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メータのブルックナーの9番 [クラシック百銘盤]

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1965年5月にウィーンのゾフィエンザールで録音された、
メータが初めてウィーンフィルを指揮し録音した音盤。

当時メータ29才。

クナッパーツブッシュ、クレンペラー、シューリヒトといった大御所が、
まだ存命していた時期の録音。


演奏時間は、26:02、10:44、27:11

比較的ゆったりとした演奏で、
肉厚でなかなか壮麗かつ悠揚としたものになっている。

メータはフルトヴェングラーに私淑していたということなので、
二十歳でフルトヴェングラーがデビューした時にも指揮したこの曲に対し、
並々ならぬそれをもってのぞんだのではないかと思われる。

ただじゃあこの演奏がとてつもなく圧倒的かというとそうでもなく、
むしろウィーンフィルの良さが前面に出たような演奏で、
指揮者のそれはじつは感じられない。

音楽もことさら深刻にならず、
自然な流れの方が強く印象残る。

ウィーンフィルはこの曲を4年程前にシューリヒトと録音しており、
やはりまだ若いメータでは役不足と感じていたのかも。

それでもときおり強く押し出されるホルンや、
弦の豊かな表情はメータの非凡さを感じさせる。

もっともそれでも全体的にはメータのブルックナーというより、
ウィーンフィルのブルックナーという感じといっていいのかもしれない。

それだけに
圧倒的に個性の強いシューリヒト盤の存在の大きさは如何ともしがたく、
メータのこの音盤は次第にその存在感が薄くなっていった。

そして現在でもその状況はあまり変わっていない。

かつて評論家小石忠男氏がその著書「続・世界の名指揮者」でも、
メータのLAPOとのブルックナーの4番は評価していたが、
9番に関しては全くふれられていなかった。

小石氏はその著書の中でメータとウィーンフィルについて、
ウィーンフィルの強い個性にメータが押し切られ、
音楽が未消化に終わっているという意味の事を記していたが、
この演奏についてもだいたいその線で受け取っていたのではないだろうか。

最近自分はこの演奏を聴いていると、
メータがLAPOからNYPOに移籍したき、
次第にその名声が陰っていったことが何となくだが、
理解できるような気がしてきた。

それはメータは強固な個性を持ったオケよりも、
真っさのオケの方に自分のベストを展開する傾向があるような、
そんな気がしてきたからだ。

LAPOでの成功もそれが一因としてあると思われるし、
かつて1977年に読売日響に客演した時のそれなど、
当時の彼のベストパフォーマンスではないかと思えるくらい、
じつに見事な演奏だったという記憶がある。


もし可能ならメータに、
N響か読響に今一度定期公演に複数回客演してもらえると、
彼の今のベストが聴けるのではないかと、
そんな気さえしてしまう。


と、そんなことを考えさせられてしまうこれは演奏だ。

ただ自分がもし、
この曲のあるがままのスタンダードな演奏を聴きたいといわれたら、
おそらくこの演奏を自分は推すと思う。

それはこの曲の良さが感じられ、
そして次に聴く演奏に対し、
必要以上の呪縛が無いということがあげられるからだ。

もっともそこにメータの良さだけでなく、
ひとつの限界があるのかもしれませんが…。


尚、この年の秋と翌年にウィーンフィルは、
デッカとブルックナーの交響曲をショルティの指揮で7番と8番。

1969年にはアバドと1番。

1970年以降に、ベームと3番と4番。
マゼールと5番、シュタインと2番と6番を録音し、
ウィーンフィルによるブルックナーの交響曲全集がデッカにより完結、
日本でも国内盤でそれが売り出されたが、
当時自分にはそれほど魅力のあるものとは感じられなかった。

その最大の理由がじつはこのメータの9番だったのだが、
今はそのときとはずいぶん自分も聴き方が変わってしまった。

自分の若い時は減点的に演奏を聴いていたため、
極端に自分至上主義になってしまっていたが、
年をとるにつれ次第にそういう傾向が影を潜め、
その演奏が何を目指しているのかということに重きを置く、
加点的聴き方になっていったので、
音楽の聴こえ方もかつてとはずいぶん変わってしまった。


メータのこのブルックナーもかつては駄盤みたいに感じていたが、
今はいろいろと聴き処の多い演奏に感じているのも、
その一環なのだろう。

その傾向がより強くなったのは311以降なのですが、
その話はまたいつかということで。


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ショルティのヘンゼルとグレーテル [クラシック百銘盤]

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フンパーディンク:歌劇『ヘンゼルとグレーテル』全曲
 
ブリギッテ・ファスベンダー(Ms:ヘンゼル)
ルチア・ポップ(S:グレーテル)
ヴァルター・ベリー(Br:ペーター)
ユリア・ハマリ(Ms:ゲルトルート)
アニー・シュレム(Ms:魔女)
ノーマ・バロウズ(S:眠りの精)
エディタ・グルベローヴァ(S:暁の精)
 
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・ゲオルク・ショルティ

録音:1978年2月~9月、ウィーン・ゾフィエンザール


という録音がある。
もちろんデッカのもの。


豪華メンバーを集めてウィーンで録音されたこれは、
録音当初はそこそこ話題にはなったものの、
ショルティの指揮が詩的ではないとか、
主役二人が子供らしさに欠けると言われたりとか、
それほど手放して賞賛された盤ではなかった。

おそらくそれには同じ絵ウィーンのフィルハーモニーと録音した、
クリュイタンス盤の影響もあったのだろう。


ただ個人的はこのショルティのもの。

とてもお気に入りの録音となっている。

音質もクリュイタンスより十年以上後の、
アナログ録音最盛期に収録されたということもあり、
とても聴きやすいしオケの音も美しく録音されている。

余談だけどこのショルティの録音時の間に、
カラヤンがデッカとウィーンフィルを指揮して同じ会場で、
モーツァルトの「フィガロの結婚」を録音しているので、
興味のある方は聴き比べてみるのも面白いかも。


とこでここでのショルティの指揮はじつに小気味いい、
それはいつものことなのだけど、
サクサクテキパキと音楽が流れていくものの、
オケがシカゴではなくウィーンフィルのためか、
音のさらさらと流れていくそれがじつに気持ちいい。


クリュイタンスのように余情や風情がたっぷり感じられるものとは違うけど、
これはこれで音が退く瑞々しさが十二分に感じられるものとなっている。

そして何よりも場違いなくらいダイナミックなのがいい。

魔女の踊りや大詰めの合唱の盛り上げ方など、
まるてワーグナーの楽劇を聴きやすくしたかのような演奏で、
ワーグナー指揮し屋ショルティの面目躍如という感すらある。

ただもちろん歌うところは、
しっかりウィーンフィルの特質を活かしてやっているので、
無味乾燥になることはない。


そして歌手。

この録音期にはクライバーの指揮で、
オクタヴィアンとゾフィーを演じていた二人が、
ここではヘンゼルとグレーテルを演じている。

そしてその両親の役には、
ワルター・ベリーとユリア・ハマリ。

カール・リヒターの「マタイ受難曲」の映像版でも共演していたお二人。

魔女に名歌手アニー・シュレム。眠りの精にノーマ・バロウズ。

そして朝の精では、
当時まだ31歳とはいえすでにかなり名の通った存在だった、
エディタ・グルベローヴァが登場している。

かなり贅沢な布陣だけど、
この面子からみてもう子供向きというよりは、
大人が聴いても充分楽しめる、
むしろ今の時代にはこういう演奏の方がいいのでは?
という感じすらするほど、
かなり強いタッチの歌で彩られている。

