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「シン・ゴジラ」は静かな映画。 [ゴジラ]

最近「シン・ゴシラ」を観ていて、
この映画けっこう静かな映画だという気がしている。


会議のシーンが多いということもあるけど、
BGMが想像以上に少ないことや、
大きな声のシーンが意外と少なく、
しかもみなやや速めに喋るため、
台詞の音量的な抑揚があまりない。


また派手なアクションシーンもなく、
ゴジラの動きも静的なものなのだし、
尻尾の動きも巨大なわりに悠揚としている。


また会議のシーンも、
みな座ったままのシーンが多いため動きが少なく、
音的にも動き的にも、
静的な印象がつきまとうシーンが多い。


当初予定されていたカースタントのシーンや、
多くの人が焼き殺されるシーンをはじめ、
動きのあるシーンの多くがカットや縮小されたため、
余計さらにそういう印象が強くなっているのだろう。


自衛隊とのバトルやヤシオリ作戦のシーンがあるので、
そう思われていないのかもしれないが、
前者は約七分、
後者は約八分半、
これにゴジラが東京駅付近を炎上させるシーンの3分半、
第三形態の蒲田上陸からの一連の暴れるシーンが、
会議シーンを込みで約4分、
第三形態の立ち上がりシーンから東京湾脱出までの3分半
第四形態鎌倉上陸から会議等が続くシーンまであたりまでが3分と、


これら全てを合わせても、
ゴジラがらみのバトル&破壊シーンは全体の1/4強といったところなので、
いかに会話や会議、
さらには現場以外のシーンが多いかが分かる気がする。

これが結果的に
全体的にはかなり静かなゴジラ映画という、
そういう印象に繋がっているのだろう。


またBGMも蒲田上陸のシーン、
つまり15分近くまでまったくなく、
会議のシーンもあまり流れているシーンが多くないため、
印象的な音楽が多い割には、
これもけっこう抑制されているという気がする。


その分短い間に一気に音楽も見せ場も放り込んだのだろうけど、
ひょっとすると庵野監督のいう時間や予算の少なさが、
こういう所にあらわれているのかもしれない。


また正直この静かなシーンの中には、
あまり必要とは思えないシーンがあったり、
カットを細かくしたがために、
やはり静かに感じられるような部分が、
戦闘シーンにも見かけられた。


庵野監督はかなり細部に渡り、
各カットひとつひとつにこだわったというが、
それが逆に話の流れというか動きをとめ、
静的なものの連続に感じられる所が、
結果散見されたようにも感じられる。

素晴らしいシーン、
説得力あるシーンの連続は確かに素晴らしいけど、
観ている方がそこの部分に気持ちを置いていくような、
それくらい見事すぎたためなのかもしれない。


これはこちらの頭や気持ちの切り替えの問題なのだろう。

庵野監督には当たり前でも
ふつうの人には新鮮すぎる場合が多々あるのです。


というわけで、
下手な人間ドラマを切り捨てたことも
そういうことに繋がったのかもしれないけど、
最近見るたびに、
このゴジラは静かな映画という気が強くする。


そういえば鷺巣さんの音楽も、
ことこの作品に関しては、
他の作品からの転用等を除けば
静かな曲に印象的なものが多くあるように感じられた。


これはひょっとすると庵野監督が意識した、
様式美云々と関わっているからなのかもしれませんし、
野村萬斎さんの動きを軸にしたゴジラが成立した、
大きな理由のひとつなのかもしれません。


まあかなりドキュメンタリー色が濃いので、
煩くなったり色彩的にならないのは当然なのですが。




しかしこの作品のゴジラが東京駅付近で、
火焔熱線を吐くシーン。

これってエメリッヒ監督の
「インディペンデンス・ディ」
を意識してのそれなのだろうか。

だとすると、
これはこれでけっこうあれな気がするのですが…。
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「またまた爺様のゴジラか」と言われそうな「シン・ゴジラ」のDVDをみた感想。 [ゴジラ]

「シン・ゴジラ」のDVDをみた。

普段みている他のゴジラシリーズのDVDと、
同じ条件でみる「シン・ゴジラ」は、
やはり今までとかなり違ってみえた。

台詞が映画館でみているより早く感じたのは、
スピーカーやみている空間の小ささからくるものか?


また映画館でみたときには、
かなり見落としているシーンもあり、
そのせいかいろいろと感想が浮かんできた。

前書いたものと重複する部分も多いけど
今現在の感想として再度感想をここに書きます。


まずそのひとつに、
庵野監督は「ゴジラ」に強い思い入れがないせいか、
ゴジラに対して、
ふつうのゴジラファンには考えられないような、
とても斬新な解釈を施している…、
…というより疑問や不満に思ったことや、
こうしたらもっと面白くなるだろうという、
そういう部分を優先し、
かつての慣習をすべて無視したということにある。


ただその中には。
結果としてかもしれないけれど、
1954年の「ゴジラ」公開時に酷評された内容に対して、
(特にドラマや日常のそぎ落としは、
本人は時間や予算の関係といっているものの)
かなりいろいろと答えているような感じもある。


それにしてもここまで無表情というか、
無機質な感じのゴジラというのも珍しい。

これはファーストゴジラのそれを、
さらに推し進めたものだろうけど、
ファーストが最後哀れな最後があったことで、
最後に悲劇性が付加されたのに対し、
こちらは最後まで不気味な生命体として描かれていた。


特に尻尾の動きがはなはだ異色で、
ファーストも確かにゆっくりだったけど、
ここではさらに悠揚としていて、
まるで本体と別人格、
もしくは尻尾の方が本体かもというくらいの、
そんなかんじの動きを常に感じた。


第一形態が尻尾のみだったのは、
そういうことのあらわれだったのかもしれないし、
最後も尻尾の先で終わったのもそうだったのかも。

あと今回は形態を変える前に、
かならず一度動きを停止している。

それを思うと東京駅で停止したとき、
次に動くときは第五形態を尻尾からまき散らしながら、
暴れ回った可能性がある。


その前に攻撃されたために、
おそらくその機会を逃したのだろう。

また背中に貫通弾を受けたため、
このゴジラは万が一のことを考え、
尻尾にも本体の一部機能を動かした形跡がある。

尻尾から光線を出したのも、
そのあたりが関係しているのだろう。


そんなこともあり、
今回のゴジラは怪獣というより、
得体の知れない生命体という、
そんな感じを強く受けた。


背中や尻尾の先から光線を放出するなど、
口から放射能を吐いて空を飛ぶより斬新だ。


もし庵野監督がゴジラ大好き人間だったら、
ここまでゴジラを再構築することはなかったと思うし、
第二形態のようなゴジラを登場させることも、
おそらくなかったと思う。

またこの第二形態のシーンでは、
かつてみた「帰ってきたウルトラマン」でみたような、
そんな雰囲気がなんとなくあって、
ウルトラマンがここで登場しても何ら違和感がないような、
そんな感じがしてしかたなかった。


