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あれから23年。凶悪事件を眠らせるな! [凶悪事件を眠らせるな!]


またこの日が来ました。あれから23年です。
既存の項目ですが、
毎年この時期事件を風化させないためにこの場所にもってきています。
いろいろと捜査は続いていますがなかなか犯人に行きつきませんが、
逃げ得だけは絶対許せません。
一日も早く真犯人が捕まり罰られますことを願って。

----------------------------------

「大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件」。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%8E%8B%E5%AD%90%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E5%BC%B7%E7%9B%97%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6

http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/jiken_jiko/ichiran/ichiran_10/hachioji.html

https://matome.naver.jp/odai/2139683975423666701

当時あまりの酷さに憤ったものの
(平成7年7月30日午後9時15分過ぎに発生)
犯人はすぐつかまるのでは?という考えもあった。
しかしそれから世紀を超えもう20年以上たってしまった。
一時犯人を知るという人物がいる話があったが
それも今は立ち消えとなっている。
かなりの長期戦になっているがなんとか犯人を一日でも早く逮捕し
遺族や関係者のためにも解決してほしいものです。

またその翌年におきた「柴又三丁目女子大生殺人事件」
も忘れてはいけない凶悪事件だ(平成8[1996]年9月9日午後4時39分ころ発生)が
こちらも今年で22年目となってしまった

そしてこの事件の4年後の今度は年の瀬に
あの「世田谷一家四人殺人事件」が発生した。
こちらもいまだ犯人は捕まらない。

これらの事件がその後の凶悪事件の頻発
そしてそれは空巣や強盗における凶悪化への引き金になっているような
そんな気がしてしかたがない。

でもそういうことよりとにかくこれらの事件の犯人はなんとかしてほしい。
これでは被害者の親族や関係者の方々も辛いどころではないだろう。

情報や心あたり
または何かのヒントが浮かんだ人は直接警視庁等に連絡をしてください。
凶悪事件をこのまま眠らせてはいけない!

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%94%B0%E8%B0%B7%E4%B8%80%E5%AE%B6%E6%AE%BA%E5%AE%B3%E4%BA%8B%E4%BB%B6
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』における「世田谷一家殺害事件」

その他情報提供サイトがあったらコメントに貼り付けていただいてもOKです。

何度でも言います。

凶悪事件を眠らせるな!

因みにこの記事URLの 07-30 はこの事件が風化しないよう
「大和田町スーパー事務所内けん銃使用強盗殺人事件」が起きた日付にしています。(1995年7月30日夜)


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アライグマ駆除についての雑感。 [いろいろ]

rc006.jpg

上の写真、
なんとも愛くるしい写真にみえるけど、
じつは左前脚が罠にかかったアライグマで、
右前脚で握っているのはライフルの銃口。

そしてすぐ後にその銃でこのアライグマは射殺されている。

これはネットにupされていたもので、
どうもアメリカでのそれらしい。

これを見た知人は

「何も殺すことはないだろう。せめて腕切り落とすだけで逃がしてやれよ。」

と言ったが、

「いや、その方がもっと酷いだろう。」

と思わず返してしまった。


その後この手の画像が大量にupさてれいることが分かったけど、
アライグマがけっこう派手に海の向こうでは殺されまくっていることを、
このとき自分は初めて知った。

そしてアライグマの被害がアメリカではかなり深刻になっているということと、
日本でも全国各地で問題になっていることを知った。

特に自分のいる神奈川県はかなり深刻だという。

神奈川県のHPにはこういうページがある。

「神奈川県アライグマ防除実施計画について」
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/t4i/cnt/f986/p10115.html

そして捕獲数。
RC008.jpg

さらに被害件数等も明記されているが、
特に横須賀、鎌倉、相模原、藤沢、平塚が、
かなりの被害を被っている。

横浜市はざっくりと記されているが、
おそらく上記した市と隣接している区は、
大なり小なりの被害を被っていると思う。

県はこの現状からかなり積極的に捕獲を試みているが、
残念ながら数量コントロールはできていない状況にみえる。

ただ広く意識してもらうために以下のようなリーフレットも配布している。

arai01.jpg
arai02.jpg
arai03.jpg
arai04.jpg
http://www.pref.kanagawa.jp/docs/t4i/cnt/f986/p10116.html

もちろん県でけでなく市も対応している。

横浜市では、

 神奈川県内では三浦半島周辺に多く生息していて、市内でも南部を中心に、頭数が増えています。
 横浜市では、神奈川県や近隣市町と連携して防除を実施しています。
 ご自宅の庭などで、アライグマに被害(池の鯉を捕食されたなど)を受けた場合や、ご自宅の天井裏や床下などに侵入された場合は、防除を実施いたしますので、動物園課へご相談ください。
 なお、農地における農業被害については、JA横浜・JA田奈へご相談ください。
 また、ご自身で捕獲をご希望の場合は、神奈川県アライグマ防除実施計画に基づく捕獲等届出書 にご記入の上、動物園課へご相談ください。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/yasei/gairaiseibutu.html

とし、さらに、

◎ 対策
○ 横浜市の対策事業
「神奈川県アライグマ防除実施計画」に基づく捕獲(費用は市負担)
※ 外来生物法に基づいて実施しています。


◎ 寄せ付けない工夫
○ 侵入口になるすき間をふさぐ。(縁の下、換気口、軒下、戸袋など)
○ 屋根に届く枝を切り、庭に置いたものなどを整理する。
○ ペットフードの残りや、取り残しの果実を放置しない。
○ 池には網を設置し、鳥小屋などは金網を丈夫にしてカギをかける。
○ 獣の臭い(体臭、フン尿)を消す。
→  木酢液やハーブ系の臭いが効いた例もある。
○ 追い出しには、煙の出るタイプの殺虫剤をたく。

ということを明記している。

http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/yasei/higaitaisaku.html#araiguma

そして鎌倉市のサイトでは以下のような被害が明記されている。

◎家屋へ侵入し、天井裏で糞尿をし続けられ雨漏りのようなしみができ、ひどい場合には天井板が腐るなど、張り替えを余儀なくされた。

◎天井裏に棲みついた獣の体についている蚤やダニ、天井裏の糞尿によりわいた蚤やダニに下で暮らす住人が刺され皮膚病になった。

◎家屋へ侵入し、繁殖期には天井裏で出産してしまい、幼獣を手捕りすることになった。または、天井板が薄いため天井板を切り穴を開けることになった。

◎サツマイモ、トマト、トウモロコシ、すいかなど畑や、家庭菜園の作物を食べられた。ブドウや柿など庭の果実を食べられた。

◎外に保管していたりんご等の果実を食べられた。

◎物置の戸を開けられ、保管していたドッグフードを食べられた。

◎肥料などの入った袋を噛み破られた。

◎猫や犬などのペットが襲われ負傷した。

◎家禽(鶏やアヒル)を食べられた。

◎池の鯉や金魚などを食べられた。

◎屋根の上にため糞(同じところに糞をし続けること)をされた。

◎外のポリバケツなどに入れておいた生ゴミをあさられた。市に協力して生ゴミの減量化に努力しているが、生ゴミ処理機に寄って来てあさる。

https://www.city.kamakura.kanagawa.jp/kan-hozen/higai_araiguma2.html


アライグマは国立環境研究所によると、

◎法的扱い
特定外来生物(外来生物法).狩猟鳥獣(鳥獣保護法).移入規制種(佐賀県での放逐禁止,佐賀県 環境の保全と創造に関する条例)

防除方法
◎箱ワナ・エッグトラップによる捕獲.捕獲時期・対象個体の齢などによって実質的な効果が異なり,十分な事前調査と計画的な対策が必要.

