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沼津~木負まで再度歩く [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

というわけで好天に恵まれた沼津をまた歩く。

今回も沼津~木負だけど、
経由地として千本浜公園を選ぶ。

朝七時半過ぎに沼津到着。

その後蛇松街道を行くが、
そこそこまだ桜が残っていた。

またとにかく天気かよく富士山もよくみえる。
ただ気温が夏日一歩手前まで上がるというのがちと気がかり。


などと考えながらしばらく歩いて、
交差点と合流している川沿いに南下。

観音川を渡り松林を抜けてそのまま堤防上へ。

ここがなかなかの絶景でした。
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この後海岸まで降りてしばらく歩いた後、
再び堤防沿いを歩きその後狩野川沿いまで行き、
欧蘭陀館さん側の堤防上へ行く。
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ここからの眺めは自分のお気に入り。

横でこの富士山に手をあわせて祈られてる方がいた。
自分もつられて軽く富士山に会釈。

このとき朝の8時45分頃。

観ると欧蘭陀館さんの前がすでにできあがっていた。
ある方のお誕生会にはせ参じた方たちだろう。

その後港大橋へ行く。
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カヌーの練習をされている方がいた。
気候もよく絶好の練習日和だろう。

このあと414号沿いに内浦へ向かう。

このとき「Aqours」や「μ's」をペイントした、
アートな車がバンバン内浦方面に走って行った。

これが休日の沼津の今なのだろう。

途中、かなり気温が上がってきたので、
樋ノ口のファミリーマートでアイスを購入。



このあと静浦の獅子浜に到着。

ここに来るとやはりテンションがあがる。

「獅子浜北」停留所の近くのゴジラ山。
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勝手に自分がそうよんでるだけだけど、
ここをみるたびにゴジラの頭部がそこに見えてくるわ、
頭の中はゴジラのテーマが無限ループで鳴り響くわで、
とにかくモロにテンションが上がる。

鎌倉光明寺の高台や由比ガ浜商店街でも
似たような感覚になるけど、
昭和のゴジラはやはりまた違うものがあります。


この後江浦に入り多比に来たとき、
今まで気になっていた右側にみえている護岸に行く。

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ここがまた最高で、
釣りにもいいらしいけどここから見える淡島がまたいい。

因みにこの護岸は、
長さが約300m以上あるとのこと。

かなり大きなスペースもあるので、
次回の「Aqours」のイベントはここでやるのもありかも。

この後狩野川放水路を横に見ながら口野に入る。

このあたりでようやく富士がまたみえる。

数日前にみた絵のような富士にこのときなりかけていた。
A06.jpg

この後内浦に入るが、
ラッビングバスが横を通り過ぎていった。

前回もこのあたりで抜かれたような記憶がよみがえる。

三津郵便局前に来ていた「浦の星女学院 キッチンカー」は、
予想通りけっこう繁盛していたが、
その先にあったセブンイレブンのレジは、
買い物をする気が無くなるくらいの大行列になっていた。

今年のGWはかなり混みそうなので、
その時期に三の浦に行かれる人は、
このあたりの対策は今から立てた方がよろしいかと。


安田屋旅館前に着く。午前11時45分。
欧蘭陀館からちょうど三時間の道のり。

そして松濤館前。
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松濤館前のこのダイヤさんの看板。

好天時には津波襲来時に高台に逃げるための、
「津波避難路 内25」の方角をみていることが多い。

また松濤館そのものが「津波避難ビル」に指定されているので、
もしもの時この付近にいたらダイヤさんを思い出し、
その観ている方向や、
その看板のある松濤館そのものに即避難。

これ大事な事なので覚えておいてください。


さらにしばらく歩き長浜から富士をみる。

最近ここから富士を観るとなんか落ち着く。
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三の浦総合案内所入口。
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この翌日がお誕生日の方。

因みに自分が初めてここに来た昨年六月にも、
この人はここで出迎えてくれました。

そのときは別の方のお誕生日の告知がしてあったため、
最初この人の名前を間違って覚えてました。申し訳ない…。

この後「なんすん重須」で特製のジャムを購入。
前回なかなか美味しかったので。

ほんと沼津は食が豊富。


ここを出た直後別のラッピングバスに抜かれる。
今日はずいぶんあちこちでラッピングバスをみかける。

この後、木負の「海のステージ」へ。

忙しそうだったので中には入らず
以前もおじゃました海岸沿いのみ行く。
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富士山がこの日はハッキリ見えていた。
観るとそこの浅い水辺で、
多くの家族連れがなにかやっていたけど何だろう。

潮干狩り?

そこから少し行ったところに、
木負観光みかん園があるが、
そこの前に「木負農協」停留所がある。

このとき先ほど自分を抜いた、
二台目のラッピングバスが停まっていた。
A09.jpg
木負農協停留所にて。


木負行きだったので、
ここで折り返し沼津へ行くまでの、
発車待ちをしていたようです。

因みにここはバスがエンジン切ってる時は、
けっこう近い所からもバスを写す事が可能だし、
しかも人も少ないし車の通行も少ない。

そのおかげで、
ラッピングバスを心ゆくまで撮影できる場所のようです。

じっさい通常の運航時には絶体許されない距離や場所で、
ここぞとばかりに撮影している人もいました。


この後しばらくしてここから折り返す。

長浜城址の上り口が近くにある、
「城下橋」バス停まで来たところで、
そばにあるベンチでちょっと一休み。

じつに静かで風が心地よい。

ふと上の方をみるとなんとも不思議な雲がみえた。
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一瞬竜巻かと思ったけど、
積乱雲でもないところから発生するわけもないので、
さすがにそれは違うということでしばらくこれを見ていたら、
最初に自分を抜いたラッピングバスが江梨からやって来た。

なのでここでこれに乗車。

じつは最近ラッピングバスに乗ると、
外からのこのバスへの反応を見るのが楽しみ。

あいかわらずあちこちでファンにバシバシと、
外からも中からも撮影されていたけど、
今回もまた近くの車の中の女の子がこのバスに反応、
バスをみて喜びながら写真を撮っていた。

