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Aqoursはファミリー向き? [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

「以前沼津に行ってアクアのラッピングバスに乗って信号待ちをしていた時、隣に停まっていた車の中から、母親と女の子がバスを指さしながら笑顔で何か言っていた。それ以前にも内浦で子供たちが同バスをみながら楽しそうになんか言ってたが、アクアはひょっとしてμ'sに比べてファミリー向き?」

ut01.jpg

ということをツィッターに投稿したところ以下のようなコメントが寄せられる形となつた。

「μ'sに比べてっていうよりもやっぱり我が街のキャラクターっていう認知度が進んでるんだと思います。あとラブライブというアニメは無印も含めて基本的に健全な作劇なので深夜アニメに拘らず子供に観せてる親御さんが多いのかな?」

「自分としては嬉しいですね。」

「μ'sはアキバでAqoursは沼津っていう立地も関係してると思うな
やっぱりアキバじゃ街の中にラッピングバスとかタクシーとか走らせられないし
その点沼津ならやりやすそうだしね、水族館とかもあるし」

「NHKで再放送するくらいなんで、健全性が高いのはお墨付きですね(^-^)
その続編ということで、お子さんと一緒に見てるファミリーも多いんじゃないでしょうか?
やっぱり地元が舞台で見慣れた風景が出てくるのはのは、嬉しいものですよ[わーい(嬉しい顔)]



これらのコメントで自分はいくつも気づかされる事になった。

ひとつは自分のそれは、
どこまでも観光者目線であり感覚であるということ。

そして地元は、
こちらの想像とはかなり違う形で波及しているということだった。


考えてみれば自分は沼津内浦には、
月一で行けば多いくらいの間隔で訪問してるけど、
地元の方は当たり前だけど毎日そこに住まわれている。

ラッピングバスやタクシーをみかけるのも、
自分なんかとは頻度の桁が違う。

またいろいろな場所でみかけるキャラクターのそれも、
地元の人にはほとんど日常風景と化している部分もある。


テレビの放送もSBSとBS11で行われ、
再放送もBS11でやはりされている。

本来深夜枠でやらなくてもいい作品なので、
リアルでみれなくても、
ビデオで録画していたことは充分考えられる


またこれと並行するかのように、
「ラブライブ」もNHKで全話放送されているので、
TVでみるそれはかなりあっただろうし、
小さな子供も親子でみていたことは充分ありうること。


ただ自分が不思議なのは、
本放送時よりもそれ以降の方が、
こういう一般層からの反応が顕著になっているように感じられたこと。


本放送の時はひょっとして地元の一般の方には、
正直あまり細かくは理解も意識もされていなかったのが、
放送がはじまりビジターが増えるに従って、
ようやく事のそれを理解しはじめたというのが、
ひよっとすると本当なのかもしれない。


なので本放送時盛り上がってたのは、
アニメファンを含むビジターや観光業の方たちが中心で、
むしろ今になって一般層に浸透してきているのでは?
という気がしてきたものでした。


しかもその浸透のしかたがオタクマニア系ではなく、
「プリキュア」みたいな感じのノリで、
ファミリー層を中心に拡がりをみせている。


だとするとこれは制作サイドも、
予想と違う展開になっているのかもしれませんし、
観光業の方たちも蒔いた種が違う形で芽を出してきたと、
少し違う感覚を今感じられているのかもしれません。

再度SBSかNHKで週末の午後あたりに再放送をすると、
その反応の真偽が確かめられるとは思いますが…。


ただこういう場合はたしてどう観光に反映されるのかが。
自分にはよくわからないし、
地元もけっこうこのあたりは手探り状態かもしれない。


千歌マークのみかん箱販売なんかは、
そういう意味でいい方向のそれかもしれないので、
やはり食関係で探っていくのはいいことなのかも。


考えてみればμ'sはただでさえひとりひとりの完成度が高いのに、
それがまたひとつになってもちゃんと大きくまとまっているという、
奇跡ともいえるような究極のアイドル完成型で、
しかも秋葉原という巨大な発信地に育まれたグループだった。

それに対してAqoursは地方都市の地元密着型の、
些かとっ散らかった個性派集団なので、
同じようにいくのは最初から無理というもの。

またμ'sと違って、
メンバーに生徒会長と理事長がいるため、
μ'sよりも独自になんでもできるし無茶もきくため、
良くも悪くも「枠」というものがあまりない。

ちょっと野放図な集団なのだ。

そういう意味では「ガルパン」の大洗女子に似ているし、
しかも大洗も会長が学園艦を取り仕切っているため、
こちらもなんでもできるし無茶もきくので、
Aqoursとしてはμ'sよりも共通点が多いかも。


また大らかなところで育ったせいか、
例え三年生が卒業しても、
「じゃあこれからはお盆と年末年始だけで」
とかいって地元繋がりということもあり、
延々と卒業しても趣味としてやっていきそうだし、
Aqoursという名前もどんどん学校内で引き継がれていくような、
そんな感じがしてしかたがない。