となっている。
https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/10150.html


ちなみに環境省のそれをみるとこういう一文がある。

防除で捕獲された生物を殺処分する場合には、極力苦痛を与えないような方法で処分されることになります。このような事態が繰り返されないためにも、外来生物を放したり、逃がしたりしないように注意していくことが最も大切です。
http://www.env.go.jp/nature/intro/3control/bojooutline.html

ようするに捕獲されたらどうなるかはもう言わずもがなで、
捕まえたら飼ってもダメ、
放してもダメということになれば、
最初に数字として出ていた捕獲したそれは、
そのまま天に召されたアライグマの数という事になる。

(ただアメリカのような頭部に一撃とか、弓矢や猟犬の標的になるということはないようですが…。)


もっともこれだけ捕獲されているのに、
アライグマは天敵がいないこともあり、
着実にその数を日本各地に増大させているという。


自分が特に心配なのはこの現状で、
震災級の大災害が起きた時のこと。

当然無人になった住居や、
避難所での廃棄物等の管理によっては、
アライグマが空き家に住み込んだり、
避難場所にやってきたりする可能性が大。

それで住民が癒されればべつにOKだけど、
いきなり引っかかれたり噛みつかれたりした場合、
ただでさえ病原菌や寄生虫を媒介しやすいだけに、
そこから人に感染した場合、
通常のような手当が被災地でできるとは限らないし、
場合によっては目が行き届きにくい環境だったら、
そこから軽くない伝染病が多くの人たちに流行る可能性もある。

今は健全なアライグマの集団も、
震災等で活動域がより広まり、
そのため病気に感染している他の動物と接する可能性も高くなるため、
このあたりが本当に心配だ。


もっともこういう意見に対して、
真向から非を唱えるところもある。


神奈川動物愛護協会などがそれ。

そこには今までの人間の行動を厳しく咎め、
まずそこの部分をしっかり直視し反省すべきという意見の後に、
以下のように明記している。


報道では「アライグマは狂暴」とされていますが、けっして狂暴な動物ではありません。
非常に、極端に「臆病」な動物です。
屋根裏で子供を生み人に見つかっても、人を襲うことはなく逃げてしまう程に臆病な動物です。
ですから、捕獲されたり、逃げ場がない状況では「窮鼠猫を噛む」と同様の攻撃体制を取ることになります。
もし、アライグマに攻撃性があり「凶暴」であれば、既に多くの障害事例があるはずです。
また、飼育下での咬傷は別次元と考えます。
アライグマは飼育の歴史がなく、野生動物と考えた方が正しい状況ですから、
アライグマにとっては犬猫のように飼育者への服従という概念はないと思います。
飼育の際に、犬猫と同様に考える事が間違いであり、アライグマであることへの認識があれば問題は起こらないでしょう。

と意見を述べた後に本文では前後していますが提案として、



移入種の問題を通して「日本人は殺す事を嫌がり過ぎる」という言葉を研究者から幾度も聞きました。
しかし、それが国民性なら、日本人に合った対処方法を考えるべきで、
この為に国民の性質を変えるという方向は本末転倒と思います。
私達人間は、既に取り返しのつかない沢山の殺りくを行ない、どれだけの動植物を絶滅させてきたか知れません。
そして今、自分達の過ちの尻拭いを動物の生命を奪う事だけで片付けようとしています。
思いやる心が薄れていると言われる中、それで良いのでしょうか?
私達は、不妊化放獣や一時保護施設(現在、移入動物が逃げた場合保護する施設はありません)
を兼ねた移入種動物園といった教育施設の設置を提案しています。
https://blog.so-net.ne.jp/MyPage/blog/article/edit/input?id=105442972


じつはこれは理想的正論ですし、
心構えとしては極めてまっとうな部分を包括してはいるのですが、
でははてしなく繁殖していったらどう対処するのか、
また施設ができるまではどうするのか、
病原体を持った個体によるパンデミックが起きる可能性が大きくなった場合、
これらの施設が無い現状ではどうするのかという、
そういう最悪の上を行く最悪への対応というか、
具体的なそれがここには残念ながら明記されていない。

また現状の農作物被害を被っている被害者には、
どうそれを納得させるかということも、
具体的には記されていない。


もしこれを読んでそういう部分に不満を抱き、
可愛いから可哀そうという、
そういうレベルで語っているのかと解釈され、
アライグマの方が被害を受けている農家の方より上に置くという、
ある意味綱吉の「生類憐みの令」みたいに思われたら、
それはひじょうに拙いことだと思う。


もっともこれらが、
被害を受けている人たちにもちゃんと説明し、
了承されてのそれであったらまだいいのですが、
そのあたりもここには明記されていない。

研究者に話を聞いた…、
というので終わりではなくそれを被害者にも伝え、
双方向からの意見を交錯させ精査しなければ、
とてもそれはイーブンなものとは正直言えない。


農家の方だって好きで死んでもらいたいというわけではなく、
最終的なそれはじつは環境団体と同じなのだろうけど、
そのあたりをもっと現場の方たちと話をもっと詰めてほしいし、
それができる団体だと自分は信じたいし、
個人的にはこの団体の考えている方向に、
最終的には落ち着くことが理想とさえ考えている。

