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「ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》」を聞く。 [クラシック百物語]

「ほとんど誰も観られなかった《マリインスキー劇場初来日100周年展》」

1916(大正5)年6月16日から三日間、東京の帝国劇場で初の「露國舞踊」公演が催されました。出演者はエレーナ・スミルノワ、ボリス・ロマノフ、オリガ・オブラコワの三名。ピアノ伴奏による小規模な催しでしたが、彼らはペテルブルグの帝室劇場(マリインスキー劇場)バレエ団の正団員であり、このときチャイコフスキーの《白鳥の湖》の一部(「二人舞踏」すなわちパ・ド・ドゥー)や、サン=サーンスの《瀕死の白鳥》などが初めて踊られた意義は、日本バレエ史に特筆すべきものといえましょう。

 昨年の12月26日、この初来日公演100周年を記念する重要な展覧会「純粋なる芸術」が東京・狸穴のロシア大使館で開催されました。新発見の史料をふんだんに用いた展示は、マリインスキー劇場の現総裁・芸術監督ワレリー・ゲルギエフの肝煎りでまずペテルブルグ、次いでウラジオストクで公開され、最終的に東京へ巡回したものです。当日は数十名のバレエ関係者を招いた内覧会が開かれ、その様子はNHKのTVニュースでも報道されました。にもかかわらず、その後ロシア大使館は「ここは美術館ではない」との理由から展示を一般公開せず、観覧依頼や問い合わせにも応じなかったため、この貴重な展覧会は、バレエ史の専門家を含め、ほとんど誰の目にも触れずに幻のまま幕を閉じました。残念というほかありません。

 そこで今回の桑野塾では、ロシア大使館側とかけあって、この展覧会を30分間だけ観る機会を得たという沼辺信一氏に、展示内容とそこから明らかになった新事実、さらには来日公演を観た100年前の日本人たち(大田黒元雄、山田耕筰、石井漠、与謝野晶子、有島武郎ら)の反応について、詳しく報告してもらいます。

http://deracine.fool.jp/kuwanojuku/

という内容で沼辺 信一さんの講義を聞く。

以前沼辺さんの

「大田黒元雄と『露西亜舞踊』──1914年のバレエ・リュス体験」

を聞いてその情報量の多さに度肝を抜かれたが、
今回もあっという間の三時間。

濃密すぎてはたしてここに書いていいのかどうか迷う事がほとんどで、
さてどうしたものかと困るほど。


ただ今回いちばんここに書きたいこととして、
この展覧会が日本のみ異常な形での公開だったという事。

地元マリンスキー劇場ではこの展覧会、
2016年6月15日という、
100年前の日本公演初日と同じ日に
御大ゲルギエフ自らも参加しその開会式が行われ、
翌日からは一般にも開放、
7月29日からはウラジオの「マリンスキー劇場・沿海州劇場」でも、
同じように開催されたとのこと。

ところが何故か日本では、
初日に一部マスコミとバレエ関係のライターやブロガーのみ招待し、
一般にはついに公開しないまま、
しかも期間のほとんどが年末年始で閉館していたという、
ほんとになんとも不思議な事とあいなった。


これは本来これより少し前に来日した、
プーチン大統領の手土産のひとつだったものの、
窓口が大使館になってしまったため、
こういう不可思議な公開になったのではという、
そういう推測がこのときでた。

実際どうなのだろう。


ただこれには劇場側はかなり不本意だったらしく、
仕切り直しで再公開したい意志を表明しているとのこと。

今年(2017)12月にはマリンスキーがゲルギエフと来日するので、
これを知ったらさぞや落胆してしまうことだろう。

どこかなんとかしてくれないものだろうか。


さて講義の内容はこの展覧会の全貌と、
その内容についてはかなり突っ込んだ内容を前半。

後半は百年前の公演についての、
当時の反響等からの考察という構成。

この公演そのものは、
いろいろと書籍にも掲載されており有名とのことで、
来日メンバーはダンサーとして、
エレーナ・スミルノワ、ボリス・ロマノフ、オリガ・オブラコワの三名。
それにピアノのカルル・ヴァン・ブルフというもの。

特にスミルノワとロマノフは、
バレエ・リュスにも参加していたマリンスキーの花形。

ただ当時これは急遽決まったため、
1916年6月16日から18日という週末興行だったものの、
かつてのプロコフィエフの来日公演同様、
マチネ公演となってしまったためたいへん人の入りに苦労し、
(午後一時開演)
最終日は一部演目を入れ替えると新聞発表されたものの、
会場の帝国劇場の1/3ほどしか人が入らなかったと、
当時の証言が残っている。

もっともスミルノワ一行の待遇はとてもよかったらしく、
帝劇の関係者に三越ヘ買い物に連れて行ってもらったりしています。

またスミルノワ達は日本の踊りもいくつかこのとき覚えたらしく、
「隅田川」や「北洲」あたりを取り入れた舞踊を、
日本から帰国した後演じていたようです。


因みにこの公演には、
当時の本野一郎在ロシア日本大使あたりが関係しており、
日露が蜜月期だったことや、
大正天皇即位式にロシアの大公が出席した事等の関係で、
政治的なものによりこの来日が実現。


初日の公演内容は、
前半七曲の後休憩二十分。
そして後半十曲という内容で、
だいたい二時間くらいだったらしく、
三日間おそらくこの曲数に近いもので行われたと思われます。

このときいろいろと資料が配られましたが、
さすがにそれらすべてをupするのは拙いので、
その中から当時の初日と二日目共通と思われる、
日本語プログラムのみあげておきます。

jj3.jpg

最後に、
このときの模様を日本側から撮影していたらしく、
宮内庁にそのことを問い合わせしたものの、
お答えがこなかったとのこと。


宮内庁には以前、
バックハウスの宮内庁での演奏会の件で、
丁寧に対応していただいた記憶があるので、
かなり難しい件だったのだろうか。

このあたりもいつかは明確になってほしいところ。


とにかくいろいろと勉強になる濃密な三時間でした。





余談

この公演、
当時反響がほとんど無いまま終了したというのが定説で、
はたしてそれは本当なのかという考察もあった。

金~日の三日間。
最終日ホールの1/3しか入っていなかったという事を考えると、
これは完全に興行としては失敗という意見が出た。

ただ個人的には、
まだバレエ・リュスの情報が入り始めた頃とはいえ、
バレエそのものがまだまともに演じられたことのない日本で、
この頃の帝国劇場は約1900というキャパに、
その1/3、約600人くらいは来場していたということを思うと、
交通機関も今とは違う事から、
よくこれだけの人がむしろ観に来たという気もする。

しかもその中には音楽や舞踊関係だけでなく、
与謝野晶子や有島武郎、それに高田保も来場していたのだから、
狭い範囲なりにある程度話題のあった公演だったような気がする。

このあたりさらに研究されることだろう。


尚、1916年というとロシア革命の前年ということで、
来日としてはギリギリのタイミングといえたかもしれない。


宮沢賢治がボストン交響楽団の商業用初録音となる、
チャイコフスキーの交響曲のレコードを聴いて、
その内容に驚きクラシック音楽にのめっていくよりも前、
「いとう呉服店少年音楽隊」こそ結成されていたものの、
日本にまだ本格的交響楽団どころか、
洋楽の国内盤レコードすらまともに発売されていなかった、
そんな時代の話です。


「いとう呉服店少年音楽隊」
1911年に発足し後に東京フィルハーモニーへと発展する。
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井上道義指揮大阪フィルハーモニー東京公演に行く [クラシック百物語]

20170222.jpg

(会場)東京芸術劇場
(座席3階K列21番
(曲目)
ショスタコーヴィチ/交響曲第11番 ト短調 「1905年」作品103
ショスタコーヴィチ/交響曲第12番 ニ短調 「1917年」作品112