とにかくどこまでも何か日常の延長のような、
地元のそれを反映したかのようなAqoursだけに、
地元のファミリー層にも、
ゆっくりと浸透してきているのかもしれません。


ただそうなると今後いろいろと想定外の事がありそうで、
愉しみでもあり心配でもありという感じで、
これから先の制作スタッフや地元観光業の方たちの、
お手並み拝見というかんじになると思います。


Aqoursってちょっといろんな可能性をもったグループなのかも。



ところで最後にひとつお願い。

3月4日土曜日は、
国木田花丸さんの誕生日。
3月3日がひな祭りということもあり、
3月4日が文字通り花まつりになりそうな感じですが、
くれぐれも来迎寺さんで、
それがらみのことをしないようお願いします。


以前も申し上げましたが、
来迎寺さんはあくまでも地元の一寺院であって、
京都や鎌倉にある一般開放されたようなお寺ではありません。

単純なお参りは問題ないでしょうし、
撮影等は眺めを多少写す程度ならOKかもしれませんが、
あくまでも境内は私有地というスタンスをとられているので、
それ以上の行為は自粛されるようお願いいたします。


昨年このあたりの件で、
来迎寺さんが問題視される行為があったらしいので、
このあたりぜひご理解とご協力をお願いいたします。

自分もこあたりの勘違いがあったので、
現在深く反省しております。

自分が言うべきことではないのかもしれませんが、
重ねてよろしくお願いいたします。

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「#7119」と「#8000」そして「119」。 [お知らせ]

緊急度の低い救急出動要請が急増中
救急車を呼ぶべきか迷った時は救急相談センター「#7119」にダイヤルを
子供の救急相談は小児救急電話相談「#8000」でも対応可能

https://www.c-notes.jp/articles/2

「#7119」と「#8000」。

大人と子供(15才未満)のための、
救急車を呼ぶかどうかの判断に迷ったときに、
躊躇なくかけられる「救急相談窓口」の番号。

「#7119」が大人用で、
「#8000」が子供用。

とにかく自分で判断するよりまずここへ電話ということです。

必要と判断された場合ここが救急車を手配してくれます。

救急車を呼ぶべきか判断に困る症状・けがなどに見舞われた時に利用したいのが、救急相談センター「#7119」です。このダイヤルをプッシュすると東京消防庁の救急相談センターに繋がり、専門の救急相談医が次のような対応をしてくれます。


・すぐに救急車を呼んだ方がいい症状かどうか、協力医療機関の救急相談医が緊急性を判断。必要であれば救急相談通信員が救急車を出動要請してくれます。

・緊急性が低い症状でも、病院への受診が必要かどうかのアドバイスをしてくれます。

・受診可能な病院を検索し案内してくれます。

2007年6月1日から東京消防庁で開始されたこの制度は、当初、東京都のみのサービスでした。しかし、現在では東京の他に、北海道、愛知、奈良、大阪をモデル地区として、「救急安心センター」という名称で「#7119」が利用できます。


【対応していない都道府県ではどうすればいい?】


この制度は現状、東京都、北海道、愛知、奈良、大阪の5都市にしか対応していません。対応外の都道府県にお住まいの場合は、これまで通り119番に通報するしかないようです。

ちなみに119番でも、救急車が必要かどうかの判断を聞くことができるので、落ち着いて症状を伝えましょう。

因みに
http://hirokatz.hateblo.jp/entry/2015/10/12/095811
でも詳細が書かれています。

最新ではないかもしれないので、
このあたりは皆さまでご確認願います゜

尚、子供用「#8000」は全国対応のようです。
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「幼女戦記」と悠木碧さんのこと。 [アニメ(2017放送開始)]

「幼女戦記」

yjo.jpg
http://youjo-senki.jp/

タイトルだけみると、
ものすごく危ないアニメみたいに感じたが、
みてみたらとんでもなくシリアスで、
ブラックなファンタジーだった。

いろいろな時代の要素が、
ひとつの時代に混在してはいるものの、
人間はどの時代でもやることは同じという、
そんな部分が見えかくれしている、
とにかくなかなかの作品。

主人公はそんな世界の、
それこそ未来からきたかのように、
これから起こるであろうことを、
ある程度予期しながら、
自らに絶対の自信をもって、
人を駒としながら効率よく楽に生きる事を目標に、
その時代を要領よく泳ごうとするが、
それを時代と神がさせないというのも、
また設定としてユニ―ク。