だが今はまだそこへの道のりは、
お話にならないくらい途方もなく遠いのも事実。


とにかく現状はまったくよくないし、
将来的な明るい展望も具体的にないこのアライグマ問題。

意見をぶつけあうだけでなく、
より幅のある人たちの意見を聞き、
そして多くの人たちの助力も得て、
この問題をよりよい方向にとにかく早くもっていってほしい。


ネットでみたアライグマ猟が、
日本でも日常にならないようとにかく知恵を出し、
そして有効な対策を講じてほしいです。


アライグマの成獣はとても凶暴という説が強いけど、
凶暴云々にかかわらず、
こういうシーンを日本では正直みたくないです。

RC001-0.jpg





余談

因みにアメリカではこの器用な指先を利用して、
餌に手を突っ込むとしっかりロックしてしまう罠があり、
それでかなり捕獲されているという。

ただ捕獲はともかく殺し方がなかなかエグい。

頭部にライフル等で一撃がほとんどですが、
そのとき多くのアライグマはバタバタとのたうちまわり、
中には足を上に突き出して痙攣しているものもいた。

ただこれはあとで食うためにはベストのそれらしいです。

他にもこん棒でぶん殴って撲殺してるのもありましたが、
そのあとまだバタバタと抵抗しているのに、
そのまんま逆さに吊るして皮剥いだのには仰天。

こりゃ愛護団体じゃなくても一言自分も言いたかったです。

尚、日本は二酸化炭素による窒息が主流らしい。


あと犬をけしかけて殺しているものもあったけど、
(おそらく猟の一環か)
犬がアライグマを駆るときは、
首筋と足の関節部を執拗に狙いにいっている。

おそらく動きを止め殺しにかかっているのだろうけど、
これをみてると犬というより狼だ。

また中には今までアライグマが、
鎖につながれているのをいいことに、
犬の餌を忍び込んでは横取りしていたところ、
ついに犬がブチ切れて、
鎖が外れていた時そのアライグマを待ち構え、
いきなり襲撃して食い殺してしまったらしいという
そんな壮絶なものもあったけどこれは自業自得か。


またこれらのタイワンリス版もかなりあり、
こっちも同じように、
頭部をライフルでバカスカ撃たれまくってました。


ただ驚いたのはこういう画像に、
驚くほど高評価がついてること。

アメリカではもはやこういうのは日常風景で、
ともに害獣に指定されていることもあり、
何の気兼ねなくバカスカ撃ち殺しているのでしょうか。

やはり日本ではこういう光景を、
日常のそれとしてはあまり見たくないです。

ほんとうになんとかしてほしい。

ただ現状では打てる手は限られているからなあ。

国会でも本格的に専門委員会を設置して、
本気でこの問題に取り組んでほしいです。


※日本自然保護協会サイトより

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https://www.nacsj.or.jp/pn/houkoku/h14/h14-no19.html
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ワールドカップと大洗。 [大洗とその周辺 (oarai)]

というわけで久しぶりに大洗に行く。

今回は当初は大洗に行くというより、
近場に用があったのでそのついでのはずだったのですが、
直前で二転三転して、けっきょくはいつもの大洗見物となりました。

ただいつもは朝について午後三時には帰路に着くのですが、
この日は午後三時にまず水戸に立ち寄る。

水戸東照宮の鳥居が治っていた。

a01.jpg

その後「水戸市平和記念館」に立ち寄る。

001.jpg
http://www.city.mito.lg.jp/001373/heiwa/heiwa/p004960.html
※水戸市平和記念館の公式サイト。写真は公式サイトより。

ここで水戸の空襲時の話等、いろいろと貴重な話を伺う。

こじんまりとした内容だけど、
なかなか内容の濃いかんじがした。

一部に戦後の写真も飾られていたが、
その中には水浜線の在りし日の姿もあった。

その後大洗へ臨海線で移動。

a02.jpg

なめ屋旅館さんは取り壊され更地になっていた。
これも世の常なのかもしれないけど、かなり寂しい。

夕方の神磯の鳥居。
a04.jpg

この時間のここの雰囲気はなんとも厳かだった。
しかも海の色がとても澄んでいて清らか。
a03.jpg

自分が大洗に初めて来たのは2013年の4月だけど、
この時間帯には一度も来たことがなかったので、
この雰囲気は新鮮でした。

その後新装なった大洗シーサイドステーションへ。

a11.jpg
http://oarai-seaside.com/

全体をやや海よりのスペースに集中させたことで、
以前の散漫感がかなりなくなりました。

いろいろとキッチンカーも出てて、
なかなかにぎわってます。

もっともまだまだ課題は多そうですが、
今までよりは見通しのよいクリアな雰囲気となっています。

ただそのため、
マリンタワーに近い棟がすっかり空いているのが気がかりですが、
このあたりもこれからなんとかなっていくのでしょう。

そしてこの日のお宿へ向かう。
a05.jpg

肴屋本店さん。
http://sakanaya-honten.com/

一週間ほど前開いていたので急遽予約。
その数時間後には満員になってました。まさにタッチの差。

部屋は一階の玄関からみると左手奥の部屋。
トイレと風呂は別だけどトイレはすぐそばにあったので、
あまり部屋の外にあるという感覚がない。

しかもとても奇麗でした。

a06.jpg
a07.jpg
着いたのがもう夜だったので布団が敷いてありました。

そばにはこんなスペースも。
a10.jpg

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このあたりもコンパクトにまとまってます。

ちょっと個室寝台ぽい感覚があって、
個人的にはこういうお部屋けっこう好きです。

まいわいで買ったお菓子系。
a08.jpg

じつは普段こういうのはあまり買わないのですが、
この日はちょっと特別。

a12.jpg

まさか初めての肴屋さんでの宿泊日が、
そのままこの大一番の放送日と重なるとは…!

ということで徹夜観戦のお供にということで。

午後9時から、
イングランド vs パナマがNHKで放送されたが、
ちょっと疲れが出てうとうとしているうちに、
前半だけでイングランドが大量得点をしてまった。

グループリーグを勝ち上がっても、
ベルギーかこのイングランド相手ということを思うと、
なんかそれだけでちょっと滅入る。

そして0時。

日本戦試合開始だけど、もういきなり十分過ぎに失点。
この後なんとか追いつくけど、
後半嫌な時間にまた突き放される。

日露戦争の黄海海戦時、
一度先手を取られるとなかなか追いつけなかったという、
あの厳しい戦いとなんか被ってしまい、
東郷元帥の気持ちが分かる気がちょっとしたものでした。

そんな後半三十三分。

あの本田選手の得点が生まれた。

その瞬間、
他の部屋からも歓声のようなものが聞こえたり、
急に物音がいろいろ聞こえたりと、
けっこう同じようにこの試合を見ていた人がいたようです。

結局この試合は引き分け。

ただし辛抱強く追いつきながらの引き分けということで、
感覚的には「得点2」という感じすらしたほどで、
とにかくよくやったという感じのそれでした。

確かに勝てた試合にも見えますが、
負けてもおかしくない試合であったことも確かでして、
そういう意味では悪いなりに最善の結果という感じがしました。

ただこうなってくるとこのまま眠れるわけがない。


午前三時からの同じグループのもうひとつの試合、
ポーランド対コロンビアにそのまま突入。

「11人のコロンビアとやらないでよかった」

という試合を結局みせつけられてしまった。

それにしてもレヴァンドフスキ。

なんか1946年のMLBワールドシリーズでの、
ボストン・レッドソックスの一員として初出場した、
かの偉大なテッド・ウィリアムスが、
同年のレギュラーシーズンではMVPに選出され、
オールスターゲームでも記録づくめの大活躍をしたにもかかわらず、
このワールドシリーズでは打率わずかに二割、
しかもすべてシングルヒットのみという結果に終わり、
チームもカージナルスに敗れたため、
シリーズ終了後失意に沈んだそれと重なってしまった。