井上道義さんと大阪フィルのショスタコーヴィチを聴いた。

かつての日比谷公会堂での連続演奏会以来。

大阪で同プロを二回行い、
その後二日開けてのこの東京公演。

オケはそのためこの曲に対し、
ある程度慣れみたいものがあり、
それがいい意味で表情の練れとなってあらわれていたが、
オケの蓄積された疲弊は後半いろいろとあわれていた。

これだけのハードなプロを立て続けにやったのだから、
さすがにノーミスでやれというのは無理な話なので、
仕方ないといえば仕方ないのだろう。

やってるのはサンクトのフィルハーモニーでもなければ、
シカゴやベルリンのオーケストラでもないのだ。


前半の11番は抑制のきいた演奏で
第一楽章から弦を中心とした音楽の集中度が素晴らしい。

ただ井上さんのショスタコーヴィチは、
ラザレフのような劇場型でもなければ、
北原さんのように王宮広場での事件を、
聴き手にその現場に立たせ目撃者とさせることもない、

それはまるで圧倒的に巨大な壁画に、
細部までその顛末を、
そこにいる人間の阿鼻叫喚や嘆きと絶望を含め、
とことん心血注ぎ込み描き込んだかのような演奏となっていた。

これにより音楽に込められた情報もかなり濃密かつ圧倒的で、
聴き手に強い集中を結果強いることとなった。

このため演奏する方にとっても聴き手にとっても、
かなりタフな演奏会となったようだ。

その為劇的な部分では怒涛の如く大音響が当然ながらオケに要求され、
それはそれで聴き応えがあるにはあったが、
第三楽章の冒頭の低弦のピチカートの深い響きからはじまる、
その静謐な部分の音楽の方がさらに秀逸で、
強く心に刻み込まれるような強い求心力がそこには働いていた。

ショスタコーヴィチの音楽のある意味真髄のようなものが、
垣間見られたような気がするほどだった。

20分の休憩の後、後半の12番。

正直この曲は11番より力を入れっぱなしに近いものがあり、
金管を中心にオケにかなりきているものが感じられた。

しか井上さんの音楽の激しさは、
11番よりさらに強熱的なものがあり、
その押しては引くような感情の怒涛の大波が
凄まじいばかりに第一楽章から吹き荒れていた。

その後第二楽章にためにためたエネルギーが、
第三楽章を上り詰めて第四楽章で一気に爆発するあたりで、
井上さんはこの日の二つの交響曲分のまとめをするかのような、
きわめて強大なエネルギーを音楽に注ぎ込んでいた。

大阪フィルもそのため音は濁りミスもかなり散見されたが、
井上さんにしてみればノーミスのような綺麗ごとは二の次で、
むしろそういう部分を乗り越えて放出される、
感情のふり幅やエネルギーこそこの曲に必要であって、
そこに傷だらけになりながら、
それこそ足元もふらつきよろけながらも、
自分たちの信じる明るい未来を勝ち取った人たちの姿を、
そしてじつはその後に決してそれが明るい未来ではなかったことも、
すべて描き出すことができると考えていたような気がした。


それはかつて日比谷で井上さんが聴かせた、
あの13番における姿勢とどこか重なるものがあった。


圧倒的な輝かしい音楽で幕を閉じたかのように聴こえてはいたが、
その割に歓声等が意外に少なかったのは、
ただこの重量級のプロに疲れたというだけではなかったのではないか。

何かそんな感じが最後に気持ちのかたすみに残る演奏でした。



ただ自分とってこれほどの演奏であったにもかかわらず、
この演奏会の感銘はいまいちだった。


今回のホールと自分はどこで聴いても以前から相性は悪い。
なので一番安価な席で聴いていたけど、
その割にいいかんじで聴けたのはありがたかったものの、
相性の悪さは依然としてそのままだった。

できれば日比谷公会堂で聴きたかった。


ただそれ以上にまいったのは、
演奏中に前半後半関係なく間断なく続いたある「ついてない事」。


終演後井上さんのマイクがあったようだけど、
自分は拍手鳴りやまぬ早いうちに退席したのは、
疲れたというだけではない、

今回のこの「ついてない事」は、
自分がコンサートから一時遠ざかった要因のひとつだが、
これによりまたしばらく遠ざかることになりそうだ。

これは運もからんでいてもうどうしようもない、
むしろこれから増えていくことなのかもしれない。

それを思うと
自分にとってもう演奏会は来るべき所ではないのかもしれない。


もっともこれほどの演奏を聴けたのなら、
これを最後としても悔いはあまり残らないという気もするのですが…。


最後に。

クラシック音楽はここ十数年の間に、
井上さんやラザレフによって、
超弩級のショスタコーヴィチが数多く日本で演奏された。

他にもアレクセーエフや北原幸男さんによる演奏も素晴らしかった。

特に最初の二人は良好な録音が少なからずあるのが嬉しい。

今後これらの演奏は歴史的名演として、
その録音とともに長く語り継がれることになると思う。

それはかつてのヨッフム、チェリビダッケ、朝比奈、ヴァント、
さらにその他多くの指揮者によってブルックナーの名演が多く演奏された、
日本の二十世紀最後の十数年の時代のそれと同等といってもいいと思う。


伝説的名演もすべて今のその目の前にあるひとつの演奏会からはじまる。
そしてそれと真摯に対峙した人たちによって、
後世へと誠実に語り伝えられる事でその幕があがる。

そんなこともあらためて感じさせられたこの日の演奏会でした。

尚、今回の公演も録音されているということなので、
今後もある意味生きた記録として残されるのは本当にありがたいことです。

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飯守さん指揮の神奈川フィルの演奏会に行く。 [クラシック百物語]

飯守泰次郎指揮神奈川フィルハーモニー管弦楽団(2/18)
(会場)みなとみらい
(座席2階RE3列1番
(曲目)
ベートーヴェン/交響曲第8番ヘ長調Op.93 
シューベルト/交響曲第8(9)番ハ長調D944「グレート」 


神奈川フィルの演奏会を久しぶりに聴く。

前回は2014年2/22の同じく飯守さんの指揮による、
ブルックナーの7番以来。

そのときの感想は以下にあります。
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/54054871.html

正直言うと川瀬さんの体制になって、
好評と好演を連発しているという噂を聞いてなければ、
この演奏会にはきていなかったと思う。

川瀬さんは以前まだここの常任になる前に音楽堂で演奏した、
ハイドンの90番が強烈な印象として焼き付いていて、
http://blogs.yahoo.co.jp/orch1973/53457390.html
そのせいかその後のそれはある程度予想していたとはいえ、
やはりとても気になっていた。


ただ個人的に、
ここ数年コンサートになかなか行ける感覚ではなかったこともあり、
予想通りその後コンサートそのものから遠ざかってしまったが、
幸い昨秋あたりから少し気持ち的に持ち直してきたこともあり、
今回聴きに行った次第。

公開練習でも感じたけど、
あきらかに神奈川フィルは今が最盛期といっていいくらい状態がいい。
シュナイト時代やその前後の時期にも感じたこのオケへの不満が、
もうほとんど感じられなくなっていた。

それどころか予想もしていないくらい、
このオケの長所をそのまま活かしながら、
力強く積極性に富んだ厚みのあるオケに変貌していた。


なのでこの日のコンサートはまさに「聴くべし!」状態だった。


飯守さんの指揮をいつ聴いても思うことに、
その音楽にいくつもの平行した美しいラインがあるように感じられることがある。

それがワーグナーやブルックナーではいくつもの波紋や風紋を描きながら、
美しい音楽をそこに展開していくのですが、
これがベートーヴェンやハイドンとなると、
これが独特の様式美へと転化されていくのが面白い。


