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今度は鎌倉交響楽団の楽器運搬車が盗難 [お知らせ]

鎌倉交響楽団の楽器運搬車が盗難にあったそうです
積載物は、打楽器(ティンパニ4台、シロフォン、グロッケン、バスドラ、スネア 他)、楽譜、譜面台100本 など
ナンバー:横浜400 ま2341 車体番号:TRH200-0035732 ハイエース シルバー 写真と同型同色です
DDOHksEUQAAxUvI.jpg
https://twitter.com/hizkoit/status/879195536435183616


以前川崎の楽団が盗難にあったと思ったら、
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2017-01-16-1
今度は鎌倉交響楽団が。

自分にとって縁のある土地で続けての犯罪。

これもうなんとしても捕まえないとダメでしょう。

ひょっとして他のアマオケも吹奏楽関係も含めて、
ポロい儲けになると目をつけられはじめているかも。

アマオケや吹奏楽関係の関係者の方は厳重注意してください。

何か情報がありましたら警察へご一報を。


こいつら絶対許さない!
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沼津とラブライブ。ネットでみかけるゴタゴタについて。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

これはツィッターで書いたことを、
一度再度並べなおして、
もう少しいろいろと書き足したものです。

またかなりきつい言い方もしてますので、
不愉快になられる事もあるかと思いますので、
その点ご了承ください。

以下本題に入ります。


沼津とラブライブもしくはラブライバーに対して、
最近いろいろとネットで意見が飛び交ってるが、
沼津という街もラブライブという作品も、
今いろいろと言われているような、
面倒くさい事を本質的にうみだすようなものでは本来なく 
まわりの人間が話をよってたかって、
とにかくひたすらややこしくしているだけのような気がしてしかたがない。

しかもそのうちのいくつかは自分の価値観のみに凝り固まったものがあり、
それがいつの間にか沼津市民の総意みたい語られていて、
それに同意しないお前はダメみたいな物言いまでしているのを見てると、
些か辟易とさせられるものがある。

しかもこれは街のどこがどう笑っていて、
街のどこがどう笑っていないか、
そして今文句や賛辞を述べているあなたは、
街のどこの部分のどこの人たちをどうみているんだという、
ここの部分がすっぽりと抜け落ちていて、
そのためそれによるすれ違いを助長し、
話をややこしくしているように思われる。


またそのことは、
沼津という街についてのそれも、
若干素通りしているようにも感じられる。

自分の場合沼津でも大洗でも、
あまり地元の人ともアニメファンの人とも会話をもたないので、
そんなに沼津に詳しいといわけではない。

ただそんな自分でも、
沼津に来て内浦なり木負なりまで何度も歩いていて感じた事に、
この町はかなり多様だということがあった。
「城下町」「宿場町」「港町」といろいろな顔がこの町にはある。

そして場所が変わるにつれ、
当たり前だけどその地域の顔や表情というものも変わってくる。

それらはじつに多彩で、
おそらく訪問を重ねると、
これらはさらに奥深い様相を呈してくるだろう。

そしてそれはひとつの地区内でも感じられた。

それを思うと繰り返しになるけど、
自分の意見というものが沼津に発せられた場合、
それがどこに立脚しどこに対して向けられたものかという事を考えると、
かなり曖昧なものなのではないかという気持ちが起きるようになり、
ここがはっきりしないと甚だ「無責任」という誹りを免れないものがあると、
そう考えるようになった。

街のどこがどう笑っていて街のどこがどう笑っていないか。

最初に触れたこの部分がぼやけてきてしまうのです。


ここで唐突に話の矛先を変えますが、
ひとつの論を確立するためには、
その論を否定するものを次々とぶつけ、
とうとうそれを否定できなくなったところで、
ようやくその論が確立できるというのが、
ひとつの論を確立するための段取りであり約束事であるという事が、
自分の考えのひとつにはあるけど、
相手に対して自分の論をぶつける場合、
果たしてそこまでやってる人ってどれだけだけいるのかなあと、
特に沼津でのやりとりをみてると些か疑問に感じてしまう。

そこまで行く前の気軽な話し合いや、
相手との意見の軽い交換というのならそこまでやる必要もないけど。
相手に厳しい意見をぶつけるのなら、
せめてそれくらいして事をあたるのがふつうだと思う。

それが時間的にも資料的にもできないというのなら、
相手の意見を一度すべて受け止めかみ砕いた後、
そこから自分の意見を展開するくらいの事はせめてするべきだと思う。

みんな仲良くは無理としても、
もう少し感情的なものを排した、
提案としての意見の交換をまずはしてほしいところです。

否定のぶつけあいは何も生まれないし不毛以外の何ものでもない。
そんなことに沼津をネタにすることこそ地元にとっては迷惑そのものだろう。

沼津が興るも廃るも、
最後は地元のいろいろな立場に立った市民のみなさんの、
その意志によって決まっていくことなのですから。


にもかかわらず、
己の考えのみに凝り固まって、
相手の意見の出てきた土壌や方向性も無視したような、
それでいてその自分の意見も、
段取りや約束事を無視したような所で成立しているような、
そんな意見ばかりを互いにぶつけあったり、
最初にもふれたように、
沼津市の幅のある多様な面を広くとらえようとせず、
その一部のみの反応を、
自分に都合のいい部分ばかりひろっているようでは、
個人のエゴが優先されたと受け取られても文句は言えないし、
そんな内容での話し合いなどどこまでいっても平行線だろう。


もっとハッキリ言わせてもらば、
自分が納得できればOKみたいな事ばかり通していたら、
このゴタゴタは永久になんともならないだろう。

それにだいたいこれは自分を納得させるという類のものではない。

すでにこの時点で大間違いも甚だしいし、
話し合いもくそもあったものじゃない。

小さな親切大きなお世話ではないけど、
みていていちばん蚊帳の外に押し出されているのが、
この時点でじつは沼津の地元の方たちという感じさえ、
ここまでくるとしてしまう。

