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憲法記念日と橋本國彦の交響曲第2番 [クラシック百銘盤]

最近憲法修正云々の話がいろいろと取沙汰されている。

修正賛成派反対派の署名活動や集会もあちこちで開かれているが、
正直自分にはピンとこない。

というか今回どこをどう修正するのか、
そしてそのことでどこがどう変わるのか、
そして変わらないのかということを、
正直分かり易く国民に噛み砕いて説明してくれたマスコミや政党が、
今までいなかったということの方が、
個人的には大問題だと思っている。

なんかでかい所だけ取り出していろいろとやってはいるけど、
そんな雑な雰囲気と勢いだけで、
こういう大事な事を決めていいのかなあと、
賛成派にも反対派にも、
そしてマスコミや政党に問題大と思っている。

TVには、池上、古館、宮根という、
ひじょうに弁の立つ司会者もいる。

視聴率とれる人がこれだけいるのだから、
特番組んで「みんなで考えよう」くらいのことぐらいしないのだろうか。

正直なんか国民みな流されてるなあという気がしてしかたがない。


ところで1947年5月3日。

帝国劇場「新憲法施行記念祝賀会」である曲初演された。

橋本國彦の交響曲第2番 ヘ長調
https://www.youtube.com/watch?v=EtX9cX4jN7s

橋本國彦
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%8B%E6%9C%AC%E5%9C%8B%E5%BD%A6

1940年に皇紀2600年奉祝曲として交響曲第1番を作曲した人でもある。

これをどうとらえるかはともかく、
当時はこの新憲法を歓迎する空気が国内には満ち溢れていた。

もちろんそのときからこの憲法に対する不満が国内に皆無だったわけではないが、
最近の世論調査のように四割を超える改憲賛成者がいる現在と比べると、
その雰囲気は大きく違っていたことがわかる。


だがそんな当時の空気を反映したかのような憲法を記念したこの交響曲は、
今年(2015)の4月に再演されるまで一度も初演以降演奏されることはなかった。

その理由は何故かは分からないものの、
新憲法があって当たり前みたいなその後の空気もあるだろうが、
とにかくこの曲は忘却の彼方に忘れ去られた。

その後2011年にこの曲がCDとして発売されるために演奏録音された。
311の起きる二週間ほど前の話だ。

hashimoto-sym.gif

その後この曲は同年の11月に発売されたものの
この当時の交響曲としての話題はこの橋本の曲ではなく、
その年の4月に録音そして7月に発売された
佐村河内の交響曲だった。

こうしてまた橋本の曲は時代の中に消え行くかにみえたものの、
幸いにして前述したように4月に再演が行われた。


自分は最近この交響曲をよく聴く。

それは別に憲法修正反対だからというのではなく、
あの当時の日本は憲法に何を求め何を感じていたのだろうと、
そのことが気になったからだ。


あのときと今は確かに違う、
そして憲法に対する考え方もかなり変わってきている。

それを思うとその原点となった「あのとき」の空気を、
この交響曲から少しでも感じ、
そしてそこから何か得られないだろうかと、
そう思うようになりこの曲を聴くようになった。


もちろんこの曲も一種のプロパガンダだと言われればそれまでだし、
その後演奏されなくなったのは一般の支持も薄かったのは確かだろう。

そんな曲を聴いて何になるといわれても確かに返す言葉も無い。


だけど自分は1947年の5月3日にピンポイントであわせたこの曲が、
当時のある断面を切り取り表出していたことは間違いないと思う。


この曲をどう聴くかは個人個人の主観によるものなので、
これ以上の断言は差し控えるが、
ただ憲法論議が表面的のみ過熱している今だからこそ、
こんな時代もあったのだということも含めて、
この曲を今回あえて憲法記念日当日を外した今日紹介しました。

以上です。
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ノイマンとチェコフィルのマーラー(1995) [クラシック百銘盤]

よくマーラーというとウィーンヤニューヨーク、
さらにはアムステルダムやシカゴというところが名前があがるが、
その中にプラハ、もしくはチェコというところがあまりあがらない。

これはやはりマーラーの録音史が影響しているのだろう。

マーラーがかつてトップに君臨し、
バーンスタインやワルターと深い関係にあり、
それぞれと録音もしてきたウィーンとニューヨーク。
彼の曲を20世紀初めから演奏し録音もしていたアムステルダム。
彼の曲の交響曲全集をかのデッカに録音し、
全米ナンバーワンに君臨し続けたシカゴ。

そしてカラヤン指揮で名盤を排出したベルリン。

と、これだけのオケがマーラーとなるとイコールとして、
多くのファンの間に名前が浮かんでくる。

だが録音面を度外視し、
マーラーとその歴史をちょっとでもみてみると、
そこにチェコとプラハという名前が絡んでくることに気付かれるだろう。

彼は生まれも育ちもチェコの人間である。

十代半ばからウィーンへ行ったものの、
25歳時にはプラハのドイツ劇場の楽長に就任している。

そして1908年にはチェコフィルを指揮して
自作の交響曲第7番をプラハで初演している。

マーラー自身

「私は三重の意味で故郷がない人間だ。オーストリア人の間ではボヘミア人、ドイツ人の間ではオーストリア人、そして全世界の国民の間ではユダヤ人として。」

といっており、
またチェコフィもマーラーは自国の作曲家と公言してはばからない。


だがそれにもかかわらず上記したように、
チェコもプラハもマーラーではなく、
ドヴォルザークやスメタナしかうかんでこない人がやはり多数だ。

そこにはやはり録音でのハンディがあるといっていいだろう。

じっさい演奏こそいろいろとされてきたし、
ターリヒやクーベリックもマーラーは得意としていたが録音は無く、
1970年以前というとアンチェルの指揮した1番と9番くらいであり、
それ以前にはほとんど忘れられていたシェイナの4番があったくらいだ。
しかもそれが想起されるきっかけはかのNヤルヴィが、
それにふれたインタビューがきっかけというのだから、
じつに寂しいかぎりというもの。