なので、
これはこれである意味新鮮だったけど、
時間が経つにつれ会わない部分も感じられるのは、
自分が昭和のゴジラ好きだからだろう。


またリアル志向というわりには、
石原さん演じるカヨコには、
過剰なまでの演技を要求してるし、
それによってドラマが単調になることは防がれてるけど、
なんかちょっと粗削りな気がする。


粗削りというとゴジラ第一形態出現前後の、
ネットアップの前後に流れていた、
それがらみの一般人と思われる短い台詞。

このあまりの棒読みは今でも違和感ありまくりで、
これでOKなのかあと、
ちょっとこのあたり不思議なものがあった。


ひとつひとつの画面の完成度は確かに高いけど、
ときおりなんか
目的より手段が前に出てしまったような感じを受けたり、
ちょっと素材のままの粗さを感じたりするのは
こういう部分にそれを感じているのかもしれない。


あと鎌倉の空の色に一貫性が無いのは、
もうそこまでやる時間がなかったのだろうけど、
このあたりDVDでも修正しなかったのは、
あまり大きな問題ではないと思ったのかも。

また同じ鎌倉での進行シーンも、
その現場とあわせてみると、
内容的に辻褄が合わないところがあるので、
このあたりはシーンの組み合わせの良さを優先させたのかも。


徹頭徹尾庵野監督色の濃い作品だけど、
ちょっと粗い部分が散見されるのをみると、
もう半年の期間ともう少しの製作費があったら、
この作品どうさらに変化したのかという、
そういう気持ちももたせるような、
そんな作品にもDVDをみてて感じさせられた。


最後に。

一言でいうと今回のゴジラはドライなゴジラだし、
余計なものを徹底的にそぎ落としたところに、
庵野風の独自のドラマをつくりあげたという事は、
ハッキリ言って賞賛すべきことだと思う。


確かに合わないところは多々あるけど、
誰がみてもかならず不満がでてきてしまう、
作り手にとっても観客にとっても、
自分をみる鏡となってしまうようなこういう題材に、
よくぞ火中の栗を拾うがごとく挑んでくれたと、
今は感謝の気持ちの方が大きい。


もちろん本人にそんな気持ちは無かったかもしれないけど、
これで以降誰もが自由にゴジラを作れるという、
ひとつの閉そく感を打破し突破口を開いたことも、
これまた大いに評価すべきだと思う。


今の所こんな感じです。





しかし光明寺からのゴジラ鎌倉上陸シーン。
あそこは富士山入れたかっただろうなあ庵野監督。
天候に前半恵まれなかったからなあ。


あと尾頭さんが「一番怖いのは人間」というセリフを受けて、
ラストのゴジラの尻尾に人間型第五形態がでていたのは、
原子力を弄ぶ今の日本人への警鐘や嘲りだろうか。

謎。


最後にDVDをみていて、
大河内内閣がどういう派閥や力関係で成り立ち、
矢口と赤坂がどういう関係なのかもなんとなくだがわかった。

おそらく官房長官が大河内の後ろ盾で、
かつては矢口の父親に世話になったか親友だったのだろう。

赤坂はおそらく大河内の懐刀みたいな立ち位置で、
もちろん官房長にも評価されているが、
矢口の力は評価しているがあまりしっくりとはいっていない。

矢口も赤坂が敵か味方か微妙な位置にいるので、
あまり得手なタイプではないのだろう。


このようにけっこうありそうなパターンなので、
このあたりよく考えているなあと思った。
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「シン・ゴジラ」のサントラを今頃聴いた。 [ゴジラ]

自分は映画のサントラを公開前はもちろん、
公開後も早期には聴かないことにしている。

それはサントラが耳に馴染んでしまうと、
その音楽が本編に出てくるたびに気になってしまい、
映画に対して集中できなくなってしまうからです。


というわけで公開から、
五か月近く経ってようやく聴いた。


まず聴いて思ったことに、
音楽を聴くたびに映画のシーンや印象が、
じつに鮮明に蘇ってくるのにビックリ。


それだけでもこのサントラの完成度の高さがうかがえる。


EVAの雰囲気が強すぎるという、
そういう声もあるにはあるけど、
個人的には伊福部さんを除けば、
最もゴジラ映画の音楽とし成功した感がここにはある。


まあ伊福部さんも、
自分の他の作品からの転用を盛大にやっていたので、
むしろその精神を引き継いだともいえるのかも。


自分が特に感心したのは、
トラック20番のヤシオリ作戦時にかかった音楽。


最初この音楽を聴いたとき、
じつにスカスカな音に聴こえ、
思わず「えっ?」と思ってしまったが、
すぐにその理由が分かった。


映画本編時には、
この音楽と同時に大量の車両の動く大音響の音や、
叫び指示を出す声が飛び交うという、
物凄いほどの緊迫したシーンなのだが、
あのとき車両音や人の声が、
意外なほどクリアに聴こえていたのは、
この音楽がスカスカだったからだ。


これらの凄絶な現場の音に、
この音楽が上からかぶさると、
そのスカスカな部分にこれらの音がうまくはめこまれ、
じつにすべての音が邪魔しあうことなく、
ひとつの方向に向けて凄いまでのエネルギーを出すことができるようになり、、
それが映画に圧倒的な迫力と緊張感を生みだす力となっていった。


これが下手に音が敷き詰められていたら、
何が何だかわからないグチャグチャな音塊になってしまい、
おそらくあれほどのドラマを生まなかったのではないだろうか。

鷺巣さん快心の作とこれは言えると思う。


場所によってたまに「薄く」感じるところがあるけど、
庵野監督の感覚的なものもあるので、
一概にダメとはいえない難しいものがある。


ただとにかく全体的に、
とてもこれは聴き応えのあるサントラでした。


あと伊福部さんの音楽のこと。


伊福部さんの音楽は、
例えばショスタコーヴィチのように、
音が裸でいきなり飛び出してきたりとかすることはなく、
ソロのメロディでも、
ほとんど複数の楽器が関わって奏でられるため、
音楽全体が巨大な音の塊のようになって、
スクラム組んで突進してくるような凄さがある。


このため伊福部さんの曲は、
日本のオーケストラの楽器が、
まだ今日のようにいきとどいたものではなく、
貧弱なものばかりだった時代に演奏されていたにもかかわらず、
驚くほどそういう弱さを見せないという強みがある反面、
音のエネルギーが真ん中に集中するきらいがあるという面がある。

特にテンポの速い劇的な曲にその傾向がある。

なので伊福部さんの曲を、
無理やりステレオ化しようとすると、
その中に向かって集約しようとするエネルギーが緩んで拡散してしまうため、
オリジナルのようなドスの効いた響きになってこない。


