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蛇松緑道(沼津港線跡)を行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

沼津にかつてあった貨物専用線

「沼津港線」

その廃線跡の多くが現在、

「蛇松緑道」

という遊歩道となっている。

今回はそこを歩いてみた。


沼津港線はかつて蛇松線といわれ、
東海道本線を敷設するためにつくられた貨物線で
静岡県内最古の鉄道としても知られているとのこと。

その後沼津港への物資運搬等の貨物線、
清水港線として運用されるが、
1974年8月末に廃線になったという。


というわけで、
清水港線に継ぐ静岡の廃線だけど、
こちらもまた清水港線同様、
たいへん跡地がきれいに整備されている。

静岡県は鉄道の廃線の使い方がうまいが、
じつは横浜でも似たようなものが、
桜木町の近くから赤煉瓦倉庫方面に向かって、
さらには横浜港にも遊歩道やその他諸々として残されています。

これもそろそろまとめてみたいと思います。

というわけですが今回はとにかく沼津港線を利用した蛇松緑道へ。


沼津駅南口を出ですぐ右折し清水方向へ歩く、
かつてはこのもう少しJRよりを清水港線も走っており、
その後沼津通運本社倉庫の中を通るようにして、
162号の白銀町交差点付近まできていたようだ。

そして現在その後は蛇松緑道として遊歩道となっている。

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ここがその交差点付近の出発点。

途中「蛇松白銀歩道橋」を渡る。
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渡るとこういうものが設置されている。
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途中何か所か車道を横断することになる。
かつてはこれらの関係で接触事故が多かったという。
なんとなく分かる。
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しばらく歩くと桜並木がみえてくる。
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桜の季節はさぞ壮観だろう。ぜひまたこの時期に来てみたい。

このあたりから後方に富士山が見える。
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電線や樹木の関係で写真撮影にはあまり適していないが、
ふつうに観る分には最高の富士が堪能できる。

行きはともかく、
沼津駅への帰路は天気が良ければ富士山を見ながら帰れる。

歩いて30分程で少し大きめ公園の公園に出る。

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この木の向こうに公園が広がっている。

ここで沼津港線は二又に分かれる。
蛇松緑道は狩野川の港大橋方面に向かう。

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この写真でいうと直進する感じ。

その緑道を暫く歩くと終点に着く。
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そこには鉄道関係の物がいろいろと展示してある。
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そこから土手にあがると港大橋がみえる。
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その大橋上から富士が真正面に見える。壮観です。
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さてここで一度先ほどの公園まで戻ります。
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今度はこのやや右に向かって伸びている道へ行きます。

こちらはのちに作られた新線の跡地です。

こちらはなんと
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このように線路がしっかりと残されています。
一部には枕木もありました。

このあと線路は一路沼津港へ。
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つきあたりにはバス停があります。
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そしてこのあと線路はみかけませんでしたが、
廃線跡は一路、沼津みなと新鮮館の前へ。

そして終点の沼津港駅は今、沼津魚市場になっています。
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と、こんな感じです。

前線踏破し往復しても二時間半もあれば大丈夫かと。

清水港線が片道二時間近くかかったことを思うと、
その半分くらいというかんじでしょうか。

もし沼津駅から沼津港方面へ行かれる方は、
特に桜の季節など好天時には、
この蛇松緑道を通られて行くのも一興かと。

途中からは線路が港前の交差点近くまでエスコートしてくれます。

とにかくここはなかなかでした。

こうしてみると沼津から内浦まではいろいろとあります。

沼津駅から蛇松緑道、
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緑道途中の公園脇にある塞神社。ちょっとわかりにくいかも。
十月半ばにお祭りが行われます。
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そして沼津港、
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狩野川と港大橋、
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富士山、
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御用邸。
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この日はひな人形が御用邸では飾られていました。

獅子浜北付近のゴジラ山と津島神社
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江浦湾や口野放水路
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金櫻神社とそこからの眺望。
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淡島マリンパーク
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そして内浦のいろいろな見処と、
けっこういろいろと面白いものが点在しています。


もうしばらくはこのあたり定期的にうろうろしそうです。

以上で〆

「ラブライブ!サンシャイン!!」の聖地で困ったことが起き始めている。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

といっても一部ラブライバーが暴れているというわけではない。

じつは現地の「聖地」と呼ばれているところで、
そこを訪れる時点で困ったことが起きているということ。

自分は学校のような公共機関は、
さすがにかなりの部分で自粛されて然るべきだと思ってるし、
じっさい通っている生徒や先生からしてみると、
正直あまり「ありがたいこと」とは思っていないことは確かだろう。

