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沼津とラブライブ!サンシャイン!! 、そして一部の暴走ファンに対しての雑感。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

三月終りの連休に沼津に行く。

沼津は今回は内浦へは行かず、
蛇松緑道から狩野川へ行く。


沼津港で今回「沼津バーガー」による。

ここで「深海魚バーガー」と「まぐろバーガー」を買う。

これがけっこうおいしかった。

特に深海魚はフィレオフィッシュによく似てはいたけど、
もう少しあっさりさっくりといったかんじだった。


このあと狩野川の堤防上の道へ行く。

じつは最近ここがけっこう気に入っている。


東南海の地震の時、
ここは津波の予想される高さより気持ち高く作られているが、
ここが避難場所となっているわけではない。

ただそれでもこれはかなりの高さだ。

そこから対岸をみると城のようなものがみえる。

A-3.jpg

八幡神社というお社らしい。


かなり高い場所にありそうだけど、
これも過去の津波の教訓からだろうか。
いつか行ってみたい。

近くには津島神社もあるらしい。

しばらく歩くと下に降りられる所がある。

どうもここは渡し場らしい。

A-4.jpg

これは「我入道の渡し舟」というものの船着き場で、
上流の沼津中央公園の「あゆみ橋」という船着き場から、
ここにくるらしい、

この手前が「沼津港」という船着き場で、
対岸に見えるのが「我入道」という船着き場とのこと。

詳細は以下のサイトへ。
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/sisetu/ganyudo/

ここをしばらく歩くと、
最近「聖地」になっている「欧蘭陀館」方面に行く。

行くとすでに何人ものファンが写真を撮影していた。

A-5.jpg

今回は中には入らなかったが、
じつはこの近くの土手からの眺めがなかなかなのです。

それがこれ。

A-2.jpg

右に狩野川を臨み、
中央に富士山。

そしてそこへ向かいながらカープを描く土手のそれが、
とにかくみていて気持ちいい。

おそらくこの感覚は水戸から大洗に向かうとき、
水浜線跡のはまだから六反田に向かう入口のあの直線に、
どことなく似た感覚を覚えるからだろう。

A-1.jpg

しかしそれにしても沼津駅から港大橋までの間は、
ほんとうにいろいろと賑やかだ。

沼津バーガーは土曜日とはいえ、
まだ十時前なのにけっこう繁盛していた。

新鮮館やそのまわりもかなりの混み方だし、
本当にここの食はとにかく豊富だ。

これは水戸や大洗も凌駕しているように感じられる。

このためだろうか、
大洗がすべての要素が混然一体としているのに対し、
こちらは、
沼津は「食べる」「遊ぶ」、
内浦は「観て歩く」
という感じに住み分けができているように感じられる。

もちろん内浦も「食べる」や「遊ぶ」もあるけど、
この二点に関してはかなり沼津の規模が大きい。

言い方を変えると
沼津が表玄関、内浦が奥座敷といったところだろうか。

とにかくなかなか聖地として面白い展開になってきています。


またここ沼津でちょっと気になったことに、
けっこう年齢層の低い所で
「ラブライブ!サンシャイン!! 」が広まっていること。

以前ラッピングバスを車の中から親子連れが見ていたことを話したけど。
それ以外にもけっこう小学生以下の層に、
いろいろと反応がでてきているようにみうけられる。

確かにキャラクターをみると、
三年の三人を除くと他の六人は中学生でも通りそうな雰囲気で、
あきらかにμ'sよりも年齢が低く見えるキャラが多い。

またμ'sが完成されたアイドルのようなのに対し、
Aqoursはいろんな意味でかなりとっちらかった個性の集団で、
μ'sのように個人でもユニットでも完成されたという感じがしない。

変な言い方だけどμ'sが「三人よれば文殊の知恵」なのに対し、
Aqoursは「三人よっても烏合の衆」みたいなところがあり、
逆にいえばひとつ先が読めない面白さがある。

どうも上であげたそのあたりが、
ラッピングタクシーやバス、さらには電車や各種告知物とあいまって、
ファミリー層に浸透している気配がある。

自分はこれを当初制作サイドの予想外の展開と思っていたけど、
どうもそうではないような気がしてきた。

というのも最近それを念頭にして再度本編を見直したら、
今までピンと来なかったところが、
かなりの部分でストンと収まったように感じられたからだ。


今年(2017)の10月に二期が始まるようだけど、
このあたりがどうなっていくのかかなり興味深いものがある。

この作品、作り方でかなり化けてしまうかもしれない。


ところで最後に、
どうも一部ファンがおかしな事をしているらしい。

正直言うと、
地元の了解もなくいろいろと勝手に押し付け的にやったり、
街の空気を読まない自分勝手な行動、
郷に入らば郷に従えを軽視もしくは無視する行為が、
ここにきてやや目につき始めているようだ。

これらの話が本当だとしたら、
こういう人たちが一部にいるのは本当に残念だ。


よく「ラブライバー」は常識や礼儀に欠けるという、
そういう話を聞くが、
自分に言わせればその言葉に甘えて増長し、
開き直っている人たちが一部にいるにすぎないという気がする。


だがたとえ一部でもそういうことをすれば、
それがすべてに渡って白い目でみられてしまう、

しかもちょっと考えればわかることだが、
それらの行為は他のファンにも迷惑をかけるだけでなく、
自分達の居場所もけっきょくは潰していることに他ならない。

これはがん細胞が繁殖することで、
宿主だけでなく自分さえ結局は死んでしまう、
いわゆる自殺細胞みたいなことをしているのと、
正直同じではないかとさえ思ってしまう。

酷いいいようだけどそうとしか思えないのだ。


ハッキリいってしまえば、
自由と無秩序の区別がつかないという、
そういうことにつきるのかもしれないけど、
このあたり子供じゃないのだから、
もう少し大人として行動してほしいし、
自分たちが沼津や内浦という場所を借りて、
「遊ばせてもらっている」という、
そういう感謝の気持ちを少しだけでもいいからもってほしい。

食事をするとき

「いただきます」

というそれと同じことだと思います。

決して金を落してやっているなどと、
傲慢な発想や行為などしてはならない。あたりまえだ。


とにかく「聖地」を大事にし、
そして
あまり作品やキャラ、
そして関係者を泣かせてほしくないです。

以上です。


あともちろんこれはこの作品に限ったことではないです。

他の作品の聖地でもたまに同じようなことをみかけるので、
対岸の火事などと決して思ってほしくないです。

こういう行為はそういう人達がバカにし蔑んでいる

一部「異常ラブライバー」と

なんらかわりは無いのですから。


あとこれもまた以前言いましたが、
最近「聖地」を観光としていろいろと立ち上がっているようですが、
こういう部分の注意喚起や、
地元の対応の仕方のマニュアルなどもこういう組織が率先して、
しっかとした対応や相談窓口を開設なりしていかないと、
そのうち「聖地」そのものが朽ち果てていくかもしれません。


目の前の美味しい話ばかりでなく。
こういう部分にもしっかり目を向け対応してほしいものです。

地元にまかせるのもいいですけど、
このままでは何のための「聖地観光」なのか、
ちょっと情けないです。



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Aqoursはファミリー向き? [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

「以前沼津に行ってアクアのラッピングバスに乗って信号待ちをしていた時、隣に停まっていた車の中から、母親と女の子がバスを指さしながら笑顔で何か言っていた。それ以前にも内浦で子供たちが同バスをみながら楽しそうになんか言ってたが、アクアはひょっとしてμ'sに比べてファミリー向き?」

ut01.jpg

ということをツィッターに投稿したところ以下のようなコメントが寄せられる形となつた。

「μ'sに比べてっていうよりもやっぱり我が街のキャラクターっていう認知度が進んでるんだと思います。あとラブライブというアニメは無印も含めて基本的に健全な作劇なので深夜アニメに拘らず子供に観せてる親御さんが多いのかな?」