難しいものです。

午前五時過ぎ。

トイレに行くため部屋の外に出ると、
もう朝食の準備をお店の方がされていた。


この頃には外はすっかり明るくなっており、
庭先にあるお社も穏やかな表情を見せていた。


そのあと洗顔等をし、それからニュースをみる。

サッカー難民が続出したり、
サポーター同士の応援合戦が渋谷であったりと、
どこもほとんどサッカーのニュース、
そしてこれからしばらくは真夏日になるという天気予報。

午前八時半過ぎにチェックアウトをするため部屋を出る。

フロントで会計をすませるが、
そこで数時間前のサッカーの話をお店の方とする。

「おしかった」ということと、
「11人のコロンビアとやらなくてよかった」という、
そういう結論に達しました。


しかし何と言いますか、
せっかく有名な肴屋さんに泊まったのに、
泊まりに行ったのかサッカー見に行ったのか、
なんか正直わかんない感じになりましたが、
外を出ると雲一つない晴天。

サッカー日本代表のチームカラーそのものという感じで、
勝ちに近い感覚を持った試合を日本がしたということもあり、
とても気持ちよく肴屋さんを後にすることができました。

大洗から臨海線に乗り、
その後水戸で上野行の列車に乗ったらあっという間に落ちてしまい、
気づいたらなんともう三河島。

完落ちでした。

というわけで、
今回はいつもと違う大洗行でした。



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コルネリウス・マイスター指揮読売日本交響楽団を聴く。 [演奏会いろいろ]

第105回みなとみらいホリデー名曲シリーズ

2018 6.23〈土〉14:00開演
会場:横浜みなとみらいホール

指揮=コルネリウス・マイスター
管弦楽=読売日本交響楽団
ヴァイオリン=長原 幸太(読響コンサートマスター)

曲目
スメタナ:歌劇「売られた花嫁」序曲
ブルッフ:スコットランド幻想曲 作品46
ドヴォルザーク:交響曲 第8番 ト長調 作品88

yomiuri.jpg


ヨーロッパでひじょうに評価が高いといわれている、
マイスターの指揮による演奏を初めて聴く。

マイスターの指揮は本当にすべてを満遍なく兼ね備えている。

オケのバランスの良さ、
濁りの無さからくる見通しの良いクリアな響き。

弱音の見事なコントロール。

強音も決して濁らず余裕をもって鳴り響き、
細部の表情もひじょうに丁寧に仕上げられ、
ティンパニーと中低音の響きも、
見事にセットで力強く骨太で、
しかもそこそこシャープな重さをもって鳴っているため、
オケ全体に適度な重厚さとキレも感じられる。

メロディもしっかり歌われているし、
音楽の起伏も見事に描かれており、
ここという時にはかなり激しいアタックも聴かせる。

ある意味ロサンゼルス時代のメータを彷彿とさせるが、
マイスターの方がより洗練され隙が無い。

そのため今回のこの国民楽派プロでは、
いい意味での土臭さや土俗的な迫力は皆無。

また弦が大きく伸びやかに歌うものの、
音がクリアかつ洗練されすぎているためなのか、
厚みやホール全体を包み込むようなものはない。

もちろんそれは欠点や短所というわけではなく、
あくまでもこの指揮者の個性や長所の裏返しというかんじ。


たがこれだけのものを兼ね備えているにもかかわらず、
自分は今回演奏された三曲どれも、
とても感心したし驚嘆すらしたものの、
なぜかその音楽に巻き込まれたりするようなことはなく、
感動したかといわれると、
どうなんだろうというなんとも不思議な感想を持ってしまった。


極端に言ってしまうと、
どの曲も冒頭はどれも強く惹きこまれるものの、
しばらくするとひとつのパターンみたいなものがあらわれ、
音楽こそよどみなく流れていくものの、
おかしな表現かもしれないが、
次第に音楽にからみえている風景が、
「静止画」の連続のように感じられはじめ、
確かにそのひとつひとつは美しく高い完成度ではあるものの、
ただそれがひたすら連続して続いているようで、
結果確かに流れは存在しているものの、
聴いているこちらには、
なんか常に「凪」というか「静かな」景色を、
ひたすら細かく次々とみせられるているような、
そんな感覚がしてきてしまうのです。

なのでその世界に入りきる前に、
次々と画面が細かく切り替わっていくため、
なんか音楽の核心が見えはするけど、
こちらがそこに踏み込もうとする前に、
とても丁寧にそこから弾かれてしまうような、
そんなことの繰り返しが延々と続いていったような、
とにかくそんな演奏会でした。


もっともこれは言い悪いではなく、
好き嫌いや感性との相性もあり、
ある意味庵野監督の「シン・ゴジラ」に対する、
その評価の別れ方にも共通したものがあるようにも感じられました。

とにかくかつて経験したことのない演奏で、
1980年生まれという、
ネルソンスやネゼ=セガンよりも若い指揮者ということで、
ひょっとして新しい世代の新しい感覚によるこれは演奏なのかもしれないと、
そんなことも感じさせられたこの日の演奏でした。

尚、この日のブルッフで、
ソロの長原さんの弦が、
始まってすぐに切れてしまうというアクシデントがあった。

結局弦を張り替えての演奏となったが、
そういうアクシデントにもかかわらず、
清潔感のある詩的な演奏が見事に展開された。

自分のいた場所のせいか、
音量的にもう少しだけほしかった気がしたけど、
前の方にいた方にはちょうどよかったのではと思う。


ここでもマイスターの指揮はひじょうに上手くコントロールされていて、
ソロとオケがじつに見事に調和していた。

これにはハープが第一と第二ヴァイオリンの、
各々の第一と第二プルトのあたりに位置し、
指揮者、ヴァイオリンソロ、ハープが、
見事に一列に並ぶという配置をとったことが、
コントロールのとれた絶妙なブレンド感を生み、
このような見事なそれに繋がっていたと思う。

この響きの美しさは極上でした。

マイスター、
できればまた違う曲、
それこそ起伏と切り替えの激しい曲で、
再度聴いてみたい指揮者です。


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今の全日本プロレスに一番不満なこと。 [スポーツ]

自分は全日本プロレスが好きだけど、
最近かなり盛り返し始めているこの団体に、
ひとつものすごく不満なことがある。


それは現在GAORAのベルトを持っている秋山選手に、
なぜ、ジェイク、野村、青柳、といった若手が、
その挑戦に名乗りをあげないのかということ。

こんなチャンスそうそうないし、
自分は当初この北海道ツアーの間に、
三人が次々と挑戦していくのかとおもったけど、
大森選手が名乗りをあげたくらいで、
まったくその動きさえみえなかった。