それが改善されたのはライプツィヒ時代からマーラーに積極的だった、
ヴァーツラフ・ノイマンがチェコに戻ってきてからだった。

そしてノイマンの手によって念願のチェコフィルによる、
かつ旧東側にとっても初のマーラー交響曲全集が完成された。

だが不幸にもノイマンの一般に対する人気はあまり高くなく、
むしろ地味な存在と化していた。

これは1974年のNHKで放送された来日公演が散々だったということと、
(あるところでは「生の野菜をただバリバリたべさせられてるだけ」という言い方をされていた。もちろん悪い意味で。)
これと前後してある音楽番組で

「チェコフィルは年々やって来る指揮者がダメになっていく。」

とまるで二流扱いされオケまでもお国もの以外はダメ、
みたいな言われ方をされてしまった。
しかも不幸なことにそのお国ものには当然のごとくマーラーは含まれていない。

1979年にようやくノイマンが日本でマーラーの第一交響曲を演奏したが、
当時の日本のマーラーというと、ショルティ、ワルター、バーンスタイン、
そしてクーベリックあたりの評価が高かったということもあり、
ノイマンのそれはあまり評判として当時広く伝わることはなかったし、
このときの来日時期は当時人気絶頂のカラヤン指揮ベルリンフィルと重なっていて、
しかもご丁寧にカラヤンまでマーラーの第六交響曲を演奏していった。


だがノイマンはその後も85年には5番、88年には9番を日本で演奏した。

そして日本からの強い要請を受け、
当時かなり健康面での不安が表面化していたにもかかわらず、
91年にチェコフィルと来日し東京フィルにも客演したその翌年から、
ノイマンはチェコフィルとともに当時最高レベルの録音で
マーラーの交響曲全曲の再録音を開始した。

録音は94年の夏までに最初の5曲が完了した。
出来はオケも指揮者も好調なためか素晴らしいものになっていった。

だが1995年1月に6番を録音したまではよかったが、
6月に予定されていたチェコフィルの初演曲でもある7番が、
オケの主力奏者のひとりの急病により立ち消えとなってしまった。

だがその後急遽8月の終わりにセッションが組まれ9番が録音、
そして7番も1996年1月に録音がされることが決まった。

これであと少しと誰もが一息ついたこの録音終了の五日後、
なんとウィーンで指揮者のノイマンが急逝してしまったのだ。

この前年には日本の別レーベルによる、
アイヒホルン指揮のブルックナー交響曲全集が、
やはり指揮者の死去によって頓挫してしまったこともあって、
(けっきょくリンツ・ブルックナーオケの全集として完成はしましたが…)
当時なんと日本はついてないことかと思ったものでした。

ノイマンの亡くなった二か月後に日本では1月に録音された6番が発売された。
そしてそこにはノイマンへの哀悼の言葉と全集の夢が断たれたことも明記されていた。

そしてその翌月12月16日に、
三か月前に録音されたばかりの9番が追悼盤として急遽発売された。

因みにチェコフィルの7番はその後小林研一郎氏の指揮によって、
ノイマンの死から三年後にその録音を果たしている。


と、そんなことがあったのが今からちょうど二十年前の1995年。

あれからほんとうに随分たってしまったし、
あと5年でノイマンも生誕百年が来てしまう。
なんとも時の流れは速いものです。


そんなこともあってか自分はこのノイマン最後の年に録音された、
6番と9番を最近よく聴きかえしている。

録音は今のレベルでも優秀だし、
CD2枚組の6番も、
今やちょっとしたものに落とせば全曲を切ることなく再生できる。


それにしてもどちらも素晴らしい演奏だ。

まず6番。

s1990312.jpg

こちらはノイマンとしてはかなり気合がはいっいるし、
ノイマンとしては意外といっていいほど見栄をきってるところもあり、
なかなか大胆に表情を積極的に動かしている。

それでいて晩年の堂々としたスケール感もあり、
またバランス感覚もしっかりとしていて崩れることが無い。

だがノイマンも素晴らしいがオケもまた極上すぎる。

シルクのような弦、水も滴るような管と、
ほんとうに合奏もソロもほれぼれとするものがある。

しかも手作り感覚満点というからさらにこたえられないものがある。

それにしっかりとした質量が弦管ともにある。
ある意味オケのひとつの究極体といったかんじかもしれない。

「これがチェコのマーラー」か、

このときやっとそれが感じられた。

それはクーベリックのあの「わが祖国」と同じで、
血の流れからくる共感といっていいのかもしれない。

ただ究極までに昇華された共感というのは、
泥臭くもなければ土臭くも無い。

それは清澄で輝きにみちたものと直結したものと言っていいだろう。

それがこの6番には詰まり切っていたのだ。

そして最後の9番。

neumann-9_1995.jpg

その清澄な響きはさらにひとつ上の所まで達しているかのようだ。

ここでのノイマンはいつものノイマンだった。

見栄も大胆さも影を潜め、
音楽とじつにストレートに向かい合ったマーラー。

ノイマンはこの9番について、

「これ以上のアダージョはありえない。完全に満足した」

という言葉を残している。

これがすべてだろう。


今年はいつも以上にノイマンのマーラーを聴いていきそうです。
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カール・リヒターの日本での「マタイ受難曲」の不思議。 [クラシック百銘盤]