とはいっても聴いていて、
ブリュンヒルデとヴォータンが、
お菓子の家の前で魔女と格闘しているような、
そんな可笑しな歌い方はさすがにしていない。


なので場違いなヘンゼルとグレーテルというより、
こういうやり方でも楽しむことができる演奏という、
そんな出来といっていいだろう。

とにかく子供向きのオペラとしてだけでなく、
この曲を他の一般オペラ的な聴き方をしてみたいという人にも、
これは最適といっていい演奏だと思います。

演奏時間は全体で約108分。


ただ最後に魔女を押し込めた釜戸が爆発する音が、

「どんな釜戸なんだよ」

というくらいの音がしていて、
カルショーの「指環」のパロディかなと思ったくらい。
このあたりはご愛敬か。


尚ショルティはこの三年後に映像収録のためこの曲を再録音しています。

メンバーは

ブリギッテ・ファスベンダー(Ms:ヘンゼル)
エディタ・グルベローヴァ (S:グレーテル)
ヘルマン・プライ(Br:ペーター)
ヘルガ・デルネシュ(Ms:ゲルトルート)
セーナ・ユリナッチ(Ms:魔女)
ノーマ・バロウズ(S:眠りの精)
エルフリーデ・ヘーバルト(S:暁の精)
 
ウィーン少年合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サー・ゲオルク・ショルティ

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1970年代半ばの「わが祖国」国内盤事情+余談。 [クラシック百銘盤]

スメタナの「わが祖国」全曲は、
今でこそCDはもちろんだけど、
演奏会でもそこそこみかけるお馴染みの作品だが、
かつてはあまりそういう雰囲気ではなかった。

確かに二曲目の「モルダウ」は昔から有名だけど、
それ以外はそうでもなかった。

定期公演に関しては、
1968年9月にソ連のプラハの春事件に抗議し、
急遽演奏されたマタチッチ指揮N響による演奏以前には、
全曲がプロオケでやられた記録は無い。


ただ続くときは続くもので、
チェコフィルが1974年来日時に、
FM東京による応募制コンサートを行った翌年には、
クーベリック指揮バイエルン放送響による来日公演で、
「わが祖国」全曲が東京文化会館で演奏され、
これはNHKにより全国に放送されることになった。

そしてこの年の11月には、
コシュラー指揮東京都交響楽団による全曲演奏もあった。

またこの前月には、
前年好評だったノイマンとチェコフィルの「わが祖国」を、
日本からの要請で急遽録音されたものが発売された。

これは二枚組新譜としてはお徳用価格での発売ということもあり、
このレコードはかなり売れた。

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そして翌1976年秋のチェコフィル来日公演では、
東京文化会館で再度ノイマン指揮による「わが祖国」が演奏された。


とにかく1974年のノイマンの成功で、
この曲が売れる事が分かったレコード会社は、
1975年までにチェコフィルやクーベリックの来日記念も込みで、
かつての録音を含めていろいろと再発売をした。

アンチェル指揮チェコフィル
クーベリック指揮シカゴ響
クーベリック指揮ボストン響
ターリヒ指揮チェコフィル
ノイマン指揮ゲヴァントハウス

そして新録音の

ノイマン指揮チェコフィル

これらが1975年秋に日本国内で販売された。


ただクーベリック指揮ウィーンフィルや、
サージェント指揮ロイヤルフィルという、
多少録音の古いステレオものや、
シェイナー指揮チェコフィルといったものは、
当時日本の店頭からは消えたままだった。


その後これらも発売され、
1980年代に入ると
オルフェオからクーベリック指揮バイエルン放送のライブ、
そしてスメターチェク指揮チェコフィルあたりも発売され、
CD時代になるとさらに充実したものになっていった。


だがコンサートではチェコフィル以外はなかなか演奏されず、
日本のオケも後にはたまに演奏することもあったが、
正直それはかなり聴きおとりするものがあった。


1970年代半ば以降の「わが祖国」に関しては、
おおよそそんな状況だった。

このため当時の音楽ファンで、
「わが祖国」に慣れ親しんだほとんどの人は、
ノイマン指揮チェコフィルのレコードか演奏、
そしてクーベリック指揮ボストン響によるレコードと、
バイエルン放送との来日公演あたりが、
ひとつのきっかけや刷り込みとなっている人が多い。


そんな人たちとって
1990年のクーベリックのプラハ帰還時の「わが祖国」のCDや映像、
そして翌年の来日公演における同曲のそれが、
いかに半端じゃないものだったかは、
このことからも多少は想像できるのではないだろうか。


現在でもクーベリックやノイマンの「わが祖国」が店頭に並び、
それが評価されているのはそんな事がいろいろとあったからなのですが、
ただ21世紀になると状況もかなり変わり、
日本のオケもかなりのレベルでこの曲を演奏できるようになった。

2006年のビエロフラーヴェク指揮日本フィル
2009年のエリシュカ指揮の札幌交響楽団

そしてその二人を師にもつ、

2017年のフルシャ指揮東京都交響楽団
(CDは無い)

この三つはその証といえるだろう。


考えてみるとこの40年、
この曲に対してのそれは大きく変わったといえると思うし、
それを半世紀まで拡大するとさらに顕著といえるだろう。

今あらためて1970年代のそれを回顧すると
それは本当に当時からは想像できないものがあります。

ほんとうにいろんな意味で、
日本は進化したといえると思います。


あと余談ですが、
日本は伝統的にチェコの名指揮者がよく来日する。

ターリヒ、シェイナー、グレゴールは来日しなかったが、

アンチェル、スロヴァーク、クーベリック、スメターチェク、
ノイマン、コシュラー、トゥルフリーク、ペシェク、
トゥルノフスキー、エリシュカ、ビエロフラーヴェク、ヴァーレク、
マーツァル、コウト、アルトリフテル、スワロフスキー、
そしてネトピル、フルシャ等々、

ほんとうに多くの指揮者が来日している。

この人たちの中には「わが祖国」全曲を、
日本で指揮してくれた人たちもいる。

そういう積み重ねも今を築いている要因なのだろう。


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アメリカのオーケストラによる三種の「メサイア」 [クラシック百銘盤]

ヘンデルの「メサイア」というと、
今は小編成のピリオドによるものが主流で、
モダン楽器で演奏するそれはもはや時代遅れということで、
ほとんど顧みられていない。

ここではまだそういう正しい正しくないという、
そういことにとらわれなかった時代のものも含めた、
アメリカのメジャーオケによる「メサイア」をあげてみたいと思う。

歌唱はもちろんすべて英語版。


最初は当時38歳だった若きバーンスタインが、
1956年の大晦日に録音したもの。

メサイア0.jpg

アデーレ・アディソン(ソプラノ)
ラッセル・オバーリン(カウンターテノール)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
ウィリアム・ウォーフィールド(バリトン)
ウェストミンスター合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニック

というもので、
同曲初ステレオ録音というだけでなく、
バーンスタインがNYPOを指揮した初の商業用録音であり、
初のステレオ録音でもあるようです。

ただし手持ちのCDを聴くと「パストラール」のように、
一部音質がモノラルとなっているところもあります。


これはバーンスタインが1956年の12月にあった、
「メサイア」を連続して演奏した演奏会の後、
年もおしつまった大晦日に録音したもの。

当時NYPOはミトロプーロスの時代で、
バーンスタインはNYPOの音楽監督どころか、
まだ首席指揮者にもなっていなかった。

オケはミトロプーロス時代末期とはいえ、
なかなかしっかりとした演奏をしている。

合唱は上手いというより、
一生懸命心を込めて真摯に歌っているという感じで、
ひじょうにバーンスタインらしい演奏となっている。

だがこの演奏の最大の特長は、
この曲の構成だ。

使用しているのがプラウト編曲版ということで、
ただでさえカットが多いのだがそれだけではなく、
この三部構成のオラトリオをバーンスタインは、

第一部と第二部の後半をくっつけて
「クリスリス・セクション」

第ニ部の前半と第三部をくっつけて
「イースター・セクション」

と再構成し演奏している。

このため「クリスマス」では「ハレルヤ」で終わるため、
これはこれでなかなかいい雰囲気になっている。

またこれは「マタイ」でも感じた事だけど、
ストーリーテラーとしてのバーンスタインのそれも、
強く感じさせるものがある。

もともと「メサイア」は、
宗教音楽というよりは祝典劇場音楽みたいな所があり、
しかもやったもの勝ちみたいなところもあるので、
バーンスタインのこれなどは、
まさにそこの部分を衝いたものといえる。

またバーンスタインのそれはじつにロマンチックで、
情感豊かにたっぷりと歌い込んだり、
素晴らしく快適に運んだりと、
もう縦横無尽といった感さえある。

最後の「アーメンコーラス」など、
もう心躍り点に向かって駆け上がっていくような、
そんな爽快感さえ感じられる。

スキの無いすべてに行き届いた演奏とは対極の、
ある意味スキだらけの演奏だけど、
これは若き日のバーンスタインの、
ありったけの思いの丈を「メサイア」にぶつけた、
快心の演奏といえると思う。

この録音は1958年に発売になったが、
これは翌年がヘンデル没後200年にあたることから、
それにあわせての発売となっていたようです。

そういえばベイヌムの「水上の音楽」も、
1958年の録音ということなので、
同じ趣旨の録音だったのかも。

1950年のバッハ没後200年は、
まだ大戦が終わって五年ほどしか経っておらず、
ステレオ録音も登場してなかったこともあり、
1959年のこれは業界にとって、
ひとつのビッグイベントだったのかもしれません。



そんなバーンスタインの「メサイア」が発売された年に、
CBSはオーマンディとフィラデルフィアによって、
再度「メサイア」を録音します。

メサイア1.jpg

アイリーン・ファーレル (ソプラノ)
マーサ・リプトン (アルト)
デイヴィス・カニングハイム (テノール) 
ウィリアム・ワーフィールド (バリトン)
ギルバート・ジョンソン(トランペット)
リチャード・P・コンディモルモン指揮・タバナクル合唱団
フィラデルフィア管弦楽団
                      

1958年と1959年の3月とに分かれて録音されており、
これだとヘンデルの命日は間に合わないが、
これも一応200年の年にあわせて録音されたものだろう。

CBSがなぜ連続して「メサイア」を録音したかは不明だが、
ひょっとするとバーンスタインの二部構成ものなので、
オリジナルの三部構成ものも録音しようとしたのかもしれない。


ただこのオーマンディのものは確かに三部構成ではあるが、
第一部こそバーンスタインとほぼ同じ曲数を収録しているものの、
第二部と第三部はかなりカットしており、
全32曲104分というかんじになっている。

※因みにバーンスタインは全39曲で117分。

しかもそのうち18曲は第一部なのだから、
いかに残りがバッサリやられたかお分かりだろう。

第三部など四曲しかない。

ただそれでも演奏そのものは、
かなり大きな編成で賑やかな編曲ではあるものの、
それによって肥大したり、
喧騒に走るということもなく、
安定感と古典的ともいえる美しい造形と安定感、
それにバランスをもった演奏となっている。

雰囲気としてはバーンスタインのような劇場型ではなく、
むしろ声楽付き交響曲のような趣の演奏となっている。

またかなりフォルムにこだわったような演奏で、
第二部以降の大幅なカットは、
レコードの収録時間の関係だけということではなく、
オーマンディのフォルムに対する感覚からきた、
必要なカットだったのかもしれない。


この演奏のもうひとつの聴きものは、
やはりフィラデルフィアの演奏だろう。

この録音当時フィラデルフィアは、
全米ナンバーワンと言われていたほどのスーパーオケで、
多くの名手が揃っていたという。

弦の響きひとつひとつとっても絶品ものだし、
ときおり聴かれる管楽器もじつに華やかではあるが、
それでいてどこか落ち着いた響きで統一されていて、
聴いていて心が洗われるよう。

そして「The trumpet shall sound」における。
名手ギルバート・ジョンソンのそれがまた素晴らしい。

決して華美になったり派手になったりせず、
それでいてオケと絶妙にブレンドされた、
温かな光にみちた見事なソロを聴かせてくれている。

因みにバーンスタインはここの部分三部構成の最初第一部しかないが、
ここでは三部すべてが演奏されている。

ここが名手の聴かせどころということで、
しっかりとコンプリートで演奏したのかも。

輝かしい演奏ではあるが表情に強く抑制をきかせてはいるため。
器楽的傾向の強い演奏と聴こえるかもしれないが、
音楽そのものはしっかりと歌い込まれているし、
音のキレもしっかりとしていて、
ダラダラと惰性で音楽が進むことがない。

1950年代全米最高の、
というより当時世界最高のオーケストラによるヘンデルということで、
これまたいろいろと聴きどころのある演奏となっています。



この約四半世紀後、
今度はヘンデルの生誕300年が近づいてきた。

そしてそれに合わせて録音されたもののひとつがこれ。

メサイア2.jpg

キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
アンヌ・イェヴァング(アルト)
キース・ルイス(テノール)
グウィン・ハウエル(バス)
アドルフ・ハーセス (トランぺット)
マーガレット・ヒリス指揮シカゴ交響楽団合唱団
シカゴ交響楽団