正直言うと、岩本選手や鈴木選手みたいに、
ジュニアの選手が挑戦したっていいだろう。

このあたりの壁を、
CCで鷹木選手がぶち壊し衝撃を与えていったのだから、
それに今続いてもバチが当たるとは思えない。

ただそれ以前に、
やはり最初にあげた三選手のそれがとにかく不満。

今この時期を逃すと、
こんな貴重かつ美味しいことはもうないだろう。

NOAHもようやく世代交代をする気が起きたようで、
4K(北宮、清宮、小峠、拳王)あたりが動いたけど、
全日本も宮原選手が三冠の常連になったからといって、
それにおんぶにだっこではやはりいけない。

秋山選手にもそうだし大森選手にもそうだけど、
この三人はそろそろこのあたりのクラスに本気で立ち向かわないと、
これからの全日本は正直心もとないという気がして仕方がない。

というより全日本のバトンを受け取るのをただ待つのではなく、
こっちからとにかく奪い取ろうという、
そういう気概を一刻も早く見せてほしい。

おそらく秋山選手は社長としても、
このあたりのことをかなり意識していると思う。

じっさい発言の端端にも感じられる。


紋別の勝者にぜひその場で誰でもいいから、
即その場で次期挑戦者に名乗りをあげてほしい。

場合によっては三人が同時に名乗りをあげて、
後日三人で三つ巴戦をやって決めたっていいだろう。


互いのことをけん制しあうのもけっこうですが、
まずやるべき事が目の前にはあるはず。

三人にはぜひ動いてほしいし、
この不満を早期に解消してほしいです。

もうこの三人にとって、
秋山選手はその背中を見つめるだけの存在ではないはずなのですが…。




余談

あとこれは希望ですが、
一度「六人タッグリーグ戦」を開催してほしい。
ただし三人の総体重を350キロ未満と限定して、
ひとりはジュニアを入れるような形にするというもの。

ある意味全日本色の強いものになると思うのですが…。
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コンテンツツーリズム学会研究会で考えさせられたこと。 [聖地巡礼(Seichi Junrei)]

「当研究科所属の増淵教授が会長を務めるコンテンツツーリズム学会では、このたび新しい試みとして研究会を開催することになりました。
これは毎回お一人報告者を募り、比較的少人数でコンテンツツーリズム研究について深いディスカッションをしようというものです。」
http://chiikizukuri.gr.jp/blog/2018/05/28/2337/

という会があった。

そしてこの日発表があったのは、
岩本洋一久留米大学准教授による、

「学生によるまちなかブランディング」
概要:コンテンツツーリズムを広義の文脈で位置づけ、これまで久留米で取り組んできた映画などのコンテンツ作品を活用した学生のまちづくりの実践活動を紹介。

というもの。


これがかなりいろいろと難しい問題をあらためて直視させられる、
なかなか厳しい内容だった。

自分はふつうこういう物に対し、
数時間後にはだいたの意見が固まるのですが、
今回はなかなかそれがみえてこない。

というよりいろいろな要素が多岐にわたり枝分かれしていて、
それがいろいろなものにかすったり結びついたりしていて、
かえって全体が自分の力では見通しきれないというかんじになっている。

ただその中でもかなり考えさせられるものというか、
気付かされたことがあった。

そのうちのひとつに、

「誰が地域の価値を評価するのか」
「誰が地域の価値を商品化するのか」
「それによって誰が利益を得るのか」

という論点があった。

確かにこれは大洗や沼津でも疑問に思ったし、
それぞれの街が聖地される前からみている人からも、
そこの部分に強い疑念を抱き、
決して好意的ではないそれも聞いていた。

さらに続けて岩本氏は、
地域の価値を広めるにあたってそれを「単純化」してしまい、
結果「劣化」したものを伝えている事があるという指摘をされた。

ようするに発信者のバイアスが悪い意味でかかり、
結果劣化した情報が発信されてしまうということ。

これを聞いた時、
自分は大洗と沼津が聖地になった直後の、
なんともいえない違和感というか、
異質な物が入り込んで来たかのような、
地元の「冷たい」反応の正体が、
じつはこれが要因だったのではないかという気がした。

つまりビジターは劣化した情報を基に現地に行く。

確かにそこはアニメキャラのいた舞台かもしれないけど、
あくまでもそれと同じ景色がそこにあるだけであって、
この街がどういう街なのかという事はあまり興味を持たず、
ただただキャラの足跡をたどる事が最優先となり。
あまり現地とのそれが深化しなかったのは、
劣化した情報だけでは踏み込みようもなく、
街そのものにも感情移入も価値感もそれほど持ちようが無かったことで、
そういう雰囲気がそれをみていた現地の人にも感じられ、
なんともいえない違和感ができていたのかもしれない。

ただしこれはその人その人の心の問題も大きく、
まったくそれがそのままになってしまうということでもない。

確かに最初は単純化し劣化した情報のみだったかもしれないけど、
地元がそれらの情報しか持たないビジターに対して、
すべてがすべて余所余所しく対応していわけではなく、
当然商店あたりは「客づくり」という基本から、
「顧客」をつくるための対応を行っていたはずだ。

最初はビジターの中でお客様として訪店してくれた、
一人一人との対面的な何気ない接客から始まり、
そのときの好感からその中でまたその店に再訪してくれた人たちと、
今度はアニメを介しての簡単な会話も織り込まれるようになり、
次第にリピーターへの流れへと地道に移行していき、
その積み重ねとそのエピソードのネットでの発信等により
結果的にその街本来の姿の発信に繋がり、
キャラや作品あっての街というだけでなく、
好きな店の有る街、または「そのものが好きな街」という、
そんな感じにビジターの価値観が変貌していく。

つまり現地の人たちが単純化するために削ぎ落されたものを、
ビジターと接し発信し続けていったことが、
結果的に情報の劣化を後退させ、
今の賑わいへと繋がって行ったのかなあと、
そんなことを考えさせられてしまった。


これにはアニメファンが確かに個人として独立しがちだけど、
本質的には「話好き」という部分がくすぐられたことも、
結果としていい方向に動く要因になったのかもしれません。
(もっともこのあたりはクラシックファンも同じではありますが…)


またその発信も地元の商店からだけではなく、
次第にビジターからみたそのお店の事の発信、
さらに街の何気ない日常や祭事の様子が、
ネットでどんどんupされていった。

中には人気のない、
ただ夜の商店街が写ったものがupされたりしているが、
それもまたこの街の雰囲気、
そして魅力のひとつとして発信されていた。

ここまで来ると単純化され劣化した情報が、
結果的ひとつの誘導剤となり、
その後にいろいろと付け足された肉厚な情報が重なって、
それこそ地元の人ですら気づかない事までも織り込まれた、
極めて濃厚で密度の濃い情報が発信されることになる。