自分は正直「マタイ受難曲」があまり好きではない。

もう四十年以上前に、
若き日のヘルムート・リリングが、
シュトゥットガルト・バッハ・コレギウムとともに来日、
NHKホールでやった演奏をTVをみてから、
もういくつもの演奏を聴いてきたが、
どうしても好きになれない。

「ヨハネ受難曲」は最初聴いた時からすぐに愛聴するようになったが、
「マタイ」だけはどうにもとにかくダメなのだ。

メンデルスゾーン版や、
フルトヴェングラーのように大幅にカットされたものを除くと、
十年ほど前に今は亡き林達次氏がウィーンで2001年の9月に演奏した、
自主制作盤が唯一最後まで通して聴ける盤だった。

ところが最近遅まきながら入手したカール・リヒターの日本での演奏、
これがようやく二つ目の同曲愛聴盤となった。

リヒターはすでに二種類の同曲の公式セッション録音を残しているが、
正直どちらもすでに聴いてはいるものの全然記憶に残っていない。

このためこの盤も購入するのにひじょうに躊躇ったが、
中古ということで定価の二割以下の価格ということもあり、
購入しそして聴いてみた。


かつてこの演奏は1994年のクライバーとウィーンによる「ばらの騎士」と並ぶ、
日本クラシック来日公演史上最高の演奏と言われていたことがあったが、
その理由がこのとき分かった。


とにかく驚くほどそのドラマに惹きこまれた。

それはまるでオペラとも劇的交響曲ともいえるほどに、
強烈なインパクトを自分に与えてきた。

それはかつて聴いたリヒターのそれよりも、
ライブということなのか、
じつに興の乗った自然な流れと、
一気に音楽を聴かそうという一晩のコンサートの、
そういう環境下での演奏だったためなのかもしれないが、
聴きだしたら途中で中断することができなくなるくらいに、
強烈な音楽を展開していった。


だがかつての1958年のそれよりはこの演奏、
むしろ尖がった雰囲気は後退し、
穏やかで自然な感じになったといっていいような音楽で、
むしろ激しさや厳しさは1958年の方があったように感じられる。

だけどこちらのそれの方が自分には遥かに劇的要素を含んだものに聴かれた。

というよりかつてのそれが、
まるで漢文をそのまま楷書で書いているような感じなのに対し、
こちらはそれを行書にして、
しかも読み下しをつけているような感じといっていいのかもしれない。

これには本当に目から鱗というかんじだった。

おそらくこれからはより「マタイ」をじっくりと聴くことができるだろうし、
好きな曲といえる日ももうそれほど遠くない日にくるだろう。

だけどこれだけの盤が何で廃盤なのだろう。不思議だ。



ところ不思議ついでにでこの盤の録音日をみていて思ったことに、
収録日のことがある。

4月26日:日生劇場
バッハ/ロ短調ミサ

4月27日:日生劇場
[チェンバロ・リサイタル]
バッハ/ゴルドベルク変奏曲

4月27日:日生劇場
[カンタータとマニフィカトの夕べ]
バッハ/カンタータ50番「今こそ救いと力」BWV50
バッハ/カンタータ12番「涙し、嘆き、憂い、畏れ」BWV12
バッハ/カンタータ30番「喜べ、救われた群へ」BWV30
バッハ/マニフィカト ニ長調 BWV243

4月28日:東京文化会館(5月9日昼公演に順延)
バッハ/管弦楽組曲第三番
バッハ/チェンバロ組曲第1番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第4番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第2番

4月29日:東京文化会館
バッハ/マタイ受難曲

5月1日:フェスティバルホール
バッハ/ロ短調ミサ

5月2日:フェスティバルホール
バッハ/マタイ受難曲

5月4日:東京文化会館
バッハ/ヨハネ受難曲

5月5日:東京文化会館
バッハ/マタイ受難曲

5月6日:東京文化会館
[カンタータの夕べ]
バッハ/カンタータ50番「今こそ救いと力」BWV50
バッハ/カンタータ103番「おまえたちは泣き叫ぶだろう」BWV103
バッハ/カンタータ147番「心と口と行いと命」BWV147
バッハ/カンタータ31番「天は笑い、地は喜ぶ」BWV31

5月7日:神奈川県立音楽堂
バッハ/管弦楽組曲第三番
バッハ/チェンバロ組曲第1番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第4番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第2番

5月8日:東京文化会館
[カンタータの夕べ]
バッハ/カンタータ50番「今こそ救いと力」BWV50
バッハ/カンタータ103番「おまえたちは泣き叫ぶだろう」BWV103
バッハ/カンタータ147番「心と口と行いと命」BWV147
バッハ/カンタータ31番「天は笑い、地は喜ぶ」BWV31