(もちろん無断侵入などもっての他。逮捕されても文句はいえない。池田小の事件以来このあたり神経を尖らせている状況の所がじつは少なくないのが現状。)


ありがたいのは観光等を生業にしているところであって、
そうでないところは、
特に一般家庭は困惑している部分も多いのではないだろうか。


だが今問題なのはそこの部分ではなく、
そこがそういうふうにみえてない、
もしくは理解されてないことによる問題だ。

例えば「大川家」はここはふつうに人が住んでいる所なので、
ほんとうは中に入って撮影できる代物ではない。

こういうものは意外と全国各地にある。
重要文化財でも一般住居という例だ。

また「来迎寺」は本来あそこの境内は私有地なので、
これもまたお参り以外の立ち入りは原則✕。

確かに来迎寺の浄土宗は厳しさよりも、
民衆の中に溶け込んだより穏やかな宗派ではあるが、
それでも最低限のマナー等は必要。

自分もこのあたり少々誤解しており、
鎌倉のお寺のように気軽に入れる感覚でやってしまい、
あとで反省しきりとなってしまった。

じっさい昨年この件で問題が起きたらしく、
来迎寺さんも困惑されているようだ。


だがこれは訪ねたファンだけがダメというものでもない。

そもそもこういう所、
つまり各所のファンに対する受け入れ姿勢というものが、
観光協会等を仲立ちして、
ファンにちゃんと事前に伝えられているのかという事だ。

これが徹底されていないと、
今後もこういうことが後を絶たないし、
むしろより深刻な問題を、
無意識に呼び込んでしまう危険性もある。


大洗のように観光を生業とし、
砲弾を撃ち込まれたところが旅館やホテルで、
ロケ地も一般家屋の集中している地域が、
意図的といっていいくらいできるだけ外されているのは、
そういう部分への制作側の配慮と、
ファンへの受け入れへのそれができている、
聖地と観光協会の足並みが揃っているからだろう。

だけど大洗も最初からうまくいったわけではない、
このあたりのノウハウを大洗あたりにまだ聞いてないのであれぱ、
早急に聞きにいき行動をおこすべきだろう。


受け身ばかりでの受け入れは正直危険なのだ。


もっともこれは大洗をまねろということではない。

参考になる部分をどんどん取り入れろということであって、
真似をすることに力を注いでしまうと、
今度はこの三の浦全体の魅力の低下と、
個性の希薄化が置き、
聖地としてのそれまでもが褪せてしまう。

そこのとこは考え違いを絶対しないでほしいところ。


ただそういうことよりも、
観光協会かそれに準ずる公的機関が、
聖地の中を現地に確認した上で、

◎、原則撮影可立ち入りOK。
▲、条件付き撮影OK立ち入り不可。
✕、敷地外からの撮影のみOK立ち入り不可。

みたいに地図で明記しネットや紙面でファンに周知徹底してもらうことが、
とにかく早急にするべきことではないだろうか。

たしかにこれに近いものもみたような気がするが、
もう少し踏み込んで明記すべきなのかもしれない。


どうもアニメ聖地になると、
予想しがたいことばかりでたいへんかもしれないが、
いくつも聖地をみてきた人間からみてると、
起きてることはほぼ同じ。

そして問題となってることもほぼ同じだ。

「聖地巡礼」ブームでいろいろとした機関が立ち上がってるが、
こういうことへの統一見解や対策対応のマニュアル、
さらには相談窓口というのも、
これから制作や開設していくべきではないだろうか。

そうでもしないと困るのは現地とファンであって、
それは最悪不幸な結果を呼び起こしかねないものがあり、
聖地ブームそのものがそのため萎んでいくかもしれない。


煽り焚きつけるのも結構だが、
訪ねる側も受け入れる側も笑顔で気持ちよく、
そして長く顧みられる関係になるためには、
もう少しこのあたりをしっかりとすべきではないだろうか。

正直ちょっとお粗末な部分がときおり見え隠れしている。

沼津内浦のようにかなり頑張っていてもこれなのだから、
このあたりとにかくしっかりと、
経験者や専門家も含めて、
幅広い意見を取り入れながらマニュアル化してほしい。