それを思うと、
大洗や沼津に関わるある意味双方向の人たちの力で、
単純化され劣化した情報を、
本来のあるべき情報に仕立て直していく作業みたいなものが、
聖地の成功や賑わいに繋がっていくのかなあと、
このとき何となく感じさせられたものでした。


今回の会は他にもいろいろとあった。

それらひとつひとつはこれからも課題になるだろうけど、
あとひとつ。

コンテンツツーリズム学会の増淵教授が、
戦争で多くの街が空襲によって焼けた事に触れられたけど、
それを聞いて、
街のもつ語法についても考えさせられた。


街はそこに住む人たちの使い勝手の良さ等で、
その形を形成し成長させていく部分があるが、
これはオーケストラとホールの関係にも似ている。

オーケストラが成長するとそこに自分たちのホールを持つのが常、
それによってオーケストラはそのホールが作り出す理想の響きを、
いろいろとその語法を考察しながら探りそして育てていく。

これをオーケストラを住民、
そしてホールを街に例えると、
住民がまずその街を自分たちの使い勝手のいいようにつくる一方、
その作りにあった語法を住民たちが考えながら、
それにより生活基盤や成長過程を確立させ、
街の特長や個性へとなっていったといえるのではないだろうか。


たが戦争によって街が空襲により大打撃を受けると、
せっかくつくりあげたホールは当然その姿を消し、
語法もそれと同時に機能を失う。

問題はその後の街を、
以前の語法が通用する街として再建するか、
それとも新しい語法が出来るような街として復興させるかという、
そこの部分に人々は直面する。

戦後しばらくすると、
空襲を受けた街は各々の方針で街を再建していった。

うまくいった街もあれば、
今見返すといまいちだった街もある。

だが年月が経つとそれらすべての街が、
みな遅かれ早かれ経年劣化し、
また時代にそぐわない部分が生じてくる。

そうなるとそこでは結果的に空襲直後の街と同じように
今までの語法を守り街をリニューアルするか、
それともまったく違う語法に対応できる街へと造り変えるかという、
かつてと同じ問題に直面する。

それを思うと、
そのタイミングで「聖地」となってしまった街は、
はたしてどう対応すべきなのかということも、
自分はいろいろと考えさせられてしまった。

特に沼津ではそういう感がある。

沼津がこのままでいいというのは、
聖地巡礼が目的のビジターくらいで、
地元としてはいろいろと問題を感じているし、
その諸問題が市全体の問題とまではなってないことも、
この駿河湾沿いに長く伸びたような沼津市に、
小さくない問題として横たわっていることもまた事実。

もちろんこの半世紀、
もしくは平成以降それまでの語法が通用しなくなっているのは、
沼津市民からもいろいろ指摘されているし、
いくつかの交通機関の消滅もそれを感じさせるものがある。

ラブライブで大いに賑わっているようにみえる沼津でさえ、
依然としてそれら諸問題が解決しているわけではない。

それはそれこれはこれなのです。

だけどじゃあそんな沼津に、
ラブライブなんかが落下傘で降りてきても意味はないし、
今の沼津にはなかった方がよかったかというと、
最初期はともかく、
今はあまりそういう意見は大きなものとはなっていないようです。

その理由がじつは現在沼津の持っている語法のひとつに、
じつはラブライブが途中から引っかかったことが要因としてあり、
それが結果的にファミリー層を含む全体に波及することになっているとしたら、
これはとても興味深い展開になっていくのですが…。


ただ残念ながらそれがどういう語法に引っかかっているのかは、
今もって皆目見当もつかず、
それが未来志向的なものなのか、
それとも古き佳き時代の産物から来てるものかももちろん不明で
あくまでもイメージ的なものにそれはとどまっています。


ただそれでも、
とにかくいろんなことが断片的ではありますが、
多くのことに対しいいヒントとなり勉強になったという気がします。

そのためここでのそれも、
かなりとっちらかったようなものになってしまいましたが、
それらをさらにまとまったものにするためにも、
今後もこの会にいろいろと勉強しに参加していきたいと思います。



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今回の地震であらためて感じたこと。 [いろいろ]

まず最初に今回の地震で被害にあわれた皆様にはお見舞いを、
そしてお亡くなりになられた方々には深くお悔やみを申しあげます。


自分は地震をボクシングにおける相手の放つパンチに例える事がある。

つまり見えるパンチに対しては、
衝撃に対してもある程度耐えることができるし準備も可能。

また試合前にいろいろと鍛えたり備えたりすることで、
例え避け切れないものが来たとしても、
それを受けてもある程度対応できるだろう。

だけど見えないところから飛んできたパンチに対しては、
とてもそんな綺麗ごとではすまされない。

確かにボディ等はある程度鍛えられるかもしれないけど、
あごの先端やこめかみ、
さらには鼻のてっぺんやその下部の急所を含む、
首より上からとなると、
瞬時に顔をパンチが撃たれる方向へと向け、
その力を受け流すという高等テクニックもあるかもしれないが、
それでも見えないところからくるそれに対してどこまで反応できるだろう。


今回の直下型地震はまさにそれ。

毎日新聞の以下の記事はそれをまさに物語っていた。


18日朝に大阪市北区などで震度6弱を観測した地震で、気象庁は初期微動の地震波を検知してから3.2秒後、最大震度5弱以上の揺れへの警戒を促す緊急地震速報を出した。しかし、大阪府北部や京都府南部など震源に近い一部地域では、大きな揺れの到達時刻に間に合わなかった。

今回の地震は震源が地下13キロと浅かったため、地震の初めに小刻みに揺れる速い波(P波)を観測してから短時間で、被害をもたらす強い揺れの主要動(S波)が伝わった。大阪管区気象台は「技術的な限界」と説明している。【松本光樹】
https://mainichi.jp/articles/20180619/k00/00m/040/018000c


今回のような直下型の場合、
それこそ土木的な技術云々だけで被害を抑えることなど、
もはや無理以外の何物でもない。
むろし地下にある断層すべてを詳細に地図上に明記できるような、
そういうシステムや技術の向上に資金と人材をより投入すべきだろう。

土木にせよ調査検証にせよ、
人命第一という最終目的さえ同じなら同等に重視し、
持てる力を注ぐべきかと。

だけどその両輪がうまく噛み合ったからといって、
すぐに状況が好転するかというと、
これまたそうはいかないというのが現状。

そうなってくるともはや対応のしかたというのは、
現実問題としてそういう上頼みだけではなく、
むしろ個人対応のレベルが命運を握っているといっていいのかも。


ただこれに関しても、
こういう災害が起きる度に、
同じような注意喚起が一般レベルでなされているけど、
やはりいつも同じような事故や過ちが起きている。

もちろんだからといって、
それを起こした人間全てが愚かだというのではなく、
まったく予想だにしなかったことで、
そういうことが誘発されたしまったケースもあり、
ほんとうにどうしよもないケースがあることも確かなのだ。