今回のプロはまさにそれで、
飯守さんのこのあたりの曲へのスタンスがとてもよくわかる、
なかなか面白い選曲となっているようです。


ベートーヴェンの8番が初演されたころ、
シューベルトは二番目の交響曲に着手しており、
それから四年の間に五曲の交響曲を書き上げた、

だがそれからのシューベルトの交響曲創作は難航を極め、
あの「未完成交響曲」を含めて、
最低でも四曲の交響曲を未完のまま放棄した形となってしまった。

このためシューベルトの最後の十年間で完成された曲は、
べーと―ウェンの第九が初演された翌年から本格的に書き進められた、
このハ長調の第8番しかない。

それを思うと、
ベートーヴェンの交響曲第8番と、
シューベルトのこのハ長調を並べて聴くことは、
聴く人それぞれにいろいろと想起させられるものがある。


また今回のこの二曲がベートーヴェンの交響曲第7番同様、
リズムというものが大きなポイントになっている事も共通しており、
これも今回の飯守さんの演奏にも強くあらわれていた。


そんないろいろと考えさせられるプロだけど、
飯守さんのそれはとにかく一貫して強い音楽がそこには描かれていた。


前半のベートーヴェン。
確かに素晴らしく勢いのある出だしだけど、
どちらかという大きなメロディの塊を奔流のように押し出したかのようで、
きっちりとした古典的な演奏という感じはしなかった。

ところが繰り返しになって再度冒頭に戻った瞬間、
今度は音楽そのものが一段高い所まで立ち上がったかのような、
じつに力強い造形美を伴った音楽として鳴り響いた。

そのときこの交響曲には、
じつはこれだけの強さと大きさが込められていたということを、
あらためて感じさせられるものがあった。

もちろんそれだけではなく、
第三楽章のトリオにおけるチェロのソロと、
ホルンを中心とした木管の美しいコラボレーションなども素晴らしく、
この曲にはこれだけ多くのものが贅沢に詰め込まれているのかと、
とにかく飯守さんのこの演奏はこの曲の魅力をいろいろと再確認させられる、
本当に素晴らしい演奏でした。


そして後半のハ長調。

飯守さんらしい個性的な部分も散見されたけど、
とにかくこれほどタフで強靭な演奏というのも稀だろう。

反復も徹底的に行ったため、
その演奏時間は60分ほどになっていたと思う。

中低音とティバニーもしっかりと連動して強いパワーを生んでいたし、
この曲独特の執拗な繰り返しも、
どんどんエネルギーに変えて突き進んでいくような、
鈍重とは無縁な推進力を兼ねていた。


ただいちばん強く感じられたのは、
この曲がシューベルトの二十代半ばに書かれた作品であるということ。

確かにシューベルト最後の完成交響曲であり、
死の二年前の作品ではあるものの、
当時のシューベルトにまだ死は遠い存在であり、
むしろこの八長調の大交響曲を出発点として、
さらに自分の世界を押し進めていこうという、
そういう作曲者の意気込みと若さがこの演奏からは感じられた。


飯守さんはかつてブラームスの第四交響曲を、
ブラームスの年齢から考えて枯れた曲というより、
壮年期の活気と覇気の方が感じられる曲として演奏していたが、
この演奏を聴いていてそれをふと思い出した。

またこの曲を作曲中に、
おそらくベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲の、
少なくとも12番と15番を、
シューベルトが耳にしたであろうことも、
何故かこの演奏を聴いていて、
この曲からなんとなく感じられるような気がした。


とにかく輝かしいくらいの若さ、
ベートーヴェンからの影響、
そしてロマン派との融合と、
とにかくこの演奏も前半のベートーヴェン同様、
これまたふんだんにいろいろと盛り込まれた贅沢な演奏だった。


またこの二つの曲の、
盛り沢山の要素を表出させた飯守さんによるタッチの強いタフな音楽を、
ここまで描きつくした神奈川フィルも素晴らしかった。


これで来季からのそれもまた実り多き名演の数々が生まれるだろう。

ほんとうにいい演奏会でした。

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「巨匠不在の時代」という大嘘。 [クラシック百物語]

2002年2月にギュンター・ヴァントが逝去したとき、
それを機会に多くの音楽ゴロが、

「最後の巨匠が逝った」
とか
「巨匠の時代は終わった」
そして
「巨匠不在の時代」
とほざきはじめ、
一部では今もそれを恥知らずに公言している輩がいる。


この時点では事実上引退していた人も含めると、、
クルト・ザンデルリンク、ペーター・マーク、フルネ、サヴァリッシュ、
ジュリーニ、コリン・デービス、プレートル、プーレーズ、スイトナー、
マゼール、アバド、マリナー、アーノンクール、スヴェトラーノフ、シュタイン
そしてカルロス・クライバーもいた時代だ。

もちろんこれに、スクロヴァチェフスキー、ブロムシュテット、
ハイティンク、インパル、ロジェストヴェンスキー、エリシュカ、
フェドセーエフ、メータ、プレヴィン、小澤、トゥルノフスキー、シュナイト、

という現在80才を超えた指揮者も当時活躍していたし、
その下の年齢の指揮者も群雄割拠していた時期だ。


それらすべてをひっくるめてまるで総否定したようなのこの物言い。

こんな信じがたい発言など本来は許されるべきものではない、
というか常識外れもはなはだしい。

だが当時はそれを一部音楽雑誌も追従していのだから、
情けないにもほどがあるこれは話だった。


だいたい巨匠というのはかなりいい加減な物言いで、
使う人によってその意味合いはコロコロ変わる。

だからその人その人によって、
巨匠がいたりいなかったりするのは当たり前なのだ。


だが2002年のヴァント逝去時のそれと、
その後ときおりみかける音楽ゴロの発言はそうではなく、
そういう部分をも完全無視したような、
それこそ「素晴らしい指揮者はもうこの世にいない」ことが
さも世界の理であるみたいな上から目線爆発なのだから、
これはもう傲慢というか始末が悪い。


しかもこの輩の発言は、
過去の「巨匠」たちの演奏の若かりし頃のものまで、
すべて今の指揮者より格上みたいな発言をしているときがある。


正直確かにそういう演奏も取るに足らないということはないが、
後々自分たちが巨匠と思い込むような指揮者になる前、
例えばもしこの録音時からすぐこの指揮者が亡くなっていたら、
それでもこれらの演奏を今の指揮者よりすぐれていると、
そう胸を張って彼らは断言できるのかといったらそれは絶対無い。


だいたい指揮者おいて「格」などというものなど、
絶体存在などしていないし、
だいたい定義できる代物ではない。
それは「巨匠」と同じであり、
言葉遊びのひとつくらいのお飾りでしかない。


それをそういうおかしなことに使うのだから
もうこれは救いがたいものがある。


個人レベルで「巨匠不在」を唱えるのは、
それはもう自由だしその人その人の考えだから、
それをネタにいくらくだをまいたっていいだろう。


だが一部音楽ゴロの戯言を、
そのまま一部音楽マスコミがそのまま掲載し、
それを利用しておもしろおかしく今を語るのは、
百害あって一利なしということだ。


こういうイメージ先行の飾り事を、
マスコミが増長し取り返しがつかなくなった例としては、
日本の一部に蔓延る偏狭なブルックナー感の存在があるけど、
この「巨匠不在」という広くねつ造されたイメージの流布も。
同様に取り返しのつかないものになる可能性もある。


幸いネットの普及は、
そういう馬鹿な物言いも広まる例があるにはあるものの、
それ以上にそういうことに対する素直な疑問、
そしてそういうことに惑わされない、
自分自身の考えをストレートに発信させたものの方が、
はるかに多いことがここ数年はうかがえる。