人を駒として扱う人間が、
じつは少しずつ時代と神の駒となっていくのは、
とにかく皮肉としかいいようがない。

主人公の表情が、
常に皮肉交じりなのは、
そんな部分もあるのだろうか。

とにかくこんなに食えない主人公、
自分こそが最も優秀と自負している主人公が、
果たして今後どうなっていくのか。

とにかくなかなか面白いこれは作品です。


そんな外形は幼女で
中身は日本の能力至上主義的かつ、
出世と楽な生活を追い求めるサラリーマンを演じるのが、
悠木碧さん。


ここ数年とんでもなく演技力があがっているが、
ここでもこの複雑な役を見事に演じている。

悠木さんについては以前、
子役の時から自分の立ち位置を本能的に把握し、
また大人になってからは、
そんな自分を外からコントロールすることが上手いと、
何かで言ったことがあったけど、
その印象は今でも変わらい。


ご本人は沢城みゆきさんに私淑しているというけど、
今回のそれをみていると、
それ以外にも過去のアニメにおける、
他の声優さんのそれも参考にして取り入れている感がある。


特に隊長モードのターニャの喋り口調だけど、
ちょっと小山茉美さんを思わせるところがある。

「ブラックラグーン」でのバラライカを、
ときおり彷彿とさせる節回しが、
少し前の回でいくつか見受けられた。


小山さんの隊長役は、
どちらかという大部隊を率いる将軍というより。
小部隊を率いる隊長にイメージとしてよく合うが、
それがここで何か活かしているような、
そんな感じがときおりした。

悠木さんは声が投げっぱなしにならないというか、
常に全体で大きなフレーズを形成しようとするかのような、
それによって役の統一性を図ろうとしているかのように感じられるが、
それが小山さんのそれを感じさせられている、
ひとつの要因なのかもしれない。


ただ悠木さんの場合、
それらが借り物になってないで、
ちゃんと自分のスタイルとして昇華されているので、
おかしなとってつけみたいなものが皆無。


考えてみれば四歳で芸能界入りしたというので。
芸歴がすでに二十年を超えているが、
これだけ長くこの世界で活躍できているのも、
そういう順応性と吸収力、
そしてそれによる引き出しの多様化と、
その使い方のシンプルなやり方が、
コントロールできているからなのかもしれない。


悠木さんはとにかくいろいろな作品で、
いろいろな俳優さんや声優さんと共演するたびに、
いろいろと自分の引き出しに多くのものを蓄えていくが、
その量が増えれば増えるほど、
ひとつの作品で使うパターンを絞り込みシンプルにしていくという、
そういう傾向が年々強くなっているような気がする。


そのため悠木さんのやる役をみてると、
やっていることは比較的いつも同じようにみえるけど、
だからといってワンパターンに感じないのは、
そういう部分があるからなのかもしれない。


もっとも自分も悠木さんの全作品を追ってるわけではないし、
昔からのファンの方には全然違うものが見えてるかもしれない。


とにかく作品といい悠木さんといい、
ひじょうに丁寧につくられ演じられていると感じる、
この「幼女戦記」。

今期かなりのお気に入りになってます。

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報国寺に行く [鎌倉~江の島(Kamakura/Enosima)]

鎌倉に自分はしょっちゅう散歩に行くが、
じつはコースはだいたい決まっていて、
北鎌倉から入り鶴岡八幡を通り、
鎌倉駅を通ったあと、
稲村ケ崎越えで江の島へ向かうか、
長谷から極楽寺方面へぬけて江の島へ向かうかの、
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このどちらかが大まかなコース。

なので鎌倉若宮の大通りから東はほとんど行ったことがない。

鎌倉宮と杉本寺、
それに最近行った光明寺と今回の報国寺は、
じつはほとんど行ったことがないか初めてだ。


というわけで今回は報国寺へ。

北鎌倉駅から鶴岡八幡を通ると歩いて40分ほどだ。

鎌倉からバスも出ているけど、
この日も歩き。

途中歩道がほとんど無いので車に注意した。

報国寺に着く。
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ここは庭、
特に竹林が素晴らしいという。

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確かにそうだった。

ちょっと時間を忘れてしまいそうなほどで、
鎌倉市街地から離れているため、
じつに静かな佇まいだ。

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尚ここは庭園への入園料は大人200円たけど、
700円で抹茶を休憩所で飲むことができる。

落ち着きたい時、一服したいときこれはうれしい。

ただ混雑している時はやらない時もあるとのこと。

外国からの方がかなり多かった。
バスで移動してきたようだけど、
外国の観光ガイドにも掲載されているのかも。

今回は時間の関係でできなかったけど、
次回はここで抹茶を飲みながら、
ゆっくりと竹林を観望したいです。


しかしこの日の海も綺麗でした。
伊豆大島もみえてます。

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因みにバスでは、

鎌倉駅から京浜急行バスで、
 

「鎌倉霊園正面前太刀洗・金沢八景行き/ハイランド行き」

で約12分。
 
「浄明寺」停下車・徒歩3分。

※公式サイトより。

http://www.houkokuji.or.jp/access.html
報国寺公式サイト
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鎌倉市観光案内図と津波来襲時避難場所 [鎌倉~江の島(Kamakura/Enosima)]

