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ムラヴィンスキー幻の日本公演チラシ [ムラヴィンスキー]

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コンサートのプログラムを整理してたら、
その中から上のようなものがみつかった。

1981年の、
レニングラードフィルの来日中止になった日本ツアーにおける、
横浜公演のチラシ。

1979年の来日公演のプログラムに挟んでいたが、
なぜ1981年のものをそこに挟んでいたかは不明。

チケットを購入したのに行けなかったものが、
なぜかこうしてチラシだけが残っていた。

おそらくハマ音で予約したとき、
チケットと一緒に同封されていたものだと思う。

貴重かどうかはわかりませんが、
記録的な意味も込めてUPしておきます。


尚この写真は、
1979年5月21日に東京文化会館で行われた。

ベートーヴェン/交響曲第6番
 ~休憩~
ワーグナー/「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」
ワーグナー/「ジークフリート」から「森のささやき」
ワーグナー/「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」

というプログラムによる公演の、
その後半のワーグナー演奏時を写したものと思われます。
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ムラヴィンスキー新譜(2014年4月発売分)雑感、そしてお悔み。 [ムラヴィンスキー]

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この二つの感想を書こうと思っていたが、
ブラームスの方のライナーの冒頭をみて驚いてしまった。

ムラヴィンスキー協会の事務局長の天羽健三氏が亡くなられていた。

76歳だったとのこと、

自分はここ数年協会とはかなり疎遠になっていたので、
この件については何も知らなかった。

天羽氏とは数度お会いしたことがある程度で、
それほど親しくお話ししたということはない。

ただ自分の本体サイトにあるムラヴィンスキーのページを、
協会の会報で紹介してくれたりといろいろと恩はあった。

最後はだいぶ前の話だが、
氏がAヤンソンスの演奏記録を調査していたとき、
日本における公演記録がかなり散逸しており、
なにか手段はないかということをメールされてきたのが最後だった。

あのとき自分は知っているすべてのやり方をメールしたが、
じつに手詰まり感のある返事を出してしまった記憶がある。

年齢的にもまだまだなので、
もうずぐムラヴィンスキーの最後の来日公演から35年経つこともあり、
また何か考えていらっしゃるのだろうかと考えていた矢先の訃報だった。

正直、天羽氏と初代協会会長の橋爪氏がいなかったら、
日本のムラヴィンスキー研究はかなり遅れていただろうし、
これほどいろいろとCDが音質的には玉石混合とはいえ、
市場に出回ることもなかっただろう。

それを思うとこの報はあまりにも自分には辛いものがある。
すぐに自宅にある仏棚にお線香をあげさせてもらいました。

心より哀悼の意を表したいと思います。


そんなことでいろいろとかつてのことを考えながら聴いた上記二つのCD。

[ALT-288]
・ウェーバー:歌劇『オベロン』序曲
・ブラームス:交響曲第2番ニ長調 Op.73

[ALT-299]
・シューベルト:交響曲第8番ロ短調『未完成』D.759
・ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調 Op.47

という内容で、いづれも1978年6月のウィーン楽友協会でのライブ。
かつてオイロディスクレーベルからLP四枚組のボックスとして発売された。

これが初めて発売された1981年のときは、
数か月後にムラヴィンスキーの来日が迫っており、
しかも内容がこのときの曲目と1977年来日時の曲目があるということで、
かなりの話題になったものでした。

ただ音質のぬけが悪く、
しかも音のレベルもなんか一定していないというもので、
録音年代とは思えないほどレベルの低いものでしたが、
内容は驚嘆に値する素晴らしいものでした。

それが今回、以前発売になったチャイコフスキー同様、
たいへん聴きやすい音質として生まれ変わった。

たしかに「これがもう限界だろうな」というかんじもすることはするが、
ここまで音質が改善されれば言う事は無い。

というよりこんなに残響豊かな状態で聴くムラヴィンスキーというのも、
けっこう珍しいという気がする。

たしかに響きがかなり大きなため、
若干音楽のエッジが不鮮明な部分がないわけではないが、
この音質により弦の一枚岩感覚が強く出たことは嬉しかった。

またショスタコーヴィチでは
第一楽章からかつてNHKホールで聴いた、
ムラヴィンスキーの同曲を想起させられるものがあり、
冒頭の強烈な弦の響き、
弱音にくるとまるでホール全体の温度が下がったように感じるほど、
じつに結晶化されたような音が聴こえてきたり、
激しい部分ではやや前に腰を折り気味にして激しく指揮棒を振るその姿に、
「なんだ言われていたような小さな指揮じゃないじゃないか。」
などとホールで思っていた事をあらためて思いだしたりしたものでした。