もちろんそれらを精査して上でも、
自分は「巨匠」はいないというのなら、
上記したようにそれはそれでいいだろうし、
個人レベルまでこちらも頭ごなしに否定しようという気は毛頭ない。


ただそれが「その方がおもしろい」とか、
たいして精査せず適当に広めようというそれには、
自分はそれを「大嘘」として言いきってしまう所存だ。


だいたい今の時代に真摯に向き合わず耳を傾けないものに、
「巨匠時代」といっていたベームやムラヴィンスキーが来日していたその当時も、
真摯にその時代にその音に正面から向き合っていたとはとても思えない。
おそらくその心の底には、

「これがフルトヴェングラーだったら」とか「クナッパーツブッシュだったら」

といって聴いていたことだろう。違うだろうか。



こういう決めつけ。

さぞや言われた方は嫌な思いをするだろう。


それと同じことを多くの人がしているということを、
その人が少しでも感じてもらえれば、
この一文を書いた甲斐があるというものです。


因みに自分は、
今ほど最高に面白く群雄割拠した指揮者が揃った時代というのも、
かなり珍しいとおもっている。

しかも全世代に渡ってまんべんなく、
その多くが録音や放送や配信、
さらには来日公演によってリアルタイムで楽しめるのだから、
これほど贅沢な時代はない。

確かにアジアツアーで日本を素通りしてしまうことも少なくないけど、
それらの指揮者やオーケストラもちゃんと日本に、
また違う機会に来日している。

こんな時代に時代遅れの価値観や世迷言に左右されて、
イージーに聴き逃すなどほんとうにもったいない。

あとで後悔してももう遅い。


これからも音楽と長い年月付き合っていこうという人は、
ぜひ今の時代の音楽を、
大事に真正面から色眼鏡なしに聴いていってほしい。


名演など演奏される前からは存在しない。

真摯に聴いた人たちがいたからこそ名演として心の中に刻まれ、
そしてそこから各々にとっての「巨匠」もうまれた。

よく言われる「伝説的名演」も同じだ。


それが無くなってしまったらどうなるか。

自分はそこの所を特に強く念押しで唱えたい。



かつてこんな会話を演奏会場で聴いた。


「ハーディングの演奏がよかったといったら、
バーンスタインのマーラーを聴かなければダメといわれた。
ハーディングのマーラーを聴いて感動しただけではなんでダメなの?」


確かこんな内容だったと思う。

この会話を皆さまはどう感じられるだろう。


最後に余談だけど以前も書いたことをひとつ。

オーケストラ・ニッポニカにある芥川也寸志氏の発言。


「感動と言うのは精神の風車を廻すことである。たとえば、私たち音楽を愛する者が楽器の技術は拙くとも練習に練習を重ねて、僕等の拙つたない精神の風車を廻す練習をし、ある作品を舞台で演奏すると、その廻る風車の風に吹かれて客席のみなさんの精神の風車も徐々に廻り始める。さび付いた風車も、普段から手入れの行き届いた風車も勢い良く廻り始める。これが感動と言うものだと思う。だから自分の風車をまず廻そう・・・」


その風車を故意に他者が錆びつかせたり、
横から止めてしまうのだけは絶対にやめてほしい。



うーん…しかしタイトルとラストの〆が完全に変わってしまった。
あいかわらずグダグダかつまとまりが無くてすみません。

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新日本フィル・ニューイヤー・コンサートに行く。 [クラシック百物語]

原田慶太楼指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
(ニューイヤー・コンサート 2017)

1.3(火) 14:00 開演/すみだトリフォニーホール

J.シュトラウスⅡ:喜歌劇『こうもり』序曲
J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル『雷鳴と電光』
J.シュトラウスⅡ:トリッチ・トラッチ・ポルカ
J.シュトラウスⅡ:新ピッツィカート・ポルカ
J.シュトラウスⅡ:ポルカ・シュネル『観光列車』
J.シュトラウスⅡ:ワルツ『美しく青きドナウ』
J.シュトラウスⅡ:喜歌劇『ジプシー男爵』序曲
アッペルモント:トロンボーンのための『カラーズ』(オーケストラ版)
※トロンボーン山口尚人(新日本フィル 副首席トロンボーン奏者)
外山雄三:管弦楽のためのラプソディー

司会/田添菜穂子

◎三階11列37番。


自分は人の話を聞いてないようで聞いてることがままある。

この指揮者の名前は以前から知ってたけど、
さして気にとめてはいなかった。

だが数か月前ここにその指揮者をとりあげるコメントをみかけた。

そのときはそれほど興味の無い素振りをしていたが、
少しこのことから気になっていろいろと調べていたら、
まもなく来日することが分かった。


日にちが微妙なところなので、
なかなか購入に踏み切れなかったが、
かなり残席がすくなくなっていたため、
12/27の夜に見切り発車で購入したのがこの演奏会。


曲目的に指揮者のセンスが問われる部分があり、
けっこうおもしろいプログラムでもあった。


ワルツがほとんどないけど、
明るく晴れやかという意味ではこういう選曲も◎。

で、肝心の演奏ですが、
指揮者はかなり自由に、、
しかも聴かせどころを上手く押さえた演奏をしていて、
どの曲もまったく飽きさせない。


どの曲も気持ちいいくらい明るく、
そしてちょっと詩的でチャーミングな部分もあって、
賑やかな部分でもただの喧騒にならないのがまたいい。

音が大きくなってもギスギスしたり力みかえったこともなく、
洗練された響きがとにかく心地よい。

指揮者のセンスのよさが最初から全開。


ただそれ以上に驚いたのが、
久しぶりに聴いた新日本フィルの弦の良さ。

以前聴いたときよりも各段にふくよかで艶があり、
これがまたとても聴いていて気持ちいいものがあった。

ただそれはウィーン風というより、
テラークの録音で聴く「シンシナティ・ポップス」のそれに似ていて、
シンシナティが活躍している指揮者だからかなと、
ちょっとこのあたり興味深い響きとなっていた。

それとも新日本フィルはここ数年弦が充実しているのだろうか。


後半は抽選会などもあり、
かなりこれまた愉しいものとなっていた。

指揮者の原田さんは、
トークをはじめとして場もちも上手く、
このあたりはアメリカで培ったものなのかなあと思ったけど、
この世代は川瀬さんもそうだけど物おじしない人が多い。

若い世代の粋の良さと逞しさをあらためて痛感した次第。

最後もちょっとしたサプライズを用意したり、
外国のポップスオケがよくやるクロージングの一発ものありと、
手慣れた感じで休憩時間20分を挟んでの二時間かっきりに、
見事にコンサートをまとめあげていた。


今回はこういう小品集を聴かせてもらったけど、
なるほど評判がいいのはごもっともというかんじで、
いろいろとまた聴かせてもらいたし、
特にリヒャルト・シュトラウスのオペラなど聴いてみたいとかんじさせてくれた。


というのもこの日演奏されたアッペルモントの曲。

なんでも管弦楽版をプロオケが演奏したのは、
今日が日本初ということらしいのですが、
これをじつに素晴らしく絶妙に聴かせてくれたからだ。


曲としてはハリウッドの映画音楽や、
劇場版の大作アニメに使われてもおかしくないようなかんじで、
そういうとても聴きやすいものだけど、
それだけに指揮者の手綱捌きが大事。

原田さんはこの曲の聴きどころを明確に、
しかもソロもとりやすいスペースをとりながら、
冗漫になることもなく、
じつにうまく山あり谷ありに聴かせてくれていた。

尚、この曲、、
じつは四つの部分に曲が分かれているらしく、
各々「黄色」「赤色」「青色」「緑色」がイメージされているため、
舞台の壁ではその部分ごとに、
該当する色を映し出すというなかなか粋な演出をしてくれていた。