もしそういう効果を狙うとしたら、
ステレオ録音でオリジナルとまったく同じ演奏を、
まったく同じテンションでやるしかないが、
やはりそれは無理というもの。


それにモノラル録音には、
狭い空間で響くことによって生まれる、
本来にはない凄みも付加されることがあり、
さらにそのハードルが高くなってしまう。


だからこのあたりのオリジナル使用は、
ある意味拙速案ではあるがしかたないのかもしれない。


ただトラック02は、
楽器が少ないためこれはステレオで録り直してよかったと、
今でもそう思ってる。

ここはピアノの録音の仕方でなんとかなったような気がする。
ストコフスキーの録音した「幻想交響曲」の鐘の効果などを聴くと、
特にそう思えてしかたがない。

それともやはりこれは素人考えということで無理なのだろうか。



最後に庵野さんが音楽に「重たすぎる」と言った言葉。


おそらくゴジラの重さと対比するためにも、
そういう部分の感覚を必要としたのかもしれないが、
作品全体が重厚になるのはともかく、
鈍重になることだけは避けたかったのだろう。


それは今回のゴジラそのものにもいえることで、
様式美を追求したことにより、
動きが緩やかになったため、
重厚なキャラが鈍重に至る危険性を回避したかったのではと、
そんなことも音楽の使い方にも感じてしまったものでした。


それを思うとさっきのストコフスキーの鐘も、
この作品で応用すると重すぎるということなのかも。



しかしいよいよビデオが3/22発売ですか。

ちょっと種類が多いですがこれは楽しみです。




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「シン・ゴジラ」の興味深い評 [ゴジラ]

自分がよく参考にさせてもらっている、

「山崎浩太郎のはんぶるオンライン」
http://www.saturn.dti.ne.jp/~arakicho/

その中の、
9月30日更新の「可変日記」8.22掲載と8.23掲載のところに
「シン・ゴジラ」のことが書いてある。

これが面白い。


というか山崎さんの体験した、
昭和のそれがものすごく感じられる内容となっている。

そしてあらためて、
ゴジラが昭和を三十数年歩いてきたことを、
再認識させられるものがあった。


自分が「シン・ゴジラ」のいろいろいな人の評を読んいて、
いちばん楽しいのは、
その人の専門性とのそれもあるけど、
その人の歩いてきた昭和や平成が、
ゴジラを通してみえてくるというのがある。


もちろんそれは人によってそのみえるボリュームの違いはある。


そんな中でも山崎さんのは、
思いっきり昭和がハッキリとみえてきて興味深い。

山崎さんは庵野監督と樋口監督と、
ほぼ同じ世代の方なので、
ある意味両監督のみてきた風景、
そして意識してきた風景と、
かなり互換性があると思われる。


なので、
今まできづかなかったこの両監督の一面が、
なんか山崎さんの話から推測できるような気がしたものだった。

特に三笠の露天艦橋のことなど、
この両監督なら「あるだろうな」という気がした。


考えてみると三笠は違うけど、
日露戦争の十年前にあった日清戦争、
その黄海海戦で北洋艦隊と連合艦隊の撃ち合った距離が、
じつは矢口とゴジラがヤシオリ作戦時に対峙した距離と、
かなり近しいものがある。

もっと違う例を言えば、
東京駅から秋葉原駅くらいといえばもっとわかりやすいかも。

めちゃくちゃ至近距離だ。

泉が矢口を止めたのもこれならわかる。
止めて当たり前だ。

行く方がどうかしてる。


矢口役の長谷川さんが、
矢口を「狂気」と形容していたけど、
それがとてもわかるこれは距離感だった。


そんなことに気づかせてくれたのも、
山崎さんのこの評だった。


とにかく「シン・ゴジラ」がらみのそれはほんとうに面白い。

強者が書いてるケースが多いからかな。


以上で〆。

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「かわいいゴジラ」について。 [ゴジラ]

何故かゴジラはその様式美や怖さという魅力だけでなく、
「かわいさ」のようなものが常に語られる。

ゴジラの原作を書いた香山滋氏をはじめ、

「ゴジラが殺されるのがかわいそう」

と多くの関係者が言っていたように、
東京を焼き払い奥の人命を奪った狂暴な怪獣なのに、
何故かとにかくその第一作からそのキャラクターは愛された。

第二作の「ゴジラの逆襲」では、
最初に比べるとずっとゴジラの恐怖感は後退し、
とにかく大きく強い怪獣という感じで描かれていた。

放射能や被爆のこともここではほとんどふれられていない。


この後ゴジラは7年間の冬眠に入る。

この間ゴジラに対するそれは随分ぶん変わっていった。


あいかわらず原爆実験や東西対立の構図は変わらなかったが、
ゴジラはいつの間にか放射能や核の恐怖の代名詞ではなくなっていった。

そしてプロレスブーム真っ只中の1962年。

「キングコング対ゴジラ」が公開された。

ここでのゴジラはほんとうに愛敬もあるし、
妙に可愛いところもある。

例えばキングコングに口の中に木を突っ込まれたシーン。
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この焦ってバタバタしてるシーンが、
なんともかわいい。

ファーストゴジラの頃とはもはや完全に変わっている。

この二年後の「ゴジラ」公開から十年経った年に公開された、
「モスラ対ゴジラ」では、
最初の二作品の各主役を演じた宝田&小泉両氏の共演、
そして久しぶりに放射能云々が取り上げられ、
ゴジラは完全ヒールとなった…はずだった。

だがこの十年間はゴジラの完全ヒール化を許さなかった。

モスラに引っ張られ卵の上でバフンとなるシーン。
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尻尾で鉄塔を引っ張ろうとしたら、
尻尾が外れてオットットになったシーン。
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名古屋城の濠で足を滑らして名古屋城に激突。
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この城が硬いんだこれが。

ゴジラがぶつかっても壊れないという堅牢さ。

まあゴジラにとってこれはかなり痛かったらしく、
けっきょく意地で名古屋城も壊しましたが、
ゴジラはその後お城が嫌いになりましたとさ。

それまでは大阪、熱海、と壊していたのですが…。


またモスラの幼虫に糸でグルグル巻きにされるときの、
イヤイヤポーズみたいなのが、
なんともかわいらしい。

かつてのゴジラには考えられないシーンが続出したせいなのか、
この作品を最後にゴジラの完全ヒール化は二十年ほど封印される。

そしてこの年の秋に公開された

「三大怪獣地球最大の決戦」

ラドンに頭を突かれたり、
尻尾をかまれたりしたときのその表情もコミカルだけど、
下のシーンにおけるゴジラの岩の上に腰を下ろしている、
その座り方。
g-10.jpg
このあたりで
もう完全にそのへんのおっさんになってしまいました。