さらにもう暴言覚悟で言わせてもらえれば、
沼津の事をと言ってはいるが、
じつはみんな「俺様至上主義」であって、
上でも少し触れたけど、
沼津はそのためのネタくらいにしか思っていないだろうと、
そんな感じさえ強くしてしまう。

海未さんではないが「何様ですか」だ。


だいたいこんな不毛な言い合いというか、
基本姿勢や段取りもすっ飛ばした話し合いなど、
正直沼津のイメージが悪くなるだけで、
ほんとに地元にとって有難迷惑そのものという感じだろう。

一部にはねつ造や煽り目的という、
しょうもないものもあるにはあるけど、
今ここで話しているのはそれらとは根本的に違う、
むしろ沼津が好きという人達による、
「よかれ」と思っての熱意がベースにあるため、
表現が純粋かつ先鋭的に傾きがちになり、
さらには「親しき中にも礼儀あり」どころか、
「親しくないのに礼儀なし」というかんじが強いため、
余計そのことによって負うキズが、
こちらが思っている以上に深いものになる危険性が高い。


本来これらの話し合いは、
相手の顔がみえてのそれであれば、
互いの力加減が微妙にわかるので、
より柔軟な会話となるため、
そのような危険性も低いのですが、
ネットのように顔の無い会話では、
なかなかそのあたりのことが十分には機能せず、
結果殺伐としたものになっていく傾向がある。


そんな中でのやりとりだけに、
本来はより慎重かつ柔軟にやってほしいのですが、
現実には上で自分が能書きを延々と垂れるような、
そんな事があちこちで起きている。

正直それで傷つき自爆するのが当人同士なら、
別にこちらもとやかくは言わないが、
実際には蚊帳の外に半ば押し出されたような、
沼津やその地元の人達が傷つく可能性があるとなると、
さすがにそれはかなりの困りものだ。


当人同士は自分たちだけの世界の中の、
極私的なやりあいかもしれないが、
そこで扱われているものが極私的ではない場合、
それがネットで公にやられると、
もうそれは当人同士だけの問題で収まらない場合がある。

せめて自分の発言がどういう波紋を起こし、
どこにどう波及していくのかという事を、
今よりもう少し考えてほしいところです。


あとツィッターは字数制限があるため、
どうしても言葉が粗くぶっつけ調になってしまう。

そのあたりも注意し、
また受けた方も割引いて受けけないと、
これまた感情的なしこりとなる場合がある。

以前も言いましたが、
ツィッターはとても便利ですが、
ある意味それと同じくらい不便なツールでもあります。

このへんもより一考を要してほしいところです。


と、長々と書きましたが、
ひとつこれだけは念押ししておきたいのですが、
正直この問題には「悪人」がいない…、
というより各人その立場からすれば正しい物言いがほとんどで、
潰されるべき内容のものの方がじつは少ないのも事実。

それだけにそこのところを、
どう少しでもそれらを各自活かすかという事も考えると、
やはり互いの立場や地元のいろいろな立場の人たちの事を、
さらに今よりもう半歩でもいいから自ら踏み込んでいかないと、
すべてが無駄になり水泡に帰してしまうことになるでしょう。


一度築いた自分の意見や考えを崩すのは、
自分のプライドや自分自身をを痛く傷つけるものがあり、
なかなか認めたがらないというのはわかりますが、
そのために地元が痛く傷つけられるようなことがあったら、
それは半ば恩を仇で返したような形になり、
しかも結局は自分自身ももっと深手を負う事になるでしょう。


そういう最悪に至らないためにも、
今より少しだけでもいいですから、
もう少し相手に寛容かつ自分には厳しく、
そして柔軟にこの話題に接し発言を心がけてほしいものです。

このままでは誰も得をしない、
全員がすべて痛い思いをしたまま終了になりかねない、
そんな危険性がありますので。


そんなところです。

予想より長くちととりとめのないものなりました。

読んでいただきありがとうございました。
不愉快になられた方には申し訳ありませんでした。



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ラルフ・ヴォタペックの「ラプソディ・イン・ブルー」を聴く。 [クラシック百物語]

※以前書いたものに追加情報を後半に付加。


ラルフ・ヴォタペックというアメリカのベテランピアニストがいる。

知る人ぞ知る現役最高のガーシュウィンスペシャリストのひとりでもある。


彼が17才の時ミルウォーキーで、
ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」の初演を指揮した、
あのポール・ホワイトマンと共演したということを以前書いたが、
最近その彼が弾いた「ラプソディ・イン・ブルー」を聴くことができた。

といってもこれは発売されているというものではなく、
ある方がアメリカの地方オケのライブ放送をいろいろ録音したものの中に、
偶然それが入っていたものを聴かせてもらったというのがそれ。

いろいろ調べてみるとどうもこれらしい。

LFS-SEPT2013-Concert-Poster.jpg
http://lakeforestsymphony.org/past-concerts/#OpeningGala=

Rhapsody+in+Blue.jpg
http://lakeforestsymphony.org/listen-and-learn/

レイク・フォレスト交響楽団の2013年シーズンのオープニングコンサート。

そのときの前半の二曲目に演奏されたようだ。

指揮はウラディーミル・クレノヴィッチ。
かつてクルト・マズアの助手をしていたようだが、
いろいろと苦労をした人らしい。


で、聴いた感想なのですが、
シーズンオープニングということで、
オケの管がやや粗かったり、
前半エンジンがなかなかかからなかったことや、
指揮者がこの曲に不慣れなのではないかという感じがあり、
そこの部分にややピアニストが気持ちをとられたような感があるためか、
多少のライブにつきもののキズ等はあるものの、
これは今まで聴いた同曲でもなかなかユニークなものとなっていた。