そういえばこの前も小学生が、
いろいろと反応していたけど、
地元ではAqoursはアイドルというより、
沼津発の歌って踊れる新手の「ゆるキャラ」という感じで、
かなりの部分認知しはじめているのかもしれない。

ただこれは作品もそうだけど、
地元の企業の人たちの努力に負うところが大きいし、
だからこそ地元目線的なものによって、
外からのファンへの対応だけでなく、
地元のファン育成にも一役かったのかもしれない。


このあたりはまたいろいろと専門の人が、
多角的に研究してくれることでしょう。


で、自分はそんなことを考えながら、
二瀬川の停留所で降りる。

また港大橋を渡り狩野川沿いを沼津駅に向かう。

途中再び欧蘭陀館さんの前を通る。


朝よりもさらに出来上がった状況で、
自分のすぐ横を、
翌日誕生日の方のラッピングタクシーが走って行った。

因みにこのラッピングタクシー、
かなり前に多くの方たちによって、
全日貸し切りとなっていたようです。

この時欧蘭陀館さんの側にある二つの神社にお参りする。

「新玉稲荷神社」と「川邊神社」がそれ。

「新玉稲荷神社」
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「川邊神社」
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ここにお参りして驚いたのは、
両神社ともしっかり例祭の日が決まっていること。

前者が8月13日、後者が5月16日。

こんな近い距離で例祭が決まっている社が二つあるとは、
あまり自分はみかけたことがない。

というより沼津から内浦にかけて、
かなり社が多い気がする。

そういえば水戸から大洗もそこそこ多かった。

農耕や漁業と神社がらみの信仰は、
いろいろと深く関わっているのかもしれない。

津波と神社の位置関係も気になるし、
いつか神社も巡りもやるかも。

ただその前に興国寺城も行かねば。


沼津駅から海のステージまで歩いてみました。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

というわけで今回は沼津駅から海のステージまで、
距離にして約17キロ。

水浜線スタンプラリー全行程と同じくらいということなので、
蛇松緑道経由で、
あちこちの桜をみながら歩いてみました。

尚、今回歩いた距離同様文章もこれまた長いです。
ご了承ください。



朝一の東京から沼津までの数少ない直通列車に乗る。

しかしなぜ朝この二本だけ沼津に乗り入れしてるか、
この日その理由の一端がようやく分かった。

通勤通学の人の三島-沼津間が凄いのだ。

おそらくそれでいつもの三両編成ではお話にならないので、
東京からの10両編成を乗り入れさせ、
混雑の緩和をはかっているのだろう。

ただそのためか、
乗っている人が半端でないことと、
駅の通路や階段の関係からか、
この日はホーム混雑のため、
自分の乗ってる電車は三島駅出発が二分遅れた。

ホームでは「黄色い線の内側まで下がって」という、
そういうアナウンスが聞こえていたけど、
とてもそれは無理というくらいホームは人で溢れかえってた。

この時駅の別のホームにはラッピング列車も見えていて、
この温度差が不謹慎だけど妙に面白かった。


沼津に着いたがここでも乗降客で大混雑。

駅を出てそのまま蛇松緑道へ向かう。
学生さんも大勢そちらに向かう。

この日の蛇松緑道。
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すべてが桜並木ではないけど、
かなりポイントポイントに桜があるので、
印象に強く残るものがあります。

このあと港大橋を渡って三の浦へ。

今回はこの付近のどこのお店にも立ち寄りませんでした。

すみません。


しかしこの日の富士山はなんとも不思議で神秘的な雰囲気だった。
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熱い雲を背にしながら富士山そのものはほとんど雲がかかっておらず、
しかも地肌が少し見えてた雪化粧のためか、
なにか淡く冷たく光っているようにみえた。

帰宅後横浜からもうっすらとはみえていたけど、
さすがにこれに気づいた人は横浜では少なかったと思う。


大橋を渡りしばく歩いて玉江町交差点で右折、
その後御用邸前を通り静浦へ。

静浦の金刀比羅神社も桜が満開。
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獅子浜のゴジラ山
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「モスラ対ゴジラ(1964)」の聖地のひとつ。
この山みるたびにテンションが上がる。

近くの津島神社に一礼してそのまま江浦へ。
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江浦の住吉神社
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同じく照江寺
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途中にあった津波避難マウント。
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高さ12メートル。

このあたりに来る津波の予想高さが8メートル、
自分はここに一時的な波高も含めると、
10mのものが最低は来るのではと危惧しているけど、
それでもこの高さならなんとかなるかもと思った。


尚マウントは下からみるよりかなり上部は広いが、
収容人員は限られているので、
避難場所がここ一択という人が出てくることを思うと、
他の避難路の方が少しでも近ければ、
こちらはあえて使用しない方がいいのかも。

このあたり難しい。


口野の狩野川放水路。
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ここも見事な桜がある。
自分はここを口野放水路と書いてあるものをみた気がして、
ずっとそう思っていたけど、
正式には狩野川放水路というとのこと。

どうも自分はトンネル名と混同していたようです。

しかしなんか信濃川の大河内分水路をみてるようで、
ここも狩野川台風をはじめとして、
洪水による水害に苦しめられていたんだろうなあという、
そんな苦難の歴史を強く感じてしまった。

しばらく歩くと富士山がみえた。
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ほんとこの日の富士山はなんともいえない神秘的な雰囲気で、
どとこなく広重や北斎の絵に出てくるような、
そんな感じにも見える富士山でした。

淡島付近。淡島もいろいろと桜が散在しています。
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内浦の八坂神社。
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沼津から歩くといろいろと有名な名前の神社にあう。
支社かどうかは分からないけど何か得した気分。

このあと内浦に入る。

今回じつは桜を観る以外にふたつの大きな目的があった。

そののひとつである気多神社に行く。

気多神社。
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ビゴーが書いた「三津風景」のコピー。
ビゴー.jpg

この場所がどうも気多神社前ではないかという話をうかがい、
今回訪ねてみた。

間違いなかった。
しかもここは以前ビゴーが絵を書いた来迎寺の階段を、
完全に降りきって右を向くとまさにこの角度だった。
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ビゴーはこの地がよほど気に入ってたのだろうか。

