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柏尾川遊歩道と鎌倉の桜をみる。 [小さな旅(Japan small travel)]

というわけでここ数日の柏尾川遊歩道と、
鎌倉の桜をみたものをまとめました。

最初が柏尾川遊歩道。

JR戸塚駅付近から柏尾川沿いに、
大船方向へ土手沿いに続くこの遊歩道の、
約二キロ程が桜並木となっている。

また対岸もこれよりやや距離は短いが、
やはり桜並木になっていて、
この時期はとにかく人手が多い。

個人的には上野公園より壮観な気がするし、
風景も多様だ。

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橋の上からも見れますし、
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下の川沿いの道に降りても、
これまたかなり気持ちよく鑑賞できます。
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ただもう少し土手から川沿いに降りれる道があると、
もっと便利なのですが…。

この後鎌倉へ。
戸塚から横須賀線で十分ちょっとで着きます。

極楽寺駅前も満開です。
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虚空蔵堂。
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そして圧巻が光明寺。

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鎌倉駅から歩くと30分くらいかかります。
「シン・ゴジラ」第四形態上陸シーン時、
そこの近くの高台からのシーンも印象的でした。

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柏尾川も鎌倉も桜は最高の状態です。

ちらほらと散りはじめているので、
今週末が最後の見頃かもです。


ところで以下はちょっと?な事をひとつ。


この日近くに猫がいたので写真を撮ろうとしたら、
猫の側にいた女性から、

「猫は撮影しないでください。」

と注意された。理由は、

「写真がネットにアップされそれが原因で猫が虐められるから。」

とのこと。

ネットにあげなければいいというけど、
現場でケチがついたものは残さない主義だし、
そもそも自分はそんなに猫には固執してないので、
その場で消してその人にその事をいい立ち去った。


だが帰宅して光明寺のサイトをみても、
そんなことは書いてないし、
またそういう類の事もネットでは、
少なくとも自分はみかけなかった。

ちょっとこのあたり腑に落ちない。


お寺の総意ならそれは尊重するけど、
そうではなくこの人だけのマイルールだったら、
このお寺の猫はそこそこ有名らしいので、
そのうち問題が起きるような気がしてちょっと心配だ。

どちらなのだろう。


〆。

沼津駅から海のステージまで歩いてみました。 [沼津~内浦(Numazu~Uchiura)]

というわけで今回は沼津駅から海のステージまで、
距離にして約17キロ。

水浜線スタンプラリー全行程と同じくらいということなので、
蛇松緑道経由で、
あちこちの桜をみながら歩いてみました。

尚、今回歩いた距離同様文章もこれまた長いです。
ご了承ください。



朝一の東京から沼津までの数少ない直通列車に乗る。

しかしなぜ朝この二本だけ沼津に乗り入れしてるか、
この日その理由の一端がようやく分かった。

通勤通学の人の三島-沼津間が凄いのだ。

おそらくそれでいつもの三両編成ではお話にならないので、
東京からの10両編成を乗り入れさせ、
混雑の緩和をはかっているのだろう。

ただそのためか、
乗っている人が半端でないことと、
駅の通路や階段の関係からか、
この日はホーム混雑のため、
自分の乗ってる電車は三島駅出発が二分遅れた。

ホームでは「黄色い線の内側まで下がって」という、
そういうアナウンスが聞こえていたけど、
とてもそれは無理というくらいホームは人で溢れかえってた。

この時駅の別のホームにはラッピング列車も見えていて、
この温度差が不謹慎だけど妙に面白かった。


沼津に着いたがここでも乗降客で大混雑。

駅を出てそのまま蛇松緑道へ向かう。
学生さんも大勢そちらに向かう。

この日の蛇松緑道。
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すべてが桜並木ではないけど、
かなりポイントポイントに桜があるので、
印象に強く残るものがあります。

このあと港大橋を渡って三の浦へ。

今回はこの付近のどこのお店にも立ち寄りませんでした。

すみません。


しかしこの日の富士山はなんとも不思議で神秘的な雰囲気だった。
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熱い雲を背にしながら富士山そのものはほとんど雲がかかっておらず、
しかも地肌が少し見えてた雪化粧のためか、
なにか淡く冷たく光っているようにみえた。

帰宅後横浜からもうっすらとはみえていたけど、
さすがにこれに気づいた人は横浜では少なかったと思う。


大橋を渡りしばく歩いて玉江町交差点で右折、
その後御用邸前を通り静浦へ。

静浦の金刀比羅神社も桜が満開。
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獅子浜のゴジラ山
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「モスラ対ゴジラ(1964)」の聖地のひとつ。
この山みるたびにテンションが上がる。

近くの津島神社に一礼してそのまま江浦へ。
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江浦の住吉神社
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同じく照江寺
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途中にあった津波避難マウント。
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高さ12メートル。

このあたりに来る津波の予想高さが8メートル、
自分はここに一時的な波高も含めると、
10mのものが最低は来るのではと危惧しているけど、
それでもこの高さならなんとかなるかもと思った。