「自分としては嬉しいですね。」

「μ'sはアキバでAqoursは沼津っていう立地も関係してると思うな
やっぱりアキバじゃ街の中にラッピングバスとかタクシーとか走らせられないし
その点沼津ならやりやすそうだしね、水族館とかもあるし」

「NHKで再放送するくらいなんで、健全性が高いのはお墨付きですね(^-^)
その続編ということで、お子さんと一緒に見てるファミリーも多いんじゃないでしょうか?
やっぱり地元が舞台で見慣れた風景が出てくるのはのは、嬉しいものですよ[わーい(嬉しい顔)]



これらのコメントで自分はいくつも気づかされる事になった。

ひとつは自分のそれは、
どこまでも観光者目線であり感覚であるということ。

そして地元は、
こちらの想像とはかなり違う形で波及しているということだった。


考えてみれば自分は沼津内浦には、
月一で行けば多いくらいの間隔で訪問してるけど、
地元の方は当たり前だけど毎日そこに住まわれている。

ラッピングバスやタクシーをみかけるのも、
自分なんかとは頻度の桁が違う。

またいろいろな場所でみかけるキャラクターのそれも、
地元の人にはほとんど日常風景と化している部分もある。


テレビの放送もSBSとBS11で行われ、
再放送もBS11でやはりされている。

本来深夜枠でやらなくてもいい作品なので、
リアルでみれなくても、
ビデオで録画していたことは充分考えられる


またこれと並行するかのように、
「ラブライブ」もNHKで全話放送されているので、
TVでみるそれはかなりあっただろうし、
小さな子供も親子でみていたことは充分ありうること。


ただ自分が不思議なのは、
本放送時よりもそれ以降の方が、
こういう一般層からの反応が顕著になっているように感じられたこと。


本放送の時はひょっとして地元の一般の方には、
正直あまり細かくは理解も意識もされていなかったのが、
放送がはじまりビジターが増えるに従って、
ようやく事のそれを理解しはじめたというのが、
ひよっとすると本当なのかもしれない。


なので本放送時盛り上がってたのは、
アニメファンを含むビジターや観光業の方たちが中心で、
むしろ今になって一般層に浸透してきているのでは?
という気がしてきたものでした。


しかもその浸透のしかたがオタクマニア系ではなく、
「プリキュア」みたいな感じのノリで、
ファミリー層を中心に拡がりをみせている。


だとするとこれは制作サイドも、
予想と違う展開になっているのかもしれませんし、
観光業の方たちも蒔いた種が違う形で芽を出してきたと、
少し違う感覚を今感じられているのかもしれません。

再度SBSかNHKで週末の午後あたりに再放送をすると、
その反応の真偽が確かめられるとは思いますが…。


ただこういう場合はたしてどう観光に反映されるのかが。
自分にはよくわからないし、
地元もけっこうこのあたりは手探り状態かもしれない。


千歌マークのみかん箱販売なんかは、
そういう意味でいい方向のそれかもしれないので、
やはり食関係で探っていくのはいいことなのかも。


考えてみればμ'sはただでさえひとりひとりの完成度が高いのに、
それがまたひとつになってもちゃんと大きくまとまっているという、
奇跡ともいえるような究極のアイドル完成型で、
しかも秋葉原という巨大な発信地に育まれたグループだった。

それに対してAqoursは地方都市の地元密着型の、
些かとっ散らかった個性派集団なので、
同じようにいくのは最初から無理というもの。

またμ'sと違って、
メンバーに生徒会長と理事長がいるため、
μ'sよりも独自になんでもできるし無茶もきくため、
良くも悪くも「枠」というものがあまりない。

ちょっと野放図な集団なのだ。

そういう意味では「ガルパン」の大洗女子に似ているし、
しかも大洗も会長が学園艦を取り仕切っているため、
こちらもなんでもできるし無茶もきくので、
Aqoursとしてはμ'sよりも共通点が多いかも。


また大らかなところで育ったせいか、
例え三年生が卒業しても、
「じゃあこれからはお盆と年末年始だけで」
とかいって地元繋がりということもあり、
延々と卒業しても趣味としてやっていきそうだし、
Aqoursという名前もどんどん学校内で引き継がれていくような、
そんな感じがしてしかたがない。


とにかくどこまでも何か日常の延長のような、
地元のそれを反映したかのようなAqoursだけに、
地元のファミリー層にも、
ゆっくりと浸透してきているのかもしれません。


ただそうなると今後いろいろと想定外の事がありそうで、
愉しみでもあり心配でもありという感じで、
これから先の制作スタッフや地元観光業の方たちの、
お手並み拝見というかんじになると思います。


Aqoursってちょっといろんな可能性をもったグループなのかも。



ところで最後にひとつお願い。

3月4日土曜日は、
国木田花丸さんの誕生日。
3月3日がひな祭りということもあり、
3月4日が文字通り花まつりになりそうな感じですが、
くれぐれも来迎寺さんで、
それがらみのことをしないようお願いします。


以前も申し上げましたが、
来迎寺さんはあくまでも地元の一寺院であって、
京都や鎌倉にある一般開放されたようなお寺ではありません。

単純なお参りは問題ないでしょうし、
撮影等は眺めを多少写す程度ならOKかもしれませんが、
あくまでも境内は私有地というスタンスをとられているので、
それ以上の行為は自粛されるようお願いいたします。


昨年このあたりの件で、
来迎寺さんが問題視される行為があったらしいので、
このあたりぜひご理解とご協力をお願いいたします。

自分もこあたりの勘違いがあったので、
現在深く反省しております。

自分が言うべきことではないのかもしれませんが、
重ねてよろしくお願いいたします。

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内浦の「聖地」についての続き。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

今の内浦が聖地としてどうこうというのはまだ判断が早すぎる。
大洗も最初はこうだった。
因みにJAなんすん重須店のビジターに対するそれは、
大洗でみかけるそれとよく似ている。
自分も内浦に来る度にかならず立ち寄る。
結局は続けられる顧客作りと話題と情報の発信。


因みに話題と情報というのはアニメ絡みということではなく、
街の以前からやっているイベント、
それも何気ないものでも日常の事でもOK。
大洗の情報をよくみてれば分かるけど、
すべてがアニメ絡みというわけではない。
つまりアニメも一般も、
ビジターを分けては考えていませんよという姿勢が大事。


大洗の成功はこういう全てを並列化してやったところが大きい。
あとはそこにどうラブライブをうまく添えるかというところ。
無理な焚きつけを最初からやっても無理。
誰にも負担がからない、
やってて自分も楽しめるというものがベスト。
そうすれば街全体にもそれが広がっていく。


ただしそれはすぐできるもんじゃない。
大洗のように観光の鉄壁のノウハウをもっていても数年がかりだった。
ただ常に横と多くの意見を交換するのは大事。
最初からあんこう祭りも13万人集まったわけじゃないし、
今でも平日はけっこう静か。
このあたりのメリハリもじつは重要。


それを思うと、
とにもかくにもこれからだと思う。
二期が発表されるとまたいろいろと出てくると思うけど、
今はどういう方向と姿勢でやっていくのかを、
内浦の特性を活かし意見をすいあげていろいろと考える時期だと思う。


あと今までの事を精査するとき、
うまくいかなかった事ばかり反省するんじゃなくて、
うまくいった事を

「なぜうまくできたのか」

を検証することもとても大事。
これができれば、
次はひとつ上のステップからはじめることができる。

(以上ツイッターでの発言を一部修正してここに再掲載)


ツイッターはどうしても字数制限があるので、
言葉足らずでいつも以上にぶっきらぼうになる。

なのでここではもう少しいろいろと付け足しで…。


内浦は以前も、
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2017-01-12
書いた通り、
大洗よりもいろいろと縛りがある。

