあるが少々階段が不規則で怖い。
それにしても大洗の神社は高台が多い。
先人の津波時の避難所もかねていたのだろうか。

その先あった「加波山神社」。これはこじんまりとしたもの。
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さらにその先の「角一稲荷神社」。
参道途中でかい蜘蛛の巣があるものの、まわりが薄暗くてじつにみづらい。
要注意。
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この後今来た道を引き返し、若見屋の交差点を目指す。
このときうっかりして途中にあった「嬬恋稲荷神社」によるのを忘れる。
申訳ありません。

水浜線の跡地からひとつ先の通りにあるのが「道祖神社」。
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さらにその先にあった「須賀神社」。
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ここもまた高台にあります。見晴らしはなかなかです。

この「稲荷神社」もこの近くです。
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一中のそばにある「櫻井稲荷神社」はちょっと行くのが怖い…。
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あまりにも階段状の参道が狭くて急。近くまで行きませんでした。

その一中の通りを挟んだところにあったお社とおもわれるもの。
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正直いくつかパスした社もありますが、とにかく多いです。
あとは磯前方面の神社ですがその前に。

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ようやく行きました。皇室関係もけっこうあるのに驚きました。
しかし人があまり入ってない…。

水浜線跡沿いに歩く。
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水浜線「大洗駅」跡。
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そして礒前神社へ。ここの崩れた鳥居をみるといつも心が痛みます。
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御嶽神社。
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磯前神社は改修中でした。そのせいか人もまばらです。
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それにしても絵馬で、艦これは分かるけどラブライブがやたらあった。

絵馬を写したい気持ちもあったけど、
人様のお願いをこういうところに全国区でUPするってどうなのかなあ…、
ということで写していません。ご了承ください。


軽巡那珂の慰霊碑。来月はもう終戦記念日です。
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駐車場横にある烏帽子厳社。とても小さいです。
後ろの烏帽子岩を祀っています。
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「茶釜稲荷神社」。参道が長い。
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じつはそばに「大甕磯神社」があったのですが、
なんかよくわかりませんでした。すみませんいいかげんで…。

その横にあった「与利幾神社」。
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参道を下る形で外へ。磯前神社の駐車場への道のりの途中にでました。
こちらも負けずに参道が長い…しかもうっそうとしすぎ。

あとは大洗をいろいろみてきました。海開きもしたことで海水浴客が多い。
ようやくこのあたりも元に戻りつつあるようです。

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大洗駅前
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ガルパン列車。
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というかんじです。

それにしても本当に神社の多い町です。

大洗はもともと港町のようですが、
城跡や陣屋跡もあるようで、いろいろな意味の信仰が盛んだったのかもしれません。

あとは漁の安全や穀物の豊作を祈ることも当然あったでしょう。

稲荷神社が多いのも農穀の神様ということがあるだろうけど、
日本三大稲荷のひとつ、
「笠間稲荷神社」がそれほど遠くない所にあるのも要因かも。

それと大きな社が意外に多く、
自分の住んでるところよりもそういうものの存在している量も比率も多いです。

そのことを考えるとこのあたり、
もう少し各々の社の説明や案内板みたいなものがほしいですね。
横浜市はけっこうこういう所に力入れてます。
あといくつかの神社は参道等を整理してもらうと助かります。

正直とにかくこんなにいろいろと神社があるのに、
なんかもったいない気が歩いててちょっとしてしまいました。

以上です。

それにしても町をかなり広く歩いた気が…ちと疲れました。

涼しい風が吹いていて、
しかも気温も極端にあがらなかったので、
多少心地よい条件ではありましたが。

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※今回歩いたおおよそのコース。


(余談)

じつはこの半年で体重が十キロ以上おちてしまいました。

そのため去年よりも暑さを感じませんし、
なにより距離を歩いてもそれほど足にこなくなりました。

ただ汗はあいかわらずよくでます。
このへんは注意しないと熱中症や脱水症になりかねません。

暑さには充分皆様もご注意ください。
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偕楽園~水浜街道~海楽フェスタ前日光景 [大洗とその周辺 (oarai)]

偕楽園から海楽フェスタと、
「かいらく」がらみでやったわけではないが、
今年二度目、通算六度目の大洗詣をかねて、
水戸偕楽園にも昨年に続き行ってきました。

土日祝日の梅の見ごろに臨時で開設される
「偕楽園」駅でこの日下車。

常盤神社を横目でみてそのまま偕楽園へ。
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昨年は開花が遅かったためちょっとさびしかったですが、
今年はそんなことはありませんでした。
ただ正直言うと一週間遅かったかなというかんじでした。
ただ先週はアニメジャパンと重なったのでどうしようもなかったですね。
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とはいえなかなかな濃密な梅の匂いをかぎながら、
観梅をじっくりとたのしみました。
やはり熱海あたりとは比べ物にならない量感です。