尚マウントは下からみるよりかなり上部は広いが、
収容人員は限られているので、
避難場所がここ一択という人が出てくることを思うと、
他の避難路の方が少しでも近ければ、
こちらはあえて使用しない方がいいのかも。

このあたり難しい。


口野の狩野川放水路。
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ここも見事な桜がある。
自分はここを口野放水路と書いてあるものをみた気がして、
ずっとそう思っていたけど、
正式には狩野川放水路というとのこと。

どうも自分はトンネル名と混同していたようです。

しかしなんか信濃川の大河内分水路をみてるようで、
ここも狩野川台風をはじめとして、
洪水による水害に苦しめられていたんだろうなあという、
そんな苦難の歴史を強く感じてしまった。

しばらく歩くと富士山がみえた。
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ほんとこの日の富士山はなんともいえない神秘的な雰囲気で、
どとこなく広重や北斎の絵に出てくるような、
そんな感じにも見える富士山でした。

淡島付近。淡島もいろいろと桜が散在しています。
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内浦の八坂神社。
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沼津から歩くといろいろと有名な名前の神社にあう。
支社かどうかは分からないけど何か得した気分。

このあと内浦に入る。

今回じつは桜を観る以外にふたつの大きな目的があった。

そののひとつである気多神社に行く。

気多神社。
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ビゴーが書いた「三津風景」のコピー。
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この場所がどうも気多神社前ではないかという話をうかがい、
今回訪ねてみた。

間違いなかった。
しかもここは以前ビゴーが絵を書いた来迎寺の階段を、
完全に降りきって右を向くとまさにこの角度だった。
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ビゴーはこの地がよほど気に入ってたのだろうか。

情報を寄せていただいた方に深謝。

このあとちょっと疑問に思い海沿いの道へ。

じつはこのときこの場所からだと、
富士山があまりハッキリみえないことに気づいた。

ビゴーがこのあと海沿いに北上し、
重寺の医源寺付近から、
今は無き大久保山越しに富士を書いたのは、
そんな理由からなのかもと、
このときなんとなくだが思った。

もしビゴーがこの時北上せず南下したら、
今の三の浦総合案内所付近からの富士の絵を残していたかも。

このあたりがちょっと残念だったし、
ビゴーにもそこからの風景をみせてあげたかった。

このあと一路木負方面へ桜を観ながら行く。

三津海水浴場から。
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三の浦総合案内所付近。
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とにかく各地桜が見ごろでした。

椎茸がたくさん。犬の名前になるのも無理からぬかも。
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このあと長井崎へ行く途中にある弁天島神社へ。
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ひじょうに階段が危ない。
狭いし角度がきついし不規則だしほんと危険。

ただしそれは初めの所だけで、
あとはそれほどでもない。

そういえば淡島神社の階段も、
違う意味で最初不規則かつきつかった。

何か理由があるのだろうか。

因みにここの高さは、
国土地理院のホームページの地図では、
階段を上りきると地図では13~18mというと、
そういう数値が出てくる。

ここに来る津波が、
沼津市のサイトでは9m近いものと予想されてるので、
窮余の避難場所としてここはひとつの選択肢かも。

ただそのためには階段をもっと整備補強しないと、
肝心の時階段が使用できないという最悪の事態も…。


このあと桜が綺麗だという中学校方面はパス。

理由は前も書いたけど、
特に学校が平常授業をしている時間となるとなおさらです。
やはりこのへんはどうしても気をつかう。

長井崎トンネル内。
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予想以上に長いけど意外と歩道の幅があり安心。

だが…

帰りのバスの中で、
このトンネルの歩道側でない部分を歩いてる人をみた。


うっかりかもしれないけど整備された歩道があるのだから、
せめてそっちを歩いてほしい。

ジョギングしてた人も歩道側の方を走ってたみたいだし…

…などと思ってたらこれが大間違いでした。

なんと細いながらも反対側にも歩道がありました。

柵とかないし幅も人ひとりがやっとみたいなので、
完全に見落としてしまってました。


本当に申し訳ありませんでした。


このあと海のステージに。うっかり全景を撮るの忘れてしまった。

ここまであちこち寄ったこともあり、
歩いてだいたい四時間半とのんびりペース。

気温も低く、
日差しも強く無かった為ほとんど疲れない。
絶好の散歩日和だった。


ところで海のステージのあるここの場所の沖に、
かつてスカンジナビア号という船舶を利用したホテルがあった。

この船をそのまま利用したホテルです。
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※写真はwikiより。