なんというのか場所によって、
ここはクラシック風、ここはジャズ風、
というように曲想によってかなり弾き分けているということだ。

これはガーシュウィンのこの当時のこういう曲を書く上で、
じつはまだまだいろいろなものが混在していたということを、
弾き方で表出させているようなはなはだユニークなものだった。


ただだからといって学究的なものにこの演奏がなっていたかというと、
じつは全然そうではなく、
なかなかな愉しい雰囲気なものに全体が満ちたものとなっている。

また細かいところの表情づけがなかなか粋なセンスがあり、
ちょっとお洒落な趣や、
ノスタルジックな哀愁感も備えたものとなっていた。


ヴォタペックはこの曲をとても得意にしているようですが、
子供の頃から好きだったのか、
それとも前述したホワイトマンとの共演がきっかけかは分かりませんが、
とにかくこれはいろんな意味でユニークで、
そしてこの曲のもつ今まで気づかなかった部分をいろいろと感じさせてくれる、
なかなかの聴きものとなっています。

ただこれを聴いていると、
そろそろ同曲をできればちゃんとした状況下での公式録音でしてほしいと、
強く感じさせられた次第です。

尚、この演奏、完全全曲版による演奏のようなのですが、
これは従来ほとんどの演奏で割愛されている、
ガーシュウィン自らがカットしてしまった二か所の欠落部を、
その自筆稿から復活させたというものだそうです。


そんな彼の同曲の演奏(2017)がネットにアップされた。
ggrv.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=ywkfS0zWAA8

これは前述した演奏とは違う。

バックのオケが一般高校生によるオケということだが、
けっこう頑張っていて好感が持てる。

そして肝心のヴォタペックの方ですが、
基本的なものは前述したものと変わらないが、
明らかに今回の方が調子がいい。

最初こそオケに合わそうと気を使っていたものの、
途中からエンジンがかかり絶妙な演奏が展開されていく。

特に中間のソロが以降が秀逸で、
この曲の数ある演奏の中でも屈指のものとなっている。

今の演奏の多くがカジュアルな演奏なのに対し、
こちらは背広をちょっと着崩して着たような、
ちょっと昔気質のさりげない雰囲気の演奏で、
変に媚びず清潔で明快、
そしてちょっと小粋なニュアンスも味わえるものとなっている。


それとこの演奏、
実際聴かれた方によると音がとにかく綺麗だったとか。
(それがこの録音から分からないのが残念とのこと)

やはり一度ぜひ日本で聴いてみたいものです。
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チェコフィル来日公演はアルトリヒテル氏に。 [お知らせ]

【指揮者変更のお知らせ】チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

今年9月から10月に来日が予定されております、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者
イルジー・ビエロフラーヴェクは、5月31日にプラハで逝去いたしました。
謹んで、哀悼の意を表しますとともに、心よりご冥福をお祈りいたします。

これに伴い、チェコの最も優れた指揮者のひとり、ぺトル・アルトリヒテルが【チェコ・フィルハーモニー管弦楽団2017年日本公演】の指揮を務めます。

ペトル・アルトリヒテルは、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団でヴァーツラフ・ノイマンのアシスタントを務めた後、同オーケストラとは度々共演を重ね、今年5月に行われた「プラハの春音楽祭」では、ビエロフラーヴェクの代役を務めました。

各地の演奏曲目は、当初発表のとおり行う予定です。
お客様におかれましては、何卒ご理解下さいますようお願い申し上げます。

https://www.japanarts.co.jp/news/news.php?id=2780


3月にプラハ交響楽団と来たばかりというだけでなく、
日本で違うオケで同じ年に二度「わが祖国」を指揮するという、
たいへん珍しいことになるようです。

とにかく指揮者も決まりホッとしています。

公演を期待しましょう。

因みにwikiなどは「アルトリフテルと呼称していますが、
主催者が「アルトリヒテル」と呼称していますので、
今回はそちらに従っています。

Petr_Altrichter03.jpg
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%AB
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アメリカのオーケストラによる三種の「メサイア」 [クラシック百銘盤]

ヘンデルの「メサイア」というと、
今は小編成のピリオドによるものが主流で、
モダン楽器で演奏するそれはもはや時代遅れということで、
ほとんど顧みられていない。

ここではまだそういう正しい正しくないという、
そういことにとらわれなかった時代のものも含めた、
アメリカのメジャーオケによる「メサイア」をあげてみたいと思う。

歌唱はもちろんすべて英語版。


最初は当時38歳だった若きバーンスタインが、
1956年の大晦日に録音したもの。

メサイア0.jpg

アデーレ・アディソン(ソプラノ)
ラッセル・オバーリン(カウンターテノール)
デイヴィッド・ロイド(テノール)
ウィリアム・ウォーフィールド(バリトン)
ウェストミンスター合唱団
ニューヨーク・フィルハーモニック