しかもこの作品で、
とうとうゴジラは会話ができる、
分からず屋だけど仲間想いのキャラになってしまった。


もう怪獣というより、
かぎりなく恐竜の姿をした人間みたいなかんじで、
しかもちょっと犬っぽい頭のせいなのか、
頭が妙になでたくなるようなところがあり、
それがペット感覚的な可愛さを醸し出すようになっていった。

「怪獣大戦争」でのシェーはもはや当然の流れだろう。


本来恐怖の対象として出発したゴジラは、
その高度成長時代のそれもあったかもしれないけど、
「キングコング対ゴジラ」で、
ライトでコミカルなものに順応できると証明したことで、
何をやっても大丈夫だし受けるという、
そういうキャラに認知されシフトチェンジさせられてしまった。

ボブ・サップの一時の流れと、
このあたりよく似ているけど、
このときゴジラの無類の強さまで薄めてしまったことが、
のちのちゴジラにとって不遇の時代を迎えてしまうことになる。


本来ゴジラは愛され可愛がられてもいいが、
強さとしては座頭市や花山大吉のように、
徹底的に強くなければいけない存在だった。


そこのところが作品を重ねるにつれ、
ゴジラが相手に苦戦するようになりはじめ、
どんどん脆弱化していった。

ウルトラマンや仮面ライダーは苦戦しても絵になるが、
本来ゴジラはあまり絵にならない。

そうう意味ではガメラよりも大魔神に近い存在なのだ。


そのあたりが、
当時いささか誤解されていたような気がするけど、
あの時代そこまで無敵な怪獣って、
はたして需要があったかといわれるとどうだろう。


ただ1984年の復活「ゴジラ」は、
やはり強さの復権をかなり意識したものになっていた。

このあたりは時代の変化かもしれないけど、
とにかくゴジラは再度軌道修正が施された。


そして2016年の「シン・ゴジラ」は、
ファースト以降に付加された要素を、
かぎりなくそぎ落としたゴジラ像をつくりあげた。


だがファーストの頃あった、

「ゴジラを殺すのはかわいそう」

というそれもここにはなかった。


そういう意味では、
リスペクトしたうえで新構築された、
まさしく今回のは「新・ゴジラ」というとろころか。

だがそのため見る人にとってそれは
「新」ではあるが「真」ではないし、
「神」かもしれないが「真」とは思えないという、
そういう複雑な感想も抱かせることになった。


結局のところ、
ゴジラはそれだけ長い年月、
いろいろな時代の変化にあわせてキャラを変え、
多様なストーリーに順応し、
我々の前に現れ続けたため、
これだけ多種多様の価値観を、
各自がもつキャラになってしまった。


「シン・ゴジラ」で、
ゴジラのひとつの形が描かれ、
それにより多くのファンが歓喜し、
新しいファンも生まれた。


アニメは別として、
次回作はほんとうに難しい。

はたして今回不満を感じたファン層の意図を組んで、
かつて来た道をまた歩むのか。


それとも新しいファンを開拓したことで、
今までとは違う一手をうってくるのか。


「シン・ゴジラ」の評価は、
これから問われるのかもしれません。


ただ個人的には、
異常に強くてしかも可愛気のあるゴジラというのも一度みてみたい。


「シン・ゴジラ」での
あのラストの尻尾の先から、
2メートル位の強いけど大人しいゴジラが出てきて、
町中大騒ぎなんてのもみてみたいですが…

…それやると庵野さんの努力がすべて水泡に帰すからなあ。



あと余談ですが自分が子供の時のゴジラのイメージ、
それは…

気が短くて力持ち

というものでして、
まあ性格の悪い金太郎みたいなものです。


これじゃあ正義の味方のゴジラを受け付けないわけです。


以上で〆
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ゴジラの聖地、静浦へ行く。 [ゴジラ]

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ゴジラ映画史上屈指の名作であり人気作のひとつ、

「モスラ対ゴジラ」(1964)

そのロケ地となった静岡県沼津市静浦に再訪する。


じつは映画の中ではここは「静ノ浦」といわれ、
三重愛知近辺あたりという設定だったようだ。

だがこのモスラの卵が流れ着き、
最後ゴジラまでがやってくるこの「静ノ浦」は、
実際は静岡県沼津市の静浦、獅子浜でロケがされていた。


多くははロケ地イコール作品での場所なのですが、
こういうケースもあるにはあるので、
そのためちょっとこの場所はあまりクローズアップされていない、
ゴジラ聖地の中でもマイナーなものとなってしまっているようだ。


というわけで今回はこの静浦獅子浜へ。

交通は沼津駅の南口バス乗り場7番から出ている、
多比や長岡方面に行くバスに乗り、
途中の志下公会堂前で降りる。

場所がよくわからないので、
獅子浜より手前から歩く。

途中の八幡宮ではお祭り。
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その後海沿いに南下した後、
海沿いの道へ向かう。

途中にあった津島神社にお参り。
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津島(ヨハネ)善子ファンならお参りすべき神社かも。

しかしゴジラの聖地に津島神社。

まさにこういう図か?
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この津島神社から下りようとしたとき、
ふと左の山をみて、
思わず飛び上がってしまった。

すぐに下に降りて、
もう少しこの山がよく見える所を探そうと、
よりいい場所を海沿いの道中心に探す。

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この近くにいい場所がありました。

そして一枚。
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これが映画ではこのシーンに。
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まさにゴジラ山。

ここから覗いてきたか!
というくらいの場所だった。

とにかくなかなか絵になる場所だし、

「でてこないかなあ…」

とバカなことを思わずおもってしまうくらい、
いい雰囲気の場所だった。

因みに津島神社からみえたゴジラ山はこういうかんじ。
ゴジラ山.jpg
電線がちと邪魔だったんですね。

じつはゴジラが山から顔を出すシーンというのは意外と少ない。

第一作ゴジラの大戸島のシーン(ロケ地は石鏡)や、
「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」の、
箱根あたりが比較的有名なくらいで、
お城や電車、それに高圧線を含む電線よりは、
かなり頻度は少ないといっていいと思う。

※あと「メカゴジラ」の時もあった。

それだけにとても貴重なのです。


その後ゴジラはこの山の向こう側からやってきます。
a-10.jpg
s-017.jpg

逃げる人々、
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s-015.jpg

そして現在、
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かなり雰囲気が違うし、
しかも同じ場所で撮ることもほとんどかなわない。

というのも当時は獅子浜は海岸線が砂浜だったのが、
a-05.jpg

上のような防波堤が築かれ、
その外もこのように様変わりしている。
a-06.jpg

ただそれでも淡島もみえるし、
映画冒頭のこのシーンも、
s-01.jpg

現在でも山はこのとおり。
a-08.jpg

このあたりの山を含めて、
沼津アルプスというらしい。

するとこの山は小鷲頭山と鷲頭山なのだろうか。

このあたりは勉強不足でよくわかってません。


閑話休題

海岸沿いの道の海側も、
かつてここが砂浜だったことを想起させるものがあるし、
この道もおそらくあのゴジラから逃げるシーンの、
あの道だったのだろう。


あと家の間の細い道を、
町民が海に向かうシーンがあるが、
家はもちろんかわってしまっているけど、
道は今でもそれをとどめている。
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ところで自分がなぜ静浦がゴジラの聖地と気づいたかというと、
以前沼津から内浦まで歩いた時にみえた淡島の姿が、
じつは自分にはとても印象として強く残った。

その後「モスラ対ゴジラ」をみてたら、
「あれ?」となった。

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「この右のそれ、淡島だよね。」

というこれがきっかけだった。

そして決め手がこれ。

s-021.jpg
右端の船の浮き輪にしっかり「沼津」の文字が…。

おいおいここ名古屋近辺じゃないの?