自分は小さい時に、
このスカンジナビア号に一度宿泊したことがある。

じつはここを訪ねたもうひとつの理由は、
そのスカンジナビア号のことを知りたかった事。

ここで当時のことを「海のステージ」の方にうかがう。

そこでいろいろと分かったことは、
やはり通路は狭かったということ。

「娯楽室」という部屋が船尾にあつた記憶があるが、
じつはこれは船首側にあって、
ビリヤード台やスロットがあったことや、
赤い絨毯が敷いてあり、
廊下から少し降りるような感じの所にあったこと、
また窓が丸窓だったことや、
朝食をとった所のホールの柱が独特だったことなど、
自分の記憶がいろいろとか確認や修正、
そして思い起こされた部分がありとても有難かったです。

本当に「海のステージ」の方には感謝です。

しかしここのアップルパイは温かくて美味しかった。


海のステージ付近からみた、
スカンジナビア号があったと思われるあたりの風景。
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以前の記憶とはあまり重ならない風景だけど、
なかなか素晴らしい場所と風景なだけに、
やはりスカンジナビア号がある時にもう一度来たかった。

残念です。


このあと外に出てちょっとあちこちみてたら、
木負東口バス停にラッピングバス二型が来た。

なので思わず乗車。

噂通り一型よりはるかに押し進められていて、
徹底的な完全無欠の外装&内装だった。
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内浦地区だけ車内アナウンスが違うようだけど、
どこで通常モードに戻ったかは確認しなかった。

このとき途中で大勢の下校するためバスを利用した、
小学生低学年のみなさんが乗車してきた。

このバスにどう反応するのか興味津々でみていたけど、
驚く程ふつうに接していた。

乗る前に「絵のバスが来た」という声が聞こえたり、
乗ってからも男女関係なく、
「誰が好き」とか、
それに対して「赤色の髪の子」とかいう声が聞こえ、
アニメのアイドルキャラというより、
沼津にあらわれた新手の人型の「ゆるキャラ」みたいな、
そんなかんじに受け取っているように感じられた。

そういえばバスをみている人も、
「苦笑」交じりで観ているという感じではなく、
もう日常の「沼津キャラ」というふうにみているようで、
将来的にアクアの次のグループが、
ラブライブシリーズの主役として登場しても、
アクアそのものはこの地域でうまく回せることができれば、
そこそこ息長く続いていくのではないかという、
そんな気がしたものでした。

とにかく愛されてますから、地元ではこの9人。


その後、二瀬川バス停で下車。700円。

ここから狩野川沿いに沼津駅まで歩く。

欧蘭陀館さん側の川邊神社
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市場町八幡神社付近
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中央公園にて。
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じつは市役所付近にも行く予定だったのですが、
橋を渡った直後に気づいたため、
なんかまた戻るのもめんどくさくなって、
今回パスしてしまいました。

しかし桜もそうですが、
沼津~内浦方面は、
途中いろいろとみるものが多く飽きが来ません。

ただ金櫻神社から木村土木さんの口野ソーコ付近までの、
だいたい500mくらいの所は、
歩道も無く死角になりそうな部分も多く、
車もそこそこのスピードやってくるので、
正直ここだけはちょっと歩き難い所があり、
しょっちゅうここを…とはいかないのが残念。

口野尾高から重寺までバスという、
そういう選択肢もありますが本数が…。

徒歩15分の所をバス30分待ちというのもどうかなあと。

これは韮山駅から歩いても同じなので、
このあたりちょっと悩みのタネです。


今回はここまで。

以上です。

御願い。ほんと危ないから。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

言葉が通じないから注意できなかったけど、
台湾を含む諸外国からきてるアニメファンのみなさん。

鎌倉高校前駅横のこの踏切で、
車道に出て写真とか撮るのは危ないからやめてください。

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車もクラクションならしてたし、
事故起きてからでは遅いです。


正直気持ちは分かるのですが、
けっこう死角からも車がやってくる場所ですし、
そこそこ交通量も多い。

遮断機が下りてる時に撮ってるみたいだけど、
もう危なっかしくみてられない。

怪我とかそういう次元じゃなくて、
最悪のケースすら考えられる状況だ。

せっかく気持ちよく来日してるのに、
取り返しのつかない事故が起きて、
最悪の気持ちで帰国するなんてことはしてほしくない。


テンション上がっちゃうのは、
日本人でも大洗や沼津でもけっこうみてるので、
個人的にはある程度は寛容にできるのですが、
来てもらってる人に何か起きる危険が大の場合、
さすがにこれを見過ごせというのは無理。


何か起きてしまう前に、
あえてここで言わせていただきます。

どういう理由があっても車道に出てはダメです。

みんなが気持ちよく楽しめるよう、
マナーだけは守ってほしい。


自分は日本語でしか書けないので、
誰か訳して注意してあげてください。


ほんと超危険!