というもので、
同曲初ステレオ録音というだけでなく、
バーンスタインがNYPOを指揮した初の商業用録音であり、
初のステレオ録音でもあるようです。

ただし手持ちのCDを聴くと「パストラール」のように、
一部音質がモノラルとなっているところもあります。


これはバーンスタインが1956年の12月にあった、
「メサイア」を連続して演奏した演奏会の後、
年もおしつまった大晦日に録音したもの。

当時NYPOはミトロプーロスの時代で、
バーンスタインはNYPOの音楽監督どころか、
まだ首席指揮者にもなっていなかった。

オケはミトロプーロス時代末期とはいえ、
なかなかしっかりとした演奏をしている。

合唱は上手いというより、
一生懸命心を込めて真摯に歌っているという感じで、
ひじょうにバーンスタインらしい演奏となっている。

だがこの演奏の最大の特長は、
この曲の構成だ。

使用しているのがプラウト編曲版ということで、
ただでさえカットが多いのだがそれだけではなく、
この三部構成のオラトリオをバーンスタインは、

第一部と第二部の後半をくっつけて
「クリスリス・セクション」

第ニ部の前半と第三部をくっつけて
「イースター・セクション」

と再構成し演奏している。

このため「クリスマス」では「ハレルヤ」で終わるため、
これはこれでなかなかいい雰囲気になっている。

またこれは「マタイ」でも感じた事だけど、
ストーリーテラーとしてのバーンスタインのそれも、
強く感じさせるものがある。

もともと「メサイア」は、
宗教音楽というよりは祝典劇場音楽みたいな所があり、
しかもやったもの勝ちみたいなところもあるので、
バーンスタインのこれなどは、
まさにそこの部分を衝いたものといえる。

またバーンスタインのそれはじつにロマンチックで、
情感豊かにたっぷりと歌い込んだり、
素晴らしく快適に運んだりと、
もう縦横無尽といった感さえある。

最後の「アーメンコーラス」など、
もう心躍り点に向かって駆け上がっていくような、
そんな爽快感さえ感じられる。

スキの無いすべてに行き届いた演奏とは対極の、
ある意味スキだらけの演奏だけど、
これは若き日のバーンスタインの、
ありったけの思いの丈を「メサイア」にぶつけた、
快心の演奏といえると思う。

この録音は1958年に発売になったが、
これは翌年がヘンデル没後200年にあたることから、
それにあわせての発売となっていたようです。

そういえばベイヌムの「水上の音楽」も、
1958年の録音ということなので、
同じ趣旨の録音だったのかも。

1950年のバッハ没後200年は、
まだ大戦が終わって五年ほどしか経っておらず、
ステレオ録音も登場してなかったこともあり、
1959年のこれは業界にとって、
ひとつのビッグイベントだったのかもしれません。



そんなバーンスタインの「メサイア」が発売された年に、
CBSはオーマンディとフィラデルフィアによって、
再度「メサイア」を録音します。

メサイア1.jpg

アイリーン・ファーレル (ソプラノ)
マーサ・リプトン (アルト)
デイヴィス・カニングハイム (テノール) 
ウィリアム・ワーフィールド (バリトン)
ギルバート・ジョンソン(トランペット)
リチャード・P・コンディモルモン指揮・タバナクル合唱団
フィラデルフィア管弦楽団
                      

1958年と1959年の3月とに分かれて録音されており、
これだとヘンデルの命日は間に合わないが、
これも一応200年の年にあわせて録音されたものだろう。

CBSがなぜ連続して「メサイア」を録音したかは不明だが、
ひょっとするとバーンスタインの二部構成ものなので、
オリジナルの三部構成ものも録音しようとしたのかもしれない。


ただこのオーマンディのものは確かに三部構成ではあるが、
第一部こそバーンスタインとほぼ同じ曲数を収録しているものの、
第二部と第三部はかなりカットしており、
全32曲104分というかんじになっている。

※因みにバーンスタインは全39曲で117分。

しかもそのうち18曲は第一部なのだから、
いかに残りがバッサリやられたかお分かりだろう。

第三部など四曲しかない。

ただそれでも演奏そのものは、
かなり大きな編成で賑やかな編曲ではあるものの、
それによって肥大したり、
喧騒に走るということもなく、
安定感と古典的ともいえる美しい造形と安定感、
それにバランスをもった演奏となっている。

雰囲気としてはバーンスタインのような劇場型ではなく、
むしろ声楽付き交響曲のような趣の演奏となっている。

またかなりフォルムにこだわったような演奏で、
第二部以降の大幅なカットは、
レコードの収録時間の関係だけということではなく、
オーマンディのフォルムに対する感覚からきた、
必要なカットだったのかもしれない。


この演奏のもうひとつの聴きものは、
やはりフィラデルフィアの演奏だろう。

この録音当時フィラデルフィアは、
全米ナンバーワンと言われていたほどのスーパーオケで、
多くの名手が揃っていたという。

弦の響きひとつひとつとっても絶品ものだし、
ときおり聴かれる管楽器もじつに華やかではあるが、
それでいてどこか落ち着いた響きで統一されていて、
聴いていて心が洗われるよう。

そして「The trumpet shall sound」における。
名手ギルバート・ジョンソンのそれがまた素晴らしい。

決して華美になったり派手になったりせず、
それでいてオケと絶妙にブレンドされた、
温かな光にみちた見事なソロを聴かせてくれている。

因みにバーンスタインはここの部分三部構成の最初第一部しかないが、
ここでは三部すべてが演奏されている。

ここが名手の聴かせどころということで、
しっかりとコンプリートで演奏したのかも。

輝かしい演奏ではあるが表情に強く抑制をきかせてはいるため。
器楽的傾向の強い演奏と聴こえるかもしれないが、
音楽そのものはしっかりと歌い込まれているし、
音のキレもしっかりとしていて、
ダラダラと惰性で音楽が進むことがない。

1950年代全米最高の、
というより当時世界最高のオーケストラによるヘンデルということで、
これまたいろいろと聴きどころのある演奏となっています。



この約四半世紀後、
今度はヘンデルの生誕300年が近づいてきた。

そしてそれに合わせて録音されたもののひとつがこれ。

メサイア2.jpg

キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
アンヌ・イェヴァング(アルト)
キース・ルイス(テノール)
グウィン・ハウエル(バス)
アドルフ・ハーセス (トランぺット)
マーガレット・ヒリス指揮シカゴ交響楽団合唱団
シカゴ交響楽団