というかんじなのだが、
かつてこの頃のTVの時代劇で、
侍の足元近くにプラスチック製の柵が映ってたという、
そういうなかなかのシーンもあったので、
これも気づかないまま完成になったのだろう。

大らかな時代です。


ほんとはこれ以外に、
淡島で撮られたというこのシーン。
s-019.jpg

これがどこかもハッキリさせたかったのですが、
ちょっとこれは難航しそうです。

というわけで以上です。


しかし静浦で「モスラの卵」とか「ゴジラ焼き」とか、
そういうものつくってくれないかなあ。




因みに場所としては、
「獅子浜北」の停留所から「獅子浜」の間くらいの、
堤防前の海沿いの道と、
そこから見える山々といったところです。
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ゴジラが来るぞ 映画見ながら「その時、どうする」を読んで。 [ゴジラ]

突然現れた巨大不明生物が街やビルをぶっ壊し、政府は右往左往する。大ヒット中の映画「シン・ゴジラ」(庵野秀明総監督)はそんな作品だ。虚構のゴジラに立ち向かう人間の描き方は妙にリアルで、日本の危機対応は大丈夫か?と思わせる。ならば専門家に聞いてみた。本当にゴジラが来たら、あなたならどうする?
http://mainichi.jp/articles/20160906/dde/012/040/003000c

という記事があった。

いろいろ書いてるけど最後に、

「論争を政治家や専門家だけに任せず、権力乱用をどうチェックするか、私たちも自問してみよう。ゴジラが来たら、一市民として何ができますか−−。 」


答えはじつに簡単シンブル、

「原則、即逃げ!」

しかないでしょ。


考えるも自問もくそもない。

来ちゃったらもう逃げるしかない。

単純にかなう相手じゃないし、
そこそこの飛び道具ももってるので、
距離もある程度とらなきゃいけない。

しかも近くにいると被ばくしてしまう。


ただ地震と違って姿がみえるので位置はわかる。
また台風じゃないので高気圧や低気圧の配置で進路が変わることはない。

この怪獣、原則陸上では直進が基本なので
後ろからラドンがぶつかってこないかぎり、
一度通り過ぎるとカーブして戻ってくるということはまずない。

なので後ろをとればある程度被害からは逃げられるので、
あとは通ったところに近づかないということくらいだろう。

あとは山根博士のいうように、
光を当てると怒るのでそれもやめる。


とにかく一市民レベルなら政治もくそもない、
ゴジラがそばにいるのに、
国会の前でデモするバカがいたらこちらがお目にかかりたい。

とにかく逃げる!とにかく離れる!

これ常識。これ基本。


まあいなくなるか消滅するか、
それともどこかの島にいついて定住したら、
そのときいろいろと考えるかもしれません。

以上です。
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「ゴジラ」(1954)公開時の新聞評いろいろ。 [ゴジラ]

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「シン・ゴジラ」が1954年の「ゴジラ」をリスペクトしているというけど、
じゃあそのファーストゴジラが公開された時はどうだったのだろう。

以前書いたこの項目を、
中盤以降大幅に追加加筆し改訂してupしなおしました。


この作品が公開されたのは1954年の11月3日の文化の日。

このころの日本…というか世界は、
正直一寸先は闇というかんじだった。

それは一にも二にも核兵器の存在だ。

アメリカやソ連、
それにイギリスが、
特に1950年代に入ってから毎年のように核実験を、
しかも地上でやっていたのだから、
大気圏内の放射能濃度は今の比ではなかった。

じっさいこの年の11月の新聞をみると、
金沢では連日高濃度の放射能に汚染された雨が降り、
四国高知では新米からやはり放射能が検出されている。

第五福竜丸が被ばくしたのはこの年の3月、
そしてその影響による死者が出たのは9月だった。
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※福竜丸を巻き込んだキャッスル計画の実験名「ブラボー」。

前年朝鮮戦争が休止したものの、
同年3月にスターリンが死んだソ連の方向性は、
54年になってもはっきりとみえてはいなかった。


このように時代は核の恐怖に覆われ、
そして深刻な影響が出始めていた、
「ゴジラ」の公開された同月には、
東京で放射能に関する日米会議が開かれた。


映画もアメリカでは、
1953年には「ゴジラ」の元にされたという、
核実験で蘇った恐竜がアメリカを襲う、
「原子怪獣現る」、
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翌年には核実験で巨大になった蟻が人間を襲う
「放射能X」
3_them-three-sheet-1954.jpg
が完成上映された。
核のそれはそこまで身近になっていた。

そんな中、
水爆大怪獣と呼称された「ゴジラ」は公開された。


「銀座大通りに暴れ狂うゴジラ」
「日本を猛襲する水爆大怪獣」
「大東京ビル街全滅!」
「怪獣ゴジラの猛威」
「全国東宝系一斉歴史的大公開」


といううたい文句や、
山本嘉次郎、マキノ雅弘、高木彬光、
といった人たちの誉め言葉が散りばめられた告知が、
公開直前に新聞に掲載されていた。


そしてよく知られている通り、
それは歴史的大ヒットとなり、
半年も経たないうちに続編が公開されることとなるのですが、
新聞雑誌の評は総じて芳しくなかった。

以下、当時の主要新聞六社に掲載された評をみてみよう。

どれがどの新聞によるものなのかは、ここでは先入観が出ないようあえて伏せます。



◎企画だけの面白さ

水爆実験によって海底にひそんでいたゴジラという怪獣が、東京を攻撃して来たという空想映画。

アメリカでは「放射能X」などが作られたが、日本のは科学映画的なものに乏しい。かといって、空想的な面白さもない。

とくにゴジラという怪獣が余り活躍せず「性格」といったものがないのがおもしろさを弱めた。「キングコング」の時代と比べてもなんとかなりそうなものであったし、「放射能X」のアリのような強烈さに及ぶべくもない。

