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チェリビダッケのブルックナーの4番(1989)ライブ盤 [クラシック百銘盤]

チェリビダッケのブルックナーの4番を初めて耳にしたのは、
かつてLPの海賊盤でシュトゥットガルト放送響を指揮したものだった。

それはモノラルの音質でややぼやけたものではあったけど、
その悠揚たる音の流れと、
そして終楽章のコーダーにおける特長のある弦の表情が、
極めて強く印象に残った。

それから何年も経ち、
ようやく彼の指揮によるブルックナーの4番の実演に接した。

1990年10月6日:オーチャードホールでのそれ。

だがこれは自分が聴いた場所が悪く印象がいまいちだった。

このため10月16日:サントリーホールで、
再度この曲の演奏を聴きに行った。

そしてそのとき自分は生涯忘れられないような、
凄まじい経験をしたものだった。


それから月日が流れ、
チェリビダッケが亡くなった後あたりから、
彼のライブ盤が遺族の許可を得て大量に発売された。

そしてその中に1988年にミュンヘンフィルと演奏された、
同曲のライブも含まれていた。

それは来日公演の二年前に収録されたもので、
ギリギリCD枚に収まるという長大な演奏だったが、
自分はこれを聴いた時、
実演に比べずいぶん聴きやすくなった印象があった。

もちろん基本的なものは、
実演の時とイメージはそれほど変わらないものの、
若干コンパクトなものに感じられたものだった。

そしてチェリビダッケの生誕百年の年に、
この1989年にウィーンで録音されたライブが登場した。

scb4.jpg

これは聞いた話によると、
本来はチェリビダッケ存命時に、
レーザーディスクでの発売として画像ととものに収録したものの、
そのカメラワークに指揮者が不満を表明し、
発売が急遽中止になったそのときの音源だというらしい。

自分はこの話を複数の方から聞いた記憶があるが、
ついに確定には至らなかったので、
あくまでもここでは「らしい」という程度にとどめておきたい。

演奏時間は前年のものよりかなり遅くなり、
ついにCD2枚組となった。

22:41、18:16、11:20、30:05、という、
全体で約82分になるものとなっていた。

そしてそれは自分がサントリーで聴いたそれに、
以前の1988年盤よりかなり近しいものに感じられた。

このときのチェリビダッケの演奏は、
膝の状態のアッカにより椅子に腰かけるようになったため、
そのテンポが遅くなりはじめたころのものだという。

そして遅くなった分、
表情はさらに細かく凝らされ、
聴く側により強い集中と緊張を与える傾向が強くなった。

また1986年の来日時に演奏したブルックナーの5番が、
それこそ最初から最後まで、
指揮者がすべてをコントロールをし尽していたのに対し、
こちらは随所にオケに音楽を任せているように感じられた。

特に第一楽章の出だしなど、
まるでチェリビダッケが最初の一振りのあと、
音楽がどういう方向に流れていくのかを、
じっとみつめているような感じが強くした。

それはあたかも水面に軽くふれ、
そのとき生じた水紋がどう水面に拡がっていくかを、
しっとみつめその様子を観察しているかのようだった。

もっともこれはオケ任せとはいっても、
そのオケがチェリビダッケ自身によって、
その音楽や精神を芯から刻み込まれている団体ということで、
何か今の自分と過去の自分との対話と協調を、
時間をかけて行っていたような、
そんなふうにも感じられた。

それはいわばこの頃の彼の儀式だったのかもしれないし、
オケにより自分の考えを浸透させる術のひとつだったのかもしれない。

そんなことがこの演奏を聴いて強く感じられた…、
というより1990年のサントリーホールでの感想が、
あらためて蘇って来たかのように感じられた。


ただ自分のように彼の実演を聴いた事のある者はともかく、
そうでない方にはこの演奏全体はひどく遅く、
些か間延びしたように感じられるかもしれない。
(それこそがチェリビダッケが録音を嫌った理由であり、
後世への誤解を恐れた結論だったのかもしれないのですが…)


このあたりがこの演奏の好き嫌いが分かれるところだろう。

だがそれでも第二楽章終盤に聴かれる、
驚く程表情の深いティンパニーの響きは、
すべての聴き手に強い感銘を与えるはずだと自分は確信している。


そして終楽章のコーダ。

弦の独特のアクセントをともなった強靭な刻みに支えられながら、
じりじりと高みへと上りつめていく管楽器の雄大な響きが、
この曲を極めて危険な領域にまで踏み込ませようとしていく。

それはまさに奇跡としかいいようのない瞬間であり、
終演後はその超弩級の音楽に圧倒しつくされたためか、
拍手も歓声もしばらく起きる気配がなく、
ようやく起きたそれらも演奏の呪縛から逃れられるまでは、
ひどく呆然とした腑抜けのようなものに感じられた。

人はあまりにも圧倒しつくされると、
声も拍手もできなくなってしまうのだろう。

それはサントリーホールでも同じだった。


あのときは正直何が起きたのか分からないという、
そういう感じの人がほとんどだったと思う。

もちろん自分もその一人だった。

ただ正直に言うと、
この優秀な録音をもってしても
あのサントリーホールでの、
それこそ身体中に深く刻みこまれるように、
強靭なリズムを刻んだ弦のそれは再現されていない。


素晴らしい録音だからこそ、その限界を感じてしまったという、
なんとも皮肉な感じに最後なってしまったが、
それでもこの演奏は自分にとってとても有難いものになっている。

これはいろんな意味でチェリビダッケの音楽が、
かなり明確に収録された音盤と言える。

誰にでも勧められる類のものではないが、
不世出の名指揮者の偉大な記録として、
永久に忘れ去られる事が無いよう願いたいこれは名盤です。

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大指揮者コーツによる1929年録音のバッハのロ短調ミサ。 [クラシック百銘盤]

COATES.jpg

ソリストーエリザベート・シューマン(S)
マーガレット・バルフォー(A)
ウォルター・ウィドップ(T)
フリードリヒ・ショア(B)
フィルハーモニア合唱団
アルバート・コーツ指揮ロンドン交響楽団

1929年9月、ロンドンにて録音。


この録音はEMIが世界初の同曲全曲録音だったとのこと。

なぜこの曲がこの時録音されたかは分からないが、
前年日本からの要請で、
ベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」が他社により録音、
それが日本で驚く程予約が入った事がきっかけになったのかもしれない。
(このベートーヴェンは宮沢賢治も購入している)


このバッハに登場した歌手も当時としては有名で、
エリザベート・シューマンはもちろんだけど、
フリードリヒ・ショールやウォルター・ウィドップなど、
当時かなりオペラで活躍したり、
マーガレット・バルフォーのように、
エルガーのオラトリオの録音に参加していたりという、
そういうメンバーがソリストとして登場した。

オペラ畑の人が目立つのは、
コーツがオペラを得意として名声を博していた事もあったと思われる。
実際ウィドップなどは特にコーツとよく仕事をしていたという。

そして指揮のコーツ。

1882年にロシアで生まれ、
その後ニキシュに師事、
第一次大戦後はイギリスで活躍した指揮者で、
ロンドン響のトップを四シーズンつとめ名声を博したが、
当時の新作をいろいろと紹介したり、
(その中にはホルストの「惑星」のロンドン初演もある)
録音も同様に活発に行った事で人気もあった。