5月9日:東京文化会館
(昼公演)※4月28日に中止になった公演の順延分。
バッハ/管弦楽組曲第三番
バッハ/チェンバロ組曲第1番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第4番
バッハ/ブランデンブルク協奏曲第2番

(夜公演)
バッハ/ロ短調ミサ

5月11日:武蔵野音楽大学ベートーヴェンホール
[オルガン・リサイタル]
バッハ/トッカータとフーガ ニ短調 BWV565
バッハ/トリオ・ソナタ 6番 ト長調 BWV530
バッハ/幻想曲とフーガ ト短調 BWV542
バッハ/トッカータとフーガ ヘ長調 BWV540
バッハ/パッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582


というのがこの年の来日公演の日程だが、
この「マタイ」の録音はなんと29日と5日の二日分を編集したものとなっていた。

つまり東京での二公演の両方を収録したということだ。

だがこれそのものは決して他に例が無いということではない。
問題はその二公演をひとつに編集したということだ。

この原因はよくわからないが、
マタイ東京初日の前日28日が、
あの沖縄デーにおける都内での学生と警官隊の全面衝突で、
ほとんど内戦常態にこの日の午後から夜はなってしまった。

ミュヘンバッハの一行はこの日が早々と危ないということで公演が中止、
一行は突然の休日を鎌倉見物で堪能したというのだが、
その翌日、やはりいろいろとあったのかもしれない。

特に収録関係でこの影響のトラブルが出た可能性がある。
そしてこのため急きょ5日も収録することになったということ。

ただ演奏者の一部からこれは放送しないでほしいという、
そういう希望というか強い要請が出てしまい、
そこの部分の修正込みで5日も収録をすることになったことも考えられる。

じっさい当時のNHKの放送がどういう流し方をしたかは分からないが、
このCDが1985年のバッハ生誕三百年を記念して発売されており、
その年にはすでにリヒターがこの世にいなかったことを思うと、
この編集はやはり収録後の早い段階で行われたと考えるべきだろう。

このあたりどなたかご存じの方はいないだろうか。

愛聴しているだけになんとも気になってしかたがない。

困ったものです。



因みに4月28日の中止となった公演がなぜ平日昼の5月9日昼になったかというと、
他のミュンヘンバッハの上野での公演日である4日の日曜や5日の祝日に、
それをもってこれなかったかというと、
その日の昼から午後は大ホールがすでに別件で埋まっていたためのようです。

また6日と8日は主催が都民劇場で、
この公演の主催である日生劇場とは違う事などから、
最終的にこの日の昼になったようです。

しかし平日の昼にどれだけの人が行けたのでしょうか。

当時の行かれた方の証言等が聞きたいところです。
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岩城宏之とOEKのシューベルトとブラームス [クラシック百銘盤]

北陸新幹線が開通してから一週間。
いよいよ北陸にとって初の新幹線開業後の春休みということで、
いろいろと祭事企画が現地はあるようだ。

その北陸新幹線の今回の終点石川県金沢。

そこにはこの街を拠点としているオーケストラ。

オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)がある。
http://www.orchestra-ensemble-kanazawa.jp/

現在井上道義氏を音楽監督として活動している室内オーケストラで、
二管編成を基にしているようだがトロンボーンはいない。
(このため曲によっては客演を加えるようです)

この団体は地元はもちろんだが、
他の場所での演奏にも力を入れており、
東京にもよく登場し公演を行っている。


そんなこのオケの初代指揮者だったのが故岩城宏之氏。

かつてN響の正指揮者等でもおなじみだった方だ。

岩城さんはこのオケの創設時からこのオケとの演奏に力を入れてきたが、
またその時期は岩城さんにとって病との闘いの時期でもあった。

だが岩城さんは何度も大病をされながらもカムバックし、
このオーケストラと演奏活動を行い、
自らのライフワークとしていた日本の作曲家の新曲等を紹介し続け、
さらには大晦日にOEKではないが、
ベートーヴェンの交響曲全曲演奏会も行っていた。


そんな岩城さんが亡くなってから早いもので、
来年(2016)にはもう没後十年となってしまう。

そんな岩城さんの指揮するOEKはその新録音を、
いきなり1000円で販売するというなかなか大胆な事をされていたことがあった。

残念ながら現在それらの多くは入手が困難になってしまっているが、
そんな中に岩城さんが指揮された、
シューベルトの未完成とブラームスの交響曲第4番がある。
(ブラームスの交響曲は全曲録音されている)

219.jpg

2003年の3月と4月にまだ開館してから一年半ほどの石川県立音楽堂でのライブで、
岩城さんが最後のコンサートをされるちょうど三年程前の時期にあたる。

もう岩城さんに残された時間はそれほど無かったことを思うと、
この二つの曲のカップリングはなんともいえないものがある。

もちろんこのCDは録音された翌年2月の発売なので、
そんなこととはもちろん関係ないが、
この収録内容がムラヴィンスキーが1987年の3月に行った、
生涯最後の演奏会と同じ内容というのがまたなんともいえないものがある。


演奏はおそらく四十人前後による演奏と思われるが、
小編成オケの明晰な響きと音の絡みに、
美しい光影感を宿したその音が残響の澄んだ豊さとあいまって、
じつに静謐な感動を与えてくれる。