なので何から何までまねることは当然できないが、
だいたいそんなことしたら内浦のオリジナリティが無くなるし、
二流に出来損ないの「大洗」しかそこには生まれてこない。


そんなものは百害あって一利無しだし、
ビジターの誰もそんなことは望んでいない。

なのでいつもは普段着でやってて当然だしそれが理想。


「ラブライブ」を目当てに来た人には、
媚びるのではなく、
この「内浦」の良さを知ってもらうのがまず大事。

だからいろいろとした約束事を、
一般に広めるのが大事と言ったのです。


「ラブライブサンシャイン」は、
以前の「ラブライブ」と違って、
かなり地域密着型のストーリーとなっている。

そしてそこで描かれているのは、
まったく「普段着」の内浦だということを忘れてはいけない。


だからもし内浦を広めるとしたら、
そこの「売り」「特産品」「祭事」などという、
いつも扱っている、
もしくはいつも手掛けているものを、
まんべんなく広めていくことが大事。

そして問題はここからで、
ツイッターでも例にあげさせていただいた、
JAなんすん重須店のように、
普段のスタイルを崩さない、
だけどそこにうまく「ラブライブ」を添える、
そして会話の重視。

もちろん「ラブライブ」の事など、
そんなに細かく知る必要はない、
ただ話を聞くだけでもいいと思う。

ここでのなんとも穏やかな会話や、
人同士のやりとりは、
大洗でもみかけたアニメ抜きの通常モードのそれだった。

じつはこういうものが、
再訪問者を惹きつける力が強い。
大洗の成功例はじつはそういうものもかなりある。


アニメであれだけ内浦を売ってるのだから、
内浦も自分たちの今まで培ったものを、
よりハッキリと明確に打ち出せばいいのであって、
間違っても無理に媚びる必要は無い。


短期決戦型ならそれもありだけど、
正直ここではそれも必要はあまりないと思う。



正直言うと、
大洗に「ガルパン」本放送終了後の翌月末、
放送開始から七か月後に行ったとき、
大洗とガルパンのそれは、
なんかちょっと異質な感じがしていた。

なんというのかふつうの街にアニメが侵食してきたような、
そういう異質なものとの共存に、
311以降落ち込んでいたそれの浮沈を若干かけていたとはいえ、
なにか妙な違和感というか、
街からは決してガルパンを全面的には受け入れていない、
なんかそんな雰囲気が感じられた。


だがそれが訪問するうちに次第に和らいでいき、
気がつくといつのまにか、
大洗がガルパンをひとつのツールとして吞み込み、
完全にコントロールし共存していた。

ここまで放送開始からだいたい四年。

これを内浦に例えると2020年というから、
東京オリンピックの頃ということになる。


もっともガルパンは繋ぎにつないでの現在進行形なので、
「サンシャイン」がそのころどうなってるのかは分からないが、
それでも今の内浦は大洗のあのころとあんまり違わない。


もし違うとすると、
アニメのキャラの使い方を、
もう少し町全体で積極的に使ってもいいのかなと。

なんかそのあたりが大洗に比べると、
ちょっともったいないというか。


以前観光客用の「津波避難マップ」を配布用に作成して、
それにサンシャインのキャラを使うといったのは、
そういう意味もあるのです。


タクシーやバス、
それに電車も確かにいいけど、
そういう部分も有りじゃないのかなと。


あと積極的に受け入れをしたいところは、
もっとネットでガンガン発信した方がいい。

目につくのは、
沼津港の丸勘さんくらいなもので、
肝心の内浦のそれはあまりみえてこない。

なんか沼津だけが賑やかで、
肝心の内浦はかなり冷めてるんじゃないのかと、
それこそ三津シーとあわしまマリン以外は蚊帳の外的な、
ひょっとするともういいやという感じなのかなと、
そういうふうにさえ思われる時がある。


もちろん実際はそうではないと思うけど、
普段のスタイルを無理に崩す必要は無いが、
もう少しこのあたりはやってほしいかなあと。


なんか今の全日本プロレスやノアを見ているみたいで、
もったいないなあという気はする。

観光用はどんどん使って、
普段着の部分は無理して変える必要はないという、
そういう住み分けがキッチリできると、
地元もビジターも楽に、
そして潤滑にまわっていくとは思うのですが…。


というわけであくまでも横浜在住の余所者の戯言でした。



あと話は違うけど、
一度アクアのキャラも絡めて

「のっぽパン祭り」

とかやったら面白いかも。

過去にもあったようですけど、
ここでは限定のキャラを一人一人プリントしたものや種類を、
そのときだけ限定で発売したりとか。
過去に販売されたものを復活させてみるとか、
さらには他の特産品の食材も混ぜてみるとか。

そういうかんじでです。

けっこうこういうパン祭りとか食フェスって、
ひとつハマるとおもしろいんですよね。

大洗なんかこういうノリのものもけっこうありますし。


ネタのひとつということでもビジターに

「こういうのやったらおもしろいかなあ。」

みたいに聞くのもありかなと。


001.jpg

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内浦と大洗 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

このふたつ、
今話題の作品のアニメ聖地だけど、
「漁港」という部分以外は、
じつはかなり対照的といっていいのかもしれない。


それは街の形状やいろいろなものの配置にもあると思う。

大洗は漁港だけでなくフェリーターミナルや海水浴場が、
かなり長い距離で展開されており、
しかも街はその沿線上に半円形に大きく広がっている。

これに対して内浦は湾内に楕円状に展開しており、
山が背中にせまってきているせいか、
大洗のように大きなスペースがあまりない。

しかも漁港も海水浴場も狭い範囲にコンパクトに収まっているため、
大洗のような大量な交通量や、
大勢の人たちを動員してのイベントも対応しかねる部分がある。
(その大洗も時として飽和状態になっていますが…)


また大洗は茨城屈指の観光を生業としているせいか、
宿泊をはじめ街全体かせかなりそれに沿って賑わっているのに対し
内浦も確かに三津シーや淡島マリンのような水族館が、
比較的近しい距離に存在していて、
それの間を中心に賑わっているような感じになっている。


だがその賑わい方は、
大洗に比べるともっと素朴で、
自分が「サンシャイン」放送直前の6月に行った時は、
一部のファン以外は、水族館の入場者と太公望以外、
じつはあまりみかけない感じだった。


ただ内浦に秋に再訪したとき、
大洗に初めて行ったときとかなり雰囲気が酷似していたことも確か。

どちらも本放送終了後ということだったけど、
大洗は今よりも巡礼者は少なく。
肴屋さんの前も仲町の商店街も、
ごくふつうの港町の昼下がりという感じで、
のんびりとした雰囲気が横溢した、
写真を撮るのもちょっと退ける部分があった。


だがその後大洗はご存知の通り、
映画がはじまるまでも人足が落ち込むこともなく、
確実にファンを顧客化し、
さらには新規開拓もしてきた。

これはその観光地としてのノウハウを、
各自のネット発信で活かしたり、
企画を次々と打ち出すことによって、
大洗の鮮度をつねに磨いてきたことにも、
このあたりとてもよく活かされていた。

以前あるところから聞いたことに、
「店づくり」「人づくり」「(顧)客づくり」
というのを聞いたことがある。

特に三番目が大事で、
「固定」ではなく「顧みられる」ことが大事という、
その言葉は今でも強く印象に残っている。

大洗はそれを街ごと今回実践し、
その成果が今の状況だという気がする。


これに対して内浦はというと、
今のところ「ガルパン」の初期状況と、
じつはそんなに変ってはいない。


大洗もじつは最初期いろいろと問題がやはり出てきた。

それは今内浦でも問題になっている部分と重なっているようだけど、
今はどうにかこうにかその部分は外見上収まっているようだ。

自分はここもそうだけど、
秩父、鷲宮、といった聖地も同じような問題を経験してることを思うと、
このあたりからいろいろと意見を聞き、
研究と対応をすべきではないかと思っている。
(すでにされているのならそれは素晴らしい事です)