またオペラに非凡な力量を見せていたことから、
協奏曲でもその実力を買われ、
ホロヴィッツ透とも共演し録音を行っている。

プロコフィエフも自作の第三協奏曲を録音したとき、
コーツを希望する指揮者としてあげていたようだった。

そんな彼が47歳の時、
ある意味最もその活動がピークを迎えていた時に録音されたのが、
このバッハだった。


演奏は当時のコーツの特長が良く出た、
早めのテンポでぐいぐい熱く押していきながら、
この大曲を緊張感と誌的な美しさを両立させながら、
見事にまとめあげていくそれがじつに素晴らしく、
多少歌唱的に古く感じられ部分があるものの、
今聴いても素晴らしいほどに説得力のある演奏に仕上がっている。

このあたりは彼がワーグナーのようなオペラの大曲を得意としていた事も、
かなり活きていたのではないかと思われます。

演奏時間は「キリエ」と「グロリア」が約62分。
それ以降が約61分となってます。

録音も当時としてはかなり聴きやすく良好です。


現在はあまり店頭でもみかけませんが、
ネットでは全曲聴けるようなのでぜひ一聴をお勧めしたい。

今(2018)から約90年前の録音です。


尚、指揮者コーツの音盤はかなり多く、
そのため戦前からかなり広く出回り、
日本でも宮沢賢治がいくつもその演奏の音盤を購入していました。

ただこのバッハは賢治が購入したという記録が無く、
もしこれを賢治が聴いていたら、
彼の作品にどう影響を与えたのかとても気になるところではあります。


ところでそのコーツですが、
50歳を過ぎた頃に録音契約が完了すると、
急速にその存在が記録上希薄になっていく。

そして第二次大戦後はイギリスを離れ南米に移住し、
1953年に71歳で亡くなられた。

このため戦後も活動していにもかかわらず、
何か戦前で活動を終了したように感じられ、
現在も古い録音で、
しかも協奏曲における指揮者くらいしか見かけなくなったため、
器用な伴奏指揮者みたいなイメージが定着しているのが残念。

そういう意味では、
レオ・ブレッヒと似たようなイメージで、
現在多くの方からみられているのかもしれません。


ただこれは日本だけではないようで、
イギリスでもオペラはともかく、
古典派を中心とした音楽を積極的に録音していたにもかかわらず、
どうもそのあたりのコンサート指揮者としての評価が低く、
それが戦後イギリスを去る要因となったようです。


そんなある意味不遇な指揮者だったコーツですが、
このバッハを聴くと、
なんでこんな凄い指揮者が、
という気持ちにもあらためてなってしまいます。

確かに小品では荒っぽい演奏もありますが、
「死と変容」やチャイコフスキーの交響曲第3番のように、
素晴らしい緊張感に充ちた演奏もあることから、
このバッハとあわせて再評価されてもいいのでは?と、
個人的には考えています。

カール・リヒターやギュンター・ラミン以前の、
ひとつのバッハの演奏の記録ということでも、
貴重な資料のひとつだと思います。


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東京芸術劇場における三つのライブ盤。 [クラシック百銘盤]

池袋の東京芸術劇場。

このホールでかつて行われた演奏会のライブ盤が、
ここ数年いくつか発売されている。

~東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ~

というものだけど、
その中から三点のオケものを今回取り上げます。

最初が、ペーター・マーク指揮の「第九」

IKE03.png

ペーター・マーク指揮東京都交響楽団
小濱妙美(S)、郡愛子(Ms)、市原多朗(T)、福島明也(Br)
尚美学園第九合唱団(合唱指揮:松下耕)

1990年12月21日 東京芸術劇場

自分この数日後、
東京文化会館でマークと都響の第九を聴いている。

その時は最初に「フィンガルの洞窟」が演奏され、
これがまた絶品だったが、
第九はそれを超える素晴らしいものだった。

特に第三楽章は、
フルトヴェングラーのバイロイトの第九を想起させるほどのもので、
自分にとって生涯忘れることのできない名演だった。

もっともこのときの演奏はちょっと普段と違う状況の演奏だったため、
CD化にはあまり向かないものだったことも確かで、
無類の感動は与えられたけど、
完成度や繰り返し聴くという意味では、
今回の池袋でのライブの方がいいような気がした。

ペーター・マークというと、
小味というイメージを持たれる方がいらっしゃるかもしれないけど、
1986年に都響と録音された「真夏の夜の夢」や、
1990~1995年にライブ録音されたシューマンの交響曲、
そしてこの第九はそういうイメージを一掃してしまうほどの、
深さと奥行きをもった熱く真っすぐに聴き手に迫る名演揃いだった。

この第九もぜひ多くの人に聴いてもらいたい名演。


続いての一枚は、ギーレン最後の来日公演ライブ。

IKE02.png

ミヒャエル・ギーレン指揮バーデン=バーデン南西ドイツ放送交響楽団
カルメン・ピアッツィーニ(Pf)

1992年11月25日東京芸術劇場

①ウェーベルン:パッサカリアOp.1
②モーツァルト:ピアノ協奏曲第16番ニ長調K.451
③マーラー:交響曲第10番より第一楽章「アダージョ」
④モーツァルト:交響曲第38番ニ長調「プラハ」K.504


じつはこの公演は当初行く予定だったが、
当日体調不良のため断念したもの。

もっともこれには当時池袋に行くには、
今のように湘南新宿ラインがあるわけでもなく、
高所恐怖症には辛いエスカレーターがホールに多々ありと、
体調の芳しくないものにとっては些か厳しいものだった。

それだけにそのコンサートがこうして聴けるというのは、
じつに嬉しい限りだった。

演奏はどれも素晴らしかった。
ウェーベルンがこんなに聴きやすく聴こえたのは初めてだし、
マーラーもじつに密度の濃い演奏だった。

ただそれ以上に驚いたのはモーツァルト、
協奏曲もよかったけど、
それ以上に「プラハ」が圧巻だった。

当時この演奏は超高速演奏などと言われていたけど、
いざ聴いてみるとそこまでのものとは思えず、
心地よい爽快感の方が印象として先に立った。

それだけにあの時の自分の体調の悪さが悔やまれる、
なかなか聴き応えのある演奏会だった。

因みに「プラハ」の演奏時間は、12:07、6:29、7:35。


尚、録音のせいか金管や玄がややローカルな響きに聞こえたけど、
オケそのものは指揮者のそれに充分応えているように感じられた。

この演奏会のCD化を実現させてくれた、
すべての方たちに深く感謝の意を表したい。

本当にいい時代になったものです。


最後がスヴェトラーノフのロシア音楽。
IKE01.png

エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立交響楽団
1995年5月19日東京芸術劇場

①ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1945年版)
②ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」

この公演はツアー初日のもので、
自分はこの二日後のサントリーホールでの「法悦の詩」を聴いている。

ここでの演奏もそのときとだいたい基本ラインは同じで、
ショスタコーヴィチもスヴェトラーノフの手にかかると、
ソビエト音楽ではなくロシア音楽になってしまうのが面白い。

そして今回のそれは、
スヴェトラーノフ晩年のそれが顕著にあらわれている。

スヴェトラーノフはご存知のように作曲家としても著名で、
本人も作曲は余技とは考えていなかったようだ。

そのせいかライブでは楽興の愉しさをオケともども楽しむ傾向があったが、
録音となるとその姿勢が一変し、
楽曲第一主義を通し解説的ともいえる演奏を心がけていた。

またライブでのスタイルが、
時代によって奔放になったり手堅くなったりとけっこう流動的なのに対し、
録音に関してはこの姿勢は一貫していた。

もっともこの録音に対しての印象は確かに生涯一貫してはいたが、
年々そこにライブでも感じられる熱気や気迫もあらわれはじめ、
充実感がただ事ではないものになっていった。