怖いです。

ムラヴィンスキー幻の日本公演チラシ [ムラヴィンスキー]

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コンサートのプログラムを整理してたら、
その中から上のようなものがみつかった。

1981年の、
レニングラードフィルの来日中止になった日本ツアーにおける、
横浜公演のチラシ。

1979年の来日公演のプログラムに挟んでいたが、
なぜ1981年のものをそこに挟んでいたかは不明。

チケットを購入したのに行けなかったものが、
なぜかこうしてチラシだけが残っていた。

おそらくハマ音で予約したとき、
チケットと一緒に同封されていたものだと思う。

貴重かどうかはわかりませんが、
記録的な意味も込めてUPしておきます。


尚この写真は、
1979年5月21日に東京文化会館で行われた。

ベートーヴェン/交響曲第6番
 ~休憩~
ワーグナー/「トリスタンとイゾルデ」から「前奏曲と愛の死」
ワーグナー/「ジークフリート」から「森のささやき」
ワーグナー/「ワルキューレ」から「ワルキューレの騎行」

というプログラムによる公演の、
その後半のワーグナー演奏時を写したものと思われます。

忘れられた二つの交響曲。 [クラシック百銘盤]

ということで今回は、
かつてはよく知られた曲だったのに、
今はまったくといっていいほど知られなくなった曲のことを。


最初はルイーズ・ファランク(1804-1875)の、
交響曲第3番 ト短調 Op. 36。


フランスの女流作曲家で、
パリ音楽院のピアノ教授となったが冷遇されたものの、
後に自らの力で正規の待遇を勝ち取ったという。

この交響曲第3番は初演後から高く評価され、
彼女の教授の地位も向上させる要因になったという。

だがこのシューマンやメンデルスゾーンを想起させるような、
ロマン派のそれと古典派の良さも兼ね備えた作品も、
彼女の死後急速に忘れられてしまったという。


同じ女流作曲家でもクララ・シューマンや、
ファニー・メンデルスゾーンに比べると、
現在でもその名はほとんど知られていないが、
彼女がもし有名な大作曲家の身内だったら、
おそらく今でもその曲とともに知られていただろう。

https://www.youtube.com/watch?v=4ZeYHeXnNdo&t=1412s

それにしてもとても聴きやすく、
そしてしっかりとした聴き応えもある曲だ。

どうしてこの曲が演奏されなくなったのか、
こちらがその理由を聴きたいくらいだが、
やはり作曲家が忘れられてしまったのが最大の原因だろう。

じつに残念なことだ。



もうひとつはチャールズ・スタンフォード(1852-1924)の、
交響曲第3番ヘ短調 op.28「アイリッシュ」

エルガー以前、
サリバンやパリ―と並んで、
イギリス作曲界に大きな足跡を残した、
ブラームスを深く敬愛した作曲家だが、
この人もやはり生前に比べるとかなり知名度は低い。


この交響曲第3番は1887年に初演されてから好評で、
ビューローによりハンブルグやベルリンで演奏し評価されたり、
マーラーにも取り上げられ指揮されたという。

さらには1888年のコンセルトヘボウ管弦楽団の初コンサートで、
ベートーヴェンの「献堂式」序曲
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」
ワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲
サン=サーンスの交響詩「フェントン」
以上の四曲と一緒にウィレム・ケスの指揮で演奏されている。

前年作曲されたばかりの曲に、
いきなりこの大役を任したのだから、
いかに当時この曲が高く評価されていたかを知る事ができるだろう。

https://www.youtube.com/watch?v=sJ71SCI6ua0&t=688s

だがこの曲も演奏される機会が今は激減している。

作曲者がやはり死後忘れられたのが原因だろうが、
最初に書いたファランクの曲ともども、
一度は実演で聴いてみたい曲です。


ただ幸いにして、
今は昔と違い優秀な録音の音盤があるので、
完全に忘れられるということはないだろう。


いつかはこれらの曲を耳にし興味を持った指揮者が、
この曲を日本で指揮してくれることを願いたい。




沼津とラブライブ!サンシャイン!! 、そして一部の暴走ファンに対しての雑感。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

三月終りの連休に沼津に行く。

沼津は今回は内浦へは行かず、
蛇松緑道から狩野川へ行く。


沼津港で今回「沼津バーガー」による。

ここで「深海魚バーガー」と「まぐろバーガー」を買う。

これがけっこうおいしかった。

特に深海魚はフィレオフィッシュによく似てはいたけど、
もう少しあっさりさっくりといったかんじだった。


このあと狩野川の堤防上の道へ行く。

じつは最近ここがけっこう気に入っている。


東南海の地震の時、
ここは津波の予想される高さより気持ち高く作られているが、
ここが避難場所となっているわけではない。

ただそれでもこれはかなりの高さだ。

そこから対岸をみると城のようなものがみえる。

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八幡神社というお社らしい。


かなり高い場所にありそうだけど、
これも過去の津波の教訓からだろうか。
いつか行ってみたい。

近くには津島神社もあるらしい。

しばらく歩くと下に降りられる所がある。

どうもここは渡し場らしい。

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これは「我入道の渡し舟」というものの船着き場で、
上流の沼津中央公園の「あゆみ橋」という船着き場から、
ここにくるらしい、

この手前が「沼津港」という船着き場で、
対岸に見えるのが「我入道」という船着き場とのこと。

詳細は以下のサイトへ。
http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/sisetu/ganyudo/