最後はラブライブから離れてしまったけど、
大事なことなので言いたい砲台してしまいました。


「聖地」はテーマパークでもコミケ会場でもないので、
郷に入らば郷に従えということで、
それらをこちらが遵守すればいいことなのですが、
どう従うのかが分からなければもうどうしようもないので、
とにかくこのあたりをしっかりとやってほしいところです。

大事な事なので最後もう一度繰り返すように強調しました。


(追伸1)

あとラッピングバスの前で写真撮るなよなあ。
それ一部鉄道マニアの線路内立ち入りと同じくらいダメですから。


(追伸2)※これは別の所に書いたものと-ほぼ同文です。

それとこれはそれ以前の問題だけど、
自分たちはあくまでも、

「その場所を借りて楽しませてもらっている」

のであって、

「来てやってるんだ!」

という感謝の気持ちがごっそり欠落してるようなのは絶対ダメです。

せめて食事をする時「いただきます」というのと同じくらいの、
そういう最低限の感謝の気持ちは常に心掛けたいものです。


あいかわらず偉そうなことばかり言ってすみませんでした。


ただなあ、
これ書いて今のクラシックのコンサートでの、
ときおりみかける惨状をみると、
まだ「聖地」へのビジターの方がまともなんだよなあ。


どんだけ荒んでんだか、クラシックは。


(追伸3)

ここでも問題が起きてるのかあ…。
https://twitter.com/katabuchi_sunao/status/818431028855336961


以上で〆です。

ビゴーの「三津 寺の境内から望む淡島」の現地に行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

というわけでこの日内浦に行く。

ただそれだけでは能が無いので、
その前に静岡県立美術館に行く予定を立てる。

だが朝その予定が変わった。

横浜からあまりにも富士山が見事にみえた。


このため急きょ三保の松原へ行くことにする。


小田原から新幹線。車中からも見事にみえている。
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静岡から清水に戻り、
そこからバスで現地へ。

自分はここに来るのはこれで三度目。

最初は数年前の9月、夏の富士。
二度目は今年5月、だけどこの時は大雨で…。
そして三度目が今回とあいなった。

三保松原へ続く全長約500mの木道「神の道」。

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そして海岸線に出るとこれが絶景でした。
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もうこのままずっとここにいたかったがそうもいかない。

再び清水に出てそこから沼津へ、
そしてバスで三津まで行く。

残念なことにこの間に富士に雲がかかる。

三津へつくとそこから来迎寺まで歩く。

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参道。

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山門。

この山門から振り返った風景それが
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そしてビゴーの絵
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ここでじつはいろいろなことに気づく。

じつはこの絵にありそうで無いものがいくつもあった。

これは現地に行ったからわかった部分が大きい。

おそらくいろいろとこの130年間に改装されたのだろう。

またおそらく震災の影響と思われるものもあった。
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この山門の前の敷石もそのあたりがいろいろと感じられる。


この後この絵と風景をいろいろとみるが、
ひとつ不思議なことに気づいた。

じつはこの絵、
下の方に門の一部が写っているが、
左右にあるはずの柱や、
上にあるはずの屋根などがここには書かれていない。

位置的には、
山門を一跨ぎしてすぐの所らしいがこれははたして…。

みると山門の屋根が新しいので、
これはひょっとして後からつくられたのかとも思ったが、
さすがにそれを即断するのは無理。

ほんとうは来迎寺の方に聞くのがいいのですが、
この日は年末の大掃除の最中のようなので、
このような野暮用でそれを邪魔するのも申し訳ないので、
今回は断念しました。


ただ門の所で中腰にかがむと、
屋根にかからず淡島の上に大きなスペースがつくれるので、
絵が縦長ということもあり、
おそらくこの狭いスぺ―スで中腰、
もしくは何かに腰かけて絵を書いていたと思われる。


ただそれを思うと、
130年前にビゴーがいたその場所に、
自分がまた立っているということが、
なんかとても不思議な感覚を覚えたものでした。


この後あてもなくプラプラと歩く。

この日はキャンドルナイトがあった。

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その海岸の様子。

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まだ明るかったですが暗くなったらさぞ美しかったことでしょう。

このとき近くで食べた「かに汁」がおいしかったです。200円。

内浦の夕暮れ
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朝から動きづくめでさすがに疲れたので、
夜が更ける前に帰途につきました。

こうしてビゴーの絵の描かれた現地に、
またひとつ行くことができました。

それにしてもビゴーはどこで宿泊したのでしょう。

まさか来迎寺に泊まった?