そしてライブのスタイルもかつての奔放さが次第に影を潜め、
録音時のそれを感じさせるものに傾いていった。

それはスヴェトラーノフと同様に、
指揮者としても作曲家としてもピアニストとしても非凡だった、
かのフルトヴェングラーを思わせるものがあった。

今回収録されたこの二曲は、
それらがひじょうによくあらわれた演奏で、
会場ノイズさえなければセッション録音と言われても納得してしまうような、
そんな感じの演奏となっているが、
これはこれで当時のスヴェトラーノフらしい演奏といえると思う。

彼は決して爆演至上主義の指揮者というだけではなく、
作曲家として同業の作曲者の心情を汲むこともできる、
切り替えのかなりハッキリした、
それでいてけっこうシンプルな思考をもった指揮者と言えるだろう。


とにかくここではそんな彼の、
当時のベスト・ライブパフォーマンスがあり、
彼が1990年代にセッション録音として遺した、
チャイコフスキー、ラフマニノフ、スクリャービンの交響曲全集と繋がる、
ひじょうに味わい深く内容の濃いものとなっています。

それはフルトヴェングラーがウィーンフィルと1950年代にセッションで遺した、
ベートーヴェンの交響曲集と基本理念に相通じるものがあるように感じられた。

派手ではないが何度も聞き返したくなる演奏です。


(余談)

ところで最後に余談ですが、
演奏家にレッテルを貼ってから聴くという行為は、
その演奏家の本質を聴き落とす危険な聴き方だと思っている。

ただそれは聴き手自身に跳ね返るだけなので、
自分がどうこう言う筋合いはないけど、
評を自分の生業としている人が、
自分の貼ったレッテルと違う演奏、
言い換えれば自分のイメージや「こうあるべき」という思い込みを、
その演奏が違ったからといって、
それを「何々が不足している」「踏み込みが足りない」「見当違い」
などと決めつけ評としてばらまくのは、
演奏家に対してのリスペクトが甚だしく欠けているというだけでなく、
聴き手として目の前にある音楽に対し、
些か拙劣な姿勢にすぎるのではないかと自分は思っている。

Aという演奏家が明るく楽しくフォルムに心を砕いて音楽をしているのに対し、
それを聴いて頭ごなしに「深刻さが不足し形にとらわれすぎている」
などと言ったらあまりにも滑稽かつお門違いもいいとこに感じられるだろう。

ふつうは「何故Aはそうしたのだろう。」
とまずは理解しようと考えるのが順序というもの。

いきなり否定したらどこまでも平行線に終始してしまうだろう。

そういう部分の、
まず目の前にあるものを受け入れるという、
広さと大きさ、
そして思慮深さというものもある程度持つべきではないだろうか。

自分至上主義の聴き方も確かに気楽で愉快な部分はあるけど、
いわれのない傷をつけて名を売るとはいうのは、
決して読んでいて楽しいものではない。

評を生業にしている人たちは、
このあたりの事に対して真摯に向き合い一考を要してほしいです。



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メータのブルックナーの9番 [クラシック百銘盤]

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1965年5月にウィーンのゾフィエンザールで録音された、
メータが初めてウィーンフィルを指揮し録音した音盤。

当時メータ29才。

クナッパーツブッシュ、クレンペラー、シューリヒトといった大御所が、
まだ存命していた時期の録音。


演奏時間は、26:02、10:44、27:11

比較的ゆったりとした演奏で、
肉厚でなかなか壮麗かつ悠揚としたものになっている。

メータはフルトヴェングラーに私淑していたということなので、
二十歳でフルトヴェングラーがデビューした時にも指揮したこの曲に対し、
並々ならぬそれをもってのぞんだのではないかと思われる。

ただじゃあこの演奏がとてつもなく圧倒的かというとそうでもなく、
むしろウィーンフィルの良さが前面に出たような演奏で、
指揮者のそれはじつは感じられない。

音楽もことさら深刻にならず、
自然な流れの方が強く印象残る。

ウィーンフィルはこの曲を4年程前にシューリヒトと録音しており、
やはりまだ若いメータでは役不足と感じていたのかも。

それでもときおり強く押し出されるホルンや、
弦の豊かな表情はメータの非凡さを感じさせる。

もっともそれでも全体的にはメータのブルックナーというより、
ウィーンフィルのブルックナーという感じといっていいのかもしれない。

それだけに
圧倒的に個性の強いシューリヒト盤の存在の大きさは如何ともしがたく、
メータのこの音盤は次第にその存在感が薄くなっていった。

そして現在でもその状況はあまり変わっていない。

かつて評論家小石忠男氏がその著書「続・世界の名指揮者」でも、
メータのLAPOとのブルックナーの4番は評価していたが、
9番に関しては全くふれられていなかった。

小石氏はその著書の中でメータとウィーンフィルについて、
ウィーンフィルの強い個性にメータが押し切られ、
音楽が未消化に終わっているという意味の事を記していたが、
この演奏についてもだいたいその線で受け取っていたのではないだろうか。

最近自分はこの演奏を聴いていると、
メータがLAPOからNYPOに移籍したき、
次第にその名声が陰っていったことが何となくだが、
理解できるような気がしてきた。

それはメータは強固な個性を持ったオケよりも、
真っさらのオケの方に自分のベストを展開する傾向があるような、
そんな気がしてきたからだ。

LAPOでの成功もそれが一因としてあると思われるし、
かつて1977年に読売日響に客演した時のそれなど、
当時の彼のベストパフォーマンスではないかと思えるくらい、
じつに見事な演奏だったという記憶がある。


もし可能ならメータに、
N響か読響に今一度定期公演に複数回客演してもらえると、
彼の今のベストが聴けるのではないかと、
そんな気さえしてしまう。


と、そんなことを考えさせられてしまうこれは演奏だ。

ただ自分がもし、
この曲のあるがままのスタンダードな演奏を聴きたいといわれたら、
おそらくこの演奏を自分は推すと思う。

それはこの曲の良さが感じられ、
そして次に聴く演奏に対し、
必要以上の呪縛が無いということがあげられるからだ。

もっともそこにメータの良さだけでなく、
ひとつの限界があるのかもしれませんが…。


尚、この年の秋と翌年にウィーンフィルは、
デッカとブルックナーの交響曲をショルティの指揮で7番と8番。

1969年にはアバドと1番。

1970年以降に、ベームと3番と4番。
マゼールと5番、シュタインと2番と6番を録音し、
ウィーンフィルによるブルックナーの交響曲全集がデッカにより完結、
日本でも国内盤でそれが売り出されたが、
当時自分にはそれほど魅力のあるものとは感じられなかった。

その最大の理由がじつはこのメータの9番だったのだが、
今はそのときとはずいぶん自分も聴き方が変わってしまった。

自分の若い時は減点的に演奏を聴いていたため、
極端に自分至上主義になってしまっていたが、
年をとるにつれ次第にそういう傾向が影を潜め、
その演奏が何を目指しているのかということに重きを置く、
加点的聴き方になっていったので、
音楽の聴こえ方もかつてとはずいぶん変わってしまった。


メータのこのブルックナーもかつては駄盤みたいに感じていたが、
今はいろいろと聴き処の多い演奏に感じているのも、
その一環なのだろう。

その傾向がより強くなったのは311以降なのですが、
その話はまたいつかということで。


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ショルティのヘンゼルとグレーテル [クラシック百銘盤]

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フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』全曲
 