ただ企画だけの面白さはあり、一般受けはするだろう。宝田昭と河内桃子の二人の青年と娘の恋愛が、なにか本筋から浮いているが、これは構成上の失敗だった。


◎「みもの」は特殊撮影だけ

一昔前の「キング・コング」なみの怪獣映画で、一応「放射能X」同様に話の裏づけを科学的にもってゆくため水爆実験がからむ。

南太平洋の海底深く今なお生息していると伝えられる二百年前の怪獣が、水爆実験でその住まいを破壊されて登場、東京の中心地を襲うという話である。ネライは怪獣の大あばれで身のたけ五十メートルという巨大なゴジラが、恐るべき怪力と、身につけた放射能のエネルギーで、銀座を焼きはらい、議事堂をこわし、テレビ塔をひとたたきで倒すシーンが見せ場である。

特殊撮影の技術は合格点。アメリカ映画の技術とさしておとらぬ出来である。戦後日本の特殊撮影の技術がここまで復活、発達したかくれた努力はたたえたい。

欠点の第一はゴジラに性格がないことである。キング・コングには何かその動きに愛敬があり、一方またどれだけ大あばれしようとも、キング・コングそのものの悲劇がにじみでていた。悪意のある大あばれでもなく、何も知らずに環境のちがう世界でとまどっている結果の破壊として、むしろ同情さえもてた。しかしゴジラはぜんぜん無愛敬。ゴジラ自身に水爆実験のため平和な住まいを追われた悲劇味が何一つ出ていない。

映画はゴジラ対策の人間側でいろいろと芝居をもりこむが、この処理がまったく拙い。荒唐無けいなものにせず、科学的な面をみせようという手段も実に不手際。特殊撮影だけがミソの珍品である。


◎ちょっとスゴイ!? 放射能の「怪獣ゴジラ」

六千万年から二億年ぐらい以前に地上を横行していたと考えられている恐竜の一種を模した怪物である。海底にひそんでいたのが水爆実験の騒ぎでノソノソと地上に現れて暴れ回るという着想は、これと前後して公開されたアメリカ映画「原子怪獣現れる」とあまりチエのちがいはない。香山滋の原作はむしろ「ゴジラ」というふしぎな名前そのものの魅力を最大とする。

特殊撮影の円谷英二。多くのすぐれた実績をもつ人だが、この映画でも十分に実力をうかがわせる。身の丈五十尺という怪物が口から強烈な放射能の白光をはき出して東京の目ぬきの街を焼き払い、ビルディングを軽く押し倒し、国電を食いちぎったりしながら再び海中に去る。このあたり見せ物のヤマとなっているが、あらゆる怪物映画と同じで、ゴジラが最初にどこかの漁村に上陸する部分がいちばんの興味。あらしのシカケもよくできていてちょっとスゴイ。

志村喬の学者以下人間のお話がついているが、こっちはあまりうまくない。最後にナントカという新発明の一物をもって若い学者が海底に潜って行き、ゴジラが一休みしているところへぶっつけるところなんか、やたら決死隊みたいでかえってナンセンスである。人物はどれもセンチメンタルでミミッちく人臭くてゴジラ氏の感じとちぐはぐだ。何となく科学的で何となく学者らしいという程度でいいわけだが、その程度の人間を出すのにも日ごろの教養ということになりそうだ。その点外国製はやはりもっともらしい。


◎トリック撮影の面白味

興味の中心は怪獣ゴジラが都内を暴れ回るというトリック撮影だが、一応作りものながらうまく出来ている。水爆の恐怖ということをゴジラの話を通して描いているわけだが、少々理屈っぽいところが嫌味。

[※この評は前半が映画のあらすじのみの記述。終盤は出演者と監督の名前を記しているだけなので、その部分は割愛しました。]


◎怪獣スペクタクル和製版

古くは「ロスト・ワールド」「キング・コング」さいきんでは「放射能X」「原子怪獣現わる」などアメリカ映画の一手専売だった怪獣スペクタクル映画の和製版日本ではじめての試みというのがミソである。ただし怪獣の形や動作、それに筋書きも、アメリカ映画の模倣を出ず、珍奇な見世物映画にとってもっとも大切な奇抜な空想力や奔放な創造力の働きが乏しいのは弱みで、今後大いに工夫してもらいたいところ。

海底から出現したこの原始怪獣ゴジラはまず船舶を沈め、漁村をひともみにして、東京まで焦土と化すすさまじい暴れ方をお目にかけようというのが、最大のねらいでもあるが、もともと荒とう無けいなものだけに緊迫感よりも、滑稽な感じがさきに立つ。スリルよりもご愛敬といったところである。

特殊撮影技術はまだまだ不備なところが多いが、第一回の試みとしての努力は認めてもいい。けれど、かんじんの水底でのゴジラ退治のクライマックスがアッ気ないのは失敗である。着想を具体化する撮影技術が伴わなかったのだろう。

ゴジラ征服の研究が破壊兵器に利用されることを恐れる科学者の悩みやゴジラ退治を反対する生物学者を配合する傍筋は、いかにも当世流のとってつけたようなものである。従って見世物的興味以外は期待できない。


◎突飛すぎる空想

題名がユーモラスで話題となった空想科学映画。監督は本多猪四郎。特殊技術が円谷英二。同じく水爆異変を扱ったアメリカ映画が公開された後なので、技術も比較され損をしている。それにゴジラの吐く放射能や背びれの電光などは説明不十分で突飛すぎる。やはり見せ物映画でも常識的な科学の裏付けは必要なのだ。巨大なゴジラが東京に上陸して議事堂や銀座界わいのビルをたたきこわし、放射能を吐いて焼き払い、自衛隊三軍もゴジラに対しては全く無力で、都心を廃きょと化してしまう。ようやく水中酸素破壊剤で窒息死させるのだが、その発明者(平田明彦)はみずから命を断って武器に使用されるのを防ぐ。この辺が原爆の洗礼を受けた日本の映画らしい。それにゴジラを殺すことに反対する生物学者(志村喬)やその娘(河内桃子)とサルベージ所長(宝田明)の恋が織り込まれている。


以上主要六社のそれですが、
さらに主要スポーツ新聞三社のそれも以下に付け加えます。


◎秀れた特殊技術

日本で初の本格的空想映画であるというところに興味が集められたが、マアマアの成績で期待は今後にといったところ。水爆実験で二百万年の夢をさまされた怪獣ゴジラが日本に上陸しての大暴れがこの作品のみせ場。これに付けたりのように考古学者(志村喬)の娘(河内桃子)とサルベージ会社社員の恋愛が色どりとなっている。

この種の米国作品にくらべて余りソン色のない出来栄えを示した特殊撮影(円谷英二)の効果は、とかく遅れがちのわが映画界のために誉めて良い。話は余り面白くないのが当然だが、多分に説教臭が強いのは良くない。むしろ徹底的にゴジラに話を集中させた方が良かった。ただ水爆うんぬんのセリフが妙に耳ざわりだが、それならやはり水爆の被害?のゴジラにもっと性格を加味したら変わった面白味が生まれただろう。


