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「桑島法子 朗読夜~nocturne~銀河鉄道の夜」雑感。 [朗読夜]

ほんとうに桑島さんのこのイベントは天候に恵まれる。
今日もじつにいい天気だった。
※夕方からちと曇りましたが…

自分の住まいから片道三十分もかからない所での公演。
しかも待望の銀河鉄道の夜。
願ったり叶ったりの公演だった。

ついたのが近くということもありギリギリの開演5分前。
会場内はほぼ満席に近い状態だった。
空いてたのは後方列の一部くらいだったような気がした。

a000004.jpg

1月14日(土) 湘南台文化センター 市民シアター
http://www.kodomokan.fujisawa.kanagawa.jp/theater/top.html

6列9番

「永訣の朝」
「冬と銀河ステーション」
「銀河鉄道の夜」roudokuya special edit
「原体剣舞連」

ひじょうに考えられた作品が最初読まれている。
ある意味賢治の死生観と銀河鉄道の夜への序というべきこれらが最初におかれたことで、
この日の桑島さんの座標のようなものがうかがうことができた。

(ひょっとすると桑島さんはカンパネルラと賢治の妹トシとの重ね合わせをここで暗示させていたのかもしれません。)

そしてなにより大作「銀河鉄道の夜」に
じつに自然に入ることがこれで可能になったといえます。

因みに「冬と銀河ステーション」ででてきた人名、
「Josef Pasternack」
このジョセフ・バスターナックとは
1881年7月7日- 1940年4月29日
ポーランドの指揮者で戦前アメリカで活躍した指揮者ですが、
現在はカルーソの伴奏等でしかあまり知られていない指揮者です。
ですが賢治は当時かなり彼を敬愛していたようです。

そんなパスターナックが
1916-1917にかけて録音したベートーヴェンの第五は
彼のお気に入りのもののひとつでもあったようです。
http://www.youtube.com/watch?v=v78KJeiK0ZI
にその終楽章がUPされています。

この後、いよいよ「銀河鉄道の夜」
まず前半は「鳥を捕る人」まで。
十五分の休憩の後
後半は「ジョバンニの切符」以降。
つまり章立てによる区切りが無くなる以降すべてというもの、

今回はroudokuya special editという短縮版ということで
「北十字とプリオシン海岸」のほとんどと
後半の「新世界交響曲」や原稿の欠落部の前後などが
今回は割愛されていた。

賢治の作品に手を入れるとは何事だ!
と顔をしかめる方もいらっしゃるかもしれない。

たしかに「北十字とプリオシン海岸」は
けっこう重要なことが書かれているし、
新世界交響曲はインデアンとのかかわりあいもあり、
じっさいはあると無いとでは
そのイメージに大きな違いがでてしまいかねないが、
全体の見通しやポイントをどこにおくかによっては
このカットもたしかに理解できるような気がした。

ただひょっとするとこのあたり、
まだ桑島さんの中で解決できていない部分があり、
それがこういう形になったのかもという気もしたのですが、
さすがにそれは本人にしかわからないことなので、
これ以上の詮索はここで終了します。

また今回は桑島さんの希望でピアノが使用された。
ただしこれはいいところと感覚的にそぐわないところが
個人的には相半ばするものがあり、
いい悪いとかいうことよりも、
なかなか難しいものがあるという気がしたものでした。

この作品には賢治の音楽観といいますか、
晩年の音楽を聴くことは体力的には厳しくなったものの、
それまでに賢治の体内に蓄えられた音楽の数々が、
まるで泉のように内面から湧き上がるものが随所に感じられるため、
それがときおりピアノの音で相殺されてしまうような
そんな気がしてしまったからです。
特に賢治がこの作品を書く原動力に
自分はベートーヴェンのミサ・ソレムニスがあったような
そんな気がするだけになおさらでした。
(これについてはまたいつか詳しく書くことにいたします)

ですが演奏者の方(勝又隆一さん)の力量からでしょう。
作品としっくりいっているところがかなり感じられ、
これがまたある意味なかなか難しいと、
違った意味で感じさられることになったものでした。

また星めぐりの歌のような賢治の作品が挿入されることもありませんでしたが、
これは残念でもあり納得でもありました。
このあたりの微妙なそれがまた難しいところでもあります。

ただし初めてこの作品に接する方にとっては、
無伴奏による銀河鉄道というのはいささか酷という気もしますので、
今回のこのやり方を自分は否定しようとは思っていません。
これもまた難しいところです。

ところで今回の桑島さん。

正直かなり気持ち的にいろいろなものがあるのでしょう。
服装が妙に夏っぽかったのはこの作品は夏が舞台というだけでなく、
当初はこの公演が夏に予定されていた、
その時計の針を戻し再度気持ちをリセットすることにあったような、
そんな気さえしたものでした。

そのせいか桑島さんの持てる技術を総動員したようなこの作品は、
ある意味今まで聴いた桑島さんの朗読夜でも、
屈指の入魂ともいえるものがありました。
(随所で声をかぶせるシステムも導入していました)

そんな中で活版所でのシーンで
メトロノームの音を柱時計の秒針の音に使用したのは秀逸で、
この無機質ともいえる時を刻む音が、
その仕事場での奥行きのある薄暗く乾いた雰囲気と
もうすぐその「時」と離別することを、
すでにここで暗示していることを描写しているようで、
桑島さんの抑えた表現も相まって
これはなかなか秀逸ものがありました。