このあと偕楽園を出て千波湖の湖畔へ。
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千波湖
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この湖畔のまわりはジョギングコースになっているのですが、
なんとそこに突如こいつがあらわれました。
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人が走ってようがおかまいなし。
ランナーはみんなよけていきました。
写真でみるよりかなり大きく最初ペリカンかとおもってしまいました。
湖からあがりコースをよこぎってこのあたりの雑草をガツガツ食ってました。
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水戸駅前に通じる交差点に出ます。
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そしていよいよ水浜街道(水浜線跡)へ。
昨年7月以来です。

途中水戸光圀公ゆかりの神社、能化稲荷神社へ。
小さいし見落としてしまいそうです。
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今回じつは水浜街道にはじつに神社が多く見受けられるので、
それらをお参りしながら大洗までいこうと画策しておりました。

再び水浜街道へ。
このちょっと曲がったコースを半世紀前は電車が通っていたのですね。
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途中こんなものもおりました。
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気持ちいいくらいの直線コース。
なぜ水浜街道と名付けたかその気持ちがお分かりいただけるかと。
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名物ガーター橋。
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その先にある菊池神社。
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続いて吉田神社。
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街道沿いにある香取神社。
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菊池神社を除いてどこもうっそうとした森に囲まれています。
神社と森をとても大事にしていることがわかります。
これには行政も手助けをされているようです。

さらに先を行くと左折する道になんとこんな名称が。
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出世街道の右に芳賀神社、左に愛宕神社。

芳賀神社。けっこう大きかったです。
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愛宕神社。
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愛宕は街道から少しはなれているので、
ここで一度水浜に戻る。
その後再び大洗方向へ。

住吉神社。
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三峯神社
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と、ここまで来たところで予想をはるかに超える時間超過。
しかもけっこう足に余裕が無くなってきたので、
このあとまわる予定だった、
六所、折居、吉田の三社に行くのを断念。計画のずさんさが露呈しました。

そんなわけで最後は大串貝塚ふれあい公園そばの稲荷神社。
ここも意外に大きかったです。
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余談ですがこの大串貝塚ふれあい公園には、
十メートル級の巨人がいます。かなり遠くから見えますので、
側に行ったらぜひご覧ください。
自分は時間が無くて行けなかったので写真も今回はありません。


ところで今回の行程はショルダーではなくリュックを使用したのですが、
リュックはけっこう入れても楽に背負えるし、
ちょうど後ろの腰にのせるような形になったため、
けっこう楽に感じていたのですが、
そこそこの重さが知らないうちに足に負荷となっていたようです。

ただ足よりも腹筋や背筋の方がちょっとこたえていました。
意外にリュックはあちこちに負荷がかかるようです。

このあと偕楽園を出てからちょうど四時間で大洗へ。
いつもの倍近くかかってました。
まあけっこう寄り道したこともありますがそれにしてもかかりすぎました。

30日本番の海楽フェスタに向け準備もとどこおりなく進んでいるようです。
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ただ今年は先週より一週間遅くしたのが裏目に出てしまいそうです。
30日本番はかにり強い風をともなった雨が朝から夜までまるまる降るとか。
なんとかもってほしいとは思うのですがどうでしょう。

自分は本祭はいけないのであれなのですが、
この件だけはなんとも心配です。


ところで今年311のとき、
大洗に311当時津波が襲来したときの映像をみていました。
そこで気づいたのですが、
今回の津波は水浜線の内側にはあまり来なかったこと、
そしてマリンタワー南交差点の向こう側からやってきた津波が、
そのまま大洗を縦断、そのまま涸沼川にたっするという、
かなり衝撃的な映像をみていました。

それはちょうど
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このあたりを流れていったものてすが、
このあたりじつはほとんど起伏がなく、
涸沼川までまっ平らだったことがわかりました。

それに対して大洗駅から水浜線内側はじつはけっこう高くなっており、
そこの高度差が津波から多くの住宅を守ったことがわかりました。

考えてみると水浜線はかつての海岸線に近い所を走っていたといいます。
けっきょくその外側の海に近い新しく埋め立てたところが、
かなり津波にやられてしまったようです。

しかしこの津波が流れた道。

これガルパンの最終回で、
大洗のみんなが戦車で凱旋パレードをしたとき、
左折してみんなから祝福を受けたあの道路なんですよね。
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この道選んだ理由ってなんかあったのかなあと、
ちょっと考えたりしてしまいました。
まあこのコースしかなかったといわれればそれまでですが。

ガルパンと311の関係というのは、
本当はさらにいろいろとあるのかもしれませんが、
ガルパンが大洗で完全にひとつの日常となっているそれをみると、
自分などが考えている以上に、
この作品は地元から大事にされてるんだなあということが、
人気云々だけでない部分でもいろいろと感じられるものがありました。

次いつ大洗に来るかは分かりませんか、
そのときにはそんなこともいろいろと考えて見ながら、
この町を散策していきたいと思います。

この日の帰りはガルパン列車でした。
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そしてたいへんありがたい一言を最後にひとつ。

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以上です。横浜けっこう風でてきました。(2014.3/29.23:45)


うわあ~最初の方「海楽フェスタ」が「快楽フェスタ」になってた。
なんか最近特にダメなんですよね、こういう変換ミスや脱字等々。
ほんとうに申し訳ありません。

特に関係者の方にはよりお詫び申し上げます。
重ねて申し訳ありませんでした。
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大洗初日の出の巻(2014) [大洗とその周辺 (oarai)]