だがそれ以上に圧巻だったのはブラームス。

同年本拠地で録音されたものや、
前年東京文化会館で自分が聴いた同曲よりもさらに激しい、
圧倒的な高揚感がかなりはっきりと今回は表出されていた。

ムラヴィンスキーは日本公演では、
ここはまるで第二の本拠地といわんばかりに、
いい意味でリラックスした演奏をしていましたが、
ことウィーンではブラームスの演奏に自分よりも深い歴史をもつウィーンということで、
それこそ他流試合的ともいえるほどに、
自らをかなり激しく燃え上がらせるような演奏へと駆り立てていったのでしょう。

確かにそれらのことは以前も感じられてはいましたが、
今回のCDはそれらがさらに見事に表出されたものとなっていました。

今回の以前出たチャイコフスキーも含めた全3枚のウィーンライブは、
今後末永く多くの人に愛し聴き継がれていくことでしょう。

たしかに1978年にしては最高音質というところまでは残念ながらいってませんが、
以前のものとの音質からみればはるかに良好になっています。

天羽氏もきっとこのCDのことを喜んでいると思われます。
ぜひ皆様もこの素晴らしいCDを一度お聴きになってみてください。

最後に制作関係者の皆様。
ほんとうにありがとうございました。
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ムラヴィンスキー新譜二点雑感 [ムラヴィンスキー]

ムラヴィンスキーの新譜CDが出た。

「1978年6月、ウィーン芸術週間でのチャイコフスキー第5番ライヴ録音と、1977年10月、大阪フェスティヴァル・ホールでの『未完成』と『くるみ割り人形』が鮮明な音質で登場!」

というもの。
で聴いた感想なのですが…はっきり明暗が分かれました。

まずチャイコフスキーの5番。

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正直驚きました。

気持ちティンパニーや一部の管楽器が引っ込み気味に感じられますが、
それ以外は完全に別物感覚です。

自分がこの前年聴いた同曲の感動が蘇ってくるように感じられたものでした。

自分はこのとき

「(前略)

そして後半のチャイコフスキー。これ以前はもちろんおそらく今後も聴くことのできない「奇跡」
の連続のような演奏となりました。そしてこの後、ムラヴィンスキーのチャイコフスキーというと
自分にとって「=交響曲第5番」であり「=1977年10月19日NHKホール」というかんじになっ
てしまいました。

 ですがじつはこの時のチャイコフスキーの5番はこの指揮者の数ある同曲の演奏の中でも、
極めて特異なものであったという気がしています。

 ムラヴィンスキーが1973年4月に本拠地で録音したライブや、1975年に日本公演で録音
されたきわめて厳しい音質によるライブは、それまでの峻厳な中にバランスよく音楽を刻み込
んでいく50年代末期から続くムラヴィンスキーのスタイルが踏襲されています。また1980年
以降のそれでは、音楽に清澄さと静かなバランスのよい風格が備わった演奏となっています
が、この1977年の日本公演での演奏や、翌年のウィーンライブにおけるそれはそのどちらと
も違う、ある意味均衡やバランスのよさを二の次にしたような演奏となっています。それは厳し
い造型の下にいつもは隠されている、この指揮者の激しい感情の吐露が一気にその割れ目
から噴き出してきたようなかんじでして、しかもそのことによっておきた今までにはなかったよう
な激しい表情の変化が、次から次へと表出されていくその様は、音楽が生き物であるというこ
とを痛感させられるくらい鮮烈なものがありました。

 しかも随所にこちらの予想しない表情があらわれては消えと明滅していくのですから、これは
もうただごとではないというかんじがしたものの、同時に途中からは正直に言えば自分の器の
小ささに悔しさも感じたものでして、こんな演奏もう一生聴けないという一期一会的な感覚と、自
分に対する激しい憤りが交錯するという、今まで一度たりとも経験したことがない状況に自分
は直面したものでした。(このときの第2楽章冒頭の弦の完全に静態したままの響きなどはい
まだに忘れがたいものがあります。また終楽章でのコーダで一瞬音が小さくなる部分で、いき
なり音がムラヴィンスキーの背中の一点から響くような音の絞込みをした瞬間はなにが起きた
か一瞬わからなくなるくらい驚嘆したものでした。)

(中略)