このあたりはまた機をみて調べてみたいと思います。

しかし来迎寺といい医源寺といい、
かなり高いところにあります。

というより、
三の浦にある神社仏閣の多くはかなり高いところにあります。

やはり津波等に備えていた、
先人たちの考えに基づくそれなのでしょう。


三の浦で大地震に遭遇したらすぐ高いところに避難。

特に横断歩道や停留所のある付近には、
ほとんど高台へ避難する道があるように感じられました。


ビゴーの絵は、
そんなかつての人たちの知恵の一端も描きだしているのかも。


来迎寺の帰途、参道を降りる途中に
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地震が来たら来迎寺へ!


最後に来迎寺の場所です。
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尚ここは拝観料をとって公開する寺院と違い、
地域に根付いた檀家さんとのそれに根付いたお寺ですので、
境内は私有地ということもあり、
参拝以外の行為は極力慎むまれますようご協力願います。

内浦でみたダイヤさんと津波のこと。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

先日内浦に行ったとき、
明治44年創業の松濤館の前で

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ダイヤさんの看板をみた。

このときは大洗と同じでほほえましいと思っただけだけど、
今考えるとこれはかなりある意味いい使い方も兼ねていると思った。

この松濤館。

内浦地区では三つしか指定されていない津波避難ビルのひとつ。

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※グーグルマップより。

だけど遠隔地からくる、
特にアニメファンの人にはそう簡単にはわからない。

しかしこの看板が目印となると、
かなりの人がそれを認識することができる。

また偶然かもしれないが、
このときダイヤさんの見ている目線の方向には、
ホテルと駐車場の間にある、
山側へ行ける津波からの指定避難路がある。

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※グーグルマップより。

ダイヤさんの居るところにも見ている方向にも、
津波避難に関わる重要なものがあるので、
これを知ってる人には、
この付近で地震に遭遇したらすぐに行動に移せる準備ができるだろう。

地震がきたら

「ダイヤさんが目印」

というかんじで。


自分はかつてアクアのキャラを使用した、
避難路や避難ビルのマップを、
配布できるよう制作したらどうかということを思っていたけど、
こういう形でのやり方もありだなと思った次第。

goo4.jpg
実際はもっと細かく避難路ごとにキャラを小さく配し、
色はモノクロでSDキャラの方がいいとは思いますが、
あくまでもざっぱなイメージとして。


以前
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-09-01

というものを書いたのは、
自分のいる近くの、
鎌倉~江の島も同様な問題を抱えているので、
とても他人事とは思えなかったからだ。


ここは大洗とは違うけど、
アクアのそれに協力的で、
尚且つ側に津波避難路がある店舗には、
他のアクアのメンバーを配して、
津波避難路の目印にするというのはどうだろう。
(看板にこだわらず日焼けしない大き目のシールでもいいかもしれない。)


確かに恒久的なものにはならないかもしれないけど、
少なくとも「ラブライブ」がらみで、
観光客が今のように増えている時には
いざという時ひじょうに手助けになるように思われる。


地震や津波は地元の人たちだけだなく、
観光に来る人たちに対しても大きな問題。

そういう事に対して、
いろいろなものがこういう形で役にたつのは、
人にとっても作品にとっても、
とてもありがたいことではないだろうか。

バスやタクシーであれだけ注目されるのだ。

やり方ひとつで、
これは多くの人たちを助ける糧になるかもしれない。


最後に、
こういう地域において津波について語ることは、
観光客を減少させることに繋がると、
立場によってはかなり危惧されるかもしれないけど、
地元が観光客の安全に真摯に心を砕いていることを、
率直に目で見えるように行っていれば、
やり方としてはむしろ観光客の信頼からくる顧客づくりに繋がると思う。

どうだろうか。

ビゴーの「富士(沼津・江浦)」の現地に行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

この日、
横浜からも夜明けと同紙に富士がみえていた。

この日
いろいろといただいた情報をもとに、
ビゴーが書いた、

「富士(沼津・江浦)」

を書いた場所を探索することにした。


まずは候補をつぶしていくため、
口野から南下していくことにした。

まずは金櫻神社
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ここからは大久保山跡はよく見えるが富士は見えない。
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続いて白山神社。
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ここは木が多すぎることもあるが、
やはり角度が違う。
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そしてさむ様の写真を撮られた医源寺。

ここでしばらく上に上ると横へ道がのびていた。
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そしてそこを少し歩くとここにでてきた。
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さむ様のおっしゃられたように、
もう完全に決まりというかんじだった。