ブリギッテ・ファスベンダー(Ms:ヘンゼル)
ルチア・ポップ(S:グレーテル)
ヴァルター・ベリー(Br:ペーター)
ユリア・ハマリ(Ms:ゲルトルート)
アニー・シュレム(Ms:魔女)
ノーマ・バロウズ(S:眠りの精)
エディタ・グルベローヴァ(S:暁の精)
 
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・ゲオルク・ショルティ

録音:1978年2月~9月、ウィーン・ゾフィエンザール


という録音がある。
もちろんデッカのもの。


豪華メンバーを集めてウィーンで録音されたこれは、
録音当初はそこそこ話題にはなったものの、
ショルティの指揮が詩的ではないとか、
主役二人が子供らしさに欠けると言われたりとか、
それほど手放して賞賛された盤ではなかった。

おそらくそれには同じ絵ウィーンのフィルハーモニーと録音した、
クリュイタンス盤の影響もあったのだろう。


ただ個人的はこのショルティのもの。

とてもお気に入りの録音となっている。

音質もクリュイタンスより十年以上後の、
アナログ録音最盛期に収録されたということもあり、
とても聴きやすいしオケの音も美しく録音されている。

余談だけどこのショルティの録音時の間に、
カラヤンがデッカとウィーンフィルを指揮して同じ会場で、
モーツァルトの「フィガロの結婚」を録音しているので、
興味のある方は聴き比べてみるのも面白いかも。


とこでここでのショルティの指揮はじつに小気味いい、
それはいつものことなのだけど、
サクサクテキパキと音楽が流れていくものの、
オケがシカゴではなくウィーンフィルのためか、
音のさらさらと流れていくそれがじつに気持ちいい。


クリュイタンスのように余情や風情がたっぷり感じられるものとは違うけど、
これはこれで音が退く瑞々しさが十二分に感じられるものとなっている。

そして何よりも場違いなくらいダイナミックなのがいい。

魔女の踊りや大詰めの合唱の盛り上げ方など、
まるてワーグナーの楽劇を聴きやすくしたかのような演奏で、
ワーグナー指揮し屋ショルティの面目躍如という感すらある。

ただもちろん歌うところは、
しっかりウィーンフィルの特質を活かしてやっているので、
無味乾燥になることはない。


そして歌手。

この録音期にはクライバーの指揮で、
オクタヴィアンとゾフィーを演じていた二人が、
ここではヘンゼルとグレーテルを演じている。

そしてその両親の役には、
ワルター・ベリーとユリア・ハマリ。

カール・リヒターの「マタイ受難曲」の映像版でも共演していたお二人。

魔女に名歌手アニー・シュレム。眠りの精にノーマ・バロウズ。

そして朝の精では、
当時まだ31歳とはいえすでにかなり名の通った存在だった、
エディタ・グルベローヴァが登場している。

かなり贅沢な布陣だけど、
この面子からみてもう子供向きというよりは、
大人が聴いても充分楽しめる、
むしろ今の時代にはこういう演奏の方がいいのでは?
という感じすらするほど、
かなり強いタッチの歌で彩られている。

とはいっても聴いていて、
ブリュンヒルデとヴォータンが、
お菓子の家の前で魔女と格闘しているような、
そんな可笑しな歌い方はさすがにしていない。


なので場違いなヘンゼルとグレーテルというより、
こういうやり方でも楽しむことができる演奏という、
そんな出来といっていいだろう。

とにかく子供向きのオペラとしてだけでなく、
この曲を他の一般オペラ的な聴き方をしてみたいという人にも、
これは最適といっていい演奏だと思います。

演奏時間は全体で約108分。


ただ最後に魔女を押し込めた釜戸が爆発する音が、

「どんな釜戸なんだよ」

というくらいの音がしていて、
カルショーの「指環」のパロディかなと思ったくらい。
このあたりはご愛敬か。


尚ショルティはこの三年後に映像収録のためこの曲を再録音しています。

メンバーは

ブリギッテ・ファスベンダー(Ms:ヘンゼル)
エディタ・グルベローヴァ (S:グレーテル)
ヘルマン・プライ(Br:ペーター)
ヘルガ・デルネシュ(Ms:ゲルトルート)
セーナ・ユリナッチ(Ms:魔女)
ノーマ・バロウズ(S:眠りの精)
エルフリーデ・ヘーバルト(S:暁の精)
 
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・ゲオルク・ショルティ

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1970年代半ばの「わが祖国」国内盤事情+余談。 [クラシック百銘盤]

スメタナの「わが祖国」全曲は、
今でこそCDはもちろんだけど、
演奏会でもそこそこみかけるお馴染みの作品だが、
かつてはあまりそういう雰囲気ではなかった。

確かに二曲目の「モルダウ」は昔から有名だけど、
それ以外はそうでもなかった。

定期公演に関しては、
1968年9月にソ連のプラハの春事件に抗議し、
急遽演奏されたマタチッチ指揮N響による演奏以前には、
全曲がプロオケでやられた記録は無い。


ただ続くときは続くもので、
チェコフィルが1974年来日時に、
FM東京による応募制コンサートを行った翌年には、
クーベリック指揮バイエルン放送響による来日公演で、
「わが祖国」全曲が東京文化会館で演奏され、
これはNHKにより全国に放送されることになった。

そしてこの年の11月には、
コシュラー指揮東京都交響楽団による全曲演奏もあった。

またこの前月には、
前年好評だったノイマンとチェコフィルの「わが祖国」を、
日本からの要請で急遽録音されたものが発売された。

これは二枚組新譜としてはお徳用価格での発売ということもあり、
このレコードはかなり売れた。

146.jpg

そして翌1976年秋のチェコフィル来日公演では、
東京文化会館で再度ノイマン指揮による「わが祖国」が演奏された。


とにかく1974年のノイマンの成功で、
この曲が売れる事が分かったレコード会社は、
1975年までにチェコフィルやクーベリックの来日記念も込みで、
かつての録音を含めていろいろと再発売をした。

アンチェル指揮チェコフィル
クーベリック指揮シカゴ響
クーベリック指揮ボストン響
ターリヒ指揮チェコフィル
ノイマン指揮ゲヴァントハウス

そして新録音の

ノイマン指揮チェコフィル

これらが1975年秋に日本国内で販売された。


ただクーベリック指揮ウィーンフィルや、
サージェント指揮ロイヤルフィルという、
多少録音の古いステレオものや、
シェイナー指揮チェコフィルといったものは、
当時日本の店頭からは消えたままだった。


その後これらも発売され、
1980年代に入ると
オルフェオからクーベリック指揮バイエルン放送のライブ、
そしてスメターチェク指揮チェコフィルあたりも発売され、
CD時代になるとさらに充実したものになっていった。


だがコンサートではチェコフィル以外はなかなか演奏されず、
日本のオケも後にはたまに演奏することもあったが、
正直それはかなり聴きおとりするものがあった。


1970年代半ば以降の「わが祖国」に関しては、
おおよそそんな状況だった。

このため当時の音楽ファンで、
「わが祖国」に慣れ親しんだほとんどの人は、
ノイマン指揮チェコフィルのレコードか演奏、
そしてクーベリック指揮ボストン響によるレコードと、
バイエルン放送との来日公演あたりが、
ひとつのきっかけや刷り込みとなっている人が多い。


そんな人たちとって
1990年のクーベリックのプラハ帰還時の「わが祖国」のCDや映像、
そして翌年の来日公演における同曲のそれが、
いかに半端じゃないものだったかは、
このことからも多少は想像できるのではないだろうか。