それにしてもNHKホールがこれほど雄大に鳴った演奏というのを自分はあまり聴いた記憶
がありません。四ヶ月前にショルティ指揮のシカゴによる「幻想交響曲」やアンコールでの「タン
ホイザー」序曲でさえこんなことはありませんでした。たしかにシカゴの場合は音の方向にある
ものに対しては圧倒的な力を誇示するものの、その方向からずれるとややその力が弱まって
感じられるふしがありました。それがレニングラードの場合は、弱音に強く聴き手の耳を意識さ
せ研ぎ澄まさせるということをさせた上でのということもあるのでしょうが、音の進行方向の直
線上だけでなく、そのホールの背後というか側面からも響きをつくりあげている部分があるた
めか、その音の進行方向の直線上にいない人にも圧倒的な音を誇示することを可能としてい
たようです。

 (聴き手の耳を弱音に集中させ自らの懐にひきこむことにより、これらの事象を強く聴き手の
感覚ベースに浸透させその結果、直線的な音とその背後や側面から響かせる音、この二つの
種類の音をより実感させ、その上でこれらの音が渾然一体となってホールに圧倒的に鳴り渡
ることを聴き手により痛感せしめた。いわばムラヴィンスキーとこのオーケストラのみしかでき
ない音楽が、このときNHKホールにこれ以上考えられないほどに理想的に鳴り響いていたの
です。まさにこれは「奇跡」の時間そのものでした。)

(後略)」

これらの事が昨日のように思い起こされる気がしたほどでした。
よくぞCD化してくれたと、本当に感謝です。

ただ人によっては音質的に若干漂白傾向があるように感じられるかもしれませんが、、
個人的にはとりたてて気になるようなものではありませんでした。

他のウィーンライブも再発されるようなので、
ぜひこのレベルであってほしいと願います。


そしてもうひとつ。

・ウェーバー:歌劇『オベロン』序曲
・シューベルト:交響曲第8番ロ短調『未完成』D.759
・チャイコフスキー:『くるみ割り人形』(抜粋)

の大阪ライブ。

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いきなり結論からいいます。これダメでしょう。

録音は多少弦が薄い感じがするものの、
ティンパニーも管もかなり明瞭かつ分離よくとらえられている。

だがそれが裏目にでている。

本来このオケはひじょうに独特のブレンド感を弦管それぞれもってるのに、
これだと管が残響の少なさも手伝ってちょっとぱさついてしまっている。

だが問題はそんな小さなことではない。

とにかくオケも指揮者も大不調だ。
前半のウェーバーとシューベルトはまだなんとかいいけど、
後半のチャイコフスキーはもう散漫にとっちらかってしまってる。

特に終盤の管の不調と金管の音程の不安定さは些か強烈で、
いままではここまでいくまえに踏みとどまることで、
それが絶妙な表情を生んでいたのだが、
今回はそれを踏み越えてしまっている。

指揮者の推進力の不足も意外だったが、
それ以上にオケの疲れのようなものが半端じゃない。

ここでこのときのツアーの日程をみてみよう。
(これも本当はCDに付録としてつけるべき!いつも言いますがこういうのはメーカーの怠慢です。商品に愛着が無いのでしょうか?ひじょうに残念です。)


◎1977年レニングラード・フィルハーモニー交響楽団日本公演
○同行指揮者:エフゲニー・ムラヴィンスキー、マリス・ヤンソンス

9月25日:神奈川県民ホール/ムラヴィンスキー
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

9月26日:東京文化会館/ヤンソンス
チャイコフスキー/ピアノ協奏曲第1番(P/ラザール・ベルマン)
チャイコフスキー/交響曲第4番

9月27日:東京文化会館/ムラヴィンスキー
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

9月29日:武雄文化会館/ヤンソンス
ロッシーニ/どろぼうかささぎ、序曲
ショスタコーヴィチ/交響曲第9番
チャイコフスキー/交響曲第4番

9月30日:福岡市民会館/ムラヴィンスキー
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月2日:鹿児島文化センター/ヤンソンス
ロッシーニ/どろぼうかささぎ、序曲
ショスタコーヴィチ/交響曲第9番
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月4日:広島郵便貯金ホール/ムラヴィンスキー
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月6日:フェスティバルホール/ムラヴィンスキー
ワーグナー/マイスタージンガー、第1幕への前奏曲
ワーグナー/ローエングリーン、第1幕への前奏曲
ワーグナー/タンホイザー、序曲
ブラームス/交響曲第2番

10月8日:フェスティバルホール/ムラヴィンスキー
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月9日:福井文化会館/ヤンソンス
ロッシーニ/どろぼうかささぎ、序曲
ショスタコーヴィチ/交響曲第9番
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月10日:名古屋市民会館/ムラヴィンスキー
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月12日:東京文化会館/ムラヴィンスキー
ウェーバー/オベロン、序曲
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
チャイコフスキー/くるみ割り人形、抜粋