ここをしばらく歩くと、
最近「聖地」になっている「欧蘭陀館」方面に行く。

行くとすでに何人ものファンが写真を撮影していた。

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今回は中には入らなかったが、
じつはこの近くの土手からの眺めがなかなかなのです。

それがこれ。

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右に狩野川を臨み、
中央に富士山。

そしてそこへ向かいながらカープを描く土手のそれが、
とにかくみていて気持ちいい。

おそらくこの感覚は水戸から大洗に向かうとき、
水浜線跡のはまだから六反田に向かう入口のあの直線に、
どことなく似た感覚を覚えるからだろう。

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しかしそれにしても沼津駅から港大橋までの間は、
ほんとうにいろいろと賑やかだ。

沼津バーガーは土曜日とはいえ、
まだ十時前なのにけっこう繁盛していた。

新鮮館やそのまわりもかなりの混み方だし、
本当にここの食はとにかく豊富だ。

これは水戸や大洗も凌駕しているように感じられる。

このためだろうか、
大洗がすべての要素が混然一体としているのに対し、
こちらは、
沼津は「食べる」「遊ぶ」、
内浦は「観て歩く」
という感じに住み分けができているように感じられる。

もちろん内浦も「食べる」や「遊ぶ」もあるけど、
この二点に関してはかなり沼津の規模が大きい。

言い方を変えると
沼津が表玄関、内浦が奥座敷といったところだろうか。

とにかくなかなか聖地として面白い展開になってきています。


またここ沼津でちょっと気になったことに、
けっこう年齢層の低い所で
「ラブライブ!サンシャイン!! 」が広まっていること。

以前ラッピングバスを車の中から親子連れが見ていたことを話したけど。
それ以外にもけっこう小学生以下の層に、
いろいろと反応がでてきているようにみうけられる。

確かにキャラクターをみると、
三年の三人を除くと他の六人は中学生でも通りそうな雰囲気で、
あきらかにμ'sよりも年齢が低く見えるキャラが多い。

またμ'sが完成されたアイドルのようなのに対し、
Aqoursはいろんな意味でかなりとっちらかった個性の集団で、
μ'sのように個人でもユニットでも完成されたという感じがしない。

変な言い方だけどμ'sが「三人よれば文殊の知恵」なのに対し、
Aqoursは「三人よっても烏合の衆」みたいなところがあり、
逆にいえばひとつ先が読めない面白さがある。

どうも上であげたそのあたりが、
ラッピングタクシーやバス、さらには電車や各種告知物とあいまって、
ファミリー層に浸透している気配がある。

自分はこれを当初制作サイドの予想外の展開と思っていたけど、
どうもそうではないような気がしてきた。

というのも最近それを念頭にして再度本編を見直したら、
今までピンと来なかったところが、
かなりの部分でストンと収まったように感じられたからだ。


今年(2017)の10月に二期が始まるようだけど、
このあたりがどうなっていくのかかなり興味深いものがある。

この作品、作り方でかなり化けてしまうかもしれない。


ところで最後に、
どうも一部ファンがおかしな事をしているらしい。

正直言うと、
地元の了解もなくいろいろと勝手に押し付け的にやったり、
街の空気を読まない自分勝手な行動、
郷に入らば郷に従えを軽視もしくは無視する行為が、
ここにきてやや目につき始めているようだ。

これらの話が本当だとしたら、
こういう人たちが一部にいるのは本当に残念だ。


よく「ラブライバー」は常識や礼儀に欠けるという、
そういう話を聞くが、
自分に言わせればその言葉に甘えて増長し、
開き直っている人たちが一部にいるにすぎないという気がする。


だがたとえ一部でもそういうことをすれば、
それがすべてに渡って白い目でみられてしまう、

しかもちょっと考えればわかることだが、
それらの行為は他のファンにも迷惑をかけるだけでなく、
自分達の居場所もけっきょくは潰していることに他ならない。

これはがん細胞が繁殖することで、
宿主だけでなく自分さえ結局は死んでしまう、
いわゆる自殺細胞みたいなことをしているのと、
正直同じではないかとさえ思ってしまう。

酷いいいようだけどそうとしか思えないのだ。


ハッキリいってしまえば、
自由と無秩序の区別がつかないという、
そういうことにつきるのかもしれないけど、
このあたり子供じゃないのだから、
もう少し大人として行動してほしいし、
自分たちが沼津や内浦という場所を借りて、
「遊ばせてもらっている」という、
そういう感謝の気持ちを少しだけでもいいからもってほしい。