因みに「青」の部分はジェームズ・ホーナー風、
「緑」はアラン・シルヴェストリ風の曲調だった。

ソロの山口さんもかなり頑張っていて、
これはこの日の掘り出し物というかんじだった。



とにかく新春コンサートらしい楽しさと華やかさ、
そして指揮者のしっかりとした実力も伺える、
とても得したいいコンサートでした。


原田さんにはまた近いうち来日してほしいものです。

…と思ってたら2017年7/29に、
神奈川フィルの指揮台に立つとのこと。

昨年の海老名のコンサートが、
横浜市民は聴けないという悲しい縛りがあったので、
これはほんとうにありがたいです。


あともちろん司会をされた田添さんも良かったから、
とてもいいコンサートになったと思います。

何も触れなかったのでダメ出しと勘違いされそうなので、
最後にあえて一言でした。



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ブルックナーと自分 [クラシック百物語]

というタイトルで語る前に、
自分が初めて聴いたブルックナーをあげておく。

自分が初めてブルックナーを聴いたのは、
NHKで放送されていた、
1973年に来日したカラヤン指揮ベルリンフィルによる7番。

特にその第三楽章の、
あのトランペットのテーマが耳に残った。

そういえばこの当時のカラヤンの人気はすさまじく、
今では考えられないだろうが、
この来日と前後して、
民放の夜10時以降だったと思うが、
カラヤンが映像用に当時制作していた、
ベートーヴェンの「第九」や「英雄」、
それにブラームスの交響曲第1番などが放送されていた。


とにかくそれをきっかけにまず7番を購入した。

ただ指揮にワルターのものを選んだのは、
この曲がLP1枚に収まっていたことにより、
これが一番価格が安かったから。


当時国内盤では同曲の廉価版は
ほとんど存在していなかったので、
消去法の選択だったといえる。

いまならティントナーの7番をCD購入といったところだろうか。

この後どういう順番で購入したかは失念したけど、
以下のものが最初に購入したものだった。

0番、ハイティンク指揮コンセルトヘボウ
1番、マズア指揮ゲヴァントハウス
2番、ジュリーニ指揮ウィーン交響楽団
3番、ベーム指揮ウィーンフィル
4番、ベーム指揮ウィーンフィル
5番、クナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィル
6番、カイルベルト指揮ベルリンフィル
8番、ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィル
9番、アーベントロート指揮ライプツィヒ放送交響楽団

なのでこれらの指揮者のブルックナーには、
その後もひじょうに愛着がある。

ただ演奏会の方が自分の好みがもろに出たものとなっている。

最初の10年のみですが聴いただいたいの順番としては、

1978年、7番、スイトナー指揮SKB
1981年、4番、ブロムシュテット指揮SKD
1982年、8番、ヨッフム指揮バンベルク交響楽団
1983年、7番、マズア指揮読売日響
1984年、8番、マタチッチ指揮N響
1986年、8番、朝比奈指揮大阪フィル
1986年、7番、ヨッフム指揮コンセルトヘボウ
1986年、7番、プロムシュテット指揮N響
1986年、5番、チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィル
1986年、8番、スイトナー指揮N響
1987年、4番、朝比奈指揮NDR
1987年、4番、マズア指揮ゲヴァントハウス
1987年、5番、インバル指揮フランクフルト放送

といったかんじになっている。

マタチッチと朝比奈のそれは宇野さんの影響が多少はあるが、
あとはそうでもない。

こういうかんじで自分のブルックナー体験は築かれて行った。


そのせいかもしれないけど、
自分のブルックナーに対する好みや感覚は、
宇野さんあたりがつくりあげたブルックナー像とはかなり違う。


ブルックナーは神をこよなく愛し信じ切っていたが、
それは深山幽谷的な静的なものではなく、
没我的ともいえるほどの狂喜を内蔵した、
きわめて動的なものだったと自分は考えている。



また彼にとっての神はキリストだけが唯一無二ではなく、
楽聖ベートーヴェンもまた違った意味で信仰の対象だったと思っている。


楽聖没後50年にあたる1877年に、
彼の手元に完成もしくは改訂中だった交響曲が、
じつに四つもあったのはたんなる偶然ではないだろう。

確かにブルックナーは偉大であり唯一無二ではあるけど、
まったく誰にも影響されなかった、
もしくはまったく他の作曲家と独立して存在していたわけではない。

特に彼の楽聖に対するそれは、
1877年というだけでなく、
ニ短調への強い思い入れや、
執拗な繰り返しによる強調と拡大等にも、、
ベートーヴェンを意識したそれを垣間見ることができる。


このことを踏まえて、
ベートーヴェンに高い評価を得ていた指揮者によるブルックナーを聴きだしたら
今までみえていたブルックナー像とはかなり違うそれがみえてきた。


なんというのだろうか、
ベートーヴェンが権力や運命に対しての渾身の闘いがひとつのテーマだとしたら、
ブルックナーのそれは神や楽聖に対する渾身の力を込めた無償の愛、
それがテーマだったという気が、
それらを聴いているとより強く感じられるような気がした。

しかもそれは静的なものではなく、
きわめて動的かつこちらから踏み込んでいく狂熱的な類のものだ。

これがそういう指揮者の演奏からとにかく強く感じられる。


フルトヴェングラーのベルリンフィルとのライブの5番や8番を聴くと、
聴衆を熱狂させたというオルガン演奏時のブルックナーの姿が、
ひどく重なってみえてきてしかたがない。


フルトヴェングラーのブルックナーが、
ベートーヴェンを指揮したときに似た勢いとノリを感じるのは、
たたフルトヴェングラーの芸風だからといって片づけられないと、
自分はとにかくそう思えてしまう。


ショルティのブルックナーにもやはり同じことを感じるし、
ワルターの特にモノラルのライブ録音、
さらにベームやヨッフムにも同じようなものを感じる。


考えてみればまわりからいろいろと言われながらも、
推考に推考を重ねて改訂をしながら最終稿に至るものの
基本姿勢は頑として崩さず、
新しい交響曲を書くたびに、
過去の他人からの進言や忠告を、
ほとんど毎回初期化していたブルックナーのそれは
何事にも屈しなかったベートーヴェンのそれと重なるものがあり、
ブルックナーこそベートーヴェンの後継者ではなかったのかと、
そんなことさえ感じられてしまう。


そのせいか、
自分は多くのブルックナーマニアと違って、
ドイツ・オーストリア系の指揮者や団体のそれや、
年齢をある程度重ねた指揮者じゃないと云々とか、
そういう意見をほとんど黙殺している。


だいたいブルックナー自身、
自分の曲が演奏されることを第一に考え、
そこに分け隔てがなかったことを考えると、
何で聴く側が作曲者を無視して、
勝手に塀作ったり囲い設けたりして、
演奏を狭い範囲の解釈しか許さないような考え方に押し込むのか、
自分にはまったくといっていいほど理解できない。


というより、
それはブルックナーに対して、
ひどく無礼というか、
「また小さく見積もりやがって」
という感じでじつに失礼極まりないという気がする。



確かにブルックナーの音楽には、
オルガン風の分厚い響きや、
敬虔なカトリック教徒であるというくくりはあるが、
それをすべてにしてブルックナーの音楽を縛るのは、
はたしてどうなのだろう。