現在でもクーベリックやノイマンの「わが祖国」が店頭に並び、
それが評価されているのはそんな事がいろいろとあったからなのですが、
ただ21世紀になると状況もかなり変わり、
日本のオケもかなりのレベルでこの曲を演奏できるようになった。

2006年のビエロフラーヴェク指揮日本フィル
2009年のエリシュカ指揮の札幌交響楽団

そしてその二人を師にもつ、

2017年のフルシャ指揮東京都交響楽団
(CDは無い)

この三つはその証といえるだろう。


考えてみるとこの40年、
この曲に対してのそれは大きく変わったといえると思うし、
それを半世紀まで拡大するとさらに顕著といえるだろう。

今あらためて1970年代のそれを回顧すると
それは本当に当時からは想像できないものがあります。

ほんとうにいろんな意味で、
日本は進化したといえると思います。


あと余談ですが、
日本は伝統的にチェコの名指揮者がよく来日する。

ターリヒ、シェイナー、グレゴールは来日しなかったが、

アンチェル、スロヴァーク、クーベリック、スメターチェク、
ノイマン、コシュラー、トゥルフリーク、ペシェク、
トゥルノフスキー、エリシュカ、ビエロフラーヴェク、ヴァーレク、
マーツァル、コウト、アルトリフテル、スワロフスキー、
そしてネトピル、フルシャ等々、

ほんとうに多くの指揮者が来日している。

この人たちの中には「わが祖国」全曲を、
日本で指揮してくれた人たちもいる。

そういう積み重ねも今を築いている要因なのだろう。


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アメリカのオーケストラによる三種の「メサイア」 [クラシック百銘盤]

ヘンデルの「メサイア」というと、
今は小編成のピリオドによるものが主流で、
モダン楽器で演奏するそれはもはや時代遅れということで、
ほとんど顧みられていない。

ここではまだそういう正しい正しくないという、
そういことにとらわれなかった時代のものも含めた、
アメリカのメジャーオケによる「メサイア」をあげてみたいと思う。

歌唱はもちろんすべて英語版。


最初は当時38歳だった若きバーンスタインが、
1956年の大晦日に録音したもの。

メサイア0.jpg

アデーレ・アディソン(ソプラノ)
ラッセル・オバーリン(カウンターテノール)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
ウィリアム・ウォーフィールド(バリトン)
ウェストミンスター合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニック

というもので、
同曲初ステレオ録音というだけでなく、
バーンスタインがNYPOを指揮した初の商業用録音であり、
初のステレオ録音でもあるようです。

ただし手持ちのCDを聴くと「パストラール」のように、
一部音質がモノラルとなっているところもあります。


これはバーンスタインが1956年の12月にあった、
「メサイア」を連続して演奏した演奏会の後、
年もおしつまった大晦日に録音したもの。

当時NYPOはミトロプーロスの時代で、
バーンスタインはNYPOの音楽監督どころか、
まだ首席指揮者にもなっていなかった。

オケはミトロプーロス時代末期とはいえ、
なかなかしっかりとした演奏をしている。

合唱は上手いというより、
一生懸命心を込めて真摯に歌っているという感じで、
ひじょうにバーンスタインらしい演奏となっている。

だがこの演奏の最大の特長は、
この曲の構成だ。

使用しているのがプラウト編曲版ということで、
ただでさえカットが多いのだがそれだけではなく、
この三部構成のオラトリオをバーンスタインは、

第一部と第二部の後半をくっつけて
「クリスリス・セクション」

第ニ部の前半と第三部をくっつけて
「イースター・セクション」

と再構成し演奏している。

このため「クリスマス」では「ハレルヤ」で終わるため、
これはこれでなかなかいい雰囲気になっている。

またこれは「マタイ」でも感じた事だけど、
ストーリーテラーとしてのバーンスタインのそれも、
強く感じさせるものがある。

もともと「メサイア」は、
宗教音楽というよりは祝典劇場音楽みたいな所があり、
しかもやったもの勝ちみたいなところもあるので、
バーンスタインのこれなどは、
まさにそこの部分を衝いたものといえる。

またバーンスタインのそれはじつにロマンチックで、
情感豊かにたっぷりと歌い込んだり、
素晴らしく快適に運んだりと、
もう縦横無尽といった感さえある。

最後の「アーメンコーラス」など、
もう心躍り点に向かって駆け上がっていくような、
そんな爽快感さえ感じられる。

スキの無いすべてに行き届いた演奏とは対極の、
ある意味スキだらけの演奏だけど、
これは若き日のバーンスタインの、
ありったけの思いの丈を「メサイア」にぶつけた、
快心の演奏といえると思う。

この録音は1958年に発売になったが、
これは翌年がヘンデル没後200年にあたることから、
それにあわせての発売となっていたようです。

そういえばベイヌムの「水上の音楽」も、
1958年の録音ということなので、
同じ趣旨の録音だったのかも。

1950年のバッハ没後200年は、
まだ大戦が終わって五年ほどしか経っておらず、
ステレオ録音も登場してなかったこともあり、
1959年のこれは業界にとって、
ひとつのビッグイベントだったのかもしれません。



そんなバーンスタインの「メサイア」が発売された年に、
CBSはオーマンディとフィラデルフィアによって、
再度「メサイア」を録音します。

メサイア1.jpg

アイリーン・ファーレル (ソプラノ)
マーサ・リプトン (アルト)
デイヴィス・カニングハイム (テノール) 
ウィリアム・ワーフィールド (バリトン)
ギルバート・ジョンソン(トランペット)
リチャード・P・コンディモルモン指揮・タバナクル合唱団
フィラデルフィア管弦楽団
                      

1958年と1959年の3月とに分かれて録音されており、
これだとヘンデルの命日は間に合わないが、
これも一応200年の年にあわせて録音されたものだろう。

CBSがなぜ連続して「メサイア」を録音したかは不明だが、
ひょっとするとバーンスタインの二部構成ものなので、
オリジナルの三部構成ものも録音しようとしたのかもしれない。


ただこのオーマンディのものは確かに三部構成ではあるが、
第一部こそバーンスタインとほぼ同じ曲数を収録しているものの、
第二部と第三部はかなりカットしており、
全32曲104分というかんじになっている。

※因みにバーンスタインは全39曲で117分。

しかもそのうち18曲は第一部なのだから、
いかに残りがバッサリやられたかお分かりだろう。

第三部など四曲しかない。

ただそれでも演奏そのものは、
かなり大きな編成で賑やかな編曲ではあるものの、
それによって肥大したり、
喧騒に走るということもなく、
安定感と古典的ともいえる美しい造形と安定感、
それにバランスをもった演奏となっている。

雰囲気としてはバーンスタインのような劇場型ではなく、
むしろ声楽付き交響曲のような趣の演奏となっている。

またかなりフォルムにこだわったような演奏で、
第二部以降の大幅なカットは、
レコードの収録時間の関係だけということではなく、
オーマンディのフォルムに対する感覚からきた、
必要なカットだったのかもしれない。


この演奏のもうひとつの聴きものは、
やはりフィラデルフィアの演奏だろう。

この録音当時フィラデルフィアは、
全米ナンバーワンと言われていたほどのスーパーオケで、
多くの名手が揃っていたという。

弦の響きひとつひとつとっても絶品ものだし、
ときおり聴かれる管楽器もじつに華やかではあるが、
それでいてどこか落ち着いた響きで統一されていて、
聴いていて心が洗われるよう。