10月13日:札幌厚生年金会館/ヤンソンス
シチェドリン/オーケストラの為の協奏曲「愉快なチャストゥスカ」
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(VN/ヴィクトル・トレチャコフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月14日:室蘭新日鉄体育館/ヤンソンス
ショスタコーヴィチ/交響曲第9番
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番(VN/ヴィクトル・トレチャコフ)
チャイコフスキー/交響曲第4番

10月16日:新潟県民会館/ムラヴィンスキー
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月17日:前橋市民会館/ヤンソンス
ショスタコーヴィチ/交響曲第9番
モーツァルト/ヴァイオリン協奏曲第4番(VN/ヴィクトル・トレチャコフ)
チャイコフスキー/交響曲第4番

10月18日:千葉文化会館/ヤンソンス
シチェドリン/オーケストラの為の協奏曲「愉快なチャストゥスカ」
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(VN/ヴィクトル・トレチャコフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番

10月19日:NHKホール/ムラヴィンスキー
シベリウス/トゥオネラの白鳥
シベリウス/交響曲第7番
チャイコフスキー/交響曲第5番

10月20日:東京文化会館/ヤンソンス
ロッシーニ/どろぼうかささぎ、序曲
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲(VN/ヴィクトル・トレチャコフ)
ドヴォルザーク/交響曲第9番


これをみると大阪あたりでちょうど日程的に疲れそうなところに、
それまで北陸、九州、山陽と、大移動である。
まあ1975年に博多まで新幹線が開通しているので、
そのあたりは多少軽減されてるかもしれないが、
やはりきついことはきつい。

しかも悪いことにこの大阪のプロは一週間前に一度きりで、
これでは調子などなかなかでるとは思えない。

東京公演が名演になったのは、
この大阪と二日後の名古屋があったからだろう。

ムラヴィンスキーは回数をこなすと調子がでてくるタイプのようなので、
大阪ではそれが悪い方にでてしまったというところだろうか。

まあそれでも凡百の演奏に比べればたいした演奏なのですが、
ムラヴィンスキーという指揮者を期待してきくとちょっとあれかなという気がします。
ムラヴィンスキーもレニングラードフィルも人間なんだなと、
そういう一コマをみたようなそんなCDです。

もっともこれは個人的感想なので、
これと逆にチャイコフスキーより大阪の方がいいという人もいるかもしれません。

そのあたりは人それぞれということで。

今回はちょっとキツイ言い方をしましたが、
それだけムラヴィンスキーの演奏はハードルを下げられないということです。

以上です。
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ムラヴィンスキーのこと [ムラヴィンスキー]

自分が学生の頃、
巨人がV9を達成し山口百恵がデビュー、
そして
宇宙戦艦ヤマトのTVが翌年に迫っていた1973年。

そんな年にムラヴィンスキーが来日した。

1903年生まれの当時のソ連を代表する指揮者というだけでなく、
世界最高の指揮者のひとりとまで称されていた人物だ。

その音楽のスケールはじつに強大で圧倒的、
二十世紀最大の指揮者のひとりとまで言う人もいた。

だが日本には1958年と1970年の二度の来日予定が直前にキャンセル、
彼の当時の手兵レニングラードフィルのみが他の指揮者と来日した。
また録音もひじょうに少なく、
さらにその多くが古いものが多数を占めていたため、
ある意味「幻の指揮者」と日本ではよばれていた。

このため健康に不安があるという情報もあいまって、
1970年の来日中止のときはもう来日は無いとまでいわれ、
多くの音楽関係者や音楽ファンを落胆させたものだった。

そんなある日突如リヒテルの来日中止の代行として、
ムラヴィンスキーとレニングラードフィルの来日が急遽決まった。
日本公演初日まであと三か月という、
ほんとうに急転直下の決定だった。

この公演はもちろんたいへんな前評判となり
TVやFMでもその様子は放映放送された。

だが、このときの評判はかなり賛否分かれるものがあり、
熱狂的な支持者を生む反面、失望と落胆を感じた人もまた多かった。
それはムラヴィンスキーの音楽が予想された以上に峻厳で、
妥協がなく苛烈なものである反面、
トスカニーニのような直情的なものでもなく、
かなり複雑な感情とスタイルを感じさせるものがあったため、
カラヤンやベームのように、
いい意味でとっつきやすいそれではなかったということがあった。