自分は最近ティルソン・トーマスの指揮したブルックナーの7番を聴いたとき、
かつてCDで聴いたクナッパーツブッシュの同曲の演奏を思い出した。

このとき自分には、
この二人に見えていたものはほとんど同じものであり、
その方向性もかなり似たものだったように感じられた。


もちろんその演奏スタイルに両者ほとんど互換性はなく、
本来は相いれないはずの二つの演奏なのだが、
この曲の巨大な枠の中で、
同じ方向を指し示すものとして、
ちゃんとひとつの世界に二つとも存在させられたため、
このような感覚を覚えたような気がしてならなかった。


それを感じたとき、
自分はなんてブルックナーって巨大な世界をもった、
とてつもない作曲家だったのだろうと、
あらためてその大きさに驚嘆し畏敬の念をもったものでした。


おそらくブルックナーの音楽は、
一時言われたような、
特定のスタイルでしかその良さが分からないというものではなく、
どのようなスタイルにおいてもその曲のいろいろな面をみせるという、
とてつもなく巨大で多様な音楽を内包した怪物的な音楽なのだろう。


そういう意味ではベートーヴェンと、
これまた似た世界をもった作曲家だったといえるだろう。

というかブルックナーは、
生涯そんな巨大なベートーヴェンを慕い、
そして追いかけ追い求め、
その世界に少しでも近づけたらという、
そういう想いを生涯抱いていたのかもしれない。


不器用な人間であり、
不器用な語法による不器用な作曲かもしれないが、
そんな人間がひとりの人間に私淑し、
熱狂とも純粋ともいえる姿勢によって、
生涯を通してとことん祈り焦がれ追い続けた作曲家、
それがブルックナーの本質であり、
その音楽を支えたエネルギーだった。


と、自分はブルックナーを現在そうとらえている。


ブルックナーを聴くとき、
ひじょうにその無垢な部分を感じるのは、
そんなひたむきで一途な姿勢からくるのかもしれない。


ならばその音楽に真摯に対峙するときは、
こちらもせめてその方向性に沿った姿勢で耳を傾けても、
自分は罰は当たらないと確信している。


少なくとも自分はそういう聴き方をするよう心掛けてからは、
この作曲家から、
以前よりいろいろな事を感じられるようになった。


ブルックナーとは、
そんなことまで考えさせられる作曲家のひとりなのかもしれない。


そんな考えや思いが今現在の
ブルックナーと自分との間にある
ひとつの基本となっています。


いささか特異な考えなので、
今流行りの日本で主流となっているブルックナー感と、
大きく隔たっているのはこのためなのでしょう。



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巨匠の響きよ永遠に!藝大に遺されたレコード2万枚の危機を救う [クラシック百物語]

2013年に、世界的なSPレコード研究家、クリストファ・N・野澤氏(1924-2013)が半世紀以上にわたって収集したクラシック音楽のSPレコードコレクション2万枚以上と、愛用の蓄音機が東京藝術大学附属図書館に寄贈されました。

このコレクションは、クラシックでは国内最大級の規模を誇り、歴史的に貴重な音源が多数含まれています。しかも、SPレコードを蓄音機で聴くと、とても豊かでリアリティのある、素晴らしい音がします。

現在、コレクションの1割程度が利用可能な状態で、これらを使用して蓄音機コンサートを開催しています。しかし、残った9割のSPレコードは段ボールに入ったまま地下倉庫や図書館事務室に積んだままになっています。

2017年から2018年にかけて、現在、書架が満配の図書館が改築・改修され、レコードを保管する場所の目処が立ちました。これを機会にレコードを棚に並べたいのですが、重く、割れやすく、反りやすいSPレコードは、LPと違い縦置きの保存ができません。横向きに10数枚ずつ積んで保存する必要があるため、保存箱に収納して書架に並べる予定です。しかし、2万枚のSPレコードを保存するには、保存箱1箱に15枚入れたとしても1300箱が必要な上、何箱か重ねて収納できる丈夫さも求められます。

SPレコードを段ボール箱から保存箱に入れ替えることができれば、レコードリストを作る作業を始められます。また、リストが完成すれば、様々なテーマで蓄音機コンサートを開催することができます。2015年から蓄音機コンサートを10回以上開催していますが、使用したいレコードが見つからないことが頻繁にあります。

全てのレコードが使えるようになれば、蓄音機コンサートが開催できるだけでなく、演奏史の研究や、演奏家の研究に役立てることができるようになります。

そしてそういった活動や研究を通して、SPレコードと蓄音機というメディアの素晴らしさ、過去の大演奏家や忘れられた演奏家の素晴らしさを多くの方に知っていただきたいと考えています。


「 巨匠の響きよ永遠に!藝大に遺されたレコード2万枚の危機を救う」(クラウドファンディング - Readyfor のサイトへ)にぜひともご支援をお願いいたします。


(photo : 東京藝術大学 デザイン科 視覚伝達研究室 叶子萌)

http://geidainozawa.tumblr.com/


SPレコード2万枚という物凄さは、
ちょっと想像を絶するものがある。

しかもSPはひじょうに割れやすいし欠けやすい。

保存には細心の注意が必要だ。


しかもSPの多くは、
CDはもちろんLPにも復刻されていないものが山ほどある。

野澤さんのコレクションはあまり把握していないけど、
宮沢賢治のクラシック本の音源を提供してくれたのが、
他でもない野澤さんだったことを思うと、
その内容の貴重さはもう言わずもがなだろう。


それにしてもこのコレクションが藝大に行ってたことさえ、
自分はぜんぜん知らなかった。

とはいえ知っていたとしても、
何か自分にできていたとはとても思えない。


とにかく現状をこのように伝えるのが、
今自分ができることのひとつ。


ただ本当はレコードはどんどん消耗していくので、
できれば同時進行で、
CDに復刻されていないものだけでも、
どういう媒体でもいいから、
音だけでも保存したいところ

中にはひょっとして、
世界にこれが最後の一枚みたいな、
とてつもなく貴重な音源もあるかもしれない。


ほんとうは藝大だけでなく、
NHKや国会図書館、
さらには東京文化会館資料室あたりと共同して、
保存データ化すべきではないだろうか。


まあ外野の意見なのであれなのですが、
とにかく現時点での最良の保存状況をなんとか確保したいものです。


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カメラータ・ザルツブルクの演奏会に行く。 [クラシック百物語]

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【日時】
11月26日(土)会場:神奈川県立音楽堂
【演奏】
カメラータ・ザルツブルク
【指揮】
ハンスイェルク・シェレンベルガー

【曲目】
モーツァルト:ディヴェルティメント第11番ニ長調 K.251
モーツァルト:クラリネット協奏曲 イ長調 K.622(CL / アレッサンドロ・カルボナーレ)
モーツァルト:交響曲第40番ト短調 K.550


井上道義さんのショスタコーヴィチと最後まで迷ったものの、
横浜でこちらに行くことに決める。

ホールは8~9割ほど入っていたようにみえたが、
横浜の映画館に慣れた自分にとってこのホールの座席は小さく、
また前の座席の間隔とも狭いためちょっと座りにくい。

だが演奏がはじまるとそんなことを忘れさせるほど、
そこにはまさに「楽興の時」とよびたくなるほどの、
じつに見事な音楽が展開されていった。


最初のセレナーデは終曲にあたる第6曲を最初に演奏、
その後は楽章通りに演奏というちょっと変わったものだったが、
最後がにぎやかな第五楽章で終わるということで、
これはこれでなかなかの感があった。

編成はオリジナルの七重奏ではなく、
6-5-4-3-2
という弦編成(対抗配置)。

演奏はしなやかかつ腰の強い響きが軸となり、
かなり聴き応えのある響きだったけど、
だからといって大柄なものではなく、
室内楽的な愉悦さも兼ね備えた、
少し辛口だけどニュアンスに富んだ、
生命感あふれる素晴らしいものだった。