指揮はもちろんゲオルグ・ショルティ。

1984年の録音。

この録音時、ショルティはスコア選定等を含め、
クリストファー・ホグウッドに助言を求めている。

彼としてはこのセッションに、
より万全をもってのぞみたかったのだろう。

使用版はトービン校訂版。

先の二人の使用している版よりはるかにオーソドックスだが、
これはショルティのオリジナル版志向に沿ったものといえるかも。

※しかしヘンデルのこの許の版の問題はとても複雑。ブルックナーどころのさわぎではないくらいです。

オケの編成もそれに準じており、
十二型の弦編成に、
オーボエとバスーンが各二名。
ブラス三名とティンパニーとチェンバロで、
計49名のオケと約100名の合唱団というもの。

因みにこの100名はオケとのバランスだけではなく、
シカゴ響合唱団の中のプロメンバーの人数なのだそうで、
メンバーを精鋭に絞り込んでのそれだとか。

そんなメンバーでのぞんだこの演奏。


とにかく演奏が小気味いい。

ショルティというと、
いつも剛腕の分回しみたいにいわれているが、
こういう小回りを要求される曲でも、
ショルティは驚く程の適正を発揮する。

やってることはいつものショルティだけど、
編成を刈り込んでいるせいか、
とても軽快でさわやかな感じさえする。

またその持ち前の古典的演奏スタイルのせいか
印象が現代のピリオド系に近いものがあり、
古臭さや仰々しさも感じさせない。

もっともオケの基礎体力が半場ではないので、
そのパワーは現代の室内オケとは桁外れで、
随所にフルオケ並みの迫力を聴かせている。

とにかくなんともストレートなヘンデルだ。


ただ面白いのはオケや合唱に比べ、
ソリストの四人はむしろ歌謡的で、
まるでオペラのような感じさえする。

ショルティはこのことにより、
宗教音楽と世俗音楽の合体ともいえる「メサイア」の、
その二つの面を同時に描こうとしていたのかもしれない。

おそらくショルティはどちらかひとつに重心をかけることを、
この曲では良しとしなかったのだろう。

ただこういうやり方はショルティだけではなく、
ピリオドでもたまに耳にするやり方だが、
ショルティのそれはシカゴというデカいキャンパスでやったため、
余計その対比が目立つことになったように感じる。

とにかく指揮者の個性とオケの凄さがあらわれた、
これまた素晴らしいメサイアだが、
中でも使っている版のため登場場面は少ないが、
あのハーセスが参加した曲はどれもが聴きものだ。

特に「The trumpet shall sound」は絶品。

先のジョンソンがオケと絶妙にブレンドされた音を出していたが、
ハーセスはオケの中から輝かしい一筋の光が立ち上るかのようで、
ヘンデルがもしこれを聴いたら、
随喜の涙を流したのではないかと思われる程だ。

当時63歳のハーセスによるこれは本当に見事な演奏です。


以上アメリカのオケで演奏された、
三種類の「メサイア」を紹介したけど、
正直このどれもが日本での評価はひじょうに低い。

特に最初の二つは現在の価値観からみると、
はなはだ異端かもしれない。

ただ自分は「メサイア」では、
こういうのもいいのではないかという気がするし、
むしろこれらの演奏によって、
かえってヘンデルの強かさというえ、
「メサイア」という曲の懐の深さというものを、
強く感じさせられてしまう。


「メサイア」が現在でも多くの人に歌われ演奏され、
そして聴き継がれているのは、
そんなところにも大きな理由があるのかもしれません。


ヘンデルは自分たちが考えている以上に、
途方もない天才であり怪物だったのかも。



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ドラティとコンセルトヘボウの「くるみ割り人形」。 [クラシック百銘盤]

アンタル・ドラティというと、
バルトークやストラヴィスキーや、
ドヴォルザーク、スメタナ、
といったところが浮かんでくる人が多いが、
チャイコフスキーも同じように、
ドラティとして定番のレパートリーだった。


そんなドラティが69才の時に、
オランダの名門、
ロイヤル・コンセルトヘボウを指揮して録音した、
チャイコフスキーの「くるみ割り人形」全曲がある。

MI0000975191.jpg

これがじつはたいへんな名演。

演奏は1975年に録音されたもので、
内容としては、

1975年6月30日-7月5日 アムステルダムのコンセルトヘボウでの録音。

共演として、
ヤン・ヴァルケステイン指揮
ハールレム聖バーフォ大聖堂少年合唱団。

と、なっている。

コンセルトヘボウはこの前年、
ハイティンクとチャイコフスキーの交響曲第5番を録音、
さらに前後して他の交響曲もいろいろと録音しており、
チャイコフスキーの録音が目立った時期でもある。

そんな中で録音されたこのチャイコフスキー。

録音はアナログながら当時としてはかなり良好で、
聴きやすくしかもそこそこレンジも大きく、
コンセルトヘボウののオケの素晴らしさも、
あますところなく録らえている。


だがそれ以上に素晴らしいのはドラティの指揮。

ドラティの指揮は音に力が十分に込められていて、
緊張感が途切れることがない。

また音楽の懐が大きく、
間の取り方がうまく安定感があるため、
音楽が小さく感じられることもない。

そういう意味ではクナッパーツフッシュ指揮の、
「くるみ割り」の組曲と相通じるものがあるが、
こちらの方がキレがあり、
尚且つパンチが効いている。

また音楽の流動観がすばらしく、
気付いたら
「もうここまで曲が来ている」
という事がしょっちゅうだ。


これにはドラティの力だけでなく、
コンセルトヘボウのオケの力もある。

その地力もそうだけど音の美しさが半端ではない。

チャイコフスキーの録音が伝統的に活発なオケだけど、
ことバレエの全曲となると経験はほとんどなく、
全曲録音もおそらくこれが初めてではないかと思われる。

※ハイライトなら名銀の誉も高いフィストラーリとの「白鳥の湖」がありましたが…。


にもかかわらず、
もう随所で聴き惚れてしまうほどの、
じつに瑞々しい音がそこには横溢している。

さすがコンセルトヘボウといったところだし、
ドラティの力量もこの点さらに評価されるべきだと思う。


演奏時間は全体で83分ほどだが、
上記のように聴きどころが多く、
美音が溢れかえる程なのに決して甘口ではなく、
むしろ辛口でありながら聴かせ上手であるためか、
正直自分にとってはいつもあっという間という感じだ。