情報を寄せていただいた方に深謝。

このあとちょっと疑問に思い海沿いの道へ。

じつはこのときこの場所からだと、
富士山があまりハッキリみえないことに気づいた。

ビゴーがこのあと海沿いに北上し、
重寺の医源寺付近から、
今は無き大久保山越しに富士を書いたのは、
そんな理由からなのかもと、
このときなんとなくだが思った。

もしビゴーがこの時北上せず南下したら、
今の三の浦総合案内所付近からの富士の絵を残していたかも。

このあたりがちょっと残念だったし、
ビゴーにもそこからの風景をみせてあげたかった。

このあと一路木負方面へ桜を観ながら行く。

三津海水浴場から。
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三の浦総合案内所付近。
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とにかく各地桜が見ごろでした。

椎茸がたくさん。犬の名前になるのも無理からぬかも。
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このあと長井崎へ行く途中にある弁天島神社へ。
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ひじょうに階段が危ない。
狭いし角度がきついし不規則だしほんと危険。

ただしそれは初めの所だけで、
あとはそれほどでもない。

そういえば淡島神社の階段も、
違う意味で最初不規則かつきつかった。

何か理由があるのだろうか。

因みにここの高さは、
国土地理院のホームページの地図では、
階段を上りきると地図では13~18mというと、
そういう数値が出てくる。

ここに来る津波が、
沼津市のサイトでは9m近いものと予想されてるので、
窮余の避難場所としてここはひとつの選択肢かも。

ただそのためには階段をもっと整備補強しないと、
肝心の時階段が使用できないという最悪の事態も…。


このあと桜が綺麗だという中学校方面はパス。

理由は前も書いたけど、
特に学校が平常授業をしている時間となるとなおさらです。
やはりこのへんはどうしても気をつかう。

長井崎トンネル内。
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予想以上に長いけど意外と歩道の幅があり安心。

だが…

帰りのバスの中で、
このトンネルの歩道側でない部分を歩いてる人をみた。


うっかりかもしれないけど整備された歩道があるのだから、
せめてそっちを歩いてほしい。

ジョギングしてた人も歩道側の方を走ってたみたいだし…

…などと思ってたらこれが大間違いでした。

なんと細いながらも反対側にも歩道がありました。

柵とかないし幅も人ひとりがやっとみたいなので、
完全に見落としてしまってました。


本当に申し訳ありませんでした。


このあと海のステージに。うっかり全景を撮るの忘れてしまった。

ここまであちこち寄ったこともあり、
歩いてだいたい四時間半とのんびりペース。

気温も低く、
日差しも強く無かった為ほとんど疲れない。
絶好の散歩日和だった。


ところで海のステージのあるここの場所の沖に、
かつてスカンジナビア号という船舶を利用したホテルがあった。

この船をそのまま利用したホテルです。
Skandinavia20060831.jpg
※写真はwikiより。

自分は小さい時に、
このスカンジナビア号に一度宿泊したことがある。

じつはここを訪ねたもうひとつの理由は、
そのスカンジナビア号のことを知りたかった事。

ここで当時のことを「海のステージ」の方にうかがう。

そこでいろいろと分かったことは、
やはり通路は狭かったということ。

「娯楽室」という部屋が船尾にあつた記憶があるが、
じつはこれは船首側にあって、
ビリヤード台やスロットがあったことや、
赤い絨毯が敷いてあり、
廊下から少し降りるような感じの所にあったこと、
また窓が丸窓だったことや、
朝食をとった所のホールの柱が独特だったことなど、
自分の記憶がいろいろとか確認や修正、
そして思い起こされた部分がありとても有難かったです。

本当に「海のステージ」の方には感謝です。

しかしここのアップルパイは温かくて美味しかった。


海のステージ付近からみた、
スカンジナビア号があったと思われるあたりの風景。
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以前の記憶とはあまり重ならない風景だけど、
なかなか素晴らしい場所と風景なだけに、
やはりスカンジナビア号がある時にもう一度来たかった。

残念です。


このあと外に出てちょっとあちこちみてたら、
木負東口バス停にラッピングバス二型が来た。

なので思わず乗車。

噂通り一型よりはるかに押し進められていて、
徹底的な完全無欠の外装&内装だった。
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内浦地区だけ車内アナウンスが違うようだけど、
どこで通常モードに戻ったかは確認しなかった。

このとき途中で大勢の下校するためバスを利用した、
小学生低学年のみなさんが乗車してきた。

このバスにどう反応するのか興味津々でみていたけど、
驚く程ふつうに接していた。

乗る前に「絵のバスが来た」という声が聞こえたり、
乗ってからも男女関係なく、
「誰が好き」とか、
それに対して「赤色の髪の子」とかいう声が聞こえ、
アニメのアイドルキャラというより、
沼津にあらわれた新手の人型の「ゆるキャラ」みたいな、
そんなかんじに受け取っているように感じられた。

そういえばバスをみている人も、
「苦笑」交じりで観ているという感じではなく、
もう日常の「沼津キャラ」というふうにみているようで、
将来的にアクアの次のグループが、
ラブライブシリーズの主役として登場しても、
アクアそのものはこの地域でうまく回せることができれば、
そこそこ息長く続いていくのではないかという、
そんな気がしたものでした。

とにかく愛されてますから、地元ではこの9人。


その後、二瀬川バス停で下車。700円。

ここから狩野川沿いに沼津駅まで歩く。

欧蘭陀館さん側の川邊神社
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市場町八幡神社付近
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中央公園にて。
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じつは市役所付近にも行く予定だったのですが、
橋を渡った直後に気づいたため、
なんかまた戻るのもめんどくさくなって、
今回パスしてしまいました。

しかし桜もそうですが、
沼津~内浦方面は、
途中いろいろとみるものが多く飽きが来ません。

ただ金櫻神社から木村土木さんの口野ソーコ付近までの、
だいたい500mくらいの所は、
歩道も無く死角になりそうな部分も多く、
車もそこそこのスピードやってくるので、
正直ここだけはちょっと歩き難い所があり、
しょっちゅうここを…とはいかないのが残念。