これにはオーボエソロを担当した、
シェレンベルガーのそれも大きかった。

シェレンベルガーは指揮者の立ち位置に椅子を置き、
観客席を向きながらオーボエを吹き、
そして身体をゆらしたりアイコンタクトを交えたりしながら指揮を執ったが、
これがオケとの呼吸とじつうまくあい、
まさに「ディヴェルティメント」といった感じだった。

特に第五楽章の柔軟なテンポの変化や歌いまわしは、
これぞモーツァルトと言いたくなるほどのものがあった。

そのすばらしさを感じたのは自分だけではなかったようで、
この曲の二曲目となった第一楽章が終わると同時に、
観客席の前の方から拍手が巻き起こった。

すぐにそれをシェレンベルガーが両手で制したが、
その演奏のすばらしさに思わず拍手が出てしまったのだろう。
これは自分にもものすごく頷ける拍手だった。


それにしてもこのオケとこのホールの相性は抜群で、
最初はちょっと響きが少なく乾いた感じがしたものの、
耳が慣れてくるとむしろ音が温かくクリアに聴こえはじめ、
それがまた曲とマッチし相乗効果をあげていた。


この後、すぐにクラリネット協奏曲。

最初はちょっとクラリネットとオケが、
異質な組み合わせ的な感じがしたものの、
途中からそういうかんじはなくなっていった。

おそらくスタイルは違うものの、
狙っているものが近しいことで、
自然とある程度調和していったのだろう。

絶品だったのは第二楽章。

ソロのカルボナーレも見事だけど、
それにバックでつけるオケがこれまた美しい。

特に弱音はホールに響くのではなく、
ホールに染みわたっていくような絶妙な響きとなり、
このホールが「木のホール」であることを、
あらためて実感させてくれる演奏となった。

木管も弦楽器も、
そしてこのホールそのものも「木」からつくられている。

その邂逅と共鳴、そして調和。

まさにこのホールと演奏者でなければ不可能な演奏といえるものだった。


この見事な協奏曲の後、
カルボナーレの超絶かつノリノリなアンコールでホールが沸きに沸く。
さすがかつてはフランス国立管弦楽団、
そして現サンタ・チェチーリア国立アカデミー管弦楽団の首席奏者。

名前がうまそうだけど実際うまかった。

KO01.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=_Z-aP2Ie3Xo
※昨年のカルボナーレによる同曲の演奏。

このあと20分の休憩の後、後半の交響曲へ。


第一楽章はやや速めなものの、
雑に飛ばしたというものではなく、
辛口で哀しみを心の底に秘めた熱い演奏となっていた。

詩情豊かな第二楽章もよかったけど、
第三楽章のちょっと個性的なそれはなかなかのものだった。

特にやや大きめな間をその前後に置いたトリオは、
まるで風のように軽やかに流れていき、
かつてアーノンクールが日本公演で演奏した
「ポストホルン」を想起させられるものがあった。

そして熱気のこもった第四楽章。

ここで驚いたのは、
ここというときに響く中低音の力強い弦の音。

それは人数からは考えられないくらい、
大きく豊かで力強さも兼ね備えた響きで、
この演奏を大きく下支えするものとなっていた。


この素晴らしい演奏が終わり、
拍手の中アンコールで演奏されたのが、
なんとこの日最初に演奏された.K.251の終曲。

なるほどこのために曲順を変えたのかと、
このときようやくわかりました。


この後演奏会終了後サイン会があったが、
自分はこのまま帰途につきました。


この団体も指揮者も実演ははじめてでしたが、
とにかくこれまた大満足の演奏会でした。


そにしても最初にいいましたが、
ほんとこのオケとこのホールの相性がいい。

特にこのホールが「木のホール」であることを、
今日ほど実感させられた演奏会というのも、
個人的にはあまりなかったという気がします。

今回このホール初登場ということだったらしいのですが、
これを機会にぜひまたこのホールで演奏してほしいと思う次第です。
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サンフランシスコ交響楽団の演奏会に行った。 [クラシック百物語]

【日時】
平成28年11月22日(火)
開場:午後6時 開演:午後7時
会場:NHKホール
【指揮】
マイケル・ティルソン・トーマス
【曲目】
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21 (ピアノ)ユジャ・ワン
シューベルト(リスト編) :糸を紡ぐグレートヒェン(アンコール)

~休憩~

ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調 (ハース版)


一か月後に68才の誕生日を迎えるマイケル・ティルソン・トーマス(MTT)。

この指揮者を聴くのは実に29年ぶり、
しかもアメリカ西海岸のオーケストラを聴くのは今回が初ということで、
かなり新鮮なものがあった。

MTTがこのオーケストラの音楽監督になって今年で21年。

近年ではまれにみる長期政権で、
その評判も評価も安定した高いものを受けており、
ある意味北米で最も安定したコンビといわれていたので、
一度聴いてみたいと思っていたが今回までなかなか聴く機会がなかった。


MTTというとマーラーというイメージが強いが、
自分はかつてロンドン響を指揮しての「ジークフリート牧歌」が、
とにかく素晴らしくいいイメージが残っていて、
ブルックナーあたりやってくれないものかといつも思っていたが、
ようやく今回その夢がかなった。


前半のショパンは、
ユジャ・ワンの小回りの利く爽やかなソロに対して、
MTTのそれはこの曲にしては器がきもち大きい気がしたけど、
弦の弱音の美しさを軸としたとても丁寧な音楽運びに、
このコンビのすばらしさを早くもみたような気がしたものでした。


そして後半のブルックナー。


決して凄みがあるとか圧倒的とかそういうものではないけど、
良心的というか丁寧かつ一点一画たりとも曖昧にしない、
明確明晰かつ洗練されてはいるが素朴な詩情も大切にした、
すべてに行き届いたとても神経の細やかなブルックナーがそこにはあった。

しかもじつに落ち着いた音質と音色で穏やかにすすめられてはいくものの、
テンポはむしろ全体的には速めなものとなっていて、
全体で70分かかっていなかったと思う。

ただそれがためにせかせかしたというところはなく、
むしろ音楽ひとつひとつを丁寧に紡いでいく趣が強い。

それでいて神経質な感は皆無で、
音楽は何事もなくさらさらと、
しかも運動的の要素も含みながら流れていくような、
ところどころ個性的な部分はあるものの、
ほんとうに自然体の穏やかな美しさをもつブルックナーとなっていた。


第二楽章もそのため深刻に過ぎることはなく、
ひじょうに淡々とすすめられているように感じられたが、
その見通しはいいものの、
どこか薄く霧がかかったような響きが、
独特のクリアな音の世界を展開させていく。

このため第二楽章終盤の美しさがひじょうに映えたものに感じられ、
かつて聴いたヨッフムとはまた違った感銘を与えてくれた。

その後第三楽章の快活な表情も素晴らしかったのですが、
第四楽章がほんとうに見事。


速めのテンポではじめ緩急を大きくつけたようにはじまったものの、
次第にその緩急の差が小さくなっていき、
いつのまにかじつに自然な高揚感をもった流れへと、
音楽が運ばれていった。

またところどころでマーラーの出現がもうすぐそこまで来ているような、
そんな雰囲気が感じられるところがあった。

これはメロディを美しく歌いぬく部分と、
金管の堂々としたコラールの対比が、
マーラーのもつ対極から対極へという部分と重なっていのかもしれないが、
これはMTTのつくりあげたクリアな響きが、
そういうふうに一部聴かせているのかもしれない。