2013年は深夜早朝の北鎌倉~鎌倉幽玄の旅だったが、
2014年はとにかく水平線からあがる初日の出をみたいということで、
初めて大晦日に誰も自宅にいないということもあり大洗へでかけることにした。

大晦日に冬コミに行った後帰宅、
夜9時過ぎ年越しそばを食べた後家を出る。

上野23:12発の快速勝田行きに乗車。
途中佐貫駅で新年を電車の中で迎える。
けっこうわびしい。

水戸に着いたのは1:03。
ここから南口に出て大洗まで深夜強行軍となる。
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深夜の水戸駅。

駅を背にして直進、駅南中央交差点で左折。
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途中、城南にある吉野家で夜食をとる。その後東桜川の交差点で右折。
まったく人通りが無いが、深夜の割に車が大洗方向に向かっている。

だがここからが大誤算。
水浜街道が真っ暗闇というのはわかっていたが、
肝心の51号もかなり暗い。
ところどころ足場が暗くて危険なところもあったが、
持参した小型の懐中電灯が役にたった。

ただ途中何も無いというわけではなく、
コンビニも数か所あるし、
こことガソリンスタンドは明るさが充分あった。

面白かったのは塩崎交差点角のマクドナルド。
水戸駅から15分ほどのところにあった吉野家は閑散としていたが、
ここのマックは満員御礼。
おそらく夜明けが近くなってから大洗に車で向かおうという人たちの、
キャンプ兼溜り場のようだ。

塩崎を通りしばらくして2号沿いに左折。
ここでなぜか交通規制がかかっていた。
しばらく歩くと道路の中央でバイクが横転、車の前方部が損傷という、
完全に交通事故状態の現場にでっくわした。

そういえばここに来る前、
山手線新宿駅で人身事故があり山手線が止まっていた。
年末年始といえども事故はまったく容赦ない。

こうして大洗に到着。時刻は午前三時半過ぎ。
ほぼ二時間で到着した。
もちろんこんな無謀行為は自分ひとりでした。

過去二回の水戸~大洗道中でも、
同じようなことをしている人をみかけてないので、
今回も当然自分だけだろうと思っていました。

ただこの上野発勝田行の終電で水戸で降りた人はそこそこいたので、
ひょっとすると車で大洗に向かった方はいたかもしれません。


到着すると大洗はじつに静かでした。

もうひたすら街全体が眠りについているといったかんじで、
ガルパン疲れを癒しているかのようにすら感じられました。
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ほんとはもっと写真をとりたかったけど、
最初の一枚を撮った時シャッター音が街全体に響き渡ってびっくり。
そんなに大きな音ではないのに、
とにかくまわりがおっそろしく静かだったのでこのようなことになったようです。
このため街の写真はこの一枚のみです。
夜中に音をたてて申し訳ありませんでした。

しばらくすると酒屋さんらしき所が開いていた。
夜中の参拝客用に開けられているのだろう。

こうしてみるとほんとうに以前みたときと風景が違う。
昨年の北鎌倉とはまた違った静止感と静寂感でした。

このあとようやく大洗磯前神社に四時前に着く。
大洗ホテル前の大鳥居前で車が長蛇の列を成していた。駐車場満杯か。

ここは初詣の時間によっては参拝者の列が階段下まで繋がるのですが、
さすがにこの時間境内はガラガラ。
ただ警察の警備の方たちが朝の混雑に備えて集合しはじめていた。

このときの境内の様子。
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初詣をしたあと、海に向かう。
とにかく真っ暗闇で波の音しか聴こえないという状態。

まだ人もまばらで場所取りもスムース。
すでにカメラを鳥居越しの初日の出をとらえるためにセットしていた人もいた。

こまとき気温は冷蔵庫以下という厳しい状況。
かなり厚着をし、ホカロンもいくつも添付していたが、
この底冷えはすさまじいものがあった。

寒さをまぎらわすために音楽を聴く。

今年没後60年のクレメンス・クラウス指揮のワルツやポルカ。
なんとも明るくあたたかい音楽で少し気持ちがあたたまる。

そして朝6時近く「美しく青きドナウ」のあの冒頭の弦のトレモロをが聴こえてきたとき、
ちょうど水平線が明るくなりはじめ、まわりもゆっくりと明るくなりはじめた。

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このときなぜか涙がでてきそうになってしまった。
「ドナウ」って本当はこういう曲なのかなと、ふとそう思ったものでした。

まもなく水平線が赤く染まりはじめた。
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この六時頃を境に少しずつ人の増え方が多くなってきた。
六時半にはもうかなりの人だかりでいい場所で観るのも一苦労状態。
水戸からの一番電車が6:10に大洗到着し、
それとの乗り継ぎバスが現地に着いたためだろう。