特に規模や質は違うが同じ観光地であり漁港の「大洗」や、
内浦同様あまり大きく場所が展開できない「鷲宮」のやり方も、
真似をするのではなく、
内浦にあって使えそうなものは、
いろいろと試しいくべきではないかという気がする。


特に観光とは無縁の部分が「聖地」になった場合の、
そこへのフォローとビジターへの周知徹底はかなり大事で、
このあたりでぬかると、
あとあとまで街の中で亀裂が走る場合がある。

街にとってありがたいことが、
街を割ってしまう要因にだけには絶対させては拙い。


ローカルルールというものはどこにもあるはずなので、
このあたりを広くこちらにも知らせてくれると、
こちらもそれを現地の方と同じレベルでのマナーとして、
恙なく行動できると自分は思う。


訪ねる方も訪ねられる方も、
誰だって嫌な顔や気持ちで終わりたくはない、
そこの部分の認識はどちらも一致しているので、
あとはそれをどうするかということ。


このあたりは公式サイトがいちばん発信力が高いのだろうが、
「ガルパン」ではこのあたりは地元サイトの力が大きい。


このあたりの役割分担や、
どこが「内浦の顔」として発信していくのかという部分、
特にネットでのそれをどうしていくかというそれは、
焦る必要はないかもしれないけど、
そのあたりも今後詰めていってほしいと思う。


偉そうな事を言ってしまったし、
地元に地元のやり方やご苦労があるので、
そうは簡単にいかないというのが現状だと思うけど、
とにかくひじょうに魅力的、
特に自然環境が素晴らしすぎる所でもあるので、
その魅力を発信し地元が無理なく賑わうことを願う一人としては、
今後このあたりをうまくやっていってほしいと願う次第。


近いうち大洗と内浦を、
そういうことを思いながら再訪したいと思います。

そこでもしまた気づいたことがあれば、
またここに書いていきたいと思います。


あと地震の時の津波等の対応も、
内浦の観光の要所各地では、
紙媒体で配るものがあるとほんとうはいいような気がするけど、
このあたりは以前も述べているので、
ここでは提案のひとつとして。


最後にこれはそれ以前の問題だけど、
自分たちはあくまでも、

「その場所を借りて楽しませてもらっている」

のであって、

「来てやってるんだ!」

という感謝の気持ちがごっそり欠落してるようなのは絶対ダメです。

せめて食事をする時「いただきます」というのと同じくらいの、
そういう最低限の感謝の気持ちは常に心掛けたいものです。


あいかわらず偉そうなことばかり言ってすみませんでした。


ただなあ、
これ書いて今のクラシックのコンサートでの、
ときおりみかける惨状をみると、
まだ「聖地」へのビジターの方がまともなんだよなあ。


どんだけ荒んでんだか、クラシックは。


以上で泣きながら〆。

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「一般社団法人アニメツーリズム協会」設立、に一言。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

アニメ・漫画の舞台やモデルになった「聖地」を認定し、観光活性化を図る「一般社団法人アニメツーリズム協会」が16日、設立され、「機動戦士ガンダム」シリーズなどを手がけたアニメ監督の富野由悠季理事長らが都内で記者会見した。富野理事長は「アニメは好奇心を喚起する。好奇心を抱いた若者に土地の風土、習俗を知ってもらうのは文化交流そのもの」と説明。「アニメツーリズムは一つの組織で完結できない。総力をもって特別な魅力を海外の人にも知ってもらい、相互協力で花を咲かせてもらえれば」と語った。


 現在大ヒットしている映画「君の名は。」など人気作が出るたび、熱心なファンが作品の舞台を訪れる「聖地巡礼」は盛んになる。これまで大きな効果をもたらした事例として、「らきすた」の埼玉県鷲宮町(現久喜市)などが知られる。同協会は、「聖地」を▽舞台・モデルになった地域や場所▽作家ゆかりの街や生家、記念館▽作品に関連する博物館、建造物、施設−−と定義。海外でも日本アニメ・漫画ファンの「聖地巡礼」へのニーズも高まりを見せているとみている。

 一方で、「聖地」で何かビジネスを展開するには作品の権利関係の問題が発生するほか、熱心なファンが集まるその場所が本当に「聖地」なのか、「公式」の見解がない場合も多い。国内のファンに比べ、簡単には現地に行けない海外からの誘客にはそうした点がネックとなる。訪れる人のマナーの問題などで地域住民とあつれきが生まれてしまうこともあり、観光面では受け入れ態勢の整備も課題となる。

 同協会は、まずネットでファンから「おすすめの聖地」を募るアンケートを実施。「霊場巡り」にちなんで88カ所を選定しPRする。また「聖地巡礼」の広域観光モデルルートを官民連携で作ったり、受け入れ態勢の整備などで企業や地域との間の仲介、調整をしたりする予定。特にアジア圏を中心に海外発信に力を入れる。選定などは来年中が目標で、2020年にはアニメツーリズムで政府目標の訪日外国人数4000万人の10%に相当する400万人を誘客することを目指す。

 同協会は、KADOKAWAの角川歴彦会長が副理事長を務めるなど、コンテンツホルダーとしてはKADOKAWAを中心に発足した形となっている。JTBや日本航空の役員らが理事会のメンバーに加わった。協会事務局は「他の出版社などコンテンツホルダーにも参加を呼びかけている。そこでしか買えない土産物を作るなどツーリズムには多くの業種が不可欠。広く企業・団体の参加を募りたい」としている。【最上聡】

http://mainichi.jp/articles/20160917/k00/00m/040/053000c

http://shadan.animetourism88.com/
一般社団法人アニメツーリズム協会公式サイト



ひじょうにいいニュースである反面、
正直長続きするのかどうかという心配がある。

ようするに
途中で協会の「顔」がみえなくなってしまうのだ。

何してるの?
一般に意味はあるの?

という問題もあるけど、
それ以上にこういうことにかかわっている人たちが、
一本化できるというか、
ひとつの方向性に向かってどれだけ集結、
そして継続できるかということだ。


なんか散発的な打ち上げ花火的なものが多いので、
このあたり一考を要してほしい。

また年一で、
どこかの会場でこういうものを、
講座や展示等を一堂に集めたフェスをやるとか、
(「AnimeJapan」時の同時開催などがいいかも。)
たいへんかもしれないが、
そういうことも念頭に入れてほしい。


十年もてばひとつの軌道にはのるだろうけど、
最近三年くらいで息切れするもの、
けっこういろいろみてるからなあ。


頑張ってほしいです。

とにかく継続とにかく活動です。
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聖蹟桜ヶ丘に行く (「耳をすませば」の聖地散策) [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

午前中山梨で午後聖蹟桜ヶ丘。

いくら時間が無いとはいえちょっときついなあというのが本音。

聖蹟桜ヶ丘駅
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青春のポスト
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その横にある「耳をすませば」のモデル地案内板。
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場所としては駅入口のすぐ側。
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ここは「耳をすませば」の聖地巡礼。

…といいたいのですが、
日大の毛利さんがおっしゃっているように、
それは聖地というにはあまにも慎ましやかという佇まいで、
ジブリ云々というのもあるだろうけど、
大洗とも秩父とも鷲宮とも違う、
この街のもつ独特の雰囲気がそういうものを形成しているといっていいと思う。

ただしそのことがつまるところ、
ひとつの聖地としての理想形をこの街なりに築いているという、
その証ということにもなると思うのですが。

いろは坂方面に向います。
これ以降「耳をすませば」関係を紹介するようなボード等はありません。

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しかし、いろは坂とはよく言いました。
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さらに坂を上っていきます。
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坂上の金毘羅神社。ここも舞台のモデルとなりました。
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それにしてもここは今までの聖地によくみられた、
空の広さがあまり感じられない。