だがそれ以上に特に素晴らしく感じたのは、
そのコーダに向かっていく目の覚めるような高揚感。

こんなに自然体でありながら、
活き活きとした高揚感に満ちたブルックナーというのも珍しい。

クリアでバランスもよく、
丁寧で洗練されていながらも、
綺麗事にまるでとどまることなく、
じつに心惹き込まれる見事な演奏だった。


第二楽章でワーグナーの死を悲しんだブルックナーが、
この楽章ではその悲しみから立ち直り、
再び前へ前へと歩みだすという、
そんな気持ちがこちらに伝わってくるかのような、
ブルックナーという人間を見事に肯定しきった、
じつに明るく元気と活力に満ちたそれは音楽だった。

そのためなのか、
ブルックナーというと聴いてヘトヘトになってしまうことがよくあるが、
ここではそういうことはなく、
むしろとても音楽から元気を与えられ、

「明日もがんばるぞ」

というそんなかんじの演奏に聴こえてきた。


これを聴いて、
なるほどこのコンビが二十年以上続き、
多くの人たちから支持されている理由なのかと、
大納得なものがありました。


月並みな言葉ではありますが、

「アメリカの良心」

といったものすら
そこには感じられたほどでした。


ただ今回のMTTのブルックナー。

日本の今のブルックナー好きには、
あまり好意的には受け取られない、
もしくは食い足りないととられかねない演奏かもしれませんが、
自分にはブルックナーの新たな一面というか、
ブルックナーのもつ幅広さのようなものが感じられ、
ある意味で目を覚まさせられるものがあった。


編成は14型という小ぶりではありましたが、
まるでそんなかんじがしないほど豊かな音があのNHKホールに響いていました。

次のこのコンビの来日が今から楽しみです。


繰り返しますが本当に素晴らしいブルックナーでした。


尚、第二楽章でシンバルとトライアングルあり。


因みに、
サンフランシスコ交響楽団が1968年に初来日したとき、
大阪で唯一演奏されたブルックナーの7番も、
これまた賛否両論だったとか。

当時の指揮はヨゼフ・クリップス。

1968年4月13日:フェスティバルホール
ワーグナー/トリスタンとイゾルデ、前奏曲と愛の死
ワーグナー/ジークフリート牧歌
ブルックナー/交響曲第7番

というプログラム。

歴史は繰り返される…のかな?


あと今回の日本公演。

このオーケストラとしては珍しく、
粗い部分が散見されたという記事をあちこちでみかけた。

アジアツアーの疲れという意見もあったけど、
確かに多少ほつれたような傷が自分の行った日にもあるにはあったが、
そんなに粗かったかなあという感じで、
このあたりはどうもよくわからない。

聴いた場所にもかなり印象を左右されるサウンドなのかも。
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パリ管弦楽団の演奏会に行った。 [クラシック百物語]

2002年のプレートルの指揮以来、
14年ぶりにこのオーケストラを聴く。

曲目は、

ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」から 「4つの海の間奏曲」作品33a」
メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 (バイオリン)ジョシュア・ベル
ブリテン:「セレナード 作品31」(テノール)マーク・パドモア
ドビュッシー:「歌劇“ペレアスとメリザンド”組曲」(ラインスドルフ編曲)

そして指揮は今シーズンからこのオケの監督となったダニエル・ハーディング。


最初このプログラムをみたとき、

「本当にこれでやるのか」

と、正直我が目を疑った。

四千人のホールで、
前半こそ一般受けするかもしれないが、
後半は長いわりにかなり地味な曲目で、
はたしてこれで日本の聴衆に受けるのかと、
かなり不安な気持ちになった。


実際前売りはあまり芳しくはなかったようで、
当日のNHKホールも
満員御礼とはとてもいえないかんじだったが、
これがかえって後半はいい方向に作用したのかも。


前半のブリテンを聴いた時、
驚くほどその音が渋くくすんだ響きに感じた。

これが曲のせいなのかホールのせいなのか指揮者のせいなのか、
そのあたりはわからなかったけど、
かなりの変わりように正直驚いた。

ただこのブリテンは、
ちょっと指揮者とオケに詰めの部分で、
微妙に気持ちがズレていたように感じられたが、
これはまだ来日して間もなかったためなのかも。

続くメンデルスゾーンはソロともども、
じつに過不足ない詩情をちりばめた演奏で、
渋いながらも小気味いい演奏で、
聴いていて気持ちよかった。


ただこのとき第一楽章終了時に、
演奏が続けて第二楽章に滑り込んでいくにもかかわらず、
その弱音の美しい部分で、
いきなり遅れてやってきて外で待機していた観客を、
問答無用にホールの中に、
係りの人が誘導していたのには驚いた。

しかもその時のパリ管の音が、
また素晴らしかっただけに余計これにはまいってしまった。

自分は入口からは遠かったので、
入場時のその雑音は感じなかったけど、
近くにいた人は大迷惑以外の何物でもない。

ふつうなら待たせるのが常識。

遅れた人も確かにお客様だが、
時間通り来て音楽に集中している人もまたお客様。

ちょっとこのホールの係りの人の感覚というか常識が、
自分にはちょっと理解できない。

よくある完全に楽章間で演奏者が構えをといて、
少し休みをいれているのなら、
こういうことも当たり前のこととして理解できるのですが…。

自分が神経質にすぎるというのなら、
このホールにこなければいいだけなのだが、
あのときその近くにいた人たちはどうだったのだろう。

これが心配になって、
けっきょくこの後のことはあまり記憶にないまま前半終了。


気持ち的にもやもやしてしまったので、
外の空気を吸いに出て少し気持ちを落ち着かせる。


そして後半。


これはもう言葉もないほどの演奏だった。

音色的にも音質的にも、
理想的といっていいほどのブリテンだしドビュッシーだ。

二曲で50分前後かかっていたと思うけど、
まるで休憩を入れてひとつの曲を聴いたような、
そんな不思議なかんじすらした後半だった。


ブリテンを聴いていると、
あらためてハーブィングがイギリスの指揮者だというかんじで、
静的な詩情を込めたその音楽は、
指揮者の深い共感なしにはありえないくらい、
心動かされるものがあった。

特に終曲で、舞台裏から吹かれたホルンのソロは、
じつに心に染み入るものだった。


最後のドビュッシーも、
「海」を想起させる幻想的雰囲気のものだけど、
この凹凸の少ない長大な幻想曲ともいえる組曲を、
指揮者もオーケストラも、
まったく飽きさせることなく見事に聴かせてくれた。

特にパリ管のそれは絶品で、
パリ管のドビュッシーというと色彩的にすぎるという理由で、
この演奏するラヴェルほどの好評を博してはいないが、
今日はそのくすんだ響きもあいまって、
そういう評価を完全に一掃するほどの、
理想的といっていいくらいのドビュッシーが奏でられた。


自分はかつてこの曲を聴いた時、
掴みどころのない曲ということで、
今までこの曲と距離をとっていたが、
この日の演奏はその距離を一気に取っ払ってしまうほど、
とにかく見事な演奏だった。

しかしハーディングの指揮。

この静的で幻想的な曲を、
その美しさを壊すことなく、
その音楽の底に「熱い火」をともしながら、
凄いまでの静かな情熱をこの曲に注ぎ込んでいた。

ほんとうに熱い指揮者です。


この演奏が収録されたのはじつ幸運なことだが、
後半のこの二曲が、
この日のみ演奏だったということはあまりにも残念。

ぜひもう一度実演で聴いてみたい演奏でした。


始動したばかりのハーディングとパリ管弦楽団。

今後の日本ツアーも素晴らしいことになるでしょうし、
間違いなくこれから大注目のコンビとなりそうです。


それにしてもこういうプログラムで勝負できるこのコンビがほんとうに羨ましい。

半世紀前のパリ音楽院管弦楽団の演奏に絶賛を惜しまなかった人たちの、
その気持ちがちょっとわかった気もした演奏会でした。


因みにこの日は対抗配置。
パリ管では初めて聴きました。
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