食事をするとき

「いただきます」

というそれと同じことだと思います。

決して金を落してやっているなどと、
傲慢な発想や行為などしてはならない。あたりまえだ。


とにかく「聖地」を大事にし、
そして
あまり作品やキャラ、
そして関係者を泣かせてほしくないです。

以上です。


あともちろんこれはこの作品に限ったことではないです。

他の作品の聖地でもたまに同じようなことをみかけるので、
対岸の火事などと決して思ってほしくないです。

こういう行為はそういう人達がバカにし蔑んでいる

一部「異常ラブライバー」と

なんらかわりは無いのですから。


あとこれもまた以前言いましたが、
最近「聖地」を観光としていろいろと立ち上がっているようですが、
こういう部分の注意喚起や、
地元の対応の仕方のマニュアルなどもこういう組織が率先して、
しっかとした対応や相談窓口を開設なりしていかないと、
そのうち「聖地」そのものが朽ち果てていくかもしれません。


目の前の美味しい話ばかりでなく。
こういう部分にもしっかり目を向け対応してほしいものです。

地元にまかせるのもいいですけど、
このままでは何のための「聖地観光」なのか、
ちょっと情けないです。



311大洗に行く [大洗とその周辺 (oarai)]

海楽を一週間後にひかえた大洗に行く。

まず偕楽園による。

選集よりさらに梅は満開で園内も混雑していましたが、
梅の匂いが心地よかったです。
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このあと水戸へ行き東照宮による。

駅から近いけどちょっと死角になっているようで、
駅からまるで見えない場所にある。
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そこには面白いものが展示してあった。
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このあと大洗へ行く。

今回は臨海線で行くが、
乗っているとけっこうやはり距離走ってるという実感を受ける。

大洗に着き、そのままアウトレットにいく。

ガルパンキャラリーは盛況だったけど、
311のこの日、
同じアウトレット内にある復興記念ギャラリーは閑散としていた。

ただそれ以上に悲しかったのは、
そこでの痛んでいた部分に手が入れられていないという状況。

これも今の大洗の姿なのか。

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中にあった展示物。
写真撮影については何も決まりがないので撮影しました。

こういうものはもっとしっかりとした状態で展示してほしい。

またこういう日は誰かこのスペースに係りの人がいてもいいのでは?
という気が強くした。

港をみていたら「さんふらわあふらの」が入港してきた。

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時間は午後二時より前。

六年前の今日も「さんふらわあふらの」が、
だいたい同じ時刻に入港している。

その後のことは以下のサイトに詳細が書かれています。
http://jafmate.jp/jmp/311/ibaraki/001.html

少し重い気持ちで磯前神社に向かう。


町はこの日午前中に避難訓練があったが、
この時間は不思議なくらい静かだった。

土曜日の昼下がりの、
観光にも力を入れている街にしては、
ガルパンファンを除くとかなり閑散とした印象を受ける。

311以降、
それ以前に比べるとビジターはかなり減り、
ガルパン特需で盛り返しはしたが、
一年を通すとまだ311以前のレベルには戻っていない。

常磐線が仙台方面まで全面開通しても、
はたしてどれだけさらに増えるのだろうか。

神社に行く途中には、
店を閉じたような旅館をいくつもみかけた。

海楽やあんこう祭での宿不足でのベースキャンプ開設の理由に、
こういうものも少しは影響しているのかもしれない。

磯前神社につく。

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今回は少し奥にある末社も訪ね、
ひとつひとつお参りをする。

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こうしてひととおりお参りをすると時間が2時45分になっていた。

すると遠くから放送の音声が聞こえてきた。
役場からだろうか。

内容は風が強くてハッキリとは聞き取れなかったが、

「2時46分になったら黙祷をお願いします。」

という内容だけは聞き取れた。


海が見える階段の近くまで行く。

そこからあらためて見た海はとても深い色にみえた。

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そして「黙祷」の声が聞こえた。

別にサイレンの音が鳴るわけでもなかった。

そのせいかまわりはとても静かで、
強かった風もこのときだけ穏やかに感じた。

自分はいつもは311のこの時間、
鎌倉の長谷寺で海に向かい黙祷をしているが、
鎌倉では時間と同時に各寺院から鐘をつく音が聞こえる。

それに比べると、
ほんとうに静かな311となった。

このときなんとなくだが、
鎌倉と大洗の311に対する感覚の違い、
そして津波に襲われた被災地のその感覚が、
ほんの少しだけわかるような気がした。


いつもは大洗に来るといろいろと愉しい気持ちになるが、
この日だけはひじょうに厳粛な気持にさせられたし、
311はまだ現在進行形だということを実感させられた。

大洗でこれなのだから、
より北の被害の大きなところではさらに厳しいことだろう。


自分は2011年の8月に花巻に行ったことがあるが、
東北の海沿いには行ったことがない。

いや、未だ行けないといった方がいいのもしれない。

この目で今の被災地をみたいという気はあるが、
そこには被災地はみせものではないという気持ちも働き、
どうしても踏ん切りがつかないものがある。

むずかしい。


途中「なめ屋旅館」さんの前を通る。


一度泊まりたかったけど、
自分は手のかかる宿泊人なので、
ちょっと躊躇しているうちに、
ここの女将さんがお亡くなりになられた。

いつもは開いていた窓や玄関も、
この日はすべて閉じられていた。

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一礼した後、大洗の駅に向かう。


いつも以上に大洗の街が静かに感じられた一日でした。

グーグルの3Dマップで過去の道のりを上からみた。 [小さな旅(Japan small travel)]