…というより森と木々のそれがじつに印象として残る。
これはジブリの他の作品でもよく見かけるシーンでもあるし、
ある種のモティーフやテーマにもなっている。

ジブリというのは
「サハラ砂漠に吹く熱風を意味するイタリア語」
とジブリのサイトには書いてありますが、
砂漠なのに印象として残るのは木や森というのも、
何かその裏に深いメッセージがあるのかなと、
「日本のアニメーション界に熱風を起こそうという思いを込めたネーミング」
以外の何かをちょっと考えさせられる光景でした。

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それにしてもこの街はこういう景色が多い。

あの飛行シーンもこういう景色からヒントを得たのだろうか。

郵便局
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この街の中心にあるロータリー付近。
ここも映画のそれになってます。
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そしてこの付近では有名なノア洋菓子店。
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なんか男性一人では入りにくいということらしいが、
けっこう素朴なつくりなので自分としては無問題。

中へ入るといきなり本名さんの「カントリーロード」が流れていた。

「午前が『三十郎ード』で午後が『カントリーロード』とはこれいかに」

とくだらないことを考えもそこそこいろいろと拝見。

意外にもお煎餅なども販売していて微笑ましかったが、
ここは二個一袋で税抜260円のアップルパンを購入。
(※アップルパイではない。)

お店を出て写真をもう一枚。

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そしてここで携帯をしまう。

このあたり一帯は静かな住宅街。
さすがにこれ以上のことは平日の午後ということで差し控えた。


鷲宮あたりとは違いじつに静かな聖地だった。

まあ神社にも明治神宮のようなものもあれば、
家の近くにある稲荷神社氷川神社のようなこじんまりとしたものもありと、
いろいろあるのでこれはこれでとても落ち着いたいい雰囲気のものでした。

ただここもかつてはやや賑やかにすぎて問題が起きたとのこと。

なかなかこのあたりのそれはほんと難しいものです。


このあと歩いて小田急永山駅に行く。

そういえばここはかつて多摩大学のゼミが、
「多摩地区にクラシック音楽を広める活動」
の一環としてコンサートを開いた場所があるところだ。

多摩大学は「耳をすませば」のそれで、
この聖蹟桜ヶ丘は大学の近場ということもあり、
多少関わったことがあるとのこと。

具体的ではないけれど、
音楽から多摩大学とこの桜ヶ丘とで、
このあたりをからめた企画なども、
かつてはあったのかもしれないけれど、
来年(2015)は「耳をすませば」公開二十周年ということもあるので、
(また監督の近藤喜文さんの生誕65周年にもあたります。)
あらためて一考されてはどうでしょうなどと思ったりもした。

もちろんそれは一過性のものではなく、
定期公演へとつなげていければというかんじでです。


とにかく大洗や鷲宮等と違う、
じつにひっそりとした静かな時間を大切にする聖地でした。

もっとも土日は多少雰囲気も変わると思われますし、
ちょっとしたいいかんじの散歩道にもなることでしょうが…。

とにかく聖蹟桜ヶ丘から小田急&京王永山へ向かう、
ちょっとしたウォーキングコースとしてもなかなかの場所でした。

タイトルが「聖地巡礼」ではなく「聖地散策」となってるのはそのためです。

最後に。

ノア洋菓子店で購入したアップルパン。

帰宅後食したところ、
中にリンゴがけっこう入ってるし、
甘さも抑え目で全然しつこくない素朴な味わいで、
とてもおいしくいただきました。

日曜祝日が定休日なのは残念ですが、
また来る機会がありましたらまたここのパン等を食してみたいと思います。


以上で〆。
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「用心棒」の歩いた道。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

黒澤明監督の名作「用心棒」(1961)。

じつは自分も大好きな映画なのですが、
偶然あるサイトでその撮影現場を知った。

そんな中で特に印象深いシーンのそれをどうしてもみたくなった。

「用心棒」の道を歩く!

…というわけで行ったのですがここが凄い。

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もういきなり富士山がお出迎え。
角度の関係で宝永山がみえないので、
横浜あたりからみる少し右肩をいからせた富士山とは違う。

本当に左右対称の美しい富士山だ。

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余談ですが甲府につくあたりからだろうか、
前に座っていたこれから冬山登山に行くようなかんじの女性の方が、
なんか外をずっとみていたのですが、
帰りの電車に乗っていてこの富士山をみていたことがわかりました。
まあたしかにこれは見惚れてしまいます。

この富士の反対側には遠いけど八ヶ岳らしいものがみえる。
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こちらで拡大できます。
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そして背後には白根三山。
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そうこの白根三山があの「用心棒」冒頭に出てくる山なのです。
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全景
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そうか、こんなところから映してたのかとなんか感激してしまいました。

そして富士山も壮大です。

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もうこれだけでも満足なのですがさらにもうひとつ。

三十郎が宿場に向かうこのシーン。
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この道がなんと近くにあった。
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この中央付近にある緩い登り道が今のそれ。
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当然歩きました。半世紀前に三船敏郎演ずる用心棒の歩いた道。
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いかん。我ながらちょっと興奮気味。
このシーンで横にあった石塔も未だ健在なのにはもう感激です。

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実際映画で映ってるのはここまでですが、そのまま歩いてみた。
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けっきょく何もありませんでした。

因みにこの冒頭オープニングの後、
このポーンと三十郎が木の枝を上に放るシーン。
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このシーンがあったのはこの道に入る手前の交差点に当たります。

わかり辛い写真で申し訳ありませんが、
三十郎の背中にみえる登り坂風の道は、
この写真では右に伸びている道にあたります。
そして中央が先ほど歩いた道です。
この右の道、けっこう車の通りが多くて歩くとき要注意でした。
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じつはもっと分かり易い角度からも撮ったものがあったのですが、
興奮したのか保存してませんでした。
グーグルのそれをお借りしておきます。
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しかしそれにしてもここを見つけロケ地にしたスタッフは凄いです。

正面には茅ヶ岳
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左手に遠く八ヶ岳
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右手には富士山
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そして背後には白根三山。
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五十年前は何もなかったと思われる場所なので、
このあたりの山々のそれはさぞやより壮観にみえたことでしょう。

じっさいはこのあたりにもまだいろいろとロケの跡地があるようですが、
時間の都合でそこまではみませんでした。

ただロケ地云々抜きにして、ここの風景は最高でした。

すごいです。


因みに場所は山梨県甲斐市ですが、
JR韮崎駅から徒歩三十分強程の場所です。


帰り際韮崎駅から「平和観音」方面を臨む。
この「平和観音」は高崎や大船のそれらとあわせて、
関東三観音と呼ばれているとのこと。
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今回歩いた道。
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※B印が今回撮影した場所の中心となった交差点です。
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聖地巡礼についての雑感。その2 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

最近ある場所である光景出くわした。
具体的には言えないが今回はそれに関係したことを書きたい。

聖地巡礼というと、
アニメファンの多くがその舞台となった場所を探訪する。

というのが外側の現象だ。


で、この外側の現象からもたらされた結果、
特に数字的なもので著しいそれがあらわれ、
それが成果としてニュースとなり発表なりされると、
それに飛びつくものがあるのは昔からのあれなので、
それはそれでしかたがない。


だが正直その現象をはたしてどこまで理解、
そしてその功罪の「罪」の部分まで理解しているのかを、
はたしてそのとびついた人たちは理解しているのかということ。

そこがとても正直心配だ。

例えて言えば
風邪をひいてその結果お腹が不調をきたしているのに、
「たのむから整腸剤をください」
としか言わないで大元の風邪を治そうとしない…、
といっていいのかもしれない。