◎”着想”と”努力”を買う 意表に出る凄みが欲しい

(前半はあらすじのみの記述なので割愛)

原作は香山滋、脚本は村田武雄と本多猪四郎。この映画の狙いは戦争反対、原、水爆の使用反対をうたったもので、それゆえに、こんな目先を変えた奇想天外の映画を作ったと想像される。

その着想は幾分買えるが、これまで洋画でいやというほど空想科学映画をみせつけられてきた我々としては、少しも驚かないし、感心するトリックのなにもにない。たしかに東宝技術陣の努力や苦労は買えるが、それとても外国映画に比べると未だしの感がある。どうせ思いきったゲテモノ映画を作るなら、もっともっと我々の意表にでるようなものを作って欲しかった。少しもすごみがなく、みていてバカバカしさが先に立つのはなんといっても失敗である。


◎劣っていない特殊技術

◇空想科学映画というのがアメリカでは大分盛んなようだが、これを一つやってみようというので企画されたのがこれ。原爆や水爆の実験と結びついているところも御同様だ。原作は探偵作家の香山滋、監督は本多猪四郎で、本多監督と村田武雄が脚本を書いている。特殊技術は円谷英二ほか三名。

(ここから中盤はあらすじのみの記述なので割愛)

◇…この間に博士の娘と若い技師の恋が描かれ、話がゴジラから外れてしまったりするが、日本映画の特殊技術がアメリカのそれに対して、余り劣っていないことを実証するだけの効果はあった。しかし本当は理屈ぬきの見せもの映画にした方がもっと効果的だったろう。最後の博士のいう「ゴジラがあの一匹だけで死にたえたとは思えない」というセリフで辛くも水爆実験反対の意図を表明しているが、これはどうも苦しい。あくまで空想の面白さを主体にすべきだろう。

◇志村喬の博士は悠々とやっており、新人宝田明が新▲で男性的な若さを生かされている。平田明彦の芹沢は少々怪奇味が邪魔。
(上の▲の部分は字が一文字欠損していて読めませんでした。)




以上です。

主要六社内訳は、
朝日、産経、東京、日本経済、毎日、読売。

スポーツ三社は、
スポーツニッポン、日刊スポーツ、報知新聞。


掲載は一般主要紙が公開当日11月3日の夕刊から5日まで。
(一社のみ11月7日)
スポーツ紙は11月5日から7日と、
一般紙より若干遅く書かれています。


それにしても、
どこも驚くほど壮大なネタバレ大会だ。

これから映画を見ようという人には、
はたしてこれはどうなのよという感じなのだが、
当時はこういうことに大雑把だったのだろう。


だがそれ以上に壮大なのはその映画評の内容。

正直かなりの酷評、
ハッキリ言えば特撮以外は駄作という感じのどれも表現だ。

まさにコテンパンだ。

もちろん評価していた著名人もいたけど、
映画館からかつてみたことが無いほどの大行列ができた映画も、
当時の新聞評はこうだったのだ。

今ある不朽の名作という評価など、
どこにもその欠片すら見当たらない。


そしてこのあたりは東宝も多少気にしたのか、
翌年の「ゴジラの逆襲」は、
一部これらの意見を参考にしたような部分もあるのが面白い。

このあたりのことを念頭に入れて「ゴジラの逆襲」をみると、
またちょっと違ってこの作品をみれるかも。


尚、ここに出てくる「放射能X」は6月に全米公開、
日本では8月10日という、
長崎の原爆の日の翌日に公開された。

「ゴジラ」がクランクインして十日ほど後のこと。

この映画じつはけっこう「ゴジラ」との共通点があるが、
この作品を本多監督やスタッフが意識したかどうかはわからない。

ただ正直言うと
「原子怪獣」はもちろんだけど、
この「放射能X」が「ゴジラ」に与えた影響も、
少なからずあったのではないかという気がする。


もし興味のある方は、
「原子怪獣」「放射能X」「ゴジラ」と、
続けてみることをお勧めしたい。


けっこういろいろと発見があるかもしれませんし、
「シン・ゴジラ」もまた違って見えるかもしれません。


それ以外にも東京大空襲から十年も経たないうちに東京をまた火の海にしたり、
(「また疎開か」という映画内の台詞がそれを物語っています)
この年の7月に創設されたばかりの自衛隊の攻撃もすべてブロックするなど、
当時の日本を描きながらも
いろいろと怖いもの知らずというところもある映画だったとも思います。



しかしこれを見たアメリカの映画関係者はおそらく

「やられた!」

と当時思ったことだろう。

たしかに恐竜の類は今までもあったけど、
あそこまで大きく、
あそこまで強くて無敵で、
しかも口から放射能を吐いて火の海にしてしまうというとてつもない破壊力。

ドラキュラや狼男はもちろん、
キングコングでさえここまでの規格外ではない。


だがその後の愛敬あるキュートなゴジラには、
さらにまいってしまったことだろう。

http://rocketnews24.com/2012/01/27/176365/


ただそのため、
ゴジラの本来の怖さとカッコよさが
次第に失われて行ったのも確かだったし、
あまり強くないゴジラというイメージができあがったのも、
また事実だった。

ゴジラは所詮ウルトラマンでもなければ仮面ライダーでもないのだ。

最大の売りが弱まっては、
その人気が低迷していくのも当然のことだった。


このため何度かその原点回帰、
強くて怖くてカッコいいゴジラを試みたものの、
その多くはいまいち戻りきれないものが感じられた。


庵野監督の今回のゴジラは、
この原点回帰を最大の目標にし、
さらにはゴジラの当初の存在意義を洗い出すという、
そこの部分にも力をとにかく注いでいた。


ただ面白いのは、
今回の庵野監督のそれが、
上記した1954年当時の「ゴジラ」に対する酷評に対して、

「じゃあこれならどうなんだ」

と言わんばかりのものになっているということだ。

人間ドラマを削ぎ落し、
科学の部分を強く補強し、
特撮的な見どころを押し上げるというこのやり方。

なんともじつに面白いという気がするし、
ひょっとして庵野監督自身も、
このファーストゴジラに対し、
当時のこれらの新聞評と近しい感覚をもっていた。

もっと砕いて言えば、
ファーストゴジラは名作とは思っているけど、
じつはかなり不満をもっていたのではないかと、
「シン・ゴジラ」を見て、
そしてこれらの半世紀前の評と照らし合わせると、
そういうものがみえてくるような気がしてしかたがない。


じっさい上記の九つの映画評を読んでから
「シン・ゴジラ」をみると、
ひょっとして「シン・ゴジラ」は、
ファーストゴジラをリスペクトしながらも、
大胆にその作品そのものにも異議を唱えるという、
ゴジラファンにとってタブー視されていることを、
正面きってやってしまった作品なのかもと思えてしまうところがある。