そして「The trumpet shall sound」における。
名手ギルバート・ジョンソンのそれがまた素晴らしい。

決して華美になったり派手になったりせず、
それでいてオケと絶妙にブレンドされた、
温かな光にみちた見事なソロを聴かせてくれている。

因みにバーンスタインはここの部分三部構成の最初第一部しかないが、
ここでは三部すべてが演奏されている。

ここが名手の聴かせどころということで、
しっかりとコンプリートで演奏したのかも。

輝かしい演奏ではあるが表情に強く抑制をきかせてはいるため。
器楽的傾向の強い演奏と聴こえるかもしれないが、
音楽そのものはしっかりと歌い込まれているし、
音のキレもしっかりとしていて、
ダラダラと惰性で音楽が進むことがない。

1950年代全米最高の、
というより当時世界最高のオーケストラによるヘンデルということで、
これまたいろいろと聴きどころのある演奏となっています。



この約四半世紀後、
今度はヘンデルの生誕300年が近づいてきた。

そしてそれに合わせて録音されたもののひとつがこれ。

メサイア2.jpg

キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
アンヌ・イェヴァング(アルト)
キース・ルイス(テノール)
グウィン・ハウエル(バス)
アドルフ・ハーセス (トランぺット)
マーガレット・ヒリス指揮シカゴ交響楽団合唱団
シカゴ交響楽団

指揮はもちろんゲオルグ・ショルティ。

1984年の録音。

この録音時、ショルティはスコア選定等を含め、
クリストファー・ホグウッドに助言を求めている。

彼としてはこのセッションに、
より万全をもってのぞみたかったのだろう。

使用版はトービン校訂版。

先の二人の使用している版よりはるかにオーソドックスだが、
これはショルティのオリジナル版志向に沿ったものといえるかも。

※しかしヘンデルのこの許の版の問題はとても複雑。ブルックナーどころのさわぎではないくらいです。

オケの編成もそれに準じており、
十二型の弦編成に、
オーボエとバスーンが各二名。
ブラス三名とティンパニーとチェンバロで、
計49名のオケと約100名の合唱団というもの。

因みにこの100名はオケとのバランスだけではなく、
シカゴ響合唱団の中のプロメンバーの人数なのだそうで、
メンバーを精鋭に絞り込んでのそれだとか。

そんなメンバーでのぞんだこの演奏。


とにかく演奏が小気味いい。

ショルティというと、
いつも剛腕の分回しみたいにいわれているが、
こういう小回りを要求される曲でも、
ショルティは驚く程の適正を発揮する。

やってることはいつものショルティだけど、
編成を刈り込んでいるせいか、
とても軽快でさわやかな感じさえする。

またその持ち前の古典的演奏スタイルのせいか
印象が現代のピリオド系に近いものがあり、
古臭さや仰々しさも感じさせない。

もっともオケの基礎体力が半場ではないので、
そのパワーは現代の室内オケとは桁外れで、
随所にフルオケ並みの迫力を聴かせている。

とにかくなんともストレートなヘンデルだ。


ただ面白いのはオケや合唱に比べ、
ソリストの四人はむしろ歌謡的で、
まるでオペラのような感じさえする。

ショルティはこのことにより、
宗教音楽と世俗音楽の合体ともいえる「メサイア」の、
その二つの面を同時に描こうとしていたのかもしれない。

おそらくショルティはどちらかひとつに重心をかけることを、
この曲では良しとしなかったのだろう。

ただこういうやり方はショルティだけではなく、
ピリオドでもたまに耳にするやり方だが、
ショルティのそれはシカゴというデカいキャンパスでやったため、
余計その対比が目立つことになったように感じる。

とにかく指揮者の個性とオケの凄さがあらわれた、
これまた素晴らしいメサイアだが、
中でも使っている版のため登場場面は少ないが、
あのハーセスが参加した曲はどれもが聴きものだ。

特に「The trumpet shall sound」は絶品。

先のジョンソンがオケと絶妙にブレンドされた音を出していたが、
ハーセスはオケの中から輝かしい一筋の光が立ち上るかのようで、
ヘンデルがもしこれを聴いたら、
随喜の涙を流したのではないかと思われる程だ。

当時63歳のハーセスによるこれは本当に見事な演奏です。


以上アメリカのオケで演奏された、
三種類の「メサイア」を紹介したけど、
正直このどれもが日本での評価はひじょうに低い。

特に最初の二つは現在の価値観からみると、
はなはだ異端かもしれない。

ただ自分は「メサイア」では、
こういうのもいいのではないかという気がするし、
むしろこれらの演奏によって、
かえってヘンデルの強かさというえ、
「メサイア」という曲の懐の深さというものを、
強く感じさせられてしまう。


「メサイア」が現在でも多くの人に歌われ演奏され、
そして聴き継がれているのは、
そんなところにも大きな理由があるのかもしれません。


ヘンデルは自分たちが考えている以上に、
途方もない天才であり怪物だったのかも。



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ドラティとコンセルトヘボウの「くるみ割り人形」。 [クラシック百銘盤]

アンタル・ドラティというと、
バルトークやストラヴィスキーや、
ドヴォルザーク、スメタナ、
といったところが浮かんでくる人が多いが、
チャイコフスキーも同じように、
ドラティとして定番のレパートリーだった。


そんなドラティが69才の時に、
オランダの名門、
ロイヤル・コンセルトヘボウを指揮して録音した、
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」全曲がある。

MI0000975191.jpg

これがじつはたいへんな名演。

演奏は1975年に録音されたもので、
内容としては、

1975年6月30日-7月5日 アムステルダムのコンセルトヘボウでの録音。

共演として、
ヤン・ヴァルケステイン指揮
ハールレム聖バーフォ大聖堂少年合唱団。

と、なっている。

コンセルトヘボウはこの前年、
ハイティンクとチャイコフスキーの交響曲第5番を録音、
さらに前後して他の交響曲もいろいろと録音しており、
チャイコフスキーの録音が目立った時期でもある。

そんな中で録音されたこのチャイコフスキー。

録音はアナログながら当時としてはかなり良好で、
聴きやすくしかもそこそこレンジも大きく、
コンセルトヘボウののオケの素晴らしさも、
あますところなく録らえている。


だがそれ以上に素晴らしいのはドラティの指揮。

ドラティの指揮は音に力が十分に込められていて、
緊張感が途切れることがない。

また音楽の懐が大きく、
間の取り方がうまく安定感があるため、
音楽が小さく感じられることもない。

そういう意味ではクナッパーツフッシュ指揮の、
「くるみ割り」の組曲と相通じるものがあるが、
こちらの方がキレがあり、
尚且つパンチが効いている。

また音楽の流動観がすばらしく、
気付いたら
「もうここまで曲が来ている」
という事がしょっちゅうだ。


これにはドラティの力だけでなく、
コンセルトヘボウのオケの力もある。

その地力もそうだけど音の美しさが半端ではない。

チャイコフスキーの録音が伝統的に活発なオケだけど、
ことバレエの全曲となると経験はほとんどなく、
全曲録音もおそらくこれが初めてではないかと思われる。

※ハイライトなら名銀の誉も高いフィストラーリとの「白鳥の湖」がありましたが…。


にもかかわらず、
もう随所で聴き惚れてしまうほどの、
じつに瑞々しい音がそこには横溢している。

さすがコンセルトヘボウといったところだし、
ドラティの力量もこの点さらに評価されるべきだと思う。


演奏時間は全体で83分ほどだが、
上記のように聴きどころが多く、
美音が溢れかえる程なのに決して甘口ではなく、
むしろ辛口でありながら聴かせ上手であるためか、
正直自分にとってはいつもあっという間という感じだ。