口野尾高から重寺までバスという、
そういう選択肢もありますが本数が…。

徒歩15分の所をバス30分待ちというのもどうかなあと。

これは韮山駅から歩いても同じなので、
このあたりちょっと悩みのタネです。


今回はここまで。

以上です。

蛇松緑道(沼津港線跡)を行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

沼津にかつてあった貨物専用線

「沼津港線」

その廃線跡の多くが現在、

「蛇松緑道」

という遊歩道となっている。

今回はそこを歩いてみた。


沼津港線はかつて蛇松線といわれ、
東海道本線を敷設するためにつくられた貨物線で
静岡県内最古の鉄道としても知られているとのこと。

その後沼津港への物資運搬等の貨物線、
清水港線として運用されるが、
1974年8月末に廃線になったという。


というわけで、
清水港線に継ぐ静岡の廃線だけど、
こちらもまた清水港線同様、
たいへん跡地がきれいに整備されている。

静岡県は鉄道の廃線の使い方がうまいが、
じつは横浜でも似たようなものが、
桜木町の近くから赤煉瓦倉庫方面に向かって、
さらには横浜港にも遊歩道やその他諸々として残されています。

これもそろそろまとめてみたいと思います。

というわけですが今回はとにかく沼津港線を利用した蛇松緑道へ。


沼津駅南口を出ですぐ右折し清水方向へ歩く、
かつてはこのもう少しJRよりを清水港線も走っており、
その後沼津通運本社倉庫の中を通るようにして、
162号の白銀町交差点付近まできていたようだ。

そして現在その後は蛇松緑道として遊歩道となっている。

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ここがその交差点付近の出発点。

途中「蛇松白銀歩道橋」を渡る。
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渡るとこういうものが設置されている。
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途中何か所か車道を横断することになる。
かつてはこれらの関係で接触事故が多かったという。
なんとなく分かる。
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しばらく歩くと桜並木がみえてくる。
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桜の季節はさぞ壮観だろう。ぜひまたこの時期に来てみたい。

このあたりから後方に富士山が見える。
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電線や樹木の関係で写真撮影にはあまり適していないが、
ふつうに観る分には最高の富士が堪能できる。

行きはともかく、
沼津駅への帰路は天気が良ければ富士山を見ながら帰れる。

歩いて30分程で少し大きめ公園の公園に出る。

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この木の向こうに公園が広がっている。

ここで沼津港線は二又に分かれる。
蛇松緑道は狩野川の港大橋方面に向かう。

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この写真でいうと直進する感じ。

その緑道を暫く歩くと終点に着く。
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そこには鉄道関係の物がいろいろと展示してある。
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そこから土手にあがると港大橋がみえる。
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その大橋上から富士が真正面に見える。壮観です。
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さてここで一度先ほどの公園まで戻ります。
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今度はこのやや右に向かって伸びている道へ行きます。

こちらはのちに作られた新線の跡地です。

こちらはなんと
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このように線路がしっかりと残されています。
一部には枕木もありました。

このあと線路は一路沼津港へ。
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つきあたりにはバス停があります。
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そしてこのあと線路はみかけませんでしたが、
廃線跡は一路、沼津みなと新鮮館の前へ。

そして終点の沼津港駅は今、沼津魚市場になっています。
AA022.jpg

と、こんな感じです。

前線踏破し往復しても二時間半もあれば大丈夫かと。

清水港線が片道二時間近くかかったことを思うと、
その半分くらいというかんじでしょうか。

もし沼津駅から沼津港方面へ行かれる方は、
特に桜の季節など好天時には、
この蛇松緑道を通られて行くのも一興かと。

途中からは線路が港前の交差点近くまでエスコートしてくれます。

とにかくここはなかなかでした。

こうしてみると沼津から内浦まではいろいろとあります。

沼津駅から蛇松緑道、
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緑道途中の公園脇にある塞神社。ちょっとわかりにくいかも。
十月半ばにお祭りが行われます。
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そして沼津港、
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狩野川と港大橋、
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富士山、
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御用邸。
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この日はひな人形が御用邸では飾られていました。

獅子浜北付近のゴジラ山と津島神社
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江浦湾や口野放水路
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金櫻神社とそこからの眺望。
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淡島マリンパーク
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そして内浦のいろいろな見処と、
けっこういろいろと面白いものが点在しています。


もうしばらくはこのあたり定期的にうろうろしそうです。

以上で〆

「ラブライブ!サンシャイン!!」の聖地で困ったことが起き始めている。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

といっても一部ラブライバーが暴れているというわけではない。

じつは現地の「聖地」と呼ばれているところで、
そこを訪れる時点で困ったことが起きているということ。

自分は学校のような公共機関は、
さすがにかなりの部分で自粛されて然るべきだと思ってるし、
じっさい通っている生徒や先生からしてみると、
正直あまり「ありがたいこと」とは思っていないことは確かだろう。

(もちろん無断侵入などもっての他。逮捕されても文句はいえない。池田小の事件以来このあたり神経を尖らせている状況の所がじつは少なくないのが現状。)


ありがたいのは観光等を生業にしているところであって、
そうでないところは、
特に一般家庭は困惑している部分も多いのではないだろうか。


だが今問題なのはそこの部分ではなく、
そこがそういうふうにみえてない、
もしくは理解されてないことによる問題だ。

例えば「大川家」はここはふつうに人が住んでいる所なので、
ほんとうは中に入って撮影できる代物ではない。

こういうものは意外と全国各地にある。
重要文化財でも一般住居という例だ。

また「来迎寺」は本来あそこの境内は私有地なので、
これもまたお参り以外の立ち入りは原則✕。

確かに来迎寺の浄土宗は厳しさよりも、
民衆の中に溶け込んだより穏やかな宗派ではあるが、
それでも最低限のマナー等は必要。

自分もこのあたり少々誤解しており、
鎌倉のお寺のように気軽に入れる感覚でやってしまい、
あとで反省しきりとなってしまった。

じっさい昨年この件で問題が起きたらしく、
来迎寺さんも困惑されているようだ。


だがこれは訪ねたファンだけがダメというものでもない。

そもそもこういう所、
つまり各所のファンに対する受け入れ姿勢というものが、
観光協会等を仲立ちして、
ファンにちゃんと事前に伝えられているのかという事だ。

これが徹底されていないと、
今後もこういうことが後を絶たないし、
むしろより深刻な問題を、
無意識に呼び込んでしまう危険性もある。


大洗のように観光を生業とし、
砲弾を撃ち込まれたところが旅館やホテルで、
ロケ地も一般家屋の集中している地域が、
意図的といっていいくらいできるだけ外されているのは、
そういう部分への制作側の配慮と、
ファンへの受け入れへのそれができている、
聖地と観光協会の足並みが揃っているからだろう。