ここでビゴーの絵とその風景を比べてみる。
えうら.jpg
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そして上の写真にビゴーの絵の大久保山を載せてみる。
大久保11.jpg

もう決めていいと思う。

おそらくここ、
もしくはここから半径10メートル以内が、
130年前ビゴーが「富士(沼津・江浦)」を書いた場所だろう。

それにしても凄い場所だ。

おそらく当時は民家などあまりなかったため、
こういうスポットがあっさりみつけられたのかもしれない。

ただちょっとこの場所、
誰でもあっさり来れるという、
そう言いきれる場所ではない。

特にこの日は朝の冷え込みで、
薄氷がはっていたので滑りそうになりちょっと危険だった。

もし行かれる方は、
このあたり充分ご注意をお願いしたい。


あといつかはこの絵を所蔵する、
静岡県立美術館も、
ビゴーの書いた場所を確定しに、
いろいろと調査をするかもしれないので、
その時が来たら、
それで出た答えを正式決定としたいと思います。

今のところはまだ仮決定ということで。


ただなあ、

これを見てしまうと、
ある意味宇都宮美術館所蔵のビゴーの

「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」

をどうしてもたみくなるのは人情。

仮決定をさらにがっちり固めたいところです。

ただ逆に揺らぐかもしれませんが…。



このあとは内浦の富士山巡りへ。

今回ようやく内浦で
完璧に富士山を見ることができた。

あたりまえとはいえ、
やはり横浜などとは比較にならないほど大きく見える。

三津海水浴場から。
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かもめのお宿「長浜」前の展望台から。
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三の浦総合案内所から。
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もう少し長浜城寄り。
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長浜城跡より。
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とにかくどこからも富士がよく見えました。

やはり天気の良いときの内浦は素晴らしい。


帰り停留所の近くの松濤館の前に、
どこかでみかけた人が立っていた。

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ちょっと大洗ぽい感じがした。
さすがバンダイ。


という感じでした。


とにかく天気が良くて富士が見えるときの内浦江浦は最高です。

これで大洗のように、
もう少し潤沢にベンチが見晴らしのいいところにあれば、
もっと観光客が滞留してくれる時間が長くなりそうなところですが…。

このあたりはまたいろいろとあるのでしょう。


以上です。





尚、今回の場所絞り込みに情報をいただきました、
さむ様にはあらためて深謝です。

ほんとうにありがとうございました。

ビゴーの「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

風刺画でも知られるフランスの画家ビゴー。

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※ビゴー作「魚釣り遊び」

彼は日本に18年の長期にわたり滞在し、
日本各地を歩きその様子や風景をスケッチ等で残してくれている。

そんなビゴーは取材のかたわら、
箱根、熱海、修善寺等を訪れ、
その地のスケッチや絵画をたくさん残している。

その中には以前ここでも紹介した

「富士(沼津・江浦)」
えうら.jpg

があるが、じつはビゴーにはこの三の浦もので、

「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」

という油彩画があるという。


おそらく修善寺あたりから、
内浦に入った時に書いたものだろうけど、
江浦の絵も存在していることから考えて、
修善寺から日帰りしたとはとても思えない。

おそらくどこかで宿泊したのだろうが、
ビゴーがこの地に来たのは1887年の8月とのこと。
(それ以前も来ているかもしれないが)

1887年というと明治20年。

安田屋旅館ができる二年も前の話なので、
残念ながらここではないようです。
※これは事実誤認で開業は1887年だそうです。

いったいどこで宿泊したのかとても気になりますが
それよりもやはりその絵がみてみたいし、
どこで書かれたのかもぜひ探してみたい。

しかも「淡島」と明記されているということで、
先の「江浦」の絵と見比べることで、
よりあれが大久保山かどうかが明確になるというもの。


この絵は56.1×27.0㎝という大きさのもので、
栃木の宇都宮美術館がこれを所蔵しているとのことてずが、
残念なことに来年(2017)の1月6日まで休館中で、
それがしばらくはかなわない。