これはドラティにとっても、
コンセルトヘボウにとっても快心の名演といえるだろう。

その後このコンビは1979年から1981年にかけて、
今度は「眠れる森の美女」全曲を録音している。

全体で2時間半を超す長丁場だけど、
こちらもじつに見事な演奏を同様に展開している。


尚、ドラティの「くるみ割り」のLPが日本で初発売された時、
当時の国内盤における「くるみ」の全曲盤というと、

アンセルメ、プレヴィン、ボニング、ロジェストヴェンスキー

といったところが発売されていたが、
オケも録音もこの盤が図抜けていたにもかかわらず、
何故か上記四点よりも評判になったという記憶がない。

確かに雑誌の評価は高かったが、
ドラティの当時の日本での評価がいまいちだったことも、
そこにはあるかもしれない。


ドラティが評価されたのは、
デッカとの録音がいろいろと話題となったことや、
1981年に読売日響客演の為の来日、
そしてコンセルトヘボウとのバルトークが出て、
その名前があらためて知らしめられた頃だろうか。

これほどドラティのそれが遅かったのは、
彼がマーキュリー時代に名前が出始めた頃、
彼の招聘の話が東響であったものの、
度重なる交渉のゴタゴタでけっきょくドタキャンとなったことで、
他の日本のオケがブラックリストに載せてしまったことと、
その後1963年のロンドン響との来日公演が、
本人の体調不良もあっていまひとつの日があったりして、
その評価が良くなかった事が尾を引き、
しかもその後ドラティの録音そのものが目立たなくなったため、
このような事が起きたのだろう。


そんな中でのこの「くるみ」の発売なので、
いささかしかたない部分はあるかもしれない。

自分も当時はやはりドラティに強い印象は無く、
この「くるみ」のLPは購入リストにはあったものの、
ついに購入することはなく、
CDとして手に入れたのはドラティ没後から、
さらに十年以上も後の事になる。

このため前出した貴重な来日公演、
結果的にも聴き逃すことになってしまった

じつに情けない話です。


そんな事もちょっと聴く度に思い起こさせる、
この名盤「くるみ割り人形」。

今はそういうこともありけっこう大事に聴いています。


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ドヴォルザークの四つの交響曲全集 [クラシック百銘盤]

ドヴォルザークの交響曲ほど、
その人気のばらつきと格差がある人も珍しい。

チェコの名指揮者トゥルノフスキーも、
このあたりのことをかつて指摘していたことがある。

そのせいかドヴォルザークの交響曲を複数録音した、
そのほとんどの人が、
9番「新世界より」と8番、
そして7番といったところのみの録音となっている。

特にチェコ以外の指揮者にそれが顕著で、
セル、オーマンディ、シルヴェストリ、バルビローリ、
そしてジュリーニ、デービスのコンセルトヘボウとの共演等々、
バーンスタインも9番と7番を録音している。

このように6番より前は全集にでもならないかぎり、
録音されるということはなかなかない。

だが1960年代半ばになると、
突然その全集が次々と発売されることとなった。

まずイシュトヴァン・ケルテスがデッカに録音をはじめる。
オケはロンドン交響楽団。

dvos.jpg

1961年ウィーンフィルと9番を録音していこともあり、
1963年にその次に人気のある8番から全集録音を開始、
1964年ロンドン響と来日した年に7番、
1965年に5番と6番、
そして1966年に残り四曲と9番の再録音となる。

ところがここでちょっと面白い事がおきる。

同じロンドン響を今度はフィリップスが、
ヴィルド・ロヴィツキの指揮で全集録音を開始した。

DVOSYM.jpg

1965年に6番。
1967年に5番
1969年に8番と9番、
1970年に1番、2番、4番、
1971年に3番、7番。

ロンドン響はなんと1965年に、
交響曲第6番を二人の指揮者で録音することになってしまった。

これは一悶着おきたような気がする。

なにしろデッカが全集の録音をはじめた三年目に、
いきなり同じオケを違う指揮者で、
フィリップスが同じ全集の録音を開始するというのだから、
これは穏やかな話ではない。

結果的にフィリップスが譲歩するような形となり、
ケルテスの全集録音終了後に
第二弾の5番を録音するという、
全集企画としてはスローなペースに一時なったが、
1968年にケルテスがロンドンを去ったことで状況が一変、
翌1969年初頭に8番9番という人気曲を立て続けに録音、
その後1971年にかけて一気に残り5曲を録音した。


時同じくドイツ・グラモフォンが、
当時グラモフォンの四人の看板指揮者のひとり、
(ベーム、ヨッフム、カラヤン、クーベリック)
ラファエル・クーベリック指揮、
ベルリンフィルによる録音を開始する。

51MenQoaQLL.jpg

こちらも滑り出しに、
1966年に8番を録音する。

これは1964年にカラヤンがベルリンフィルと
「新世界」を録音したことが影響していたのかも。

ただ次が1971年まで開いてしまう。

このことから当初は全集を意図しておらず、
この8番の出来がよすぎた事から、
急遽全集にする事を決めたのか、
それとも何らかの理由で、
一曲のみでストップせざるを得なかったかは分からないが、
どちらにせよベルリンの御大カラヤンにいろいろとお伺いをたて、
続きが1971年からの録音とあいなったような気がする。

ただ決まれば仕事は早い。

1971年に7番、
1972年に2番から6番と9番、
1973年に1番。

因みにベルリンとの「英雄」は1971年に録音されており、
この時期を最後にクーベリックとベルリンフィルの組み合わせによる、、
グラモフォンにおける録音はすべて終了となる。

またカラヤンもこれ以降、
ベルリンとグラモフォンにドヴォルザークは録音せず、
ベルリンフィルとはEMIに、
そしグラモフォンへはウィーンフィルとの録音という事になる。


この動きに黙っていられなくなったのが、
ドヴォルザークの故郷チェコのスプラフォン。

チェコ・フィルハーモニーを当時のトップ、
ヴァーツラフ・ノイマンの指揮で録音を開始。

98707.jpg

1971年に8番、
1972年に5番から7番と9番
1973年に1番から4番と、
約一年三か月で一気に録音を完了、
1973年の9月に全集が日本で発売になり、
その年のレコードアカデミー賞の、
交響曲部門を獲得した。

同年に完了したクーベリックの全集は、
12月に登場したため賞を獲るには遅かったというところか。

因みに翌年の交響曲部門は、
ベーム指揮ウィーンフイルによるブルックナーの4番。


しかしみな8番を早い時期に録音をしている。
1977年から録音を開始した、
スイトナーもやはり8番は早かった。
このあたりはちょっと面白い。


演奏はみなそれぞれの指揮者やオケの特長が出た、
どれも聴き応えのある演奏。

自分はこれらの中で、
ケルテス、クーベリック、ノイマンをよく聴き、
そしてそれがひとつの刷り込みになっていった。
ロヴィツキはそれらよりも聴いたのは少しあと。


ケルテスはとにかく熱い。
どの曲も只事ではないくらい、
血の通いきった思いの丈が詰まった演奏となっている。

ケルテスのドヴォルザークというと、
ウィーンフィルとの新世界ばかり有名だけど、
このロンドン響との全集もじつに素晴らしい。

当時まだ三十代だったケルテスの、
これが初めての交響曲全集。

ロンドン交響楽団とはこの録音の最中、
首席指揮者に就任するという、
最高の蜜月状態を迎えていただけに、
その演奏のモチベーションの高さが半端ではない。

もしこの組み合わせが十年続いたら、
イギリスのそれも、
かなり状況が変わっていたのではないだろうかというくらい、
素晴らしい出来となっている。


余談ですが、
6番はこの演奏で開眼させてもらい大好きな曲となったが、
未だ実演に接していないという体たらく。

情けない限りです。


クーベリックは初期の曲の場合、
ベルリンフィルそのものが持つ大きな器が、
ちと曲に対して小回りが利かないよう所が散見し、
いまひとつ好きになれなかったけど、
3番以降は文句なく見事な演奏となっている。