あと自分はいかなかったけど、
大洗町観光情報センターによる「はまぐり汁」の配布を受けた方たちも、
おそらく合流してきていると思う。

後ろで「パンツァー…」の掛け声が聞こえた。
なんか場違いでちょっと恥ずかしい気もするけど、
度を越したかんじもしないので個人的にはそれ以上は気にならない。

というよりも…どんどん明るくなってくるこの光景の方に気持ちがおもいっきり傾いていく。
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6:49が日ノ出の時刻。だけどなかなか太陽が出てこない。
そのとき海岸沿いの小高い岩場にいた人たちから歓声があがる。
(写真の左側にみえるそれ)
そしてついに初日の出となりました。

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あまりの見事さにまわりからも歓声が沸きあがる。
「大洗町初日の出一番太鼓」の太鼓の音もじつに心地よいし
軽い高揚感さえ覚えました。。

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泣いたよ~なんか泣けた。
そりゃ徹夜で水戸から大洗まで歩き、
最後は氷点下まで下がった中でガタガタ震えながら待ってたのだから、
感無量になってしまったのは無理からぬこと。

それにしても半世紀以上生きて、初めて水平線からあがる初日の出をみた。
しかも圧倒的にみえるんですよ。ここの日の出は。
(私のボロ携帯の写真ではそうは見えないのですが…)。
なんかこれだけでも世界遺産にしてもいいと思ってしまいました。

神社の神主さんたちの祈祷もすみ、目出度くご来光となりました。

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ももがーさんの看板といっしょに記念撮影の図。
ただ看板の彼女にも初日の出をみせてあげたのかちょっと気になりました。

帰りに再び磯前神社の鳥居前。
列は鳥居の下まで伸びてました。
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このあと早々に帰路に着く。
ほんとは新年の街をゆっくりと観て歩きたかったけど、
完全に身体が冷えてしまってもうどしようもない。

寒さからくる耳の痛みや全身の震えは、
太陽の光が強くなるにつれ収まったものの、
つま先や腕から肩にかけての冷えがなかなか収まらない。
このままだと風邪をひいてしまいそうなので、
今回はこのまま潔く帰路につく。

7:55発の鹿島臨海鉄道の水戸行に大洗から乗る。
帰りはさすがに列車です。
因みにこのとき乗った列車の一両目はガルパン列車。

水戸に着くとそのままJRのホームにとまっていた水戸8:18発の上野行きに乗車。
発車と同時に睡魔に襲われそのまま熟睡。
終点まで行くので乗り越し無しという安ど感もあったのだろう。

乗り換え等で横浜に11時に着く。
直後根府川付近の強風で東海道線下りが運行見合わせとなった。
初詣の各地の混雑がさらに激化しないかとちょっと心配。


ところで24時間前、自分はこの時間まだ有明にいた。
それを考えるとほんとは大疲労大会のはずなのですが、
列車の中で仮眠をとったことと、
あの初日の出の興奮のせいで疲れがかなりすっ飛びました。

来年もまた大洗で初日の出を観たいところですが、
水戸から大洗まで深夜に行く行程と、
放射冷却大爆発の中、海で日の出を待つ時間があまりにもヘビー。
残念ながら自分は今年が最初で最後になりそうです。

以上です。


今回の夜間徒歩行程。
(A)が水戸駅、(B)が大洗磯前神社前。
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これは、大船駅~北鎌倉駅~鶴岡八幡宮~鎌倉駅~由比ヶ浜商店街~長谷駅~稲村ケ崎~七里ヶ浜~小動岬~東浜海水浴場~江ノ島、を歩いたのとほぼ同じ距離で、13~14キロくらいの行程です。
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というわけでおそくなりましたが


あけましておめでとうございます

今年もよろしくお願いいたします

本年がよりよい年でありますように

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聖地大洗 [大洗とその周辺 (oarai)]

天候不順な日が続いていた今日この頃だが、
この日は久しぶりにいい天気となった。
また気温もとんでもなく上がるということもなく、
なんとも心地よい夏の午前中となりました。

水戸駅北口からしばらく歩くと、
水戸黄門誕生の地があった。
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ここから大洗まで歩く。
水戸から大洗まで三里十二キロ。
所要二時間半、歩数約15000歩…、
といいたいところだが
いろいろとみていくのでもう30分ほど余計にかかる予定。

歩くコースは水戸駅北口から常磐線沿いに歩き、
しばくして常磐線踏切を渡る。

その後は1966年に廃線となった、
茨城交通水浜(すいひん)線跡に沿って大洗へ向かう。

途中にその水浜線の記念碑と線路跡がある、
水門橋を通ります。
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個人的に「水浜街道」とよんでいる道筋です。

この廃線跡、多少の蛇行や消失した箇所はあるものの、
現在道路としてはそこそこ整備されています。

常陽銀行下市支店の角を左折し本町の商店街を歩き、
51号にぶつかるひとつ手前の角を右折しフレッシュパワーエコス浜田店横を通り、
通りとぶつかったところで左折、ちょっと歩くと右折できる細い道がある。
そこがかつての水浜線の専用軌道跡の出発点。
ここまで水浜線はほぼ路面電車として市街地を走っていたのです。