指揮はもちろんゲオルグ・ショルティ。

1984年の録音。

この録音時、ショルティはスコア選定等を含め、
クリストファー・ホグウッドに助言を求めている。

彼としてはこのセッションに、
より万全をもってのぞみたかったのだろう。

使用版はトービン校訂版。

先の二人の使用している版よりはるかにオーソドックスだが、
これはショルティのオリジナル版志向に沿ったものといえるかも。

※しかしヘンデルのこの許の版の問題はとても複雑。ブルックナーどころのさわぎではないくらいです。

オケの編成もそれに準じており、
十二型の弦編成に、
オーボエとバスーンが各二名。
ブラス三名とティンパニーとチェンバロで、
計49名のオケと約100名の合唱団というもの。

因みにこの100名はオケとのバランスだけではなく、
シカゴ響合唱団の中のプロメンバーの人数なのだそうで、
メンバーを精鋭に絞り込んでのそれだとか。

そんなメンバーでのぞんだこの演奏。


とにかく演奏が小気味いい。

ショルティというと、
いつも剛腕の分回しみたいにいわれているが、
こういう小回りを要求される曲でも、
ショルティは驚く程の適正を発揮する。

やってることはいつものショルティだけど、
編成を刈り込んでいるせいか、
とても軽快でさわやかな感じさえする。

またその持ち前の古典的演奏スタイルのせいか
印象が現代のピリオド系に近いものがあり、
古臭さや仰々しさも感じさせない。

もっともオケの基礎体力が半場ではないので、
そのパワーは現代の室内オケとは桁外れで、
随所にフルオケ並みの迫力を聴かせている。

とにかくなんともストレートなヘンデルだ。


ただ面白いのはオケや合唱に比べ、
ソリストの四人はむしろ歌謡的で、
まるでオペラのような感じさえする。

ショルティはこのことにより、
宗教音楽と世俗音楽の合体ともいえる「メサイア」の、
その二つの面を同時に描こうとしていたのかもしれない。

おそらくショルティはどちらかひとつに重心をかけることを、
この曲では良しとしなかったのだろう。

ただこういうやり方はショルティだけではなく、
ピリオドでもたまに耳にするやり方だが、
ショルティのそれはシカゴというデカいキャンパスでやったため、
余計その対比が目立つことになったように感じる。

とにかく指揮者の個性とオケの凄さがあらわれた、
これまた素晴らしいメサイアだが、
中でも使っている版のため登場場面は少ないが、
あのハーセスが参加した曲はどれもが聴きものだ。

特に「The trumpet shall sound」は絶品。

先のジョンソンがオケと絶妙にブレンドされた音を出していたが、
ハーセスはオケの中から輝かしい一筋の光が立ち上るかのようで、
ヘンデルがもしこれを聴いたら、
随喜の涙を流したのではないかと思われる程だ。

当時63歳のハーセスによるこれは本当に見事な演奏です。


以上アメリカのオケで演奏された、
三種類の「メサイア」を紹介したけど、
正直このどれもが日本での評価はひじょうに低い。

特に最初の二つは現在の価値観からみると、
はなはだ異端かもしれない。

ただ自分は「メサイア」では、
こういうのもいいのではないかという気がするし、
むしろこれらの演奏によって、
かえってヘンデルの強かさというえ、
「メサイア」という曲の懐の深さというものを、
強く感じさせられてしまう。


「メサイア」が現在でも多くの人に歌われ演奏され、
そして聴き継がれているのは、
そんなところにも大きな理由があるのかもしれません。


ヘンデルは自分たちが考えている以上に、
途方もない天才であり怪物だったのかも。



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ドラティとコンセルトヘボウの「くるみ割り人形」。 [クラシック百銘盤]

アンタル・ドラティというと、
バルトークやストラヴィスキーや、
ドヴォルザーク、スメタナ、
といったところが浮かんでくる人が多いが、
チャイコフスキーも同じように、
ドラティとして定番のレパートリーだった。


そんなドラティが69才の時に、
オランダの名門、
ロイヤル・コンセルトヘボウを指揮して録音した、
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」全曲がある。

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これがじつはたいへんな名演。

演奏は1975年に録音されたもので、
内容としては、

1975年6月30日-7月5日 アムステルダムのコンセルトヘボウでの録音。

共演として、
ヤン・ヴァルケステイン指揮
ハールレム聖バーフォ大聖堂少年合唱団。

と、なっている。

コンセルトヘボウはこの前年、
ハイティンクとチャイコフスキーの交響曲第5番を録音、
さらに前後して他の交響曲もいろいろと録音しており、
チャイコフスキーの録音が目立った時期でもある。

そんな中で録音されたこのチャイコフスキー。

録音はアナログながら当時としてはかなり良好で、
聴きやすくしかもそこそこレンジも大きく、
コンセルトヘボウののオケの素晴らしさも、
あますところなく録らえている。


だがそれ以上に素晴らしいのはドラティの指揮。

ドラティの指揮は音に力が十分に込められていて、
緊張感が途切れることがない。

また音楽の懐が大きく、
間の取り方がうまく安定感があるため、
音楽が小さく感じられることもない。

そういう意味ではクナッパーツフッシュ指揮の、
「くるみ割り」の組曲と相通じるものがあるが、
こちらの方がキレがあり、
尚且つパンチが効いている。

また音楽の流動観がすばらしく、
気付いたら
「もうここまで曲が来ている」
という事がしょっちゅうだ。


これにはドラティの力だけでなく、
コンセルトヘボウのオケの力もある。

その地力もそうだけど音の美しさが半端ではない。

チャイコフスキーの録音が伝統的に活発なオケだけど、
ことバレエの全曲となると経験はほとんどなく、
全曲録音もおそらくこれが初めてではないかと思われる。

※ハイライトなら名銀の誉も高いフィストラーリとの「白鳥の湖」がありましたが…。


にもかかわらず、
もう随所で聴き惚れてしまうほどの、
じつに瑞々しい音がそこには横溢している。

さすがコンセルトヘボウといったところだし、
ドラティの力量もこの点さらに評価されるべきだと思う。


演奏時間は全体で83分ほどだが、
上記のように聴きどころが多く、
美音が溢れかえる程なのに決して甘口ではなく、
むしろ辛口でありながら聴かせ上手であるためか、
正直自分にとってはいつもあっという間という感じだ。


これはドラティにとっても、
コンセルトヘボウにとっても快心の名演といえるだろう。

その後このコンビは1979年から1981年にかけて、
今度は「眠れる森の美女」全曲を録音している。

全体で2時間半を超す長丁場だけど、
こちらもじつに見事な演奏を同様に展開している。


尚、ドラティの「くるみ割り」のLPが日本で初発売された時、
当時の国内盤における「くるみ」の全曲盤というと、

アンセルメ、プレヴィン、ボニング、ロジェストヴェンスキー

といったところが発売されていたが、
オケも録音もこの盤が図抜けていたにもかかわらず、
何故か上記四点よりも評判になったという記憶がない。

確かに雑誌の評価は高かったが、
ドラティの当時の日本での評価がいまいちだったことも、
そこにはあるかもしれない。


ドラティが評価されたのは、
デッカとの録音がいろいろと話題となったことや、
1981年に読売日響客演の為の来日、
そしてコンセルトヘボウとのバルトークが出て、
その名前があらためて知らしめられた頃だろうか。