これはドラティにとっても、
コンセルトヘボウにとっても快心の名演といえるだろう。

その後このコンビは1979年から1981年にかけて、
今度は「眠れる森の美女」全曲を録音している。

全体で2時間半を超す長丁場だけど、
こちらもじつに見事な演奏を同様に展開している。


尚、ドラティの「くるみ割り」のLPが日本で初発売された時、
当時の国内盤における「くるみ」の全曲盤というと、

アンセルメ、プレヴィン、ボニング、ロジェストヴェンスキー

といったところが発売されていたが、
オケも録音もこの盤が図抜けていたにもかかわらず、
何故か上記四点よりも評判になったという記憶がない。

確かに雑誌の評価は高かったが、
ドラティの当時の日本での評価がいまいちだったことも、
そこにはあるかもしれない。


ドラティが評価されたのは、
デッカとの録音がいろいろと話題となったことや、
1981年に読売日響客演の為の来日、
そしてコンセルトヘボウとのバルトークが出て、
その名前があらためて知らしめられた頃だろうか。

これほどドラティのそれが遅かったのは、
彼がマーキュリー時代に名前が出始めた頃、
彼の招聘の話が東響であったものの、
度重なる交渉のゴタゴタでけっきょくドタキャンとなったことで、
他の日本のオケがブラックリストに載せてしまったことと、
その後1963年のロンドン響との来日公演が、
本人の体調不良もあっていまひとつの日があったりして、
その評価が良くなかった事が尾を引き、
しかもその後ドラティの録音そのものが目立たなくなったため、
このような事が起きたのだろう。


そんな中でのこの「くるみ」の発売なので、
いささかしかたない部分はあるかもしれない。

自分も当時はやはりドラティに強い印象は無く、
この「くるみ」のLPは購入リストにはあったものの、
ついに購入することはなく、
CDとして手に入れたのはドラティ没後から、
さらに十年以上も後の事になる。

このため前出した貴重な来日公演、
結果的にも聴き逃すことになってしまった

じつに情けない話です。


そんな事もちょっと聴く度に思い起こさせる、
この名盤「くるみ割り人形」。

今はそういうこともありけっこう大事に聴いています。


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「用心棒」の歩いた道へ再び行く。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

2014年の12月にJR韮崎駅から歩いて30分程のところにある、
黒澤明監督作品「用心棒」のロケ地跡へ行った。

http://orch.blog.so-net.ne.jp/2014-12-10&pagename=nice

今回は二年半ぶりに再訪。

そしてもうひとつの場所も見に行った。

あいかわらずのどかだけど、
山々がとにかくすばらしい。

a-09.jpg
茅ケ岳

a-10.jpg
白根三山

富士山もうっすらと見えていたけど、
さすがに自分のボロ携では映らなかった。

a-01.jpg
三十郎が歩いていった道。

ここには写っていませんが、
けっこうあいかわらず車の通りが激しいです。

この道から右手奥に見える白根三山。
a-02.jpg

そしてこの道。
a-03.jpg

これが映画ではここにあたります。
a-11.jpg

映画に近い角度でこの道をみます。
a-17.jpg

三十郎は棒の向いたこの道へ行きます。
a-08.jpg

映画でも映っていた石塔。
a-04.jpg

新しく作り直したのではという意見もあり、
再度そのあたりもみましたが、
土台と頂部は古そうなのですが、
真ん中部分が妙にスッキリして、
なおかつちょっと新しい感じがするので、
ひょっとすると真ん中の部分だけつくりなおしたのかも。

a-14.jpg
映画での石塔

a-13.jpg
実際のそれを映画で見えていた方向から。


このあとこの場所を離れ別のものを探索。

そしてみつけました。

あの本間先生が走って逃げる桑畑の中の道。

a-05.jpg

これは本間先生の近くにみえる石碑?と、
右へ伸びている道が目印でした。

用心7.jpg
用心6.jpg

これがその石碑。
a-06.jpg

写真でみると小さくみえますが、
けっこうそこそこの大きさがあります。

このとき本間先生がすたこら逃げた方向へしばく歩き、
そして振り返って一枚。

a-07.jpg

この写真中央にある木の場所あたりが、
位置関係からいくと清兵衛の本陣があった所かと。

そうなるとこのあたり一帯に、
馬目宿が作られていたのだろうか。


因みにこのあたりは今はこんなかんじです。
a-15.jpg

ただこんな巨大な石が先の石碑の少し先にありました。
a-16.jpg

位置的には映画に映っているはずなのですが、
当時はかなり草茫々だったため、
なんかシーンによっては、
うっすらとみえるようなみえないようなかんじで、
ちょっと何ともいえないかんじでした。


とにかくこんなかんじでした。

しかしほんと何もないところです。

だからこれだけまだいろいろと残っていたのかも。


例えば「天国と地獄」のロケ地は地元なのですが、
いろいろと開発等でかなり分からなくなりつつあります。

半世紀前の映画の遺構が、
これだけ残っているのはとても幸福なのかもしれません。

何とか末永くこの状態を維持してほしいものです。


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「シン・ゴジラ」の好きなシーン [ゴジラ]