それにしてもいつ来てもここは全体的には気持ちいいくらい
ひたすら真っ直ぐに大洗へと向かっている。
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途中には当時の橋を利用したガーター橋がある。
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水戸バイパスを通り過ぎると
いきなり心地よい海風が吹き付けはじめる。
途中のどかな風景も目に心地よい。
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ただこのまま行くと国道51号が超えられない。
しかたなく途中の塩崎交差点で51号に合流し、
以降は51号沿いを歩いた後左折、
県道2号沿いを歩き涸沼橋を渡り大洗に入る。

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因みにこの大洗にかかる橋は二種類の呼び名があるようです。
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かたや通称かたや正式名称といったところなのでしょうか。

そして大洗へ到着。いろいろ水浜線の遺物をみていたら、
やはり予想通り三時間かかってしまった。
それにしても道の渋滞が凄い。

かつて渋滞するとバスで水戸~大洗まで二時間かかったとか。
この日も塩崎交差点てすでに渋滞。
海開きをしたことで海水浴客がどっと繰り出したといったところだろう。

水浜線大貫駅跡をチェック。
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そしてその正面には水浜線の跡地が車道として残っている。
それは曲がり松商店街の方へと向かっていきます。
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ところで今回大洗の今年の海開きに自衛隊が協力した。

まあガルパンがらみということだろう。
ただ海開きということで海上自衛隊の艦船も今回は参加という豪華版。

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かつて横浜港でみた「ひゅうが」の一般公開以上の大盛り上がりだ。

だいたい、フェリーと自衛隊の艦船と戦車が一堂に会する場所なんて、
日本中どこを探してもちょっと見当たらない気がする。

それを思うとちょっとタイプは違うが、
かつて札幌の雪まつりにおける、
真駒内駐屯地をあげての全面参加にも似ている気がするが、
あちらは雪像だがこちらはモロに車両や艦船が参加しているし、
船には一般の方も乗船ができる状態だ。

これにガルパンのイベントもかんでいたのだが、
この日みたこの会場の来場者層は、
決してアニメファンだけというわけではなかった。

子供連れや年配の方もかなり多く来場されており、
いわゆる一般層がかなり来場していることがみてとれた。
おそらくこれには自衛隊の方たちもかなり喜ばれたことだろう。

そしてこれは大洗にとっても喜ばしいこととなった。

たしかに大洗は現在はガルパン聖地としてにぎわっている。
いわゆる痛車も盛大にやってきてたし、
ファンも大勢大洗にやってきていた。
もっとも水戸から歩いてきた人はほとんどいないでしょうが…。

だがガルパンが永久に大洗で現在のパワーを維持できるはずはない。

じつは数日前久しぶりに江の島へいった。

昨年の今頃はアニメ「TARI TARI」の聖地としてとてつもなくにぎわっていた。
だが今はその影も形も無い。

たしかに「TARI TARI」と「ガルパン」では質も影響力も違う。
また江の島は観光としてはアニメにあえて頼る必要がないくらい、
特に夏は海水浴客を中心にしてにぎわっている。

そんな今年の江の島のそれをみると、
やはり大洗の再来年以降は一抹の不安を感じてしまう。

だが今回の自衛隊の登場が、
アニメファンだけでなく一般層まで巻き込んだお祭りになったことは、
大洗がもうひとつの「聖地」として生きていく、
ひとつのきっかけとなったような気がしたものでした。

一部ではこの状況に怪訝な顔をしている人もいたようですし、
海開きと正直たしかに関係は無いよね、という気もしました。

ですが今日見に来た一般の人たちにとっては、
戦車も艦船も兵器ではなく、
それこそ山車や大型客船といったものと、
ほとんど同じようにとらえていることを思うと、
一概にこれを疑問視するのはいがなものかという気がする。

むしろ災害のときだけありがたがるような存在ではなく、
このようにより身近に知ってもらう方が正常だし、
まるで腫れ物に触るかのような態度こそ問題有りという気がするのですが…。

と、まあおかたい話はこれくらいにして、
とにもかくにも大洗はもうひとつの聖地としてのそれを、
今回見通しをたてたという気がします。

とはいえまだガルパン人気も続いていますので
大洗がどこまでこの勢いを持続させていくのか、
そのお手並みをこれからもじっくりと見ていきたいところです。

…などと考えながら会場を後にし、
この後また町の中を散策。

水浜線の駅でかなり早く廃止された「仲町」駅跡にいく。
だがここは一般家屋なので撮影は無理。
…と思っていたら道路を挟んであるものが目に入りましので、
代わりにこれを撮影。
003.JPG

正直すでにこの状況が十か月近く続いていることを思うと、
ちょっとこの状態はビックリです。

さらに前回休憩をとったお店の前には、
001.JPG
よく知ってる人と知らない人の看板が仲よく並んでいました。

とにかくこちらが云々言うことなどまだ早いと言わんばかりのこの状況。
少なくとも2013年7月現在、聖地大洗はまだまだ千客万来状態のようです。

今回歩いただいたいのコース。(大洗まで)
10001.png
①水戸黄門の生誕地
②水浜線記念碑
③ガーター橋
④塩崎交差点
⑤二つの名前がある橋

今回歩いただいたいのコース。(大洗地区での)
10002.png
①大貫駅跡
②海開き自衛隊関係のイベントのあった場所
③仲町駅跡地&沙織嬢の写真があったところ。
④二枚看板のある割烹旅館肴屋本店。
⑤大洗駅