ほんとに便利になったもので、
最近グーグルは3Dマップもあるのだという。

そこで自分は過去歩いたいくつかのそれを、
道のりも入れて3Dでみてみた。

よく歩く北鎌倉駅から江の島。
今回のそれは稲村ケ崎経由のそれ。
鎌倉江の島.jpg

10.5キロで2時間10分コース。
山から海へおりてきてそのまま海岸線というもの。

天気のいいときは気持いい。特に夏の早朝は最高です。

続いて新宿から浅草。
新宿浅草地図1.jpg

これはさっきより1キロ程長い。

新宿から靖国神社、秋葉原、上野公園、浅草寺と、
東京の過去と今が次々とみれるコース。秋の紅葉時がよかった。


そして水戸から大洗
大洗地図2.jpg

水浜線跡に沿って歩くコースで、
12キロあるがまったくの平坦地なのでそれほどきつくはない。
ただ景色は変化がそれほどない、
かつてある書物でその景色が「平々凡々」みたいに言われていたけど、
確かに間違ってはいない。

ただ次第に海風が感じられるのがここちいい。
花粉さえなければ今がいちばんいい季節かも。


そして最長コースのひとつ沼津~三の浦。
沼津三津1.jpg

江浦湾の回り込みに時間をかなりとられるのでこの時間。

ただこれは蛇松緑道を経由しているので、
ストレートに414号に早々と出るコースをとれば、
30分ほど短縮できます。

季節的には桜の季節あたりがいいような気がします。


最後に距離は短いですが新橋駅からお台場のビッグサイト。
新橋台場.jpg

ここは晴海大橋の横風が凄い。

夏なんかは涼しくていいけど、
冬は寒くて耐えられないくらい強烈。

また遠くに見えるビッグサイトが、
歩いても歩いても近づかない感じがして
精神的にちと滅入るものがあります。

築地と豊洲という今話題のそれがともにみれますが、
それ以上に来るたびにどんどん街が変わり、
オリンピックか近づいているという感じがします。


こんな感じです。

しかし世の中ほんと便利になりました。

ワルターのブルックナーの9番 (書き足し) [クラシック百銘盤]

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今から10年前、
ブルーノ・ワルターが1959年の11月に録音した、
コロンビア交響楽団とのブルックナーの9番について、
いろいろと思うところを書きなぐったことがある。
http://orch.blog.so-net.ne.jp/2007-06-23-1

今それを読みながら、
同じ年の2月にコロンビア交響楽団を指揮した、
ブラームスの4番とシューベルトのグレートを聴き比べしながら、
この演奏を聴いた。


はっきりいって別団体といっていいほどオケの力が違う。

オケの基本的な厚さと音の密度、
そしてその落ち着いた響き、
ときおりいつものコロンビア響が聴かせる、
弦や金管の高音域の安っぽい音もここでは聴かれない。


同じホールで同じジョン・マックルーアの制作だから、
条件もほぼ同じでこれというのはやはり違いすぎる。

しかも以前に書いたとおり、
練習日程もこちらの方がかなり短い。


やはりこれはロサンゼルス・フィルハーモニーの演奏だろう。


この時期の同オケはちょうど音楽監督が不在だつた。

それは同年四月に当時の音楽監督ベイヌムが急逝してしまったためだ。

もっともベイヌムはこの年の6月には退任する予定だったようで、
いずれにせよこの時期は監督不在ではあったらしい。

ただこの当時のロサンゼルスフィルはたいへん状態がよく、
のちにメータが着任し一世を風靡した時期でさえ、
ベイヌム時代を高く評価する声が聴かれたというのだから、
それはかなりのものだったのだろう。

またこの当時は名コンマス、
デヴィッド・ フリシナも活躍していたのだから猶更だ。


確かにときおりアンサンブルが綻びる瞬間もあるが、
これがいつものコロンビア響なら一気にバラけて録り直しになるところだけど、
ここでは音の中核ががっしり座っているため、
そういうこともなく気迫でのりきっている。


また弦の響きも後のメータ時代のロスフィルのような音質感があり、
これもいつものコロンビア響と違う雰囲気となっている。


それ以上にいつものコロンヒア響よりも音がくすんでいるのも、
この演奏に聴かれる特長で、
このあたりちょっとベイヌムが指揮したロンドンフィルのそれを、
なんとなくだけど思わせるものがある。