これほどドラティのそれが遅かったのは、
彼がマーキュリー時代に名前が出始めた頃、
彼の招聘の話が東響であったものの、
度重なる交渉のゴタゴタでけっきょくドタキャンとなったことで、
他の日本のオケがブラックリストに載せてしまったことと、
その後1963年のロンドン響との来日公演が、
本人の体調不良もあっていまひとつの日があったりして、
その評価が良くなかった事が尾を引き、
しかもその後ドラティの録音そのものが目立たなくなったため、
このような事が起きたのだろう。


そんな中でのこの「くるみ」の発売なので、
いささかしかたない部分はあるかもしれない。

自分も当時はやはりドラティに強い印象は無く、
この「くるみ」のLPは購入リストにはあったものの、
ついに購入することはなく、
CDとして手に入れたのはドラティ没後から、
さらに十年以上も後の事になる。

このため前出した貴重な来日公演、
結果的にも聴き逃すことになってしまった

じつに情けない話です。


そんな事もちょっと聴く度に思い起こさせる、
この名盤「くるみ割り人形」。

今はそういうこともありけっこう大事に聴いています。


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ドヴォルザークの四つの交響曲全集 [クラシック百銘盤]

ドヴォルザークの交響曲ほど、
その人気のばらつきと格差がある人も珍しい。

チェコの名指揮者トゥルノフスキーも、
このあたりのことをかつて指摘していたことがある。

そのせいかドヴォルザークの交響曲を複数録音した、
そのほとんどの人が、
9番「新世界より」と8番、
そして7番といったところのみの録音となっている。

特にチェコ以外の指揮者にそれが顕著で、
セル、オーマンディ、シルヴェストリ、バルビローリ、
そしてジュリーニ、デービスのコンセルトヘボウとの共演等々、
バーンスタインも9番と7番を録音している。

このように6番より前は全集にでもならないかぎり、
録音されるということはなかなかない。

だが1960年代半ばになると、
突然その全集が次々と発売されることとなった。

まずイシュトヴァン・ケルテスがデッカに録音をはじめる。
オケはロンドン交響楽団。

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1961年ウィーンフィルと9番を録音していこともあり、
1963年にその次に人気のある8番から全集録音を開始、
1964年ロンドン響と来日した年に7番、
1965年に5番と6番、
そして1966年に残り四曲と9番の再録音となる。

ところがここでちょっと面白い事がおきる。

同じロンドン響を今度はフィリップスが、
ヴィルド・ロヴィツキの指揮で全集録音を開始した。

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1965年に6番。
1967年に5番
1969年に8番と9番、
1970年に1番、2番、4番、
1971年に3番、7番。

ロンドン響はなんと1965年に、
交響曲第6番を二人の指揮者で録音することになってしまった。

これは一悶着おきたような気がする。

なにしろデッカが全集の録音をはじめた三年目に、
いきなり同じオケを違う指揮者で、
フィリップスが同じ全集の録音を開始するというのだから、
これは穏やかな話ではない。

結果的にフィリップスが譲歩するような形となり、
ケルテスの全集録音終了後に
第二弾の5番を録音するという、
全集企画としてはスローなペースに一時なったが、
1968年にケルテスがロンドンを去ったことで状況が一変、
翌1969年初頭に8番9番という人気曲を立て続けに録音、
その後1971年にかけて一気に残り5曲を録音した。


時同じくドイツ・グラモフォンが、
当時グラモフォンの四人の看板指揮者のひとり、
(ベーム、ヨッフム、カラヤン、クーベリック)
ラファエル・クーベリック指揮、
ベルリンフィルによる録音を開始する。

51MenQoaQLL.jpg

こちらも滑り出しに、
1966年に8番を録音する。

これは1964年にカラヤンがベルリンフィルと
「新世界」を録音したことが影響していたのかも。

ただ次が1971年まで開いてしまう。

このことから当初は全集を意図しておらず、
この8番の出来がよすぎた事から、
急遽全集にする事を決めたのか、
それとも何らかの理由で、
一曲のみでストップせざるを得なかったかは分からないが、
どちらにせよベルリンの御大カラヤンにいろいろとお伺いをたて、
続きが1971年からの録音とあいなったような気がする。

ただ決まれば仕事は早い。

1971年に7番、
1972年に2番から6番と9番、
1973年に1番。

因みにベルリンとの「英雄」は1971年に録音されており、
この時期を最後にクーベリックとベルリンフィルの組み合わせによる、、
グラモフォンにおける録音はすべて終了となる。

またカラヤンもこれ以降、
ベルリンとグラモフォンにドヴォルザークは録音せず、
ベルリンフィルとはEMIに、
そしグラモフォンへはウィーンフィルとの録音という事になる。


この動きに黙っていられなくなったのが、
ドヴォルザークの故郷チェコのスプラフォン。

チェコ・フィルハーモニーを当時のトップ、
ヴァーツラフ・ノイマンの指揮で録音を開始。

98707.jpg

1971年に8番、
1972年に5番から7番と9番
1973年に1番から4番と、
約一年三か月で一気に録音を完了、
1973年の9月に全集が日本で発売になり、
その年のレコードアカデミー賞の、
交響曲部門を獲得した。

同年に完了したクーベリックの全集は、
12月に登場したため賞を獲るには遅かったというところか。

因みに翌年の交響曲部門は、
ベーム指揮ウィーンフイルによるブルックナーの4番。


しかしみな8番を早い時期に録音をしている。
1977年から録音を開始した、
スイトナーもやはり8番は早かった。
このあたりはちょっと面白い。


演奏はみなそれぞれの指揮者やオケの特長が出た、
どれも聴き応えのある演奏。

自分はこれらの中で、
ケルテス、クーベリック、ノイマンをよく聴き、
そしてそれがひとつの刷り込みになっていった。
ロヴィツキはそれらよりも聴いたのは少しあと。


ケルテスはとにかく熱い。
どの曲も只事ではないくらい、
血の通いきった思いの丈が詰まった演奏となっている。

ケルテスのドヴォルザークというと、
ウィーンフィルとの新世界ばかり有名だけど、
このロンドン響との全集もじつに素晴らしい。

当時まだ三十代だったケルテスの、
これが初めての交響曲全集。

ロンドン交響楽団とはこの録音の最中、
首席指揮者に就任するという、
最高の蜜月状態を迎えていただけに、
その演奏のモチベーションの高さが半端ではない。

もしこの組み合わせが十年続いたら、
イギリスのそれも、
かなり状況が変わっていたのではないだろうかというくらい、
素晴らしい出来となっている。


余談ですが、
6番はこの演奏で開眼させてもらい大好きな曲となったが、
未だ実演に接していないという体たらく。

情けない限りです。


クーベリックは初期の曲の場合、
ベルリンフィルそのものが持つ大きな器が、
ちと曲に対して小回りが利かないよう所が散見し、
いまひとつ好きになれなかったけど、
3番以降は文句なく見事な演奏となっている。