※一部他のページで使用した写真を流用しています。ご了承ください。
この日は携帯の調子が不調だったためあまり撮れなかったもので…。
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「戦車が町にやってきた」 大洗雑感 [大洗とその周辺 (oarai)]

別に「聖者が町にやってきた」のパクリではない。
大洗の現在はほんとうにそんな感じなのだ。

「ガールズ&パンツァー」

正直このアニメがここまで評価され、
そしてファンの心を掴み、
そして大洗の町へ人を呼び込むとは誰が想像しただろう。

だいたい女子高生が戦車に乗って試合をするという、
その無茶苦茶な設定のアニメに、
よく大洗の人たちがこれだけのっかったものだ。
やはり震災のそれが少なからずあったということだろうか。

ただ最初の頃からノリノリというわけではなかったようだし、
地元大洗ではTOKYOMXがみれなかったらしいので、
BS211を含むあまり多くない手法でしか視聴できなかったとか。
このあたりは「true tears」における富山とちょっと似た状況だったようだ。

だが第三話あたりまでくると状況はかなり変わっていたようで、
じっさい見ていた自分も「これはかなり気合の入った作品だな」と、
正直最初の頃の「色物」的な見方を完全に修正していたものだった。

そしてこの第三話から大洗が登場する。
ただ大洗が明確にでてくるのはこのあたりの話と最終回くらいだろうか。
全体の1/3~1/4くらいしか実際にはあまりでていない。

にもかかわらずあれだけ大洗に第三話以降、
急速に「聖地巡礼」がはじまり、そして地元の祭典が賑わったのは、
やはりこの作品が多くの人に急速に支持されたということだろう。

あとやたら「干し芋」を会長が食していたのも大きかったし、
地味だが沙織さんが納豆を食してたのも水戸納豆がらみだったのかも。

もっともでてないといっても大洗の町をあれだけフルに利用して、
派手に市街戦をやったのだから、
それは町全体にとって大きな宣伝になったことだろう。
しかもそこにはホテル、旅館、鳥居、飲食店、マリンタワー、アウトレット等々、
じつにリアルかつ具体的に描かれていた。
自分も歩いていて、ときおりなんか妙な気分になってしまったものだった。

それは豊郷や鷲宮で感じたそれと同じものだった。

だが大洗の場合はとにかく戦車が町中をフルに走り回った。

108.jpg

このためここに聖地巡礼に来た人は否応なく町中歩かされたはずだ。

そしてついには作品のキャラによる54体の等身大パネルが設置され、
さらにはスタンプラリーまでも町中で行われた。

たしかに「江の島」でも「TARI TARI」で似たようことがあったが規模が違いすぎる。
ちょっとした「大洗アニメ村」になった感すらしたほどだった。
ただもちろん大洗はふつうの町だしアニメと関係無い方たちもいるということで、
そういう線引きもみたかぎりではうまくいってるようだった。

このときふとこの状況があるものを思いおこさせた。

「ゴジラ」

それも1954年のファーストゴジラだ。
今はさすがにあまりいないかもしれないが、
1980年代の初めにゴジラがリバイバルしたとき、
自分を含めそこそこのファンがゴジラがぶっ壊していったコースを歩くという、
そういうことをしていた時期があった。
ある意味あれは「聖地巡礼」の先駆けみたいなものだったのかもしれないし、
大洗のそれとてらしあわせてみると、
通って壊したのがゴジラか戦車かの違いだけという気がしたものだった。

ただしゴジラの方は最初は品川付近、
二度目は新橋、銀座、国会議事堂、勝鬨橋と、
当時の東京の有名どころをとことんやってしまったため、
(ただこれは東京大空襲の空襲された順番と同じだということらしい)
移動するだけでたいへんなものだったが、
大洗のそれはよりコンパクトになっていることと、
レンタサイクルの導入がさらに移動を便利にしたため、
そういう苦労は少なかったはずだ。

具体的な対象とされたものが明確なアクションをおこされた。

こういうものにはファンは強く惹かれるというのは、
時代の新旧に関係ないようだ。
歴史的な事件の舞台に行ったり、映画の撮影地に行くというのも、
これと似たものといっていいのかもしれない。

とにかく戦車が町中を走り回ったことによって、
多くの店舗がその恩恵を受け、
けっきょくは震災で傷ついた大洗の傷を癒すこととなった。
そんな感じをとにかく強く受けた。

ところでそんな自分が、最初の訪問時に感じた違和感。
それは太い道がやたら多かったということだ。
たしかにフェリーが寄港する港があるため、
大型トラックか通ったりすることを思えば当然かもしれないが、
それにしてもちょっと多すぎないか?と感じたものだった。