なんかそんな感じがとても感じられることが最近あった。

じゃあそれに対してどうすればいいのかというと、

「聖地巡礼は町おこしではない」

ということからなかなかいい案はそう簡単にはでてこない。



たしかに飛びつく人は「町おこし」の手段や道具として使用したい。
地方へ行くと、その気持ちは痛いほわかるときがある。


だけどそれに飛びつく方が考えているような、

「アニメの舞台になればいい」

という、そういった簡単な問題ではない。

だいいちそのアニメが極めてマニアックな場合、
果たして地元のその他大勢がどれだけ理解賛同してくれるのか、
さらには本編をみて眉をひそめる人だっているかもしれない。


本放送中に数字として利益がもたらされている場合はまだしも、
それが過ぎ去った場合の祭りの後の寂しさに直面したとき、
結局街のもった風邪は治るどころか、
先に述べたような心的な問題等により深刻化していることだってありうる。

さらにその効き方が優しいか激しいかも未知数なところがある。

優しすぎて全然利益に反映しないものもあれば、
激しくて現地が受け入れ不可能な状況に陥る可能性だってある。

ある意味ひじょうに扱いが素人には難しい。

いや専門家だって読み切れない部分が多々あるといっていいだろう。


理想としては漢方薬的な、
適度な効き目と長続きする効果、
そして何よりも街そのものが持つ生まれつきもった強さと良さの回復にという、
自然治癒による街の復興だろう。

だがアニメそのものはどちらかというとその真逆の要素がある。
特に深夜アニメは短いスパーンで強いインパクトを狙って来るので、
その傾向が強い。

例えばその使用されたOPやEDがどれくらい売れ続けているか、
そのあたりの統計をとれば何となくお分かりになるのではないだろうか。

逆に言えばそのOPやEDが長く売れ続けるようなアニメの聖地は、
やりようによっては「漢方的」な効き目を期待することも可能だろう。

あと最終回の評判や最終回放映後のBDの販売の落ち込み量なども、
これらの目安になるのではないだろうか。

だが放映前のアニメに聖地が投資するということは、
正直先物取引でもかなり危険な部類に属するかもしれない。

特にオリジナル作品はそうだろう。

いくらP.A.WORKS がやろうが茅野愛衣さんが出ようが、
鉄板とはだれも言い切れないものがある。

にもかかわらずそれでも強い効き目の「整腸剤」を要求するような、
そんな人がやはりいることは確かなのだ。


街おこしではない「聖地巡礼」。
劇的かつ短期的な効果を起こしやすい「アニメ」による聖地効果。
少しでも早く効果があらわれることを期待する一部の聖地に関わる人々。

この三すくみの関わり、
何ともアンバランスで怖いものがあるが、
逆に言えばあともうひとつ、
これらを中和して「漢方的」な効き目ももたらしてくれるものが加われば、
多少なりともいい方向へ進むことは確かだ。


だがそれが見えそうでみえないのもまた事実で、
それがみつからない、
またみつかったとしてもそれを一般の人に納得できるよう噛み砕けなければ、
それはそれで単なる無用不要なものと化してしまう。

ほんとうになんとも悩ましい事だと思う。


そのことも含めて多くの研究者の方々が、
「聖地巡礼」のことを研究しているのだろう。


そんな中で最近じつはジブリ系アニメの聖地研究で、
じつにおもしろいものを見かけた。

それはその聖地になっている聖蹟桜ヶ丘で実施した意識調査で、
これはなかなか面白いものがあった。

そしてその結果は深夜アニメのそれとは明らかに違う、
こちらの予想に近いものが数字としてあらわれてきた。

確かにやや定点観測的にすぎる部分や、
ここだけの一本釣りで聖蹟桜ヶ丘に来たのかとか、
どういうアニメが他に好きなのかという部分が若干弱い部分もあるにはあるが、
(もし「プリキュア」が好きな人が多かったら個人的に興味深いものがあるのですが…)
これはこれでじつにおもしろいものがあった。

そしてそこから「アニメ」と「ジブリ」の違いというものが、
じつによく感じられるものがあった。

それはこの発表の後の登壇者と一部の人の質問のやりとり(一悶着?)からも、
逆の意味でよりそれを強く感じさせるものがありました。

人はよくアニメというとジブリも深夜アニメも全部ひとくくりにしてしまうような、
そんな傾向があるようだけど、
例えばオペラでモーツァルトの「フィガロの結婚」を観に来た人に、
リヒャルト・シュトラウスの「ナクソクス島のアリアドネ」や
ベルクの「ルル」のことを同じオペラだからといっていきなり質問するのとこれは同じで、
どうせ聞くならビゼーの「カルメン」やヴェルディの「椿姫」、
さらにはロッシーニの「セヴィリヤの理髪師」というところの方が筋というものだろう。

…といってはたしてクラシックが好きではない人に、
今の上にあげた文が果たして理解できる人がどれくらいいるだろう。

つまりジブリと今様の特にTVの深夜アニメというのは、
それらを詳し知れば知るほどその違いが明確になるわけで、
同じアニメだからといってその性質はかなり違う、
同じ球技だからといってサッカーとアイスホッケーが違うように。

でもだからといってそこの部分ばかりをクローズアップしてしまうと、
正直この貴重な研究成果が無にされかねない。

むしろジブリと今様のアニメの違いをここの部分から読み取り、
それを聖地の研究にうまく昇華するのがこれまた筋というものだろう。

それをジブリとアニメは違うといって最初から色眼鏡をかけてみてしまっては、
いくつかの可能性を最初から放棄してしまうことにもりかねない。

だからこそこの研究はとても貴重だと思うし、
正直とても興味深くうつってみえた。

しかもこれを突き詰め応用すれば、
なぜジブリアニメから声優が消えたかとか、
声優と聖地の「鎹」以外の共通項などもみえてくるのでは?
というものもなんとなくだが感じられた。

これは個人的にこの手の研究で最も興味深いもののひとつでした。


最後に。

自分は大洗に行くとき水戸から大洗まで水浜線の廃線沿いを歩くことにしている。

ここで面白いのは、大洗におけるアニメのそれはコンテンツツーリズム。
水戸から大洗における廃線のそれはエコツーリズムになってしまうらしいということ。

ただそうなると鷲宮一帯を「らきすた」がらみで歩くことはコンテンツツーリズム。
ただし鷲宮神社をそういうこと抜きで参拝することはエコツーリズム。

となってしまうのではないかと思われてしかたがない。

正直どうでもいいことなかもしれないが、
なんかコンテンツツーリズムとエコツーリズムって区別する必要あるのかなあ?と、
ちと考えるようになってしまった。

そりゃ各々の学界の人はいろいろと言い分があるだろうけど、
なんかコンテンツツーリズムを紐解くためには、
まずエコツーリズム対象地の定義が、
コンテンツーリズムの対象地の定義とどれだけ重なり、
どれだけ重なってないかと言う事が大事。

たけど本当にその違いがどこまであれなのかということが、
ひょっとするとどちらの人たちも明確に定義できてないのでは?
という気もじつはしている。

たしかにこれは明確にコンテンツツーリズム、
こちらはエコツーリズムと言い切れるものはあるだろうけど、
それが明確に言い切れないものもあるだろうし、
またその二つが密接にからみあってるものもあるだろう。

そういう場合はいったいどう横で連絡をとり研究してるんだろうと、
とにかくこのことがとても気になってしかたがなかった。

ひょっとするとこのあたりはもう当事者同士で、
いろいろと話し合いがもたれてるのかもしれないが、
何か新しい要素と分野を開拓するはずが、
じつは袋小路に入りそうな危険性に直面しているような、
なんかそんな感じもしたものでした。