鎌倉駅東口にある観光案内所には、

「鎌倉市観光案内図」

というものが常時置いてあり、
誰もが自由にもっていくことができる。

https://www.google.co.jp/?gws_rd=ssl#q=%E9%8E%8C%E5%80%89%E5%B8%82%E8%A6%B3%E5%85%89%E6%A1%88%E5%86%85%E5%9B%B3
ここの一番上にあるそれをクリックしていただくと開きます。


最近自分もこれをたまに使うけど、
ここに「津波襲来時避難場所」というのも明記されている。

ここにそれを列記してみる。

◎(光明寺の裏の高台にある)第一中学校
◎名越クリーンセンター
◎御成中学校
◎鎌倉文学館
◎長谷寺
◎稲村ケ崎小学校
◎海浜公園稲村ケ崎地区
◎七里ガ浜ゴルフ場
◎県立七里ガ浜高校
◎小動神社
◎腰越小学校
◎片瀬山公園

となっている。

これが2017年2月現在の最新情報だ。

因みにこれは火災拡大の避難地とはまた違うようなので、
詳細は鎌倉市に確認をしてほしい。


これをみて思ったことは、
想像以上にやはり場所が少ないということ。

ただそれ以上に気になったのは、
10mの津波が来た場合における海抜高度等で安全な地域や、
津波避難ビル等がまるで明記されていないということ。

前者はそれを観光地図に明記すると、
安全でない地域の客足に響くということがあるのだろう。

これは観光を生業としている処としては仕方ないのかも。

問題は後者。

これを明記していないということは、
津波避難ビルは観光で来た人よりも、
地元に住んでいる人たちのためのスペースという、
そういう意味あいが大きいのではないかということだ。


確かにビルの数やキャパからみて、
観光の人がなだれ込んだ場合、
ビルに入り切れず溺死してしまう方が続出する可能性がある。

これは以前このブログに寄せていただいた方の、
そのコメントでこちらも気づかされたことだ。

このため観光案内図には明記していないのだろう。


たがそうなると、
前者の配慮というのが、
これまた後者にとっては、
決して良くないのではないかという気がする。

せめて海抜10メートルラインと、
同15メートルラインくらいは、
それとなく明記してもらえると、
近くに避難所やビルがなくとも、
そこへ向かって逃げられるのではないかという気がする。

このあたりは沼津の静浦から内浦にかけての、
あの随所にある高台への避難路の案内板をみると、
正直鎌倉のこの対応は、
景観とかにもいろいろと差し障りがあるのかもしれないが、
ちょっと甘いのではないかという気がして仕方がない。

南海トラフで地震が起きた時、
確かに三の浦と鎌倉では到達時間は違うが、
襲来する津波の高さはほぼ同じ10m級。

しかももし震源が相模湾直下型だったら、
鎌倉も三の浦とは数分しか違わないという。

確かにこれは観光マップなので、
あまり不安を煽るようなものは無理だろうけど、
このあたりもう少しなんとかならないものだろうか。

自分は正直津波の経験はない。

だから些か考えすぎかもしれないし、
心配のしすぎかもしれないけれど、
自分が感じた疑問をなおざりにしたばかりに、
かつて手酷いことになった痛い経験もしている。


笑顔で鎌倉に来てくれている観光客の方々に、
もし万一の事があった場合、

「なんでもっとわかるようにしてくれなかったのか」

と、後世まで責め続けられ、
結果鎌倉に対しての信用信頼がなくなってしまったら、
もはや世界遺産など夢のまた夢、
観光地としても二度と立ち直る事ができなくなるかも。


それ以上に救えたはずの命が救えなかったというのは、
さすがにそこではもう想定外というのは言い訳にしかならない。

逆にこれらをうまく提示することにより、
ひとりでも多くの命が救えたら、
後々までの信頼信用を得ることとなり、
観光地としての鎌倉のそれも不動となる。


そう考えると、
やはりこのあたりなんとか一工夫できないものかと、
やはり考えさせられてしまう。


この考え、
些か神経質すぎた考えすぎの産物なのだろうか。

よく行くところだけにちょっと心配です。
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地震の予兆 [震災]