こちらはケルテスとはまた違った、
やや乾いた響きの中から、
強い意志の塊のような音楽が鳴り響く、
これまた熱い演奏だった。

この全集が日本で発売されてから一年半ほど後、
クーベリックはバイエルン放送と再来日し、
ドヴォルザークの8番を演奏していったが、
これもまた素晴らしく気合の入った演奏だった。

この来日時、
クーベリックは偶然東京にいたムラヴィンスキーと再開、
後日ムラヴィンスキーから公演の成功を祝った祝電が送られてきた。

尚このときの演奏はバイエルン放送に保管されており、
一時CD化の話があったものの、
その後途絶えてしまったのはじつに残念。

現在は会場変更などで当初ゴタゴタがあった、
東京文化会館でのマーラーの9番のみがCD化されている。


ノイマンはこれらに比べるともう少し落ち着いた、
ある意味オケの良さに音楽をまかせた部分が多く、
またそれがかなりいい方に働いているが、
それでも活気溢れる、
見事な音楽の流れを感じさせる名演が揃っている。

それにしてもこの時期のチェコフィルの響きは絶品で、
アンチェル時代後期を支えた名手たちが健在だったこともあり、
管も弦も水が滴るような素晴らしさを誇っている。

この全集の出た翌年の5月に、
ノイマンとチェコフィルも来日したが、
初日のNHKホールでのTVで中継されたそれは、
長旅の疲れとなれない大ホールでの演奏ということで、
あまり本調子とはいえない「新世界」を演奏していたが、
その後しだいに本来の調子を取り戻し、
最後の頃はFM東京により実現した
「わが祖国」全曲の演奏会におけるそれのように、
じつに素晴らしい演奏を行っていった。


これら三つで、
だいたいドヴォルザークの全集のイメージができてしまった自分に、
少し遅れて聴くことになったロヴィツキのそれはかなり新鮮だった。

その音楽のキレというか叩き込みが凄い。

タイプとしてはケルテスに近いかもしれないが、
例えはあまりよくないけど、
チェコフィルとプラハ響のドヴォルザークの違いみたいな、
そんな感じがこの二つには感じられた。

熱い演奏だけどケルテスの思いの丈の歌心というより、
音楽の芯に向かって切り込み詰めていくような、
そんな感じの演奏となっている。

特に木管の表情と弦のピッツィカートのそれが、
他の演奏にはない絶妙な表情をみせており、
これだけでもとても新鮮に聴こえたものだった。

また初期の若書きの二曲が、
これほど充実して聴こえたのは稀というべきで、
そういう意味でもロヴィツキの感覚の鋭さが活きた、
とても素晴らしい全集という気がする。

オケがケルテスからプレヴィンの時代へと移行する、
そういう時期とも重なっているが、
オケの状態にほとんど差が無いのも、
指揮者の力量によるところが大きいと思う。


因みにロヴィツキもワルシャワフィルとともに、
この全集が完結した二年後の1973年の5月に来日しているが、
同時期に急遽初来日したムラヴィンスキーに話題を取られたのは、
些かついておらず可哀そうだった。

ドヴォルザークは演奏されていないが、
ブラームス等の演奏はかなり好評を博したとか。


自分にとってこの四つのドヴォルザークの全集は、
そういう意味込みで、
ドヴォルザークの交響曲云々というだけでなく、
音楽をいろいろと積極的に聴き始めた自分に、
強い影響を与えてくれたものとなっていった。


今でもこれらはCDとなって、
比較的容易に聴く事が可能なのはじつに幸いで、
さすがに最新録音と同じというわけにはいかないものの、
当時としては良好な音質として聴くことができる。


日本にドヴォルザークの交響曲全曲が、
どんなかんじて音として入ってきたかという事に、
ちょっとでも興味のある方は、
ケルテス、クーベリック、ノイマン、
そしてロヴィツキの演奏をぜひ一度お聴きになってみてください。


以上で〆

※当初の内容に手を加えタイトルも変更しました。やはり聴いた時期が少しズレてるとはいえ、ロヴィツキを外したままというのはちょっと片手落ちという気がしましたので。

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忘れられた二つの交響曲。 [クラシック百銘盤]

ということで今回は、
かつてはよく知られた曲だったのに、
今はまったくといっていいほど知られなくなった曲のことを。


最初はルイーズ・ファランク(1804-1875)の、
交響曲第3番 ト短調 Op. 36。


フランスの女流作曲家で、
パリ音楽院のピアノ教授となったが冷遇されたものの、
後に自らの力で正規の待遇を勝ち取ったという。

この交響曲第3番は初演後から高く評価され、
彼女の教授の地位も向上させる要因になったという。

だがこのシューマンやメンデルスゾーンを想起させるような、
ロマン派のそれと古典派の良さも兼ね備えた作品も、
彼女の死後急速に忘れられてしまったという。


同じ女流作曲家でもクララ・シューマンや、
ファニー・メンデルスゾーンに比べると、
現在でもその名はほとんど知られていないが、
彼女がもし有名な大作曲家の身内だったら、
おそらく今でもその曲とともに知られていただろう。

https://www.youtube.com/watch?v=4ZeYHeXnNdo&t=1412s

それにしてもとても聴きやすく、
そしてしっかりとした聴き応えもある曲だ。

どうしてこの曲が演奏されなくなったのか、
こちらがその理由を聴きたいくらいだが、
やはり作曲家が忘れられてしまったのが最大の原因だろう。

じつに残念なことだ。



もうひとつはチャールズ・スタンフォード(1852-1924)の、
交響曲第3番ヘ短調 op.28「アイリッシュ」

エルガー以前、
サリバンやパリ―と並んで、
イギリス作曲界に大きな足跡を残した、
ブラームスを深く敬愛した作曲家だが、
この人もやはり生前に比べるとかなり知名度は低い。


この交響曲第3番は1887年に初演されてから好評で、
ビューローによりハンブルグやベルリンで演奏し評価されたり、
マーラーにも取り上げられ指揮されたという。

さらには1888年のコンセルトヘボウ管弦楽団の初コンサートで、
ベートーヴェンの「献堂式」序曲
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」
ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲
サン=サーンスの交響詩「フェントン」
以上の四曲と一緒にウィレム・ケスの指揮で演奏されている。

前年作曲されたばかりの曲に、
いきなりこの大役を任したのだから、
いかに当時この曲が高く評価されていたかを知る事ができるだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=sJ71SCI6ua0&t=688s

だがこの曲も演奏される機会が今は激減している。

作曲者がやはり死後忘れられたのが原因だろうが、
最初に書いたファランクの曲ともども、
一度は実演で聴いてみたい曲です。


ただ幸いにして、
今は昔と違い優秀な録音の音盤があるので、
完全に忘れられるということはないだろう。


いつかはこれらの曲を耳にし興味を持った指揮者が、
この曲を日本で指揮してくれることを願いたい。




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ワルターのブルックナーの9番 (書き足し) [クラシック百銘盤]

b9.png

今から10年前、
ブルーノ・ワルターが1959年の11月に録音した、
コロンビア交響楽団とのブルックナーの9番について、
いろいろと思うところを書きなぐったことがある。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2007-06-23-1