だけど大洗も最初からうまくいったわけではない、
このあたりのノウハウを大洗あたりにまだ聞いてないのであれぱ、
早急に聞きにいき行動をおこすべきだろう。


受け身ばかりでの受け入れは正直危険なのだ。


もっともこれは大洗をまねろということではない。

参考になる部分をどんどん取り入れろということであって、
真似をすることに力を注いでしまうと、
今度はこの三の浦全体の魅力の低下と、
個性の希薄化が置き、
聖地としてのそれまでもが褪せてしまう。

そこのとこは考え違いを絶対しないでほしいところ。


ただそういうことよりも、
観光協会かそれに準ずる公的機関が、
聖地の中を現地に確認した上で、

◎、原則撮影可立ち入りOK。
▲、条件付き撮影OK立ち入り不可。
✕、敷地外からの撮影のみOK立ち入り不可。

みたいに地図で明記しネットや紙面でファンに周知徹底してもらうことが、
とにかく早急にするべきことではないだろうか。

たしかにこれに近いものもみたような気がするが、
もう少し踏み込んで明記すべきなのかもしれない。


どうもアニメ聖地になると、
予想しがたいことばかりでたいへんかもしれないが、
いくつも聖地をみてきた人間からみてると、
起きてることはほぼ同じ。

そして問題となってることもほぼ同じだ。

「聖地巡礼」ブームでいろいろとした機関が立ち上がってるが、
こういうことへの統一見解や対策対応のマニュアル、
さらには相談窓口というのも、
これから制作や開設していくべきではないだろうか。

そうでもしないと困るのは現地とファンであって、
それは最悪不幸な結果を呼び起こしかねないものがあり、
聖地ブームそのものがそのため萎んでいくかもしれない。


煽り焚きつけるのも結構だが、
訪ねる側も受け入れる側も笑顔で気持ちよく、
そして長く顧みられる関係になるためには、
もう少しこのあたりをしっかりとすべきではないだろうか。

正直ちょっとお粗末な部分がときおり見え隠れしている。

沼津内浦のようにかなり頑張っていてもこれなのだから、
このあたりとにかくしっかりと、
経験者や専門家も含めて、
幅広い意見を取り入れながらマニュアル化してほしい。


最後はラブライブから離れてしまったけど、
大事なことなので言いたい砲台してしまいました。


「聖地」はテーマパークでもコミケ会場でもないので、
郷に入らば郷に従えということで、
それらをこちらが遵守すればいいことなのですが、
どう従うのかが分からなければもうどうしようもないので、
とにかくこのあたりをしっかりとやってほしいところです。

大事な事なので最後もう一度繰り返すように強調しました。


(追伸1)

あとラッピングバスの前で写真撮るなよなあ。
それ一部鉄道マニアの線路内立ち入りと同じくらいダメですから。


(追伸2)※これは別の所に書いたものと-ほぼ同文です。

それとこれはそれ以前の問題だけど、
自分たちはあくまでも、

「その場所を借りて楽しませてもらっている」

のであって、

「来てやってるんだ!」

という感謝の気持ちがごっそり欠落してるようなのは絶対ダメです。

せめて食事をする時「いただきます」というのと同じくらいの、
そういう最低限の感謝の気持ちは常に心掛けたいものです。


あいかわらず偉そうなことばかり言ってすみませんでした。


ただなあ、
これ書いて今のクラシックのコンサートでの、
ときおりみかける惨状をみると、
まだ「聖地」へのビジターの方がまともなんだよなあ。


どんだけ荒んでんだか、クラシックは。


(追伸3)

ここでも問題が起きてるのかあ…。
https://twitter.com/katabuchi_sunao/status/818431028855336961


以上で〆です。

ビゴーの「三津 寺の境内から望む淡島」の現地に行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

というわけでこの日内浦に行く。

ただそれだけでは能が無いので、
その前に静岡県立美術館に行く予定を立てる。

だが朝その予定が変わった。

横浜からあまりにも富士山が見事にみえた。


このため急きょ三保の松原へ行くことにする。


小田原から新幹線。車中からも見事にみえている。
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静岡から清水に戻り、
そこからバスで現地へ。

自分はここに来るのはこれで三度目。

最初は数年前の9月、夏の富士。
二度目は今年5月、だけどこの時は大雨で…。
そして三度目が今回とあいなった。

三保松原へ続く全長約500mの木道「神の道」。

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そして海岸線に出るとこれが絶景でした。
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もうこのままずっとここにいたかったがそうもいかない。

再び清水に出てそこから沼津へ、
そしてバスで三津まで行く。

残念なことにこの間に富士に雲がかかる。

三津へつくとそこから来迎寺まで歩く。

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参道。

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山門。

この山門から振り返った風景それが
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そしてビゴーの絵
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ここでじつはいろいろなことに気づく。

じつはこの絵にありそうで無いものがいくつもあった。

これは現地に行ったからわかった部分が大きい。

おそらくいろいろとこの130年間に改装されたのだろう。

またおそらく震災の影響と思われるものもあった。
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この山門の前の敷石もそのあたりがいろいろと感じられる。