今年は311から6年。

そしてこの震災で亡くなられた方たちの、
ちょうど七回忌にあたる。


自分は今でも我ながら悔しいのは、
あのときなんで数日前からの異常に気が付かず、
のほほんとその日その日を暮らしていたかということだ。

じつは
http://typhoon.yahoo.co.jp/weather/earthquake/
というサイトがある。

そこの今から6年前の今の時期のそれをみてみると、
311-13.jpg

という感じで、
別段これといった異常はない。

だが地震発生の50時間前から状況は一変する。

震度5強でM7クラスの地震が東北で起きた。

その後の数字はまるでその後の余震のように見える。

311-11.jpg

だけどもしこの時熊本のような例を自分たちが知っていたら、
もう少しなんとかなったかもしれない。

これは異常だと。

または熊本の時、
この例をもっと声高に叫んでいれば、
救えた命もあったかもしれない。

それを思うと今でも「なんであの時と」
悔しいおもいに今でも苛まれる、


そしてこの約50時間後、

311-12.jpg

となる。

確かに最初のそれは見分けられないけど、
その後の動きは今考えるとやはりそこから、
より慎重に警戒をするべきだったのかもしれない。


ただひとつ大きなものが来たからもう来ないというのはダメ。


過去の例からみても、
未知の断層というのは確かに存在しているのだ。

とにかく大きなのが来た、
でも数日中にはさらに大きなものが来るということを、
自分たちはもっと肝に銘じなければならないのかも。

震災は常に想定外の事がかならず起きる。

最悪の上の最悪は常に想定しておくべき。

自分は今でもそれを思いながら、
できるかぎり毎日上記の地震情報をみることにしています。
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アニメの実写化の記事について。 [アニメ]

マンガの実写化は日本の商業映画の定番となっている。この現状に批判的な向きも多かろうが、しかし今年ばかりは注目しないわけにいくまい。原作の人気も内容も抜群で、かつ実写化の難度の高い映画が目白押しなのだ。


 ■俳優が演じる違和感、克服できるか

 今年の邦画の話題作を見ると「3月のライオン」「亜人」「ログイン前の続き東京喰種 トーキョーグール」など相変わらずマンガ原作が目立つ。特にワーナー・ブラザースは7月に「銀魂(ぎんたま)」、8月に「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」、そして12月に「鋼の錬金術師」を公開する。「ジョジョ」はTBSを幹事社に製作委員会を組み、ワーナー・東宝の共同配給。他の2本はワーナーが製作幹事社で単独配給する。

 ワーナーは人気マンガの実写化に実績がある。「デスノート」を2006年に公開。前後編で計80・5億円の興行収入を上げた。「るろうに剣心」も、1作目(12年)が30・1億円。2、3作目(14年)がそれぞれ興収52・2億円、43・5億円と大ヒットさせている。

 人気マンガ実写化の道程には大きな難所がある。原作の熱烈な支持者によるキャスティングへの怒りだ。「るろ剣」の大友啓史監督は「原作ファンのネガティブな反応は本当にすごい」と話す。「銀魂」「ジョジョ」「鋼錬(ハガレン)」も配役が発表されるやネット上でバッシングが起こった。

 しかし映画ジャーナリストの大高宏雄さんは「ネガティブな反応も今や話題作りの一環になっている」と言う。「マンガの実写化はネットとの親和性が高い。ファンはどんな配役でも『イメージと違う』と批判する。映画会社も織り込み済みです」

 マンガの「2次元」の世界を実写の「2・5次元」へと移し替えるには、繊細な同一性確保と大胆な発想転換が必要となる。その意味で「ワーナーの3本はハードルが高い挑戦だ」と言うのはマンガからアニメ、実写映画までを横断的に批評する藤津亮太さんだ。「この3本のキャラクターは記号性が大変強い。この場合、絵のイメージをそのままなぞっても実写は成立しません」

 例えば、「海街diary」のような現実に近い作品は実写にしやすい。一方、マンガ家のイマジネーションが強烈に主張している作品は、生身の俳優にキャラクターの姿を機械的に移すと、ものまねかパロディーに見える。「このほころびはコメディーなら味にもなるが、シリアスな物語では致命的です」

 記号性の強いマンガを2・5次元に移すことに成功すれば、マンガの実写化は新たなステージに上がる。「昨年、『シン・ゴジラ』が特撮映画の枠組みを進化させた。ワーナーの3本から『シン・ゴジラ』が現れるかどうか楽しみにしている」(大高さん)(編集委員・石飛徳樹)


 ■ファン足がかりに世界へ発信 ワーナーブラザース・高橋雅美日本代表

 ――原作ファンの目は厳しいですね。

 「銀魂」も「鋼錬」も、配役を発表した時には確かに「えー?」という声が多かった。でもだんだん「思ったよりいいね」と言われています。原作ファンだけでなく、新しい観客を獲得したい。10代に興味を持ってもらわないと映画に未来はありません。

 ――CGを駆使したマンガの実写映画ではハリウッドに負けるのでは?

 CGのスケールならウチの「ワンダーウーマン」(今夏公開)を見て下さい(笑)。私たちはキャラクターとストーリーで勝負しています。

 ――ハリウッド大手が日本で映画を製作するローカルプロダクションが一時流行しましたが、軌道に乗っているのはワーナーくらいです。

 成功も失敗もたくさんあり、随分学習させてもらいました(笑)。継続してきたことが大きい。

 ――今後の目標は?