今それを読みながら、
同じ年の2月にコロンビア交響楽団を指揮した、
ブラームスの4番とシューベルトのグレートを聴き比べしながら、
この演奏を聴いた。


はっきりいって別団体といっていいほどオケの力が違う。

オケの基本的な厚さと音の密度、
そしてその落ち着いた響き、
ときおりいつものコロンビア響が聴かせる、
弦や金管の高音域の安っぽい音もここでは聴かれない。


同じホールで同じジョン・マックルーアの制作だから、
条件もほぼ同じでこれというのはやはり違いすぎる。

しかも以前に書いたとおり、
練習日程もこちらの方がかなり短い。


やはりこれはロサンゼルス・フィルハーモニーの演奏だろう。


この時期の同オケはちょうど音楽監督が不在だつた。

それは同年四月に当時の音楽監督ベイヌムが急逝してしまったためだ。

もっともベイヌムはこの年の6月には退任する予定だったようで、
いずれにせよこの時期は監督不在ではあったらしい。

ただこの当時のロサンゼルスフィルはたいへん状態がよく、
のちにメータが着任し一世を風靡した時期でさえ、
ベイヌム時代を高く評価する声が聴かれたというのだから、
それはかなりのものだったのだろう。

またこの当時は名コンマス、
デヴィッド・ フリシナも活躍していたのだから猶更だ。


確かにときおりアンサンブルが綻びる瞬間もあるが、
これがいつものコロンビア響なら一気にバラけて録り直しになるところだけど、
ここでは音の中核ががっしり座っているため、
そういうこともなく気迫でのりきっている。


また弦の響きも後のメータ時代のロスフィルのような音質感があり、
これもいつものコロンビア響と違う雰囲気となっている。


それ以上にいつものコロンヒア響よりも音がくすんでいるのも、
この演奏に聴かれる特長で、
このあたりちょっとベイヌムが指揮したロンドンフィルのそれを、
なんとなくだけど思わせるものがある。


そんなオケを指揮してのワルターだから、
当然悪かろうはずがない。


しかも数日前にはコンサートにかけて一度は仕上げているのだから、
いつものように一からつくる必要もない。

後にワルターはこの録音をひじょうに気に入っていたらしく、
自らのベスト録音のひとつにあげていたとのこと。

当然だろうという気がした。


この緊張感、音の張り、密度と充実感、
これほどのステレオ録音のワルターはそうそう聴けるものではない。

尚、Bruno Walter Home Page、によると、
この録音の三日前と四日前にロサンゼルスフィルは、
ブルックナーの9番を演奏しているが、
前半にはブラームスの悲劇的序曲とモーツァルトの38番も演奏している。

そしてこの二曲もブルックナーの翌月に38番、
そしてその翌月に悲劇的序曲がコロンビア響とともに録音されている。


これらもかなり見事な演奏だけど、
ただこちらはもういつものコロンビアという感じが強い。

もう70年近く前の録音だが、
そのわりには今聴いても音質はそこそこ良好。

因みにこの演奏はYouTubeにもupされています。
https://www.youtube.com/watch?v=LX3Ug5C4I9Y

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イッセルシュテットのベートーヴェンの7番 [クラシック百銘盤]

ハンス・シュミット=イッセルシュテットという名前は、
今の若い世代の方にどううつっているのだろうか。

1900年生まれというから、
19世紀最後の年に生まれたベルリン生まれのドイツの指揮者で、
いくつかの録音によって日本でも知られていた指揮者だったが、
戦後はハンブルクの北ドイツ放送響の母体オケを創設、
ドイツを中心に活動をしたにもかかわらず、
あまり継続的なレコーディングに恵まれなかったためか、
日本では地味な存在の指揮者となっていった。

だが1958年からバックハウスのピアノによる、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の指揮者に抜擢され、
ウィー・フィルを指揮した頃からまたよく知られるようになる。

だがそれも一時的なもので、
デッカとはそれ以降録音が途絶えてしまう。

この後も録音が散発的にはあったものの、
当時は各大手メーカーがカタログを増やすために、
大量な音盤が次々と発売されていた時期にも重なり、
彼の録音はあまりとりたてて話題になることはなかった。


だがデッカによって1965年にはじまった、
ウィーンフィル初のベートーヴェン交響曲全集の指揮者に任命されたことで、
彼の名前は急速に知られそして注目されるようになった。

ただ日本ではその前年の1964年に初来日し、
好評を博していたことで、より知られた存在となっていた。

その時の来日公演は、

読売日本交響楽団

10月14日:東京文化会館
モーツァルト/交響曲/第31番「パリ」
ヘンツェ/舞踏音楽「ウンディーネ(水の精)」組曲第2番
チャイコフスキー/交響曲第4番

10月16日:厚生年金会館
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第1番


大阪フィルハーモニー交響楽団

10月23日:フェスティバルホール
モーツァルト/交響曲第41番「ジュピター」
エック/フランス組曲
ベートーヴェン/交響曲第5番


というものだった。


これをみてもお分かりのように、
彼の得意とした二つの柱、
モーツァルトとブラームスがすべての日に一曲演奏されている。

彼の本領はこの二人の作曲家だったとよく言われており、
実際この翌年には、
若きアシュケナージとモーツァルトの協奏曲を録音している。


ただこの二人の作曲家は、
当時まだこのあたりを得意としていたベームやクレンペラー、
さらにはカラヤンやセルあたりも活発に録音演奏し、
N響にも後に同オケの名誉指揮者となったカイルベルトが客演して、
このあたりを指揮し放送されていたせいか、
その陰に隠れてしまっていたことは否めない。


そんな中1965年から1969年にかけて、
イッセルシュテットはウィーンフィル初のベートーヴェン交響曲全集を完成させ。
翌1970年のベートーヴェン生誕200年記念の目玉として発売された。


さらに同年12月には再来日し、
再び読売日響の指揮台に立った。

12月8日/厚生年金会館ベートーヴェン荘厳ミサ
12月11日/厚生年金会館ベートーヴェン荘厳ミサ
12月16日/日本武道館ベートーヴェン交響曲第9番

という日程だったはずだが他の公演日もあったかもしれない。


この公演はたいへんな評判と高い評価を受け、
当時読響の団員だった方が後に、

「あれは素晴らしい公演だった。」

と話されていたように、
当時読響創設史上最高の演奏だったとの評価すらあり、
後には1977-78のチェリビダッケの公演や、
1990年のクルト・ザンデルリンクの公演と並んで、
読売日響の歴史的名演と言われただけでなく、
日本のオケ史上まれにみる超名演だったとさえいわれている。


そんなイッセルシュテットがその来日の前年、
1969年にベートーヴェン全集の最後に録音したのが交響曲第7番。

この全集、
交響曲第8番がワインガルトナー以来の、
同曲最高の名演と突出した評価を得ているが、
個人的にはこの7番も極めて素晴らしい演奏だと思っている。

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この7番より四年前の1965年、
全集最初に録音された「英雄」と比べると、
指揮者の円熟がこの間に深まったことも聴きとることができる。