それだけに先の「耳をすませば」のような、
ジブリとそれ以外のアニメというものに既存の価値観を持ち込み、
最初から分けていろいろと凝らすということをせず、
この二つをあえて向い合せたそれに自分はとても新鮮なものと、
その向こうにある大きな可能性のようなものに強く惹かれるものがありました。


まあとにかくこのジャンルはかなりその中身だけでなく、
それを取り囲むものもなかなか複雑なものがあるようです。

以上で〆。
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秩父に行く。(その後の「あの花」聖地・聖地巡礼編) [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

秩父夜祭の日、ちとかつて行った聖地再訪を行う。

「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」

因みに「心が叫びたがってるんだ。」がらみのそれではないし、
夜までいなかったので「あの花スターマイン」を観に来たわけでもない。

「あの花夏祭」が今年(2014)で終了した今を、
ちょっと秩父夜祭がらみで見に来た次第。

駅につくと
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街の中にも
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そして夜祭が賑わっていたこの日、
あちこちに以前ほどではないが他にも「あの花」のそれがまだあった。

ただ中には色あせたものもあり、
それがある人にはまだこの街の「新しい住人」、
またある人には「すでに過去のもの」という、
そういう部分も見え隠れしていた。


このあと屋台の牽引の前にかつて訪れた秩父橋へ行く。
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以前歩かなかった橋の下へ。
以前は夏の、しかも猛烈に暑い日だったので、
ここへ行く前に帰路についていたのでちと心残りだった。
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再び橋へ。
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※自分にはやれと言われても無理です。

このあとそのまま駅に向うつもりが、
いつの間にかかつて訪れた場所へと足が向く。
いちどしか来てないのに我ながらよく道筋を覚えていたものです。
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かつてのあの花仕様一色だった自販機の今。
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一部だけ名残。
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定林寺
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すべてが以前のまま。


というか以前どおりの自然体であり日常風景でした。

それにしても例えば
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ここなどはふつうの地元住民の為の憩いの公園。

そんなところにかつては見知らぬ人たちが写真を撮ったりしていたのですから、
事情を知らない人たちには

「人さらい?」

なんて心配に思ったり怪訝に思ったりした人もいたことだろう。

それを思うと
「聖地巡礼」の危うさというものも、
この日ふと感じさせられたものでした。


この一か月で大洗、豊郷、秩父と歩いた。

三者三様の「聖地」の今をみて、
正直じつはいろいろなことを考えている。

なんというのか「聖地」のもつ温度差というか、
価値観の相違というかなんといいますか…。

このことについてはいろいろと今後書いていきたいと思います。


以上で〆。




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聖地巡礼についての雑感。その1 (長文です) [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

最近彦根と豊郷に行った。

彦根は彦根城、
豊郷は豊郷小学校旧校舎群をそれぞれ観に行った。

その後豊郷で「聖地サミット」に行き、
そこで基調講演を受けているときちょっとした疑問を感じた。

ここで最初にお断りしますが、
自分はコンテンツツーリズムとかコンテンツ史とか、
そういう難しいことは全然わからない人間です。
そんな素人が感じ考えたことという事で以下話は進みます。
ご了承ください。


彦根城と豊郷小学校旧校舎群を観に行くという行為。
これそのものはどちらも「観に行く」=「観光」であることに変わりない、
ではなぜ豊郷に行くそれは聖地巡礼とよばれ、
おとなり彦根に行くそれは観光になってしまうのか。

どちらも歴史的文化財であることは変わりがない。
もし違いがあるとすれば、
豊郷のそれに「けいおん」というアニメのそれが付加されているくらいだろう。

では「けいおん」を意識して豊郷に行く人のそれは聖地巡礼なのに、
それを意識せずただ豊郷の文化財を観に行こうという人の行為は、
聖地巡礼のアニメファンとやっている行為がほとんど変わらなくとも、
それを聖地巡礼とはよばないのだろうか。

ここのところが妙に気になってしまった。

このとき聖地巡礼というのは行動行為を単純にさすのではなく、
その人の動機と目的意識を含んだ包括的なものをさすものではないのかと、
当たり前のことが今になってやっとこのとき実感できた。

つまり同じ行為をしていても、
そこに「アニメ」のそれが付加されているかどうかで、
それが定義づけされるか否かが決まってくるということです。

ということは「聖地巡礼」は「観光」という巨大ジャンルの中で発生した、
「内面的」なものを基準とした観光内ジャンルということなのかなと、
このときふと思ったものでした。


ところでこれはじつに私的な感覚のもの言いなのですが、
「聖地巡礼」がかつての「アニメブーム」や「声優ブーム」のように、
明確な「ブーム」とよばれることなく、
自然発生的というか自然成長的な発展をとげたように、
じつは個人的に感じています。

これは前述した「聖地巡礼」が「観光」という大きなジャンルの中で発生したということと、
目に見える部分だけではなく、
内面的な付加が行動に加わるか否かというものがかかわっているため、
実感や実態が一般には前述したふたつのものより、
認識が明確になりづらかった部分が少なからずあるのではないかということです。

おそらく実際の聖地巡礼とよばれている行為は、
このことからこちらの想像する以前から、
けっこういろいろな場所で行われていたのかもしれません。

そして近年これらが明確になったように感じられたのは、
アニメが聖地にしている場所の特長が、
近年顕著になってきたことがあげられるのではないかということが、
ひとつあげられると思います。


それはふつうの観光の対象とは一味違う、
そんな場所が目だって登場してきたということです。


最近アニメで聖地とよばれている所をみると、
全体的にみてマイナーな所が選ばれている傾向があります。

例えば京都を舞台にした「有頂天家族」や「たまこマーケット」も、
京都の名所の中ではとびきり有名という場所ではない。

大洗だって茨城ではともかく全国的にはトップクラスというわけではない。

開拓されつくしたところよりも、
いろいろといじり甲斐のあるところ、
もしくは日常の雰囲気を色濃く残した景色が選ばれているということです。


つまりいろいろとアニメによって付加されたことにより、
訪問者がさらにいろいろと想像を付加できる余地があるような、
ある意味シンプルな場所、
もしくは「原石」のような要素が多い所が選ばれているといっていいでしょう。

北大の山村さんが「妄想にひたれる場所」と述べられたのは、
まさにその証明といっていいでしょう。

逆に言えばあまりにも開拓されつくしている所を聖地にすると、
一時的にはともかく長期に持続できづらい傾向にあるのは、
山村さんのいう「妄想にひたれる場所」ではないということなのかもしれません。

鎌倉や江ノ島が舞台になったアニメをここ数年よく目にするが、
一年以上その勢いがもった場所を自分はあまりみたことがない。

これもそんなあらわれなのかもしれません。


ただこれらの場所はアニメに頼らなくともやっていけるし、
むしろ手一杯になってそこまでかまってられないという、
そういう部分もあるように感じられたこともある。

これは冷たいともいえるが、
逆にいうと放送終了後の落ち込みによるダメージを受けないための、
しっかりとした計算もそこに働いているように感じられる。

その結果が一年経つとじつに綺麗に片付いてしまっているという、
そういうことに繋がっているのでしょう。

これはこれで長年観光地として培ってきたノウハウと、
熟練の勘所によるものなのかもしれません。

そしてこのことを思うと、
アニメ聖地の一部に番組終了後の対応が拙いというのも、
その聖地がそういうことに慣れていないということのあらわれであり、
だからこそアニメ聖地に選ばれたのかと、
妙な形で納得させられるものがありました。


ところで自分は聖地巡礼と声優に対するそれの基は同じと言う、
そういう考えがあります。

つまりともに仮想世界と現実世界との鎹(かすがい)となる部分にあたり、
そこを介し現実世界のファンが、
仮想世界のアニメを現実のものとして体感できるという、
そういう役割を担っているということです。

あまりいい例ではないかもしれないけど、
神様や仏様をアニメに例えるなら、
神社や寺院は聖地であり、
神官や僧侶は声優という、
そういう感じの立ち位置にあるといえるでしょう。