 日本映画を世界に発信していきたい。日本マンガのファンはかつてはコアな人たちでしたが、今は世界で拡大しています。マンガの実写映画を世界発信の橋頭堡(きょうとうほ)にしたいと考えています。

http://www.asahi.com/articles/DA3S12773015.html


個人的に言わせてもらえれば、
原作とアニメが別物のように、
アニメと実写化も別物だと思ってる。

実写はアニメにない質量感、
特に重みがどうしても出てしまう。

それが野暮ったくならにいように、
実写の中でうまく処理し解決できていれば、
じつはそんなに問題はない。

アニメの中では自然に見えるキャラでも、
実写におとすと極端に嘘くさく、
誇張が過ぎるもはなはだしいとなってしまうが、
これもうまく抑制するなりして、
キャラの基本的な部分を変えなければ、
じつはそれほど問題ではない。


むしろみてる方にとっては、
原作者やアニメにリスペクトを込めた愛情を持っているか否かが、
賛否の分かれ目になっていると思う。

あとは演出だけど、
作品そっちのけで自分勝手にやってるなど言語同断。

ここで樋口裕一さんが、
現代オペラ演出について次のようなことを語られている。

① 演出は、そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない。
「そのオペラ作品そのものの解釈でなければならない、オペラそのものと無関係な演出家の考える物語や世界観を描くものであってはならないということだ。」

② 演出は、言葉の助けなしに成り立つものでなければならない。
「演出意図を読んだ人にしか理解できないような演出は、できそこないだと私は考える。もちろん、そこに演出家の主観的な解釈が混じるのは構わない。だが、舞台装置や登場人物の仕草や表情から、それをわからせなければ、演出とはいえないだろう。」

③ ストーリーを改変してはならない。
「ト書については、隠喩であれば、文字通りにト書きを守らなくてもよいと思う。だが、中心的なストーリーを変えてはならない。ここで「中心的」というのは、いってみれば、ストーリーを100字ほどに要約した場合にも語られるような骨子としてのストーリーだ。」

④ オペラは、演出の読み取りを目的とするものではない。
「舞台を見るということは何らかの形で意味の解読という面を持つ。映画を見るのも絵画を見るのも、何らかの形で意味を読み解く行為だ。だが、それが目的になって、演出が謎の提出、オペラを見るのが謎解きという行為になってしまったのでは、本末転倒でしかない。」

⑤ オペラ演出は一部の知的エリートだけのものであってはならない。
「オペラ演出は意味で充満させるのでなく、それを見た人のほとんどがストーリーと演出意図を理解できるような演出であるべきだ。少なくとも、それをめざさなければならない。一部のエリートだけを相手にし、読みとれなかった人間をレベルの低い人として軽視するような演出であれば、遅かれ早かれ自ら客を減らすことになってしまうだろう。」


実際にはもっと大きな文量となっているが、
だいたいのところはこのような内容となっている。


もちろんオペラとアニメや映画は異なるものであり、
これがそのまますべてにあてはまるというものではないが、
今のアニメからの実写化、
もしくは原作ものからの実写化において批判される場合のそれに、
かなりの部分があてはまっていると思う。

このあたりが理解できてないまま、
人気のある作品だからと、
安易に制作に走ると、
例え人気のある俳優が名前を連ねても、
その作品はどうしようもない駄作と罵られ、
興行的にも失敗し、
主演した俳優さんの名前や経歴にも傷がつくことになるだろう。

場合によってはそんな映画でしか、
原作を知ることができなかった人たちにからは、
原作も原作者もダメという烙印を押されかねないものがある。

また上記の記事ではアニメ側からのそれを書いているが、
実際には映画側からも同じくらい叩かれており、
どちらからもダメ出しされるという、
最悪の状況になったものもある。


原作、もしくはアニメという、
精密なスコアが存在している場合、
それを改変し実写にするとなると、
かなりの理由付けがどうしても必要となる。


それを問われた時、
最後の部分まで監督や脚本家は、
それを映像で説明しきることがはたしてできるかどうか、
そしてそこに作品や登場キャラに対して、
いかに大事にいかにリスペクトを込められているかということが、
観る側の最大のポイントになってくるはずだ。


そこのあたりが疎かでは情けないが、
その部分が最低でもクリアしていれば、
自分は実写化に対して悲観的にはあまりならない。

とにかく最後はすべて見てからの話しになるが、
あまりにもこのあたりが欠落したものが続いたら、
正直このジャンルはかなり早い時期に廃れるだろう。

そうならないことを、
今は願い良作が続くことを期待したいものです。
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イッセルシュテットのベートーヴェンの7番 [クラシック百銘盤]

ハンス・シュミット=イッセルシュテットという名前は、
今の若い世代の方にどううつっているのだろうか。

1900年生まれというから、
19世紀最後の年に生まれたベルリン生まれのドイツの指揮者で、
いくつかの録音によって日本でも知られていた指揮者だったが、
戦後はハンブルクの北ドイツ放送響の母体オケを創設、
ドイツを中心に活動をしたにもかかわらず、
あまり継続的なレコーディングに恵まれなかったためか、
日本では地味な存在の指揮者となっていった。