この後この絵と風景をいろいろとみるが、
ひとつ不思議なことに気づいた。

じつはこの絵、
下の方に門の一部が写っているが、
左右にあるはずの柱や、
上にあるはずの屋根などがここには書かれていない。

位置的には、
山門を一跨ぎしてすぐの所らしいがこれははたして…。

みると山門の屋根が新しいので、
これはひょっとして後からつくられたのかとも思ったが、
さすがにそれを即断するのは無理。

ほんとうは来迎寺の方に聞くのがいいのですが、
この日は年末の大掃除の最中のようなので、
このような野暮用でそれを邪魔するのも申し訳ないので、
今回は断念しました。


ただ門の所で中腰にかがむと、
屋根にかからず淡島の上に大きなスペースがつくれるので、
絵が縦長ということもあり、
おそらくこの狭いスぺ―スで中腰、
もしくは何かに腰かけて絵を書いていたと思われる。


ただそれを思うと、
130年前にビゴーがいたその場所に、
自分がまた立っているということが、
なんかとても不思議な感覚を覚えたものでした。


この後あてもなくプラプラと歩く。

この日はキャンドルナイトがあった。

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その海岸の様子。

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まだ明るかったですが暗くなったらさぞ美しかったことでしょう。

このとき近くで食べた「かに汁」がおいしかったです。200円。

内浦の夕暮れ
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朝から動きづくめでさすがに疲れたので、
夜が更ける前に帰途につきました。

こうしてビゴーの絵の描かれた現地に、
またひとつ行くことができました。

それにしてもビゴーはどこで宿泊したのでしょう。

まさか来迎寺に泊まった?


このあたりはまた機をみて調べてみたいと思います。

しかし来迎寺といい医源寺といい、
かなり高いところにあります。

というより、
三の浦にある神社仏閣の多くはかなり高いところにあります。

やはり津波等に備えていた、
先人たちの考えに基づくそれなのでしょう。


三の浦で大地震に遭遇したらすぐ高いところに避難。

特に横断歩道や停留所のある付近には、
ほとんど高台へ避難する道があるように感じられました。


ビゴーの絵は、
そんなかつての人たちの知恵の一端も描きだしているのかも。


来迎寺の帰途、参道を降りる途中に
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地震が来たら来迎寺へ!


最後に来迎寺の場所です。
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尚ここは拝観料をとって公開する寺院と違い、
地域に根付いた檀家さんとのそれに根付いたお寺ですので、
境内は私有地ということもあり、
参拝以外の行為は極力慎むまれますようご協力願います。

内浦でみたダイヤさんと津波のこと。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

先日内浦に行ったとき、
明治44年創業の松濤館の前で

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ダイヤさんの看板をみた。

このときは大洗と同じでほほえましいと思っただけだけど、
今考えるとこれはかなりある意味いい使い方も兼ねていると思った。

この松濤館。

内浦地区では三つしか指定されていない津波避難ビルのひとつ。

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※グーグルマップより。

だけど遠隔地からくる、
特にアニメファンの人にはそう簡単にはわからない。

しかしこの看板が目印となると、
かなりの人がそれを認識することができる。

また偶然かもしれないが、
このときダイヤさんの見ている目線の方向には、
ホテルと駐車場の間にある、
山側へ行ける津波からの指定避難路がある。

goo1.jpg
※グーグルマップより。

ダイヤさんの居るところにも見ている方向にも、
津波避難に関わる重要なものがあるので、
これを知ってる人には、
この付近で地震に遭遇したらすぐに行動に移せる準備ができるだろう。

地震がきたら

「ダイヤさんが目印」

というかんじで。


自分はかつてアクアのキャラを使用した、
避難路や避難ビルのマップを、
配布できるよう制作したらどうかということを思っていたけど、
こういう形でのやり方もありだなと思った次第。

goo4.jpg
実際はもっと細かく避難路ごとにキャラを小さく配し、
色はモノクロでSDキャラの方がいいとは思いますが、
あくまでもざっぱなイメージとして。


以前
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-09-01

というものを書いたのは、
自分のいる近くの、
鎌倉~江の島も同様な問題を抱えているので、
とても他人事とは思えなかったからだ。


ここは大洗とは違うけど、
アクアのそれに協力的で、
尚且つ側に津波避難路がある店舗には、
他のアクアのメンバーを配して、
津波避難路の目印にするというのはどうだろう。
(看板にこだわらず日焼けしない大き目のシールでもいいかもしれない。)


確かに恒久的なものにはならないかもしれないけど、
少なくとも「ラブライブ」がらみで、
観光客が今のように増えている時には
いざという時ひじょうに手助けになるように思われる。


地震や津波は地元の人たちだけだなく、
観光に来る人たちに対しても大きな問題。

そういう事に対して、
いろいろなものがこういう形で役にたつのは、
人にとっても作品にとっても、
とてもありがたいことではないだろうか。

バスやタクシーであれだけ注目されるのだ。

やり方ひとつで、
これは多くの人たちを助ける糧になるかもしれない。


最後に、
こういう地域において津波について語ることは、
観光客を減少させることに繋がると、
立場によってはかなり危惧されるかもしれないけど、
地元が観光客の安全に真摯に心を砕いていることを、
率直に目で見えるように行っていれば、
やり方としてはむしろ観光客の信頼からくる顧客づくりに繋がると思う。

どうだろうか。

ビゴーの「富士(沼津・江浦)」の現地に行く。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

この日、
横浜からも夜明けと同時に富士がみえていた。

この日いろいろといただいた情報をもとに、
ビゴーが書いた、

「富士(沼津・江浦)」

を書いた場所を探索することにした。


まずは候補をつぶしていくため、
口野から南下していくことにした。

まずは金櫻神社
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ここからは大久保山跡はよく見えるが富士は見えない。
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続いて白山神社。
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ここは木が多すぎることもあるが、
やはり角度が違う。
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そしてさむ様の写真を撮られた医源寺。

ここでしばらく上に上ると横へ道がのびていた。
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そしてそこを少し歩くとここにでてきた。
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さむ様のおっしゃられたように、
もう完全に決まりというかんじだった。

ここでビゴーの絵とその風景を比べてみる。
えうら.jpg
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そして上の写真にビゴーの絵の大久保山を載せてみる。
大久保11.jpg