このあたりは来年のおたのしみということですが、
江浦だけでなく内浦からの絵があるというのは、
正直驚きました。

できればいつか二つ仲良く並べてみられるような、
そんな催しがあると嬉しいかも。

またひとつ楽しみができてしまいました。





宇都宮美術館
http://u-moa.jp/index.html



その後この絵を実物ではありませんがみることができました。

awa111.jpg

さむ様のおっしゃられたように来迎寺からのものでした。

じっさいにはこの写真よりもう少しはっきりしていて、
よりしっかりとした印象があるものとなってます。



それにしてもビゴーのデッサンの力が半端ではない。

江浦からの富士もそうですが、
ビゴーの絵に現地の写真をはめてみて、
あまりにぴったりとおさまるのに驚きです。

近いうちこちらの方も現地であわせてみたいと思います。

ビゴーの絵の謎 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

以前自分は
「江浦を描いたある絵画の現場をもとめて。」
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-10-11
ということを書いた。

内浦を四十数年ぶりに訪ねたとき、
そのきっかけで「魚釣り遊び」で有名な画家ビゴーの、
富士と沼津や江浦を描いた絵の存在を知ったのだが、
この絵をみたとき、
無性にこの絵が描かれた現地を探したくなった。


だがこの淡島の左に富士がみえる江浦の場所というのが、
どうしてもみつからない。

内浦だと長浜城と三の浦の総合案内所の間からだと、
それらしい角度になる。

うちうら.jpg

だがどうもしっくりこないしわからない。

土地勘も無く、
沼津や口野から長浜まで数回しか歩いたことのない者では、
なんとも手詰まり感がでてきた。

このためツィッターで
そのことを書き込んだのだが、
このあと想像もしない展開になってしまった。


この絵の解説には「淡島」越しと明記されており、
こちらもそれを前提にやっており、
じっさいに見た淡島をみても違和感は何も感じなかったが、
この「淡島」がどうも淡島ではなく、
今は無き「大久保山」ではないかということが話としてでてきた。

つまり重寺付近から大久保山超しに富士山を観るような、
そういう構図ではないかということ。


このためすぐにネットで大久保山のことを調べた。

そうすると以下のようなサイトに巡り合った。
http://dekowalker.at.webry.info/200807/article_24.html

大久保山は1980年代に開発のため消滅した、
標高140mほどの高さの山で、
落石や土砂崩れの多い難しい山だったという。

たしかにそういわれてみると、
山の斜面の一部が土砂崩れが起きたような跡がみえるし、
淡島にしては陸続きのように見えないこともない。

また最初みたときに、
ずいぶん鋭角的な淡島だなあと思ったけど、
当時は「モスラ対ゴジラ」で静浦に来た時、
映画当時と今とでは、
当時はかなり山が鋭くしかも荒れてみえたので、
今と昔では淡島の木の雰囲気が違うのかもと、
思ったものでした。



余談ですが、
この「モスラ対ゴジラ」(1964)の聖地巡りの時、
静浦の淡島寄りの山の稜線がかなり変わった…
…というより山一つ消えたようにみえて、
ものすごい違和感と謎を感じたものでしたが、
これもこの大久保山の件が判明し解決しました。


そしてその後、さむうら様のツイートにおける写真。
https://twitter.com/urakutenism/status/807378145791725568

このショックはかなり大きかった。

確かにこの今は平地になっている大久保の鼻に、
140mの山があればじつにあの絵と似た構図になるようにみえた。

そこで富士山の頂上から大久保の鼻の海寄りを直線で結ぶ。
f-01.jpg

続いてこれを地図に置き換える。
f-02.jpg

この伊豆側を拡大すると、
その延長線上の右側に重寺が入っていた。
fuji.jpg

これで
富士山と大久保山の位置関係から、
江浦の重寺のやや北東側あたりから書いていたのではないかという、
そういう推測の確度がより高くなった。

このため静岡県富士山世界遺産課を通して、
静岡県立美術館にこの絵に対して、
ビゴー自身はこの絵に対して、
「淡島」と明記しているのかどうかの確認をお願いしたところ、