だが1958年からバックハウスのピアノによる、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の指揮者に抜擢され、
ウィー・フィルを指揮した頃からまたよく知られるようになる。

だがそれも一時的なもので、
デッカとはそれ以降録音が途絶えてしまう。

この後も録音が散発的にはあったものの、
当時は各大手メーカーがカタログを増やすために、
大量な音盤が次々と発売されていた時期にも重なり、
彼の録音はあまりとりたてて話題になることはなかった。


だがデッカによって1965年にはじまった、
ウィーンフィル初のベートーヴェン交響曲全集の指揮者に任命されたことで、
彼の名前は急速に知られそして注目されるようになった。

ただ日本ではその前年の1964年に初来日し、
好評を博していたことで、より知られた存在となっていた。

その時の来日公演は、

読売日本交響楽団

10月14日:東京文化会館
モーツァルト/交響曲/第31番「パリ」
ヘンツェ/舞踏音楽「ウンディーネ(水の精)」組曲第2番
チャイコフスキー/交響曲第4番

10月16日:厚生年金会館
シューベルト/交響曲第7番「未完成」
Rシュトラウス/ドン・ファン
ブラームス/交響曲第1番


大阪フィルハーモニー交響楽団

10月23日:フェスティバルホール
モーツァルト/交響曲第41番「ジュピター」
エック/フランス組曲
ベートーヴェン/交響曲第5番


というものだった。


これをみてもお分かりのように、
彼の得意とした二つの柱、
モーツァルトとブラームスがすべての日に一曲演奏されている。

彼の本領はこの二人の作曲家だったとよく言われており、
実際この翌年には、
若きアシュケナージとモーツァルトの協奏曲を録音している。


ただこの二人の作曲家は、
当時まだこのあたりを得意としていたベームやクレンペラー、
さらにはカラヤンやセルあたりも活発に録音演奏し、
N響にも後に同オケの名誉指揮者となったカイルベルトが客演して、
このあたりを指揮し放送されていたせいか、
その陰に隠れてしまっていたことは否めない。


そんな中1965年から1969年にかけて、
イッセルシュテットはウィーンフィル初のベートーヴェン交響曲全集を完成させ。
翌1970年のベートーヴェン生誕200年記念の目玉として発売された。


さらに同年12月には再来日し、
再び読売日響の指揮台に立った。

12月8日/厚生年金会館ベートーヴェン荘厳ミサ
12月11日/厚生年金会館ベートーヴェン荘厳ミサ
12月16日/日本武道館ベートーヴェン交響曲第9番

という日程だったはずだが他の公演日もあったかもしれない。


この公演はたいへんな評判と高い評価を受け、
当時読響の団員だった方が後に、

「あれは素晴らしい公演だった。」

と話されていたように、
当時読響創設史上最高の演奏だったとの評価すらあり、
後には1977-78のチェリビダッケの公演や、
1990年のクルト・ザンデルリンクの公演と並んで、
読売日響の歴史的名演と言われただけでなく、
日本のオケ史上まれにみる超名演だったとさえいわれている。


そんなイッセルシュテットがその来日の前年、
1969年にベートーヴェン全集の最後に録音したのが交響曲第7番。

この全集、
交響曲第8番がワインガルトナー以来の、
同曲最高の名演と突出した評価を得ているが、
個人的にはこの7番も極めて素晴らしい演奏だと思っている。

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この7番より四年前の1965年、
全集最初に録音された「英雄」と比べると、
指揮者の円熟がこの間に深まったことも聴きとることができる。

だがこの全集は数年後に同じウィーンフィルがベームの指揮によって、
ベートーヴェン全集を出したことによりその陰に隠れてしまい、
さらに7番に至ってはカルロス・クライバー指揮の同曲が、
発売されて時が経つにつれ大きな評価を得ていったため、
バーンスタインとウィーンフィルによるベートーヴェン全集が出たころには、
ほんとうに過去の録音という感じになってしまった。

しかも指揮者のイッセルシュテットも三度目の来日を果たすことなく、
1973年5月に、指揮者としてはまだまだこれからという時期に急逝したため、
さらにそういう印象に追い打ちをかけてしまった。
これは本当に不幸なことだった。


余談だがデッカは1950年代末から1969年まで、
この7番をウィーンフィルで、
ショルティ、カラヤン、アバド、イッセルシュテットと録音、
グラモフォンにウィーンフィルが移籍してからも、
ベーム、クライバー、クーベリック、バーンスタインと、
二十年ほどの間に8人もの指揮者で録音を残している。


だがそれでもイッセルシュテットのこの7番、
やはりこれも名演だ、
しかも超のつく最高級の演奏だ。

演奏としてはクライバーのようなキレや新鮮さとは真逆の、
重厚でベームより重心の低い、
それでいて端正でしっかりとしたリズムをもって進められるため、
鈍重といった感がまったくといっていいほどない、
とにかくオーソドックスなスタイルの演奏といっていいだろう。