よく「備えあれば憂いなし」というけど、
備えあってもダメな時はダメ、
そんなときさらにどうするかという、
考えられるかぎりのケースを想定する。

そしてあまりにもマニュアル化したものではなく、
ある意味大雑把だけど方向性だけはしっかりした、
そういう避難訓練や非常時における決まり事や対応等。

ダウンしてもいいからKOされないような、
そういう粘り腰のある考え方が、
今後はより必要になってくるのかもしれません。


あと最後にこれは酷かった。



地震の発生後、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)では「電車が脱線した」「シマウマ脱走」など、さまざまなデマが相次いで投稿され、瞬く間に拡散した。在日外国人への差別をあおるような書き込みもみられ、「安易に拡散しないように」と注意を呼びかけるメッセージも広がっている。

 18日朝の地震発生直後から、SNSのツイッターには「乗ってる京阪電車が一部脱線してます」などの書き込みが。「脱線ってマジ?」などとすぐ拡散したが、脱線の事実はなかった。

 「外国人がコンビニ強盗を始める」などと、差別を扇動するような投稿も目立った。東日本大震災などでも同様のデマが広がり、各警察がホームページなどで注意を呼びかけた。

 シマウマの写真を添えて「大阪府北部の震度6弱の地震でシマウマ脱走って」との投稿も。この写真は、2016年に愛知県の農場から逃げたシマウマを撮影したものとみられる。

 16年の熊本地震では「動物園からライオンが放たれた」とのデマを投稿したとして、偽計業務妨害容疑で男が逮捕される事件も起きた。熊本市の大西一史市長はこの日、自身のツイッターで「情報の発信元には十分注意して」「未確認の情報をむやみにリツイート(拡散)せず、真偽を確かめてから責任をもってツイートしてください」と呼びかけた。【千脇康平、茶谷亮】

https://mainichi.jp/articles/20180619/k00/00m/040/046000c


さすがにこれは頭の中がお花畑ではすまない、
(人格否定発言をして申し訳ありませんが…)
とてつもなく愚かである意味卑劣な行為といっていいし、
中にはこれが本当なら、

「関東大震災時の東京じゃあるまいしふざけんな!」

と言いたくなるような、
それこそ日本そのものを貶め汚すようなものさえある。

事実なら最初の発信元を特定し厳罰に処してほしい。

ただRTした人まで連帯責任ということで罰するのは反対、
せめて厳重注意くらいにとどめてほしいところ。


それにしてもこういう卑劣な行為に加担したくはないもの、
互いに気を付けていきたいものです。
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「日本列島ほぼ全域描く、最古級の地図発見 広島の博物館」! [いろいろ]

14世紀中ごろの室町時代(南北朝時代)に描かれたとみられる、本州から九州のほぼ全域が記された日本地図がみつかった。広島県福山市の県立歴史博物館が15日発表した。現存する最古の日本地図は京都・仁和寺(にんなじ)所蔵の「日本図」(1305年)とされるが、西日本が欠けており、全体が残った地図では最古級。日本地図の変遷をたどるうえで重要な発見と注目される。

 博物館によれば、確認されたのは「日本扶桑(ふそう)国之図」(縦122センチ、横57センチ)。広島出身の収集家から博物館に寄託された。国内68カ国が描かれ、地図の欄外には国名と郡名、人口や田畑の面積、寺の数なども記された。近畿を中心に九州を上に描き、京都から各地へ街道が伸びている。当時は「琉球(りゅうきゅう)」と呼ばれ、日本と中国などとの中継ぎ貿易で栄えた沖縄も記されている。沖縄を「龍及(りゅうきゅう)国」と表現する鎌倉時代の地図の特徴と、港町の地名が多く記されるなど室町時代の特徴を備え、さらに文字の書体の古さなどから14世紀中ごろの作と判断した。

 博物館の久下(くげ)実(みのる)・主任学芸員は「鎌倉時代と室町時代の特徴がある地図は知られていなかった。空白の期間を埋める資料という点でも重要だ」と話す。

何のため作られた?

 そもそも、日本地図はいつ、何のためにつくられたのか。

 国内で初めて地図がつくられた記録が残るのは飛鳥時代。「日本書紀」は、大化改新で中央集権国家づくりを目指した孝徳(こうとく)天皇が646年、新たな土地制度を始めるため地方の国々の境界を図などで提出するように命じたと記す。「続日本紀(しょくにほんぎ)」にも、738年に諸国の地図を集めたとの記述がある。だが、現存しないため、詳細は不明だ。

 今回の「日本扶桑国之図」には、奈良時代に諸国を巡って社会事業に尽力し、大仏造営に協力した僧行基(ぎょうき)(668~749)の名が記され、行基が原型をつくったとの伝承が残る「行基図」の一種とされる。一部が欠けるが、最古の地図とされる仁和寺と称名寺(しょうみょうじ)(横浜市)所蔵の地図も「行基図」と言われる。

 だが、多くの専門家は、都と地方を結ぶ街道が奈良ではなく、京都を起点に描かれる点などから、いずれの地図も行基のつくった可能性は低いとみる。

 黒田日出男・東京大学名誉教授(歴史図像学)は「行基図に描かれた日本列島は、密教の法具の形を意識している。行基の名が使われたのは宗教的な意味合いが強く、中世の宗教思想によってイメージされた国土を示したものだったのでは」。小野田一幸・神戸市立博物館学芸課長は「行基図の多くは寺に所蔵される。国家鎮護を目的とした祈りのために地図がつくられ、奉納された可能性もある」とみる。

戦国時代には西洋地図や地球儀も

 中世には行基図が改良されながら使われたとみられるが、南蛮船が渡来する戦国時代には西洋の地図や地球儀も伝わった。江戸時代になると、測量技術も発達し、宿場や街道情報を盛り込んだ「流宣(りゅうせん)図」、各地の地図や情報を集めて正確性を高めた「赤水(せきすい)図」などが登場。交通の発達や国防意識の高まりから精度の高い地図が求められ、1821年に伊能忠敬(いのうただたか)(1745~1818)らが海岸線を実際に歩いて測った「大日本沿海輿地(よち)全図」をつくり、現代の地図とほとんど変わらない日本地図が完成した。

 小野田さんは「地図は用途と目的にあわせてつくられるもので、必ず進歩するわけではない。その時代、時代で求められる要素を盛り込み、変わってきたと言える」と話す。

 地図は7月19日~9月24日、博物館(084・931・2513)で公開する。月曜休館(9月17、24日は開館)。(橋本拓樹、渡義人)

https://digital.asahi.com/articles/ASL6H36LKL6HPTFC009.html

AS20180615001924_comm.jpg


正直ビックリ!