ちょっとマニアックもしれないけど、
じつはこの―シーン。

好きというか最も怖かったというか…。

すでにツィッターでも書いているけど、
それはこのシーン。

sg0002.jpg

じつは下に分かり易く矢印で示しているけど、
なんとここにゴジラがいる。

SG0011.jpg

もうすぐそこまで来てるのに、
マンション等の建造物で視覚、
避難放送等で聴覚が阻害され、
ほとんどの人がそれに気づかず、
ただダラダラと緊張感もなくけだるく避難しているという、
このシーン。

311での津波のエピソードを思い出してしまうが、
このときの避難放送も、
津波襲来時の避難放送を想起させられて、
かなり重くのしかかられるような怖さを感じた。


そしてもうひとつがこのシーン。

sg0005.jpg

自分がよく行く由比ヶ浜商店街でのシーンだけど、
ちょっとわかりにくいが、
じつは左下端を人が断続的に、
ゴジラのいる所から走りながら逃げている。

SG0010.jpg

これをはじめて気づいた時、

「うわー、これは怖すぎる」

と思うと同時に、
このシーンのエキストラやりたかったなあと、
ここに映っている人にかなり羨望の念を感じてしまいました。

正直あのときエキスストラやっていた人の多くが、
こういうシーンをやりたがっていたので、
これやった人は映りは小さいけど個人的には、

「大当たり」

という気がしました。

ただ鎌倉ロケの日は、
今にも雨が降りそうな曇天だったので、
これは合成かもしれません。

でもやっぱりこういうの…やりたかったなあ。
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不可解な内容のツイート (ラブライバーと沼津) [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

よくラブライバー云々という芳しくない内容のものが流れるけど、
お店での発信等を別とすれば、
正直自分の目で確かめないかぎり
事の真偽が判別できないものにはあまり反応しない事にしている。
もしガセだったらそんなものに加担した自分が許せないし、
沼津や真面目なファンの方に申し訳がたたない。

でっちあげやなりすましも日常茶飯事の今日この頃。
人に躍らされることだけはしたくない。
だからといってダメな行為はダメ。
ここのところは毅然としたい。
もちろん大前提は「沼津ファースト」なので、
このあたりも度が過ぎると拙いので難しい。
大洗もかつてはこういうことで苦労したんだろうなあ。

-----------------------------------------------------


という内容のツイ―トをこのまえしたら、
それとほぼ時を同じくして、


「1日中こんな奴らがいたし一般客が泊まりに行く気にならないのは当然…」

という発言とそれ関係の二つの写真がツイートされ、
さらにそれに呼応するかのように、

「この写真頂いても良いですか?
ブシロードにアニメ企画の即時停止と沼津市への協賛中止を要請する材料に使いたい」

という内容のそれがついた。


正直「またか」と思った。

写真を観てて、
ほんとうにしょうもないことばかりしてる、
残念なファンたちだなあと悲しく思ったが、
暫くしてなんともいえない違和感がわきあがり、
以下のような発言を立て続けにツイッターに投稿した。


-----------------------------------------------


このツイートに掲載されていた二つの写真。
片方は「いいかげにしろ」だけど、
もう方方はちょっと「一日中」という表現に違和感があるのと、
自分ならここのお店にまず報告し、
それでお店さんがバンダイなりブシロードなりに
厳重抗議するというのなら筋も通るし当然だけど、
なんかこの流れがスッキリしない。

さらに言わせてもらえば、
このお店さんをすっ飛ばして抗議しちゃうと、
お店さんのあずかり知らぬとこで火の手があがって、
別の意味でご迷惑がかかるかもしれないけど、
このあたりの事もちゃんと考えているのかなあ。
当事者を蔑ろにすると悪質ライバーと同じレベルとみられかねない危険性がある。

まあ写真に写ってる人たちの行為については個人的には好意は持てないけど、
それに対する対処の仕方がとにかく?で、
お店さんをすっ飛ばして事を起こそうとしているように見えるのがとても心配。
あとこれだけ反応があるのはある意味いいことだと思う、
あとは個人がそれをどう冷静に捌き落とし込むか。

ようするにまず現地の人に任せるという事が抜けてるようなやりとりがとにかく不安。
これって受けてによっては
「現地の人ではダメなので俺たちが代わりに」と言ってるように感じられ、
傲慢と受け取られかねないじつに危険なやりとりだ。
事が現地のお店の敷地内で起きてるのだから、まずお店にだよなあ。

さらにさらに言えば。
お店さんに言わないでいきなりネットにあげているのだとしたら、
自分がそのお店さんなら「なぜ一言言ってくれない」となります。
これを写している人がお店さんに縁もゆかりもないのは分かるけど、
いきなり拡散するんじゃなくて、
まずそこの人たちに連絡して指示を仰ぐのが筋。

こういう形で情報が拡散し巻き込まれをされるのって接客業がいちばん嫌う事。
何度もいうけど順序が違うよなあ。
どう考えてもここのところだけはおかしい。
注意喚起みたいなものではなく、
単純に煽っていろんなもの巻き込んで愉しんでるとしか思えない。
なんか嫌な話になってきたのでこの話終了!