「伊豆国江浦港より富士山を眺望す 画師 美好」

と裏面に記載されており、
それがすべてということを、
ご丁寧に返事をいただけた。

因みに「淡島」と明記したのは、
地元の方の意見を参照にしたとのこと。

このことから、
もしこれが大久保山だとすると、
たしかに内浦ではなく江浦から富士をみていたことが確定し、
ビゴーの絵の裏に書いたこととも一致する。


自分が一時、
ビゴーが江浦と内浦を間違えていたという考えは、
この時点で消滅、
もうほぼこのラインで決まりだろうと正直思った。


だがここには大久保山云々とも明記されてないので、
今一度念押しのために、
内浦から淡島越しと、
江浦から大久保越しに富士をみる必要がある。


ただ問題なのは、
これが書かれた所が江浦である場合、
その場所が口野から重寺に抜ける旧道付近の可能性が高く、
しかもその旧道は今はもう人が通ることが難しいとか。

つまり幻の道から幻の山越えに富士を書いたという、
ほんとうに貴重な絵にこれはなるかもしれないし、
それだけにこれはかなり厄介なことになってしまうかも。


正直なんとか機会をみて年内には詰めたいと思ってたけど、
これはかなり難航しそうです。

美術館側もいつかは実地調査をするかもしれませんが、
こちらもこちらで無理せず詰めていきたいと思います。


尚、この件に関しては多くの方に協力や、
情報提供をいただいています。

この場を借りて御礼申し上げます。


深謝です。


その後の現地でのこと。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-12-17



(余談)

それにしても不思議なもので、
ガルパンによって行くことになった大洗では水浜線。

そして今回ラブライブ・サンシャインでのここでは、
静浦ではゴジラ、
江浦ではビゴーと、
予想もしなかったものと縁ができてしまった。

自分にとってどちらも、
当初とは違う「聖地」としてどっぷりとなってしまったが、
こういう巡り合わせもまた、
聖地巡礼のひとつの醍醐味なのかもしれません。

やっぱり直接来てみて歩いてみなければわからないものです。

勉強になります。

高尾山古墳再訪 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

沼津へ行く。

今日は沼津についた段階で行先を決めることにしていた。

富士がみえれば内浦、
みえなければ高尾山古墳。

結果は迷うことなく高尾山古墳再訪となりました。

北口から歩いて三十分強といったところ。

江原公園交差点を過ぎるとすでに古墳がみえている。

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横には熊野神社
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そして高尾山古墳。
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東日本最大の古墳といわれているそれで、
かつて取り壊して道路をつくるという、
たいへん無謀な計画があったが、
今は道路と古墳の共存計画を進めている最中。

みると今回はじめて案内の看板があった。
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熊野神社の敷地内に無いというのが、
ちょっと複雑な事情がありそうで怖いけど、
でもこれがあるだけでもありがたい。

全部で二か所ほどあった。

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まだ本格的にどうこうという感じではないので、
保存もまだ十分ではないようにみえる。

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以前移転したときの熊野神社のそれが、
未だここにあるのはちょっと寂しいかも。

さっきの交差点の上にかかっている歩道橋から。
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休日の昼下がりなのに、
このあたりの道はかなりの交通量だ。

古墳の保存も大切だが、
交通の整理や緩和も大事というのが、
ここ来るとあらためてわかる。

それが終わらないと、
これを観光に使うというのもなかなかできないし、
今ここが「ラブライブ」の聖地になったら、
とてもではないが受けることは不可能だろう。


落ち着いた状況にはみえるが、
とにかくいろいろと案がでてきているので、
よりよい解決法が実践されることを祈るのみです。


しかしこうしてあらためてみるとやはり大きい。
しかも高い。

以前、
富士山、高尾山古墳、伊豆半島南にあった頃の三島大社、
この三つが一直線に並ぶ関係云々といったことがあるけど、
あらためて再訪してみると、
あのときは「砦」を兼ねているかと思っていたけど、
やはり「祭祀」に関わっていると考えた方が理に適う気がしてきた。

再度熊野神社をあの古墳の上に鎮座させるのは無理かもしれないが、
信仰の対象として崇められてきたのかもしれないこの古墳が、
一日でも早く整備され、
この周辺だけでなく、
かつてそうだったと思われるような、
沼津市そのものにも福音をもたらす存在になってほしいものです。

江浦を描いた絵画の現場をもとめて。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

ジョルジュ・フェルディナン・ビゴー
(Georges Ferdinand Bigot, 1860年4月7日 - 1927年10月10日)