だが随所に聴かれる強い歌いこみ、
そして厳しい切込みと気迫はとても緊張感に富んでおり、
ただの佇まいの美しさのみの演奏というわけではない。

そしてオケと指揮者の一体感も素晴らしい。

特にブラームスは岩城氏もその公演に参加されていた、
1968年のバンベルク交響楽団日本公演時の、
名匠ヨーゼフ・カイルベルトの同曲のそれを一瞬思い出させるような、
自然体の巌のような趣がときおり聴かれる。


枯淡というより瑞々しさと厳しさの方が強く印象として残るが、
それは作曲者が二人ともこれらの曲を書いたとき、
まだ老齢というには程遠い年齢だったということを、
あらためて感じさせるものがある。

そしてそこには身体的には辛いものがあったにもかかわらず、
その心と頭はどこまでもクリアで瑞々しく若々しかった、
そんな岩城氏の姿が思い起こさせられるものがあるような気がする。


今となってはすっかり忘れ去られたようなアルバムだけど、
もし聴く機会があればぜひ聴いていただきたいアルバムのひとつです。

以上。
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クリュイタンス指揮による「交響曲へのお誘い」 [クラシック百銘盤]

ベルギー生まれの名指揮者アンドレ・クリュイタンス。

パリ音楽院管弦楽団の指揮者としても有名な人で、
特にそのラヴェルの演奏は絶品と言われた人。

今年(2015)で生誕110年を迎える。

因みに昨年は来日五十周年だった。


62才という指揮者としては短い人生だったが、
EMIを中心にかなりの量の録音が遺されている。

だがそんな中、ひじょうに?なアルバムがひとつある。

それがクリュイタンスがウィーン・フィルを指揮して録音した、

1196111109.jpg

「交響曲へのお誘い(Popular Movements From The Symphonies)」

というアルバム。その内容は以下のようになっている。

・ベートーヴェン:交響曲第5番 Op.67『運命』~第1楽章 [6'29]
 1958年12月13日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・モーツァルト:交響曲第40番 K.550~第1楽章[8'37]
 1958年12月9日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・チャイコフスキー:交響曲第4番 Op.36~第3楽章[5'47]
 1958年12月10日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・メンデルスゾーン:交響曲第4番 Op.90『イタリア』~第4楽章[5'43]
 1958年12月12日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・モーツァルト:セレナード第13番ト長調 K.525
 『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』~第1楽章[4'05]
 1958年12月9日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・ドヴォルザーク:交響曲第9番 Op.95『新世界~』~第2楽章 [11'44]
 1958年12月12日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・ベートーヴェン:交響曲第8番 Op.93~第2楽章[3'53]
 1958年12月19日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)

・チャイコフスキー:交響曲第6番 Op.74『悲愴』~第3楽章[9'09]
 1958年12月9日、ウィーン、ムジークフェラインザール(ステレオ録音)


というもの。

このため厳密に言うと交響曲オンリーという収録ではない。


「なんだベストか」と一見思われるかもしれない。
自分もそう思っていた。

だが録音年月日をみてほしい。

もしこれが事実だったら歴史に残る短期間大量録音だし、
オケも指揮者もぶっ倒れてしまうだろう。

カラヤンだってこんな無茶絶対しないだろう。

つまり文字通りその曲の一部のみしか録音せず、
それでひとつのアルバムを形成してしまったということだ。

しかもオケは天下のウィーン・フィル(WPO)。
指揮者は1956年のWPO北米(弾丸)ツアーに同行した、
名指揮者クリュイタンスというのだから驚く。


いったいなんでこんな豪華メンバーで、
こんな安い企画が通ったかは不明なのですが、
これはEMIがステレオ録音で他社に比べ立ち遅れたため、
早急にステレオ録音のカタログを固める必要があったことは確かなようです。


このクリュイタンスのWPOとの交響曲抜粋録音が行われた時期は、
ルドルフ・ケンペがシュトラウスのワルツ系の作品や、
ワーグナーの序曲集などをWPOとステレオ録音しており、
とにかくまず曲の数を稼ごうとした感がある。

ただよーく曲目をみるとちと不思議なものがある。

もし自分がWPOとこの手の企画をするとなったら、
シューベルトの「未完成」の第一楽章と、
ハイドンの「驚がく」か「時計」の第二楽章、
さらにはブラームスの第三交響曲の第三楽章を入れるだろう。

チャイコフスキーやベートーヴェンの8番は間違いなく外すし、
「アイネ・クライネ」もやはり収録しないだろう。

このあたりがなぜ外れたのかは分からないが、
おそらくデッカあたりのWPOとの全曲ステレオ録音ものとかぶるだろうという、
そういう心配があったのだろう。

実際メンデルスゾーンやチャイコフスキーの第四交響曲、
さらにはベートーヴェンの8番はこの時点でWPOの録音はなされていない。

また「悲愴」や「運命」も録音されてはいるが、
まだ発売されてないということもあったのだろう。

それとLPの収録時間との関係もあったかもしれないし、
バランスよくAB両面に四曲ずつという、
お買い得感も出したかったのではないだろうか。

とにかくこういう企画というのはベストものはともかく、
わざわざ録音してというのは極めて珍しく、
そういう意味では当時もかなりこの盤は話題になったという。

実際これをさらに押し進めたもので、
アーサー・フィドラーとボストンPOPSが、
ラルフ・ヴォタペックと何曲もの有名協奏曲を、
超短縮おいしいとこ取り版にしてLP一枚に収めこんだという、
今では考えられない企画もあったのだから、
当時と今とではいろいろとその考え方が違うのだろう。