そんなオケを指揮してのワルターだから、
当然悪かろうはずがない。


しかも数日前にはコンサートにかけて一度は仕上げているのだから、
いつものように一からつくる必要もない。

後にワルターはこの録音をひじょうに気に入っていたらしく、
自らのベスト録音のひとつにあげていたとのこと。

当然だろうという気がした。


この緊張感、音の張り、密度と充実感、
これほどのステレオ録音のワルターはそうそう聴けるものではない。

尚、Bruno Walter Home Page、によると、
この録音の三日前と四日前にロサンゼルスフィルは、
ブルックナーの9番を演奏しているが、
前半にはブラームスの悲劇的序曲とモーツァルトの38番も演奏している。

そしてこの二曲もブルックナーの翌月に38番、
そしてその翌月に悲劇的序曲がコロンビア響とともに録音されている。


これらもかなり見事な演奏だけど、
ただこちらはもういつものコロンビアという感じが強い。

もう70年近く前の録音だが、
そのわりには今聴いても音質はそこそこ良好。

因みにこの演奏はYouTubeにもupされています。
https://www.youtube.com/watch?v=LX3Ug5C4I9Y

「茨城交通水浜線歴史探訪スタンプラリー」をする。 [水浜線跡廃線の旅]

「茨城交通で運行していた水戸と大洗を結ぶ路面電車「水浜線」の廃線より50周年という節目を迎えました。
そこで弊社では、大洗町を舞台にしたアニメ「ガールズ&パンツァー」とコラボした「廃線跡を巡るスタンプラリー付きの1日フリーきっぷ」を平成29年3月1日より発売いたします。」
http://www.ibako.co.jp/contents/newsrelease/2017/02/13908.html
というものがあったので出かけた。

ただついでということで偕楽園にも行く。

臨時の「偕楽園」駅も開業。
梅もかなりの見ごろでした。
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このあと水戸に向かう。

水戸駅北口の「茨城交通」の窓口へ行く。

宝くじ売り場のような感じの、
ちょっとローカルな雰囲気の場所で
スタンプラリーの台紙をもらう。

因みにこれは1日フリーきっぷも兼ねているので、
ひとつ1200円となる。

この金額は水戸駅から大洗海岸までのバスの運賃が、
片道610円というところからきているのだろう。

またこのとき水浜線の小冊子ももらう。
なかなかその歴史がコンパクトにまとめられている。
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全八ページ。


台紙をもらった後ふつうはすぐにラリーにうつるのですが、
この日は弘道館正門が開門している日なので、
少し寄り道をしてまずそっちへ向かう。
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このあと水郡線と51号が重なるあたりへ向かい、
そこからいつものルートを、
指定された七か所を巡りながら大洗シーサイドホテルへ向かう。

もちろん歩き。

場所によってそのスタンプ置き場はいろいろとありますが、
いくつかは日曜ということもあり無人の場所もありました。

ただ天気がよかったので本町二ではこんなかんじでおかれていました。
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こちらは栗崎の飛田自動車。
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今回のコースは水浜線の跡地をまわれるように、
できるだけ配慮したコースどりをしていたようですが、
ただ一か所、
茨城交通の浜田営業所だけはこのコースから離れていて、
ちょっとここをまわるのが一苦労でした。
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またこのあたり一時的にかなり暑くなり、
コンビニでアイスを買ったりしたため、
時間的にいろいろとロスしてしまいました。


あとはいろいろと跡地を歩きながら、
あちこちでスタンプとのんびりやっていきました。

随所にある大洗へ向かって伸びる直線跡地がなかなかです。
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最終的に自分がどういうふうに回ったかは今回明記しませんが、
水戸を出てからいろいろと寄り道をした分もあわせて、
大洗シーサイドホテルのフロントで最後のスタンプを押すまで、
ざっと四時間十五分。

三時間半くらいで行けるかと思っていたので、
このあたりちょっと誤算でした。

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最後はスタンプを押し切ったこれをもって、
水戸駅北口の茨城交通窓口に行けば記念品がもらえるということで、
もう少し町をみてから水戸に向かおうかと思っていたら、
「大洗派出所入口」バス停の所でちょうど水戸行のバスと遭遇。

少し疲れがではじめていたので
ここでフリーきっぷを使って、
急遽予定変更水戸へ戻ることにする。

ようやく使えたという感じでバスで一路水戸駅へ。

何時間もかけて歩いた道を三十分ほどで戻っていく。

それにしても大洗に来て、
一度も臨海鉄道を使わなかったのかは今回が初めて。

これもまた新鮮だった。

水戸駅北口に就きそのまま茨城交通窓口へ。

そこでこれをもらいました。
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とにかくなかなかタフですが面白い企画でした。


ただ気になったのは。
このスタンプラリー用紙を持っている人を、
朝、何人も水戸駅付近でみかけだけど、
途中スタンプの設置場所では何人かみかけたものの、
自分のように歩いている人にはついぞ出会えなかった。

バス、自家用車、さらにはレンタサイクルといった、
そのあたりで移動されているのかも。

ちょっとそのあたりが個人的には寂しかった。


次回は好天なら3/11もしくは3/19に歩く予定です。

海楽は今回もかなりの混雑が予想されるので、
できれば晴れてほしいところです。