さらにタイタニック号のエピソードのあたりは
家庭教師の男性の心の動揺を強く表出したことで
かなり強くうったえかけてくるものがあり、
ここの部分と石炭袋付近でのジョバンニのカンパネルラとの別れは
その前の「蝎(さそり)の火」の静謐な語り口と対比されたこともあるのでしょうが、
次第に桑島さんの追い込むような感情の高ぶりと緊張感が
この日の白眉ともいうべき素晴らしさをみせていました。
※因みに今年の4/15はタイタニック号が沈没してちょうど百年となります。

また桑島さんの今回の朗読は
かなりジョバンニの存在軸というか引力が強く、
今まで自分が見たり聞いたりしていたどの銀河鉄道よりも、
ジョバンニが強くより身近に感じられたのがよく、
これにより聞き手が
よりこの作品に自らの感情を投影しやすい場をつくっていたことが、
たいへん大きな特徴としてあらわれていました。

ですからこの日の観客は
少し離れたところからこの話を傍観するのではなく、
ジョバンニの喜び怒りそして悲しみのすべてを
同じ立ち位置に立つものとして強く共感し
そしてこの状況に居合わせたかのように感じられたのではないか、
そんな気がしたものでした。

これは最初に読まれた二つの詩が
その導入にもなっていたのでしょう。

全体は4時半開始6時55分終了でしたが、
この銀河鉄道の夜は
4時50分から5時35分位までが前半、
5時55分から6時40分位までが後半という、
短縮版とはいえこれはかなりの長丁場でした。
(これが完全版でしたらおそらく二時間近くはかかったでしょう。)

落語の独演会でもひとつの作品でこれほどの長丁場はそうありません。
それを思うと桑島さんもかなり消耗されていたのではと思いましたが、
今回はテンションもモチベーションもかなり高かったように感じられ、
(ただしそれはかなり抑制が強く施されたものではありましたが)
それにる疲弊のようなものはそのあたりで補ったのか、
とにかく最後までそのようなものはほとんど感じられませんでした。

私事ですが自分は前半終了後休憩時間ロビーで、
賢治のもっていた「田園」の演奏を聴いていました。
なんかとにかく急に聴きたくなったのですが、
おそらくこれはこちらもそれにつられてテンションがあがっていたのでしょう。
こんなことはめったにありません。

その後吉例の「原体剣舞連」もいつもとは違い、
すべてを出し切った後さらに出し切るといったためなのか、
肩の力が抜けた不思議な清澄感のようなものに支配された、
それこそ昨夏あの花巻でみた穏やかな澄んだ青空のようなものさえ感じられる、
そんな趣のものとなっていましたし、
またこの日のそれはある意味「銀河鉄道の夜」の世界から
今自分たちのいる世界に引き戻されていく、
手続きというか儀式にも感じられました。

この「原体剣舞連」終了で終演となったのですが、
会場が明るくなった直後後ろにいた若い方が
「これ元気もらえるよね」
と「原体剣舞連」のことを話されていたのが印象的でした。

会場を出るとすっかり冷え込んだ夜になっていましたが、
不思議にそれほど寒さをこのときは感じませんでした。

次回の朗読夜は予定では12月上旬から中旬にかけての三日間、
ティアラ江東小ホールでの開催とのこと。
年末は忙しいので次回は厳しそうですが
「ゴーシュ」あたりが演目としてあがったらなんとか行きたいところです。

以上です。

※お断り。
自分は桑島さんが朗読中はほぼ目を閉じて聞いているのでその間の舞台での照明演出はほとんどわかりません。ご了承ください。

※追加
あとホールの内観ですが、上記ホールのリンク先の写真ではいちばん上の写真が今回の舞台状況と同じでした。ただ実際はもう少しローカルで、もう少し傾斜がきつく、もう少し座席の前と後ろが狭かったような気がしました。

舞台中央前方に桑島さんの座る椅子、向かって左側に水の入ったコップ等が置いてある机、舞台やや右奥にピアノ、そのピアノの奏者が座る椅子の手前付近にメトロノームとそれを置いた机(このあたりは自分の死角になっていたのでやや不確実です)があるという配置でした。
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いちプロ

ジョセフ・パスターナックと、どういう関係が
あるのか知りませんが、ジョー・パスターナック、という人がいます・
戦前・戦後に「オーケストラの少女」「姉妹と水兵」「百万人の音楽」
などの、主として音楽映画・ミュージカル映画の分野で活躍した
大プロデューサーです。

ジョセフ・パスターナック氏の方は、某イージーリスニング系のオーケストラの人気指揮者でしたが、無くなったために、後任の指揮者となったのが
あのパーシー・フェイスだそうです。

ジョセフ氏とジョー氏、どちらも音楽関係の仕事をされていたのですから
案外、兄弟とか親戚かもしれませんね。
by いちプロ (2012-01-15 20:28) 

阿伊沢萬

いちプロ 様

私もこの二人なんか関係あるのかなと思ったのですがちょっとわかりませんでした。まあジャズにもオルガンとドラムにジミー・スミスという同姓同名だけど全然関係ないという人もいますのであれなのですが、ただありふれた名前ではないので、少なくともお互い意識はしてたと思いますし、ひょっとしたらどこかで一緒に仕事をしてたかもしれません。このあたりはそのうち山崎浩太郎さんなどがなんとかしてくれるのではと思います。コメントありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2012-01-17 01:42) 

阿伊沢萬

tensoba様、Dionysusroom様。

今回もかなり密度の濃いものでした。ただ完全版をやるのもけっこうしんどいというのもわかりました。 それとこれらも含めていつか円生師匠のように全作品CDにするというのも手かもしれないと思いました。それこそ宮沢賢治百席みたいな。(百席とはいわないか…) nice! ありがとうございました。
by 阿伊沢萬 (2012-01-17 01:47) 

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