だがこのアルバムの評判や売れ行きにかかわらず、
クリュイタンスがこれらの曲をWPO指揮して全曲録音することは、
ついに一曲も実現しなかった。

しかもこれらの中のいくつかの曲は、
他の指揮者によってWPOがEMIに全曲録音をしている。

「アイネ・クライネ」やチャイコフスキーの二つの交響曲は、
この二年後クリュイタンスの九歳年下の指揮者、
ラファエル・クーベリックによって全曲が録音されている。

本来ならクリュイタンスが録音してもよさそうなこれらの曲は、
すべて他の指揮者に録音がいってしまった。

またデッカもこれらの曲の全曲録音を次々と行っていった。


確かにクリュイタンスも1960年以降、
フランスのオケを中心にかなりの量の録音を行っているので、
ベルリン・フィルとのベートーヴェンやシューベルトも含めると、
なかなかの質量を誇る録音を行っている。

因みにEMIでこの時期WPOを指揮し録音した指揮者というと、
シューリヒト、クレッキ、サージェント、シルヴェストリ、クーベリック等々、
かなりの指揮者がWPOの指揮台に立っている。
バルビロリがブラームスの交響曲全集をWPOと録音したのも、
クリュイタンスがフランスでの膨大な録音をこなしている時期にあたっている。

これをみるとクリュイタンスを無視したり外したというより、
クリュイタンスにはとにかくフランスものを徹底的に録音してもらい、
他の指揮者にWPOで録音してもらおうという、
そういうバランスを重視しての方針だったのだろう。


だがこの方針にクリュイタンス自身は納得していたのだろうか。

1964年にクリュイタンスが来日した時、
モーツァルトの演奏についていろいろと話しているときのこと。

あなたのモーツァルトはきっと素晴らしいでしょうね。という質問に対して、
クリュイタンスは以下のように語ったという。

「モーツァルトはまったくむずかしい。ほとんど恐怖のようなものさえ感じる。
オーケストラの隅々まで、ひとつの様式を徹底しなければならないし、
しかもモーツァルトには他の様式がない。
レコード会社の方も冒険をしたくないらしく、ウィーン方面にまかせきりだね。」


このことからおそらく本人は録音する気満々だったのだろう。

それこそ70才頃には録音できるのではという期待も抱いていたのかもしれない。


だがこの来日公演から三年後。

WPOとのこのアルバムを録音してからまだ十年も経たない1967年。

クリュイタンスは不治の病でこの世を去った。


それを思うとこのWPOとの名曲アルバム。

なんかとても聴いていていろいろなものを感じてしまう。


ただ今となってはもうしかたのない話。

今はせめてこれらの曲が一部だけでも録音された幸運を喜びたい。


〆です。

因みに上で紹介CDには上記のWPOの録音だけでなく、
1960年にベルリンフィルと録音した、リストの「前奏曲」も収録されています。
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フルニエのドン・キホーテ [クラシック百銘盤]

ピエール・フルニエ(Pierre Fournier ,1906年6月24日 - 1986年1月8日)。

往年のチェロの名手であり、
20世紀を代表する音楽家のひとり。


そんなフルニエが得意としていた曲のひとつに、
リヒャルト・シュトラウスの「ドン・キホーテ」がある。

自分の手元にはこのフルニエによる「ドン・キホーテ」が三種類ある。

どれも違う指揮者、オーケストラ、録音会場、レーベルというのも面白い。


最初は1953年にウィーンで録音した、
クレメンス・クラウス(当時60才)指揮のウィーンフィルとのもの。
※これのみモノラル録音

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継いで1960年にクリーヴランドで録音した、
ジョージ・セル(当時63才)指揮クリーヴランド管弦楽団とのもの。

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最後が1965年にベルリンで録音した、
ヘルベルト・フォン・カラヤン(当時58才)指揮ベルリンフィルとのもの。

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録音年がほぼ等間隔で録音されたためか、
指揮者の録音当時の年齢が比較的近しいのが興味深い。


だがそれ以上に興味深いというか素晴らしいのが、
どの演奏もじつに見事ということだ。


クラウスのそれは高貴かつ光沢のある絹のようにしなやかで、
瑞々しい歌心に満ちた音楽が展開されていく。

セルのそれはシュトラウスの壮麗な響きを極力結晶化させ、
陰影の深い透かし彫りのような緻密な音楽を展開。

カラヤンのものはシュトラウスらしい豪奢な響きに、
カラヤンらしい壮麗な抒情感を盛り込んでの快心の出来となっている。

そしてソロのフルニエはそのどの演奏においても自らの格調高い芸風を崩さず、
真正面から深々と音楽を歌い上げていく。

明るすぎず渋すぎず、
どういうシュトラウスの演奏とも互換性の極めて高いソロを聴かせている。

しかもそれは八方美人的というものではなく、
極めて普遍的な演奏に感じられるところがまた素晴らしい。

どの演奏においてもフルニエは基本的なソロの方針は変えていない。
むしろ変えないことで指揮者の特長の方が際立ってくるため、
結果的に各々の演奏の方向性がものすごくしっかりと表出されていく。