しかもティンパニーがオケにうまくブレンドさせながら、
やや硬めでしっかりと打たれているため、
ウィーンの明るいオーケストラの音に、
北ドイツ風ともいえるような打ち込みが加わるという、
聴きようによってはかなり腹の座った演奏となっている。

またオケの張りと光沢が素晴らしく、
美麗というのとはまたちがった、
じつに落ち着いた、
それこそ総檜造りと形容したくなるような質感が随所にあり、
オケの音を聴いてるだけでもほれぼれとしてしまう。

それに音楽の活気というか熱気もあり、
没我の状態で荒れ狂い、
聴き手を熱狂させるということは皆無だが、
聴いていて思わず力が入ってしまうという、
そういう内側に強い力を秘めた、
内的に強靭さと熱気を秘めた演奏となっている。

なるほどこんなかんじの演奏を、
日本でやったらそれは歴史的な演奏と言われて当然と、
そんな感じの出来になっている。

演奏時間は、
13:11、10:14、8:24、9:22
比較的オーソドックスなタイムといえるだろう。


一見淡々としていて面白味は少ないかもしれないが、
内側に素晴らしいほどに強い力を込めている、
何度聴いても飽くことのないイッセルシュテットの7番。

もし聴く機会があったらぜひ耳にしてほしい演奏です。


そしてこの演奏スタイルがベストの形で引き継がれた、
バンベルク交響楽団と1972年に録音された、
モーツァルトの交響曲第31番と35番。

そして亡くなる数日前の1973年5月に録音された、
コンセルトヘボウを指揮しブレンデルと共演した、
ブラームスのピアノ協奏曲第1番も、
ぜひ耳にしてほしい名演です。


特に後者の第二楽章は、
この指揮者の白鳥の歌ともいえる、
清澄の限りを尽くした演奏となっています。


ハンス・シュミット=イッセルシュテット、
今一度顧みられてほしい指揮者ですし、
このウィーンとのベートーヴェン7番も、
一人でも多くの方に聴いてほしい演奏です。

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鎌倉「光明寺」に行く。 [鎌倉~江の島(Kamakura/Enosima)]

というわけで今回、
「シン・ゴジラ」における鎌倉の聖地で、
まだ行ってなかった光明寺へ行く。


自分はいつも通り北鎌倉から行く。

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十年前の仏像窃盗の手配書がまだあります。

ほんと罰当たりなことです。
とにかく一日でも早く速やかに発見し取り戻してほしいです。

本日は旧正月の元日ということで、
あらためてまず初詣に行く。

旧正月ということなので、
鶴岡八幡宮では中国語が盛大に飛び交ってました。

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境内には梅もちらほらと咲きつつあります。

神苑ぼたん庭園も今が見頃。
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ここから海岸に向かって歩きます。
だいたい八幡宮から40分。

途中にある本覚寺。
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そして到着。
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光明寺の総門からみた山門
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山門。
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そこからみた本堂、大きなお寺です。
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お参りをしたあと、
向かって右側にある高台への上り道に行く。
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登坂をあがりきると右側に文字通りの展望台。
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そこからの風景です。
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そう、
あのゴジラ第四形態が鎌倉に上陸しようした、
その遠景をみていた場所がここ。

右端には上陸地点となった、
七里ガ浜がみえています。

因みにここは、

「かながわ景勝50選」

のひとつ。

a16.jpg

下には光明寺の伽藍がみえる。
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じつは映画では気づかなかったのですが、
ここは正面に富士山がみえます。

この日はややもやってましたが、
それでもうっすらと富士山がみえました。
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おそらく庵野監督は、
できれば富士山をバックにして上陸してくるゴジラを、
なんとか撮りたかったのかもしれません。

それこそ「冨嶽三十六景」の、
「神奈川沖浪裏」みたいな感じのゴジラ版として。

撮影時期が、
けっこう天候不順の連続だったので、
それがかなわなかったのかもしれません。

けっこうゴジラ、富士山大好きです。




というわけで以上です。

ここにはJR鎌倉、もしくは逗子駅からバスに乗り、
途中の「光明寺」というバス停を降りるとすぐそこです。

ただゴジラ抜きにここは絶景です。

ちょっと内浦の医源寺からの眺望を思い出してしまいました。

好天で富士山がよく見えるとき超お薦めのスポットです。


因みに光明寺の本堂は、
時間によっては中に入り、
落ち着いた時間を過ごすことができます。

自分も少し椅子に座って、
静かに瞑想させていただきました。


以上で〆。
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「ろんぐらいだぁす!」第11話、第12話の放送予定日。 [アニメ(2016放送開始)]

以下のように決定しています。

念のためお知らせしておきます。

ろんぐ.jpg


また公式には配信予定もでています。
2/5からのようです。

http://anime-longriders.com/news/index00810000.html
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