フランスの画家で
風刺画家としても有名な人。

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この絵などは、
教科書等でみたかたも多いだろう・


このビゴーはたいへんな親日家だったらしく、
日本にも1882年から1899年まで日本に在住していたとのこと。

そのビゴーは日本でもいろいろと作品を残しているが、
そのうちののひとつ、

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「富士(沼津江浦)」

というものがある。

19世紀終わり頃の、
富士山と淡島が描かれている。

自分はこの場所を沼津から歩いた時、
それとなくさがしてみたが、
そこで困ったことが起きてしまった。

どう歩いても江浦付近にこのようにみえるアングルが無い。


このためいろいろと考えてみると、
どうもこの絵は、

「富士山」とその手前にみえる、
「沼津付近の海岸」「淡島」そして「江浦湾」
が描かれているのではないかという気がしてきた。

そして歩いてみて一番近いところがなんとなくわかった。

それが内浦の三の浦総合案内所から、
やや長井崎方向に行ったあたり。

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ちょうど堤防が一部少し切れているあたりだ。

だがここだと高さが無い。

おそらく背後にある、
白髭神社が安養寺あたりから描いたような気がするが、
まだそちらには行ってない。

そのためにも富士山が見える時に訪ねたいのですが、
最近天候が優れずなかなか機会が無い。


はたしてこの絵はどこで書かれたのか。

なんとか探しあててみたいものです。





場所が判明したらここでかならずご報告します。


その後ほぼ判明しました。詳細は
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-12-14-1

淡島神社に行く [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

「ラブライブ!サンシャイン!!」11話。

ほんとうに不器用な人たちの集まりという感じだ。

μ'sも確かにそういう部分があるけど、
ひとりひとりの完成度が最初から高いので、
Aqoursよりもそれが目立たない。

Aqoursの場合は逆にμ'sほど各自の完成度が今は高くないので、
よりこういう部分が目立ってしまう。

今回はいちばん器用にみえた人が、
じつは肝心のところがやっぱり不器用でしたという感じで、
なんともAqoursらしい話という感じでした。

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ただこれがギスギスとしないのは、
やはり地元の空気が温かいからなのかなあと。

しかしμ'sよりも大洗女子に雰囲気が近いんですよねAqoursって、
気のせいかなあ。


というわけで今回はそのAqoursの聖地、
淡島の淡島神社に行った時の話。

淡島。
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じつは以前、
内浦の避難路巡りをしたとき淡島にもよった。

ただこれはほんとたいへんだったので、
今回あらためて別にこちらに書くことにしました。

淡島にはかつてロープウェイがあったが現在は休止中。

今は船での渡航となる。

ただし島に行くには、
あわしまマリンパークへの入園料というより、
淡島入島料みたいなかんじて大人1800円を払う。

もっともホテル関係はまた別のようです。

行の船から外をみます。
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江ノ島の弁天丸と似た雰囲気で、
数分で淡島に到着。

到着すれば中は自由行動。

最終の船が出るまでは、
何時間でも自由にいることができます。

自分はまず島を一周。
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こんな感じで道があるので30分ちょっとで一周できます。

風が気持ちいいです。

そしてほぼ一周したところでいよいよ淡島神社へ行きます。

この島の一番高いところにある社で、
「ラブライブ!サンシャイン!!」
にも出てきます。

神社の入口。
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あっ、これきついかも。

とすぐ思った。

距離と高さからいって、
かなりの上りになると思ったからです。

そしてじっさいきつかった。

特に最初の踊り場までの直線の上り階段がきつい。

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これは二つ目の踊り場から下を撮ったもの。
右下に向かってかなりの傾斜がみえているが、
それが最初の階段。

この後もぜんぜん楽じゃない。

ときおり以下のような立て札がある。
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片道25分というけど、
正直これはかなりの健脚者の場合だろう。

そういえば
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という注意書きも最初ありました。

何度も休憩してようやくヘロヘロになりながら到着。

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淡島神社。

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そこからみた参道。

正直言います。

果南さんは化け物です。

というかAqoursも半端じゃないと思う。

ズラ丸が最初途中でやめたのは正解。


こんなの走って登ってたら、そりゃ足腰強くなります。

アニメではぜんぜんこのきつさ伝わってません。

行く人、特に慣れてない人は覚悟してください。


というわけで帰りは疲れたので、
マリンパーク等の施設はパス。

そのまま直近で出航する船に乗って帰路につきました。

その船は行きのとは違いました。
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中にはこんなものが。
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けっきょく山登りしに行ったようなかんじでした。

因みに神社からは展望はありません。

周りは木が鬱蒼としてます。

だから台風とかの風にも耐えられるのでしょう。

この後は以前書きましたように、
長浜の総合案内所まで歩いていろいろと避難路をみていきました。


次回行くとしたらちょっと神社はバス。

いろいろとある各施設を回っていきたいとと思います。


ということで〆。


しかし10話で聞いた「ジャリ」という言葉、
おそろしく久しぶりに聞いたような気がする。

ちょっと驚いた。
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