こういうことが可能なソロをとれるフルニエにはとにかくいつ聴いても感心させられてしまう。


あとフルニエももちろんだが、
どの演奏の指揮者も歴史に残る大物ばかり、
しかも得意の作曲家であり曲目ということで、
オケの方もまったくといっていいほど隙が無い。

もうどれもただただ見事というしかない演奏になっている。

そしてこの曲があらためて素晴らしい曲だということを、
どの演奏も見事に証明している。


指揮者が曲全体をつくりフルニエが音楽の芯を紡ぎだすという素晴らしい共同作業。


どの演奏でもいいから一度聴かれることをぜひお勧めしたい。

尚、演奏時間は、

クラウスが42分、セルが39分、カラヤンが44分、というかんじになっています。


以上で〆。
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ジブリ美術館でみかけたクラシックのCD [クラシック百銘盤]

先日三鷹の森ジブリ美術館に行ったが、
そのとき館内に仕事場を再現した場所に、
いくつもの膨大な書籍の横に数枚のCDがおいてあった。

その中のひとつにたいへんな銘盤があった。それが、

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ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団による
リヒャルト・シュトラウスの作品集。

1957-1960年にかけたステレオのセッション録音。

曲目は

・交響詩『死と変容』作品24
・交響詩『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』作品28
・交響詩『ドン・キホーテ』作品35 ※ピエール・フルニエ(チェロ)

というもの。

かつてシュトラウスの下で仕事をし研鑽を積んだセルが、
自らガトップについていたクリーヴランド管弦楽団を指揮してのこれは、
当時急成長急上昇していたこのコンビの絶好調ぶりを示す、
たいへん名演となっている。

特にこの曲を得意としているフルニエも絶好調で、
セルの精緻かつ生気溢れる音楽の中で、
格調の高い緊張感のあるソロを聴かせている。


シュトラウスというと豪奢で絢爛な音づくりというイメージがたつが、
ここでのセルはこのシュトラウスの音楽から無駄な響きを削ぎ落し、
精緻に彫り込みながら絶妙な陰影を施し、
すべての音の意味を有機的な連続体として語らせようとするかのような、
そんな趣の演奏となっている。


このようなシュトラウス解釈はある意味空前絶後ともいえるもので、
それを可能にしたのは、
当時世界最高のアンサンブル、
もしくは史上最高のアンサンブルといわれた、
クリーヴランド管弦楽団のそれが大きい。

もちろんそれを築いたのは、
1946年からこのオケに赴任したセルの力が大きく、
このオケとは1970年までその関係が続いた。

この時期世界最高のオケはクリーヴランドとフィラデルフィアとよくいわれていた。

あのベルリンフィルやウィーンフィルをさしおいてそこまでいわせていたのだから、
その凄さがなんとなくだか想像つくだろう。


そのようなオケと指揮者による特大の歴史的銘盤がジブリ美術館にあった。

表紙もこれと同じものなのでみかけられた方もいらっしゃるだろう。


これにはちょっと驚き感動すらしたが、
その側には同じコンビによる「展覧会の絵」のCDもあった。

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そういえば十年ほど前に来たときも、
確か同じ場所で、
これらとは違うセルのCDをみた記憶がある。

おそらくセルが好きな方がいらっしゃるからだろうが、
なんとなくセルの音楽とジブリのアニメにある、
いくつかの共通点がこのとき思い起こされた。

それは精緻かつ有機的な趣。
一種独特の疾走感と緊張感。
絶妙な陰影感とその響きの落ち着い美しさ。
歌う事を疎かにはしないものの冗漫に歌うことはしない等々。

自分がこれらセルとクリーヴランドに感じられるいくつかの要素が、
そのままジブリに感じられることをこのとき想起させられた。


そしてジブリがなぜ声優を使わないかということも再度感じさせられた。

そういえばかつてセルはこういったという。

「ホルン四重奏のとき、三匹のコッカー・スパニエルと一匹のダックスフントでは困るじゃないか。」

ジブリのアニメについてちょっといろいろと考えさせられた銘盤との、
思わぬ場所での邂逅でした。

〆です。
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バレンボイムのベルリオーズの「テ・デウム」 [クラシック百銘盤]

いまや押しも押されもせぬ大御所になったバレンボイム。

だけど正直自分はあまり相性が良くないようで、
そんなにいいと思ったものがない。

そんな中で自分が気に入っているのが、
ベルリオーズの「テ・デウム」をパリ管弦楽団他を指揮して録音したもの。

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おそらく1975年にパリ管弦楽団音楽監督に就任してから、
それほど経ってない時期に録音したものと思われる。

そのせいかこの録音はグラモフォンではない。

まだ三十代そこそこの若きバレンボイムが、
このベルリオーズ屈指の超大曲を指揮したその演奏は…。

超特急ハイテンションでした。

7曲目の行進曲は演奏していないが、
それでも演奏時間なんと40分26秒。

若きバレンボイムがなりふり構わず、
キレキレで指揮しまくっていく。

ただバカになりきっているというほどではないので、
バランス総崩れとかいうそういうことはない。

このへんはいかにもバレンボイムらしい。


こういうタイプの大曲演奏というと、
他にはショルティ指揮のマーラーの8番が浮かんでくるが、
あれもまたショルティがシカゴに赴任して間もない時期の録音だった。


どうもこういうシチュエーションは、
指揮者をとことん走らせてしまうところがあるのだろうか。


後の腰の重いタイプのバレンボイムを想像すると、
正直ちょっと驚かれるかもしれないが、
当時はこういう指揮もしていたのです。

それにしてもこういう演奏。

絶対好き嫌いが派手に分かれる演奏だろうなあ。

そのせいか現在この盤は入手困難とか。


LPの国内盤も初出以降いつのまにか消えてしまい、
今でも国内盤はたしかCDも発売されていないような。


まあショルティのマーラーの8番のようなコンセプトで、
このベルリオーズの巨作を演奏したものを聴きたい方にはお薦めかもです。
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ルカーチのグレイト [クラシック百銘盤]