またさらには一部評論家の誤解や無理解からくる発言もあり、
ムラヴィンスキーの印象はこのときを境にかなりの変化をみせてしまった。

そんな自分にとってのムラヴィンスキーはどうだったか。

じつに幸運なことに自分が本格的にクラシックにのめった時期は、
ちょうどムラヴィンスキーが初来日公演を終了した翌月にあたり、
このあたりのことをまったく知らないまま、
その後このときのTV放送をみることとなった。

そしてそれをみて強く引き込まれた自分は、
1975、1977、1979年のムラヴィンスキーの来日公演に行くことになります。

このあたりのことは拙サイト
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page125.html
に詳しく書いてあります。

もうすでに今から十年以上前に書いた項目ですが、
過去に書いた自分のものに常に不満を感じることが多い自分なのですが、
ことこのムラヴィンスキーに関してはほとんどそう感じることがない。

ほぼ完全言いたいことは言い尽くしたということと、
これを書いていたときの強い思い入れみたいなものが、
想像以上に強かったことが今でも不満を感じない要因なのかもしれません。

ただ今年ムラヴィンスキーが初来日から40年たったということで、
あと少しだけこの機会に付け加えておきたい。

ムラヴィンスキーは自分にとってちょうどその来日が学生時代と重なっていた。
しかも前述したように音楽にのめった時期と重なっているため、
その影響力は半端なものではなかった。

しかも当時そのレコードの多くが録音は古いとはいえ、
廉価盤でしかも近くのレコード店でとても入手しやすかったこと。
そして二度目以降の来日公演の切符がかならず入手できことで、
自分にとってはとても身近で親しみやすい存在にもなった。

このため今の一部評論家が神格化しているその発言をみていて、
自分にはとてもそれが違和感ありまくりにみえてしかたがない。

当時ムラヴィンスキーはたしかに凄い演奏をし、
そして神技ともいえるほどの凄い演奏も聴かせたが、
当時の会場の雰囲気も開演前はとても穏やかで、
日本のオケの定期公演に近い雰囲気すらあった。

これは二度目以降の来日公演がいっさい放送されず、
しかもその間も新しい録音が発売されなかったこともあり、
ムラヴィンスキーの演奏会に行く人の多くが、
過去の来日公演に来たことがある人たちによって形成され、
それによってひとつの気心が知れた人たちによる、
ムラヴィンスキーの音楽を囲む会のような様相を呈していたという、
そういうところが多少あったことがそこには反映されていたと思う。

そのときの会場の雰囲気はじつに心地よいものがあり
とてつもなく凄い演奏をされても、
指揮者を神格化することなく、
音楽的な意味での「先生」もしくは「師匠」のような、
そういうより身近な存在に感じたものでしたし。

そのためムラヴィンスキーの音楽を
ただ無条件に賛美するのではなく、
その音楽をいろいろと考えようという、
そういう意識や姿勢がこちらにもできたような気がします。

そしてそのことが、
自分にとって後々とても大きな財産となっていくのですが、
それ以来ムラヴィンスキーは、
自分にとってたいへん恩義のある、
かけがえのない音楽上の先生とひとりとなっています。

だいたい無条件の賛美などというのはムラヴィンスキーに失礼極まりない。
そういう姿勢を厳しく嫌ったのが、
ムラヴィンスキーの音楽を形成した核心部分なのですから・


そりにしても最後にその実演を聴いてから、
今年(2013)でもう34年も経ってしまいました。

これがどれくらい昔のことかというのはわかっていますが、
経験したものにとってそれはたしかに34年前のものではあっても、
現在に続く生きている過去という感覚がそこにはあり、
やはり「昔の事」と簡単に切り捨てることができないものになっています。


ところでまたこの話になって恐縮ですが、
今活躍している指揮者を過去の指揮者に比べればたいしたことないとか、
そういうとんでもない発言をしている人をあいわらず多くみかける。

じつは34年前もムラヴィンスキーよりクナッパーツブッシュが上とか、
そういう好き嫌いから派生した馬鹿囃子をうんざりするほど聞かされたが、
21世紀のこの時代にまだそういうおかしな人種が存在するのには、
もう情けなさすぎて涙もでてこない。

ハーディングのマーラーで人生が変わった人がいたって当然だし、
ラザレフを音楽上の師と思っている人がいてもおかしくもなんともない。
それなのになんじゃろねえ…である。

というか今の演奏に対し真摯に向かい合えない人は、
かつてその時期の「今」だったときも同じように向き合っていなかったという気がします。
そしてそれが佐村河内氏をうんだことと関係もしているのですが…。

こういうふうに考えるようになったのも、
ムラヴィンスキーの影響といったところでしょうか。

以上です。
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