「まさかこの町かつて路面電車があったのか?」

ふとそう思ったがこのときはとにかく手持ちの情報にはそういうものか無かったので、
帰宅後調べたらやはりあった。

茨城交通水浜線。

http://hirakui.web.fc2.com/tetsudo/SUIHIN/main.html
にもあるが、水戸方面からかつて鉄道がもうひとつ来ていたのだ。

これが二度目の訪問のきっかけとなった。
ただ半世紀近く前の廃線だけに遺構少ないし、それを示すモニュメントも無い。
これだけ町中のいいところを走っていたのだから、
駅跡に何かそれを解説するものを設置するとか、
コースの一部をサイクリングコースにするとかして、
「戦車」ほどではないにせよ、もう少し鉄道ファンにもアピールできる何かが、
個人的にはちょっと施してほしいと思った次第。

あと大洗港。

現在は震災の影響で少し浅くなってしまっているようで、
早急にかつてのように水深8メートルにするといっているようだが、
個人的にはいっそのこと10メートルくらいにして、
「飛鳥Ⅱ」が入港できるくらいにはしてほしいと思った。

あれだけの港があるのだ。
もう少し他の客船の誘致にも力を入れてもいいような気がするし、
あとこんなことは正直おきてほしくはないが、
東南海の地震で東京から横浜さらには東海にかけての港がやられた場合、
関東への物資の入り口となる港は、
ひょっとすると大洗くらいになってしまうかもしれない。
そのことを思うと県だけでなく国も、
大洗港の規模拡大を考えてもいいような気がするのだがどうだろう。

それにしても大洗に「飛鳥Ⅱ」が来たらさぞや巨大にみえるだろう。
なにせ「さんふらわあ」より五十メートル近く全長が長く、
総トン数に至っては三倍もでかい。
おそらく大洗港でみるそれは、
横浜でみるそれより遥かに大きくみえることだろう。
ぜひいつか実現してほしいところです。

あと大洗には旧跡として、
大舘(大洗町成田町字大舘)・小舘(大洗町成田町字小舘)があるらしいが、
あまり整備されてないという噂を聞いている。
また他にも一杯城やウツギ崎城という城跡があるという。
こういうあたりが整備されると日本の城マニアも来てくれるというもの。

また遺跡としては、日下ケ塚古墳もある。

正直大洗にはまだまだいろいろとした素材がある。
こういう過去の遺構を今の財産に転化していけば、
まだまだ大洗の町はいい方へいい方へと動いていくことだろう。

ただこれらに気付いたのは
やはり戦車が大洗の町を走りまくったそのおかげだ。

津波は絶望を運んできたが、戦車は希望を運んできた。

来年の劇場版はいったいどうなるのでしょうか。
まさか今度は大洗でホテルを挟んでの砲撃戦…?
とにかく今から大洗が舞台になるかどうか楽しみです。


あと余談ですが、四話で大洗で市街戦に入る前、
大洗磯前神社の鳥居を抜けて市街地に戦車が入っていくシーンがありますが、

109.jpg

あれをみてた知人が、
「ということは、さっきまでやってた山の中って、ゴルフ場の中?」
といったとか。

じゃあ第一話冒頭のグロリアーナの戦車は巨大なバンカーの上でも走ってたとでも?
だいたいあんな凄いコースつくったらタイガー・ウッズでも100きれません。

以上で〆です。

(第四話で描かれた大洗の関係店舗&施設等リンク先、その他)

大洗磯前神社
http://oarai-isosakijinja.or.jp/

大洗ホテル
http://www.oarai-hotel.co.jp/

大洗マリンタワー
http://www.oarai-mt.jp/

大洗リゾートアウトレット
http://www.oarai-outlet.com/index2.php

割烹旅館 肴屋本店
http://sakanaya-honten.com/

旅館 福本楼
http://www4.ocn.ne.jp/~oarai/

手打ちそば 常陸屋
http://teutisoba.com/

魚忠商店
http://www.oarai-info.jp/tenpo.files/chuushin.htm

大洗港
http://www.oarai-port.com/

大洗観光協会
http://www.oarai-info.jp/top.htm

大洗町商工会
http://oarai-shokokai.com/

大洗曲がり松商店会
http://magarimatu.web.fc2.com/

大洗まいわい市場
http://www.oarai-maiwai.com/

鹿島臨海鉄道
http://www.rintetsu.co.jp/
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大洗へ行く [大洗とその周辺 (oarai)]

じつは大洗には3月上旬、
水戸の偕楽園に行った後に立ち寄る予定だったのですが、
とにかく花粉が凄まじく頭痛や喉の痛みまで感じ、
さらに強風のため電車が遅れるということまでおきたため断念するという、
ちょっと嫌なことがあったため一ヶ月程順延してようやく行くことができました。

東京や横浜はすでに葉桜になりつつありますが、
水戸や大洗は今が見頃で、
あたたかく好天に恵まれた最高のコンディションでした。

022.JPG

水戸から大洗へは鹿島臨海鉄道で。
単線で非電化というローカル色満点の電車。
車内にゴミ箱があったことにちょっと新鮮な驚き。
因みに車内には「ガルパン」のポスターが貼ってありました。