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ルカーチ・エルヴィン(1928-2011)。

日本フィルハーモニー交響楽団に1975年から客演、
名誉指揮者にもなったハンガリーの名匠。

自分はルカーチを、
1986年にベトーヴェンの「第九」他の実演で聴いたが、
じつにこの曲からバランスのとれた緊張感をもった響きを構築し、
それでいて木管など手作り的な美しさと温かさをもったものに仕上げていたのは、
とても驚きそして感心感銘を受けたものでした。

それはこの日最初に演奏された「フィデリオ」序曲でも充分感じられました。


ルカーチはそれ以前にFMで放送された、
ブラームスの交響曲第4番を聴き、
それをテープに録音し何度も聴き親しんでいたこともあり、
自分にとっては親しみのある指揮者でした。


そんなルカーチですが、
その実力にもかかわらず録音がとにかく少ない。

何かいいものはないものかといろいろ探していた時にみつけたのが、
ブダペスト・フィルハーモニーを指揮して録音した、

交響曲第8番ハ長調「ザ・グレイト」。

Delta Cl Evolution から番号18289 で発売されたもの。

2003年発売のステレオセッション録音ということしかわからないが、
これがなかなの演奏。


オケはいささか素朴でそんなに魅力満載というわけではないが、
温かく実直な響きをストレートに表出した好感のもてる演奏をしている。


そして指揮のルカーチ。

前述したベートーヴェンにおけるそれが、
ここでも見事に発揮されている。


それにしてもなんと若々しさと晴朗感あふれる演奏だろう。

たしかにこの曲をシューベルトの白鳥の歌という方もいるが、
自分はこのルカーチの演奏を聴くと、
これからの大きく開けた未来に心躍らす青年シューベルトの姿が、
じつに詩情豊かに描かれているようにこの曲が聴こえてきてしまう。


オケをかなり鳴らしてはいるが、
決して無機的にバカスカ鳴らしているというわけではないし、
ティンパニーをドカバカ叩いてる無神経な演奏でもない。

そういう意味では神経質ではないが、
細部までよく心を曲に通わせた演奏といえるだろう。

演奏時間は約52分ほど。

音質も落ち着いた良好なものとなっています。


ただここ数年この盤が入手困難になっているとか。

なんとも残念なことです。
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ベイヌムの水上の音楽 [クラシック百銘盤]

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エドゥアルト・ファン・ベイヌム(1901-1959)

オランダの20世紀を代表する名指揮者のひとり。

彼の存在によりメンゲルベルク時代のコンセルトヘボウの最盛期が、
1959年半ばまで延長されたといわれるほどの指揮者。

不幸にして1959年に57歳の若さで練習中に倒れ急逝した。

そのせいだろうか、
1970年頃になると日本ではその存在が希薄となり、
国内盤をほとんど見かけない時期もあったほどだった。

現在でもベイヌムの知名度や評価は、
後任ハイティンクや前任者のメンゲルベルクの陰に隠れ、
けっしてよく知られているというかんじはしない。

だが今でも根強い支持を一部で受け続けているのは、
そのしっかりとした実力からくるものだろう。

そんなベイヌムだが亡くなる前年の1958年頃から、
契約していたレコード会社がステレオ録音を開始したことにより、
少ないながらも良好なステレオ録音を遺している。

その多くは彼の得意としたブラームスやベートーヴェンということで、
これはまさに不幸中の幸いといったところだが、
そんなステレオ録音の中になんとヘンデルがまざっている。

1958年7月1日から5日にかけて録音された、
旧ヘンデル全集のクリュザンダー版における「水上の音楽」全曲がそれ。

演奏時間は全体で約48分程のもの。


これがじつに素晴らしい出来となっている。

全盛期のコンセルトヘボウの美音も素晴らしいが、
ベイヌムの指揮がそれ以上に圧巻だ。


キビギヒとした曲の運び方、
壮麗な感覚ながら濁りの無い清澄な響き、
バランス感覚のよい見通しのよい音づくり、
そしてよく歌うその温かな音楽等々、
誉めていくときりがなくなるくらいの見事な演奏となっている。


たしかに現在のヘンデル演奏からみると大仰なスタイルだし、
清新な感覚や響きというインパクトはないかもしれないが、
その心温まる音楽と清潔高貴で、
古いタイプとはえいかにもヘンデル風の響きを見事に描いたこの演奏は、
そう簡単に捨て去られるべき演奏ではないだろう。


これは彼の遺した数少ないステレオ録音中、
ブラームスの交響曲第4番やヴァイオリン協奏曲と並び、
ベイヌムの遺した最善の遺産のひとつ。


ぜひいつまでも聴きつがれてほしい銘盤のひとつです。
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