声優に必要以上の潔白や純潔性を求める傾向が一部にあるのは、
そういうところが作用しているのかもしれません。

また聖地がすでに観光地として盛大に色付けされてしまっているところより、
まだ手つかずの「無垢」な感じがより残っているところが選ばれているのも、
そういうことのあらわれなのかもしれません。

それだけに聖地の扱い方はシンプルに徹するのが吉というもの。

あくまでも自分達聖地のもつ素材を、
「粧う」ことなどせず「磨く」ことに心を砕くべきというところでしょうか。

神社や寺院におけるおみくじやお守りの売り方扱い方、
さらにはそのまわりの商店の趣や雰囲気づくり等などは、
これから聖地をつくる街のひとつの参考になるかもしれないし、
それを思うと鷲宮の成功がひとつの基本や雛型となり得たことや、
それが埼玉県全体に上手く横にフィードバックされたことは、
たんなる奇跡や偶然ではなく、
神社等のもつ特色による極めて自然な流れであったのかもしれません。

このあたりはすでに山村さんの論文でも触れられているようですが、
自分はそこにあえて声優のそれも少し付加し述べてみました。


あと聖地によっては、
アニメファン兼鉄道ファンの鉄道の部分や、
アニメファン兼歴史ファンの歴史の部分を呼び起こすような、
そんな他ジャンルとの邂逅にも繋がっていくようなものが、
その聖地にある場合もあります。

聖地となった受け手の中にはここの部分に期待し、
アニメ聖地としの鮮度がおちたとしても、
他のジャンルの「聖地」としてその価値を維持し、
地元の振興に役立てようと考えている部分があります。

これはアニメ聖地の受け手側がアニメばかりを意識しすぎ、
それにばかりに媚びてしまうことをせず、
特産品や街の名所旧跡等も紹介しているのは、
そういう部分のとっかかりを求め、
「聖地巡礼」という観光の一ジャンルだけではなく、
観光全体の受け皿に脱却するための、
ひとつの手順や段取りといっていいのかもしれません。

ただそうなるとそこはもう「聖地」ではなく、
色付けが盛大についた観光地になってしまうことのではないかと、
そう思われる方もいらっしゃると思います。

ただ最初にもいいましたが、
「聖地」は場所ではなくその人の動機と目的意識が無ければ成り立たない、
いわゆる内面的なものがそれを左右することを思うと、
それは「聖地」そのものがなくなるのではなく、
聖地と認識していたその土地の質的もしくは表面的変化によって、
その人の心の中から「聖地」という価値が消去されただけといっていいと思います。
(これは「アニメ」というジャンルだけでの性質ではもちろんありません。)

ここのところの聖地巡礼するものと聖地側の受け手のものとの微妙な感覚の問題が、
うまくコントロールされるか否かで、
聖地が長期に渡りその価値を巡礼者にもたせられるかどうかが分かれてくると思います。


とにかく聖地巡礼は自分探しの内面的な旅という要素ももった、
自分再発見のための棚卸の旅といえると思います。
(もっともただノリたいという動機もあるとは思います。)



ところで話は変わりますが、
人はある音楽を聴いた時素晴らしいとか面白くないと感じます。

この面白くないと感じた時、
その理由はいったいどこにあるのかと考えると、
自分と曲との価値観や感性、
それに人生哲学との差異によって生じる、
その曲に対しての否定的な感覚が投影され、
よって面白くないと感じられることがわかってきます。

つまりこの差異というか影こそが自分自身の姿の一部であり、
自分の感性や哲学を形成しているものの実態の断片なのですが、
聖地でも同じことで、
その場を訪ねる事により同じことが自分の内面に生じ、
音楽を聴いたときと同様な感覚を受けることがあると思います。

そんなとき「はてこの感覚はいったい何だろう」などと考えていくと、
そこに自分の「聖地」に対する感情、価値観、期待感、
「聖地とはこうあるべきものなのでは?」というもの、
そしてその「聖地」をつくる元となったアニメそのものに対する想いが、
個人個人にいろいろと湧き上がってくると思います。

特に音楽と同様、
気に入ったものより、気に入らなかったものとの邂逅の方が、
それをよく実感できるのではないかと思います。

そういう人間臭い自分自身への反応を思うと、
ほんとうに「聖地巡礼」というのは内面的なものなのだと思いますし、
山村さんの言う「自己の再認識」のそれなのだなあと思った次第です。

もっともこれは巡礼者だけでなく聖地側の人間も同じで、
地元の魅力や欠点を再認識再発見させられるのも、
つまるところそういう部分が大なんだろうなあという気もします。

「聖地巡礼」というのはそういう意味で、
観光と聖地巡礼との外面的な差異のようなものが、
地域や場所によっては最初あまり明確にみえないけれど、
時間が経つにつれ顕著化していく動きや数字的な結果、
そして自分の内面的な事柄や変化がかなりはっきりみえてくるという、
なかなか不可思議な「生き物」なんだなあと、
あらためて痛感させられた次第です。

このあたりはいろいろとすでに考察され書籍にもなっているようですが、
自分であらためてそのあたりも重複覚悟でいろいろと再構成した次第です。

このありたはまだいろいろと個人的に勉強していくことになると思います。

あとメーカー主導の聖地形成の是非とか、
一般住民と聖地はほんとうに共存できているのかとか。

このあたりもいずれは触れなければならないのかもしれません。

311で被害を受けた漁村におけるボランティアのそれをみせてもらったとき、
ボランティアの方々がおっしゃっていた苦悩と行き詰まり感をお聞きしてから、
特にこのあたりはひっかかるようになりました。

聖地巡礼にボランティア的なものを持ちこんだときの危険といっていいのでしょうか。

もしくはそういう気持ちから派生した傲慢な行為と親切の押し付けみたいな。


とにかくなかなかいろいろとあります。
まあこのあたりも山村さんがなんとかしてくれるでしょう。


…と最後はすべて山村さんに下駄を預けて〆。


(余談)

豊郷アニメサミット基調講演後初めて山村さんとお会いした。

印象として非常に情報処理に対する動体視力(的)の凄さと、
フットワークの軽さというものを感じた。

講演のときあれだけ話を硬軟とりまぜてテキパキ話され、
場内を飽きさせないのもそういうことからくるメリハリのつけと、
話の順序と構成の寸法の取り方が上手いからだろう。

90分も人を飽きさせないというのは正直至難の業だと思う。
沼辺信一さんのディアギレフと大田黒の講演とはまた違う見事さだった。

本当は後半の分科会も出たかったけど、

この基調講演を行った講堂がじつに寒かった。

途中から暖房が少し入ったものの時すでに遅く、
完全に風邪がぶり返してしまった。

このため昼の休憩時に退出し帰路につきました。

帰り河瀬駅までの徒歩、
暖かい日差しを背中いっぱいに長時間浴びつづけたことで、
その後大分回復したもののあれには正直まいりました。

それにしても豊郷の空はほんとうに広く高かったです。

011.JPG

そういえば秩父、鷲宮、大洗、とみな空が広い。

アニメの聖地って空が広いこともけっこう大事な要素なんだなと、
この帰り道にひとつ感じました。

というか、
自分がいろいろと想いを繰り広げる事のできる伸びやかなスペース、
もしくは自分がしっかりと存在できる確実なスペース、
そういうものがしっかり寸法がはかられている場所、
そんなところもまた巡礼者の内面を開放し再認識できるという意味で、
聖地にとって大事な要素なのかもしれません。


以上です。


山村さん(山村高淑教授)のサイト
http://yamamuratakayoshi.com/

かなり話がとめどなくとっちらかってしまい、
分かりにくいところもあると思います。

そのあたりは自分の力不足ということでご容赦ください。

長文お付き合いいただきありがとうございました。
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