はたして、みなさまはどう感じられるだろうか。




最後に、余談ですが、
翌年四月に公開された「ゴジラの逆襲」のキャッチコピーのひとつが、

「喰うか喰われるか」

いやあ…確かにそうかもしれないけれど…、
はたしてこれはどうだろうか。

食い倒れの大阪にでもひっかけたのだろうか。

謎。
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樋口監督の語った庵野監督の話を読んで。 [ゴジラ]

「またまた爺様のゴジラか」と言われそうだけど、
ちょっと面白い記事と遭遇したのでその感想をひとつ。


今回の「シン・ゴジラ」には、
自分のお気に入りの
「高圧電線による撃退」
というシーンがなかった。

リアル志向の庵野監督がはじいたということは、
実際には実現性が乏しいのだろうかということを、
記事で検索しようとした矢先にいきなり以下のタイトルの記事がでてきた。

【シン・ゴジラ】樋口真嗣監督がエヴァンゲリオンの盟友・庵野秀明総監督を語る
「破壊しながら前に進む。彼こそがゴジラだった…」
http://www.sankei.com/premium/news/160821/prm1608210020-n1.html

というもの。

これがなかなか興味深いものだった。


それを読むと「ゴジラの逆襲」ではないが

「あらゆる想像の中で最も悪い場合」

が、どうもそこで起きていたようだ。



ただそれにもかかわらず、
樋口監督の語る庵野監督は、
破壊者や独裁者というより、
ユニークという印象を受けた。


音楽の世界ではこういうタイプの人はよくいる。

マーラー、トスカニーニ、
クナッパーツブッシュ、クレンペラー、ムラヴィンスキー等々、
みな庵野監督のもつ要素をふんだんにもった人たちだ。

特に最初の二人は庵野監督とよく似た感じを受ける。


とにかく徹底的に自分のやり方で自己を妥協無く押し通す。

伝統は重んじるが慣習にはとらわれない。

ドミネーターである。


といったとこだろうか。

またこういう人はひじょうに複雑な性格を持ち、
尊大な割には人の言うことを気にするとか、
パラノイアとまではいかないけど、
とにかくかなり難しい性格の持ち主といえるだろう。

庵野監督にもこういう部分が見え隠れしていて、
そういう点ではマーラーに近しいものがある。

また記憶力の良さと正確さというものでは、
トスカニーニを想起させるものがある。


マーラーとトスカニーニは、
ともにウィーンとスカラというオペラハウスで、
ひとつの最盛期をつくりあげている、

ともに大人数の人たちを率い、
オペラという総合芸術を作り上げているが、
その手法がかなり激しく苛烈だったことと、
上記した性格的なものが加わり、
常に大多数の人たちと衝突していたという。


またマーラーは録音が無いのでわからないが、
トスカニーニの指揮するオペラは、
歌手の自由を許さない、
無駄な誇張や過剰な表現を削ぎ落し、
楽譜のみから真実のドラマを追求するという、
妥協無きスタイルによるのもので、
曲によってはオペラというより、
オラトリオや劇的交響曲というかんじの要素の強い、
厳しいスタイルに貫かれたものが多かった。


このあたりは宮崎駿監督にも通じるものがあるけど、
庵野監督のそれも、
トスカニーニのそれをひどく想起させるものがある。


また樋口監督の言う、
現場との衝突や敵に回すというそれは、
詳細は語られてはいないが、
いわゆる映画業界の常識や慣習といったものを、
かなり無視し価値も意味も無いものと切り捨て、
自らのやり方を推し進めていたためなのではという気がする。


「ゴジラ」、特にファーストゴジラのもつ伝統みたいなものは、
ちゃんとリスペクトしてはいるものの、
それ以外の慣習的なものはバッサリ切り捨ててる作風が、
そのまま現場でのやり方にもでているとしたら、
それはスタッフとの軋轢は半端なものではないだろう。


マーラーがウィーンを去るとき、
そのコメントが貼られていた紙が、
あっという間に誰かに破り捨てられたというそれと、
かなり似た状況になっていたのではないだろうか。


だがマーラーはウィーンで、
トスカニーニはスカラやニューヨークで、
聴衆から圧倒的な支持と賛辞を受けた。


樋口監督の

「撮影中、「やっぱり庵野はすげえな」と思うこともあれば、「ああはなりたくないな」と思うこともあった。」

というのは、
まさにこのあたりを指しているのではないだろうか。


またテイク云々というのも、
よくジャズのプレイヤーにはよくあることで、
そういう意味では、
庵野監督の「演奏家感覚」のようなものが、
このあたり垣間見られるような気がしたものだった。


あと樋口監督の実務的な上手さというものも、
なんとなくこのインタビューで感じられた。

実直な仕事ぶりというか、
現場を知った誠実さとでもいうのだろうか。


庵野監督とこれだけ長く続いてるのも、
そういう部分に信頼を置かれているからだろう。


ただ個人的には、
樋口監督が「シン・ゴシラ」のある撮影中、
かなりの大人数のエキストラがいる現場にもかかわらず、
遠くにいた一人のエキストラのもつ、
リュックのその置き場所まで細かく指示していたのをみて、
「この人も妥協無いなあ」という気がしたもので、
そういう意味では樋口監督がいなければ、
この作品は絶対できなかったんだろうなあということも、
あらためて強く感じられたものでした。

ただその後、
そのとおりにキチッとやったエキストラに、
笑顔でOKサインを送っていたそれをみて、
このあたりのフォローもしっかりしてるなあと、
あたりまえのことかもしれないけど、
これまた感心してしまったものでした。


今回の「シン・ゴジラ」

確かに作品を設計指揮したのは天才庵野かもしれないけど、
その意図を増幅し全体をリードし演奏させたのは「匠」樋口。


そういえばマーラーがいた時代のウィーンのオーケストラには、
ロゼーという不世出の大コンサートマスターが存在していた。


庵野監督と樋口監督は、
そういう関係だったのではないだろうか。


尚、上であげたマーラーとトスカニーニは、
指揮者としては対照的で仲も良くはなかったとか。

その二人との共通項を個性としてあわせ持つ庵野監督。

最初にも言いましたが、
本当にユニークという感じです。
※現場はその一言では片づけられなかったとは思いますが…。

あまりにも適当に書いたのでこのまま〆。


しかし樋口監督にとって今回の現場、
「シン・ゴジラ」の映画同様、
それこそ、

「どう考えても、ただ事じゃねえぞ。」

だったのかも。

お疲れ様でした。

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8月11日は… [ゴジラ]

「山の日」ということですが、
ゴジラフリークにとってこの日は、

「キングコング対ゴジラ」

が1962年に封切りされた記念すべき日なのです。

ですがまあ第一回ということなので。

KG112.jpg

因みに山の日のロゴは
http://sozaiya3.net/%EF%BC%98%E6%9C%88%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88/post-1230/
からお借りしました。
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