国の名前と位置、
それに街道がメインとして描かれているようだけど、
群名も細かく外に付記されている。

沖縄を「龍及(りゅうきゅう)国」と明記してあるし、
かなり興味深いものがある。

伊豆の「田方」「那賀」「賀茂」、
駿河も「駿東」「志太」をはじめとした七郡の名前が見受けられる。


ぜひ実物をみたいけどから7月から公開とのこと。

場所は広島県福山市の、
JR福山駅から歩いて十分程のところにある、

「ふくやま草戸千軒ミュージアム(広島県立歴史博物館)」
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/site/rekishih/

そういえば福山は「かみちゅ!」でも聖地として有名になったし、
「たまゆら」の「竹原」や、
「この世界の片隅に」の「呉」も在来線で行ける。

そして広島にもさらに多少足を延ばせば行けるので、
夏休みを利用していくのもいいかもしれません。



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「声優ユニット「WUG」突然の解散発表」についての雑感。 [声優]

同名アニメの出演声優で結成された女性7人組声優ユニット「Wake Up,Girls!」(WUG)が来年3月いっぱいで解散することが15日、分かった。同日、公式サイトで発表された。

 今年4月1日に結成5周年を迎え「皆さまのあたたかい声援、支えがなければ辿り着くことはできなかったと思います」とまずは感謝の言葉を記し「本日は皆さまへ大切なお知らせがあります。声優ユニット『Wake Up, Girls!』は、2019年3月をもって解散することとなりました」と発表した。

 アニメ作で監督を務めた山本寛氏(43)は同日、自身のツイッターを更新。「今ごっつ腹立ってる。」「奪い取って、挙句に殺す気か!」「ハラワタ煮えくり返るのに身体中の血液が持ってかれて手が痺れてる。」とユニット解散についての反応とみられるつぶやきを行った。

https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2018/06/15/kiji/20180615s00041000275000c.html


正直このニュースを聞いて、
意外というそれと当然というそれが去来した。

「新章」のあの終わり方をみると、
こういう流れなど想像もつかなかったし、
当然まだ続くだろうとは思っていた。

だけどその反面、
「新章」での「RGR」との扱いの温度差というか、
動かし方の違いをみていた時、

「やっぱりWUGは他人の娘なのかなあ」と、
「新章」スタッフのそれを強く感じてしまった。

逆にいうとそれくらい山本監督の色が、
動かしたとき想像以上に強く縛りとしてあったのかもしれない。


ただやはりだからといって、
「新章」がいきなり「最終章」になってしまったのはいただけない。

これではただ「RGR」の踏み台と最後なっただけで、
新しいスタイルもつくれないままに解散という、
メンバーにとってもはなはだ不本意というか、
消化不良なそれとしか言いようがないだろう。

いまさら山本監督のところで再出発できるわけでなし、
退路を断っての出発どころか、
梯子を外され道まで閉ざされたという、
ほんとうに「こんなはずでは」というところだろう。

もっとも「こんなはずでは」は、
「新章」をやっていた時も、うすうす感じていたとは思うので、
そういう意味ではまったく意外ではなかったかもしれないけど、
それでもせめてもう一度くらいチャンスは欲しかったのではないだろうか。

それともそれも出来ないくらい、
それこそ「WUG」のメンバーの中で、
修復できない亀裂ができてしまったとでもいうのだろうか。

とにかく正式発表したということで、
泣いても笑ってもあと一年も無いけど、
最後位は自分たちが今までやりたくても出来なかったような事を、
思い残すことなく好き放題やってほしい。

それが功を奏して

「Wake Up, Girls!」が、
「Get Up, Girls!」として再出発することになったら、
それはそれでファンもまたついてきてくれることだろう。

これで終わりか、これからが勝負かは彼女たちが決める事、
ただどちらに向かうにせよ、
ぜひこれからの数か月を思い残すことなく走り切ってほしいです。


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シェーンベルクの「私的演奏協会」のブルックナー。 [クラシック百物語]

私的演奏協会

1918年秋にウィーンにおいて、アルノルト・シェーンベルクによって旗揚げされた音楽団体。純粋に同時代の音楽に興味をもつ人々のために、入念なリハーサルのもとに良質な演奏を行うことをうたった。1919年2月から、1921年12月にオーストリア共和国の超インフレのため活動停止を余儀なくされるまでの3年間、117回のコンサートを行い、154作品を上演した。

と、wikiに書いてあるが、
同時代の作曲家の作品だけでなく、
それ以前の作曲家の曲や、
後期ロマン派の大編成の作品を、
ビアノや室内楽編成に編曲して演奏するという、
なかなか意欲的なそれであったといわれている。


これがそのひとつ。
https://www.youtube.com/watch?v=X4pj0Z-Rv10&t=744s

編曲はシェーンベルクの弟子、
エルヴィン・シュタインによるもの。

とにかく編曲が巧妙で原曲の良さをよく引きだしながら、
新鮮な感覚も随所にみせたものになっている。

またなんとなくですが、
どこか「浅草オペラ」を思わせるような、
妙に懐かしい響きも感じさせられるものがあります。

まあ師匠も編曲は上手かったので、
弟子も当然そういう技術には長けていたのだろう。

そんな中でいちばん驚いたのが、
エルヴィン・シュタイン、ハンス・アイスラ、カール・ランクルという、
三人のシェーンベルクの弟子たちが、
各々ひとつないしふたつの楽章を担当した、
ブルックナーの交響曲第7番の室内楽版。


しかも編成が先のマーラーより小さく、
ヴァイオリンが二人以外は、
ヴィオラ、チェロ、コントラバス、
ホルン、クラリネット、ピアノ、ハルモニウムが各一名という、
打楽器がまったくいないという9人編成。

この曲本来の編成が、

フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、
ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、
ワグナーチューバ4(テノール2とバス2)、
コントラバス・チューバ、
ティンパニ、シンバル、トライアングル、弦五部。

そして弦も最低でも四十人以上が動員されるという、
とにかく大編成の曲。


こういうこともありかなり心配したけど、
聴いてみるとこれがなかなか素晴らしい。

たしかに迫力とかはないけど、
その美しく詩的で清澄な瑞々しい響きに、
とにかく魅了されてしまった。

しかもそこには、
まぎれもないブルックナーの響きがある。
これには驚いた。

ただ残念なことにこの編曲が1921年に完成されたものの、
演奏される前に「私的演奏会」が活動停止を余儀なくされたため、
公開演奏されることなくお蔵入りしてしまったとか。


1200x630bb.jpg

現在は上記の録音があるので、
もし機会があればぜひ聴いていただきたい内容です。


尚、今年(2018)の秋は、
この「私的演奏会」が開催されてからちょうど100年という、
記念すべき年に当たりますので、
できれば実演で聴いてみたいなあと思っていたらなんと、



バラホフスキーとともに
バイエルン放送交響楽団の名手たちを迎えて
ブルックナー交響曲第7番(室内楽版)
http://www.kioi-hall.or.jp/20181205k1900.html

というコンサートがあるとのこと。

最後はこの嬉しい情報を書いて〆。
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