こちらはケルテスとはまた違った、
やや乾いた響きの中から、
強い意志の塊のような音楽が鳴り響く、
これまた熱い演奏だった。

この全集が日本で発売されてから一年半ほど後、
クーベリックはバイエルン放送と再来日し、
ドヴォルザークの8番を演奏していったが、
これもまた素晴らしく気合の入った演奏だった。

この来日時、
クーベリックは偶然東京にいたムラヴィンスキーと再開、
後日ムラヴィンスキーから公演の成功を祝った祝電が送られてきた。

尚このときの演奏はバイエルン放送に保管されており、
一時CD化の話があったものの、
その後途絶えてしまったのはじつに残念。

現在は会場変更などで当初ゴタゴタがあった、
東京文化会館でのマーラーの9番のみがCD化されている。


ノイマンはこれらに比べるともう少し落ち着いた、
ある意味オケの良さに音楽をまかせた部分が多く、
またそれがかなりいい方に働いているが、
それでも活気溢れる、
見事な音楽の流れを感じさせる名演が揃っている。

それにしてもこの時期のチェコフィルの響きは絶品で、
アンチェル時代後期を支えた名手たちが健在だったこともあり、
管も弦も水が滴るような素晴らしさを誇っている。

この全集の出た翌年の5月に、
ノイマンとチェコフィルも来日したが、
初日のNHKホールでのTVで中継されたそれは、
長旅の疲れとなれない大ホールでの演奏ということで、
あまり本調子とはいえない「新世界」を演奏していたが、
その後しだいに本来の調子を取り戻し、
最後の頃はFM東京により実現した
「わが祖国」全曲の演奏会におけるそれのように、
じつに素晴らしい演奏を行っていった。


これら三つで、
だいたいドヴォルザークの全集のイメージができてしまった自分に、
少し遅れて聴くことになったロヴィツキのそれはかなり新鮮だった。

その音楽のキレというか叩き込みが凄い。

タイプとしてはケルテスに近いかもしれないが、
例えはあまりよくないけど、
チェコフィルとプラハ響のドヴォルザークの違いみたいな、
そんな感じがこの二つには感じられた。

熱い演奏だけどケルテスの思いの丈の歌心というより、
音楽の芯に向かって切り込み詰めていくような、
そんな感じの演奏となっている。

特に木管の表情と弦のピッツィカートのそれが、
他の演奏にはない絶妙な表情をみせており、
これだけでもとても新鮮に聴こえたものだった。

また初期の若書きの二曲が、
これほど充実して聴こえたのは稀というべきで、
そういう意味でもロヴィツキの感覚の鋭さが活きた、
とても素晴らしい全集という気がする。

オケがケルテスからプレヴィンの時代へと移行する、
そういう時期とも重なっているが、
オケの状態にほとんど差が無いのも、
指揮者の力量によるところが大きいと思う。


因みにロヴィツキもワルシャワフィルとともに、
この全集が完結した二年後の1973年の5月に来日しているが、
同時期に急遽初来日したムラヴィンスキーに話題を取られたのは、
些かついておらず可哀そうだった。

ドヴォルザークは演奏されていないが、
ブラームス等の演奏はかなり好評を博したとか。


自分にとってこの四つのドヴォルザークの全集は、
そういう意味込みで、
ドヴォルザークの交響曲云々というだけでなく、
音楽をいろいろと積極的に聴き始めた自分に、
強い影響を与えてくれたものとなっていった。


今でもこれらはCDとなって、
比較的容易に聴く事が可能なのはじつに幸いで、
さすがに最新録音と同じというわけにはいかないものの、
当時としては良好な音質として聴くことができる。


日本にドヴォルザークの交響曲全曲が、
どんなかんじて音として入ってきたかという事に、
ちょっとでも興味のある方は、
ケルテス、クーベリック、ノイマン、
そしてロヴィツキの演奏をぜひ一度お聴きになってみてください。


以上で〆

※当初の内容に手を加えタイトルも変更しました。やはり聴いた時期が少しズレてるとはいえ、ロヴィツキを外したままというのはちょっと片手落ちという気がしましたので。

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忘れられた二つの交響曲。 [クラシック百銘盤]

ということで今回は、
かつてはよく知られた曲だったのに、
今はまったくといっていいほど知られなくなった曲のことを。


最初はルイーズ・ファランク(1804-1875)の、
交響曲第3番 ト短調 Op. 36。


フランスの女流作曲家で、
パリ音楽院のピアノ教授となったが冷遇されたものの、
後に自らの力で正規の待遇を勝ち取ったという。

この交響曲第3番は初演後から高く評価され、
彼女の教授の地位も向上させる要因になったという。

だがこのシューマンやメンデルスゾーンを想起させるような、
ロマン派のそれと古典派の良さも兼ね備えた作品も、
彼女の死後急速に忘れられてしまったという。


同じ女流作曲家でもクララ・シューマンや、
ファニー・メンデルスゾーンに比べると、
現在でもその名はほとんど知られていないが、
彼女がもし有名な大作曲家の身内だったら、
おそらく今でもその曲とともに知られていただろう。

https://www.youtube.com/watch?v=4ZeYHeXnNdo&t=1412s

それにしてもとても聴きやすく、
そしてしっかりとした聴き応えもある曲だ。

どうしてこの曲が演奏されなくなったのか、
こちらがその理由を聴きたいくらいだが、
やはり作曲家が忘れられてしまったのが最大の原因だろう。

じつに残念なことだ。



もうひとつはチャールズ・スタンフォード(1852-1924)の、
交響曲第3番ヘ短調 op.28「アイリッシュ」

エルガー以前、
サリバンやパリ―と並んで、
イギリス作曲界に大きな足跡を残した、
ブラームスを深く敬愛した作曲家だが、
この人もやはり生前に比べるとかなり知名度は低い。


この交響曲第3番は1887年に初演されてから好評で、
ビューローによりハンブルグやベルリンで演奏し評価されたり、
マーラーにも取り上げられ指揮されたという。

さらには1888年のコンセルトヘボウ管弦楽団の初コンサートで、
ベートーヴェンの「献堂式」序曲
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」
ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲
サン=サーンスの交響詩「フェントン」
以上の四曲と一緒にウィレム・ケスの指揮で演奏されている。

前年作曲されたばかりの曲に、
いきなりこの大役を任したのだから、
いかに当時この曲が高く評価されていたかを知る事ができるだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=sJ71SCI6ua0&t=688s

だがこの曲も演奏される機会が今は激減している。

作曲者がやはり死後忘れられたのが原因だろうが、
最初に書いたファランクの曲ともども、
一度は実演で聴いてみたい曲です。


ただ幸いにして、
今は昔と違い優秀な録音の音盤があるので、
完全に忘れられるということはないだろう。


いつかはこれらの曲を耳にし興味を持った指揮者が、
この曲を日本で指揮してくれることを願いたい。




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