もう決めていいと思う。

おそらくここ、
もしくはここから半径10メートル以内が、
130年前ビゴーが「富士(沼津・江浦)」を書いた場所だろう。

それにしても凄い場所だ。

おそらく当時は民家などあまりなかったため、
こういうスポットがあっさりみつけられたのかもしれない。

ただちょっとこの場所、
誰でもあっさり来れるという、
そう言いきれる場所ではない。

特にこの日は朝の冷え込みで、
薄氷がはっていたので滑りそうになりちょっと危険だった。

もし行かれる方は、
このあたり充分ご注意をお願いしたい。


あといつかはこの絵を所蔵する、
静岡県立美術館も、
ビゴーの書いた場所を確定しに、
いろいろと調査をするかもしれないので、
その時が来たら、
それで出た答えを正式決定としたいと思います。

今のところはまだ仮決定ということで。


ただなあ、

これを見てしまうと、
ある意味宇都宮美術館所蔵のビゴーの

「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」

をどうしてもたみくなるのは人情。

仮決定をさらにがっちり固めたいところです。

ただ逆に揺らぐかもしれませんが…。



このあとは内浦の富士山巡りへ。

今回ようやく内浦で
完璧に富士山を見ることができた。

あたりまえとはいえ、
やはり横浜などとは比較にならないほど大きく見える。

三津海水浴場から。
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かもめのお宿「長浜」前の展望台から。
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三の浦総合案内所から。
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もう少し長浜城寄り。
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長浜城跡より。
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とにかくどこからも富士がよく見えました。

やはり天気の良いときの内浦は素晴らしい。


帰り停留所の近くの松濤館の前に、
どこかでみかけた人が立っていた。

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ちょっと大洗ぽい感じがした。
さすがバンダイ。


という感じでした。


とにかく天気が良くて富士が見えるときの内浦江浦は最高です。

これで大洗のように、
もう少し潤沢にベンチが見晴らしのいいところにあれば、
もっと観光客が滞留してくれる時間が長くなりそうなところですが…。

このあたりはまたいろいろとあるのでしょう。


以上です。





尚、今回の場所絞り込みに情報をいただきました、
さむ様にはあらためて深謝です。

ほんとうにありがとうございました。

ビゴーの「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

風刺画でも知られるフランスの画家ビゴー。

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※ビゴー作「魚釣り遊び」

彼は日本に18年の長期にわたり滞在し、
日本各地を歩きその様子や風景をスケッチ等で残してくれている。

そんなビゴーは取材のかたわら、
箱根、熱海、修善寺等を訪れ、
その地のスケッチや絵画をたくさん残している。

その中には以前ここでも紹介した

「富士(沼津・江浦)」
えうら.jpg

があるが、じつはビゴーにはこの三の浦もので、

「三津(伊豆)寺の境内から望む淡島」

という油彩画があるという。


おそらく修善寺あたりから、
内浦に入った時に書いたものだろうけど、
江浦の絵も存在していることから考えて、
修善寺から日帰りしたとはとても思えない。

おそらくどこかで宿泊したのだろうが、
ビゴーがこの地に来たのは1887年の8月とのこと。
(それ以前も来ているかもしれないが)

1887年というと明治20年。

安田屋旅館ができる二年も前の話なので、
残念ながらここではないようです。
※これは事実誤認で開業は1887年だそうです。

いったいどこで宿泊したのかとても気になりますが
それよりもやはりその絵がみてみたいし、
どこで書かれたのかもぜひ探してみたい。

しかも「淡島」と明記されているということで、
先の「江浦」の絵と見比べることで、
よりあれが大久保山かどうかが明確になるというもの。


この絵は56.1×27.0㎝という大きさのもので、
栃木の宇都宮美術館がこれを所蔵しているとのことてずが、
残念なことに来年(2017)の1月6日まで休館中で、
それがしばらくはかなわない。


このあたりは来年のおたのしみということですが、
江浦だけでなく内浦からの絵があるというのは、
正直驚きました。

できればいつか二つ仲良く並べてみられるような、
そんな催しがあると嬉しいかも。

またひとつ楽しみができてしまいました。





宇都宮美術館
http://u-moa.jp/index.html



その後この絵を実物ではありませんがみることができました。

awa111.jpg

さむ様のおっしゃられたように来迎寺からのものでした。

じっさいにはこの写真よりもう少しはっきりしていて、
よりしっかりとした印象があるものとなってます。



それにしてもビゴーのデッサンの力が半端ではない。

江浦からの富士もそうですが、
ビゴーの絵に現地の写真をはめてみて、
あまりにぴったりとおさまるのに驚きです。

近いうちこちらの方も現地であわせてみたいと思います。

ビゴーの絵の謎 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

以前自分は
「江浦を描いたある絵画の現場をもとめて。」
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-10-11
ということを書いた。

内浦を四十数年ぶりに訪ねたとき、
そのきっかけで「魚釣り遊び」で有名な画家ビゴーの、
富士と沼津や江浦を描いた絵の存在を知ったのだが、
この絵をみたとき、
無性にこの絵が描かれた現地を探したくなった。


だがこの淡島の左に富士がみえる江浦の場所というのが、
どうしてもみつからない。

内浦だと長浜城と三の浦の総合案内所の間からだと、
それらしい角度になる。

うちうら.jpg

だがどうもしっくりこないしわからない。

土地勘も無く、
沼津や口野から長浜まで数回しか歩いたことのない者では、
なんとも手詰まり感がでてきた。

このためツィッターで
そのことを書き込んだのだが、
このあと想像もしない展開になってしまった。


この絵の解説には「淡島」越しと明記されており、
こちらもそれを前提にやっており、
じっさいに見た淡島をみても違和感は何も感じなかったが、
この「淡島」がどうも淡島ではなく、
今は無き「大久保山」ではないかということが話としてでてきた。