大洗駅もじつに素朴なつくりでした。
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地下通路には以下のようなポスターや展示物。(暗くてボケてしまいました)
027.JPG
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そしてこれ!ここまで徹底していることに驚きました。
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大洗駅。
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大洗の町はひじょうに道幅の広い道路が多い。
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港に近いこの道はなんと片側三車線。
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これは大洗港に来るトラックがとにかく大きくしかも長く、
それが何台も何台も来るためこのような道路が必要だったのでしょう。

大洗マリンタワー。予想よりかなり大きかったです。
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※因みに高所恐怖症の自分は登りませんでした。

大洗フェリーターミナル。
018.JPG

「さんふらわあ」が来ていました。
「さんふらわあ」は大洗-苫小牧間に全部で四隻が就航しており、
これはその中の一隻で「さんふらわあ ふらの」。
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全長192メートル、全幅27メートル、総トン数13539トン。
横浜港によく入港している「ぱしふぃっくびいなす」や「にっぽん丸」より
総トン数は小さいが大きさそのものは両船よりも大きい船です。
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近くの建物と比較するとその大きさがわかります。
014.JPG

駅へ向かう途中ちょっとあるものが目に付きました。
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なんと自動車部のホシノさん!
012.JPG

だがこれはほんの序の口だった。

華さん
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オレンジペコさん
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バレー部 あけびさん。(横には沙織さんのタペストリー)
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新三郎、隣のお店にはバレー部 妙子さん。(…のようにみえた)
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歴女 おりょうさん。
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自動車部 スズキさん。
006.JPG

と若見屋の交差点までの300メートルにわかっただけで、
これだけのキャラのボードがあった。

しかも大洗メンバーだけでなく、オレンジペコや新三郎まである。
ということはこのあたり一帯には大洗チーム32名だけでなく、
他のキャラも含めて50名前後のボードがあるということだろうか。
これはちと凄すぎる。

※あとでみたら
http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&oe=UTF8&msa=0&msid=209136350089662039942.0004d8945263a7b842dff
これだけあるとのこと。うーん何人か見落としてるなあ。
54人を写真撮影した方もいるので、
そちらの方もぜひご覧ください。
「ガルパン 街なかかくれんぼ」で検索してみてください。


で、ほんとは全部あたろうかとも思ったのですがそれはやめました。
というのも、この写真がずいぶん遠いことからもおわかりかもしれませんが、
土日ならいざ知らず、平日の午後二時頃ということで、
町全体が落ち着いた時間帯に突入していたということと、
商店と住宅が混在しているということを考えると、
こんな時間まで写真とられるというのは、
静かに暮らしている住民の方を思うといかがなものだろうと、
ちと考えさせられてしまったため今回はこのような遠方撮影とあいなりました。
なにせボロい携帯なのでこれ以上大きくすることもできません。ご了承ください。

途中、鉄道の路線をみる。
このようにこのあたりは高架線となっています。
005.JPG

駅にもどってきました。
ほんとうは駅の全景をもう少し近くで写したかったのですが、
一般の方がけっこういらしゃったので今回は断念しました。

駅の中には「ガルパン」専門店(本来はインフォメーション・コーナー)がありました。
004.JPG

そして帰りのホームには…
001.JPG

とにかく「これでもか」というくらいにおしてます。

考えてみれば 豊郷が旧校舎、鷲宮が神社、
というくらいしか売りのない町ということと同じで、
ここ大洗も港や水族館くらいしか売りがないように感じられました。

それを思うと、大洗という町のそれをアニメに託すというのも、
じつに切実な思いがそこにはあるという気がしました。

すでに放送は一応終了しており、
今後どこまでこの熱が続くかは不明ですが、
この日も何人ものガルパンファンを町でみかけました。

今は少しでもガルパンが大洗に人を長くひきつけ
そして顧みてもらえることを切に希望するものです。

http://www.town.oarai.lg.jp/
※大洗町

そういえばこの日、さんふらわあを見ていたとき地震に遭遇。
歩いていたのでそんなに大きく感じなかったのですが、
あとでみたら震度4だったとか。

福島から千葉にかけてはその後もまだ311がらみの余震が続いています。
横浜などはもうほとんど感じることはないのですが、
このあたりはまだまだそうはいってられないことをあらためて痛感しました。
早く地震が完全に沈静化してほしいです。

http://www.youtube.com/watch?v=YEbFsDs5Nh4
※3/11当日の大洗

http://d.hatena.ne.jp/oarai-hotel/searchdiary?word=%2A%5B%C5%EC%C6%FC%CB%DC%C2%E7%BF%CC%BA%D2%A4%AB%A4%E9%A4%CE%C9%FC%B6%BD%5D
※大洗ホテルの方のブログ

尚、来年(2014)の11月3日は大洗町発足60周年とのこと。
もし二期があるとしたらこのあたりにあわせてかなあ。

(補足)

じつはこの大洗行きは「ガルパン」+「さんふらわあ」が目的でしたが、
朝、電車に乗り遅れたりしたことで予定が大幅に狂ってしまったり、
町が想像以上に静かだったことなどから、
また近いうちにということで今回はこういう形になりました。
次回は土日祝日等に行くことを考えています。
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