だがこの全集は数年後に同じウィーンフィルがベームの指揮によって、
ベートーヴェン全集を出したことによりその陰に隠れてしまい、
さらに7番に至ってはカルロス・クライバー指揮の同曲が、
発売されて時が経つにつれ大きな評価を得ていったため、
バーンスタインとウィーンフィルによるベートーヴェン全集が出たころには、
ほんとうに過去の録音という感じになってしまった。

しかも指揮者のイッセルシュテットも三度目の来日を果たすことなく、
1973年5月に、指揮者としてはまだまだこれからという時期に急逝したため、
さらにそういう印象に追い打ちをかけてしまった。
これは本当に不幸なことだった。


余談だがデッカは1950年代末から1969年まで、
この7番をウィーンフィルで、
ショルティ、カラヤン、アバド、イッセルシュテットと録音、
グラモフォンにウィーンフィルが移籍してからも、
ベーム、クライバー、クーベリック、バーンスタインと、
二十年ほどの間に8人もの指揮者で録音を残している。


だがそれでもイッセルシュテットのこの7番、
やはりこれも名演だ、
しかも超のつく最高級の演奏だ。

演奏としてはクライバーのようなキレや新鮮さとは真逆の、
重厚でベームより重心の低い、
それでいて端正でしっかりとしたリズムをもって進められるため、
鈍重といった感がまったくといっていいほどない、
とにかくオーソドックスなスタイルの演奏といっていいだろう。

しかもティンパニーがオケにうまくブレンドさせながら、
やや硬めでしっかりと打たれているため、
ウィーンの明るいオーケストラの音に、
北ドイツ風ともいえるような打ち込みが加わるという、
聴きようによってはかなり腹の座った演奏となっている。

またオケの張りと光沢が素晴らしく、
美麗というのとはまたちがった、
じつに落ち着いた、
それこそ総檜造りと形容したくなるような質感が随所にあり、
オケの音を聴いてるだけでもほれぼれとしてしまう。

それに音楽の活気というか熱気もあり、
没我の状態で荒れ狂い、
聴き手を熱狂させるということは皆無だが、
聴いていて思わず力が入ってしまうという、
そういう内側に強い力を秘めた、
内的に強靭さと熱気を秘めた演奏となっている。

なるほどこんなかんじの演奏を、
日本でやったらそれは歴史的な演奏と言われて当然と、
そんな感じの出来になっている。

演奏時間は、
13:11、10:14、8:24、9:22
比較的オーソドックスなタイムといえるだろう。


一見淡々としていて面白味は少ないかもしれないが、
内側に素晴らしいほどに強い力を込めている、
何度聴いても飽くことのないイッセルシュテットの7番。

もし聴く機会があったらぜひ耳にしてほしい演奏です。


そしてこの演奏スタイルがベストの形で引き継がれた、
バンベルク交響楽団と1972年に録音された、
モーツァルトの交響曲第31番と35番。

そして亡くなる数日前の1973年5月に録音された、
コンセルトヘボウを指揮しブレンデルと共演した、
ブラームスのピアノ協奏曲第1番も、
ぜひ耳にしてほしい名演です。


特に後者の第二楽章は、
この指揮者の白鳥の歌ともいえる、
清澄の限りを尽くした演奏となっています。


ハンス・シュミット=イッセルシュテット、
今一度顧みられてほしい指揮者ですし、
このウィーンとのベートーヴェン7番も、
一人でも多くの方に聴いてほしい演奏です。

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井上道義ショスタコーヴィチ交響曲全集 [クラシック百銘盤]

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井上道義/ショスタコーヴィチ:交響曲全集 at 日比谷公会堂(12CD)

【井上道義とショスタコーヴィチが日比谷公会堂にて伝説と化す!】
「今はショスタコーヴィチは僕自身だ!」と語る井上道義が、2007年に成し遂げた大偉業が遂にパッケージとなりました。
昭和のクラシックの殿堂として多くのコンサートが行なわれてきた日比谷公会堂にて、2007年に行なわれた「ショスタコーヴィチ交響曲全曲演奏会 at 日比谷公会堂」。当公演では計1万人を上る観客を動員し、国内外の各オーケストラが競うように快演を生み、各方面で絶賛の嵐を受け、大成功を収めました。
当アルバムは一部2016年の公演を入れて、全集となりました。

【井上道義の全てをかけたショスタコーヴィチへの挑戦】
「ショスタコーヴィチが経験してしまったような戦争に、われわれが再び妨げられるようなことになりませんように北の国を含むすべての国々との文化の交流を!」と語る井上道義。
日本人指揮者では、まだ誰も成し遂げていない一大プロジェクトをぜひお聴き下さい。(メーカー資料より)

【収録情報】
ショスタコーヴィチ:
● 交響曲第1番ヘ短調 op.10 ※2種類演奏を収録
● 交響曲第2番ロ長調 op.14『十月革命に捧げる』
● 交響曲第3番変ホ長調 op.20『メーデー』
● 交響曲第4番ハ短調 op.43
● 交響曲第5番ニ短調 op.47
● 交響曲第6番ロ短調 op.54
● 交響曲第7番ハ長調 op.60『レニングラード』
● 交響曲第8番ハ短調 op.65
● 交響曲第9番変ホ短調 op.70
● 交響曲第10番ホ短調 op.93
● 交響曲第11番ト短調 op.103『1905年』
● 交響曲第12番ニ短調 op.112『1917年』
● 交響曲第13番変ロ短調 op.113『バビ・ヤール』
● 交響曲第14番ト短調 op.135『死者の歌』
● 交響曲第15番イ長調 op.141

セルゲイ・アレクサーシキン(バリトン:第13番、第14番)
アンナ・シャファジンスカヤ(ソプラノ:第14番)

栗友会合唱団(第2番、第3番)
東京オペラシンガーズ男声合唱(第13番)
サンクト・ペテルブルク交響楽団(第1,2,3番、第5,6,7番、第10番、第13番)
千葉県少年少女オーケストラ(第1番)※
東京フィルハーモニー交響楽団(第4番)
新日本フィルハーモニー交響楽団(第8番、第9番、第15番)
名古屋フィルハーモニー交響楽団(第11番、第12番)
広島交響楽団(第14番)
井上道義(指揮)

録音時期:
2007年
11月3日(第1,2,3番)、
11月4日(第5,6番)、
11月10日(第1番※、第7番)、11月11日(第10,13番)、
11月18日(第14番)、
12月1日(第4番)、
録音場所:東京、日比谷公会堂

録音方式:ステレオ(デジタル/ライヴ)

2016年11月18日発売→12月10日に延期⇒さらに2017年02月28日予定に延期。

OVCX00100 (Octavia Exton)

12枚組 ¥16,200(税込み)


以上、
HMVのサイト
より。



しかし十年近くまつことになるとは思ってもみませんでした。

全公演は聴いてませんが、
当時の感想を書いたもののリンク先を記しておきます。

11/11の感想
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/38111946.html

11/9の感想
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/38067056.html

11/4の感想
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/37933212.html


どんなかんじになってるんだろう。
楽しみです。

しかしどんどん発売がのびる、大丈夫かあ~?
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