--------------------------------------------


というもの。

ツイッターでは実際にお店さんの名前を出していますが、
ここではあえて「お店」としています。


多少内容が重複したりくどくなってしまったものの、
ようするに一見これを写した人たちは、

「自分たちはこの酷いライバーたちの行為を糾弾する」

みたいな錦の御旗をたてて言ってるようにみえるが、
それにしてはお店への配慮があまり感じられないし、
そもそもこの内容を拡散することに、
お店の許可を得ているのかという疑問もある。

そのあたりがまったく触れられていないので、
お店にとばっちりがいくのではないかと、
こちらはとても不安を感じる。


一部ではこれはただラブライブが嫌いなだけで、
沼津やそのお店などなんとも思っていない人たちの、
ただの嫌がらせというふうに言っているものもあり、
自分もひょっとして、
これそのものがじつはねつ造ではないかと、
そんな疑念さえもつようになっていった。


ただ正直これの真偽よりも、
上でもさんざん述べたけど、
現地のお店にちゃんとまずお伝えし、
こういう内容で発信していいかと、
事前に御伺いを立てたのかというのがとにかく心配。

ラブライブをけなそうが叩こうが、
それはその人の自由だろうけど、
自分たちの考えや価値観のためだけに、
地元を巻き込むような形で利用していたとしたら、
これはもう絶対許せない蛮行だし、
自由と無秩序を履き違えたような、
一種のテロ行為と言ってもいいかもしれないほど酷いもの…

…と受け取られかねない危険性をともなった、
とにかくなんとも不可解な発信だった。


これに対していろいろと反応があったけど、
良識あるファンが多かったことが救いとはいえ、
無責任な物言いがあったことも否定できないので、
正直これはかなり考え物のそれだった。


自分はその後あるツイートで、

----------------------------------------

「最近思うんだが
自分より豊かな人、幸せな人を見た時、まず
「自分もああなりたい」と思うのでなく
「あのやろう、悪い点見つけて引き摺り下ろしてやる」と思う
僻みの文化が蔓延してると思う
いつから日本はこんな風潮になったのか

-----------------------------------------------


というものをみた。

まったくの正論で、
しかも今回のそれの根っこにある部分のひとつを、
適格に言い当てたもののように感じられてしかたなかった。



今回自分ははじめて「ラブライブ」という、
外からみていた台風の中に突っ込む形をとっているが、
現地は驚く程穏やかだし、
大洗のガルパン初期の頃とそれほど差は感じられない。


むしろ作品やファンを叩くことに手段を選ばない風潮が、
少しずつ強くなっているように感じられ、
地元に対して何のそれも払われていない事を思うと、
思わず「テロ」というキツイ言葉を使ってしまうくらい、
自分にはそっちの方がえげつなく酷い行為に感じられてしまった。


もちろんファンの方の行為の一部にも、

「さすがにこれは」

と思ってしまうこともあるけど、
だったらそれに対してはまず地元に伝えるなりして、
(それは後日にメールでもいいと思う)
「報告」場合によっては「意見」を言うのが筋で、
地元を飛び越えてあまり踏み込みすぎたそれをすることは、
正直やりすぎだし自己満足や売名行為ととられ危険性がある。


上でも言ってるけど自分たちはあくまでも観光者であって、
「俺様」や「殿様」ではない。

「俺たちが代わりにやってやる」

などと本気で思っている人がいるとしたら、
ほんとうにこれは傲慢以外のなにものでもない。


発言は慎重にと冒頭に書いたけど、
今回の場合ちょっとどうしても踏み込んであえて発言をしたくなり、
またツィッターではすぐに流れてしまうので、
後々までいろいろと考え込むべき内容の事柄ということで、
こちらにもこういう形で書き込みました。


あと今回の件。

大元の情報量が写真込みにもかかわらず、
あまりにも少ない。

自分が断定を随所で避けているのはそのせいです。



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「よこすかカレーフェスティバル2017」へ行く。 [いろいろ]

というわけで
「よこすかカレーフェスティバル」
に昨年に続いていく。

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https://www.cocoyoko.net/event/curry-fes.html

JR横須賀駅で降りて少し歩く。

ヴェルニー公園に今年から帰ってきた、
戦艦「陸奥」の主砲をみる。

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当時最大といわれた40センチ砲。


このあとに二十分程歩いてカレー会場へ。

前回は自衛隊がらみとバイキング、
そして並ばないところを中心としたが、
今回は逆に並ぶところばかりまわった。

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100時間カレー
※公式サイトより

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黒部ダムカレー

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門司港発祥焼きカレー
※北九州市の観光公式サイトより

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弦斎カレーパン
※公式サイトより

といったところ、
正直どれも美味しくて甲乙つけがたかったです。

やっぱり列ができるところはどこも半端じゃないです。

ただ今回あるところで。
買ったものが違うからなのか、
人によって対応が違うようにみえたブースがあったのば残念。

混んでるからかもしれないが、
観ててこういうのはあまり楽しいものではないので、
申し訳ないがここは人気投票から外してしまった。

何かを売るのは商品だけじゃない。

当たり前のことだし当人も分かっていただろうけど、
忙しかったとはいえ自分などのように、
それが目についてしまう人もいるし、
ネットに店名を書き込んでしまう人もいる。

たいへんかもしれないけど、
できればそういう部分は分からないようにしてほしい。


このあと入館料が半額になっている。
記念館「三笠」に行く。

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こちらは30センチ砲。

三笠からみたカレーフェス会場の、
東郷司令官像付近の様子。
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Z旗もはためいていました。
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「ハイフリ」ブースも盛況でした。
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このあと鎌倉へ。

この日は葛原岡神社例祭 (葛原岡神社)でした。
a11.jpg
a12.jpg

夕方から夜は賑わったと思います。

しかし暑くて冷たいものがほしくなってしまい、
「鎌倉するがや」さんで、
期間限定の「アイスどら焼き」を食した。
ice.jpg
※公式サイトより

これけっこうおつでした。




食べたものの写真をほとんど公式サイトから転載してるのは、
あまりにもおいしそうなので
写真をとる前にいつも気づいた時には食べてしまっていたり、
食べる場所がなくて写真がとれないことが多々あるからです。

すみません。

食の誘惑には弱い者でして…。
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