つまり重寺付近から大久保山超しに富士山を観るような、
そういう構図ではないかということ。


このためすぐにネットで大久保山のことを調べた。

そうすると以下のようなサイトに巡り合った。
http://dekowalker.at.webry.info/200807/article_24.html

大久保山は1980年代に開発のため消滅した、
標高140mほどの高さの山で、
落石や土砂崩れの多い難しい山だったという。

たしかにそういわれてみると、
山の斜面の一部が土砂崩れが起きたような跡がみえるし、
淡島にしては陸続きのように見えないこともない。

また最初みたときに、
ずいぶん鋭角的な淡島だなあと思ったけど、
当時は「モスラ対ゴジラ」で静浦に来た時、
映画当時と今とでは、
当時はかなり山が鋭くしかも荒れてみえたので、
今と昔では淡島の木の雰囲気が違うのかもと、
思ったものでした。



余談ですが、
この「モスラ対ゴジラ」(1964)の聖地巡りの時、
静浦の淡島寄りの山の稜線がかなり変わった…
…というより山一つ消えたようにみえて、
ものすごい違和感と謎を感じたものでしたが、
これもこの大久保山の件が判明し解決しました。


そしてその後、さむうら様のツイートにおける写真。
https://twitter.com/urakutenism/status/807378145791725568

このショックはかなり大きかった。

確かにこの今は平地になっている大久保の鼻に、
140mの山があればじつにあの絵と似た構図になるようにみえた。

そこで富士山の頂上から大久保の鼻の海寄りを直線で結ぶ。
f-01.jpg

続いてこれを地図に置き換える。
f-02.jpg

この伊豆側を拡大すると、
その延長線上の右側に重寺が入っていた。
fuji.jpg

これで
富士山と大久保山の位置関係から、
江浦の重寺のやや北東側あたりから書いていたのではないかという、
そういう推測の確度がより高くなった。

このため静岡県富士山世界遺産課を通して、
静岡県立美術館にこの絵に対して、
ビゴー自身はこの絵に対して、
「淡島」と明記しているのかどうかの確認をお願いしたところ、

「伊豆国江浦港より富士山を眺望す 画師 美好」

と裏面に記載されており、
それがすべてということを、
ご丁寧に返事をいただけた。

因みに「淡島」と明記したのは、
地元の方の意見を参照にしたとのこと。

このことから、
もしこれが大久保山だとすると、
たしかに内浦ではなく江浦から富士をみていたことが確定し、
ビゴーの絵の裏に書いたこととも一致する。


自分が一時、
ビゴーが江浦と内浦を間違えていたという考えは、
この時点で消滅、
もうほぼこのラインで決まりだろうと正直思った。


だがここには大久保山云々とも明記されてないので、
今一度念押しのために、
内浦から淡島越しと、
江浦から大久保越しに富士をみる必要がある。


ただ問題なのは、
これが書かれた所が江浦である場合、
その場所が口野から重寺に抜ける旧道付近の可能性が高く、
しかもその旧道は今はもう人が通ることが難しいとか。

つまり幻の道から幻の山越えに富士を書いたという、
ほんとうに貴重な絵にこれはなるかもしれないし、
それだけにこれはかなり厄介なことになってしまうかも。


正直なんとか機会をみて年内には詰めたいと思ってたけど、
これはかなり難航しそうです。

美術館側もいつかは実地調査をするかもしれませんが、
こちらもこちらで無理せず詰めていきたいと思います。


尚、この件に関しては多くの方に協力や、
情報提供をいただいています。

この場を借りて御礼申し上げます。


深謝です。


その後の現地でのこと。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2016-12-17



(余談)

それにしても不思議なもので、
ガルパンによって行くことになった大洗では水浜線。

そして今回ラブライブ・サンシャインでのここでは、
静浦ではゴジラ、
江浦ではビゴーと、
予想もしなかったものと縁ができてしまった。

自分にとってどちらも、
当初とは違う「聖地」としてどっぷりとなってしまったが、
こういう巡り合わせもまた、
聖地巡礼のひとつの醍醐味なのかもしれません。

やっぱり直接来てみて歩いてみなければわからないものです。

勉強になります。

高尾山古墳再訪 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

沼津へ行く。

今日は沼津についた段階で行先を決めることにしていた。

富士がみえれば内浦、
みえなければ高尾山古墳。

結果は迷うことなく高尾山古墳再訪となりました。

北口から歩いて三十分強といったところ。

江原公園交差点を過ぎるとすでに古墳がみえている。

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横には熊野神社
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そして高尾山古墳。
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東日本最大の古墳といわれているそれで、
かつて取り壊して道路をつくるという、
たいへん無謀な計画があったが、
今は道路と古墳の共存計画を進めている最中。

みると今回はじめて案内の看板があった。
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熊野神社の敷地内に無いというのが、
ちょっと複雑な事情がありそうで怖いけど、
でもこれがあるだけでもありがたい。

全部で二か所ほどあった。

az04.jpg
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まだ本格的にどうこうという感じではないので、
保存もまだ十分ではないようにみえる。

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以前移転したときの熊野神社のそれが、
未だここにあるのはちょっと寂しいかも。

さっきの交差点の上にかかっている歩道橋から。
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休日の昼下がりなのに、
このあたりの道はかなりの交通量だ。

古墳の保存も大切だが、
交通の整理や緩和も大事というのが、
ここ来るとあらためてわかる。

それが終わらないと、
これを観光に使うというのもなかなかできないし、
今ここが「ラブライブ」の聖地になったら、
とてもではないが受けることは不可能だろう。


落ち着いた状況にはみえるが、
とにかくいろいろと案がでてきているので、
よりよい解決法が実践されることを祈るのみです。


しかしこうしてあらためてみるとやはり大きい。
しかも高い。

以前、
富士山、高尾山古墳、伊豆半島南にあった頃の三島大社、
この三つが一直線に並ぶ関係云々といったことがあるけど、
あらためて再訪してみると、
あのときは「砦」を兼ねているかと思っていたけど、
やはり「祭祀」に関わっていると考えた方が理に適う気がしてきた。

再度熊野神社をあの古墳の上に鎮座させるのは無理かもしれないが、
信仰の対象として崇められてきたのかもしれないこの古墳が、
一日でも早く整備され、
この周辺だけでなく、
かつてそうだったと思われるような、
沼津市そのものにも福音をもたらす存在になってほしいものです。
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